放送終了まで残り2回となったアニメ版アイドルマスター。そんなアニマスが最後に描く物語とは、天海春香というアイドルの心に生じた「迷い」に端を発していた。
デビューしてから、いや恐らくはデビューする前から、自らの目標や夢に向かってずっと走り続けてきた少女は、ふとその歩みを止めて周囲を見渡した時、そこにあった光景が自分の望んだ、目指してきたものとは微妙に異なっていることに気づいてしまった。
そんな現在の世界を彼女はどう受け入れ、どう立ち回らなければならないか、その問題提起とそれに向き合った彼女の姿を描いたのが、23話の大体の骨子と言える。
そして春香は自分の中ではっきりと答えを出すことはできなかった。答えを出すために自分で動けば動くほど、周囲とのずれはより顕著なものとなっていき、最後には彼女の一番の理解者であり、彼女を最も強く信頼していたであろう人間を傷つける結果となってしまう。しかも自らの身代わりとして。
答えを出せぬまま、ずれだけを肥大化させてしまった今の春香に、真なる回答を見出すことができるのであろうか。
「アイドルになりたい」。それは春香が幼い頃から思い描いてきた夢。明示するかのようにイメージとして挿入される幼い頃の春香のビジュアルはしかし、夢の内容を最後まで語ることなく、その「夢」が自分から失われていく様に苦しむ現在の春香の姿へと変わる。
現代の春香の方はイメージではなく、彼女が出演するミュージカルの内容に即したセリフのようだ。詳細は後述するが、劇中劇を用いて本筋のテーマを代替的に描くというのは、よくある演出手法である。
そんな春香の内に抱える鬱屈とした想いが、彼女自身を更に追い込むために用意した痛切な演出が、自分の身代わりとなってプロデューサーが怪我をすることであったわけだが、幸いにも手術は無事に成功した。今後は回復に向かうようでその辺は一安心であるが、当面は絶対安静でもあるため、面会も控えるようにとのこと。
病院に集まった765プロアイドルもプロデューサーの安否を気に病むが、そのような事情のためにプロデューサーと直接会うことはできなかった。ファンのためにも今は仕事に集中すること、プロデューサーならきっとそれを望むだろうという高木社長の言葉を受け、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にするアイドルたち。
恐らくそれは高木社長に言われるまでもなく、アイドルたち各々が自覚していたこともであったろう。誰かを心配する気持ちを大切にしながらも、アイドルとしての仕事を疎かにすることは決して望まない、プロデューサーとはそういう人間であるということは、ずっと共に活動してきた彼女らが誰より知っているはずであるから。
彼のことを強く心配していながらも、最後にはしっかりとした表情で前を見据えたまま去っていく美希の姿が、彼女たちのそんな胸中を象徴しているかのようであった。
しかしそんな風に前を向くことのできない者も1人いる。自分を責めないでと律子に諭されても、海外での仕事を終えて帰国した親友の千早を顔を合わせても、体を震わせ顔をまっすぐ上げることすらできない少女が。
千早に問われてもいつものように「大丈夫」と答える春香だが、その言葉にはいつもの明るさや覇気と言ったものがまったく籠っていない、春香から出た言葉とは思えない無機質なものだった。
タクシーの中でミュージカルの主役が決定したことについての話をする下りもそうだが、このあたりの描写には明らかに省略されているシーンが存在しており、そのために各カット毎の時系列まで乱れているような印象さえ受ける。
カット順に素直に考えてみると、プロデューサーが重傷を負い、みんなが病院へやってきたその日の夜に千早が帰国、次のカットで後日ミュージカルの練習に臨んでいる春香の姿が描かれ、次のカットでさらに後日、仕事場かどこかで一緒になった千早と春香の会話→タクシーで移動、という流れであろうか。
ただこれも実際の時系列に沿った順序なのかは、故意にわかりづらく演出をしているところもあって断言しづらい。千早が春香に「大丈夫?」と問いかけ、振り向く春香のカットと、その次の春香と千早が向き合っているカットだけでも、不自然な点が見受けられる。
これらの演出は当事者である春香の胸中が混乱し、荒れている様を視聴者に見せつけることを企図したものであると考えるのが妥当だろう。本人にとって目の前の現実は、それほどに虚ろで不確かなものになってしまっていた、ということなのである。それは同時にプロデューサーが自分の身代わりになって重傷を負ったという事実が、春香の心を追い込む決定的なものになってしまったことをも如実に示していた。
春香は親友である千早とまでも距離を置き、話しかけるどころか近づくことさえしようとしない。20話で千早が1人苦しむ時、春香は彼女を支えるようにずっとすぐ隣に付き添っていたことを思えば、それは本来的にはありえない、春香が取るはずのない行動であったはずなのに。
そんな今の春香にとっては、ミュージカルの仕事などは無味乾燥としたものに過ぎなくなってしまっていたのだろう。ミュージカルの稽古から主役決定までの流れを暗示する描写がたったワンカットの一枚絵で終わってしまうのは、彼女にとってミュージカルの仕事はその程度の価値しか抱けなくなってしまっていたということを、はっきり証明しているように見える。
主役が決まったことを「夢みたいだね」と春香は独りごちるが、その「夢」とは今の春香にとって将来実現したいと願っている目標や希望といったものを示す言葉ではなく、眠っている時に見る方のものであったことは想像に難くない。
眠っている間はずっと見ていられる、しかし一たび目を覚ませば儚く霧消してしまう虚ろな世界。春香がずっと見てきた、目指してきたものはそんな不確かなものではなかったはずだが、今の彼女の中では自分の目指してきたものも、目指す中で得てきたものも、すべて曖昧模糊としたものに変わってしまっていたのである。
しかし春香は自ら歩みを止めようとはしない。たとえすべてが曖昧に見えていたとしても、それでも尚アイドルとして目の前の仕事に、そしてニューイヤーライブの成功に向けて独り奔走し続ける。今の自分に本当に必要な答えは何一つ得ていないのにもかかわらず。
そんな春香の葛藤は、ミュージカルにおいて春香が演じる役のセリフと言う形で露わになる。歩めば歩むほど楽しかった日々が遠くなっていくことを知りながら、それに対し自分がどう向き合えばいいか、どう行動すればいいかわからず苦しむその役の姿は、そのまま春香自身の心境をトレースしていると言って差し支えない。
劇中劇の体を取って春香自身に心情を語らせるという演出は、春香本人は自分からその苦悩を他人に積極的に相談するタイプの人間ではないだけに、どのようにして春香の口から直接今の心情を語らせる状況を作るか、そのあたりにスタッフの苦慮が窺えるが、その甲斐もあって単に春香の胸中を明らかにしただけにとどまらない良シーンとなった。
その苦慮の結果とは、美希の存在である。春香が演技をしている場面に、その演技に見とれているかのような美希の姿を挿入することで、後の伏線としているだけでなく、春香と美希たち他の765プロアイドルとのずれを再認識させる効果をも発揮させていたのだ。
すなわち春香は役柄故とはいえ、自分自身の苦悩をほぼ偽りなく吐露したにもかかわらず、美希はそれをあくまで演技としてのみ受け取り、春香個人の心情に一切思いを至らせることはなかった。それが春香とそれ以外のアイドルたちとの埋めがたいほどにまで広がってしまったずれを象徴していたのである。
