2011年08月08日

アニメ版アイドルマスター5話「みんなとすごす夏休み」感想

 やべえ、ライダージェネレーションが予想をはるかに上回るほどに面白い。
 わが最愛の仮面ライダーことスカイライダーは、スカイサマーソルトで敵を空中に打ち上げてからの空中コンボが面白いように決まるので非常に楽しい。セイリングジャンプも併用すれば中ボス程度のキャラもあっという間に追い込める。
 超必殺技の三点ドロップを決める時は、スカイがジャンプする時につく独特の効果音がそのまま採用されていて、感動と嬉しさの余り目頭が熱くなってしまったよ(笑)。
 苦節数十年、やっとスカイライダーが優遇される時が来たのか。

 まあそんな前振りとは一切関係なく、アニメ版アイマスの話である。
 今話の内容はサブタイトルにもあるとおり「夏休み」。と言ってもアイドルの夏休みだから、夏休みと言うよりは骨休めと言ったところか。
 内容的にも各アイドルの描写を織り込みつつ特定アイドルを掘り下げるというスタイルを取っていた2〜4話からはいったん離れ、夏休みを満喫するアイドルたちの姿を活写するに留めている。

 …いや、「全力を傾注していた」と言うべきか(笑)。

 もちろんこの種の話にはお約束の水着シーンもあったのだけど、そればかりを描写しているわけではなく、うだるような暑さの事務所でだれる亜美真美たちから、目的地である海へ向かう一向、海でのそれぞれの遊び、旅館での思い思いのやり取りなど、劇中で春香が言っていた通り、「修学旅行」の様子を見せているかのような描写になっていた。
 Aパートの海水浴シーンの素晴らしさについては…、今更このブログで語る必要はないだろうな(笑)。既にいろいろな場所で素晴らしさが語られているだろうし、キャプチャした画像もバンバン張られてるだろうから、そちらを見れば十分なのではないかと。
 水着姿の綺麗さとか美しさってのは、言葉でいくら書いたって語りきれるもんじゃないしね。
 新曲「神SUMMER」がかかったと同時に、仰角カットで走り出す美希、響、真。カメラが動くにつれて亜美真美、最後に春香が走ってきてずっこける。そこまでのカットが1つにまとめられていたのは、躍動感があって非常に楽しい。
 殊に美希はいろんな所が遠慮なく揺れてて素晴らしかったね!
 あずささん、貴音の巨乳コンビを見て思わず名セリフ「くっ」を呟いてしまう千早や、相変わらずの健啖家ぶりを発揮する貴音、最初は気取っていたものの、すぐ亜美真美のペースに巻き込まれてしまう伊織、きちんと準備体操をする律儀なスク水着用(ここ重要)のやよい、ここぞとばかりに数え歌を歌いながら嬉しそうに砂浜に穴を掘る雪歩、保護者的役割を自覚して行動する律子とあずささんなど、各人の立場と性格が今回も短い時間に存分に描写されていたと言っていい。
 通常こんな水着姿の美少女ばかりに囲まれていたら、よほどの朴念仁でも下心がわきあがってきそうなものだが、そこは我らの分身ことプロデューサー。水着姿のアイドルたちに見とれることなく、海水浴場という人の多い場所に来ているにも関わらず、アイドルすなわち「有名人」であるはずの春香たちがまったく注目されないという現実に落ち込むという、誠に仕事熱心な一面を見せてくれた。
 今作はプロデューサーの扱いには非常に気を遣っていることが、1話の時点で容易に窺い知れるのだけども、「あるべきプロデューサーの姿」としては一番理想像に近いのではないだろうかと思える。
 やはりプロデューサーたるもの、いついかなる時でもプロデューサーとして行動しなければね。プロデュースしているアイドルに邪な感情を抱くなんてあってはならんことなのだ、本来は。

 海水浴が終わったら旅館に移動。女性陣が部屋に入った時の各々の描写が本当に修学旅行のそれを見ているようで楽しい。伊織がテレビのチャンネル数を確認したり、ハム蔵ギャグを見せるための前振りとは言え、「貴重品は既定の場所にしまう」ということにまで言及させるあたりは本当に芸コマだ。
 バーベキューのシーンでは肉を食べて心の底から喜んでいるやよいと、そんなやよいにもっと肉を食べるよう勧める真の姿が、本当の姉妹のように見えて微笑ましい。
 浜辺での花火の最中も含め、プロデューサー、あずささん、律子の年長組が完全に世話係になっている点も、年齢を考えれば当然ではあるのだが、アニメと言う媒体できちんと見られるというのはなかなか新鮮である。
 年長組3人だけが他のメンバーとは別に、プロデューサーの部屋に集まって飲み物を飲みあうというのも、世話係ならではというところか。
 入浴中の場面では近年よくある不自然な湯気とか光は一切使用されず、基本的に大事なところは一切画面上に見せないという演出がなされた。
 アイマスはそう言った性的な部分を露骨に見せて耳目を引くような作品ではないから、この見せ方は極めて妥当だろう。尤も個人的にはこんなところにまでシャルルを持ってきて一緒に入浴している伊織が一番気になったのだけど(笑)。

 そして就寝中の布団の中で春香と真は来年の今頃、自分たちがどうなっているのかを語らう。
 もしかしたらトップアイドルになっているかもしれないという、聊か楽観的な希望を話す2人に対し、起きていた伊織はプロデューサーが頼りないままではトップになるどころか事務所の存続も危ないと呟く。
 このあたりのやり取りはそれぞれが現実的かそうでないかを見せると言うより、3人がそれぞれ今のプロデューサーに対してどんな感情を抱いているかを見せているように思う。
 バーベキューの時、準備に専念していたプロデューサーに自ら肉を食べさせようとしていたように、春香はプロデューサーに対して比較的良い感情を抱いており、真は友達的な感覚、そして伊織は小馬鹿にしているそぶりを見せながらも内心では少しだけ期待している、そんな想いが感じられた。
 特に伊織のプロデューサーに対する冷静な意見と若干の温情は、2話での暴走やプロデューサーとのやり取りを経ているからこそのものと考えると、なかなかに感慨深いものがある。
 そしてそんな3人のやり取りを黙って聞いている千早というのも、結構意味深だ。

 千早に関しては以前より多少は丸くなったと思しき描写が今話では散見されるが、これはやはり4話での経験があったためだろう。
 前話のラストで千早が1人先に帰ってしまったのは、自分を変えることを拒んだからだと前話の感想で書いたのだけど、なんで拒んだのかと言えば、それは目の前に春香という存在がいたからではないかと、個人的には思っている。
 自分がプロデューサーや春香たちに迷惑をかけたということは、千早自身がよくわかっていることだが、にもかかわらず春香はそれを最初から迷惑と受け取らず、逆に千早と一緒に料理が作れて楽しかったと素直な気持ちを伝えてきた。
 自らを変えることでようやく協調性を学んだ千早と、生来の気質から協調性を持ち合わせていた春香、この落差に少しばかりの戸惑いを感じたのではないかと思うのだ。
 そのへんを努力しなければ改善できない千早にとって、春香はかなり眩しい存在に見えたのではないだろうか。自分を変えていけると気付いたからこそ、その直後に元から協調性を持つ春香の優しさを目の当たりにして戸惑ってしまった。だからこそあの時は一緒に行動することを避けたように思える。
 で、少し時間が経って戸惑いが無くなったのが今話での千早ではないかと思うわけ。相変わらず春香以外とは積極的にかかわらないものの、プロデューサーにわざわざ飲み物を運んでいくあたりにその変化は見てとれるだろう。
 (さらに言えばその飲み物をビニール袋に入れたまま、プロデューサーに選ばせるという無骨なやり方が、いかにも千早らしいと言える。)
 そんな千早が変わっていく自分たちに思いをはせる春香たちの会話を耳を澄ませて聞いていた。もちろん表情には出ていないものの、以前よりは色々思うところがあったのではないかと思わせられる。

 そしてそれは春香たちも同様だ。春香はここでも「今よりも有名になったら、みんなと遊びに来るようなことはできなくなるのかも」と、自身の素直な気持ちを吐露する。
 それは単に今日という日を懐かしんだだけかもしれないし、変わっていったり変えていったりすることに対する戸惑いもあるかもしれない。みんなと今までのように行動することができないかもと言う寂しさや不安から来たということもあり得る。
 だが彼女たちはもう既に歩み始めていて、誰もそれを止めようとは思っていない。それでいて彼女たちの目指す到達点は1つではない。1話で描かれた通り、彼女たちが理想とする「アイドル」はそれぞれ異なっており、誰一人として同じものはなかった。「アイドル」を目指しながらも、最終的になるべき「アイドル」は各人異なる。同じであり違うものを全員で目指して進んでいるのだ。
 そう言う意味ではみんな一緒に同じ道を安穏と進んでいくことはできないだろう。だからこそ逆に互いを助け合うことができるはずなのだ。到達点は違っても「アイドルになる」というそれぞれの夢は同じなのだから。
 それは春香の不安感を簡潔な言葉でフォローした伊織の描写に集約されている。

 そして事務所に帰ってくるや否や、社長から告知される新ユニット「竜宮小町」の始動。
 原作たる「アイドルマスター2」では色々と物議を醸したこのユニットだが、アニメでははたしてどのような立ち回りを演じることになるのか、そしてそれによって残りの9人とプロデューサーはどのように考え、行動するか。
 息抜き回かと思いきやこんなサプライズを用意してくれるとは、やはりアニマスのスタッフ陣は侮れない。
 次回が否が応でも楽しみになってしまうではないか。
posted by 銀河満月 at 00:57| Comment(0) | TrackBack(4) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月31日

