2006年09月29日

来週から新番ラッシュ

 そう言えばまだウィッチブレイドの最終回見てないや。というか、終盤の話自体あんまり見てないんだよね。レオが面白いんだってば(笑)。

 さて、来週あたりから秋季の新番アニメが続々と始まってくる。関東で口火を切るのは「金色のコルダ」あたりかな?
 今季も春のように新番の数が多いらしいので、とてもじゃないがすべて見る気にはなれない。ある程度は取捨選択していかないとな。

 まず個人的に見ないのを決めているのは「すもももももも」。どうも絵が今ひとつ好きになれないのと、シリーズ構成が井上大先生だから(笑)。
 どっちか1つの要素だけだったら、とりあえず見てみたのかもしれないが、2つ揃ってちゃもうダメだ。カブトでのドレイクの扱いのひどさやら料理対決やらに呆れ返ってしまっているので、当分は井上大先生の名前に拒否反応を示すだろうなあ。

 も1つは「Death Note」。原作に今ひとつ面白みを感じていなかったのと、シリーズ構成が井上大先生だから(笑)。
 どっちか1つの要素だけだったら、とりあえず見てみたのかもしれないが(以下略)

 後はなんだろうなあ。シムーンが終わってしまったもんだから、あんまり次の作品を見ようという意欲がわいてこないんだよな。
 今季はもしかしたら見るアニメの数を減らすかもしれない。最新のアニメより、未だに全部見切れていない3期鬼太郎のDVDを早く消化しなければ。

 ところで新番アニメのことを色々見ていて発見したのだけど、なにこれ
 「ロックマン生誕20周年記念タイトル」が元祖の復活ではなく、ましてアクションゲームですらないって?
 …いやまあ、いいけどさ。
 どうもロックマンに関してはあんまり冷静になれないな。初めて1と2をやった時の衝撃はでかかったからねえ。
posted by 銀河満月 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

遂に迎えたシムーン最終回

 半年間見続けてきたシムーンも、いよいよ最終回である。前話で各人のドラマ自体はほぼ決着がついていたため、今話ではエピローグのような雰囲気の中で、それぞれのその後が語られている。

 話自体は、成長したリモネとドミヌーラ、翠玉のリ・マージョンを行おうとする「あの日」のアーエルとネヴィリル、そして「あの日」から幾年か経っての、かつてのコール・テンペストメンバーのその後が語られていた。
 その中で描かれるのは、未来を生きることを選んだ者たちと、今を生きることを選んだ者たちとの対比だった。
 パライエッタ達は、再び戦争が始まろうとしている緊張の中でも、それぞれの幸せを見出して静かに暮らしていた。それはシヴュラだった頃、シヴュラであるというだけで、明確な自分の意志を持たずに戦争をしていた頃とは、明らかに異なっている。確かに皆は「大人」になっているのだ。
 対するリモネとドミヌーラは、過去の世界で平穏に暮らしていたものの、性を決めていなかったためか、ドミヌーラの体はオナシアと同じように、崩壊の兆しが見え始めていた(リモネも?)。
 「今」という時間のみを生きることを選択したために迎える結末。それはドミヌーラ達だけではなく、いずれはユンも迎えるものだろうし、飛び立っていったアーエルとネヴィリルも例外ではないだろう。
 なのになぜ、皆は「今」を生きることに拘ったのか。

 大人になったコール・テンペストのメンバーは、確かにいかにも大人という感じの落ち着きを見せていたが、反面、シヴュラだった頃に持っていた強い思いはさほど感じられない。
 大人になるために切り捨ててきたものが色々あったのだろうが、それら捨てていったもの、失ってきたもの全てを、飛び立ったアーエルとネヴィリルに託したのだろう。
 2人はその瞬間から、シヴュラであった頃、少女であった頃の、いわば「黄金時代」の象徴そのものになったのだ。
 皆が見送ったのはアーエルとネヴィリルと言う人物だけでなく、美しい=汚れを知らない少女であった頃の自分達自身であり、それに対して向けられるであろう憧憬の念である。
 それは何にも換えがたく、何よりも大切にしたいもの。だから2人は「最上の愛」をもって見送られたのだろう。
 もちろん2人の肉体自体は、オナシアのような悲劇を向かえるかもしれない。しかし2人が抱いていった様々な想い、そして2人で新たな世界へ向かうことを決意したアーエルとネヴィリルの想いは、決して廃れることなく美しいままで存在し続ける。

 元々シムーンの世界では、少女であり続けると言うことを綺麗なことだとはしていない。オナシア然り。
 にもかかわらずアーエル達は、少女であり続けることを選んだ。少女である頃の純粋さ、美しさのようなものをそのまま抱いて旅立ったのである。2人にとってはそれだけで良かったのだ。
 正に「美しければそれでいい」である。
 そういう意味では、アーエル達の取った行動は、大人になることを恐れたが故の逃避と取れないこともない。だが誰かに言われるままにその道を選んだのではなく、2人は傷つき苦悩しながらも必死に自分達だけで考え、この結論を導き出した。
 そこには確かな成長がある。他のメンバーのような「大人」ではなく、ユンのような「永遠の少女」でもない、少女であり大人とも言うべき存在へと昇華したのかもしれない。

 作品のラストを彩ったのは、シムーンという作品を象徴する曲・「妖艶なる絆の響き」。
 アルクス・プリーマの中で踊るアーエルとネヴィリル。そして映し出される、あの日壁に刻んだあの頃の思い出。
 少女であった頃の象徴と呼ぶべき存在が一堂に会したラストのシークエンスは、この作品のラストを飾るにふさわしい、象徴的なシーンだった。


 …とまあ、色々変なことを書いたけども、要はみんな幸せになれてよかったね、って事なんだけども。
 アーエルとネヴィリルにしたって、2人にとってはあの結末こそが一番の幸せだったのだろうし、リモネとドミヌーラもまた然り。一番微妙なのはユンかな?
 グラギエフやアヌビトゥフ、ワウフやエリフのその後まできちんと描いてくれており、キャラを大事にしていることも窺えた。やはり最終回なのだからこれくらいのことはしなくてはね。

 始めはそれほど興味を持たずに見ていたシムーンだったが、今では最終回まできちんと見られて、本当に良かったと思う。
 半年間楽しませていただいて、ありがとうございました。

 と言ってもDVDリリースは来年の4月まで続くのだが。
posted by 銀河満月 at 23:35| Comment(2) | TrackBack(18) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

曽我部和恭さんまでも…

 曽我部和恭さんがお亡くなりになったらしい。
 (古谷徹公式サイトの掲示板より)

 …先月鈴置さんが亡くなったばかりだというのに、一体なぜこうも重なってしまうのだろうか。
 つくづく天命という奴は意地悪なものである。

 僕が曽我部さんの声を初めて意識したのは、聖闘士星矢での「双子座のサガ」だった。
 その後、セーラームーンのクンツァイトやガンバルガーのヤミノリウスなんかで声と名前をしっかり覚え、以来安心して聞いていられるベテラン声優さんとして、何度となくその声を聞いてきた。
 もちろん僕としては「仮面ライダーアマゾン」でのハチ獣人や、「仮面ライダースーパー1」でのハサミンブラッドを忘れるわけにはいかない(あ、スカイ最終回のライダーマンもか)。
 パタリロとかボルテスにダイモス、J9シリーズに出演していたことを知ったのは、浪人していた頃だったように思う。
 確か∀ガンダムでの出演を最後に引退したと記憶していたが、まさかその頃から既に病魔に冒されていたのだろうか。

 享年58。この現代においてはあまりに早い別れだ。
 主役を演じることはあまりなかったと思うけども、なくてはならない数々の名脇役を生み出してきたその声は、これからも忘れないだろう。
 ご冥福をお祈りいたします。
posted by 銀河満月 at 23:20| Comment(0) | TrackBack(3) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

シムーン最終回まであと1回

 さて、その後のそれぞれの辿る道を決定付けた、今回のシムーンである。

 泉に現れたユンを見て驚いた一同だったが、ロードレだけは、彼女が自分の進む未来を見つけたことを察していた。
 性別を選ばない=大人にならないことを選択したユンを見ながら、パライエッタは改めて性別を選ぶ=大人になることを選択する。それを彼女は「落ちる」と表現したが、無垢な少女であった頃に比して、無垢な存在でいることの出来なくなる「大人」と言う存在に対しての比喩だろうか。
 ユンは性別を選ばないことで自分自身の未来を見ようとし、パライエッタ達は性別を選ぶことで未来を見つけようとする。終盤においてのこの対比構図は、物語的にも非常にわかりやすくて好感が持てる。
 皆の戸惑いや不安を一身に受けて涙するユン。未来を得ようとすることで味わうことになるであろう負の側面を、他のメンバーより一足先に味わったと言うところか。

 アルクス・プリーマにいたアーエルとネヴィリルは、ようやく「好き」という互いの気持ちを素直に伝え合う。ネヴィリルは随分遠回りし、アーエルは随分気づくのが遅かったけども、ここにきてようやく本来あるべき鞘に納まったというところか。
 しかしネヴィリルのアーエルに対する感情の戸惑いは13話あたりでよく出ていたからいいとして、アーエルはいつ頃から恋愛感情に変わっていったのだろう?
 17話でアムリアに対する嫉妬心を覚えたあたりからかな。
 ただそれに合わせてアーエルは心もだいぶ成長していったようで、泉から戻ってきたパライエッタに気を遣って、その場を離れるという心配りまで見せている。
 まったく空気を読んでいなかった序盤と比べると、物凄い差だ(笑)。

