2008年03月09日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)48話「戦う!ゲゲゲハウス」感想

 さて、今月発売のアニメ雑誌を見る限り、5期鬼太郎は2年目も普通に放送されるようで何よりでした。
 いや、冬に映画を公開するんだからこんな時期に終わらせるはずはないということはわかるんだけども、それでも確たる証拠が欲しかったんですよ、ファンとしてはね。
 僕としては「ブルードラゴン」が放送延長することの方が驚きだ(笑)。
 僕は好きで毎週きちんと見ているけども、そんな一般的にも人気があったとは知らなかったぜ。

 さて今回の話なんだが…、さすがにあまり感想を書く気にはなれない気分。
 いや、つまらなかったと言うわけではないんだけども、逆にそれほど面白いとも思えなかったんだよね。
 「家が勝手に動き出す」というシチュエーションの都合上、まるで藤子Fマンガを読んでいるかのような、シュールなセリフがぽんぽん飛び出してきたところは非常に楽しかったのだけども、なんか手放しに絶賛できない感じ。
 うーん、何なんだろうなあ、この奇妙な感覚は。

 ただ多少強引ではあったものの、人間の少年達を話に絡ませたのは良かったと思っている。
 最近はまたまた鬼太郎の周囲だけで完結してしまう話が多かったから、やはりたまには人間のゲストキャラとも絡んで欲しいね。

 あ、ゲストとして4期ねずみ男役の千葉繁さんが登場していたのは、もちろん嬉しかったですよ。
 基本的に「ゲゲ」としかセリフのないゲゲゲハウスなのに、きちんとセリフごとに別個の感情がこめられているあたりは、さすがの職人芸でした。

 で、来週は「あの世の七人ミサキ」。原作にはない、完全なアニメオリジナルのエピソードだが、次回では呼子がメインになるらしい。
 正直どういう風に絡んで活躍するのかが全く見当つかないだけに、楽しみではある。
posted by 銀河満月 at 18:41| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(5期)47話「妖怪大裁判」感想

 さて、前回からの続き。
 鬼太郎は飛騨にある天狗の里で地獄の罰を受ける真っ最中だったが、そこへ今度は別の罪をかぶせられてしまい、裁判に欠けられることになる…。
 って、前回からの引きがほとんど関係ないじゃないか(笑)。

 今回の話は言うまでもなく、原作「妖怪大裁判」が元ネタなんだけども、この5期では話の内容はかなり変わっており、鬼太郎が裁判から逃亡することもなく、鬼太郎が自力で無実を証明するのではなく、他者の協力によって証明すると言う内容に変わっていた。
 これには恐らく賛否両論あると思うが、個人的にはちょっと前のウェンツ版鬼太郎で同様のモチーフを使ってしまっているから、同じ展開になってしまうのを避けたのかもしれないと思っている。

 だが今話ではやはりねずみ男の扱いが納得行かないんだよな。
 終盤の展開を原作とはガラリと変えて、ねずみ男が実は最初から鬼太郎の側に立っていた、という趣向自体は別にいいと思うんだけど、そこに至るまでの経緯が全く描かれていないと言うのは、さすがにちょっと物足りない。
 ももんじいに現金を積まれ、それを受け取っているわけだから、それを拒否してまで鬼太郎に肩入れすると言うのは、「ねずみ男」というキャラクターの個性を考えると、ちょっとあり得ないのではないか。
 5期のねずみ男も原作からはかなり個性が変容しているが、それでも「金さえ貰えれば鬼太郎さえも平気で裏切る」という部分は、さほど変わっていなかったはず。
 だからこそこの展開は少し強引過ぎるのではないかと思えてしまうわけだ。
 裏で何かの打算が働いていたとか、そういう流れにした方がねずみ男らしかったと思うのだけど。

 だが不満要素はそのくらいかな。
 今話はなんと言っても、過去に登場した妖怪たちが色々登場するのが面白かった。
 ももんじい役の西村知道氏は、4期では妖怪弁護士の肩書きを持つぬらりひょん役として、「妖怪大裁判」に出演していたが、今回はほぼ同様の役回りを担っていたももんじい役として登場していたのが面白い。
 それだけではなく「鬼太郎にやられた妖怪たちの魂」として、枕返し、おどろおどろ、百々女鬼、がしゃどくろがセリフつきで登場、さらに全員オリジナル声優を再登用するというこだわりっぷり。
 さらには最後の最後で、「鬼太郎は自分の手で殺したいから」とぬらりひょんが助太刀したり、まるでこの一年の総集編のような作りになっていた。
 黒鴉も典型的な二枚目っぷりを発揮していい感じ。

 次回は…、なんだかよくわかりません(笑)。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)46話「ヘビ女ゴーゴンの晩餐会」感想

 書くのを忘れていたけども、5期鬼太郎もようやく映画になるらしいですね。と言っても公開は12月らしいけど(笑)。
 その時期に公開と言うことは、東映としては冬休みシーズンあたりの子供向け映画としては主力クラスとして扱うということなんだろうか。
 せっかくだからピンで90分くらいの長編作品にして欲しいもんだね。

 さて46話の鬼太郎は、前話とは雰囲気をがらりと変えて、久々に西洋妖怪とのガチバトルが描かれた話となった。
 西洋妖怪の新顔であるゴーゴンの登場に合わせて、ドラキュラ三世、狼男ワイルド、魔女ザンビアのニュージェネレーション組、さらにはバックベアードも久々に登場し、嫌でも盛り上がってくる。
 ゴーゴンというキャラクター自体は結構有名ではあるものの、鬼太郎の原作では「おばけ旅行」と「国盗り物語」の2回くらいしか登場していないので、今回の話そのものも完全なオリジナルになっていた。

 これまた久々に語られることになった「地獄の鍵」を巡っての戦いとなるわけだけども、今回はアクションと会話シーンとの緩急のつけ方が非常にうまかったと思う。
 晩餐会で空気を読まずに食べまくる子泣き爺と、それを外から見てうらやましがる一反木綿と言ったコメディシーンを描きながらも、その後のゴーゴンと鬼太郎たちとの会話で徐々に雰囲気を盛り上げていき、そして戦闘シーンでは「ゴーゴンの魔力は鏡で跳ね返せる」という、今となっては一般常識となった感のある設定を逆手に取ったギミックを用いて捻りのある展開を見せると言う、単純なバトルものとして非常にうまい仕掛けが施されていた。
 その仕掛けの最たるものは、やはり子泣き爺の存在だろう。石に慣れる妖怪だからこそ、ゴーゴンの魔力にやられる寸前に、あらかじめ石になっていたと言う知恵者振りを発揮し、32・33話で見られた、対西洋妖怪においては無類の強さを発揮する、今期ならではの子泣き爺の活躍を再び見ることが出来た。
 良く見返してみると、全員が石にされてしまったシーンで、子泣きだけが石になった表面の色が異なっており、ビジュアル面で伏線を張っていたと言う見せ方は実に見事。
 戦いがひと段落した後の砂かけとののんきなやり取りも含め、「普段は昼行灯だけど、いざと言う時は誰よりも頼りになる存在」としてのポジションを、今話できちんと確立させられたと言えるだろう。

 また、子泣きが鬼太郎を「善にも悪にも偏らない透明な心の持ち主」と評していたのも、個人的には納得できる。
 個人的に常々思っていることなのだが、鬼太郎はねずみ男とは別のベクトルで自由な存在なのだ。あくまで自分の観念や信念に従って行動し、社会通念的な善悪の概念に振り回されることはない。
 それはある意味非常にうらやましい生き方とも言える。鬼太郎もねずみ男も、真の意味で「自由人」なのだ。
 だからこそ原作でもアニメでも、2人が気の置けない友人として長年付き合っていくことが出来るのではないだろうか。

 で、終盤の元気玉?vs獄炎乱舞は、さすがにちょっとやりすぎではないかとも思ってしまったが、よく考えると今回の絵コンテ担当って、3期鬼太郎で数々のダイナミックなアクションシーンを生み出した入好さとる氏だったんだよね。
 それじゃこの展開も無理ないかもしれないな。
 獄炎乱舞を発動させる際に走り出す鬼太郎の格好なんか、3期のそれに近い感じがしたし。
 ついでに言えば敵を睨みつける時の表情も3期版に近かったかも。

 地獄の許可も受けずに獄炎乱舞を発動してしまったため、地獄の罰を受ける羽目になる鬼太郎。
 と、ここから次回の「妖怪大裁判」に通じる展開になるわけだが、どんな展開になるのやら。
posted by 銀河満月 at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月19日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)45話「ネコ娘騒然!?妖怪メイド喫茶」感想

 さて今回の鬼太郎は、始まる前からいろんな所で妙に話題になっていた、メイド喫茶の話。

 見始めるまでは一体どんな無茶苦茶な話になるのかと不安だったのだけど、見始めたら本当に無茶苦茶な始まり方になっていたので、そのあまりのストレートぶりに、逆に不安が吹き飛んでしまった(笑)。
 発端自体は「妖怪ポストに手紙が来たから」という、まあよくある理由だったのだけども、その真実を確かめるために調査に行った場所が「メイド喫茶」になるだけで、こうも不可思議な展開になってしまうのが、なんとも面白いところだね。
 店内の様子とか、微妙に可愛くないメイドが混じっているあたりが妙にリアルで嫌だったり(笑)。
 いや、僕は行ったことないけどな。
 ねずみ男が常連と言うのは、普段が貧乏なねずみ男としては不思議な気もしたが、良く考えればねずみ男も金を儲けた時には積極的に遊ぶ奴だから、儲けたらそのお金を片っ端からメイドたちに貢いでいたのかもね。

 今回の敵妖怪である古椿も、「男をたぶらかす」「男に息を吹きかけて虫に変える」とかいう、本来伝承されている部分は忠実に再現しているのだから、芸が細かい。
 ちなみにこの古椿の担当声優は、3期鬼太郎でねこ娘を演じた三田ゆう子さん。
 4期でもネコ娘との共演を果たしていたが、今回で5期のネコ娘とも共演を果たしたわけだ。

 女の子とイチャイチャ(鬼太郎本人にそんな意識はないが)している鬼太郎の姿を見て、嫉妬するネコ娘の姿と言うのも、もはや定番になってきた感があるが、今回の嫉妬ぶりは今期最強とも言うべきものになっていた。
 顕著な例が、前々話で嫉妬した際に燃やしていた「嫉妬の炎」が赤い炎だったのに対し、今回はどす黒い炎になっていたところか。
 その嫉妬ぶりに妖怪横丁の他の女妖怪まで振り回されてしまうあたりが笑えた。
 しかしお歯黒べったりも地味に準レギュラー化してるんだな。