アニメ版アイドルマスター4話「自分を変えるということ」感想

 「自分を変えるということ」。これがアニメ版アイマス第4話のサブタイトルである。
 これはなかなか奥の深いサブタイだ。アイドルを目指して一歩を踏み出したばかりの少女たちにしてみれば、彼女らがアイドル、ひいてはトップアイドルになっていくというのは、とりもなおさず一般人にすぎなかった彼女らが変わっていくことである。
 アイドルとして大成するためには、程度の差はあれ変わっていかなければならないし、自ら変えていかなければならない。それは単に歌やダンスの腕前を上達させるということから、アイドル業界、ひいては社会における自分の立場をそれぞれのやり方で確立するということに至るまで、極めて多岐に渡るものであろう。
 それをある少女は皮膚感覚で感じ取っており、ある少女は意識的に自分を変えていこうと模索し、またある少女はそのようなことを意に介さずマイペースで歩んでいく。
 そんな765プロアイドルの中で、変わることを否定・拒絶し、自分のやり方だけを頑ななまでに通そうとしている女の子がいる。それが今話の中心人物である如月千早だ。

 彼女にとっては歌がすべてであり、自分が歌を歌うことを何よりも第一に考えている。故あって今はアイドルとして活動しているものの、将来的には歌手として大成することを願っている彼女にとって、現在のアイドル活動は必ずしも望ましいものではない。
 だから彼女は「アイドル」として売れていない他の面々以上に、現状に対して鬱屈した感情を抱いていることが、これまでの話で描写された様子からも見て取れる。本人としては「アイドル」として売れること自体までも不本意なことなのだから。
 しかし現実問題として今の彼女はアイドルである。自分にとって納得できない仕事、端的に言えば歌を歌うこと以外の仕事であってもこなさなければならないし、プロのアイドルである以上それらを成功させなければならない。
 だが成功しても歌が歌えるわけではないし、将来的にそうなるという保証もない。そんな状況下でモチベーションを維持することができるかと言うと、そんなにうまくいくはずもない…。
 彼女は常に現状へのジレンマを抱き続けており、それに縛られている。このへんのネガティブ思考の応酬は、ゲーム版ではいわゆる「千早スパイラル」として表現されていたわけだが、アニメ版の今話においても濃密に描かれることとなった。
 濃密すぎて前話までとは作品そのものの空気が変わってしまったかと思えるほどに(笑)。

 今話においても前話の雪歩と同様、千早の感情の追い詰め方が段階を踏んで丁寧に描かれていた。
 マイナーなケーブルテレビの料理対決番組という、自分が望まない形式の番組に出演することになっただけでなく、当初予定されていた歌を披露する機会もなくなり、さらにはカエルの着ぐるみをつけての番宣までする羽目になったりと、千早にとってはフラストレーションの溜まる一方な悪い流れである。
 同じ番組出演者でありながら、テレビ出演と言うことでやる気を見せる春香と響、カエルの着ぐるみを気に入る貴音などとは対照的だ。
 番組内ではボーナスポイント奪取のフラッグ競争に負けただけでなく、その時の情けない姿をカメラに撮られるという道化扱いをされてしまい、さらに料理そのものが苦手であったり司会に無茶振りされたりと、千早にとってはまさに辛いことばかり。
 この流れの中で千早と対照的に描かれているのは春香だ。収録開始直前、自分が一番緊張していながら「緊張するな」と声をかけてきたプロデューサーに大丈夫と笑顔で返したり、フラグ競争に負けた千早を明るく励ましたり、持ち前の料理の腕前を生かしたり(春香は元々お菓子作りが趣味で、親と一緒に普通の料理を作ることもあるという設定)と、まさに千早とは正反対の活躍ぶり。
 そしてそんな2人の対照ぶりは、鍋の中に入っていたタコに驚いた春香が二回も連続で転んでしまうところでよりはっきりと描かれる。
 不可抗力で転んでしまった春香をからかうかのように扱う番組スタッフを見て、千早はついに声を荒げてしまう。
 千早にしてみれば理不尽な扱いに対する正当な抗議であったかもしれないが、番組中でそれをやってしまってはただ白けるだけであり、やってはならないことだ。
 だがそんな千早をフォローするために春香はいち早く立ち上がり、自分が転びやすい癖の持ち主だと笑顔で説明し、自己アピールの場へと雰囲気をうまくすり替えたために、なんとか事なきを得る。
 ここで注意したいのは、千早が声を荒げるタイミングである。千早自身今まで(あくまで自分自身の範疇ではあるものの)収録前も収録中も納得できない扱いを受けていたが、それでも場の雰囲気までも壊すような真似はしなかった。つまりやる気はなくとも、自分の置かれた状況下で自分が何をしなければならないかという点を見誤ってはいなかったのである。
 彼女が語気を強めたのは、簡単に言えば「春香がひどい扱いを受けたように見えた」からだ。
 2話の「NO MAKE」を聞いてもらえればわかるのだが、千早は「春香がいるから自分は芸能界でやっていけている」と考えるほどに、春香に対して全幅の信頼を寄せている。
 残念ながら本編ではそこまでの描写がまだなされていないためにわかりづらいのだが、少なくとも春香は千早にとって、今のところ唯一の「友達」と言ってもいいだろう。
 その友達が侮辱されたように見えたから声を荒げたのだ。前述したとおりテレビ番組の出演者としては問題のある行動ではあるが、友人を想う行為としては至極真っ当なものとも言える。
 だが千早のその行為は、その場においては間違ったものでしかなかった。自分の行為を間違ったものとみなされ、「侮辱」された側である春香のフォローが正しいものとして認知される。
 この時になって千早の鬱屈した思いは最高潮に達してしまったと思われる。それは番組の前半部で作った料理を披露している時の表情が、収録開始時よりも露骨に嫌悪感のある表情に変わっていることからも見て取れるのではないか。
 ただ千早はそんな自分の感情をストレートに他者に吐露するようなことをしない。収録が一旦休憩に入った際にプロデューサーと話をしても、心の奥にあるであろう様々な思いは一切漏らさず、表面的な不満のみを述べるに止まる。
 この時の千早は口数も少ない上にほとんどプロデューサーの方に視線すら向けず話しており、千早の内心の読み取れなさだけでなく、信頼のおける関係にはなっていないというプロデューサーと千早の現在の関係性までも強調されていた。スタジオ内の照明の関係で、プロデューサーのいる位置よりも「暗く」なっている方向(画面の左側)へ千早が歩いていくのも、何かの象徴と言えなくもない(尤もすぐ向こうには「明るい」廊下に繋がるドアがあるんだけども(笑))。

 休憩中に千早の姿が見えなくなってしまい、もしかしたら仕事を抜け出してしまったのではないかという危惧を抱きながら、プロデューサーは局内を探し回る。そして暗い倉庫の中に入った時、向こうに見える明るい出口の方から聞こえてきたのは千早の歌声だった。
 光の中で髪をなびかせながら「蒼い鳥」を歌う千早の姿に、プロデューサーはしばし見惚れ、聞き惚れる。
 この時の光と闇を対比させた見せ方は、ありきたりと言えばそうだが上手い見せ方だった。暗い中をプロデューサーが歩いてきたからこそ、光の中で歌う千早の姿が余計に際立つわけだ。
 そんな千早の姿を見たプロデューサーは、勝手にいなくなってしまった千早を怒ることはせず、歌の好きな千早のためにももっと歌の仕事を取ってこれるように努力しなければと、自分の方を戒める。
 それを聞いた千早はかなり意外そうな、すまなそうな表情を見せるのだが、その表情には千早を注意せずに自分自身を戒めるプロデューサーの行動に対しての驚きもあったろうが、個人的にはこの時に初めてプロデューサーに対する信頼のようなものが芽生えたのではないかと思うのだ。
 Aパートの冒頭で春香たちにハッパをかけていたように、プロデューサーはあくまで「アイドルとしての飛躍」「765プロアイドルの力を見せつける」と言った、プロデューサーとして所属アイドル全体を見据えた上での目標を掲げていた。その一方で「千早は1人暮らしをしている」という、個人と付き合う上では当然知っておくべき初歩的な情報さえ知らなかったことが明らかになっている。
 ところがこのシーンでプロデューサーは千早の歌を聴いて千早個人を褒め、千早個人のためのプロデュースも考慮していかなければならないことを悟る。千早を「765プロアイドル」という抽象的なものではなく、初めて「如月千早」という1人の少女として見たのだ。
 トップアイドルになるためのお題目を並べるのではなく、千早個人を正面から見つめて千早のために尽力するというプロデューサーの素直な思いを受け取ることで、ようやく千早の中にも、極めてわずかではあるもののプロデューサーに対する信頼の一端が芽生えたのではないだろうか。

 スタジオに戻った千早は、「心をこめて作り上げたものを相手に送り届けるのは、料理も歌も同じ」という貴音の話や、「千早たちみんなのために料理を作る」という響の言葉を素直に受け止め、ようやくほんの少し笑顔を見せる。
 プロデューサーの素直な気持ちを受け入れたことで、Aパートに比べると若干心の余裕が生まれてきていることが、このシーンから窺えるだろう。
 料理対決の後半戦では髪をポニーテールに縛ってフラッグ競争に挑み、どうにかフラッグをゲットすることに成功。恥ずかしがりながらも嬉しそうな千早の表情からは、頑なだった千早の心が少しだけ溶け始めているようにも見て取れる。
 その後も千早は春香のフォローに徹し、慣れない包丁さばきで指を傷つけながらも何とか料理を完成させる。料理勝負には負けてしまうが、その表情は序盤よりもだいぶ柔らかいものになっていた。

 この料理番組を通じて、千早は変わるきっかけ、と言うより自分も変わろうと思えば変わることができるという認識を得ることができたのだろう。
 それは自分1人だけでではなく、自分を信頼し大事に思ってくれる仲間たちとならば、である。
 しかし千早は同時に自分が変わること、自分自身を変えていくことを拒んだ。それはラスト、プロデューサーが4人に甘い物を奢ると言った際に1人だけ先に帰っていく場面に、如実に示されている。
 この時の千早もまた具体的に何かを述べたわけではないので、変えることを拒んだ詳細な理由は明らかになってはいない。故に他のどのシーンよりも見た者の解釈に委ねられてしまうわけだが、このシーンをどのように受け止めるかで、本話の評価、引いては千早と言う少女の見方も決まってくると言っても過言ではないだろう。
 ただ、「自分と一緒に料理が作れて楽しかった」と、心からの気持ちを述べた春香の言葉を聞いて足を止めた千早、そしてプロデューサーが差し出してくれた絆創膏を貼りつけた傷だらけの左手を見つめる千早の姿に、何らかの回答は込められているように思う。
 個人的にここからエンディングへの流れは今話最大のキモだと思うので、このシーンから千早の心情をどう読み取るかは、個々人の解釈に委ねた方がいいだろう。
 ただ如月千早という少女の物語は始まったばかりである。千早が今後どのような変遷を経て「アイドル」となっていくのか、または別の道が出てくるのか、ゲーム版をプレイしている身でも興味は尽きない。
 そしてそれはプロデューサーも同様である。彼もまたゆっくりではあるが確実にプロデューサーとして成長している。今のところ全ての場合においてアイドルをきちんとフォローできていたとは言い難い面のある彼ではあるが、彼が今後どのように成長していくのか、プロデューサーとしてどのようなスタンスを確保するのか。それもまた興味深いところである。