そしてそれはもう一つ、さらに大事なことをも暗に指し示していた。春香と他の765プロアイドルとの間に生じてしまっていた大きなずれは、もはや春香が自分の今の気持ちを素直に打ち明けたところで、修復できるようなものではなくなってしまっていたということを。
彼女らの間に生じた隔たりは、もう春香1人が必死に動いてみても容易には元に戻すことができないほどに大きく広がってしまっていたのだ。その残酷な事実を劇中劇のミュージカルは冷徹に視聴者に提示してくる。
舞台の床に投影された自分の姿を見つめながら、頑張らなきゃと自分に言い聞かせるように呼びかける春香。だがその言葉は自身の虚像にのみ向けられ、他の誰にも届いていない。23話のAパートでアイドル各人に呼びかけていた頃からは想像もつかない姿だ。
そもそもその虚像自体、顔はぼやけてよく見えなくなっており、呼びかけた言葉の届く先さえもあやふやなものとして描き、春香の心の空虚さを匂わせている。
春香は今までどおりに仕事をこなし、ライブに向けた全体練習を行うための予定調整も継続して実施していた。しかし春香の調整も空しく調整がつかずに全体練習をすることができない。
ミュージカルの稽古や他の仕事に勤しむ中で、ライブの個人練習を黙々と行う春香の表情からは、以前のような明るい笑顔は消え、必死さだけが前面に出るようになっていた。
ただ1人レッスンスタジオの床に座り、鏡を見つめる春香。その顔には必死さとはまた異なる虚ろな表情が浮かんでいる。
どうすればいいのかもわからず、それでもただひたすらに奔走した挙句、さらに自分を追い込んでしまっている今の春香。
春香がそこまで必死になっているのは、本来の彼女からは大きくずれているものの、「ライブを成功させたい」という本人の意志が働いているのは無論のことだ。だがそれとは別に、そして同等に彼女を強く後押ししているある想いを、春香は抱えていたのである。
誰も乗っていない電車の車両に1人座りこんでいる春香。今も全体練習の予定調整を行っているようだが、メモ帳に書かれた全体練習の予定にはすべて×印がつけられている。
力なくうなだれ、膝上に置いた鞄を抱きかかえるように屈みこむその姿は、広い車内にただ1人という構図も相まって、彼女の抱える孤独感が強調されている。アングルの中央に春香を配置せず、左右のどちらかに寄った構図は、彼女の心の不安定さを象徴しているかのようだ。
中吊り広告に書かれたコピーの一節「もっと元気。」は、今の彼女にとっては痛烈すぎる皮肉であろう。
突っ伏したままで携帯電話に送られてきた仲間たちのメールを見ながら、春香は「無理なのかな…」と独白する。
メールボックスには他のアイドルたちからの、全体練習に参加出来ない旨が書かれたメールが並んでいたが、そのタイトルは総じて調整してくれていた春香に対する謝罪の言葉で占められており、23話におけるそれぞれの描写と同様、他のアイドルも決して全体練習を軽んじているわけではないということが窺える。
そんな中、春香の視界に入ってきたのは、以前にプロデューサーから送られてきたメールだった。ライブの練習に向けた類のメールではなく、22話で行われたクリスマスパーティについてのメールである。
クリスマスパーティはライブの練習やその他大小の仕事と違い、完全にプライベートに属することだ。双方を比較した場合、優先されるべきなのが仕事であるのは言うまでもないことであるし、実際に22話中においてもパーティを開きたいという春香に対し、千早がその理屈を以って難色を示している。
しかしそれを承知の上で、プロデューサーは春香に賛意を示した。春香が行動するより先にアイドルたちに連絡をつけ、なんとか全員がパーティに参加できるようスケジュール調整までしてくれた。仕事のためではない、完全に彼女たちのプライベートのためにである。
それは彼女たち765プロアイドルの魅力が何によって培われてきたかということを、プロデューサーが正しく把握していたからに他ならない。
彼女たち1人1人がそれぞれに頑張っていることは言うまでもないが、そんな彼女たちが共通の目標に向かって、同じ時間を共有しながら共に歩み、共に励むことが彼女たちの何よりの力になっていることを、彼はきちんと理解していたのである。そこには仕事やプライベートと言った差異は存在しない。
春香の「クリスマスパーティをみんなで開きたい」という願いにプロデューサーが賛同したのは、単に春香の願いを聞き入れたと言うだけでなく、765プロアイドルが全員で過ごす時間が、彼女たちにとって必要不可欠なものであることを彼が承知していたからであった。だから彼はアイドルたちが同じ楽しい時間を過ごせるように尽力したわけである。
そしてそれは春香の考え方と同じでもあった。春香の心の根底にあるのは小難しい理屈ではなく、みんなと一緒に楽しい時間を過ごしたいという願望程度のものであったかもしれないが、彼女にとってはアイドル活動もプライベートも等しく「楽しい時間」であり、その時間を仲間たちと一緒に過ごすことで、次第に揺るぎない信頼や絆と呼ぶべきものが皆の間で育まれ、それを源としてトップアイドルという自分たちの目標に近づいていけるということを、皮膚感覚で感じ取っていたのである。現にそうしてきたことで今の成果があるのだから、春香にとっては疑うべくもないことであったろう。
2人は互いに同じ理想を共有し、互いを強く信じあってきた。春香とプロデューサーは「アイドルとプロデューサー」という関係性において、最も理想的な信頼関係を築いていたと言える。クリスマスパーティの一件は、そんな2人の信頼関係の強さをある意味で象徴していた出来事でもあったのだ。仕事としての範疇を超えた、純粋に自分たちの理想を信じた故の行為だったのだから。
しかしそのプロデューサーは重傷を負ってしまった。ただの怪我ではない、春香の身代わりとして負った怪我である。
プロデューサーは春香の信頼に応える形で、春香の望みを実現してくれた。だが一方の春香は彼と同じ理想を持っているにもかかわらず、その理想を結実させる場となるはずのニューイヤーライブを成功させるために必要な全体練習さえ実現させることができない。
そんな中で徐々に周囲とのずれが顕在化していったのが、23話における春香の姿であったが、そんな中にあって彼女の心を支えていた物の一つに、プロデューサーからの信頼に応えたい、プロデューサーと一緒に理想を実現したいと願う気持ちがあったことは疑いなく、しかも彼女の胸中においてそれが占める割合は、決して小さいものではなかったはずである。
しかし現実には春香はプロデューサーの信頼に応えられず、逆に最後までプロデューサーに支えられたまま、彼を重傷に追い込んでしまった。自分は何もできないまま、周囲の大切な人間を苦しめてしまうという構図が、彼女に取って最も辛い形で顕現したわけであるから、その時の春香の心痛は察するに余りある。
その痛みがまだまったく癒えていないことは、プロデューサーからのメールを見つめながら、震える声でプロデューサーに呼びかけるその姿だけで、十分読み取ることができるだろう。
だから春香は自分の心に無理を強いても、ライブ成功のための調整を何とか進めようとしてきたのだ。自分のせいで傷ついたプロデューサーのために、自分が信じる理想のために。