 今回のヒロインは古椿の花の1つが化身した少女、と言うかメイドさんの「つぼみ」。ロングヘアの清楚な雰囲気の少女と言う、モロに鬼太郎の好みの少女だったり。
 鬼太郎は基本的に清楚で純情そうな女の子に弱いんだよね。原作でもそうだし。「続ゲゲゲの鬼太郎」の時代は別だが。
 で、鬼太郎は古椿の元に向かうため、罠にかかった振りをして、つぼみと「デート」をすることになるのだが、この場面について言えば鬼太郎の方が彼女を騙して行動しているにもかかわらず、打算のないつぼみの行動や言動に一喜一憂していくうちに、次第に鬼太郎自身が心を許していく過程が、丁寧に描出されていた。
 元々つぼみは古椿=自分の親のためとは言え、男を騙して命を奪う行為に否定的であったため、最初から鬼太郎を罠にかけるつもりはなかったわけだが、そこに序盤で同僚のメイドから「一度も男を古椿の元に連れて行ったことがない」として叱責されるシーンを挿入し、以前から彼女がそういう優しい心の持ち主であったことを、視聴者にだけあらかじめ先に提示しており、この辺の見せ方は実に心憎い。
 鬼太郎とつぼみの交流がかなり時間をかけて(途中でコメディ演出があったものの)行われたこともあり、終盤で鬼太郎をかばって古椿の攻撃を受けてしまうつぼみのシーンには、自然と感情移入することが出来た。
 普通ああいう場合は、攻撃が当たるシーンをシルエットにしたりして、出来るだけ直接的な描写を避けたりするもの(子供向けだし)だけど、今回は血こそ出さないものの、体を貫かれて穴が開いているというところまできちんと見せており、「死」の衝撃と悲しみをストレートに描いていた。
 だからこそ直後の鬼太郎の怒りにも納得できるわけである。
 原作「国盗り物語」でのみ披露していた大技「毛バリミサイル」と、体内電気を併用しての攻撃は、シーン自体は短いながらも十分に見ごたえのある内容に仕上がっていた。

 ちなみに今回の大殊勲というか、一番目立っていたのは目玉おやじだろう。
 鬼太郎の振りをして注文したりキザなセリフを発したり、挙句にはつぼみをデートに誘う時のセリフまでしゃべったりと、まさに「自重しろ」と言う感じではあったが、色事に関しては頼りない息子を補佐するためという視点で見れば、従来どおりの親バカぶりが発揮されたと取れなくもないか。

 そう言えば今回はメイド役も中原麻衣に白石涼子、神田朱未と妙に豪華な声優陣だったな。
 白石涼子さんのブログによれば、中原麻衣さん演じるつぼみが「ラブラブ注入」する時の歌?は、セリフは台本どおりだが節は本人のアドリブらしい。
 微妙に変な歌いまわしになっているところが、ドン引きしている鬼太郎の画と相俟って、なんとも言えない奇妙な感覚を醸し出していたね(笑)。
 ちなみにその台本によると、神田朱未さんが演じたルナ(メガネっ子のメイド)は、31歳とのこと。
 と言うか何でそんな設定をつける必要があったんだろう?

 次回は幼女ゴーゴン。久々に西洋妖怪のヤングジェネレーションズも登場するっぽいが、予告を見る限りではザンビアが石にされてたから、どんな展開になるかは予想つかないな。
 来週は極炎乱舞絡みで、次々回の「妖怪大裁判」と2部構成スタイルになるようなので、そっちの方は楽しみである。
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2008年02月10日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)44話「チョイ悪!目玉おやじ」感想

 この間本屋に行った時、15年くらい前の謎本ブームがあった頃に発売された「ゲゲゲの鬼太郎の秘密」が新装版になって置かれているのを見つけた。
 恐らく5期版が放送されているから、それにかこつけて再販したのだろう。
 この本はねえ…、書いてある内容は間違っていないんだけど、どうも書き方に問題があるというか、編集が変なんだよなあ。
 中公の愛蔵版だけを参考資料にしているから、ウィキペディアを始めとしていろんな情報を瞬時に調べることの出来るネットがある現代では、情報不足であることも否めないし。
 正直な話、今という時代にそれほど需要があるとは思えない本だな。

 さて今週の鬼太郎である。
 予告の時点で原作「髪の毛大戦」が下敷きになっているとは予想ついたのだけど、まさかあそこまでアレンジするとは思っていなかった。
 今話は今話で面白い話だったんだけども、さすがに髪様までも消費してしまう必要はなかったんじゃないかなあ。
 髪の毛が1つの島を占領するという展開は非常に見ごたえのある展開だから、これはこれでアニメ化して欲しいところである。

 でも上に書いたとおり、今話は今話で非常に面白かった。
 今話はやはり毛目玉を演じた田中真弓さんの魅力に尽きるだろう。
 と言うか田中さんが鬼太郎に本格的に参加するのって、5期が初めてだったっけかなあ?
 既にぬりかべ女房という準レギュラーキャラを持っているものの、今話の毛目玉は田中さん十八番の「口の減らない悪ガキ」風になっていて、それだけでも非常に楽しむことが出来た。
 冒頭での「てやんでえ、バーロー、ちきしょう!」という名ゼリフ?から始まり、目玉親父の物まねや横丁での暴れっぷりなど、随所に「田中真弓キャラ」としての魅力がちりばめられており、それだけで非常に満足できる内容だったと思う。
 もちろん毛目玉自身のキャラクターも非常に面白いものに仕上がっており、目玉親父に成りすますという行為自体は良いとしても、そのために自分の毛を剃ったり、ラストで目玉親父と意気投合して鬼太郎をからかったりし、それでいて鬼太郎に正体がばれたシーンや髪様との悪巧みシーンでは憎々しい態度を取ったりと、1ゲストキャラにしてはキャラが作りこまれていた。
 原作「妖怪危機一髪」では親父と毛目玉が一緒に行動するシーンもあったし、5期アニメでも今後時々でいいから登場して、親父とのコンビを見せて欲しいものだね。
 反面、サブタイで言われていた「チョイ悪」の部分は、物語中でそれほど具体的に描かれるシーンはなかったけども、この「チョイ悪」というキーワードのおかげで、目玉親父と毛目玉が入れ替わっていることに気づくのが遅れるという、ミスリード的な役割を果たしていたという点で、立派に話の中で機能していたと言えるだろう。

 で、今気づいたのだけど、この鬼太郎と毛目玉って、「忍たま乱太郎」のコンビなんだなあ(笑)。
 相変わらず5期鬼太郎はゲスト声優が豪華で嬉しい。
 メインのレギュラー陣も、池澤春菜さんのブログによれば、新年会を開いて交流を深めたようだし、5期に限らず、声優陣の仲の良さも鬼太郎という作品を支える重要な要素の1つなんだろうね。
 さらに言えばスタッフもかなり乗ってきている感じだな。
 EDのキャストロール、「田の中真弓」となっていたのにバカ受けした(笑)。
 こういうお遊びが、パロディとかギャグを基調としていない「鬼太郎」という作品で出来てしまうあたりが、作品自体が乗ってきているいい証左と言えるかもしれない。

 次回は「ネコ娘騒然!?妖怪メイド喫茶」。
 …こっちが騒然だ。

 いや、当方としましてはメイドさんは大好物ですから、ドンと来いや!の精神で来週を待つことにしますがね。
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2008年02月08日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)43話「妖怪ミステリー列車!」感想

 さて今話の鬼太郎は原作「まぼろしの汽車」のアニメ化…というか、あそこまで言ったらもはや翻案だな(笑)。

 いや、個人的には楽しめましたよ。個人的にああいう「動いている限定空間での攻防」というシチュエーションは大好きなもので。
 単なるクローズド・サークルよりも場面に動きが生じやすいので、見ていて楽しいのです。
 モンローの色香に惑わされて罠に落ちてしまう鬼太郎も、非常に鬼太郎らしくて良い(笑)。鬼太郎は貸本版の頃から美女・美少女に弱いですからなあ。
 そう言えばモンロー役は川浪葉子さんだったけども、この方は3期では夢子のお母さん、4期では吹消し婆を演じていた方なんだけども、一番後の年代である5期において、一番(見た目的に)若く見えるキャラクターを演じるとは、いやはや声優さんというものはすごいもんですなあ。

 最初にも書いたとおり、原作とはほとんどかけ離れた内容になってしまっていたのだけども、生気を吸い取られて鬼太郎が操られてしまったりと、要所要所では原作の良い部分を盛り込んでいた。
 ピーが劇中で特に活躍しないのも原作どおりなのは、良いのか悪いのかわかんないけど(笑)。
 今回は前話での鬱憤を晴らすが如く、ネコ娘がかなり活躍していましたね。
 左耳につけていた鈴のイヤリングも可愛らしく、中盤では動くたびにチリンチリン鳴っていたのも好印象だったのだけど、さすがにクライマックスの戦闘シーンでは音をつけるわけには行かなかったようで、それがちょっと残念だったり。
 モンローは僕好みのおっぱいさんになっていて、非常に良かったですなあ(←アホ)。
 そう言えば関東では鬼太郎の次に始まる「ワンピース」も、今回はおっぱい三昧だったようで。
 何やってんだよ、東映(笑)。
 すっかり仲の良いバカップル状態になっているろく子さんと鷲尾も受けた。

 ちなみに冒頭では結構いろんな電車が登場するのだけど、公式ブログによると作画陣に鉄道マニアがいたようで、かなり気合を入れた作画になっているとのこと。
 と言われても僕は鉄オタではないので、どの電車がどんな風にすごいのか、まったくわからないのですが。
 しかし歴史が古いだけあって鉄オタってのはいろんなところにいるんですねえ。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)42話「オベベ沼の妖怪 かわうそ」感想