 長々と書いてきたが、今話はシリアスと言うか「ストレス劇」とでもいうような、何ともすっきりしない話ではあった。前話までとは違い、アイドルたちを全員登場させなかったのも、その雰囲気が崩れてしまうことを考慮したからだろう。
 そもそも今回の舞台となるテレビ局も、セットの部分以外はグレーや黒など暗い系統の色で統一されている背景が多く、無機的な印象を植え付けることに成功している。だからこそ明るい場所のシーンが引き立つわけだが、仮に同じスタジオにアイドルたちが全員存在していたら、その雰囲気が失われてしまうことは容易に想像のつくことだろう。
 (尤も今話の「NO MAKE」では、本編に登場していないアイドルそれぞれの様子が描かれており、これはこれでなかなか面白い試みであるのだが。)
 その分前話まででは様々なアイドルが分担して見せていた描写を、響と貴音が一手に引き受ける形となった。
 殊に貴音はカエルの着ぐるみに妙なこだわりを見せて最後まで執着し続け、結果的に今話におけるコメディ担当の役割を担ってしまっていた。…いや、演出的には狙っていたことなんだろうけど、第4回の「しゅーろくごー!」で原由実さんが言っていた通り、これで貴音のファンになる人も出てくるのではないだろうか。
 逆に響はおとなしめではあったが、響もまた料理が上手にできるという設定なので、料理シーンでは貴音を引っ張って活躍していた。勝利が決定した際に貴音に飛びつく姿も可愛らしい。
 そして意外に凝って描写されていたのが、4人が作っていた料理である。品物自体ももちろんだが、千早が春香に醤油と間違えて渡してしまったソースの画が、見てすぐに「ソース」とわかる画になっている(明らかに醤油とは異なる描かれ方)のには驚嘆した。
 個人的にも肉じゃがは好きなので、夜中に見ていたら腹が減ってきてしまったよ(笑)。
 この料理を作る過程もまた今話のテーマ的に生かされていると思しき個所がある。前述の「醤油と間違ってソースを渡してしまった」シーンだが、春香はここであきらめずに他の材料と組み合わせて、元々作っていた料理を絶妙にアレンジした別の料理を作り上げた。
 この部分が、場合に応じて臨機応変に対処することができた春香と、対処することのできなかった千早を対比させているように見えなくもない。
 個人的にはアバンでプロデューサーが楽屋に行って早く着替えるように促した後の、四者四様の表情が素晴らしかった。まったく動じている様子のない貴音とジト目で恥ずかしがってる響の表情は至高(笑)。

 次回第5話は「みんなとすごす夏休み」。いわゆる「水着回」「温泉回」のようだが、予告だけでは誰が中心として描かれるかがさっぱりわからないね。恐らく今話とは違って全員登場するとは思うが、予告内映像のみで765プロアイドルの巨乳組を惜しまず見せるあたりは非常にすばらしい。美希の水着姿はおそらく出し惜しみしてるんだろう(笑)。
 数分前の本編中とは異なる、慌てふためいた様子の千早がナレーションを努めているというのも面白い。
 単なる息抜き回なのか特定のアイドルにフィーチャーするのか、いずれにしてもいろんな意味で実に楽しみな回である。


 ところで全くの余談なんだけど、Bパート冒頭、春香と響が台本読んでる休憩場所っぽいところの壁に貼ってあるポスター。
 あれって必殺シリーズのスチル写真を参考に描かれてるように見えるんだけど、どうなんだろう?いろんなサイト見てもそこに言及してる人は見たことなかったので、自信はないんだけど。
 …まああのポスター見て必殺シリーズをすぐに浮かべるような人も、滅多にいないんだろうけどさ(笑)。
posted by 銀河満月 at 01:43| Comment(0) | TrackBack(10) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月26日

アニメ版アイドルマスター3話感想

 早速いろいろ立て込んでしまったせいで、アニメ版アイドルマスター、略称アニマスの2話感想が書けなかった。
 2話も非常に良い話でしたねえ。

 で、今回書くのは3話目「すべては一歩の勇気から」。男性と犬が苦手で、自分に自信が全くなく穴を掘って埋まりたがる、それでいて良くも悪くも猪突猛進(暴走とも言う)な一面も持つ少女、萩原雪歩をフィーチャーした話である。
 原典であるゲームでもとにかく引っ込み思案な上に男性を苦手とするため、ネガティブな思考パターンに陥ることが多く、それをプロデューサーがうまくフォローするというのが序盤のコミュニケーションでの定番の流れだった。
 アニメ版における雪歩もまさにそんな感じで、1話ではカメラ撮影をしているプロデューサーを見ただけで青ざめてしまい、2話で宣材写真を撮影する際にも、手に持っている花束に視線を集中させて、撮影している男性カメラマンをなるべく視界に入れないように工夫?しているといった描写がなされていた。

 今話でも冒頭からレッスンを行う先生が男性だったというだけで逃げ出してきてしまい、伊織からは嫌味を言われてしまうだけでなく、そんな雪歩を励まそうとしたプロデューサーからも逃げ出してしまう。
 さらにアイドル総出での村祭りイベントに参加した際も、子供の連れていた犬が何気なく吠えただけで怯えたり、青年団の人たちに囲まれただけで卒倒、挙句には男性陣が得体の知れない化け物のように見えてきて、ステージイベントのリハーサルさえ満足にこなせない始末。
 アバンからAパートではまさにこれでもかという勢いで雪歩のダメダメな部分を見せつけてきたのは、見ている人にとってはそのまま雪歩にマイナスイメージを持たせてしまう可能性もあるが、これは止むを得ないところだと思う。
 1話で本人が言っていた通り、雪歩は「気弱でダメダメな自分」を変えるためにアイドルを目指している。だからこそ「雪歩はどんなふうにダメなのか」と言うことを、視聴者に具体的に見せる必要があったのだ。
 そして前述の雪歩のもう一つの特徴である暴走しがちな一面をも、Aパートまでの時点で既に描写していることは特筆すべき点だろう。
 Aパートを順を追って見てみると、あくまで雪歩の中だけの話ではあるが、雪歩が段階的に追い詰められていっていることがわかる。
 最初は初めてステージで歌えることを楽しみにしていたものの、村に着いた途端犬に吠えられて怯え、次に青年団の人たちからの挨拶を受けて卒倒、その後は1人きりになってしまった時に男性から声をかけられ、その時に初めて化け物の幻めいたものを見るようになっている。
 単に男性から声をかけられたからと言うだけでなく、周囲が男だらけという環境の中で、今までと違い「1人きり」という状況で話しかけられたことで、雪歩の感情がネガティブな方向に暴走を始めてしまったと言うわけだ。
 そして本来頼るべきプロデューサーまで化け物に見えてしまい、リハーサルとは言えステージ上という逃げ出すことのできない状況で男性陣を見たことによって限界を迎えてしまうと言う流れは、一見すると脈絡なく雪歩の「男が苦手」な面をつるべ打ち的に描いているようではあるが、実はかなり巧妙に計算されたものだったと言える。
 合間にやよい、あずささん、伊織が料理を作ったり、亜美真美と美希が会場設営の準備をしているシーンが挿入されるが、いずれの場合も各アイドルにかかわる村の人が「女性」であったあたりもまた、雪歩を追い詰める流れの一環として設定されたものではないだろうか。

 すっかり自信をなくしてしまった雪歩は、イベントが始まってからもそつなくステージをこなすやよいやあずささん、勢いに任せて乱入する響、マイペースすぎるトークで会場を盛り上げる美希(余談だが舞台袖でハラハラしながら見ているプロデューサーとの対比も面白い)の姿を見て、ますます落ち込んでしまう。
 そんな雪歩を励ますのが真と春香なのだが、真は弱気になっている雪歩を率先して引っ張っていこうとするイメージで、春香は自分にも同じように弱い部分があることを明かし、静かに雪歩の背中を後押しするイメージと、きちんと役割が分担されている。
 このあたりの流れはまさに1話でも印象的な演出として挿入された一節「1人では出来ないこと 仲間となら出来ること」を実践していたのではないか。
 しかしそこですんなりうまくいくほど予定調和的な展開にはならず、男性はどうにかなりそうなものの、今度は会場に同じく苦手な犬を見つけてしまい、雪歩は再度くじけてしまう。
 そこで満を持して?登場するのがプロデューサーだ。ここでまた真や春香に慰められたり励まされたりしてしまっては、さすがに「甘え」と受け取られかねないので、別の人物、とりわけ3人で頑張ると決心したところをきちんと見て、3人の気持ちを理解していたプロデューサーが説得に出るというのは、無理のない流れである。
 犬を怖がっていることを知ったプロデューサーは、「犬は絶対ステージに近づけないしほえさせもしない」と雪歩と約束を交わす。
 言葉でうまく説得できずに行動で示そうとする姿はいかにも駆け出しのプロデューサーと言う感じだが、同時にここで「約束」というフレーズを出してきたのも、「アイドルマスターSP」をプレイしていた人ならニヤリとさせられたかもしれない。
 この時のプロデューサーは上述したとおり、台詞回しから体の姿勢(少し猫背)まで、かなり「駆け出しプロデューサー」であることを強調して描かれている。指で犬の顔を作って雪歩を落ち着かせようとする一幕も、それをやったあとに照れくさくなって「少し子供っぽいか」と自分で突っ込んでしまうところが、不器用さを醸し出していてまた良い。
 プロデューサーですら怖がっていた雪歩が彼の不器用な気遣いに触れて、びくつきながらもどうにか小指と小指の「約束」を交わすシーンは、今話で一番の名場面と言えるのではないだろうか。