春香にとっていつしかニューイヤーライブは「やりたいこと」ではなく、「やらなければならないこと」に変わっていた。他の何を置いてもやらなければならないことであると。そしてそれは春香の中に生じていたずれが、決定的な隔たりとなってしまった証でもあった。
ライブの練習に集中するため、ミュージカルやその他の仕事を休みたいと律子に願い出る春香。普段の春香であれば絶対に出てこないような乱暴な提案に、もちろん律子は反対する。
そんな簡単に仕事を休むことはできない、全体練習は出来ていないが個人での練習は皆それぞれ実施しているのだからという律子の反論は、至極もっともな回答であったが、今の春香にその言葉は届かない。彼女にとっては「みんなで練習をすること」が、ライブを成功させる唯一の前提条件になってしまっていたのだから。
春香のその提案を美希が「わがまま」と一蹴するのも、無理からぬことであった。ミュージカルで主役を演じることを強く望んでいた美希からすれば、自分の得られなかったものを得た春香がそれを容易く捨ててしまうかのような行為を容認することなど、到底できるものではない。
この短い言葉と態度の中に、美希の春香に対する複雑な想いが垣間見える。美希が主役を望んだのは自分のためであると同時に、美希のハニーであるプロデューサーのためでもあった。そんな彼女にしてみれば、プロデューサーが重傷を負う一因となった春香に対し、虚心でいることは難しいことだったろう。それは美希の顔にわずかの間だけ影が落ちるという演出からも窺えよう。
しかし春香の演技はその美希が思わず見入ってしまうほどにすごいものだった。プロデューサーの怪我という事態に直面しても、美希は最後にはしっかりと前を向いて病院を去ったのは前述したとおりだが、その姿勢どおりに美希はミュージカルの稽古にも実直に取り組んだであろうことは容易に想像できる。それがプロデューサーのためになると信じて。
そんな本気の美希を思わず見入らせるほどに、春香の演技は優れていた。本気で取り組んでいたからこそ、春香が自分の演技を超えていることがわかるし、それを素直に認めることもできる。その時点で美希が抱いていた、春香に対するある種の負の感情は振り切ったのではないだろうか。主役への未練と共に。
それは確実に美希がプロのアイドルとして成熟しつつあることの証左であると同時に、「プロデューサーのため」という同じ想いを抱きながらも、結果として単なるわがままに終始せざるを得ない心境にまで陥ってしまった春香と美希との差異を、より鮮明に浮かび上がらせることにもなってしまった。
もちろん春香にしても、自分の提案がわがままであるということは承知していたはずであるが、今の彼女にはそれ以外の方法を選ぶことはおろか、選択肢自体も浮かんではいなかった。それ故に美希からの批判を受けてもなお彼女はライブの成功に、そのための全体練習に拘り続ける。自分だけでなく他のみんなも仕事を休んで練習をしなければと。自分がスタッフに掛け合って謝罪してでも実現させたいと強弁する春香の必死な姿に、律子は驚きの表情を隠せない。
そんな春香に美希が問いかけた「春香はどうしたいの?」という言葉。美希にそう言わせるほどに今の春香は憔悴した、虚ろな姿として美希の目に映っていた。美希は今の春香の姿に、アイドルが本来放っている輝きや、アイドルとして活動する楽しさと言ったものを見出すことができなかったのである。
それは今の春香の内に決定的な隔たりがあるということを、春香本人にはっきりと認識させることになった。周囲とだけではなく、本来の自分自身との間にある隔たりを。
美希の言葉を受けて笑顔を作ろうとするも作りきれぬまま、涙を流す春香。戸惑っているのはこみ上げてくる涙にではなく、自分が何を目指していたのか、何をやりたかったのかを完全に見失ってしまった今の自分自身に対してであった。
急激に変化していく環境と仕事に忙殺される状況の中で、過去を振り返り現在を見つめ直す機会を得ることができなかった春香は、心の整理をつけられぬままひたすらに走り続け、その結果として心にずれを生じさせることとなった。激変する環境に対する向き合い方のずれ、まっすぐに走り続けている仲間たちとの意識のずれ、そして自分自身が本来抱いていた目標や理想とのずれ。
そのずれは春香の気持ちとは裏腹に肥大化を重ね、プロデューサーの負傷という痛切な現実を経て、より大きな隔たりにまで肥大してしまった。
春香1人では抗うことなど到底できない巨大な力に呑みこまれ、春香はそこでずっともがき続けてきた。そんな彼女の顔からいつしか笑顔が消えてしまったのは、当然のことであったのだ。
誰よりもアイドルになることを望み、どんな時でも迷うことなく自己の掲げた目標に向かってまっすぐに走り続け、時に迷う他のアイドルたちを導く存在でもあった春香。そんな彼女が自分の目的そのものを見失うことなど、本来ならばあり得ないことであるはずだった。
今まで誰一人見たこともないであろう春香の弱りきった姿を目の当たりにし、美希は絶句することしかできなかったのは、無理からぬことであったろう。
春香は律子の配慮でしばらく仕事を休むこととなった。だがそうすることが春香のためになることなのか、そもそも春香がこのような状態に陥るまでに自分がどう動くべきだったのか、判断を下した当の律子も自問することしかできない。
春香の描写に続く律子のこの自問は、今彼女らを取り巻いている問題が、もはや一個人の行動如何では解決できない状態にまで及んでしまっていることを、改めて浮き彫りにしている。
春香が休んでいる間も、他の765プロアイドルは順調に仕事をこなしていたが、その表情はどこか浮かない。春香のことが気にかかっているからというのは言うまでもないが、メールを送っても春香からの返事はなく、春香が現在どんな状態にあるのかわからないままだった。
春香のことを案じる真たちは、そんな自分たちの現状を現場のスタッフから「仕方がない」と肯定され、複雑な表情を浮かべる。
常に一緒にあって仕事をしているわけではないのだから、他のアイドルたちの状況が把握できないのは確かに仕方のないことであるし、それはそれで正論だ。しかし伊織を始め765プロのアイドルたちは、その理屈で素直に納得することはできなかった。その妥協的な受け止め方を明確に否定できぬままに。
同じ目標を抱いて共に歩んできた仲間の様子すら満足に知ることのできない今の状況。そんな周囲の環境を前に、彼女たちは22、23話における春香と同様の戸惑いをようやく覚えたのだ。そのきっかけが他のアイドルより早くその戸惑いを感じたことにより、最終的には憔悴するまでに自らを追い込んでしまった春香であったというのは、皮肉と言う他ないだろう。
そしてそんな戸惑いを覚えながらも、現状を打破することができないのもまた春香と同様であった。件のスタッフと同様、現在の状況を「仕方がない」と妥協する律子の声色にも、いつものような力はこもっていない。
その後ろに控える千早の持つ彼女の携帯電話のディスプレイには、春香の携帯番号が表示されていた。しかし千早はそれ以上携帯を操作することなく、バックライトの消灯に合わせて携帯をしまってしまう。
携帯電話を見つめる3秒ほどの間、千早の顔は微動だにせず無表情のままだった。自分には何もできないという無力感に苛まれていた20話の時と同様に。
だがその感情はあの頃のように自分自身に向けられたものではなく、携帯電話のディスプレイに表示されている名の少女に対してのものであるということは、火を見るよりも明らかであった。