 そんなパライエッタが決めた性は「女」。他人のためではなく、自分自身の成長を期するために、自分自身で決めた性。この決断そのものに、パライエッタ自身の成長が窺える。
 踊りに誘う時も18話の時と比べると、天と地ほどの差があったしね。

 その他のメンバーは、ロードレ、モリナス、カイム、アルティが女で、フロエとヴューラが男だった。
 カイムとアルティが2人で女になったと言うのは象徴的だね。この2人の物語も、この選択によってとりあえずの終幕を迎えたと言っていいだろう。
 守り守られる間柄ではなく、もっと根本的な「傍にいたい」と思う気持ちを大切にしたからこその選択だろう。
 モリナスは…、やはりワポーリフと仲良くやるんだろうか。フロエが男を選んだ理由がよくわからないが。

 しかしその一方で、連合国側はまだ泉へ行っていないアーエルとネヴィリルを泉に行かせるため、強引に1人ずつ監禁してしまう。
 壁を隔てた隣に互いがいることを感じた2人は、互いを想いながら壁越しのキスをする。
 1人だけという物理的な制約は、相手への思いを募らせるのにはぴったりのシチュエーションだろう。そこまでの筋運びは多少強引にも見えるけど。

 そんな2人を救うべく、パライエッタたちも行動を起こすが、さすがに連合国側の兵士相手ではどうすることも出来ない。
 しかしグラギエフやアヌビトゥフも同じ目的の元に行動しており、彼らは嶺国の巫女たちにも協力を取り付ける。
 彼らの尽力により、晴れて自由を取り戻したアーエルたちは、嶺国の巫女が乗ってきたシムーンに飛び乗り、思いを1つにした仲間たちに、別れと再見の言葉を発して飛び立っていく。
 色々あったけども、このシーンの各人の顔は本当に清々しいほどの笑顔で、「旅立ち」を祝福すると言う意味では、素晴らしいシーンとなっていた。

 結局アーエル達は新世界を目指して飛び立っていったが、なんとなくだけども、2人の目指した世界はかつて宮守の言っていたような世界とは違うように思える。
 2人がどこへ行こうとしていたのかは今の時点ではわからないが、2人はシムーンで飛び立つことに打算的な意図はまったくなく、「今」という自分達2人で、どこまでも飛んでいこうとしているだけなのかもしれない。
 そう考えてみると、「もっと高く飛びたい」と言っていた1話のアムリアのセリフに帰結することにもなり、その想いを同じくしたアーエルとネヴィリルは、まさに最高の「パル」ということになるのだろう。

 いよいよ次は最終回。それぞれの道を選んだ少女たちの未来はどうなっているのだろうか。アーエル達は新しい世界にたどり着くことが出来るのだろうか。
 心して見ることにしよう。
posted by 銀河満月 at 23:42| Comment(2) | TrackBack(18) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月18日

秋季のアニメももうすぐだ

 おお〜!今日のシムーンは15分遅れではないか。残り2話の時点でこんな時間変更をしてくるとは思わなかったよ。
 と言うかこれでは2時からのレインボーマンが録画できないなあ。仕方ないからレインボーマンは水曜に録画することにしようか。

 ところでそろそろ現行のアニメも最終回を迎え、新しい作品の放送が開始される時が近づいているようですね。
 なんかこの度の秋季も春季と同じく、かなり新番の数が多いようで、正直全部チェックするのは無理なんだろうな。
 WOWOWなんかは家では映らないし。
 個人的にはやっぱり「Kanon」とか見たいんだけど、あれはあれでBS-iだからな。アナログ地上波でやってほしいところだけど、こればかりは無理か。

 ただ今回はあまりチェックをしていないこともあって、どのアニメを見てみるかということをまったく決めていないのだ。
 スパロボは一応見てみるつもりだけど、普通に見ようとするとTVKのちょこシスと重なってしまうからな。といっても最近はちょこシスもあんまり面白いと思えないのだけど。

 シムーンとかARIAとかももうすぐ終わってしまうんだなあ。1話からきちんと通して見てきたアニメが終了すると言うのは、やはり寂しいものではあるね。
posted by 銀河満月 at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

販売側の責務

 鬼太郎DVD−BOXに全話次回予告、さらには新番予告もついてくるらしい。

 スタッフブログにも書いてあるが、新番予告と言うものは最近の作品ならばともかく、昔の作品の場合はほとんど収録されることがない。
 以前にソフト化した時などに収録されたことが一度でもあれば、所在がある程度明確になっているだろうから、見つけることは容易なのだけども、2006年と言う今の時代までろくな調査もしてこなかった場合、見つけるのは非常に困難になる。それが30年前、40年前の作品であれば尚のことだろう。

 しかし鬼太郎のスタッフはそれをやってくれた。まあ鬼太郎は東映作品だから、埋もれているとは言っても探すこと自体はそれほど時間のかかることではなかったのかもしれない。しかしそれでも新番予告、特に40年以上前の第一期の予告を見つけたことは、素晴らしいの一語に尽きるだろう。
 何よりこういう具体的な成果を知ることで、DVD製作スタッフの作品に対する好意的な態度、そして商品に対する「少しでも良いものを作ろう」という気概を感じることができるのは、商品を売る上で非常に良い効果を挙げていると思う。
 煽って煽って購買意欲をそそるのは、売る側としては当然するべきことなのだが、鬼太郎DVD−BOXはそのやり方が非常に巧みだ。今から発売が非常に楽しみである。

 …しかしこれを見るにつけ、どうしてもエスパー魔美DVD−BOXと比べてしまうな。
 予告編がいるとかいらないとかは個人の価値観の問題なので、これについて文句を言うつもりはない。しかし「予告編はないから、見たかった人も我慢してくれ」と言うよりは、「予告編は用意してあるから、見たい人は見て見たくない人は見ないでくれ」というように、購入者にある程度取捨選択の自由を与えるほうが、商品としては優れていると思うのだが。
 そんな風に考えると、今度は売る側はどこまで用意すればいいのかという線引きが難しくなってしまうのだけど。

 まあ、魔美DVD関連の騒動で一番強く認識できた事は、予告編がないからといってメーカー側を全否定する一部の藤子ファンも、そんな連中を完璧に見下して卑下する一部の藤子ファンも、どっちも痛いってことだけどね。
 ベクトルが違うだけで根幹の部分がまったく同じってことに気づいていないのは、何と言うか情けないですな。
posted by 銀河満月 at 17:53| Comment(0) | TrackBack(2) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シムーン23話と24話の感想

 やっとシムーンの感想を書くことができるようになった。いや、単に遊び呆けていて、ネットをやっていなかっただけなんだけども(笑)。
 更に言えばアニマックスで始まったイデオンが存外に面白かったので、そっちに夢中になってしまったと言うのもあるかな。

 まずは23話「永遠の少女」の感想。
 和平条約の締結と言う、極めて受動的な形で戦争終結を迎えることができたコール・テンペストの面々だけども、やはり決定的な終結感覚のようなものが低いためか、みんな今一つ現実的なこととして受け入れることができていない様子。
 シムーンの面白いところは、戦争中の状況変化が決してテンペストの行動によって動いているわけではないってことだね。テンペスト自体は色々作戦行動を取っていたけども、それが直接的に宮国を有利に導く行為になったことはほとんどない。だからこそ完結感が低いのだろう。
 これは見ている視聴者の側も同じことで、ガンダムですらラストには「アムロとシャアの(とりあえずの)決着」という、完結感を高めるイベントが用意されていたわけだが、シムーンにはそれすらなかったわけで、「戦争」を状況設定に入れていた作品にしては珍しいことだ。

 コール・テンペストが解散を命じられることで、各員共に否応なく性を決める=大人になることを余儀なくされるようになる。
 正直このあたりの流れは唐突かなあ。性別を決めるという、この作品の根幹テーマに関することまで、受動的に強制されると言うのはどうも、ね。
 ネヴィリルはそれとは別に違う世界のことを色々考えているようだけども、アーエルは今までとは打って変わってネヴィリルを避けるようになってしまう。
 原因はもちろんネヴィリルが今尚アムリアのことを考えているということについての嫉妬なんだけども、この嫉妬心から出てくるアーエルの行動が、嫉妬と言うより本当に「焼きもち」と言う感じで、見ているこっちとしてはなんだか微笑ましくなってしまうから不思議だ(笑)。これはアーエルというキャラクターのもつ個性故の特性だろうね。
 パライエッタもようやくネヴィリルと正面から向き合えるようになった矢先、取り乱した宮守が割り込んできて、新世界の話を持ち出してきたため、パライエッタもネヴィリルが隠していた秘密に気づいた様子。