 そしてそれと同時に静かに流れ始める「ALRIGHT*」。
 この歌はCD「MASTER SPECIAL 04」に収録された雪歩の曲であり、雪歩の担当声優が朝倉杏美さんに代わってからは初めて歌われた曲でもある。
 「今日がんばればきっと明日は素晴らしいものになる。だから一歩を踏み出そう。」という内容の本曲は、まさに今話の雪歩にふさわしい曲であり、これを声優変更後の雪歩が初めて歌ったということも含め、古参ファンの胸中には様々な想いが去来したのではないか。
 そしてこの歌の通り、決意を新たにした雪歩は最初の一歩を踏み出すため、亜美真美が間違えて持ってきてしまったパンク風の衣装を着こみ、メイクも施した上でステージに飛び出し、「イェーイ!!」と絶叫する。
 この辺もまた雪歩の暴走気味な面を見せているわけだが、単なる暴走ではない雪歩の決意、それに春香と真が同調することで会場が盛り上がり始める「仲間となら出来ること」の再描写などが、各人の表情、セリフ、動き、他アイドルや観客の様子などの様々な要素を最大限に活用し、時間にして3分程度でしかない中で濃密に描かれていた。
 踏み出したその一歩が雪歩にとってより良い明日を呼ぶものになったであろうことは、歌い終えた後の雪歩の笑顔を見れば言わずもがなであろう。

 ラストにプロデューサーも犬が苦手だったという事実が発覚する。
 プロデューサーは頑張っている雪歩の姿を見て、自分も苦手を克服しようと思い立ち、そんなプロデューサーに励まされて雪歩は一歩を踏み出す決意をした。2話に続いてプロデューサーとアイドルがほんの少し、しかし確実に成長したわけだ。
 それはラストでプロデューサーと会話する雪歩が、今までのように怯えることなくまっすぐプロデューサーを見ていることからも窺える。
 ちなみにラストのことを踏まえた上でもう一度見返すと、Aパートで犬に吠えかけられた際、雪歩だけでなくプロデューサーもかなり驚いた顔をしていることも分かり、このあたりの芸もまた細かい。
 ラストでプロデューサーの机に置かれていたびわ漬けも、Aパートでの会話における伏線もさることながら、雪歩からのお礼の気持ちと雪歩らしい控えめさとが一緒に込められており、その丁寧な見せ方には改めて驚かされる。

 今回は雪歩とそれをフォローする春香、真が中心ではあったが、例によって他のアイドルも短い登場時間の中でそれぞれきちんと個性を発揮しているのは、相変わらずすごい。
 牛と仲良くなってしまう響や劇中ほとんど寝てばかりだった美希はもちろんだが、アバンで真と口喧嘩を起こしそうになる伊織と、それを止めようとするプロデューサーの描写が、さりげないながらも2話以降の関係が良好であることを匂わせていて良かった。
 村祭りイベントが当初の想像とは違いすぎてテンションが全員だだ下がりになってしまったのは、アイマス1での低テンション時を彷彿とさせるし、祭りの準備の手伝いをする羽目になったり、ステージイベントが始まってからもわたわたして落ち着かなかったりと、短い時間ながらも「イベントの舞台裏」をきちんと描いていたのもアイマスならではと言えるだろう。
 事務所の壁に貼られている社長直筆の訓示?が「飛翔」から「勇気」に変わっていたり、ホワイトボードに美希のサインを利用して(恐らく)亜美真美が○×ゲームをした形跡があったりと、相変わらず事務所内の背景美術は変態的と言えるほどに細かく描かれている(笑)。
 おかしかったのはステージ上の雪歩たちを眺める伊織、やよい、貴音の3人。伊織とやよいは焼きそばの屋台を手伝っていたようだが、貴音はそこで売っていないたこ焼きを持参し、且つ食べながらステージの感想を述べているという、なかなかミョーな光景になっていた(たこ焼きについてはサイドストーリーで触れられている)。

 次回は予告を見る限り千早に貴音が絡む形になるようだ。
 今話でもステージ上の雪歩たち3人を複雑な表情で見つめていた千早。歌以外のことにはまったく興味を示さない彼女に訪れる物語はどのようなものであろうか。
posted by 銀河満月 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(5) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

ついに放送開始、アニメ版「アイドルマスター」

 すんげー久しぶりにブログを更新してみる。
 どうも最近はツイッターばかりになってしまっていかんな。

 さて、去る7月7日よりいよいよ放送が開始されたアニメ版「アイドルマスター」の話である。
 今年に入って、正確には1月10日のライブで第一報が流れて以降、アニメの話も含めアイマスの周辺は話題に事欠かなかったわけだが(詳細は面倒なので省く(笑))、そんな上半期の集大成的なものとして、アニメ版アイマスが今月から放送開始と相成ったわけだ。
 1月からの半年間は本当にいろいろあったので、アニメを見ていた人たちの思いもまさに千差万別であったろう。無論そういった最近の喧騒とは全く無縁な、アイマスそのものを特に知らないアニメファンも、純粋な興味から視聴したはずだ。
 そんな多くの人たちの思いや耳目を受け止める立場となった、アニメ版「アイドルマスター」の1話とは、どんなものになっていたのか…?


 見終わって真っ先に抱いた感想は、「してやられた」であった。
 その理由は2つあって、1つは今まで僕らが見てきたPVの中に第1話の映像が全く使われていなかったことにある。
 1月から半年間、一般的なアニメよりもかなり多くの情報が様々な媒体で流布されてきた。中にはそこまでぶっちゃけていいのかと思えるような内容のものまであったわけだが、実際には制作陣は肝心要とも言える第1話の内容を、放送開始までまったく漏らすことがなかったのだ。
 種々雑多な情報を流しながらも肝心の情報は完全にシャットアウトし、例えゲーム版のアイマスを知っているファンに対しても初視聴時に軽い衝撃を与えるという巧妙な手玉の取り具合に、すっかりやられてしまったというわけである。この辺の情報コントロールの巧みさは、素直に上手いと感心せざるを得ない。
 これは既存ファンであればあるほど軽く衝撃を受けるという代物だったが、2つめの「してやられた」は既存ファンも新規視聴者も関係なく驚かされた要素だったろう。即ち「プロデューサー」の登場である。
 このプロデューサーの存在もまた、前情報では一切公表されておらず、2ちゃんねるあたりの匿名掲示板にたまに書き込まれたりする胡散臭いリーク情報の中にすら出てくることはなかった。もちろん予測した人も多くいるだろうが、予測と言うよりは自分で考えた作品案の一環として述べられただけでもあったろう。
 元々「アイドルマスター」というゲームは、基本的にはプロデューサーとアイドルが一対一の関係で結びついている。アイドル達は「プロデューサー(=プレーヤー)がプロデュースしているアイドル」として登場し、彼女らの姿はプロデューサーとしての立場を通してのみ見ることができるわけだ。逆を言うならスピンオフ版の「アイドルマスターDS」を除いては、アイマスと言うゲームはプロデューサーという存在なくしては決して成立しないゲームとも言える。
 対してアニメ版アイドルマスターは「トップアイドルを目指す女の子の日常」を主眼に入れたストーリーであり、アイドル達が所属する765プロダクション全体の話になる、とのことだった(全員を平等に扱うとの言もあり)。なのでプロデューサーをアイドル達の物語に介在させる設定上の縛りも、アニメ版には特に存在していなかったわけなのだが、そこへスタッフはあえてゲーム版同様にプロデューサーを介入させてきたのである。
 さらに面白いのは、このプロデューサーになる男性、1話の冒頭から出ていることは出てきているのだ。出てきているけど初見では見ている人間は彼をプロデューサーと認知できない。その作劇上のギミックもきちんと構成の一環として練られた結果の産物なわけだが、それに関しては後述で。
 現時点ではプロデューサーが物語上どんな役割を果たすのかは不明なわけだが、錦織監督の言うとおりであるならば、ゲーム版と同じ立場で扱われることはないだろうから、どんな役どころになるのか興味は尽きない(個人的には狂言回しレベルの存在になるかと思うが)。

 肝心の1話の内容は、全編がドキュメンタリー形式で進行していくという、これまた意表をついた構成になっており、これに関しては既にネット上で賛否両論が起こっているようだ。
 内容の賛否については後に回すとして、とりあえず今まで紹介されたPVの中にあえて1話の映像を盛り込んでこなかった理由は、この1話の構成自体にあったのだろう。
 ドキュメンタリー形式の見せ方は初見時には良くも悪くも強い印象を残すが、あくまでもドキュメンタリー的なものである以上、この見せ方は一回限りのハッタリのようなもので、それが本編放送前に知られてしまっては初見時の衝撃も半減してしまうというものである。
 でその構成自体の是非だが、第1話として最低限見せるべき「キャラクター紹介」と「世界観紹介」の両方を見せる上では、最適解だったように思う。
 単なるキャラクター紹介であれば、それこそ冒頭に派手なライブシーンを盛り込んで、各キャラクターの華やかな姿を視聴者に印象付けた上で日常シーンを徐々に描くという、半ば定番化している手法を使えば良かったのだろうが、今話ではそうした定石手法を外し、アイドルたちの日常描写に徹した作りになっている。
 しかもドキュメンタリー形式であり、後にプロデューサーとなる男性、つまり素人が撮影しているという設定なので、映像的な面白みには著しく欠ける単調な画が最初から最後まで続く。ライブシーンを盛り込むような派手な作りと比較すると、どうしても地味に見えてしまう点は否めないだろう。正直「つまらない」という感想を持ってしまうのも止むを得ないと思う。
 だが同時に今話はまぎれもなく「アイドルマスター」という作品の世界観を、如実に描出した話でもあるのだ。
 ゲームをプレイしている人にとっては周知の事実だが、アイマスと言うゲームはアイドルの女の子がステージで歌い踊る様を見て楽しむだけのゲームでは決してない。地道なレッスンによる能力の向上、営業をこなしてのステップアップ、楽曲や衣装コーディネイトなどの準備、それらを経てさらにオーディションに勝利することで、ようやくステージに上ることができるのだ。
 どれだけ努力したところで結果を出せなければ恩恵を得ることはできない。アイマスシリーズの諸作品はほぼ例外なく、非常にシビアな世界観を有しているのである。
 そして今話の時点でのアイドル達は、正確にはアイドルですらない。デビューから半年たってはいるものの、アイドルとしてはまだ芽の出ていない「少女」である。
 765プロに集結している13人の少女たちが、それぞれの夢や目標を胸にアイドルを目指す。その最初の一歩の部分を見せているのが今話だった。
 「アイドル」になりきれていない、「アイドルを目指す女の子」の姿を描写することが、この第1話の何よりの目的だったのではないか。そしてそれは常にプロデューサーの傍らにあり、時に喜び時に苦しみながらもアイドルを目指して歩んでいくゲーム版の彼女らの姿そのものでもある。
 だからこそ今話はまごうことなき「アイドルマスター」のアニメ版第1話であると、はっきり認めることができるのだ。
 そう考えると前述のカメラマン=プロデューサー設定が生きてくる。フレーム内のアイドルたちにカメラマンが字幕で語りかけるシーンが幾度かあるが、これを「プロデューサー」の視点としてもう一度見直してみると、少し受け取り方が変わってくるのだ。プロデューサー業に専念している律子にしつこくアイドル時代の話を持ち出している辺りなどは、かなり顕著だろう。
 このあたりもまた、レッスンや営業の回数、コミュ時の回答によって全体の流れが様々に変化するため、複数回プレイしてもそのたびに違う面を見られるというゲーム版の特徴を踏襲している。
 もちろんカメラマンとして見ても別段無理のない会話でもあるわけで、この辺の会話表現の巧さは特筆されるべきだろう。