自分を孤独と絶望の世界から救ってくれた大切な友人が苦しんでいることを知りながら、千早は何もしてやることができない。彼女の胸中は如何ばかりであったろうか。
春香は自室にこもり、ベッドに寝転がってただ天井を眺めていた。その目じりは若干赤く染まっており、つい先程までまた涙を流していたであろうことが窺える。
この描写、一見すると20話において自室に閉じこもってしまった千早の描写と類似しているように思える。実際この描写だけではなく、前話から続く春香の心の変遷は、かつて弟の死という悲劇に見舞われた千早のそれと酷似しているように見える部分があるのは確かだろう。
しかし実際には千早の時と明確に異なっている所がある。それはベッドに横たわることもせず、部屋の片隅で目を伏せ小さくなっていた千早と、ベッドに仰向けに横たわって、その先にあるのが天井だけとは言えじっとまっすぐ前を見つめている春香の描写からも、容易に理解できることであろう。
春香はかつての千早のように心を閉ざし、自分1人だけの世界に埋没することはなかった。彼女が自分の目標や理想といったものを見失ってしまっているのは事実であるが、完全に自分の中から喪失したわけでもないのである。
千早がかつて心を閉ざしたのには、現実に対する諦念があったことも大きいが、春香はまだ現実を見限ってはおらず、自分の見失ったものを懸命に探している最中だったのではないだろうか。
春香のそんな胸中は、外からはカーテン越しとは言え昼間の明るい日差しが差し込んでいたり、外からは小鳥のさえずりが聞こえたりといったように、部屋全体に明るめの「装飾」が施されているあたりから十分察せられるだろう。
母親からの呼びかけを拒絶することなく、「お使いに行って来て」という提案に素直に従うところからも、春香の胸中が垣間見える。
その母親からの提案もお使いをさせること自体が目的ではなく、それを名目にして娘に外の空気を吸わせることで気分転換させようとする心遣いからのものであるという点は、実に芸が細かい。何かあったであろうことはわかっていても、それを安易に問い質すような真似はせず、相手の自発的な行動を促すという気遣いは、娘である春香がこれまで多くの人たちに見せてきたものでもあった。
現在の春香の性格が形成されたのは、この母親の躾や教育の影響であったことは想像に難くない。そこまで考えて妙に微笑ましく感じてしまったのは筆者だけであろうか。
今の時点では春香にとって厳しい状況であることは変わりないが、この母親に育てられた春香であれば、最後にはきちんと問題を解決できると、作品世界そのものが後押しをしているようにも見える、そんなワンシーンだった。
出かけた春香はお使いを済ませ、そのまま街中をぼんやりと歩く。自分が何をしたかったのか、なぜアイドルになりたかったのか、自問を繰り返しながら。
誰よりはっきり見据えていたはずの夢や目標を見失ってしまった春香の姿に被せるかのように、まだそれらを見失っていなかった頃の春香のインタビュー記事を画面に大写しにするあたり、演出面における容赦のなさも未だ徹底していると言えるが、春香の見失ったものがあくまで「見失った」だけであり、春香が本来の彼女らしさを取り戻せたならそれを思い出せるであろうことも描出しており、春香に対する追い込みとフォローを同時に描く見せ方は秀逸だ。
春香の独白に合わせて流れる何気ない街の日常描写も、春香が本当に追い求めていたものが何であったのかを静かに、そしてはっきりと指し示しているように感じられる。すなわち彼女にとっての「日常」とは何を指していたのであるか、と。
そんな折、突然横から飛び出して来て春香とぶつかってしまった青年。彼はなんとジュピターの天ケ瀬冬馬であった。彼らジュピターは21話において961プロを辞めた後、別の芸能事務所に移って芸能活動を続けていたのである。
すぐ相手に突っかかるような態度を取ってくるのは相変わらずの冬馬であったが、2話や14話と同様のシチュエーションであるにもかかわらず、ぶつかった相手に文句をつけるのではなく、相手にまず謝罪をしてくるあたりに、961時代より性格が若干丸くなった節が見て取れる。
春香の態度に何かを感じたのもそれ故のものだったのか、冬馬はすぐ近くで開催する自分たちのライブにでも来てみろと、春香にチラシを手渡す。
そこは765プロアイドルたちよりもずっと前を行っていたトップアイドルのジュピターがライブを開催するには小さい会場であったが、今の事務所の力では大きな会場を押さえることはできなかったとのこと。
しかし冬馬はそのことに別段落胆を示すことはなかった。961プロ時代ではステージを作るスタッフの顔すら知ることはなかったが、今はスタッフと協力することで1つのステージを作り上げようとしている。そうすることで信頼が生まれ、仲間との団結や絆が育まれ、それらが引いては大きな力になるということを、冬馬は学んだからである。そしてそれは他ならぬ春香たち765プロアイドルを見ならった上でのことだった。
冬馬の言葉は今の春香にとっては実感に乏しいものであったかもしれない。しかし過去の、春香が今のような状態に陥る以前の765プロアイドルの姿に、「団結」や「絆」といったものを確かに感じ取った者がいたということは、紛れもない事実だった。
そしてそのことは冬馬という人間を、ゆっくりではあるが良い方へと変えつつあるというのも確かなことであろう。刺のある態度は消え、規模は小さくとも仲間と共に自分のやれることをやり遂げようという強い意志を持つ人間へと、冬馬は変わっていたのである。
その事実は春香たち765プロアイドルが大切にしてきた「仲間と共に歩む」という強い信念が正しいものであったと、決して否定されるものではないということを、明確に示すものだった。
今の自分が見失ってしまったものであっても、それをきちんと理解し継承している者がいる。そのことを知ってなお春香の顔が晴れないのは、まだ自分自身の意志で見失ったものを再び見出す事が出来ていなかったからであろう。背中を押されたにもかかわらず、今の春香にはその勢いに乗って自分から走り出すだけの意志と力が薄弱であった。
その頃千早は、プロデューサーの入院している病院を訪れていた。プロデューサーも今はすっかり意識を取り戻してはいるものの、全身に包帯やギプスが付けられたその姿は未だ痛々しい。
だが自分がそんな状態であっても、仕事ができず皆に迷惑をかけてしまっていることを謝罪し、痛がりながらも笑顔を見せる様子はすっかりいつものプロデューサーであり、そんな姿に安心したのか、千早も若干安堵した表情を見せる。
プロデューサーは千早が相談事を抱えていることに気づいていた。面会は控えるようにとの達しがあったことを承知しながら、さしたる用事もなくプロデューサーの元を尋ねるような千早でないということは、彼ならばよくわかっているはずなのだから、それは当然の洞察であったと言えよう。プロデューサーに促され、千早はゆっくりと話を切り出す。
それはとある「家族」の話。いつも一緒に過ごすほど仲が良く、誰かが転ぶとすぐに手を伸ばして助け合うような優しさに満ちたその家族は、しかしいつしか離れ離れになってしまっていた。
そんな家族の今の姿を憂い悲しみながらも、どうすることもできずに苦しんでいるのは、誰かが転んだ時、いつも真っ先に手を差し伸べるような心優しい1人の少女。だが今の家族は彼女に手を差し伸べることすらできないほどに、遠く離れてしまっている。