 一方ユンは1人泉へ行き、オナシアと対峙していた。そこでオナシアから語られる事実は、かつて自分がコール・デクストラの一員であり、大人になることを選択しなかった人間であると言うこと。そしてそれ故に自分の体は崩壊に向かっているということだった。
 「大人になる」ことを選択しなかった場合はどうなるのかをビジュアルで示すのは、オナシアとユンを結びつけるという作劇の都合上、必要なことだったんだろうけど、ここまでわかりやすくビジュアルで見せてしまうのもどうかとは個人的に思う。「大人にならなかったら体が崩壊する」→「だから誰もが大人にならないといけない」という強制性が生まれてきてしまうような気がするのだが。
 自発的な成長を促す要因にはならないように思える。
 ここに来てユンが目立ち始めてきたのは嬉しいことだけども(笑)。

 続いて24話の感想。
 コールの解散に伴い、全員泉へ行くことを強制されてしまうテンペストの面々。
 「少女」でいられる残りわずかな時間を、みんなは様々な思いを抱いてすごす。アルティは怯えて思わずカイムに助けを求める。フロエは今一つ実感が持てない様子。
 そしてアーエルは新世界の話をするネヴィリルを未だ拒絶する。ネヴィリルの思いや自分がどう見られているかなど、まったく気にしていなかった当初のアーエルから比べると、かなりの変化だ。これはアーエルの成長と言っていいだろう。

 戻ってきていたユンは、マミーナの荷物を取りにきたロードレアモンとの会話で、「誰か1人くらいなら守ることができるかもしれない」と言うことに気づき、再びシミレで旅立っていく。その行き先は…。
 そしてパライエッタは集まっていたみんなに、ネヴィリルから聞いた「違う世界」についての話を始める。
 自分達が少女として生きていた頃の証として、アーエルとネヴィリルは違う世界で性を決めないまま行き続けるという話を聞き、心なし安堵の声を上げる一同。
 一方ネヴィリルはアーエルに、「死ではなく、生に向かって生きるあなたが好き」と、今の自分の正直な気持ちを吐露する。
 アーエルとネヴィリルとの出会いで、変わったのはアーエルだけではなく、ネヴィリルもだった。今の自分の気持ちを素直に見つめることができるほどに。一方のアーエルは今まで経験したことのない感情を味わってしまい、まだ戸惑いを隠せない。

 アルクスプリーマを飛び出したユンは泉に向かい、再びオナシアと対峙する。
 今まで自分が担ってきた責をユンに押し付ける形になることを半ば納得、半ば恐れるオナシアに対し、「あなたは綺麗だ」の言葉と共に抱きしめるユン。同時にオナシアは消えていった。
 大人になる少女達を導く役割を担う代わりに自分の体を犠牲としたオナシア、死んでいった仲間の思いを受け継ぐ形で戦争にこだわり続けたユン。経緯はどうあれ結果的に「他人を救うこと」を生きる目的としていた2人が、ここへ来てこういう邂逅を果たすことは、もしかしたら必然だったのかもしれない。

 アーエルとネヴィリル以外のコールメンバーは、列車に乗って泉まで向かう。列車の中ではそれぞれの抱く不安を打ち消すかのように、和気藹々と食事を摂って楽しむ。
 ここで直前まで和やかだったのに、次の一瞬だけ完全に沈黙してしまうシーンがあるけど、これは非常にうまい演出だと思った。何と言うか、別に沈黙しようと思ったわけではなく、たまたま各人が口を閉じたその瞬間が重なり、全体としての沈黙になったと言うその空気が、大人になると言うことへのそれぞれの心情を表現しているようで、巧い見せ方だと思う。
 所謂「一瞬幽霊が通った」って感じだよな、これ。

 泉についた7人が目にしたのは、本来オナシアがいるべき場所に立っているユン。その手にはユンがかつて作ったゆりかごが…。

 24話では性別を決めずに新世界へ行くであろうアーエルとネヴィリルの様子が明確になったと同時に、オナシアの姿を通して、性別を決めなかったが故の悲劇も描かれていた。
 このことも踏まえて、アーエル達が今後どういう行動を取るのか、残り2話になったと言うのに、まだまだ興味は尽きない。
 ただ、上でも何回か書いてるけど、何から何まで受動的に決定せざるを得ない状況に追い込まれていると言うのは、ちょっと物足りないかな。もう少し能動的に見せていれば、キャラの成長をわかりやすく表現することができると思うのだけど。
 まあ、「大人になる」なんてこと自体が往々にして受動的なものだ、と言ってしまえば、極めて現実に即した見せ方であると言えなくもないのだけど。

 24話で面白かったのは、カイムとアルティの関係が少しだけ変わってきていることがわかったことかな。
 2人とも結局昔から何も変わっていなかったのに、それに気づくことができなかった。それがわかったことで、2人も少しは素直になることができるのだろうか。
 カイムはともかくアルティには幸せになって欲しいねえ。子供時代のいかにも女の子したアルティは可愛かったし(笑)
posted by 銀河満月 at 12:45| Comment(0) | TrackBack(19) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

そりゃ腹も立ちますよ

 「ガラスの艦隊」最終回、テレビ朝日では放送されず

 ちょっとタイミングが遅くなってしまったけども、この話題。

 フジテレビで放送されていた深夜アニメにはこういうことがしょっちゅうあったそうなんで、何を今更と言う感じなのかもしれないが、こういうことははっきり言って、何度起きても納得できるものではない。
 毎日大量の番組が放送されている現状では、どの番組がどの程度の人間に視聴されているのか、完璧に把握することは不可能だろう。現代の視聴率システムなんてものは、番組制作上の指標程度にしかなりえないほどに形骸化してしまっているわけだし。
 しかしどんな人間に見られているかわからないからこそ、視聴しているであろう人間がいることを常に考慮した上で、番組と言うものを放送しなければならないのではないか。
 もちろん時と場合によっては番組編成を急に変更しなければならない時もあろう。しかし本来なら急な変更など起こさない、起こさせないような作りをしていかなければならない。番組編成の変更という最終手段とも呼べるようなやり方を、さも当然のように行うテレビ局の考え方には、疑義を唱えずにはいられない。

 地方局の放送編成も、アニメに関してはかなりいいかげんな所があるにはあるようだが、いくらなんでもテレビ朝日でこれはまずいだろう。
 なんというか、番組にこういう扱いをしている局からは、テレビ番組を「コンテンツ」として生かしていこうという意識はあんまり見えてこないんだよね。
 1回きりの内容を垂れ流して後は終わりと言う、まるで30年ほど前の考え方のままに思える。
 今の都合だけ考えていては「コンテンツ」と言うものは生かせない、という基本的なことがわかっていないらしい。

 ま、何が言いたいかと言うと、テレビ朝日は糞ということ。


 もう一度言う。



 テレビ朝日は糞


 …こんなこと書いてるから、キッズgooに弾かれるんだよな(笑)。
posted by 銀河満月 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月29日

シムーン22話視聴と1・2話再視聴

 今週のARIAはバカらしくて面白かったですねえ。一番目立っていたのが暁って所が良かった。

 さて今週のシムーン。紆余曲折を経てやっと心が1つになったコール・テンペストだけども、周りの状況は以前ほど穏やかな状態ではなくなってしまっており、ネヴィリルとアーエルがいなかったとは言え、市街地にまで敵の進撃を許してしまう。
 しかしそんな状況下でもさして絶望したり悲観することなく、自分たちが今出来ることをする、と割り切るようになっているところに、10人(つか9人か)の成長を感じさせる。それを象徴するセリフを劇中で最初に言った人物が、ある意味一番テンパりまくっていたパライエッタだったというところが象徴的だ。
 さらに言えばこの期に及んで醜いまでに抗戦を唱える司兵院も、対照的である。

 結束を強めたアーエルたちの一方、アヌビトゥフは宮国が制空権を奪われている、実質敗北寸前の状態にあることをグラギエフに告げ、マミーナの遺体が行方不明になったことも含めて、テンペストの面々には秘密にしておくよう命じるが、そのせいで2人の間には若干の亀裂が入ってしまうことに。
 ここにきてこの2人の関係を混乱させるかと思ったが、物語的にはそれほどの意図はない様子。終盤で仲直りした感じだし。

 パライエッタは以前の調子を取り戻し、アーエルはネヴィリルと共に民衆のために初めて巫女として祈り、ロードレアモンはマミーナの遺髪を、同じシヴュラとしてずっと長く付き合ってきたであろうユンに渡す。マミーナの死という事実に区切りをつけようとしたのかはわからないが、2人の笑顔と共に印象的なシーンである。

 そして再び攻めてきた連合国軍を迎え撃つために出撃しようとしたコール・テンペストの前に現れたのは、なんと戦闘服姿のアヌビトゥフ。
 巫女=シヴュラを戦争の深い部分にまで関わらせてしまったアヌビトゥフなりの責任の取り方だったのかもしれない。そういう意味ではグラギエフと同じ考えが根っこにあるわけであり、亀裂が入っていた2人の関係を修復するには十分な内容だろう。うまい構成である。
 何とか敵を追い払ったコール・テンペストではあったものの、宮国は連合国からの和平を受け入れることに決定した。

 今回は追い詰められていく宮国の状況説明もあったが、メインは色々な苦難を乗り越えて再び結束を強めたコール・テンペストの「今」の姿を見せる話だったと思う。
 それは戸惑いながらもシヴュラとしての本来の役目を果たすアーエル、アムリアのことを懐かしみながら笑顔で回想するネヴィリル、そして一丸となって「自分たちに今出来ることをするだけ」と誓うシーンに集約されている。
 それでいていつも通りパラ様ラブのカイムや、8話とまったく同じ行動で和平について知らせてくるフロエなど、良い意味で変わっていない部分も見せてくれて、相変わらずこの辺の構成はうまい。