 今話の演出もドキュメンタリー形式と言う大前提があった関係上、見た目に映えるような特徴的なものはあまりなかったものの、各キャラ描写は作画も含めて丹念に描かれていた。
 話に直接関係しない部分においてもなおアイドルたちが細かく動く様は、まさにゲームで出来ない部分をアニメで補強したと言わんばかりのもので、スタッフ陣の気概を感じさせる。
 Aパートのキャラ紹介も単にキャラを次々登場させるだけでなく、亜美真美・響のにぎやかし側が真・雪歩の側に強制的に介入、真・雪歩にそれぞれの形で絡む伊織とやよい、それらを気に掛ける春香と意に介さず自分の興味あることにしか目を向けない千早、彼女のどこか頑なな姿勢とは対照的なマイペースのあずさ・貴音・美希と、1つの流れの中で各人の個性を端的に描写しており、そこに律子と小鳥も絡めて最低限必要なキャラ情報をすべて盛り込む見事さだ。
 Bパートはキャラ紹介の補強と前述の「アイドルを目指す女の子」の奮闘ぶりが描かれたが、ここではオーディションで結果的にはとんちんかんな発言をしてしまっている貴音・響や、ロックバンドの前座にもかかわらず全く毛色の違う「蒼い鳥」を歌ってしまう千早など、各人がかなり空回りしてしまっている様子をしつこく描写している。これとAパートでの「人手不足」というセリフから、彼女らをもっと具体的に指導する存在が必要である、との物語上の必然性が出てくるわけだ。
 ゲーム版で言うところの「Fランク」活動をアニメで見せた、と言う解釈も可能だろう。
 EDのダンスもレッスンスタジオでの練習という形ではあったものの、ゲーム以上の7人構成ダンスが披露されており、微妙に各人の振りのタイミングが異なっているだけでなく、それを傍らで見ている春香たち5人の座り方も、それぞれの個性が垣間見えるものになっている。
 背景美術もかなり写実的なものになっていたが、とりわけ彼女らのアイドルとしての生活の基盤となる765プロ事務所の美術は素晴らしい。大量の書類から空気清浄機?や冷蔵庫の中身に至るまで、彼女らにとっては仕事場でもあり家でもあるという、生活感というか体温のようなものが感じられた。
 時間によって彼女らの服装が細かく変わるのも、細かいことではあるが単純に楽しいものである。無論着ている私服にもそれぞれの個性が滲み出ているというのは言うまでもない。

 放送前に錦織監督が言っていたように、30分の中で13人もの女の子を過不足なく描写するというのは、非常に難しいことだ。明確な正答が存在しないものだから。しかも彼女らの中にはヒエラルキーが存在しないため、安易に特定の人物を中心に据えることもできない。
 そんな厳しい条件の中でも、「特定のアイドルの物語」ではなく「765プロに所属する、アイドルを目指す女の子たちの物語」として1話をうまく昇華させたスタッフの手腕は実に見事だった。
 次回以降もこの基本コンセプトを崩さぬまま物語を作るのは困難なことだろうが、それでもやってくれると、スタッフの皆さんに期待しないではいられない。
 アイドルを目指す、アイドルに憧れる女の子でしかない彼女らが、どのようにして各々の理想とする「アイドル」になっていくのか。
 この半年間が本当に楽しみになってきた。




 余談だけど、誤字自体は確かにあっちゃならんことだけどもさ、親の仇罵倒するみたいに批判するのってどうなんだろうね。
 「仮面ライダーX」1話の「水木涼子」とか最終話の「神啓介」なんかも、今の時代だとアホみたいに批判されるのだろうか。
 下らない世の中になったものだ。
posted by 銀河満月 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

「THE IDOLM@STER 2 765pro H@PPINESS NEW YE@R P@RTY!! 2011」に行ってきた!

 改めて見ると長い名前だな、このイベント名(笑)。

 と言うわけで、去る10日にパシフィコ横浜で行われたアイドルマスターのライブに行ってきました。
 先行予約開始日、昼休みに一旦自宅に戻って予約申し込みをした甲斐があったかはさておき、今回は以前の3rdライブの時と違い、一階席を取ることが出来たので、サイリウムも以前よりきっちり揃えて出陣したわけである。

 会場に到着したのは朝10時ごろ。始まるのは18時からなのだけども、12時からは物販が先に行われるので、それ目当ての早めの来場である。
 しかし当日は恐ろしいほどに寒かったので、ただ待っているだけと言うのは非常に大変だった。最初の頃こそ陽が当たっていたのでまあまあ暖かかったのだけど、だんだん太陽が移動して日陰に入るにつれてどんどん寒くなっていく。
 さらには物販開始の12時以降になっても、ほとんど列が動かない。前回の5thライブの時と同様、限定CD販売列あたりが非常に混雑してしまっていたようだ。
 このパシフィコでは基本的に会場の中で物販を行うのだが、中に入れたのは13時半頃になってしまった。それでもどうにか限定CDとまだ購入していなかったCDをいくつか買って、CDを買うともらえるクリアファイルとショッピングバッグを入手、あとはタオルとパンフレットを購入した。
 僕は基本的に1人で参加しているし、情けない話だが知り合いもいないので、さっさと会場を出てアイマスモバイルのエリア開拓をするために電車に乗った。

 まあそのあたりは良かったんだけど、武蔵小杉駅に着いた時に変な気を起こして、横須賀線で横浜まで行ってみようと思ったのが運の尽きだった。
 ちょうど自分が乗った頃に、線路上に置石があったとかで電車が止まってしまったのだ。その時点で開場時間の17時は過ぎていたのでかなりあせる。あせっても電車に乗ってしまっている以上はどうしようもない。
 まあ多少遅れても入場自体は出来るんだろうが、それでも遅れるのは気分のいいものじゃない。
 幸い15分くらい遅れて電車は動いたので、どうにか10分くらい前には会場に入ることが出来た。
 待ち時間の最中、会場にかけられたやよいカバー版の「さんぽ」に合わせて、早くも歌いだしたりサイリウムを振る人たちが出てきたりして、始まる前からいい感じに会場内のテンションは上がっていたようだ。

 ライブの内容自体については、色んなところで記事にされているから、まあそっちを見てもらうとして、僕自身の感想を少し。
 最初の「THE IDOLM@STER 2nd mix」からは主に2人編成で歌を歌ったが、この組み合わせがまた絶妙だった。「スタ→トスタ→」はあさぽんとぬーぬー、「ふるふる☆フューチャー」はアッキーとひろりん、「キラメキラリ」はミンゴスとまよちょん、「キミはメロディ」ははらみーにあずみんと、納得の組み合わせ。
 ソロで頑張ったのは「乙女よ大志を抱け」の中村先生と「いっぱいいっぱい」の若林さんだが、ソロでも十分以上に会場は盛り上がった。この2曲は観客の方でもお約束的な掛け声が存在しているから、盛り上がりやすいんだろう。
 この時着ていた、新年に着る晴れ着をイメージしたと思われる衣装も可愛かった。確か全員共通のデザインだったと思うけど、足につけている飾りがそれぞれのイメージカラーになっており、そこでデザイン的に区別されてたね。

 一通り歌った後はメンバーの自己紹介。一緒にキラメキラリを歌ったからと言う理由で、仁後さんよりも先に「うっうー!」と叫ぶ今井さんやら、若林さんに吹き込まれて「一富士、二貴音、三茄子」というお間抜けな発言をそのまましてしまった原さんなど、いつもどおり良い意味でゴチャゴチャしたトークだった(笑)。
 その後は高木順二朗(今回から正式に順二朗氏の方が前説などをするようになってた)社長の「お年玉」と言うことで、今回参加していなかったたかはし智秋さんと釘宮理恵さん、そして結婚・妊娠と言う身体面の都合上、ライブ参加を取りやめた滝田樹里さんのビデオメッセージが流された。
 お三方のメッセージからは、どれもアイマスを大事に思っている気持ちが滲み出ているものばかりで、特に樹里きちさんのメッセージは、ご自身の慶事に対する嬉しさとライブに参加できない残念さとが入り混じっているようで、それでもこんな形で観客のためにメッセージを残してくれた気持ちが非常に嬉しかった。
 大きな声じゃ言えないが、このビデオメッセージの流れで少し目頭が熱くなってしまったよ。歳取ると涙もろくなっていかん。