離れつつある家族を以前のように戻し、その少女を救うことが千早の願い。だが彼女は自分自身の願いに迷っていた。願いを果たすことは本当に正しいことなのか、そも自分にできることなのか、家族の関係を極めて希薄なものとしてしか認識してこなかった千早が、その「家族」のために何かを為すことができるのか、確たる自信を持つことができなかったのである。
皆のために力を尽くしたいと思っても、どうすればいいのかがわからないという千早の苦悩は、根本的にはその少女の内にある苦悩と同質のものと言っていいだろう。
過去の事件を境に他人の一切を拒絶してきた千早にとってその感情は、久しく経験したことのないもの、ややもすると今まで生きてきた中で初めて味わう苦い感情であるかもしれなかった。
以前の千早であればその感情も内に抑え込んだのだろうが、千早は抑えつけることなく自分の取るべき道を模索する。それは彼女の心の成長という類のものではなく、ひとえに大切な仲間を救いたいと願う強い想い故のものであったことは間違いない。
それを見抜いていたからこそ、プロデューサーはすぐに答えを述べなかったのではないか。理屈よりもまず千早の「家族」を大切に想う強い気持ちを引き出し、その上でその気持ちのままに行動することを指し示すプロデューサーの顔は穏やかだ。
言うまでもなく千早が「家族」と形容したその共同体が一体何であるか、プロデューサーはわかっていたのだろう。すぐ隣でずっとその家族と共に過ごしてきたからこそ、他のみんなの想いも千早と同じであると、千早の想いを乗せた言葉がみんなに届くと信じることができる。みんなが何を力の源として歩んできたか、どんな成果を出せてきたか、一番よく知っているのは彼自身なのだ。
プロデューサーは千早を殊更説得したりアドバイスをしたわけではない、ただ千早に自分たちが是としてきたものが何であったかを思い出させただけだった。思い起こすことさえできれば、後はそれに従って千早が自分で行動を起こせるようになるのだから。
このような時においてさえ自らが主導することなく、アイドルの背中を押す役に徹し、最後はアイドルたちに任せる彼の姿勢は、どこまでも「アイドルマスター」のプロデューサーであったし、千早と彼の間にも「アイドルとプロデューサー」としての良好な関係が存在していたと言えよう。
そんな彼のプロデューサーとしての姿勢が正しいものであるということは、後ろで2人のやり取りを聴いていた小鳥さんの静かに浮かべる微笑みからも明らかだった。
結露していた窓の水滴が流れ落ちる様は、きっかけを得て俄かに動き出す千早や他のみんなの様子を暗示していたようにも受け取れる。
各人のスケジュール表を浮かない顔で見つめる律子。そのスケジュール表には本来記載されているべき少女1人の部分だけが、空白で埋められていた。
そんな律子の元に息せき切って駆け付けた千早は、彼女にある頼みごとを持ちかける。
今はもう誰もいないはずのレッスンスタジオから聞こえる、楽しそうな話し声。
765プロファーストライブの時を始め、アイドルたちがずっと練習を重ね、自分たちの夢や目標をぶつけてきた思い出の場所でありながら、いつしか春香1人だけが黙々と練習をする場に変わり、今はその春香すら現れることなく、誰一人姿を見せることのなくなった場所に成り果ててしまった場所。
そんなレッスンスタジオに意外な、しかし本来は意外ではない面々が集まっていた。仕事で遅れている美希と付き添っている律子、そして休養中の春香以外の765プロアイドルがそこに集合していたのである。
これは千早の尽力によるものだった。彼女はある目的のために全員がこの場に集まれるよう、各々の予定を調整したのである。律子に協力してもらっただけではなく、社長にまで掛け合って。
その行為は裏を返せばそのような強引な手段を取らなければ、皆が集まることはできない状況であったことを示す証左であり、春香が追い詰められる発端となった「全員一度に集まれない」という問題が、春香1人の奮闘でどうこうできるような軽いものではなかったという事実を、ここで改めて補強しているとも取れる。
久しぶりにいつものレッスンスタジオに来られたことを喜びながらも、真や響は現状に対する複雑な感情を口にする。この場に来たいという想いがあっても自分だけではそれを叶えることができず、それについて誰かに相談することもできない、そもそもそんな考えすら思いつかないほど周囲の状況が見えていなかったことを。
彼女たちも現状を100パーセント満足しているというわけではなかった。それは件の真や響の心情、そしてやよいの「みんな集まれて良かった」という素直な言葉に集約されているし、もっと言うなら23話でのNO MAKEにおける響の独白からも、十分その感情を窺い知ることができる。
しかし彼女たちは同時にそこから自分たちで動き出せるだけの意志を保てなかった。「流された」という単純な言葉で言い表すのは彼女たちにとって酷な話だが、その現状に自分の意志を介入させられるほど強くはいられなかったのである。目の前にある仕事に充実した取り組みが出来ていたということも、無論あっただろう。
彼女たちは彼女たちで心にある種の歪みを抱え、それもまた1人1人の力で解消できるものではなかったのだ。そしてそれ故に彼女たちはある事を見落としてしまっていた。皆が集結しているこの光景を誰より望み、喜んだであろう春香のある想いを。
千早が皆を集めた理由もそこにあった。たとえ無理をしてでも皆が集まって話し合うこと、それが千早の目的であったのだ。春香のこと、そして自分たちのことについて。
その頃春香は、偶然通りかかった公園に集まって何事かを話している女児たちを気に留めた。
どこかの幼稚園に通っているらしく、みんなお揃いの制服を纏っているその女児たちは、どうやら全員で歌を歌おうとしているらしいが、その中にいる上手に歌えない女の子を巡って、意地悪めいた言葉を吐く子とそれに反発する子とが口ゲンカを始めてしまう。
当人たちにしてみれば真面目な口論なのだろうが、傍から見れば何とも愛らしいそのやり取りに、ふと真と伊織のそれを重ねる春香。
と、今度はその女児たちが春香のことを気に留める。彼女たちは春香が「アイドルの天海春香」であることに気づいたのだ。羨望の眼差しで自身を見つめる彼女たちに誘われるまま、春香は一緒に歌を歌うことになってしまった。
子供たちと共に「自分REST@RT」を歌い始める春香。そんな最中にも口ゲンカを始めてしまう子供に対し、「みんなで楽しく…」と言いかけた春香は、その刹那に浮かんできたビジョンに口をつぐむ。
目に浮かんだものは同じ曲を共に歌いあげた765プロの仲間たち。それが今現在の彼女たちではないということは、ビジョンの中の彼女たちが夏服姿であることからも容易に理解できる。
それは個性もバラバラ、抱く夢もそれぞれに異なりながら、それでも「トップアイドルになる」という目標の下に集い、辛い時も苦しい時も一緒に歩んで乗り越えて、例えアイドルとして芽は出ていなくとも、ただみんなと共に歌い踊ることを楽しんだあの頃の日々の姿だった。
「自分REST@RT」は言うまでもなく、765プロアイドル飛躍のきっかけとなったファーストライブで初めて披露された曲であり、タイトルの通りアイドルたちにとっての新たな出発点となった、ファーストライブそのものを象徴する曲でもある。
そういう意味ではこの曲、そしてこの曲をライブで完璧に披露するまでの道のりそれ自体が、天海春香というアイドルの原点の一つと言っていい。