 残りは4話。一体どんな風にこの話をまとめてくれるのだろうか。
 こんな状況になってしまっては「戦争に勝って終わり」にはならないだろうが、個人的には「翠玉のリ・マージョンで新世界へ行って終わり」と言うのも違う気がする。
 シムーンという作品は、当初のアーエルの戦争に対するスタンスを見てもわかるとおり、「少女の大人への成長」をテーマの1つにしている。泉へ行くことで大人になると言うのは、そのテーマを最も端的に表現しているガジェットだろう。
 作品的には最終的に少女から大人になった(なろうとする)キャラクターを描く必要があるわけだけど、そうなると大人に言われるままにやっている戦争と同様、大人(宮守)の言うままで翠玉のリ・マージョンに全てを委ねるとは思えないんだよな。
 自分の意思で翠玉のリ・マージョンを実行する、と言っても、よほどうまく見せないと曖昧なものになってしまいそうだし。
 じゃあどうなるんだと聞かれると、まったくわからんのだけどね(笑)。僕としてはこの世のシムーンを全部ぶっ壊して、そこから新しい世界作りを目指す、なんて面白いと思うけど、たぶんないだろうな。世界観から離れすぎてる。

 ついでというわけではないけど、先日購入したシムーンDVD1巻を見てみた。1話も2話もかなり久々に見たので、結構新鮮に見られた。カイムがパラ様を「先輩」と呼んでたりとかね。
 しかし1話見て改めて思ったけど、やっぱり見る人に不親切な話だわ、これ(笑)。だって初見の人は絶対途中まで、能登麻美子声の人が主役だと思うもん。
 今見ると、なんかアムリアは翠玉のリ・マージョンの効力にある程度は気づいていた感じがしなくもないね。だから「今」という世界のその先を目指していたと取れなくもない。
 しかし1話での翠玉のリ・マージョンは失敗だったから、後のリモネたちのようにどこかの世界へ行ったとは必ずしも言えないんだよね。ここんとこは今もってよくわかってない部分だな。
 2話の時点でリモネはアーエルに気を許しつつあったりして、後半になるにつれてドミヌーラべったりになってしまうことを思うと、なんか懐かしい光景だった。
 月刊アフレコ通信すぺしゃる版も面白かったです。

 何度も言うが残り4話。最後の1ヶ月はますます目が離せないですねえ。
posted by 銀河満月 at 23:24| Comment(0) | TrackBack(20) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月24日

シムーン21話の感想

 おいおい、前話ラストのぬいぐるみだけを伏線にして、何の説明的演出もなくリモネとドミヌーラが再登場してしまったぞ。
 そりゃ「生きているだろう」という流れではあったものの、こうまであっさり登場させるとは、ある意味物凄いサプライジングスタートだな。

 マミーナの死を境にして、コール・テンペストの面々はかなり落ち着いたようで、ようやく統制が取れるようになってきた感じ。
 少ないセリフではあったものの、パライエッタが元の補佐役的立場に戻ったような描写もあったしね。
 夜になって皆が自然と集まってしまうと言うのも、10人の仲をうまく表現していた。

 アーエルとネヴィリル、そしてユンの3人は、宮守とオナシアの護衛として再び遺跡へ向かい、そこで初めてシムーンのこと。アーエルの祖父のこと、コール・デクストラのこと、そして翠玉のリ・マージョンの本当の力について聞かされる。
 と、これを聞くと、確かに17話には後の展開に繋がる伏線が散りばめられていたことがわかる。うまいもんですなあ。翠玉のリ・マージョンの真の効果については、正直意外性がない気もするが。
 で、リモネたちがいるのは異世界、古代シムーンがあることから考えて、恐らくは遥か昔の時代なのだろう。
 宮守の語りとオーバーラップする形で、宮守の悲願を半ば叶える立場になってしまったドミヌーラの心情を語らせる展開も見事。
 これはつまりドミヌーラ達が、違う世界からやってきたシムーンに乗ってた神の申し子ってことになるのかな?
 つまり「君が作ったからここにあるんだ。ここにあるから作らねばならんのだ。その連鎖の上に我々は生きているんだ。」ということか?(←わかる奴だけわかるネタ)

 翠玉のリ・マージョン絡みのネタはある程度見えたけど、まだまだ未解決の部分も多い。妙に調子の悪そうだったオナシアや、オナシアの歩いた跡に残っていた金粉のようなもの、アーエルとネヴィリルの関係などなど。
 今回面白かったのは、翠玉のリ・マージョンの話を聞いて、ネヴィリルがアムリアのことを問いただした時に見せたアーエルの表情。
 初めてアムリアに対する嫉妬のような表情を見せたのは、ネヴィリルに対する思いが明らかに変わってきているからだろう。
 この時の表情が「嫉妬」ではなく、「焼きもち」に見えてしまうあたりが、アーエルの可愛いところなのだけど。
 メッシス食堂での「小さい手」発言に対する反発もだが、アーエルもようやく「相手に認められたい」と考えるようになったということか。今まではあくまで自分本位の考え方と行動しか取っていなかったからね。

 残すところ後5話か。リモネたちは現代に戻ってくるのだろうか。来週はまた戦闘になるようだが、久々に元気の良いアーエルを見てみたいものだ。
posted by 銀河満月 at 00:25| Comment(0) | TrackBack(18) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月15日

イデが発動しそうな勢い

 さて、シムーン19話と20話である。
 毎回毎回目の離せない展開であるのは言うまでもないものの、この2話は特に「怒涛の展開」という言葉がふさわしい内容になっており、後半2クール目における重要なターニングポイントというところか。

 まずは19話。補給基地への偵察に向かったものの、ネヴィリル・マミーナ機とフロエ・アルティ機は敵のシムーンに見つかってしまい、追い込まれていってしまう。
 その一方でサブリーダーとしての役割を完全に見失ってしまっているパライエッタの描写も盛り込まれており、そのせいで救援が結果的に遅れてしまう伏線になっているのはうまかった。
 ネヴィリル達の方も、盾になって逃がそうとするネヴィリル達に対し、一度退いて仲間を連れて戻ってくることが最良の方法だとフロエがアルティを説得する展開は、序盤でのフロエの無軌道な戦闘ぶりを思うと、成長の後を窺わせる。

 しかし結局ネヴィリル機は攻撃を受けて補給基地に不時着してしまい、ネヴィリルは傷を負ってしまう。
 そんな2人の元に、古代シムーンを操っていた嶺国の巫女が駆けつけ、銃を突きつけてくるが、そんな中でもマミーナは一歩も引かないばかりか、自分の命を懸けてでも、シヴュラ・アウレアであるネヴィリルを守ると宣言する。

 シムーンに乗るため、自分の力を誇示するために最高のシヴュラであり続けることを求めていた、登場当時のマミーナとは、隔世の感がある言葉だ。
 正直に言えば、このような思いに至るまでの彼女の心の変遷が、作中できっちり表現できていたとは個人的には思えない。仲間意識を育むシーンはメッシス編でたくさん描かれていたものの、「シヴュラ」という自分の立場について振り返るシーンは、あまりなかったからだ。
 それを踏まえて考えてみると、シヴュラ・アウレアという言葉を出してはいるものの、この時点では彼女はネヴィリルという「仲間」と守りたいがための発言だったのではないだろうか。
 しかしそんな彼女の意識は、嶺国の巫女達が自分達も同じ「巫女」として、礼を持って接してきたこと、そして彼女達が自らの命を犠牲にしてでも自分達を救おうとしていたことを悟ったために変わった。
 内心がどうであろうとも、現実的な立場を考えれば、マミーナと嶺国の巫女達は敵同士だ。それを十分に理解していながらも、巫女に対する敬意をまったく失うことなく、巫女を守るために自らの命を投げ出そうとする。そこに自分とまったく同じ覚悟をマミーナは見出し、かつその覚悟は巫女=シヴュラであるという誇りからの発露であることを悟ったのではないか。
 だからこそマミーナは、シヴュラとして、同じ「シヴュラ」を守るためにあえて残り、命を絶ったのだろう。どんな立場の巫女でも共通して持っているであろう、「アーエル」という言葉と、自らの髪の毛を遺して。
 同じ宮国の人間であるにもかかわらず、上層部がシヴュラへの敬意を失ってきているのに対し、敵国の人間(巫女だけど)が変わらぬ敬意を抱き続けているというのも、悲しい皮肉ではあった。

 斃れたマミーナを見て、ロードレアモンではなくアーエルが絶叫する。彼女の心には何が去来していたのか。

 と言うのが19話。
 続く20話では、マミーナの死という、極めて現実的な死を迎えたことによる、残されたメンバーの苦悩と復帰が描かれた。
 実際、アムリアにしろリモネにしろドミヌーラにしろ、死体すら発見できない状態で、「死亡」状態として扱っていたに過ぎないわけであり、まざまざと仲間の死を見せ付けられたのは、今回が事実上初めてということになる。