 メッセージが終わると、次はMA2関連の新曲を各メンバーが次々と披露。CD発売順と同じように、先生・アッキー・ぬーぬー、ひろりん・はらみー・ミンゴス、あずみん・あさぽん・まよちょんでそれぞれ1セットと言う感じで行われた。
 第一に印象に残ったのは「Day of the future」のアッキーのダンス。イントロ部の激しい動きはまさに凄いの一言。激しいダンスに合わせて揺れるアッキーの体の一部分が気になってしまったのは内緒だ(笑)。
 しかしその後の「TRIAL DANCE」もまた凄かった。ダンスもさることながら歌がそのダンスにまったく負けていないどころか、CD版よりもさらに上手になっているのではないかと思えるくらいの内容になっていて、これまた素直にぬーぬーすげえと思わされた。
 先生もライブをこなすたびにどんどん歌が上手になっていってるように見えるね。
 「tear」「風花」「眠り姫」は…、ゆっくりめのテンポなのでサイリウムを振る腕が非常にくたびれた(笑)。
 でも静的なリズムの曲が続くことで、ライブの構成全体にも観客のボルテージにもメリハリがつけられた感じ。やはり生で聞く「眠り姫」は本当に凄かったので、途中でサイリウムを振ることも忘れて見入ってしまったね。
 「スマイル体操」の時は後ろの電光表示板に一部の歌詞が表示され(「アッハッハッハ」のところとか)、会場の面々も遠慮することなく仁後さんと一緒に歌うことが出来た。
 そして律子のソロ新曲となる「恋するミカタ」を若林さんが初披露。これまたアップテンポのノリの良い曲で、それに合わせて若林さんもステージを走り回りながら歌うという大奮闘を見せてくれた。
 最後は全員による「MEGARE!」。やっぱりこの曲は面白いや。

 そしてメンバーによるトークのあと、社長からの最後のお年玉として「アイマスアニメ化」が発表される。
 個人的には予想を大きく超えるものではなかったけども、やはり大元のキャラクターデザインを踏襲したと思しきアニメ版のラフ画を見ると、期待値は高まってくるね。
 ちなみに会場で使われたアニメ化速報PVは、今現在公式サイトで見られるPVと若干異なり、みなとみらいを背景にした春香と社長のやり取りが行われるのだが、この時の春香の動きは、すべてにおいて「1」のそれを完全に凌駕していた。体そのものの動きもそうだが、指の先から目の動きに至るまで、完全に「新しいもの」となっている。
 春香が登場していたのは正味1分程度なのだが、それを見ただけでも「2」の3Dモデリングの凄さの一端が垣間見えたと言う感じだ。

 最後は来月発売のWAOのCDに入れる「全員合唱版」のために、プロデューサー、つまり観客の歌声も収録することとなり、観客全員でWAOをワンコーラス分、熱唱した。
 最後のトークではまたもや涙するメンバーが続出、あまり涙を見せることのない中村さんも涙ぐんでいたのが印象的だった。
 アンコールは「GO MY WAY!」と「THE IDOLM@STER」。締めの曲としては完璧。

 メンバーが完全に引き上げた後、社長の言葉に合わせて坂上プロデューサーが登場。例によって変態コールが沸き起こるわけだが、今回は「非常に嬉しく思います」と、いつもとは違った返しを見せ、「カオス」な年となった前年のことを振り返り、心配をかけてしまったことを詫びていた。
 やはり去年のTGS以降、作り手の方でも色々あったんだろうな。
 しかしその後はアイマス2が完成したこと、かなり骨太な作りになっていることなどを力強く宣言、最後は一本締めで幕を閉じた。
 ライブ自体は終わったんだけども、場内アナウンスの後に「乙女よ大志を抱け」と「いっぱいいっぱい」が連続で流れるもんだから、みんな勝手に掛け声を出し始めて、みんななかなか退場しないと言う事態に(笑)。
 個人的にはさっさと退場した方がいいんじゃないかとは思うけど、これもこれで悪くはないだろう。
 退場後はとある方からお誘いを受けたのだが、来る前の電車の件もあっていつものライブより精神的に披露してしまっていたこともあり、今回は遠慮して帰宅した。
 いつかまた機会があったら、その時は是非お会いしたいものだ。

 まあアイマスライブに参加するたびにいつも思うんだけど、やっぱり楽しいね。そして同時に歌ばかりじゃなくてもっと出演者のトークを聞きたいと思うのもいつもどおりだ(笑)。
 その点ではちょうど一年前に参加できた「ひだまつり」あたりの方に軍配が上がってしまう感じなんだな、自分としては。
 最後に高木社長は「暑い季節にまた会おう」と言っていたが、また夏に何かしらのイベントでもやるのだろうか。出来るならその時も参加したいものだ。

 ちなみにアイマスのアニメについては、現時点では期待も不安も抱けない。「アイマスがアニメになるよ!」という一報だけでは、どうとも考えることが出来ないからだ。逆にこれだけの情報で色々考えられる人がいることに驚く。
 これについては今月末発売のメガミマガジンで大々的に情報公開するそうなので、それを待って思うところを色々書いてみようかと思う。
 しかしメガミマガジンか…。シムーンに夢中になってた頃以来だな、買うの。



 あと今回のライブに関して非常に大事なことを1つ。
 確かに去年のTGSでの発表は、色々衝撃的だったろう。人によっては開発陣に信頼を置くことが出来なくなった者もいるだろうし、「2は買わない」と決めている人だっているのだろう。
 それはそれで別に構わない。思うのは自由だし、その結果として自分自身がどういう行動を取るか、それも基本的には個人の自由だ。
 しかしその行動が他人に迷惑をかける、他人に不快感を覚えさせるようなものであれば話は別だ。ましてライブイベントと言う、スタッフ・キャストも観客も、自分達が参加しているその場を「楽しい空間」にするために集まっている場所において、自分自身の鬱屈したネガティブな感情をそのまま周りに吐き出すと言うことがどういうことになるのかわかっているのだろうか。

 坂上プロデューサーが壇上に上がった時、場内に沸き起こる変態コールや歓声にまぎれるように、1人「帰れ!」だの「あずさをプロデュースさせろ!」だの「2やらねー!」だの叫んでいたあなた。
 あなたのやったことは、現実にはあなたのごく近くにいた人間しか知らないことだろう。それでも、あなたのしたことがどういうことか考えてみて欲しい。
 皆が楽しんでいるこの場で、もし「中村帰れ!」とか「長谷川消えろ!」と叫んでいる人がいたとしたら、あなたはどう思う?例え叫んだ本人にとっては正当な理由があったのだとしても、それでもそれを許容できるか?
 あなたはこの例え話の人物とまったく同じことをしていたのだ。例え目立っていなかったとしても、自分のやった行為が正しいものだったと言えるのか、きちんと深く考えて欲しい。
posted by 銀河満月 at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月08日

第2次スーパーロボット大戦Z、発売決定

 何でも二部作の一編、「破界篇」だそうです。

 スパロボ生誕20周年記念作とのことで、参戦作品自体も新規参戦作品も過去最大になっているらしい。
 個人的に注目したいのはやはり「装甲騎兵ボトムズ」だなあ。ATの能力自体はさほど高いものでもないから、どの程度スパロボ補正が入るのかも気になるし、キリコの異能者設定はどんな風に能力地に反映されるのかとか、色々思うところはある。
 ボトムズに関連して気になるのは、今回は宇宙の描写はどうなるのだろう。前作の「Z」は個人的にはあまり気に入っていないのだけど、その理由のひとつが「宇宙ステージがほとんどない」と言う部分にあった。
 α外伝だと特に違和感なかったんだけど、Zみたいに宇宙からの侵略者が結構存在している状況で、宇宙ステージがあまりなかったってのは、舞台的につまらない。コロニーの描写も皆無だったしね。
 まあ今回はガンダムW(テレビ版は久々だな)も参戦するようだから、宇宙が登場する比率は増してくれると信じよう。
 あとはゴッドマーズ。アニメ本編ではまったくと言っていいほど動けなかった分、ゲームの中ではあの巨体を思う存分動かしていただきたい。
 あとは水島裕氏の声がどうなってるかだな。タケルが攻撃を受けた時のあの苦悶の叫び声は、当時のお姉さま方を狂わせるには十分すぎるほどの色気があった。男の僕でもクラっときてしまうくらいに恐ろしかったのだが、往時の声を出せるのだろうか。いや、出なくても別にいいんだけどね。水島氏が事実上始めてスパロボに参加すると言うのはめでたい。今まではスパロボ64のCMでナレーションやってたくらいだからな。
 マクロスFとかグレンラガン、コードギアスとかは正直どうでもいいんだよね。ああ、ガンダムOOでくぎゅの声が聞けるあたりはいいかな(笑)。
 ガンダムユニコーンが来るかとも思ってたんだけど、Zの世界観ではガンダムZZの世界が存在しないから出せないんだろうなあ。

 しかしグレンダイザーを外したことだけはどうしても納得できん。グレンダイザーだって初期のスパロボを支えてきた功労者であることは間違いないのに。いや、ダイナミックプロ系の参戦作品が、テレビ版のマジンガーやゲッターじゃなくなったから出せなくなったんだろうと言う事情は想像つくけど、それでも寂しいじゃないか、ファンとしては。
 まあ山寺宏一氏の声は正直あってないと思うんだけどね。別に富山敬氏と同じ声色にしなくてもいいけど、なんかあまりにもヒーロー声としては頼りないんだよな。端的に言えばカッコよくない。コンプリートボックス版の堀内賢雄氏の方がまだヒーロー声だったんだけど、なんで変えちゃったんだろ。
 あと「ダンガンロンパ」に参加した実績があると言うことで、ザンボット3の勝平を大山のぶ代氏にやってほしいという声も上がってるみたいだが、これこそ無理だろうなあ。もう当時の声はさすがに出せないだろうし、「ムーンアタァァァァァック!」みたいな叫び声を出せるとも思えないんだよな。いや、無論出て欲しいんだけども。