何のしがらみもなく、ただ楽しむために歌う子供たち。それはかつての春香たちが実際に行っていた、行えていたことだった。春香は別に過去を懐古したというわけではない。図らずも春香はこの時、いつしか見失っていた自分のアイドルとしての原点の一つを垣間見たのである。
女児の1人に話しかけられて我に返った春香は、子供たちの歌を褒め、そこに歌が好きという強い想いがあると呟く。
しかし春香に返事をしたのは目の前の子供ではなかった。大きくなったらアイドルになりたい、アイドルになってみんなで楽しく歌を歌いたいと返してきたその相手は、幼い頃の春香自身。
目の前の幼い春香は無論彼女の目にしか見えないし、胸中にしか存在しない。しかしそれは今の春香にとっては見えて然るべき存在でもあった。
先程書いた春香の原点の一つ、それは実際にアイドルとなった彼女の拠って立つ起点となるべき出来事であり、言わば彼女にとっての「第二の原点」である。その第二の原点を垣間見、自らの立脚点としていたことを思い出した今の春香であれば、第二の原点を原点たらしめるために彼女がずっと心に抱き続けてきた、「アイドル」というものに対する原初の想い、「第一の原点」と呼ぶべきものとそれに結び付くものとを想起することは、必然であったと言えよう。
さらに言うならアニメ中では描かれていない設定ではあるが、現在春香がいるこのシチュエーションは、その原初の想いを抱くきっかけとなった「幼い頃、近所の公園でよく歌を歌っていたお姉さんと一緒に歌を歌い、その歌を褒めてもらった」という出来事と酷似している。
このあたりの見せ方は、知識は知らなくとも春香の心の流れを知ることは出来、知識をあらかじめ得ていればより深く味わうことができるという、アニマスならではの良質な演出であった。
幼い頃に抱いたアイドルへの憧れ、大好きな歌への想い。見失っていたもう一つの、そして最も大切な彼女の原点に触れた時、春香は戸惑いながらも彼女自身に引っ張られるように、とある場所へ向かって走り出す。
春香が見失っていたものをおぼろげながら再び見定めつつあることに呼応するように、一方のレッスンスタジオでは、千早が春香が独りで抱えていたものについて切り出していた。
皆と同じ時間を過ごし、目標に向かって歩む。ほんの少し前までは当然のように出来ていたことが、それぞれ忙しくなるにつれて叶わなくなっていく。アイドルとして成熟していく過程でそれは止むを得ない事情であるし、皆がそれに伴ってさらに成長していくことそのものは、春香本人にとっても非常に喜ばしい出来事だったが、それでも変わりゆくすべてを受け入れることはできなかった。
変わっていく周囲と変わってほしくないと願う自分の気持ち、双方の狭間で心をせめぎ合わせた春香が最後にすがったものは、ニューイヤーライブのための全員での練習だった。
単に全員で集まることそのものを求めたのではない。全員で集まり共に一つの目標に向かって全力で取り組むことで、「全員で共に歩んでいくこと」が765プロのアイドルとしてのスタンスであり、それが自分たちの取るべき道であると確認したかった。実際にそんな様子が事務所の風景的な日常として定着し、その道を辿り続けた結果として現在の成果を出してこれたからこそ、未来においてもそれが自分たちにとっては当然の日常であると、そうすることが最善の方策であると信じたかったのだ。
だが現実にはその想いも叶うことなく、春香の想いは次第に周囲とずれていき、最後には決定的な隔たりを生じさせ、彼女の心をすり減らしてしまった。
千早から春香のずっと秘めてきた想いと苦悩を聞かされ、全体練習のために奔走していた春香の真意を初めて知る一同。
誰にも相談せず、たった1人で悩み続けた春香を案じ、話してくれればと無念の想いを伊織が吐露するのは当然であったろう。彼女の目にうっすらと浮かんだ涙が、彼女の無念さをはっきりと物語っている。
しかし彼女の想いは真が否定したとおり、正しい想いとも言えないものであった。彼女たちは春香からの相談を待つのではなく、自分から春香の気持ちに気づくべきだった、気づかなければいけないはずのことだったのだから。
23話の感想の最後の部分で触れたように、765プロアイドルの面々は春香という存在に甘えているというか、春香がみんなのために行動するのを当然のこととして受け止め、殊更に注意を払おうとしていなかった節がある。
23話で全体練習のために春香が奔走していても、誰もそれをフォローしようとはしなかったし、春香のようにスケジュールを変更してまで参加しようとする者は1人もいなかった。春香の取った行動も完全に正しいものとは言えないが、それでも春香に追従するような行動を取るものが1人もいなかったことは確かである。
もちろんアイドルたちに他意はないし、ましてや悪意など存在するはずもない。多忙を極めている現状でもアイドルとして充実した時間を過ごせているという達成感故に、周りの人間にまで気を配る余裕があまりなかったという側面も無論あったろう。
だがそんな状況を差し引いても、彼女たちは春香に対する気遣いをどこかに置き去りにしてしまっていた。それは大舞台に臨もうとしている雪歩のことは気遣っていても、春香にまで気を回すことをしなかった真の様子が何より象徴している。
彼女たちはどこかで春香の他人への気遣いをあって当然のものと認識してはいなかったか。どんな時でも明るくまっすぐに前だけを見ている春香の姿に励まされてきたからこそ、そんな春香の姿だけを「天海春香」そのものとして受け止め、彼女が周囲を常に気遣っていたのと同等に、彼女もまた周囲に気遣われるべき存在であるという認識が欠落していたのではないか。
22話において仕事とは全く関係のないクリスマスパーティ開催のために奔走していたということも、皆の春香に対する「気遣いの人」的な認識に拍車をかけていたのかもしれない。
しかし勿論そんなことはなかった。春香だって悩みもすれば苦しみもする、周囲とのすれ違いが続けば神経をすり減らし憔悴してしまうような、「普通の女の子」なのである。そこに誰も思い至れなかったことは、紛れもなくアイドル各人の「落ち度」であった。
誰にも明かすことなく、そして誰にも気づかれることなく抱え続けた春香の想い。だが千早はその想いに春香と同等の価値を見出す。
自分が歌を失いかけた時、彼女に手を差し伸べ救ってくれたのは春香、そして765プロの仲間たち。今までずっと一緒に歩んできた仲間たちとの繋がりや信頼が自分を救う原動力になったということは、他の誰よりも千早本人が知っている。だからこそ春香と同様に、千早が「家族」とまで形容した仲間たちとの繋がりを、自分たちが今までやってきたことを失いたくないと思えるのだ。たとえそれがアイドルとしての責務と矛盾するとしても。
自分の気持ちを正直に、まっすぐに打ち明けた千早は、自分たちの想いを遂げるための助力をみんなに乞う。それが自分のため、春香のため、そして765プロの仲間たちのために千早ができる、精一杯の行動であった。
千早の呼びかけにしばらく沈黙が続く中、集合に遅れていた美希と律子がようやく到着する。2人はある打ち合わせに参加していたために到着が遅れたのだが、その打ち合わせの内容が、打ち切りが決定した「生っすか!?サンデー」の後番組に関するものと聞き、一同も驚きの表情を浮かべる。その後番組での単独MCとして美希を登用する話が持ち上がっていたのだ。
しかし美希はその話を断ってしまったと言う。そのわけを「迷子になっちゃいそうだったから」と表現する美希。