 鬼太郎の二年目はどうなってるんだろうねえ?
 いや、たぶんやるだろうとは思うんだけどさ。…って、毎回同じことを書いているような気がするぞ。

 で、42話の鬼太郎。
 結論から言えばかなり面白かった。前々回のようなカオス回が描かれる一方で、こういう手堅い良作もきちんと制作されるあたり、「ゲゲゲの鬼太郎」という作品の自由度の高さを思い知らされるね。
 原作「オベベ沼の妖怪」がモチーフになっているのだけども、その原作版での話は過去の出来事として描かれると言う部分は、5期鬼太郎を象徴している巧い構成だ。
 元々5期ではかわうそが当初から準レギュラーとして登場しているわけだから、原作どおりの「オベベ沼」を作るわけには行かないのだけども、それを逆手に取った今回の構成は、原作を知っている人間なら尚更ニヤリとさせられたことだろう。

 だがそれ以上に秀逸だったのは、5期では初めてとも言える「鬼太郎とねずみ男のコンビが事件に遭遇する」形式の話において、このコンビの魅力が存分に描かれていたと言うことだろう。
 序盤とラストでの2人のどこか間の抜けたとぼけたやり取りは、長年の悪友同士という雰囲気を濃厚に漂わせており、以前食べ物をおごってやったという話を交互に繰り返すあたりは、原作「吸血鬼エリート」あたりを意識しているかのようで、芸が細かい。
 もちろんねずみ男もただで鬼太郎に付き合うわけではなく、一応「ビジネス」という打算は合ったようだけども、最終的には欲得抜きで鬼太郎に協力することになる。それについての2人のやり取りもまた非常に魅力的に描かれており、声優の自然な演技もあって、派手さはないものの見ごたえのあるシーンになっていたと思う。
 回想シーンでは原作どおりにヒルや亀に襲われるねずみ男をきちんと描いていたし、鬼太郎もだいぶやさぐれた雰囲気を漂わせており、現代との違いを描いている部分はさすがである。

 メインであるかわうそと、今回の敵である一目入道が事件を起こした理由や、「焼いたフナの匂い」を共にキーとしていたりと、2つの事象を巧みにリンクさせている部分は面白かった。
 唐突に登場した川男も、水木センセイの描いた原典のイラストにかなり忠実にデザインされており、全く物語の進行に関与しないにもかかわらず、ラストにも登場するあたり、スタッフの遊び心と余裕が感じられる。
 ちなみにこの川男の声は小西克幸だそうだけど、この人は5期鬼太郎ではいろんな役をやってるね。
 まるで1期・2期の永井一郎のようだ(笑)。

 あと忘れちゃならないのが今回の舞台。なんだかんだ言っても「ゲゲゲの鬼太郎」という作品には、田舎の風景が良く似合うと言うことを再認識させられました。
 今回は他人にもお勧めできる良作だと断言していいかと。
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2008年01月31日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)41話「打倒鬼太郎!ねずみ男大逆襲」感想

 さてさて久々の5期鬼太郎感想である。ゲームばかりやっていてもきちんと鬼太郎は見ているのですよ。
 尤も今期の新番アニメはほとんど見てないんですが(笑)。

 今回は38話に続いてねずみ男にスポットが当てられた話。38話では4期に近い人情譚になっていたけども、今回は過去作や原作でもよく見られた「あくどいねずみ男」を前面に押し出した内容になっており、ここにきてスタッフもねずみ男の描写に力を入れるようになってきたと言うことなのか。
 もちろんこれはありだと思う。今期のネコ娘もあれはあれで十分有りだと思うし、僕も好きなのだけど、悪い意味での世俗にまみれていないネコ娘ばかりが出ずっぱりでは、鬼太郎と言うキャラクター、引いては世界観自体が内包している反社会的な部分を表現するのが難しくなってしまうから、定期的にねずみ男にスポットを当てるのは、バランス面から言っても非常に良い構成だろう。

 今回は骨女が登場し、原作と同様に結託して計画を実行すると言う、ある意味定番の流れではあった。ラストがねずみ男に本気で惚れこんだ骨女と、彼女から慌てて逃げるねずみ男の図で締めくくられているあたりは、3期版を意識しているのだろうか。
 だが今回はねずみ男も、そしてゲストの骨女もかなりノリノリの状態で暴れまわっており、それを見ているだけで面白くなってきてしまうから不思議なものではある。
 ねずみ男たちのやっていることは実際はかなり陰湿なわけで、それにうまくオブラートをかけるという点では成功していると言えるし、また原作に近い表現方法とも取れるだろう。
 鬼太郎との戦いに際して、「1つの作戦が失敗したらすぐさま次の作戦を実行し、さらにまた…」と、複数の作戦を畳み掛けるように実行する様は、30話でのぬらりひょんの作戦に通じるものがあるが、こちらの方がテンポが良く、バリエーションも豊富になっていた。
 原作ほどの大きさではなかったものの、ねずみ男の屁を圧縮した缶詰が登場したのも、原作ファンとしては嬉しいところだし、それを伏線として?終盤の決着も屁でつけてしまうあたり、まさに今回はねずみ男の独壇場だったと言えるだろう。

 直接敵対する妖怪は原作での「大首」ではなく「舞首」になっていたけども、こちらはこちらできちんと「3つの首はそれぞれ仲が悪い」という伝承を守って話のオチとしているのも好感が持てた。
 こういう描写は、妖怪に興味を持ち始めた現役視聴者の子供たちにとっても、良い影響を与えるものだろう。自分が妖怪図鑑なんかを読んで得た知識がそのままテレビアニメの中で使われているのだから。
 子供ってそういうことを嬉しがるものなんだよね。そしてさらに妖怪に興味を持つようになると言うか。

 主役の鬼太郎も、ねずみ男が狡猾な作戦を立ててきたのに対抗して、こちらもやられた振りをしてねずみ男を騙すと言う知恵者ぶりを発揮し、さらに原作ではおなじみの「地面に潜って敵をやり過ごす」戦法も披露。主役としての個性はきちんと発揮していた。
 個人的に笑えたのは、序盤の戦闘シーンで登場していただけのくせに、ラストのバトルシーンにちゃっかり参加していた河童(笑)。
 ちなみにその河童の担当声優は、4期で準レギュラーだった沼田祐介氏。もう4期から10年経ったんだねえ…。

 今回のネコ娘はあまり活躍しなかったけども、前話で変に目立ってしまったと言うこともあるし、今回はこれくらいでいいのだろうね。
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2008年01月14日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)40話「大フィーバー!鬼太郎グッズ」感想

 当ブログの最近のアクセス履歴を見ていたら、どうやら「鬼太郎×蒼坊主×黒鴉」という言葉でググってたどり着いた人がいるらしい。
 えー、その語句を検索してたどり着いた方、期待はずれのブログで申し訳ありませんでした(笑)。

 さてさて第4クールに突入した5期鬼太郎、その一発目となる今回の話だが…。
 何と言うか、ものすごくぶっ飛んだ内容になっておりましたなあ。
 小豆洗いとつるべ落としの勝負だけを延々と追い続け、逆柱という敵役は一応出てくるものの、逆柱との対決すら話の流れの1つとして済ませてしまうと言う、いい意味でも悪い意味でも5期を象徴する言葉「何でもあり」の世界を体現する話となっていた。
 ただこのひたすらににぎやかな話自体は、特に深く考えることなく笑って楽しむ話としては非常に良く出来ている。
 日頃地味な脇役妖怪に過ぎない小豆洗いとつるべ落としが、ここぞとばかりに出張りまくり(しかも両者とも無駄に強烈そうな技を持っていたりする)、その争いを煽って儲けようと暗躍?するねずみ男や、そんな彼らに文字通り翻弄される鬼太郎、さしたる意味なくコスプレ勝負を繰り広げるネコ娘とアマビエなど、とにかくキャラクターの個性のみでガンガン押しまくっていく、そのパワフルな展開は、むしろ新年一発目にふさわしい話だったように思う。
 そう考えると、前話の39話が本来は2007年の最後に放送されるはずだったのではないかとさえ思えてくる。
 前話は確かに年明け最初を飾るのにふさわしい話だったとは思えないからだ。むしろ今話の方が単純な派手さにおいては前話を軽く凌駕しているから、新年最初はこちらの方が良かったかもしれないね。

 ものの見事に中身のない話ではあったものの、3クールかけて培った鬼太郎はじめ妖怪仲間たちの個性が存分に発揮された佳作回だったとは思う。
 そういう意味では今と言うタイミングだからこそ作ることの出来た話だったのだろう。
 なんかこのノリは、3期の一番脂がのっていた頃に通じるものがあるな。
 今年も硬軟織り交ぜた自由度の高い話を作ってくれることを願います。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)39話「ぬらりひょん最期の日」感想

 さて、今年初めての5期鬼太郎感想である。
 結局延長がどうのという話は正式に出てこないので、まだ不安がぬぐえないでいる。たぶん延長するんだろうけど。

 今回の話は30話で天狗たちに捕まったぬらりひょんの諸兄が行われるとのことで、ぬらりひょんを救出しようとする配下の妖怪たちと、鬼太郎たちとの攻防が描かれた。
 蟹坊主はともかくとしても、既に何度も救出を試みたらしく、かまいたちにも頭を下げてまでぬらりひょんを救出しようとした旧鼠の姿が、なかなか興味深い。
 今期のぬらりひょんは案外、部下からの忠誠心も厚いタイプの悪玉なのかもしれない。

 今回の舞台は飛騨の山奥にある天狗の里が舞台なので、30話で登場した大天狗や36話に登場した黒鴉も再登場し、さらにぬらりひょんのセリフの中に、32・33話での西洋妖怪との決戦について触れる下りがあったりと、本作を見続けてきた人ならニヤリとするであろう場面や描写がちりばめられていた。
 特に黒鴉には新たに「ネコ娘に想いを寄せている」という設定が加わり、キャラ設定の深みが増した。36話の時点ではあまりそういう雰囲気がなかったので、強引と言えば強引なのだけども、黒鴉の心情描写にきちんと霊界符をキーアイテムとして使用している点は細かい。
 大天狗も30話の時点ではそれほど目立つ存在ではなかったが、今回は所謂「リーダー」的な存在ではなく、親分肌の気質を持つキャラクターになっており、目玉親父とのざっくばらんな会話などは、28話での井戸仙人との会話とはまた異なる、付き合いの長い者同士であるという雰囲気をかもし出していた。
 ラスト、ネコ娘を助けるために結果としてぬらりひょんを逃亡させることになってしまった黒鴉の失態を叱責せず、黒鴉の「功績」をきちんと認めるあたり、器の大きい人物であることも窺える。
 親父とは酒飲み友達のようだが、ここで「親父のどこにそんなに酒が入るのか」という疑問をきちんとネコ娘に言わせているあたりが、なかなか芸コマでグッドだね。
 さらに言えば同じく酒好きなのにもかかわらず、酒を飲ませてもらえなかった子泣き爺のシーンも、話の流れを邪魔することなくキャラの性格をさらりと描写しており、このあたりの見せ方はうまい。