 参戦作品も大事だけど、やはり一番気になるのはシナリオ展開だな。Zの終盤はただ敵を順繰りに倒していくだけの作業ゲーになってしまっていたので、非情に退屈だったから、その辺を考慮して欲しい。
 サルファはバッフクランと宇宙怪獣と言う巨敵が控えていたから良かったんだけど、Zの場合はひたすらに各作品の敵を叩いて回るだけになってしまってたし、何よりZは中盤の分岐ルートが長いから、別れていた方の敵勢力関連のエピソードを描かれても、今ひとつ気分的に乗れなかったんだよね。
 まあ今回はZから継続参加する組の敵はほとんど滅んでるし、第2作に続けることも出来るから、さすがにZほどにはならないと思うけど。

 しかし発売は4月か。延期しなけりゃ3ヵ月後にはもう遊べるのかい。じゃあゴールデンウィークは久々にスパロボ三昧と行きますかね。
posted by 銀河満月 at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月01日

「アイマス2騒動」って、振り返るほどのことでもないよね

 去年の9月にこんなエントリを書いたんだけど、今になって思うとこの内容は「失敗」と言っていいほどの代物だった。
 TGSでのステージで、及びそれに関連して発表された種々の情報に関して、落ち込んでる人たちがいるだろうことを想定して、変に気を遣った内容になってしまったために、僕が何を言いたいのかがあやふやになってしまっている。
 最初から最後まで胡散臭いままで終わった「署名活動」への参加を勧めてしまったりもしているし。僕もそういう意味では混乱していたんだろうか。

 結局あの時に僕が一番言いたかったことはさ、「みんな頭冷やせ」ってことだったんだよ。どう見てもあの時の界隈は普通じゃなかった。肯定派・否定派(という括りも本当は変なんだけど、便宜上そう書いとく)どっちも冷静に「アイマス2」と言うものを見られていなかったんだから、どの立場の人間であっても一旦引くべきだったんだと思う。
 ここで引くべき対象と言うのはアイマス2ではなくて、「自分の考えをストレートに公表できる場」である。ぶっちゃけて言えばネットからだ。
 混乱している状態のままで、「自分の意見をまとめて公表する」なんて理性的な行為をきちんと行えるわけがない。アイマスファンであればあるほどその傾向は強くなったろう。結果として理性的とは程遠い、単に自分の鬱屈した感情を発露しただけの書き込みがそこかしこに散見されるようになり、それによりアイマスファンダムは一層混乱することになってしまったわけだ。
 要は自分達で勝手に混乱したわけである。よく「バンナムがコミュニティを崩壊させた」なんて意見があるが、それは大きな間違いだ。自分達で一人相撲を取り続けた挙句、余計混乱させたのが現状なのである。
 Amazonの商品ページに悪質なコラ画像を貼り付ける、発売されてもいない作品の「カスタマーレビュー」に、ごく個人的な不満や特定スタッフへの憎悪を書き連ねる、ニコニコ動画に上がっている公式動画に1日数十個もの荒らしコメントを書き込む。
 これが良識ある人間として認められる行動か?例え自分がしていなくとも、これらのことをしでかしたのが騒動拡大を目的とした愉快犯だったとしても、それを心のどこかで許容していなかったか?「例え不満があってもこんなことをしてはいけない」と、当たり前の説教を発露できていたか?

 ただ新作の情報を受けて理性的でなくなってしまうという構図自体は、これまで様々なシリーズ作品のファンが辿ってきた道でもあろう。ただ昔は「ネット」という、自分の意見をストレートに且つ手軽に発表できる場がなかったから、今回ほど話題の俎上に上がることがなかった。
 その点を考えると今回の騒動は異質であるとも言えるし、インターネットと言うものがこれからも存在し続ける以上、この種の騒動もいずれは「異質」と受け取られなくなる日が来るのかもしれない。

 そういう意味で僕は、今回の騒動もこれまでの様々なシリーズ作品で起きた「騒動」の範疇を超えたものではないと思っている。ただ今回は「ネット」というツールが存在していたために、その現象の伝播が過去の騒動よりも遥かに早かったと言うだけのことだろう。
 それは結局のところ、バンナムの大勢そのものにほとんど影響を及ぼしていないことからも明白だ。
 「魔法が解けた」だの「バンナムが裏切った」だのという言葉は、全部当人の独り善がりな文句に過ぎない。
 アイドルマスターというシリーズ作品を特別視せず、過去の様々なシリーズ作品で起きた同様の騒動の経緯について調べてみたら、自分がネット上でどういう態度を取るべきか、もしかしたら見えてくるかもしれないね。
posted by 銀河満月 at 18:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心機一転

 もうこのブログを見ている人がどれだけいるかもわかりませんが、明けましておめでとうございます。
 先年は特に後半あたりからまったくブログを更新しなくなってしまって、申し訳ありません。今年はなるべく今までどおりのペースに戻していくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。


 …とまあ書いてみたけども、別に体を壊したとかそういうわけではないのです。別HNでやってたことがちょっと忙しかったりとか、ユクモ村に長期出張してたり(笑)しているから、ブログに手が回らないと言う、いつもどおりのダメダメな理由によるものなんですがね。
 しかし最大の理由はツイッターを始めたことですな。ツイッターの短い呟きに慣れてしまうと、ブログのように長い文章を腰を据えて書こうという気が失せてきてしまうんだよね。
 まあそんなことでは人間がダメになりそうな気もするので、上に書いたとおり今年はブログの方もきちんと書いていきたい所存である。
 ちなみにツイッターのアドレスはこちら。ツイッターでは僕の別HNや、別HNでやってることについても少し触れてたりするけど、なんにしても大したことはしていないので、生存確認程度には活用してやってくださいませ。

 しかし去年は僕の好きなジャンル内で亡くなった人が多かったな。1月の田の中勇さんを筆頭に、様々な方が旅立たれてしまった。
 それがこの世の摂理と言われればそれまでなのだけども、やはり寂しいと言えば寂しい。いつかは迎えねばならない報せなんだろうが、できるならこの種の報せはもっと後回しにして欲しいものである。

 で、僕の近況と言えば、「侵略!イカ娘」にかなりはまってしまっている。CDやBDは無論購入しているのだが、昨日は手をつけるまいと思っていた原作漫画にまで、とうとう手を出してしまった。
 結構取り返しのつかないところにまで行ってしまいそうで怖い。
 オーズの映画は見に行くつもりはないのだけど、話を聞く限りではいつもの井上節全開脚本らしいので、個人的には行かない方が正解だろう。年末には東映チャンネルで放送されるだろうから、その時にでも見るさ。
 今月末に出る「AtoZ 運命のガイアメモリ」のBDは欲しいけどね。
 ウルトラマンは「銀河伝説」の方を見られていないので、これまた後回し。

 あと去年末の冬コミは、直前に熱を出して寝込んでしまったこともあって行くのを止めた。10年ほど前に行くようになってから初めての不参加だ。
 評論系特撮同人は買えなかったし、「ドラちゃんのおへや」主催のオフ会も参加できなかったしで、一年の最後に散々な事態を迎えてしまったわけである。
 ただコミケも漠然と買い専参加するのも飽きてきたんで、そろそろここらで一発、サークル参加ってやつをしてみたいね。何で参加して頒布物はどうするんだよって話だけども。
 昔はさ、スカイライダーの評論系同人を作りたいな、なんて夢を見たこともあったんだよ…(笑)。

 まあそんな感じで、今年もいつもどおりに生きていくことになりそうですので、繰り返しになりますが、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by 銀河満月 at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記・戯言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月11日

「心をゆらして」、「だからみんなで」、そして「海はぼくらと」

 去る9月26日、藤子ファンサークル「ネオ・ユートピア」主催の藤子アニメ上映会に行ってきた。
 2年に一度開かれるこのイベントには僕も前々回から参加するようになり、その都度このブログでも紹介してきた(2006年2008年)。

 今回ももちろん「日本テレビ版ドラえもん」が上映されたのだけども、それ以上に素晴らしい内容になっていたのは、上映会の一番最後に行われた、岩渕まこと氏のコンサートだ。
 藤子ファンには今更説明の必要もないほどに周知の事実だと思うが、岩渕まこと氏は最初期の映画ドラえもんの主題歌・挿入歌を歌った方だ。
 「宇宙開拓史」の「心をゆらして」、「大魔境」の「だからみんなで」、そして「海底鬼岩城」の「海はぼくらと」。映画ドラえもんの主題歌イメージを決定付けるのに貢献した3つの歌をすべて歌唱されている。
 3曲とも武田鉄矢氏の情感溢れる詞に、菊池俊輔氏の優しいメロディラインが加えられた、まさに最初期映画ドラを象徴する名曲と言っていい歌だ。
 「心を〜」ではのび太たちとロップルたちの別れのシーンに流れ、二度と会うことが出来ないであろうことを悟りながらも相手を送り出し、また見送られて去っていくという感動的なシーンを一層盛り上げていたし、「だから〜」「海は〜」は激化してきた敵勢力との厳しい戦いを終えて平和な日常に戻った5人を癒すかのように、エンディングを優しく彩っていた。
 そんな歌を歌ってきた方がファンの目の前で歌を披露してくれるというのだから、期待しないではいられない。

 で、「海はぼくらと」から「だから〜」、「心を〜」の順番で歌ってくださったのだが、「海はぼくらと」は岩渕氏自らギターを使っての弾き語りで歌ってくださり、オリジナル版とは異なるバージョンを聴くことが出来た。
 何よりも驚かされたのはやはりその歌いっぷりだろう。30年前とまったく変わらないどころか、昔よりも増したのではないかと思われるほどの圧倒的な声量で、情感たっぷりに3曲を歌い上げておられた。
 良い意味で信じられなかった。無論岩渕氏はプロの歌手なのだから、きちんと歌えて当然と言えば当然なのだけど、あれほどまでに30年も昔の歌を、昔よりも魅力的に歌うことが出来るとは、正直思っていなかった。
 プロの歌手の生の歌声を聞く機会自体、僕はあまり持ったことはないのだけど、今回は本当に素晴らしかったと思う。誇張でもなんでもなく、聞いているうちに自然と目頭が熱くなってきてしまったのだが、こんな経験も生まれて初めてのことだった。
 コンサートの前に、劇中で岩渕氏の歌われた3曲が劇中歌として使われたという関係で、アニメ版「エスパー魔美」の「スランプ」という話が上映されたのだが、この話の原作漫画版には、ゲストキャラの任紀高志(昔は大スターだったものの今は落ちぶれている、岩渕氏の歌はこのキャラの往時の持ち歌という設定)が持ち歌を魔美やピストル強盗の前で披露した際に、魔美や強盗が「すごい歌いっぷりだなあ」「なんだか背すじのあたりがゾクゾクするわ」と感想を漏らすシーンがあるのだけど、まさに岩渕氏の生歌を聞いた僕がそのままの感想を抱いたのだ。体が自然に歓喜に震えてくるという感じ。
 (ちなみに岩渕氏はこの「スランプ」の内容を踏まえて、壇上に上がった時に「任紀高志です」と自己紹介して会場の笑いを誘っていた。日本のみならず世界各国でコンサートを開いているということだが、聴衆を取り込むトーク術も一流でした。)
 このコンサートに参加できたというだけでも、今回の上映会に参加できた意義があったというものだ。