 フロエはマミーナの亡骸を見て号泣し、ユンは死ぬのが怖いなら泉に行くべきだと厳しい態度を取る。この辺、最初から死んでいった仲間の無念を背負って戦っていたユンと、戦争と言うものをあまり深刻に考えていなかったフロエとの温度差が確認できて面白い。
 アーエルはマージュプールで涙を流しながらマージュを行っていた。アーエルは仲間を失ったという悲しみ以上に、仲間を救うことができなかった自分の無力さを悔やんで泣いているようだったが、そんなアーエルの姿にネヴィリルは違和感を持つ。
 アムリアと同じような強い存在だと思っていたアーエルが号泣しているのが不思議だったのか。
 しかしアーエルはすぐに涙を拭き、自分は絶対に死なないと強く誓う。これがアーエルの持っている強さだということか。それを見たネヴィリルは、アーエルの決意に、命に代えても傷ついた自分を守ることを宣言したマミーナを思い出し、アーエルと同じことを誓いながら初めて涙を流す。
 ネヴィリルは悲しみを抑えつけているだけだったが、アーエルもマミーナも、絶望的な状況にありながらも、それでも前に進もうとした。そこにネヴィリルの持っていなかった「強さ」があったのだろう。

 パライエッタの方も、自分のことだけ考えコール全体のことを考えていなかったことを思い知らされ、打ちのめされてしまっており、カイムの声も届いていない様子。
 そんなパライエッタにアルティは、姉・カイムのためにも、凛々しくて頼れるパラ様でいて欲しいと懇願する。カイムの笑顔のためにあえて自分が身を引く決断をしたというアルティの話を聞き、ハッとするパライエッタ。共に相手を想いつつも、その感情が相手のためか、自分を満足させるためのものだったのか。これまたうまく対比されていた。

 ユンに指摘されたことが悔しかったのか、フロエは泉へ向かおうとするが、そんな中でマミーナの遺体がシミレで運ばれていってしまったことを皆は知る。
 マミーナの代わりとしてヴューラを配し、あくまでシヴュラを一兵士としてしか見ようとしない司兵院の態度に、テンペストの面々は苛立ちを隠せない。
 そんな時、ユンはロードレアモンにマミーナが遺した髪の毛を見せる。密かにやってきていたオナシアが、髪の毛に込められているマミーナの思いを感じ取ったとのこと。
 「満足して死んでいった」という言葉を聴き、そこで素直に納得せず反発するフロエがらしくていい感じだが、それ以上に「結った髪の毛」を遺して逝ったという事実が、何よりもマミーナの気持ちを表現していることを悟り、嗚咽するロードレアモン。それまで悲しみを露にしていなかっただけに、この号泣は一際悲しいものになっていた。

 「戦争をするためにここにいるのではない」というネヴィリルの号令の下、皆はマミーナのためにシムーンでリ・マージョンを描く。
 しかしその一方でシミレは古代シムーンに撃墜され、マミーナの遺体は花畑に野ざらしになってしまう。コール・テンペストの気持ちは一つになったものの、そんな希望を感じさせる展開だけで終わらせてくれないのは、さすが本作と言うところか。
 ロードレがつぶやく「アーエル」や、ラストのぬいぐるみなども意味深だ。

 正直、キャラクターの死で涙を誘う展開はあまり好きではないのだが、シムーンという作品でキャラクターの直接的な死の描写はほとんど描かれていなかったこともあり、物語上の一要素として、比較的素直に受け入れることができたと思う。
 各人の心情や雰囲気の描写も相変わらずうまく、20話序盤でのモリナスとロードレアモンの部屋の息苦しい感じは、非常に上手に表現されていた。
 後はやっぱりマミーナの遺体の描写かな。これでもかと言うくらい「死体」という感じを見せ付けられたので、各人の悲しみ描写にも説得力がつくというものだ。

 結束を新たにしたコール・テンペストの面々だが、次回からは20話で話の出た「新天地」が、新たなキーになるらしい。
 うーん、本当に因果地平の彼方に転生してしまいそうで、なかなかに怖いな。
posted by 銀河満月 at 12:06| Comment(0) | TrackBack(14) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月02日

蒲公英のリ・マージョン、披露

 いや、そんな重大なことじゃないけどさ(笑)。

 今回のシムーンは、前話ラストで不可思議な形で見つかったアングラスの葬儀から始まったけども、前話からの引きをほとんど生かすことなく、いきなり葬儀に入ってしまったのは、ちょっと構成的にどうかと思う。
 古代シムーンやそれを嶺国が使っている事だって、登場人物の説明セリフで済ませてしまっただけだし、もう少しシチュエーションとして明示的にして欲しかった。
 まあ、そこらへんの事項をすっ飛ばしていきなり本題に入ると言う思い切りの良さは、むしろ評価すべきなのかもしれないが(笑)。

 Aパートではやっと仲直り?出来たアーエルとネヴィリルの会話が描かれていたが、こちらでは「2人だけの秘密」という具体的な約束事を設定して、2人の仲の親密度を明示的にしている。このやり方はうまいと思う。
 この約束にしたって、ストーリーの流れで派生したものであり、キャラの仲直りを見せつけるために強引に用意されたものではないしね。
 一方そんな2人を見て、心中穏やかでないのがパライエッタ。挙句、シャワールームでは自分に都合のいい出来事を妄想するようにまでなってしまうし、色々な意味でやばくなってきてます、パラ様。

 上層部でもコールは完全に戦闘部隊として認識されてしまったようで、次の任務として空中補給基地の破壊を命じられたテンペストの面々。
 しかしアーエルは祖父に何か問題があったらしく、ネヴィリルとのパルを解かれてしまい、アングラスの遺体について上とやり合ってしまったユンと共に、留守番役となってしまう。
 前からチラホラと話題に上っていた「アーエルのじいちゃん」だけども、ここへ来て物語のキーパーソンとなりそうな気配を見せてきた。なんと言っても大ベテランの京田尚子氏を呼んできてるんだから、ただの回想で終わるわけではないのだろう。

 で、夜になってネヴィリルへの気持ちを抑えられなくなったパライエッタは、ついつい暴走してしまう。けどこのシーンは、暴走パラ様よりも、冷静さを取り戻したネヴィリルのほうが怖かった(笑)。何を考えて無抵抗状態になったのか、正直まったくわかんないです。
 パライエッタも結局最後までやることなく、我に返って遁走。うーん、まだ尾を引きますか、この問題。

 テンペストの面々は出撃し、さてアーエルとユンは…?ってところで今回は終わり。

 今回はマミーナとロードレアモンとの仲が改めてクローズアップされていたけども、なんか今度はマミーナに死亡フラグが立ってしまったようで、怖いですなあ。次回のサブタイ「シヴュラ」からして、なんとなくマミーナにスポットが当たりそうな気配だし。
 マミーナとロードレは、マミーナとアーエルが正規の巫女の家柄でないために、葬儀に参列できなかったことについて話していたけども、次回のサブタイも含めて、次回ではそのあたりの旧態依然とした図式との相克に突っ込んでいくのかもしれないね。
 家柄なんかで優秀なシヴュラかそうでないかを決め付ける古いやり方と、それに囚われない新しい考え方、と言う感じで。
 そう考えると、アーエルのじいちゃんが「過去に何かをした」という事実を今話で持ち出してきたのも、そのあたりに絡んでくるからとも言える。
 なんと言うか、世代間闘争みたいな感じになってくるのかねえ。

 残す所あと8話。まだまだいろんな要素が複雑に絡んでいて、これからどうなるのかは見当もつかないが、僕としてはとりあえず戦争はまだ終わらないのではないかと思う。アーエル達が見つけた新しい価値観の元で、新たなシヴュラが空を舞う、みたいな感じになってくれれば、まだ救いのある終わり方だよな。
 正直シムーンは救いのないラストを迎えそうで怖いよ…。

 あ、あと今回一番ムカついたのは、我らがシヴュラ・ユンを突き飛ばしたゲス野郎(笑)。
posted by 銀河満月 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(17) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

9ヶ月間ありがとうございました

 昨日秋葉原に行った際、「SoltyRei」の限定版DVD7巻を買ってきた。これでようやくソルティのDVDも全部揃ったと言うわけだ。

 7巻にはテレビ本編では放送されていない、特別編が収録されているのみだったが、本編ではあまりきちんと描かれることのなかった部分が、結構たくさん描かれていて、ファンにとっては良いサービスになっていたのではないかと思う。
 話の内容自体は、各キャラのドラマが結構別進行で進んでいくので、正直散漫になっている印象は否めない。特にソルティ・ロイ絡みのドラマと、カーシャのドラマが中盤以降完全に離れてしまうのは残念なところだ。
 とは言えラストにおける各人の「家族」に関する描写はハートウォーミングに仕上がっているし、何よりもラストのソルティが可愛らしくて魅力的だ。テレビ本編から長い間「SoltyRei」を見続けたファンへのご褒美、のようなものかもしれない。

 思えば去年の10月からずっとソルティを見続けてきたわけだし、ソルティを通して数年ぶりにアニメ関連のイベントにも参加してみたりした。ネットラジオと言うものにも初めて触れる機会を得た。
 そういう意味では、僕にとって「SoltyRei」と言うアニメは特別なアニメであるし、これからも大切にしていきたいアニメである。

 9ヶ月間楽しませていただき、どうもありがとうございました。
posted by 銀河満月 at 21:19| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

核心に迫る…のか?