 対するぬらりひょん陣営は、旧鼠がかまいたちに助っ人を依頼することになるが、このかまいたちも歴代各作品とは異なる、良くも悪くもぶっ飛んだキャラクターになっていた。
 かまいたち自体は、原作では「妖怪城」と「妖怪万年竹」に登場するのみだが、今回のかまいたちはクールな殺し屋を気取り、実際に実力はかなりのものなのだが、同時に少女漫画家・水無月まおの大ファンでもある無類の少女漫画マニアであり、旧鼠からの依頼も最終的には、ねずみ男が持ってきた水無月まおの幻のデビュー作「乙女坂コロリ」につられて引き受けることになる。
 このシーンのかまいたちの描写はかなり真に迫っていて、なんとなくシンパシーを感じてしまうのが嫌だったりもする(笑)。「乙女坂コロリ」の表紙が完全に「マリア様が見てる」のパロになっていたりと、ここらへんはちょっと遊びすぎの気がしないでもない。
 が、ここで味を出していたのはむしろねずみ男の方であり、最初から「乙女坂コロリ」を出すのではなく、まず最初に偶然を装って、水無月まおの最新作が載っている雑誌の最新号を見せ、そこから言葉巧みに「乙女坂コロリ」の話題を出し、交換条件を取り付けてしまうという、ねずみ男の十八番である「弁舌の巧みさ」が際立つシーンとなった。
 さらには旧鼠からの謝礼金を受け取った後で、「いざとなれば鬼太郎にチクればいい」と考えるあたり、まさにあっちとこっちをホイホイと行き来する、ねずみ男の本領発揮と言うところだろう。
 「乙女坂コロリ」も結局は偽物だったし、事態を悪い方に混乱させたと言う点では、今回のねずみ男はかなり問題であったと同時に、ねずみ男らしさを遺憾なく発揮したと言えるだろう。

 そして対決シーンでは、かまいたちと鬼太郎&一反木綿の空中決戦が画面狭しと繰り広げられた。
 かまいたちは両腕の刀に、風を操っての高速移動や一反木綿の切断、さらには竜巻まで起こしてネコ娘やねずみ男を強襲するなど、多彩な技を持っており、対する鬼太郎も毛針に髪の毛縄と髪の毛槍、体内電気などをふんだんに用いて応戦。さらにかまいたちの刀を白刃取りで受け止めつつ、そこから指鉄砲を発射してかまいたちを撃退すると言う逆転技も披露し、アクションシーンの早い動きと相俟って、非常に見ごたえのある戦闘シーンに仕上がっていた。
 反面、動きを重視したためか、少し作画の線が少なくなり、単純化してしまっていたのは残念だった。カット割りももう少し細かくすれば、スピーディーな感じがより効果的に浮かび上がったのではないかと思う。

 しかし鬼太郎の奮戦も空しく、ついにぬらりひょんは脱獄を果たしてしまう。しかも牢屋の中でずっと石を食べ続けた結果、摂取した鉱物を体内に溜め込み、鉄の爪として武器に変えるという新しい技までも習得してしまった。
 この新しい武器に関しては、正直不要だったのではないかと思う。まあ今回のぬらりひょんが使っている仕込み杖も、オリジンは4期版ではあるのだけど、やはり僕としてはぬらりひょんは武闘派ではなく策略家であって欲しかったなと。

 結局ぬらりひょん一味は逃亡し、鬼太郎との戦いはまだこれからも続くことになってしまった。
 ラストで空気を読まずに自分の世界に浸っていたネコ娘をクールにやり過ごす鬼太郎だったが、あれはぬらりひょんのことを気にしていたのか、それともネコ娘と黒鴉に少しだけやきもちを焼いていたのか、このあたりはファンの間で結構意見が分かれそうな気がする(笑)。
 あと細かいことだけど、物語にまったく絡まないにもかかわらず、横丁の面々が登場しているのも、キャラを大事にする姿勢が感じられて良かった。

 2008年度最初の5期鬼太郎はこんな感じだったけども、よくよく見ると、舞台が冬の雪山と言うこともあるし、もしかしたらこれは去年末に放送される話だったのかも知れないね。
 ちょうど3クール目最後の話としては切れもいいし。
posted by 銀河満月 at 18:17| Comment(0) | TrackBack(10) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月25日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)38話「パパになったねずみ男」感想

 さて今年最後の鬼太郎である。
 話数的にはあと1話残っているものの、今回で実質的な3クール目終了と考えていいだろう。

 今回は理由はまったく不明ながらも真倉翔氏を脚本に迎えての、今期初のねずみ男人情話となった。
 ただ…。個人的にはちょっと違うかなあという印象が最後までぬぐえなかった。
 何と言うか、悪い意味で4期ねずみ男っぽい話になっちゃってるんだよな。
 まあ細かく言えば、ラストで号泣している顔を見せるのが5期ねずみであり、4期ねずみであれば恐らくあそこまで泣いた顔を仲間や視聴者に晒すことはなかったろうなとは思うんだけど、その違いは末節程度の差でしかないからね。
 5期のねずみ男は前面に出る機会こそ少なくなってはいるものの、かなり「自由」に生きている存在だ。
 自由と言うのは本当に正義も悪も関係ない、まさに自分がそうしたいからそうしている、という感じの自由であり、そういう意味では比較的原作に近い存在とも言えるだろう。
 だから4期ねずみのような人情話、もっと言えば浪花節っぽい話はちょっと合わなかったのではないかと思う。
 それでもクライマックスの啖呵は素直に熱くなれたんだけどね。ああいう啖呵を言えるキャラは、あの世界ではねずみ男だけしかいないから。

 ただもちろん上に書いたことは、4期を視聴済の僕だから抱いた勝手な感慨であって、今話単体で見れば十分及第点に到達している佳作だと思う。
 赤ん坊へのねずみ男の感情の変遷も、短い時間の中では結構丁寧に描かれていたし。
 個人的には最初に赤ん坊を見つけた時、「自分の欲しているもの(食べ物)じゃない」からといって、すぐにもう一度捨てようとするシークエンスが、なかなかブラックな味わいを出していてよかったと思う。
 赤ん坊に振り回される横丁の面々もコミカルで面白かった上に、無駄に動き回っていたのも好印象。
 既にいろんな所で書かれているが、ぶん殴られるネコ娘の姿は今話の白眉と言ってもいいだろう(笑)。


 色々話題を振りまいてくれた5期鬼太郎も、今年はこれで最後。
 延長は…、多分するんだろうとは思うんだけど、公式なアナウンスがないからなんとも不安が拭えないですねえ。
 ま、DS版ゲームも出るようだから、当分下火になることはないと思うけど。
posted by 銀河満月 at 19:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(5期)37話「鬼太郎敗北!怨念の鬼髪」感想

 昨日はクリスマスイブで今日はクリスマスだったけども、僕は外を出歩くようなことはせず、C4Uを聴いたり、届いたばかりのMAシリーズの9枚目を再生したりして、雪歩の誕生日を祝っておりました。
 …って、15年ほど前の9月10日に「亜美ちゃん、誕生日おめでとー!」とかやってたガキの頃から何も変わってないじゃねえか(笑)。

 さてそれはさておくとして、書くのが遅れてしまっていた先週分の鬼太郎の感想である。
 今回の話はサブタイに「敗北」ときっちり明記していた話なので、どんな話になるかと思っていたが、バトル重視の話ではなく、情愛重視の話になっていたので、ちょっと意外だった。
 嫌な書き方をすれば、タイトルどおりの展開にするために、鬼太郎をわざと負けさせたという感じ。
 ただ普通に戦えばそんなに苦労しなくとも倒せたであろう黒鬼髪が、「憑依した人間」という人質を持っているため、鬼太郎が満足に戦えないと言うハンディキャップマッチの構造はなかなか楽しめた。
 このあたりは3話での夜叉との戦いにも通じるものがあるね。そう考えるとこのあたりのネタも、長谷川脚本がよく使うネタかも知れないなあ。
 上で「バトル重視ではない」とは書いたものの、バトルシーン自体はおざなりではなく、かなり気合の入ったシーンとして描かれ、特に途中から白鬼髪が乱入して、結果的に2対1となる場面のあたりは、上記の事情もあって、文字通りの鬼太郎の苦闘振りが見事に表現されていたと思う。

 今回の話は黒鬼髪と白鬼髪、加奈と里奈の2つの「姉妹」を軸にして、それぞれの確執とその和解が対比する形で描かれるという物語構造になっていた。
 「髪を切られた女の怨念」を元にして誕生した存在でありながら、その立脚点が憎悪である黒鬼髪と、悲しみである白鬼髪は、起源が同じであるにもかかわらず、力をぶつけること以外でしか歩み寄ることが出来ない。
 (余談だけど、某所で黒鬼髪を『怒りの王子』、白鬼髪を『悲しみの王子』と形容していたのは、まったく的確だと思う、笑。)
 一方の里奈は、「妹のため」という執着に縛られ、結果として黒鬼髪を自分の体から解き放つことが出来なくなってしまう。
 双方とも、自分にとって対になる存在の本来の思いを理解することが出来なかったために、結果として問題を大きくしてしまったという点が共通している。
 それぞれの関係が似たような状況に陥ったところで、白鬼髪は自分の片割れでもある黒鬼髪を力ずくで抑え込もうとするが(だからって間に入った鬼太郎まで一緒くたに攻撃するのはどうかと思うが)、加奈は姉の里奈を傷つけることを拒み、執着の原因となっていた自分の長い髪を切ることで、姉を呪縛から解放する。
 互いを傷つけることしかできなかった鬼髪は、その自己犠牲的行為を目の当たりにして、黒鬼髪は自分の中に存在しないと思われた本来的な感情=髪を失った故の悲しみを思い出し、白鬼髪は存在しないと思われた悲しみの感情を黒鬼髪が持っていたことを初めて知り、両者は(恐らく)初めて感情を共有できたことで、再び眠りにつく道を選択する。
 2組の共通した対立構造を描き、その解決にそれぞれ異なる方法を提示することで2組とも最終的に和解へ収束させるという、構成の巧みさは見事だった。
 今話のキーアイテムと言うべき「長い髪の毛」も、登場する髪の毛はほとんど黒髪だったため、美しさと共に一種の妖しさも醸しだしており、話のムード作りに一役買っていたことも見逃せない。
 冒頭の怪奇ムードも含め、久々にアクション部分と「あやし」の部分を両立させた良作と言えるだろう。

