先週からチャンネルNECOにて「コンドールマン」が放送開始した。
製作会社こそ違っているものの、「レインボーマン」「ダイヤモンドアイ」に続く、70年代川内ヒーロー作品の3作目である。
今週放送分の2話まで見てみたのだけども、やはりアクション担当がJACだからか、かなり体を張ってアクションしている印象が強いね。
この辺のスピーディーなアクションはさすがJACと言う感じか。
「ロボット刑事」とかでもそうなんだけど、当時のJACは多分に大野剣友会のアクションを意識しているようで、とにかく大野剣友会とは違うアクションをしようという意気込みが、画面からひしひしと伝わってくる。
ストーリーもレインボーマンやダイヤモンドアイと同じく、悪の軍団が「食品買占め」という手段を用いて市場不安を扇動し、人間たちを追い詰めていくと言う、極めて現実的な作戦が取られている。
それを遂行するのが「人間の醜い欲望」によって生み出された存在であるモンスター軍団が実行するのだから、その設定だけで結構な皮肉になっているのもうまい見せ方だ。
モンスター軍団と言うと、ゼニクレージーを始めとして、怪人の見た目のインパクトだけが注目されることが多いけども、やはりそれ以外の部分にも魅力的なところが多いからこそ、今でも愛される存在になっていることは留意しておくべきだろう。
コンドールマンの設定も、今の目で見てもなかなかユニークだ。
コンドールマンは平時は三矢一心の姿となっているが、三矢一心そのものがコンドールマンとなって生き返ったわけではなく、一心、ドラゴンコンドル、ゴールデンコンドルが三位一体となって誕生した合成鳥人であり、彼はあくまで「コンドールマン」という無垢な正義の化身なのだ。
言ってみればコンドールマンという存在が一心の姿に変身していると言うニュアンスの方が正しいのかもしれない。ウルトラセブンとモロボシダンの関係みたいなものだ。
それにしてもこの「コンドールマン」に限らず、レインボーマンやダイヤモンドアイなどの川内作品を見るたびにいつも思う。
過去の特撮ヒーロー作品は、こうまで遠慮することなく、高らかに「正義」を宣言していたのだなと。
彼らは「正義」という観念に悩んだりはしない。彼らの中には確固たる「正義」が存在しているから。それは大上段に構えた大義ではない。ごく普通の一般人が親子・家族揃って食卓を囲み、笑顔で話をしながらご飯を食べる。そんな小さくささやかな、しかし確かに暖かい幸せを守ることこそが、彼らの抱く「正義」であり、それを守るために彼らは力を振るうのだ。
ヒーローが声高に正義を謳わなくなったのは一体いつからだったろうか。
現実には「正義」などというものは極めて曖昧な観念でしかない。だからこそ空想の世界にいるヒーローはいつの時代でも、確たる信念として「正義」を貫いてほしい。
そう思うのはオールドファンのはかない願いなのだろうか。
2008年06月18日
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