 おいおい、何だかんだ忙しくて、シムーンの感想書くのがこんな時期になっちまったよ。コミケのサークルチェックもあまり進んでないし、早くしないとやばいっての。

 さて今回からは再び、前話の終盤でようやく復帰したアルクス・プリーマが舞台となる。
 リモネとドミヌーラは結局生死不明のままで、そのためか各人もアルクス・プリーマに戻ってきたことを素直に喜ぶことが出来ない感じ。
 そんな中でネヴィリルはようやく「逃げることは許されない」ことを、改めて悟る。
 元々はアングラスの自爆事件の際に、暫定的に悟ってはいたにもかかわらず、翠玉のリ・マージョンをきっかけにしてまた混乱してしまっていたネヴィリル。今回はその翠玉のリ・マージョンがらみの過去の事象さえも克服し、乗り越えようとする強い意志が窺えて、成長の後が見える。
 仲間が再び犠牲になることで、ようやく成長することが出来たというのも、何とも皮肉なもんではあるけど。

 で、そんなネヴィリルがパルとして求めたのはやっぱりアーエルだったようで、プールの中で自分からアーエルにキスを求めてしまっていた。
 このシーンで何が一番驚いたかって、ネヴィリルにキスされて驚いているアーエルの女っぽい顔(笑)。初めてアーエルの表情でドキリときたぞ。

 テンペストの面々がメッシスに乗っていた間、戦局はかなり厳しくなっていたようで、ヘリカル・モートリスを発掘している「遺跡」を他国から守るため、テンペストは遺跡へ向かうことになる。
 遺跡へ向かう場面での各人のやり取りもまたそれぞれの個性が出ていて面白い。パライエッタは日を追ってやばい雰囲気になっていっているようで、なかなか怖いね。前に進むことを選択したアーエルやネヴィリルから取り残されてしまうのは必定なんだけども、それが本人にはわかっていないから、尚更空回りしてしまっている感じ。

 遺跡で面々が目撃したのは、なんとデザインも異なる黒いシムーン。ネヴィリルとアーエルは遺跡の中にある「泉」を発見し、さらにそこにオナシアの存在も認める。
 アーエルは遺跡にある泉は「泉」そのものであると確信したようだが…。
 さらにユンとマミーナが見つけた古いシムーンの中には、なんと自爆死したアングラスの死体が横たわっていた。ユンもそれを見て何かを悟ったようだけども…?

 と、ここへ来てまたまた急展開になってきた。メッシス編では終盤を除いては人物関係のドラマに重点が置かれていたこともあり、ここでようやく(作品の根幹にかかわってくるであろう)泉やシムーンそのものの謎についてのファクターが立て続けに提示されてきた。
 正直僕には今回の話を見ても、何がどうなっているのかさっぱり想像つかないのだけども、シムーンを破壊したアングラスがあの場にいたということは、時間も空間も超越してあの場に存在するようになったってことなのかねえ?
 ユンの言葉を考えると、シムーンの搭乗者が命を落とした場合、あの遺跡に集まってくると思えなくもないのだけど、そうなるとシムーンに乗っていたわけではないアングラスがいるのが不自然だしなあ。

 しかし本筋の謎解きに入りつつある一方で、パライエッタのドラマの方も来週でクライマックスを迎える感じだ。何だかんだ言って「ネヴィリルを支える」という価値観に依存しきってしまっていたパライエッタが、その価値観を失った時どうなるのか、そしてそこからどうするのか、これまた来週が楽しみですねえ。

 そう言えば今月のメガミマガジンも買いました。ピンナップはユン・マミーナ・アーエルの3人だったけども、3人ともかなりサービスしすぎだ(笑)。
posted by 銀河満月 at 19:36| Comment(0) | TrackBack(10) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

2006年度夏季新番アニメ第1回感想

 ふう、やっと「ゼロの使い魔」を見終えたぞ。
 ということで今季の新番アニメについて少し感想を書いていってみようと思う。
 もちろん見たアニメだけしか書けないですが。

・「貧乏姉妹物語」
 最近はこういうハートウォーミングと言うか、所謂「癒し系」と呼ばれるようなものがイイのかねえ?まあ、深夜にのんびり見るアニメとしては最適だろうけど。
 2話まで見た感想としては、よくこんな些細なことにフィーチャーして、30分アニメを作ることが出来たなあ、ということ。別にけなしているわけではなくて、正直もっと単純にまとめられそうなものを、きちんと30分という時間の中に、無理なく配分しているその構成の巧みさに驚いているという感じ。
 色々あっても毎日をそれなりに楽しく過ごしているきょう・あす姉妹を見ているだけで、こちらも穏やかな気分になれる。そういう意味では良いアニメだ。
 ただま、この作品の真の見所は絶えずベタベタしている姉妹の仲ということらしいので、そっち方面もくどくない程度に強調していけば、他の癒し系アニメとは一線を画すことが出来ると思う。
 視聴は継続。

・「出ましたっ!パワパフガールズZ」
 なんか「練馬大根」に似てるなあ、とか思っていたら、脚本が浦沢御大だった(笑)。
 本家パワパフの雰囲気を残しつつ、日本ならではの変身ヒロインものにうまくアレンジしていると、今の所は思う。
 逆を言えば、本家パワパフの雰囲気についていけなかった人にとっては、このアニメを見ることもきついだろう。

・「おとぎ銃士 赤ずきん」
 別にセイザーXの後番だからって訳ではないけども、なんか素直に楽しめてしまうなあ。
 話としては非常によくあるパターンではあるので、今後どう展開していくかが鍵になるのは確かだろう。
 とりあえず戦闘中でもマスコットキャラチックな足音を立てている赤ずきんが良い感じ(笑)。
 そう言えばこのアニメの主役コンビって、赤井ほむらと伊集院メイなんだなあ。そうか、2の発売からもう6年も経つのか…。

・「つよきす Cool×Sweet」
 1話しかまだ見ていないけども、正直見続けるかは微妙。この種のアニメがヒロイン側の視点から描かれるのは珍しいけども、1話での唐突にインサートされてくるヒロインのイメージなんかもあったりして、何をやりたいのかが今ひとつよくわからない感じだ。

・「ゼロの使い魔」
 異世界に召喚される少年。しかもその際に謎の力を宿し…。

 って、サモンナイト1まんまだな!

 1話や2話のまま、異世界での主従関係を軸にしたラブコメチックな話のままで進むなら、そこそこ面白い話になるとは思うけど、どうせ段々変にシリアスな話になってくるんだろうなあ。
 この種の話はそうなってくると面白い話とつまらん話とで極端に差が出るからなあ。気をつけて欲しいものです。
 しかし釘宮理恵は「赤ずきん」でも微妙に声質の違うツンデレキャラを演じてたりして、うまいもんですねえ。

・「コヨーテ ラグタイムショー」
 久々に熱いおっさんを見られそうな予感(笑)。このアニメに限っては萌えを狙ったような女キャラはいらんだろう。全編暑苦しいおっさんだけでいいような感じさえする。
 だって1話の終盤にちょっと出てきただけなのに、完全に他のキャラを食ってしまったからねえ、ミスターは。
 今季の新番アニメの中では比較的楽しみな方。

・「内閣権力犯罪強制取締官 財前丈太郎」
 一応1話だけ見たから感想書くけど、何と言うか演出が奇をてらいすぎ。何でもかんでもやればいいってもんじゃないだろう。
 原哲夫キャラの面影がほとんどない作画もなんか微妙だし、ニンジャレッドの声だけで見るには少し、と言うかだいぶきつい内容だ。

・「ちょこッとSister」
 これもまた斉藤桃子目当てで見ただけ(笑)。去年のソルティから考えて、丸1年主役を演じ続けてきたわけか。何気に注目されているのか?
 これも1話を見る限りは、「妹に恋をする」というようなアホっぽい内容ではなく、兄妹愛を描くハートフルな話になりそうな感じだ。
 何も知らない無垢な存在のちょこが少しソルティともかぶるし、もう少し見続けてみようかな。

 と言う感じか。春に比べると随分少なくなったもんだなあ。
 ちなみに「N・H・Kにようこそ!」や「無敵看板娘」は、原作が嫌いなんで見ないし、「僕等がいた」は監督が嫌いなんで見ない。
 「となグラ!」は1話の半分ほど見てウンザリして見るのをやめてしまった。ああいうスケベな男主役キャラってのは、もっと愛されるヘタレにならないとなあ。大したことは何一つやっていないのに、なぜか周りからチヤホヤされるというハーレムマンガの要素まで盛り込んでるから、何ともつまらない。やはりああいうタイプはどこまでも虐められまくる三枚目でなければな。
 そういう意味では諸星あたるや横島忠夫は素晴らしかった。
posted by 銀河満月 at 23:22| Comment(0) | TrackBack(2) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

翠玉の軌跡、輝く時

 今週は週初めからだいぶ忙しくなってしまったため、シムーン感想もこんな時期に書く羽目になってしまった。
 夏の新番アニメもまだ全部見てないし、早く「ゼロの使い魔」見ないとなあ。