 あと今回は地味にゲスト声優が豪華でしたねえ。金月真美さんはガンバロ…ではなく、ときメモの頃から比べるとかなり声が変わってしまいましたな。
 しかし長髪の小さい女の子から釘宮さんの声が聞こえてくると、もはや伊織様にしか思えなくなってしまうあたり、俺もかなりキテるな(笑)。
posted by 銀河満月 at 18:33| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月13日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)36話「レスキュー目玉おやじ」感想

 さて今回の鬼太郎である。
 今回は毛羽毛現以来の目玉親父主役回だったが、正直いろんな意味で冷や冷やした回だった。
 冒頭の「イエス、ダディ!」関連のやり取りを見ているうちは、今日の内容は大丈夫なんだろうかと、目も当てられないくらいのひどい話になっちまうんじゃないだろうかと、思いっきり考えてしまったのだが、後半の展開でそれが良い意味で裏切られたのは何よりだった。
 またもや妖怪横丁内のみで話が展開していたのは、ちょっと寂しかったけども。あまめはぎの話以降、人間とはほとんど絡んでいないからねえ。

 今回の話、初見時は「今期の目玉親父は火が苦手なんじゃなかったっけか?」と、勇んで火事場に乗り込む親父を見て違和感を感じてしまったのだけど、よく考えてみると17話で暴走した火取魔を見ても、特に怖がってはいなかったし、30話で片車輪に人質にされた時も、火を怖がる様子はなかった。
 これは7話の時点で火への恐怖を克服したと考えるのが自然だろう。尤もそう考えると、余計にこの「火が苦手」という設定が、7羽という話を作るためだけに取ってつけた強引過ぎる要素に見えてしまうのだけど。

 今話は全体的にコメディタッチで描かれており、親父が奮起した理由が海外ドラマに触発されたためと言う、やけにミーハーチックな理由で行動したり、それに付き従うのが子ぬりかべやかわうそ、アマビエと言った、正直あまり役に立つとは思えない面々(しかし実際には役に立ってた)だったり。
 最近出番の増えてきたねずみ男の、本筋への絡ませ方もなかなかうまく出来ていたし、そのねずみ男とアマビエたちのやり取りもおかしかった。
 個人的にはラストでみんなが時代劇を見ている時、海外ドラマより時代劇には馴染みが深いであろう子泣き爺や砂かけ婆まで一緒に見ていたのが、芸コマで笑えた。ここらへんのさりげない演出はなかなか楽しい。

 ただ全編がそんな感じなのかと言うと決してそういうわけではなく、終盤の松明丸との決戦は結構真面目に力が入っており、蒼坊主の再登場に加え、新キャラ・からす天狗の黒鴉も活躍してくれた。
 緑川光の真面目な二枚目ヴォイスを久々に聴いた気がするぞ(笑)。
 しかも黒鴉も霊界符をネコ娘からもらったあたり、彼も今後の話に絡むことになるのだろうか。
 販促に役立っているかどうかは定かでないけど、わかりやすい「仲間の証・象徴」として、霊界符と言うアイテムは結構便利なんじゃないかと、最近は思うようになってきた。
 仲間の証をみんなで携帯するってのは、少年漫画の王道だしね。
 「イエス、ダディ!」と言うのがどうしても恥ずかしい鬼太郎を丹念に描くことで、ラストの指鉄砲発射シーンを盛り上げるという構成の巧みさも見事。
 あのあたりの演出はベタではあるんだけど、ベタだからこそ現役視聴者である子供達にはしっかりと見せておくべきだろう。我々ふるい人間にしてみれば「ベタ」の一言ですむかもしれないが、子供達はそんなベタな描写さえ見たことがないのかもしれないのだから。
 あと個人的に良い傾向だと思ったのは、指鉄砲という新たな武器が増えたことで、前半の話に多かった「敵に拘束されたら体内電気」というワンパターンを排除して、アクション面での演出の幅が広げられるようになったことだな。
 指鉄砲はある意味、3期でのオカリナに近い扱いになるのかもしれないね。

 次回は久々に人間を襲う妖怪の話。どことなく4期の黒髪切りの話を思い浮かべるのだけど、「鬼太郎敗北」と謳っている以上、通り一遍の話にはならないと思われる。
 どんな話になるのだろうか。
posted by 銀河満月 at 23:49| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月03日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)35話「死神の極楽ツアー」感想

 なんだかんだで5期鬼太郎ももうすぐ第3クールを終了するね。
 放送は延長されるのだろうかどうなのか。1年のみの放送だとしても、今の時点では後番組に何が来るかなんて発表されないだろうから、延長するかどうかもまだわからんなあ。
 今期は商品展開を見る限り、バンダイはあまり力を入れていないようだから、延長するか否かの判断は視聴率で決まると思うんだけど、どんなもんなんだろうね。

 今回の話は「死神」。と言ってもサンデー版の原作と言うよりは、「サラリーマン死神」シリーズ、引いては2期に登場したサラリーマンの死神一家をモチーフにした話となっていた。
 子供の名前が「骨太」で妻の名前が「青子」とまでなってるんだから、そりゃ2期を意識していると判断しない方が不自然だ。
 死神に番号がついているのも2期の最終回へのオマージュかな?

 今回も脚本担当・吉田氏お得意の家族愛・親子愛がテーマとなっており、そのせいもあって悪事を働く死神は、ハワイからやってきた死神・マヒマヒになっていた。この「外国から来た死神」と言う設定も、2期最終回から取ってきたのかな。
 もっと言えば死神が「優しすぎて魂を回収できない」という設定は週刊実話版の「ダメな死神」から取ってきているのだろうか。模しそうだとしたら、制作陣の原作精通度はかなりのものなんだけど。

 死神は家族、とりわけ横丁のみんなと温泉に行きたいのに行くことの出来ない息子のためにも、何とかしたいとは思いながら、自分の性格が災いして失敗ばかりしてしまい、ノルマは上がらずクビまで宣告されてしまう始末。
 このあたりの所謂「サラリーマンの悲哀」的な描写は、最近では「yes!プリキュア5」で毎回描写されているが、確かにこの父親死神のジレンマは子供にはわからんわな(笑)。こればかりは大人になって実際に自分で働いてみないとわからないことだろう。
 ノルマ達成を要求する上司にしてみたところで、サラリーマンである以上ノルマを達成しなくちゃならんのは当然なわけ(そういう契約の元に働いてるんだからね)で、上司は別に悪人ではないし、死神百号もごくごく当たり前の仕事を当たり前にこなしているだけで、別に嫌な奴と言う位置づけは成されていない。
 そういう意味では父親死神の周辺には明確な「悪人」が存在しないのだ。だからこそリーマンと言うのは辛いわけだし、見ているこっちも身につまされるってわけ(笑)。
 ま、ここで普通のリーマンなら上司あたりを強引に「悪役」にしたてて文句ばかり言うもんだけど、そういうことも一切してないところからして、父親死神の人の良さが窺い知れるというものだろう。

 骨太はそんな父親の心情を十分理解できていなかったから、単に魂を集めるためだけに、マヒマヒの悪事に加担してしまう。
 このあたりの親子のすれ違いから、そんな中で親の子を想う気持ちに気づいた骨太が考えを改める、と言う流れはオーソドックスな展開なのだが、骨太というキャラクターがきちんとキャラ立ちしていたおかげもあって、それほどくどさを感じることなく見入ることが出来た。
 ラストの親子で抱き合う姿も、ぶっちゃけて言えば本来の問題(ノルマとかクビの話)は解決していないのだけども、人情を優先してハッピーエンドとする、後味の良い終わり方になっていたと思う。
 出来るならこの親子のその後の話も描いて欲しいところだけど、さすがにこれは無理かな。

 と、一応上で真面目なことを書いてきたけども、今回は細かい部分で色々ぶっ飛んでいて、なかなかカオスな内容になっていたのも見逃せない部分である。
 まず肝心の温泉が、普通の人間が営んでいる普通の温泉宿と言うところからして、既に変である。
 鬼太郎やねずみ男ならともかく、あの顔の骨太が普通に働いていても誰も何も言わないと言う、なんとも不思議な空間が構築されていた。
 このあたりも原作に通じる「なんでもあり」な感じが強調されていて、よく仕上がっていたと思う。
 鬼太郎も西洋妖怪編で苦労の末に指鉄砲を習得したはずだったのだが、今回はなんと射的の際に披露してしまったりして、何だそりゃという感じ。
 個人的には鬼太郎は設定でガチガチにするような作品ではないと思うから、この辺のアバウトさがいい意味で作品に貢献してくれればいいのだけどね。
 今話で何が一番すごかったかって、先週の予告では流れていた男性陣の入浴シーンがばっさりカットされ、女性陣のみが流されていたことだな(笑)。
 他にもいつにもまして鬼太郎にデレデレなネコ娘や、サングラスをかけた鬼太郎など、ビジュアル的にも面白いシーンが続出しており、普通に見て損のない一編に仕上がっている。
 横丁の面々が大挙登場してののんびりした話として、肩の力を抜いて楽しむのが一番だろう。
 そう言えばマヒマヒの声は檜山修之だったけど、ねずみ男の高木渉とはプリキュア5と同じコンビになっていたわけだね。
 さらに言えば昨日は電王のイマジンとしても高木渉は出演していたから、まさに昨日はスーパー高木渉タイムだったわけだ(笑)。

 本編はそんな感じで楽しかったのだが、1つ気になったのは次回の予告。
 見た限り八島作監のようなのだが、前々話で担当してもう出番が回ってくるとは、ローテを考えても早すぎる気がする。
 スタッフ内で何らかの動きがあったと見るのは穿ちすぎだろうか。
 こういう作画スタッフのローテ変更って、単純な人員変更か、「同作品の特殊な話」にスタッフが一時移動しているかだと思うんだが、さて…?
posted by 銀河満月 at 01:20| Comment(2) | TrackBack(1) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(5期)34話「妖怪横丁の地獄流し」感想