 「日本テレビ版ドラえもん」は、今回は「おせじ鏡大騒動」と「くるった腹時計」が上映された。OP映像のあたりには今までとはちょっと違う技巧も凝らされていたが、肝心の話自体は、やっぱりアレだよなあ。
 富田ボイスのドラえもんに慣れてしまう日が来るとは、つい5年前には想像もしなかったけどね(笑)。

 しかし世界各国でコンサートを開いているという岩渕氏もそうだけど、もう結構なお歳なのにあのあたりの世代の方々は本当にエネルギッシュだなあ。
 帰り際に某氏と話をしたのだけど、「自分らがあの年齢に達してもあんなに飛び回ることは出来ないですねえ」「飯買いに近所の店行くのさえ面倒なのに」みたいなことを言い合ったりしたわけで、なんとも情けない話だ(笑)。
posted by 銀河満月 at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラえもん・藤子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月25日

最近のアイマス2に関して思うこと

 いや、別に大したことは話しませんけどね(笑)。

 さて「アイドルマスター2」ですが、先週18日の東京ゲームショウにおける決起集会から一週間経ちました。
 その際に発表された新情報などに端を発する、アイマス界隈での大騒動は、ちょっと調べてもらえばすぐわかると思います。
 発表された当初はまさに大騒ぎと言ってもいい状況で、そこにさほどアイマスを知らない「祭り」好きの人たちが流入してきたために、さらに収拾のつかない状態にまで陥りました。
 一時の狂騒ぶりは落ち着いたものの、一週間経った今でも各所で火種がくすぶり続けているような状態になっています。

 今回多くのファンから批判されたのは、「竜宮小町組のプロデュース不可」と「男性のライバルユニット『JUPITER』の登場」の二項でしょうか。
 (CDの話とかもありますが、とりあえずここではこの二つだけ。)

 まず「竜宮小町組のプロデュース不可」。
 まあこれは反発を受けるのは当然でしょう。1で出来ていたことが2で出来なくなるのだから、単純にゲーム面においてもマイナスだし、彼女ら4人のうちいずれかの、いわゆる「専属P」になっていた人にとっては、まさに許しがたい蛮行と受け取っても仕方のないところです。
 アイマスSPにおける美希も961プロに移籍という形を取っていたためにプロデュースできませんでしたが、今回は同じ765プロに所属していながらプロデュースできないという点で、よりひどい扱いになったという意見もあるようですね。
 これに関してはもうどうしようもない面があるのは確かでしょう。制作側や他のファンが色々理由や好意的になれそうな面をピックアップしてみたとしても、納得しない人はどこまでも納得できないと思います。そういう人たちにとっては「プロデュースできない」、その一点だけでまだ発売されていないゲームをクソ呼ばわりできるほどに重いことなのですから。
 だからこれに関して僕はどうこう言いません。これは理屈ではなくて感情の問題ですから、仮に誰から見ても反論の仕様がない正論を投げかけたとしても、「俺は嫌だ」と返されたら何も言えなくなってしまいます。だから何も言いません。
 ただプロデュース不可を許せない人も、プロデュース不可でもいいんじゃね?って人も両方いるわけですから、感情的になって罵りあうようなことにはなって欲しくないと思います。
 プロデュースできないことを許せないと思う気持ちは間違いではありません。ですが同時にプロデュースしている時とは違う付き合い方が出来るのが楽しみだと思う気持ちも、また間違いではないのですから。

 ちなみに僕としては、両方の気持ちが半分ずつくらいというところでしょうか。プロデュースできないのは残念だけど、あくまでそこまでであって、アイマス2を拒絶するとか制作陣を呪うとか、そこまでの激情が生まれてくることもないです。
 制作陣にさほど期待することも出来なくなっていますが。


 次に「JUPITER」さんの話。
 これはライバルユニット云々よりも、やはり「男性のユニット」という部分において引っかかっている方が多いようですね。
 今までのアイマスのゲームは、基本的にプロデューサーと事務所の女の子達、という人員で構成されてきました。1やSPでも男性キャラは登場すると言えばしましたが、姿を見せる場合でもシルエット、後はせいぜいセリフ上にその存在を示す言葉が出てくる程度です。
 アイマスDSでは主人公側に「実は男の子」である秋月涼がおり、それ以外にも何人か、シルエットでない男性キャラクターが登場しています。
 しかしDSでも主役の涼を例外とすれば顔あり男性キャラも皆サブキャラですし、女性のサブキャラと違って表情やポージングも1つだけで差分なしという程度の扱いでした。
 しかし今回のJUPITERはそれどころの話ではなく、専用の歌まで用意されており、765プロアイドルと同様にPVまで存在しているという代物。
 今シリーズ中における男性キャラクターとしては破格の扱いぶりですから、戸惑うのも無理のないことです。

 このJUPITERにおける意見としては「男性なのはアレだけど、同情する余地のない敵キャラを用意したのは良いこと」みたいなものと、「アイマスの世界に男性が登場すること自体が許せない」という感じの、2つの意見に概ね大別できると思います。
 ちなみに僕は前者の方の考えです。ディレ1こと石原ディレクターがファミ通でのインタビューで触れていたとおり、純粋に敵として倒すべき存在としては、プロデュースしているアイドル達と同様のかわいい女の子よりは、調子こいてそうな男の方が良いと思ってます。
 一般論としてその種のことを唱えた人もいますし、決して誤った考え方ではないでしょう。
 ですがネット上で色々見る限り(あくまでネット上のみの話ですが)、後者の考え方を持つ人のほうが多いようです。石原Dもこれまたインタビュー内で触れていた、いわゆる「寝取られ」という自体が起こるのではないか、というのが反発する理由の大元になっているように見受けられますね。
 これについてはさすがに過敏すぎるんじゃないですかねえ。実際にゲーム中でそういう描写があったと現時点でわかるはずもなし、石原Dにしたって「そういう展開にはしない」みたいなことをいっているわけですから。
 石原Dの言うことは信用できないという人がいますが、それならそれで実際にそうであった時に騒げばいいのではないですかね。信じようと信じまいと個人の自由ですが、ゲーム中でそういう展開があったならそれは「嘘をついた」ことになるわけですから。
 今の時点で騒いでも、自分からわざわざネガティブな妄想を繰り広げている人としか見てもらえないのではないでしょうか。

 ついでに言っておきますと、JUPITERに関連して「可能性を生み出しただけでアウトなんだよ!」というフレーズが流行ってきているようですが、僕はこの考え方だけは認めることは出来ません。
 創作において表現上のタブーを作ってしまえば、その後に来るのは「表現規制」です。それがどれだけ愚かしいことか、僕は一ファンの一般人に過ぎませんが、それは十分に承知しているつもりです。
 アイマスという作品内の話で大げさに考えすぎだという人もいるかもしれませんが、僕は一部の人間の反発によって、アイマスの中に表現上のタブーが生まれてしまう事態が発生することそのものを恐れます。


 それ以外は「オンライン対戦不可」と「CD販売のやり方」でしょうか。
 オンライン対戦については、個人的には1の頃からいらない機能だと思っていたので、なくなって嬉しいというのが本音です。
 まあオン対戦機能を残しておいて、実際にやるかどうかの選択はプレーヤーの側に委ねればいいという意見も至極真っ当ですし、それがベストなのだろうとも思ったりはしますね。
 CD販売についてはいわゆる「AKB商法」っぽいのが嫌だというのが大半みたいですが、実際どんな形で人気順を決めるのかがまだ発表されてませんから、そこまで文句をつける必要はまだないのではないかとも思います(と言っても実際はありきたりの方法になるのでしょうが)。
 個人的には投票とかよりも別の部分で、僕はこのやり方に不安を覚えてますね。
 「どうせ今だけ選抜したところで、そう遠くない将来に他のメンバーが歌っているバージョンを販売するんだろう」。そう思えて仕方がありません(笑)。


 まあつらつらと書いてはきましたが、僕個人としては残念に思う部分もありますが、「まあこんなもんか」と思っている面もあります。
 そもそもシリーズ作品をずっと継続させていく上では、新規のファンを開拓して裾野を広げていかなければならないのは必定ですし、そのためには既存ファンを満足させるためだけではない、様々な新規要素を追加していかなければならないものです。
 作品というものも、大勢の人間が寄ってたかって作っているものである以上、1つの「生き物」であり、それが時を経て初期の頃とは少しずつ変わっていくというのは、避けられない現象とも言えます。
 それがユーザーにとって心地良いものか、それとも不快感を催すものなのか、それは個人が判断すれば良いことですが、変化することそのものを否定してはいけないと思います。
 まして今回の騒ぎに便乗して、Amazonの予約ページのカスタマーイメージに妙なコラ画像を掲載したり、発売前のゲームに対してレビューを書くというマナー違反をすること、そしてそれらを是認するような真似は、許されざることです。
 現在、これら変更点についての改正を求める署名活動も行われています。メーカーに反発するならそのような正規の手段を用いて実施しなくてはならないでしょう。
 メーカーにひどいことをされたと思うのは勝手ですが、だからと言ってこちらが何をしても良いというわけではないのですから。
posted by 銀河満月 at 18:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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