アイドルの仕事を心から楽しみ、前だけを見て歩み続けていけるというのは、もちろん素晴らしいことだ。だがそれはどんな時でも自分の心を支えてくれる、拠り所となってくれる存在があってこそのもの。わき目も振らずに前だけを見据えて進んでいったら、いつかその存在を見失ってしまうのではないか。その存在がそこにあったことさえも忘れてしまうのではないか。
そうなった時、最後には自分自身も前に進むことができなくなってしまうのではないか。そんな想いを美希は「迷子」と言い表したのである。
それは言うまでもなく、誰よりまっすぐ夢や目標に向かって歩んできた仲間の迷い苦しむ姿を目の当たりにしたからに他ならない。
かつて765プロアイドルの中では、「トップアイドルになる」という目標に対して一番やる気のない姿勢であった美希。そんな彼女が様々な出来事とそれに伴う経験を経て、自らのアイドルとしての理想を見定めるまでに成長した時、美希を優しい笑顔で祝福してくれた少女。共通の目標に対して、ある意味まったく正反対のスタンスにいた両者であるにもかかわらず、彼女は美希の成長を我が事のように喜び、笑顔を見せてくれた。
それは765プロの中では当たり前の光景であったかもしれない。仲間の幸福を自分のそれと同等に見なして喜べる関係はしかし、実際には当然のものではなかった。その価値観を体現しようとする想いがあって初めて成り立つ光景であったのだ。
その価値観を最も強く体現していたであろう少女から笑顔が失われ、涙だけが力なく零れ落ちるようになった時、美希は初めて気付いたのである。自分が前に向って歩いていけるのは、時に歩みを止め休息を取ろうとした際に受け入れてくれる場所があるから。どんな時でも自分のことを笑顔で迎えてくれる人がいるとわかっているから、それを支えにして夢に邁進することができるのだと。それはある意味で、他の誰よりもアイドルという目標に対してのスタートが遅かった美希だからこそ、気付けたことであったかもしれない。
皆とは異なる思考の変遷を経た結果、千早や春香と同様の考えに思い至った美希は、一足先に自らの想いを遂げるための具体的な行動を取っていた。それは何のことはない、目の前のことのみを見つめるのではなく、視野を広げて周囲を見るように心がけただけのこと。
だがそうすることで自分のそばにいる者たちの存在を感じ、繋がりを自覚し深めることができる。そしてそれはかつて765プロの仲間全員が自然に行えていたことであった。
見落としていたものを再び発見した彼女たちが次にすること、それは…。
同じ頃、春香は自分自身の心に導かれるように、ある場所へとやってくる。そこは春香にとって大切な場所の一つ、765プロファーストライブの会場だった。
春香がずっと胸に思い描いていたアイドルに対する憧れがはっきりとした形となって実を結び、その際に経験したことすべてが春香の新たな立脚点ともなった、彼女にとって大事な思い出の場所。
目の前に佇む会場は、あの日のように煌々とライトが照らされ、中にはフラワースタンドが乱立している。それはすぐ隣にいる幼き日の自分と同様、春香の心にのみ浮かぶ風景。
しばし見とれる春香が冬の冷たい風に顔をなでられた瞬間、彼女ははっきり思い出す。様々なトラブルに見舞われながら、それでも今の自分たちに出来ることをやろうと誓い合い、その場にいない竜宮小町の気持ちも背負ってステージに飛び出し、全員一丸となってライブをやり遂げたあの日あの時、あの一瞬に抱いていた想いを。
みんなで楽しく歌い踊ること、それが春香の一番の望みだった。いつだって彼女はそのために努力し続け、そうすることでアイドルとしての成果を出してこれたのである。
しかしいつの頃からか彼女の心には迷いが生まれていた。全員が多忙を極め、意志の疎通ができなくなるようになった頃なのか、もしくは当人に無理からぬ事情があったとはいえ、春香のスタンスを千早に否定された時であったのか、それはもはや春香本人にもわからないことかもしれない。
いずれにせよ彼女の迷いが消えることはなかった。みんなで歌い踊るという春香の望みは、他のみんなにとっては迷惑なのではないか、アイドル活動を続ける上で負担になってしまうのではないかという想いが、彼女に迷いを振り切らせなかったのだ。
春香の望みはそのまま気づかぬうちに765プロアイドル全員の指針となり、それぞれに強い信頼関係を築き、アイドルとしての成果をも得ることができた。だがそれだけの「実績」があってもなお、彼女は自分の気持ちを押し通すことを避けたのである。自分がアイドルとして飛躍するのと同等に、アイドルとして羽ばたく仲間たちの姿に喜びを見出せるからこそ、自分の想いが仲間の負担になってしまうかもしれないという危惧を振り払うことは出来なかったのだろう。
そんな彼女の迷いはやがて周囲とのずれを呼び、最後には大きな隔たりとして彼女の想いを孤立させてしまった。
自分自身と向き合う中で、今までの心の流れを思い起こす春香。だがそんな彼女に彼女自身が「大丈夫」と優しく呼びかける。
「私はみんなを信じてるもん」と。
そこに立つ自分の姿は幼い頃のそれではなく、あの日のファーストライブに参加していた頃の、全員で協力し合って一つの目標を達成し成果を得た、みんなとの絆を信じて疑わなかった頃のものであった。
そんなかつての自分から春香が手渡されたもの、それはいつかの時に彼女自身がプロデューサーに手渡したのと同じ一個のキャラメル。
追い詰められていたプロデューサーの心を救い、春香たちアイドルを信じることの大切さを彼に思い出させるきっかけとなったこのキャラメルを、今度は春香が自分自身の心を救うために差し出したのである。みんなを信じる気持ちを再び思い起こさせるために。
みんなに対する信頼感を決して喪失していたわけではなかったものの、いつしか心の中で見失ってしまっていた春香は、この瞬間に自分の拠って立つべきものを再発見したのだ。どんな時でも自分の信じるままに、自分の信じる想いをまっすぐぶつけていくことが何より重要だという自分自身の信念、そしてそんな自分の想いをまっすぐに受け止めてくれる仲間たちへの信頼を。
春香が自分たち765プロアイドルの根底にある強さの源を再び見出したその時、周囲との狭間に存在した隔たりは取り払われ、彼女はついに深い苦悩の底からの脱却を果たす。
迷いを振り切った春香は、彼女が毎日通り続けてきた道を一目散に走り抜けていく。天海春香というアイドルが帰るべき場所、そしていつどんな時でも最後には仲間たちも帰ってくるであろう、みんなの居場所に向かって。
走る春香の耳に突然飛び込んできた伊織の声。それは目の先にある街頭ビジョンからのものだった。春香以外の765プロアイドルが集合し、来るニューイヤーライブの宣伝をしていたのである。
仲間たちが全員集まってライブへの抱負を述べるその光景は、春香がずっと叶うことを願っていた、大切な想いが結実した光景でもあった。
そんなみんなの姿に春香は驚きながらも顔をほころばせるが、彼女にとっての驚きはそれだけではなかった。みんなは春香の姿をまるで見ていたかのように、笑顔の春香に向かって呼びかけてきたのである。
いつもの場所、自分たちの場所で待ってるという千早たちの呼びかけに、涙をためながら頷いて駆け出す春香。向かう先は決まっている。先程まで自分が目指して走っていた場所と同じなのだから。