 これまた随分遅れてしまったが、先週分の5期鬼太郎感想である。
 今回のネタは「地獄流し」。原作ではマガジン連載開始当初に発表された、貸本時代の空気を色濃く持った異色作(ある意味正当作?)である。
 歴代アニメで言うと、1期と4期では若干のアレンジが施されたものの、基本的には原作に近い形でアニメ化され、3期では「百目」を交えたオリジナルに近いアレンジが施されていたが、今回の5期ではどのような展開になったのだろうか。

 感想から先に書くと、今回の話は非常に満足できた。
 もちろん色々改変されている部分はあったものの、個人的にはオリジナルの最大の肝である「悪人達は完全に地獄へ流される(つまりこの世に戻っては来れない)」点がきちんと再現されていたことに尽きる。
 これは実は1期や4期でも完全に再現し切れなかった部分であり、そういう意味では鬼太郎のアニメ開始から実に約40年もの時を経て、ようやくオリジナルのオチをテレビアニメで普通に描くことが出来るようになったということなのだろうか。
 個人的には4期版のまとめ方は、この話のアニメ版としてはちょっと好みではなかったので、むしろ5期の方がよく出来ていたと思う。
 4期版で登場したメイド服ネコ娘は大好きだけどな(笑)。

 サブタイトル直後のシーンは突然警察での取り調べシーンとなり、どうなることかとちょっと不安を抱いたが、これも長谷川脚本お得意のミスリードだったのでちょっと安心。
 ただ今回は早めに気づけてしまったのが、ちょっとうーむという感じか。あの警官は明らかに顔の形が変だったからなあ。
 この警官の姿自体がラストのオチにつながるわけだが、あくまでその警官(地獄の鬼?)の姿を明確にせず、アングルとティルティングで警官の「人ではない部分」を徐々に強調していく見せ方は上手かった。ここらへんは大ベテラン・勝間田氏の手腕が冴えたところだろう。

 今回の悪人達は状況説明的に言葉で紹介される悪事ではなく、「鷲尾を車ではねる」という具体的な悪事を働くことで、彼らが根っからの悪人であることを強調しており、これは「悪人」というキャラクター像の肉付けとしてはわかりやすい措置だったと思う。
 さらに言えば、この「鷲尾をはねる」という行為そのものが、クライマックスの展開につながる要因のひとつとして成り立っており、その構成の巧みさには唸らされる。
 本来なら「鷲尾とろくろ首のその後」を見せるためだけに登場しそうなものだが、決して顔見せだけでは終わらせていないところに、脚本家のキャラへの愛情を感じ取ることが出来て微笑ましい。
 このカップルはこれからも大事に育てていって欲しいものである。

 横丁にやってきた人間達が暴れまわった挙句に、横丁を支配しようとまで考える、その発想の飛躍ぶりはちょっと強引な気もしたが、それに対抗する形で、横丁の面々の不気味、ではなく「おどろ」の部分が描出されたのは面白かった。
 デザイン的にはユーモラスな雰囲気の妖怪たちが、その見た目を崩すことなく不気味な言動や仕草をとることで、そのミスマッチな感覚が意外な恐怖感をかもし出していた。
 それでも「幽霊電車」の時に比べると、人間を恐怖で追い込んでいく感じが物足りなかったのだけども。せめて周囲が暗ければよかったんだけどな。
 その分鬼太郎はバスの運転手まで努めたりして、かなりがんばっていた感じ。自分の家に居座るギャングに対する態度も原作に近しいものになっていたし、極めつけは終盤、「トランジスタラジオ」を寝転がって見つめる姿だろう。あのシーンをアニメで完全に再現してくれるとは思わなかったので、あれだけでもかなり嬉しかった。
 ラストで地獄へ追いやった悪人(つまり殺した)たちのことを、あっさりした様子で思い返したりと、原作のドライな部分が強調していたのもナイス。
 同時に怪我をした鷲尾の安否を気遣うと言った「善人に対するスタンス」もきちんと表現しており、鬼太郎は善人と悪人とで態度をかえるという、ある意味当たり前の人間臭さを巧妙に見せていた。

 今回は「鬼太郎が人間を死に追いやる」という、原作一番の肝を忠実に再現したと言う、1期や4期でも成しえなかったことをやってくれたと言う点で、非常に意義深い作品となった。
 前話では人間達のために命をかけて戦い抜き、そして今回ではその人間(善と悪の違いはあるにせよ)を死に追いやる。善と悪という2つの相反する概念に対してニュートラルな姿勢を取る、原作版の鬼太郎がうまく表現されたと思う。
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2007年11月18日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)33話「大逆襲!日本妖怪」感想

 今週の鬼太郎は西洋妖怪編の後編。前話のラストで大ダメージを負ってしまった鬼太郎はどうなるのか…?

 前話からの「引き」は、正直あまり効果的に機能してはいなかった。前話ラストではやられたはずのぬりかべが、今話の冒頭では特に何の説明もなく、普通に雑魚妖怪と戦っていたし、他の面々もそれほど苦戦の描写が見られなかったのが残念。
 何よりねずみ男のついてきた理由が不明瞭なままで終わってしまったのは、もったいないとしか言いようがない。
 アバンでのセリフから察するに、一応お宝目当てで同行してきたようではあるのだが、前編でその「お宝」に関する説明がまったくなされていないから、いきなり後編でお宝目当てに動き出し、挙句に都合よくダイヤを発見されても、見ている側としては困ってしまう。
 「ヒゲがビビビときたから」という程度の理由でもいいから、何らかの動機付けはして欲しかったところだ。

 と、冒頭から不満を感じてしまう部分があったが、その後の指鉄砲乱射ですっかり不満が吹っ飛んでしまったのもまた事実(笑)。
 アニメでは原作どおりの指鉄砲が表現できないと言うことはわかっていたが、今作では原作における指鉄砲の「最後の武器である」という点を、うまくアレンジして使用していた。
 毛針以上の威力を持ち、さらに毛針のように髪の毛の消耗を気にする必要はない代わりに、力の消耗が激しいため乱用は出来ないと言う、バトルものでよく扱われる「強力な必殺技のメリットとデメリット」を綺麗に表現していた。
 ミウを守るため、自分の命を顧みずに指鉄砲を使う姿は、前話で子泣き爺が言っていた「鬼神の如く戦う」という言葉ともマッチしており、非常に痛快なものに仕上がっていたと思う。
 それに合わせて子泣き爺も棘のついた石の塊に化身してフランケンに体当たりしたり、砂かけ婆は一反木綿と組んで砂竜巻を起こしたりと、序盤の時点でつかみは万全と言う感じ。

 ただ、その後「極炎乱舞」を使用するまでの下りは、ちょっとと言うか、だいぶ物足りなかった。
 やはり西洋妖怪群との戦いではなく、バルモンド1人との戦いにシフトしてしまったことが原因だろう。そのために前編で描かれた「強大な敵たちとの決戦に挑む鬼太郎」という高揚感が失われてしまったのが痛い。
 コメディリリーフとしてのねずみ男の扱い方は十分及第点と言えるものだったが、逆に目玉親父があそこで駆けつけて立ち回りを演じるのは、原作でのちゃんちゃんこと共にベアードに挑むシーンのアレンジなのだろうけども、ちょっとやりすぎな気もしてしまった。
 完全にコミカルアクションになってしまっているから、前編で築いた緊迫感が失われてしまうことにもなりかねない。
 さらに言えば、ちゃんちゃんこが鬼太郎の元を離れたのは、目玉親父の言葉にもあったとおり、「鬼太郎が死んでしまったからちゃんちゃんこは親父の下に来たのかもしれない」と視聴者に思わせる狙いがあったのだろうが、その割には鬼太郎はすぐにミウの力(と言うか地獄の鍵の力か?)で息を吹き返してしまうので、そのあたりの見せ方は弱かったように思う。
 バルモンド1人に妖力を奪われてしまう西洋妖怪たちも、ちょっと情けなかったかねえ。

 ただし五官王が登場してからは、バトルものの王道を地で行くような熱い展開で、個人的には大満足だった。
 やはり五官王は地獄の鍵を知っており、万一の場合は鍵の封印を解くことの出来るミウを殺すためについてきたようだが、そのミウまでもが鬼太郎のことを信頼していることを知り、結局はミウを殺さずバルモンドを攻撃する。
 あくまで自分の意思ではなく、閻魔大王の命令に従っているだけと言い張る姿が、不器用な武人めいた感じを見せて、なかなかに良い感じだった(演じる広瀬正志氏の声に寄る所も無論大きいのだろうが)。
 そして復活した鬼太郎を襲うバルモンドに颯爽ととび蹴りを食らわす蒼坊主!どこのピッコロさんだよと突っ込みたくなるような豪快な登場っぷりはさすがと言うところか。アクション面での見せ場は、時間の都合上あまり描かれなかったけど。
 さらに言えば呼子もきちんと一緒に来たあたりが芸コマ(笑)。

 そして披露された鬼太郎の最終?必殺技「極炎乱舞」。地獄の業火を召喚して髪の毛に纏い、その炎で周囲のものを吹き飛ばす、かなりの荒業だった。
 迫り来る西洋妖怪を「火」を使って打倒するあたりも、原作版との共通項を見出せて面白い。
 元々鬼太郎は口から熱気を噴出すことが出来るし、体内には妖怪原子炉を備えているわけだから、火を用いた必殺技を鬼太郎が使うことには、さほど違和感を感じない。
 さらに言えばファミコン版「ゲゲゲの鬼太郎2」では「地獄の炎」なんて武器を使ってたりもしたしね(笑)。
 今回披露された2つの必殺技は、1つは消耗が激しいため何度も使えないもの、もう1つは地獄の許可がなければ、つまり自分の自由意志のみで使用することが出来ないものと、両方ともかなり重い制限が課されており、これにより今話以降の話でも、鬼太郎がこれらの技をほとんど使用せずに済む、その理由付けが成されたことになる。
 制限をつけることで所謂「強さのインフレ化」を防ぐことができるという点で、この意味は非常に大きい。

 バルモンドを倒した一方、ドラキュラ三世、ワイルド、ザンビアは先に救出されていた。3人を救出したのはやはりバックベアード!
 バルモンドからは「歴史の浅い妖怪」と揶揄されていたが(この辺はベアード自体の基本設定を十分理解してますね)、やはりその貫禄は他の追随を許さない。
 ベアード曰く、「本当の妖怪大戦争はこんなものではない」とのこと。いつか起こるであろう次の西洋妖怪との決戦時には、ベアードも攻め込むことになるのだろうか。
 これも今から楽しみである。そのことはぜひ12年前の決戦に参加した西洋妖怪群も登場して下さい。