 と言うわけで今話のシムーン。
 今回は前話からの続きと言うことで、コール・テンペストのほとんどのメンバーがいないままで進行して行くわけだけど、今回はドミヌーラとリモネにスポットが当たる展開だった。
 序盤ではドミヌーラに対してほとんど口も利かない態度であったリモネが、ドミヌーラと共に翠玉のリ・マージョンを実行するまでの関係になったのは、感慨深いと言えなくもないのだけど、正直こういう関係に至るまでの関係は、それほど掘り下げて描かれてはいなかったような気もするから、そういう意味ではちょっと物足りなかった。
 これはスタッフの力量不足というよりは、大勢のレギュラーキャラクターを捌かなければならない都合上、仕方のない所だろう。むしろシムーンは少ない時間であれだけの人数をよく描写しているとは思うけど、やっぱり時間が足りないよな。

 その分今回はアーエルやパライエッタが割を食ってしまった感じ。特にパライエッタは、シチュエーションも相俟ってただの自己中な女になってしまっているのが、何とも哀しい(笑)。
 アーエルもかなり辛辣にパライエッタを批判してたけど、よく考えるとアーエルの立ち位置って基本的に変わらなくて、誰に対してもマイペースというか、特別扱いしないと言うか、相手の気持ちを考えてこちらの行為を抑制するといったことがないんだよね。前回の話なんかでようやくネヴィリルにだけ少し気を遣うようになった程度で。
 そこはアーエルの良さであるし悪さにもなるわけだけど、今後はこういった事に関しても、細かく描写されるようになるのかな。

 そう言えば今回はいつになく止め絵が多かったなあ。まさかスケジュールが切迫しているとも思えないから、単なる演出なのだろうけど。

 で、終盤で遂に発動した翠玉のリ・マージョンだけども、今回は敵を一切倒すことなく、ドミヌーラとリモネだけが消えてしまった。
 なかなか謎めいた展開だけども、このあたりには話の中できちんと突っ込んでくれるのだろうか。
 と言うかシムーンには未だにハッキリしていない要素が多いので、残り10話位で全てが明らかになるのかどうか、ちょっと不安なところではあるね。
 ラストでおいしいところを持っていったアヌビトゥフはカッコよすぎ(笑)。

 現状10人になってしまったコール・テンペスト。さて次回以降はどうなるのかねえ?
posted by 銀河満月 at 23:52| Comment(0) | TrackBack(16) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月12日

三歩進んで二歩下がる

 さて今回のシムーン。前回からの引きがかなり鮮烈だっただけに、今回は一体どんな展開になるのか、興味津々である。

 前話ラストで心神喪失状態になってしまったドミヌーラに加え、アーエルとネヴィリルが仲違いしてしまっているため、まったく統制が取れないという窮状の中、次々に現れる敵を前にさらに心を乱していってしまう面々…。と言うのが、今回の大筋。
 前話よりもさらに余裕がなくなってきたためか、残りのメンバーも平静を保つことが難しくなりつつあるようで、前話でワポーリフといい雰囲気になっていたモリナスも、早々に絶縁?宣言(これはワポーリフの態度にも問題があるけど)。
 パライエッタはみんなを何とか取りまとめようとするも、ネヴィリルのことも気になるためか、今ひとつ指揮にも精彩がないため、物の見事に空回り状態。
 アーエルは今話にしてようやく、自分の行動や言動を省みるようになってきたものの、逆にネヴィリルに拒絶されてしまい、そんな様子を見ていたフロエはネヴィリルに嫌味までいう始末。
 マイペースだったかつての雰囲気も消え、徐々に湧き上がってくる焦燥感に追い詰められつつある各人の見せ方は上手かった。
 冒頭で使命に殉じる決意を見せつつ、仲間への思いやりを見せるユン、アーエルのことが気になってしょうがないフロエと、それを思い思いの口調でからかうマミーナ達、みんながいなくなったつまらなさ(寂しさ?)をごまかすためか、いきなりかくれんぼを始めようとするモリナスなど、相変わらず短い時間でキャラの個性もよく描いている。

 ネヴィリルはアーエルやかつてのパルであったアムリアについて、自分をシムーンに乗るための道具としてしか見ていないと吐露していたけども、これってネヴィリルは承知の上で、アーエルとパルを組んだわけじゃなかったのかね。
 今更そういう愚痴を言われ、さらに「パライエッタと組んでいれば…」みたいなことを言われてしまっても、パライエッタも困ってしまうよなあ(笑)。
 ただ前話でのシムーン球の反応を見るに、ネヴィリルも心の奥底ではシムーンを飛ばす、最高のリ・マージョンを作るためのパルを求めている節はあるので、ただネヴィリルの身を案じているだけのパライエッタでは、ネヴィリルにとってベストのパルにはなりえないだろうし、本人もそう考えたから6話でアーエルにパルになってもらおうとしたのだろう。
 ところがそういう考えで固まりつつあったネヴィリルやパライエッタを、アーエルが前話でまた思いっきり揺さぶってしまったから、混乱しきっているのだろうね。アーエルがそういう奴だということはわかっているだろうに。
 上にも書いたけど、アーエルは自分の行動を省み始めたということは、ようやく他人の心の機敏に気づき始めたということである。
 アーエルは他人の心を気にしだし、ネヴィリルは他人と自分の心について悩み、パライエッタは他人(ネヴィリル)の心のことしか考えていない。
 悩んでいる理由が微妙に似通ってて、かつ微妙に異なっているのが面白い。さらに言えばアーエルとネヴィリルは、今まで自分が抱いたことのない価値観に踏み込もうとしているのに、パライエッタは今までの自分の価値観に凝り固まっているというのも、なんか対照的だ。

 で、一方のドミヌーラはリモネの声援(笑)を受けて、どうにか復帰。シヴュラの品性などほっぽり捨てて、「カリオストロの城」で3日ぶりに目覚めたルパンの如く、飯をガツガツ食いまくります。
 いよいよ2人で翠玉のリ・マージョンを行うことを決意するが、「もうすぐ死ぬ」とまで言っていたドミヌーラと、一番難しいリ・マージョンを行おうとするリモネは、何と言うか凄い不思議。もしかしたら今話で一番、何を考えているかわからないキャラかも。
 このあたりは来週で詳しく描かれるのかな。

 来週はいよいよ翠玉のリ・マージョンが発動するようだけども、さて本当にコール・テンペスト内で犠牲者が出てしまうのかどうなのか。と言うか今の展開を見るに、誰が死んでも全然おかしくない状況なのが嫌だ。
 死亡フラグが立っているのはドミヌーラだけども、さてどうなることやら。
 まさかドミヌーラが死んで、ヴューラが新たに仲間入り、なんてことにはならないだろうな?
posted by 銀河満月 at 00:18| Comment(0) | TrackBack(17) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月08日

「こいつすっかりスケベになってしまったなあ」

 だいぶ遅れてしまったけども、この記事

 なんと言うか…。別にこういうアプローチもあっていいとは思うんですよ。一般的に一番人気があったとされる作品が第3期で、その人気の一翼を担っていたのが鬼太郎と夢子の関係であったことは確かだしね。原作マンガはともかくとして。
 でもねえ。いいとは思うんだけど、どうしても「なんで今?」という疑念を拭いきれない。

 今回はテレビシリーズの一編などではなく、一発勝負の映画なのだ。1回限りの映画の中で、「ゲゲゲの鬼太郎」という作品世界においては異端とも言うべき恋愛要素を、作品内で重要な位置として盛り込むと言うのは、鬼太郎という作品を映画化する、その方法論として正しいやり方だとは思えない。
 まあもちろんそういう要素を盛り込まなければ、ウエンツ目当てで見に来るような女性連中を取り込めないという、現実的な理由もあるのだろうけども、だったらウエンツ主演の別作品を作ればいいだけの話ではないのか。
 なぜよりによって「鬼太郎」という恋愛要素が皆無の作品に、わざわざ恋愛要素を盛り込むのだろうか。
 見る前から早くも不安になってきてしまったなあ。井上真央は嫌いじゃないけどさ。

 あ、「週刊実話」時代の鬼太郎を忠実に映画化するのであれば、まったく問題ないよ(笑)。
posted by 銀河満月 at 12:07| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月07日

2006年度春季終了アニメ感想

 しかし、あのアニメは何の冗談なんだ?まさか2006年にもなってこんなアニメを見ることになろうとは、正直夢にも思わなかったよ。
 今年はこういうアニメが必ずどこかに紛れ込んでくるのだろうか?