みんなが映し出されている画面の背景を見るに、彼女たちはその「場所」から直接メッセージを送り届けていた。社長を始めとする方々の関係者に対して無理を利かせたことは想像に難くないし、中継をしたところで、春香がそれを都合よく見てくれるという保証はない。だがそれでも彼女たちはそうすることを望んだのである。
そこに計算や打算はない。ただ春香に自分たちの気持ちを届けたい、伝えたいという望みがあっただけだ。そして単純であるが何より強いその想いを、きっと春香は受け止めてくれると信じているからこそ、彼女たちは春香に呼びかけたのである。
確たる保証など彼女たちには必要なかった。共に同じ時間を過ごし、同じ目標のために歩み続けてきた仲間だからこそ胸に抱くことのできる強い繋がりを感じ、その繋がりを信じることができるのだから。
そしてそれは春香も同様だった。今は中継が行われたからわかることとはいえ、自分の向かっていた先に、自分が望んだような「仲間たちのいる光景」が存在しているかどうか、保証などされてはいない。それでも春香は走り出さずにはいられなかったのだ。一度は見失った繋がりと、その源になる信じあう気持ちを再び見出したからこそ、彼女は自分の想いを伝えるために走り出したのである。
中継を春香が実際に見ることができたか、見られなかった場合はどうであるか、そんな仮定は瑣末なこと。彼女たちが互いを想う気持ちを伝え、その伝えられた想いをしっかりと受け止める。それを彼女たちが為すことができたという事実が、最も大切なことだったのだ。
春香の想いにみんなは応え、帰るべき場所に全員で集まり、一丸となってライブに臨むことを伝えた。春香の望んだ願いは765プロアイドル全員にとっても同じ願いであるという想いを、春香はみんなから確かに受け取った。
その時点で彼女たちはお互いを結びつけている絆を確かに感じ取ったのだ。見失いかけたものは実際には変わることなく、常にそこにあり続けて彼女たちを結びつけていた。そのことをお互いが確認し合えたことだけで、彼女たちにとっては十分だったのである。
駆け出す春香に被さるようにインサートされるのはED曲「まっすぐ」と、春香たち765プロアイドルがこれまで辿ってきた軌跡。レッスンの時、イベントの時、ファーストライブの時、そして仲間が1人苦しんでいた時。様々な困難を彼女たちは皆で乗り越え、そのたびにアイドルとして大きくなってきた。誰か1人でも欠けてはいけない、全員がそこにいるからこそ彼女たちはその顔に笑みを浮かべ、まっすぐに自分の目指す道を歩んでいくことができる。
それはこれまで彼女たちが経験してきた様々な思い出そのものが、何よりもはっきりと証明しているのである。
そして自分たちのそんな姿こそ、春香が幼い頃よりずっと心に思い描いてきたアイドルとしての理想、すなわち「夢」そのものであった。
中継の視聴如何にかかわらず、春香が来ることを信じてずっと待っていたみんなの元へ春香が駆け付け、彼女をみんなが迎え入れた時、春香の夢はアイドル全員の夢として昇華を果たしたのである。
例えるならそれは765プロという芸能事務所そのものが見る夢であり、追い求める理想。彼女たちアイドルが紆余曲折を経て再び一つになった場所が、彼女たちの帰る場所である765プロの事務所であったという事実が、何よりそれを象徴していると言えるだろう。
今話は20話のような再生や復活といった大仰なテーマを背負った話ではない。自分の進む道に迷った少女が、その迷いを振り払い再び歩き出すまでを描いた、ごくありふれた話である。
しかし同時に今話で描かれたそのテーマはいつの時代、どんな人間にも降りかかる可能性のある、普遍的な命題であったとも言えよう。
そう考えると、その命題に真正面からぶつかる運命を背負ったのが春香であったというのは、むしろ自然なことであったのかもしれない。
春香の背負った悩みもありふれたものであったが、それを解決に導いた考え方もまた、極々ありふれたものだった。
…いや、「アニマス的に」ありふれたものである、と言い換えた方が適切だろう。
見失っていた自らの夢の原点を見出した彼女が次に望んだことは、その夢をみんなと一緒に叶えたいという願いをみんなに伝えることだった。
仲間同士で互いに想いをぶつけあい受け止め合うこと。様々な経験を経てその境地に至った時にこそ、互いへの信頼感が生まれ、そこから育まれた絆は何より強いものとなる。春香はそれを知っているから、自分がそれを知っていることを思い出せたから、自分の願いをみんなに伝えようと思うことができたのである。
そしてその考え方は一般論としてはともかく、アニマス的には非の打ちどころのない完全解であったのだ。
思い返してほしい。3話で怯える雪歩を奮い立たせたものは何であったか、10話で765プロチームを勝利に導いた最後のきっかけは何であったか、12話で美希が再びアイドルに対して意欲を持てたのはなぜだったか。
そこにはすべて「想いをぶつけ、伝えあう」描写があった。自分の恐怖心を抑えてでも雪歩を支えようとしたプロデューサー、自分が足を引っ張ってしまったことを承知していながらも、その想いも含めて勝ってほしいという願いを真にぶつけたやよい、プロデューサーとのやり取りの中で「アイドル」というものに対して抱いていた漠然とした感情を、はっきりしたものとして確立した美希。
何より20話において苦しむ千早を救うきっかけになったのは、「千早と一緒にアイドルを続けたい」という春香の願いを素直にぶつけたことだった。
色々な局面で彼女たちは想いを直接伝えあってきたのである。そうすることで確実にアイドルとしての成果を出し、成長してきた。その厳然たる事実が存在しているからこそ、春香の見出した考え方が最適であり正答であるとはっきり断言することができるのだ。それがアニマスという世界の望んだ最良の答えだったのだから。
人と人との信頼感が強い力を生み、夢を叶えるほどの原動力となる。現実にそうなることはほとんどないと言っていいほどのこのテーゼを、アニマスという作品は1話の時点、もっと言えば新番組予告の時点から明確に訴え続け、それが是とされる世界を構築してきた。8話でのあずささんと彼女の周りに集まった人々を例に挙げるまでもなく、アニマスの世界とは人の真摯な想いが確実に誰かに届き、その人を幸せにしてくれる優しい世界なのである。
ゆっくりと時間をかけて醸成されてきたこの優しい世界に最もふさわしい答えを、彼女たちは見つけられたのだ。それは「アイドルとは?」という大上段に構えた命題に対するものではない、「765プロのアイドルとは?」というごく私的なものに対しての答え。しかし彼女たちにとってはそれで十分なのである。彼女たちはその想いを胸にこれまで輝き続けてきたし、これからもその想いがあれば輝き続けられると信じているのだから。
それは今までアニマスが紡いできた24の挿話の中で積み重ねてきたものが、深く静かに、そしてしっかりと皆の心に根を張って息づいていた証であった。20話の時のように大きく炸裂することはない、しかし常に彼女たちの心に根付き支えているそれがある限り、彼女たちはもう迷うことなく邁進していくことができるに違いない。それぞれの夢、そして「トップアイドルになる」という目標へ向かって。
改めて一つとなった765プロアイドルが見せる最初にして、我々視聴者にとっては最後になってしまうかもしれない「成果」。それは次回において堪能することができるはずである。
様々な出来事を経て、アイドルとしても人間としても大きく成長した彼女たちの「今」の姿、しっかりと目に焼き付けようではないか。