 決戦を終え、鬼太郎たちは島の人々に見送られながら島を去ると言う展開は原作そのままではあるのだが、せっかくだからミウとのやり取りを少しでも追加して欲しかった。
 特に前編で触れられていたミウの鬼太郎への想いに関するフォローがほとんどなかったのは、返す返すも残念無念だった。心臓の止まった鬼太郎を復活させる際にちょっとは触れていたけども、あれだけと言うのもなんだか寂しいものがある。
 せめて次にあるかもしれない「妖怪大戦争」にも登場してくれることを願うばかりだ。
 地獄に戻った五官王が霊界符を見つめると言う小粋なシーンが用意されていたり、最後の最後、ねずみ男が原作よろしくたらいに乗って帰ろうとするのは良かった。

 5期初の前後編であった西洋妖怪編だが、全体を通してみるとやはり消化不良の感は否めない。どうにも時間が少なすぎた。
 ファンとしては前述の通り、決戦後のミウとのやり取りも入れて欲しかったし、横丁に戻ってきた鬼太郎とネコ娘のやり取りも見せて欲しかったと思う。
 なによりもっとアクションに時間を割いて欲しかった。
 西洋妖怪群はもちろん近い将来に再登場すると思われるが、ミウにももう一度出て欲しいものである。
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2007年11月15日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)32話「上陸!脅威の西洋妖怪」感想

 さてさて今週の鬼太郎である。
 今週分では原作でも「強敵」の位置づけをされている西洋妖怪の一団がついに登場。しかも5期鬼太郎初の前後編となった。
 原作「妖怪大戦争」は少年マガジン連載作では初の長編作品であり、歴代のアニメ作品でも1期では前後編、3期・4期では劇場版で公開されたりと、これまでのアニメ作品を彩ってきた屈指の大イベント編である。
 さて5期鬼太郎ではこの傑作をどのように料理するのか…?

 鬼界ヶ島に西洋妖怪が攻め込み、鬼太郎たちが立ち向かうと言う大前提の部分は同じだけども、今回は過去にも何度も西洋妖怪が攻めてきたことがあり、鬼太郎たちも12年前に一度戦っていたと言う設定が付与された。
 これは3話や5話、またはぬらりひょんとの因縁で見られた「相手が既知の存在であり、何度か戦ったことがある」という5期ならではの構図を再び持ち込んだものと言える。
 さらにその時の回想シーンを見るに、12年前の決戦時では恐らく原作準拠のドラキュラや狼男たちと戦っていたらしい。
 前話での予告で、西洋妖怪の面子が原作や歴代アニメとはかけ離れたものになっていたのを見て、一抹の不安を覚えたものだったが(特に狼男)、これで納得できた。つまりは12年の歳月を経て、侵略する側は世代交代したってわけなんだね。
 守る側はちっとも変わってないってのがなんとも(笑)。
 12年前の決戦時では狼男も原作に準じたスーツ姿だったし、ドラキュラは原作でのベラ・ルゴシ風味とはちょっと変わっていたけども、正統派の「吸血鬼ドラキュラ」になっていたから、5期鬼太郎の世界観としては、原作で描かれた「妖怪大戦争」的な話は、既に12年前に終わらせてしまっていると考えるべきなのかもしれない。
 そう考えると、原作での多くの仲間たちを失いながら、苦い勝利を噛み締める鬼太郎の描写は、12年前に一度の勝利を得ながらも、ミウやカイの母親を守ることが出来ずに流した悔悟の涙として投影されているのかもしれない。
 逆に言えば原作で描かれたような話は、5期の物語世界では「既に起こった出来事」なわけだから、今回の話では原作にとらわれることなく、ある程度自由に作劇を行うことが出来るわけで、この辺はなかなかうまい世界観構築の手段だろう。

 で、今回登場したその西洋妖怪は、ドラキュラ三世、魔女見習いのザンビア、オカマの狼男ワイルド、そこに12年前にも参戦していたフランケンと、エジプトからやってきたミイラ男のバルモンドの5名プラス手下の雑魚たち。
 戦闘シーンこそ少なかったものの、ドラキュラ三世もザンビアも若干類型的ではあるが十分に個性を発揮していたと思う。
 まあ仮にも主役を経験したことのある人たちが演じているわけだしね。
 特にザンビアは、東映が久々に描いた「魔女っ子」とでもあるから、何かと注目しないわけには行かない気が(笑)。
 そう言えば4期の劇場版ではドラキュラと思しき妖怪は、単に「吸血鬼」となっていたから、ドラキュラという固有名詞は使えないのかと思っていたが、どうやらそうでもないらしいですね。ま、この名前をきちんと使ってくれた方が嬉しいけども。
 原作を知るファンへのサービスもかねてか、そのザンビアの師匠?である魔女も冒頭に登場。
 「アパラチャノモゲータ」なんて呪文を唱えてくれたりして、原作ファンなら思わずニヤリとしてしまったことだろう。
 その魔女と一反木綿が絡んだのも、これまた原作を意識していていい感じ。
 一反木綿に毒針を放つと言う描写も原作を意識しているし(原作では心臓に針を打たれて死亡しているが)、その際の目玉親父の「一反木綿ほどのベテランが…」というセリフもまた、わかる人だけわかるマニアックさで良い。
 ドクロ彼岸の花も、その花が咲いているのを見た子泣き爺が表情を強張らせる→西洋妖怪の強大さを視聴者に印象付けるという役割を果たすのに一役買っていた。

 今回は前編ということで、西洋妖怪との本格的なバトルよりは、その強大な相手を前に覚悟を決めて出陣するまでが、かなり入念に描かれている。
 特にいろんな所で散々言われているが、3クール目にしてようやく子泣き爺にスポットが当たったのが印象深い。
 大好きな酒も飲まずにトレーニングに励むだけでなく、同行を鬼太郎から拒絶されて落ち込むネコ娘に対し、「戦士」として決戦に挑もうとする鬼太郎の覚悟を汲み取りつつ、鬼太郎を想うネコ娘を慰めると言う、歴戦の先輩戦士の如き風格まで見せてくれた。
 そして鬼界ヶ島での決戦においては、両腕のみを石に変えて、雑魚妖怪をあっという間になぎ倒し、さらに12年前からのライバルであったと思われるフランケンとも互角以上の戦いを演じる。ねずみ男が驚くのも無理はなし。32話目にしてようやく子泣き爺のかっこいい一面が描かれたと言うところか。
 原作でも子泣き爺はフランケンと一騎打ちをしているので、この2人を絡ませてくれる展開もまた憎い。
 ただそれ以外はちょっとアクション面は乏しかったかな。鬼太郎も早々にバルモンドにやられてしまったし、五官王もあまり役には立ってなかったからね。
 ねずみ男は今回はたらいではなく、鬼太郎たちが乗るいかだにへばりつく形で鬼界ヶ島に向かったわけだけど、今回はどういう役回りを演じることになるんだろうか。
 ねずみは原作では純粋に西洋妖怪と戦うつもりでついていったわけなので(すぐベアードに洗脳されるけども)、今回もそういう男気のある一面を見せてくれればいいかと思う。3期のような欲望に殉じる姿ももちろん好きだが。
 そう言えば島を抜け出したカイを救出したのもねずみ男だったが、あのあたりのやりとりもなかなか本来のねずみ男らしくてよかったね。
 たまたま引き上げてしまったから焚き火の近くに寝かせているだけで、カイのことを殊更に心配したり介抱したりするわけでもなく、目覚めたらさっさと帰れと突き放すあたり、原作のドライな雰囲気が良く出ていた。

 今回ゲストのミウとカイは、一応は妖怪ということのようだが、前編では特にその設定が生かされることはなく、異変を知らせるメッセンジャーと、囚われのヒロインという設定のみに収まっていた。
 後編の予告を見る限りでは、倒された鬼太郎の復活や「地獄の鍵」に絡んでくるのかね。
 ただミウの方は、12年前の決戦から鬼太郎を知っており、バルモンドから「惚れてんのか?」と詰め寄られるシーンもあったりしたから、後編ではそのあたりのドラマもちょっとは描かれるのかも。
 しかし浅野のますみんがこんな典型的な「囚われのヒロイン」を演じるなんて、滅多にないことだよなあ(笑)。

 難点としては、過去に襲撃を受けたことがあるにもかかわらず、立ち向かうのが鬼太郎始めいつものメンバーのみだったり、鬼界ヶ島の住人が何度もひどい目にあってるのに島を離れようとしないといった、細かいレベルのツッコミがほとんどなんだが、一番の問題はこの話の構成だろう。
 前編は西洋妖怪との決戦というよりは、決戦前夜の描写に大部分が費やされてしまったので、ミウ関連の話とか「地獄の鍵」の話とかが、後編できちんと充実した扱いを受けるのかが、正直微妙な感じがする。
 前中後の三部作にしておけば、もっときちんと見せられるんじゃなかったろうかなあ?