 それはさておいて、先月あたりに最終回を迎えたアニメについて、感想を列挙して言ってみようと思う。
 もちろん僕がずっと視聴継続していた作品に限る。

・「錬金3級 まじかる?ぽか〜ん」
 別格である「シムーン」を除けば、今季一番のお気に入りだったこの作品。
 最終回はどんなものになるのかと注目して見てみたが、最終回だけあってか、ちょっといい話で締めくくられていた。あくまで4人のペースで事に当たっていくという基本スタンスや、序盤の展開からラストの展開までの豪快な飛躍っぷりも失われることなく、正に「まじぽか」らしい最終回を迎えたと言えるだろう。
 基本的にはギャグアニメなのだろうけども、激しいリアクションやマシンガントークでグイグイ引っ張っていく類のギャグではなく、それこそ「ぽか〜ん」と見て笑う、そんなアニメだった。今と言う時代においては、結構貴重なタイプのギャグアニメだったと思う。
 もちろん主役の4人+ケイミィもそれぞれに魅力的だったし、エキストラキャラも何気に強烈な個性を持っていたりした。このあたりはギャグ作品ならではの味だろう。
 出来れば2クールくらい続いて欲しかった。キャラと別れるのを久々に寂しく感じてしまったアニメである(ソルティや舞-乙HiMEでもこんな感じは覚えなかったんだよなあ)。

・「涼宮ハルヒの憂鬱」
 普通に面白かった。
 よくよく考えてみると、この作品の基本的な構図ってのは、「天衣無縫なわがまま娘と、それに振り回される周囲の皆さん」という、現代ではいささか化石化しているような古臭い代物なのだけども、味付けをうまくやれば十分新しい世代に通用すると言うことを証明した好例だと思う。
 当初は懸念材料と思っていたキョンの解説も、あまり嫌悪を覚えることなく耳になじんだが、これはキョンを演じた杉田智和氏の力量に拠るところが大きいだろう。
 杉田氏に限らず、この作品は声優に恵まれた作品でもあった。作画クオリティの高さに今更触れる必要はないだろうけども、それぞれのキャラを魅力的に見せた声優陣の熱演も、忘れてはいけないね。
 ただテレビ放映順番については、少し首を捻ってしまう。「憂鬱」をラストに持ってくるのは、さすがにちょっと完結感が低いような気がするのだが。
 個人的には「サムデイ・イン・ザ・レイン」で締めて欲しかったかな。

・「女子高生 GIRL'S-HIGH」
 これも楽しかったなあ。
 これは本当に何も考えずに見て、ゲラゲラ笑うだけの話。だけども何度も見たくなってしまう、不思議な魅力を持っていた。
 OPアバンのお遊びも楽しかったし、本来ならキャラをしっかり合致させたこれから…というところだっただけに、1クールでの終了が惜しまれる。
 もう一度絵里子たちの活躍を見たいと言う気持ちはあるのだけど、こういう作品って、インターバルが空くと途端につまらなくなってしまうからなあ。
 そういう意味ではきっちりここで終わらせておいた方がいいのかもしれない。

・「吉永さん家のガーゴイル」
 つまらなかったわけではないのだけど、各話ごとの展開を引っ張っていくのが、大抵ゲストキャラや新キャラばかりになってしまって、肝心のレギュラー陣がそれほど目立たなくなってしまった(特に双葉と和美)のは、何とも残念。
 これも2クールくらいやっていれば、レギュラー陣の個性を十分に発揮できる場が提供できていたかもしれない。

・「Soul Link」
 ハルヒが「使い古された設定を巧くアレンジした」作品なら、こちらは「使い古された設定を単にそのまま流用した」だけの作品。
 個々の要素は魅力的で、それらをうまく使えば物凄く面白い作品になりそうなのに、よくもここまで駄作に仕上げたものだと言わざるを得ない。
 脱出不可能な宇宙ステーションをテロリストが占拠している。こんな危機的状況にもかかわらず、今ひとつ緊張感の感じられない主人公連。ブレアード兄貴がメインだった序盤はともかく、中盤以降は誰一人リーダーシップをとることが出来ない、烏合の衆と化してしまっていた。極限状況の割りには痴話ゲンカを繰り広げたりシャワー浴びたりして、どうにも悲壮感が感じられない。
 さらには対テロリストという構図から、あっという間に「新物質を開発した狂気の科学者」との対決へと構図が変わってしまった。テロリストと言うリアリティ溢れる存在ではなく、マッドサイエンティストと言う、安っぽいマンガのラスボスみたいな人物を敵役にしてしまうあたり、物語的な深みを追及しきれない、エロゲー原作アニメの限界が見えてしまったように思う。
 その科学者もまた類型的極まりなく、正直「何が面白くてこのアニメを作ってんだろ?」と思わざるを得ない。それほどに中身のないアニメだった。
 見所は本当に若本御大とブレアード兄貴だけだったね。

・「RAY THE ANIMATION」
 ハルヒが「使い古された設定を巧くアレンジした」作品なら、こちらは(略
 中盤から話が完全にグダグダになり、医療に絡む話なのか、謎の組織と戦う話なのか、何を見せたいのかがまったくわからなくなってしまった。
 キャラクターは個性的ではあったものの、キャラの個性のみに依存するとこんなシッチャカメッチャカな作品になるよ、といういい例だろう。

・「Fate/stay night」
 これ、一応最後まで見てはみたんだけど、正直どこが面白いのかさっぱりわかりませんでした。
 本当に何から何までどこかで見た設定ばかりで、そこに「僕が考えた超人」チックなキャラ能力を無造作にぶち込んだ感じ、と言おうか。「最強」とか「無敵能力」とかが出てくるあたりなんかは、正にそれ。子供の遊びレベルだよ。
 一体なぜこの作品がアニメになるほどまで受けたのか、最後まで理解できなかった。本当に中田譲治しか見所(聞き所?)がなかったぞ。

 うーん、面白かったアニメとそうでないアニメとで、明暗がくっきり分かれてしまいましたなあ。
 春の新番で2クール目に入っているアニメも概ね好調のようだし、今季も楽しくアニメを見続けられそうではあるね。
posted by 銀河満月 at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月04日

アニメとマンガのシムーン

 しかし前話のラストからずっと飛びっぱなしだったのかね、アーエルとネヴィリルは。
 タケコプターつけられて飛びまわされ、ラストのコマでも無視されていた「ペロ!生きかえって」のようだ(笑)。

 わかる人にしかわからんネタはさておき、今回の話はアーエルとネヴィリルが実質不在の状況だったので、2人の関係については一時保留と言う感じになってしまった。
 今話はワポーリフとモリナスの物語が中心として描かれ、それに絡む形でドミヌーラの素性も明かされたわけだけど、そのせいかどうかわからないが、今までの話に比べると明らかに他のレギュラー陣の描写が減ってしまった。
 出番があまりに少なすぎて、さすがに各々の個性を書き分けることが出来ていなかったのは、個人的に残念なところである。

 シムーンがただの機械であることを知りつつ、シムーンを「象徴」として祭り上げることの重要さを理解しているワポーリフが、どのような流れでシムーンの解体という行為にまで走るかが今話の最大の見所ではあるんだけど、正直わかりづらかったように思う。
 と言うか、あえてわかりづらく描写していたのかな。操縦席から消えてしまったアムリアのことや、モリナスに対する想い、強力な平気が次々に出てくる現実の要素なんかを色々織り交ぜて、何が直接的な動機になったのかをぼかしたのかもしれない。
 そういう意味では、今話は一種のストレス劇として成り立っていたと思う。
 「シムーンを解体する」決意を明示的にするために、同じく「冒さざるもの」であるシヴュラの唇を奪う行為を見せ付けるのは、巧い演出だったし、序盤のフロエとの約束を伏線とする展開も、相変わらず上手だった。

 ドミヌーラも今話では前身と現在の立場が明確になっていたけども、そっちはあまり重要ではなく、むしろラスト、解体されたシムーンに何かを見てしまったことのほうが重大なんだろう。と言っても何なのかは見当もつかないけど。
 もし本当に何かがあって、ワポーリフはそれに気づけなかったと言うことは、シヴュラにしか見ることのできないものであり、やっぱり単なる機械とはちょっと違うと言うことになるのか、とか考えることもできるけどね。
 どうでもいいけどワウフ艦長とのやり取りはなんかいいね。と言うか艦長意外に目立ってますな。さすがキャラデザイナーことASさんのお気に入り(笑)。
 出っ張ってきた腹を気にするシーンは、同性として身につまされます…。

 メイン以外のところでは、パライエッタがかなり変な感じになってきつつあるね。ネヴィリルを心配しているのは相変わらずだけど、もしもの際にカイムではなくユンにパルになるよう頼んだりして、カイムとアルティの一件を未だ気にしているように見える。
 まあパラ様も苦労人だからなあ。

 あと今話で一番楽しかったのは魚取りのシーンではなく、Aパートのアイキャッチ。一体どこのブログが元ネタになってるんだろう(笑)。

 で、話は変わるけども最新号のメガミマガジンも、この間買ってきた。
 ピンナップは相変わらずエロエロだったけども、そんな中でも強引にフレーム内に割り込んできているアーエルが、相変わらずの個性を発揮していて楽しい。貴方はどこの腕白小僧ですかってな感じで。ホントに男らしいなあ、アーエルは。
 でもって、今月号から始まったシムーンのマンガは…、いや、普通に楽しめたんだけど、なんか、ねえ。いいのかね、あれで?アーエルがただのバカ(笑)になってしまっているような。
 そう言えば「百合姫」とか言う雑誌でもマンガ版は連載しているようだけども、こちらはまったくチェックしていないんだよな。
 何度も言うけど基本的に「百合萌え」と言うものがまったく理解できないので、そういう雑誌を読もうという気にはならないのだ。まあそれ以前にそういう雑誌が近所で売っていないということもあるけど。ここは田舎だからなあ。

 さて来週のシムーンはかなり危機的状況に追い込まれるっぽいんで、今からどうなるかワクワクものです。
posted by 銀河満月 at 22:02| Comment(0) | TrackBack(14) | マンガ・アニメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。