 次回は決着編。特訓の末に身につけた鬼太郎の新技・指鉄砲(に似たやつ)と、恐らく「地獄の鍵」絡みで習得すると思われる必殺技・極炎乱舞が、どんな風にクライマックスを盛り上げてくれるのか、今から楽しみでしょうがない。
 また西洋妖怪登場編でありながら、影も形も見せない「あのお方」の所在も気になるところではある。
 八島作監回だから、正直作画は微妙なところなんだけども、それでもやはり楽しみではある。
 と言うか八島氏の絵は5期キャラデザには比較的馴染んでいるように思えるね。4期の作監回とか見ると、正直目も当てられない感じがする(笑)。

 そう言えばもうすぐ4期DVD−BOXの発売日か。後編を見終わったその週に4期のDVDが発売されるのだから、来週は鬼太郎ファンにとっては本当に至福の一週間になるだろう。
 と言うかなってください。
posted by 銀河満月 at 01:46| Comment(0) | TrackBack(1) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月12日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)31話「妖怪コマ回し勝負!」感想

 さて今回の鬼太郎は「コマ合戦」。
 5期ではどんな風にアレンジされるのかと思ったら、なんともはや、予想以上にパワフルでアナーキーな話に仕上がっていた。
 序盤での鬼太郎とあまめはぎとのコマ勝負で、「目玉親父がコマ」ということを全員にばらしていたので、何でこんな微妙なところを改変するのかと気になっていたのだが、要するに「コマのように回せるもの」であれば、何でも良かったってことなんだね。
 傘化けはともかく鬼太郎自身までもコマになってしまうと言う超展開には、さすがに呆気に取られてしまった。
 何というカオス。何というアナーキーぶり。完全に何でもありの世界だ。
 ある意味水木しげるワールドを完全に再現していると言えなくもない(笑)。

 冒頭では久々に鬼太郎の自転車練習シーンが登場するわけだが、その自転車練習での出来事を、最終決戦における伏線としておくとは、伏線の妙味というよりは、「そんな部分を伏線に使うのか!」という驚きのほうが大きかったり。
 冒頭から最後まで、己の欲望にのみ忠実に動くねずみ男も、かなり原作に近い雰囲気を持っていたように思う。
 鬼太郎に協力するわけではなく、かと言ってあまめはぎに忠実に従っているわけでもない。まさに善も悪も関係なく、自分の欲望のままにあっちとこっちを行き来するねずみ男の姿を、ようやく5期で見ることが出来たような気がする。

 あまめはぎを演じた飛田展男氏の演技も非常に上手く、演出もあってあまめはぎのあの間抜けな顔に隠された狂気を見事に演じて見せていた。
 飛田氏はああいうキャラクターの奥に隠された狂気の部分を演じるのが、抜群に上手いやね。
 ラストで鬼太郎の特訓の秘密を知りながらも、それにあえて触れないでおく目玉親父の優しさも、その自転車を購入した15話において見せた鬼太郎の気遣いとオーバーラップするようで微笑ましい。

 そして戦いが終わったその空に、まるで凶兆を暗示するがごとく雷雨が降りしきる。
 その頃本土を遠く離れた鬼界ヶ島では、かつてない強敵たちが上陸を果たしていた…。
posted by 銀河満月 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(1) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(5期)30話「鬼太郎抹殺作戦」感想

 さてさて、だいぶ間が空いてしまったが、5期鬼太郎の感想である。
 別に5期に飽きたわけでもなんでもなく、毎週楽しんで見ております。

 今回は26話に続いてぬらりひょんの陰謀話。最近サイクルが早くなってきたなあ(笑)。
 最近はバックベアードにバカにされたりして小物っぽくなってきてしまったぬらりひょんだったが、今回は初登場である8話の時と同様の策士振りを発揮して鬼太郎を追い詰めていた。
 うまい話があるとすぐに寝返るねずみ男も利用し、親父を人質に取るだけでなく、わざと鬼太郎のマイナスイメージを強調して喧伝し、鬼太郎への助けさえも封じようとする、かなり悪辣な(悪人の側からすればかなり上手い)作戦を展開していた。
 相手がああ動けばこちらはこう、こう動けばこちらはこう、というシーソーゲーム的展開は、ミリタリーチックな雰囲気も醸しだしており、視聴者を飽きさせないという点では大成功だったと言えるだろう。
 ゲスト妖怪である片車輪もかなり現代的な際立った個性を与えられており、単なる「暴れまわるだけの怪物」とは一線を画す、印象深いキャラに仕上がっていたと思う。

 今回はアクションにも再び力が入っており、バイクで疾走する片車輪との対決、遊園地の巨大な遊戯に取り付いた片車輪との決戦シーンで、それぞれ盛り上がるアクションを披露してくれた。
 ここにきて「鬼太郎と一反木綿のコンビによる空中アクション」も、完全に板についた感がある。一反木綿も初期とは比較にならないほど、良い意味で個性を発揮するようになってきた。

 惜しむらくは、ぬらりひょんがああいう風に喧伝したにもかかわらず、最終的に鬼太郎を支援しに来た各妖怪たちの考え方の変容について、ほとんど触れられていなかったと言うことだね。
 ぬらりひょんの話を聞いて最初はどう思ったのか。父を救うため、人間を守るために必死に戦う鬼太郎を見てどう思ったのか。その心の変遷をきちんと画でわかるように見せなければならなかったと思う。
 このあたりは3話で夜叉に取り付かれた小夜子が、最終的にその夜叉を拒絶するに至った心の流れが不明瞭だったところと似ているね。
 さらに言えばアカマタは何しに出てきたんだ(笑)。

 ただ鬼太郎をかなりのところまで追い込んだのは確かだし、最近はベアードの大物っぷりの前に、どうしても小物臭が漂ってしまっていたぬらりひょんの名誉回復には十分な話だったと思う。
posted by 銀河満月 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月21日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)29話「ネコ娘の妖怪バスツアー」感想

 来月に鬼太郎のゲームが出るけど、さすがに買えないだろうなあ。Wiiは持ってないし、来月は4期鬼太郎のDVD−BOXも出るから、とてもWii本体まで買う余裕もないし。

 それはさておき今回の鬼太郎。
 今回はまあ、物の見事にネコ娘が主役の話になってしまっていた。実に16話以来の主役話だから、ファンにしてみればまさに「待望」の主役話だったろう。
 そう言えばその16話も脚本担当は三条氏だったっけか。
 今回は冒頭のアバンからして鬼太郎ではなくネコ娘が出てくるという力の入れようで、鬼太郎と言えばほとんど寝ているだけ(笑)。
 さらに今回のネコ娘のバイトがバスガイドさんということで(バスガイドってアルバイトで出来る仕事なんだっけ?)、修学旅行生の女の子達にも好かれ、彼女らに対しては「年上のお姉さん」的な立場で接するという、今までには見せたことのない新しい一面まで披露してくれた。
 さらには鬼太郎が来るまでの間は狂骨を相手に奮戦し、アクション面においても優遇されていたと言う、まさに破格のサービス振りである。
 ビジュアル面においても、上記のバスガイド服はもちろん、自分のカバンに一反木綿が入っていたことに気づいた時のコミカルフェイスに代表される豊かな表情や、リボンをはずしている状態の髪と言った、普段ではお目にかかれないワンシーンまで、まさに様々な面を見せてくれた。
 まるで戦隊シリーズにおける「七変化」話のようだったね。
 個人的には狂骨との終盤の戦いで、上着を脱いだ状態のバスガイド姿が良かったですなあ(笑)。その上着を、体を貫かれてしまった一反木綿に包帯代わりに巻きつけているという細かい描写も、ネコ娘の優しさを表現していて良い感じ。

 とまあ、今回はネコ娘の描写にばかり注意が行ってしまいそうなのだが、今話では意外にも?「修学旅行中の小学生」の描写が結構丁寧に成されていたことに驚かされた。
 年上(と思っている)バスガイドにちょっと憧れてしまったり、旅に出たという開放感で思わずいたずらをしてしまったりする男子組、バスガイドさんと仲良くなって一緒に写真を取りまくったり、夜は消灯時間を過ぎてもおしゃべりに興じる女子組と、いかにも修学旅行にありがちな光景がきちんと描かれていた。
 特になんでもない光景ではあるのだけど、こういった日常的な「普通」のことをきちんと見せているからこそ、非日常的で異質な存在である妖怪のことをきちんと描写できるわけで、この演出は的確だったと言えるだろう。
 確かに修学旅行の夜ってのは、男も女も異性関係の話ばっかりするんだよな。小6なんて色気づき始めてくる頃だし。
 え、僕?僕はその頃から生粋のオタだったから、そんな話題の輪には入れなかったよ(笑)。

 鬼太郎が終盤までずっと寝ていたこともあり、今回も27話に続いて一反木綿がかなり目立っていた。勝手に修学旅行についていってしまうのもアレだが、意外とネコ娘との良いコンビ振りを発揮していたのが印象に残る。
 戦闘時においても、4話で披露した急旋回を応用してのスピンキックを、今度はねずみ男にやらせたり、子供を守るために奮闘したりと、「今期の一反木綿」としての個性を最大限に生かした活躍ぶりは、八奈見氏の飄々とした演技もあって、非常に楽しく見ることが出来た。
 一方で鬼太郎とねずみ男のやりとりも、いかにも付き合いの長い腐れ縁という感じで、これまたニヤリとさせられた。
 これ見よがしに友情を強調するよりは、こういうさりげない部分で付き合いの長さを見せてくれる方が、しっくりくるね。
 冒頭でのねずみ男のアイデアが、そのまま伏線になるあたりの構成も、それほど巧妙ではないものの秀逸だ。

 やはり三条回は余計な要素を含めずに、ひたすら本筋を追う話に終始するから見やすいね。だからこそ伏線とか、物語とは直接連鎖しないお遊び描写を取り入れやすいんだろうし。
 ここらへんは初期プロットどおりにガチガチに固められた感のある長谷川脚本と、決定的に異なるところだ。
 無論その別種の脚本が両輪として存在しているからこそ、5期独自の味が出ると言うものなのだが、いつの間にかシリーズ構成から長谷川氏が外れていたんだったな。なんかあったのだろうか?

 次回は「鬼太郎抹殺作戦」。再びぬらりひょんが暗躍するようで、今回は「片車輪」という妖怪を使うらしい。
 そんな妖怪いたっけか?と思って調べてみたら、これって「片輪車」のことなんだね。
 やはり「かたわ」がまずかったのか。キャラクターにつけられた固有名詞まで変更してしまうのはいただけないが、こんなところで変な連中に難癖つけられるのもつまらんから、妥当な改変かな。

 最後に余談。
 今話に限らず子供がたくさん出てきたり、ネコ娘が活躍する話なんかが出てくると、「5期鬼太郎はキモオタ向けアニメに堕した」なんて言い出す御仁が少なからずいる。
 しかし今のところ5期鬼太郎に、所謂キモオタを意識した露骨な描写は見られない気がするがねえ。
 はっきり言えばパンチラとかパンモロ、着替えシーンとかってやつ。
 子供が出る話で子供がたくさん出てくるのは当たり前なんだし、それをあげつらって「キモオタ向け」なんて言ってしまうようでは、子供が出てくるアニメは一切作れなくなってしまうではないか。
 そんなことを言い出したら、モロにヒロインのセックスアピールを前面に打ち出していた70年代ダイナミックプロロボットアニメは、キモオタ御用達のアニメってことになってしまわないか?
 5期を否定するのは別に構わないけど、自分の考えを無理に一般化することはせず、自分の言葉で語ればいいんじゃないかねえ?
posted by 銀河満月 at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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