2009年11月23日

第5期ゲゲゲの鬼太郎のDVD-BOXが出るって!?

 どうやら本当のことらしいぞ!!


 うん、もちろん「買わない」という選択肢はないよ(笑)。
 期待したいのはブックレットかなあ。1期〜4期のBOXについてたブックレットほどの充実度はさすがに無理としても、せめてメインスタッフ・キャストインタビューと各話数のキャラ設定くらいは載せて欲しいもんだ。

 これで勢いに乗って5期鬼太郎が復活してくれればいいんだけど、さすがにそれは甘い夢なんだろうな。
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2009年04月07日

さらば、第5期ゲゲゲの鬼太郎

 終わった。2年間の放送がついに終わってしまった。

 正直な話、3月はこの事実があるだけでかなり気分的に辛い一ヶ月になっていた。
 前に書いたとおり、2年で終わると言うこと自体は素直に受け止めてはいたのだけど、単純に「アニメの鬼太郎が終わる」と言うことが、僕としては寂しかったのだ。
 思えば3期や4期が終わった時も、こういう虚脱感みたいなものを感じたっけなあ。
 改めて僕にとって「ゲゲゲの鬼太郎」と言う作品の存在は大きいものだったのだなあ、と思い知らされた。

 ただ今回の最終回は、いかにも最終回然とした内容ではなく、あくまで1つの区切りがついた程度の内容になっており、そういう意味では1年目最後の話である51話の内容に近いものがあった。
 これは2年目で終了と言う決定が去年の12月という、ギリギリの時期に決まったから、中身をいじることが出来なかったということもあるのだろうが、ファンとしては「5期鬼太郎はまだまだ続けることが出来る」という、スタッフからの意志のようなものが込められているのだと思いたい。
 実際、100話完成記念パーティーでは、スタッフ・キャストともまだまだやる気はあるようだし、その他のブログでのレポ()を見る限りでは、作品とは直接連鎖していない事情が介在していたようなので、何とかして次につなげて欲しいところだ。

 あとは100話単体の感想とか、6月発売の劇場版ソフトはブルーレイ版も買ってしまおうかとか、2年目や5期全体の総括とか、書きたいと思えることはいくつかあるのだけども、虚脱感がまだ抜けきらないので、いまいち気分が盛り上がらない。
 各話感想も途中でストップしてしまったままだが、こちらはたぶんもう書くことはないだろう。

 5期鬼太郎は見ていて本当に楽しかった。4期鬼太郎の最終回を迎えた時、もう自分的に満足できるアニメ鬼太郎の新作を見ることはないだろうと勝手に思い込んでいたのだが、そんな思い込みを簡単に覆してくれるほどのパワーを持っていた。
 2年間、毎週日曜に楽しみをもたらしてくれたこと、本当に感謝しております。
 ありがとう、「第5期ゲゲゲの鬼太郎」。


 願わくは、遠くない未来での再会を。
posted by 銀河満月 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(1) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月14日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)88話「妖怪決死!!地獄横断クイズ」感想

 …この話なんだけど、正直言って何を書いたらいいのか困ってしまうんだよね(笑)。
 はっきり言えば、僕の中では今回の話は駄作です。
 総集編的な内容にしては中途半端だし、いわゆる「八大地獄」という物を紹介する話としても中途半端で、何をやりたいのか何を見せたいのかが全く伝わってきませんでした。

 ま、2年近くもやっていればこういう話だって出てくるよって事で。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)72話「妖怪城始動!朱の盆奮戦記」感想

 日本爆裂の感想を書こう書こうと思っていたのだけど、例の終了するかもしれない騒動のこともあって、あまり筆が進まなくなってしまった。
 たぶんこのまま当分は書かず、DVDが発売した時にでもさらっと書くことになるんじゃないかと思う。
 劇場版のソフトはもちろんDVD版を買うつもり。BDに魅力を感じないわけじゃないけど、僕の家にある小さな液晶テレビではBDの恩恵にあずかることは出来ないだろうし、そもそもBDを再生できるハードを持ってないしね(笑)。

 さて今回は紹介漏れしていた過去の鬼太郎話。
 今話は61話であらかじめ登場していた妖怪城が、ついに本来の力を取り戻すと言う筋立ての話なんだけど、妖怪城関連の話はあくまで物語上の味付け程度でしかなく、話の中心になったのは朱の盆だった。
 既にドジなキャラクターとして認知されている朱の盆であるが、今話はドジながらも健気にがんばるその姿がメインで映し出されていたために、肝心の妖怪城関連の話がおざなりになってしまった感はある。
 なのでそのあたりのガチバトルを期待していた人にとっては肩透かしを食らった感じの話になってしまったと思うが、それを補って余りある佳作に仕上がったのは、やはり前述の朱の盆のがんばり、そしてそれを(敵側の親玉でありながら)厳しく接しながらも一定の温情をも持っているぬらりひょんの魅力に拠るところが大きいだろう。
 さしたる手駒を持たず、ぬらりひょんと2人だけで悪事を働いていた頃が、「悪事の思い出」なのにもかかわらず古き良き思い出テイストで回想されたり(このあたりの雰囲気が3期、4期での2人のイメージと重なる感じも良い)、偶然とは言えきちんと成果を出したことに対して正当な評価を示すぬらりひょんのぶれのなさ、そして朱の盆がいないにも関わらず、朱の盆にお茶を出させようとするぬらりひょんなど、悪側の絆と言うようなものがきちんと描かれている見せ方には好感を持った。
 こういう描写があるから、今期のぬらりひょんは類型的な悪側の親玉に見られる「いざと言う時は部下さえも平気で見捨てる外道」ではなく、悪側では絶対的に崇拝されているリーダー、という立ち居地が明確になっている。
 (個人的には「電子戦隊デンジマン」のベーダー一族を思い出しちゃうけども)

 と、そんな2人の描写にほとんどの時間を割いたこともあり、目覚めた妖怪城自体の力はそれほど示されることはなかった。
 とは言え鬼太郎の一切の攻撃を受け付けず、あと一歩のところまで追い詰めるという、こちらはある種の定型的な強さ描写をきちんと見せていたけどね。
 ここで2年目の1話と言うべき52話を飾った夜道怪が再登場してくれたのも、ずっと見続けてきたファンとしては嬉しいところだった。

 あと個人的に面白かったのは、ねずみ男の誘導尋問に引っかかって、どんどん計画を暴露していってしまう朱の盆のシーンかな。
 あれは朱の盆が度を越したドジだからと言うこともあるが、他のキャラでは恐らくああまで上手く行えないであろう「誘導尋問」を、ねずみ男と言うキャラにきちんとやらせたあたりが良かった。
 今期のねずみ男は口八丁で相手を言いくるめるというシーンが、あまり登場しないからね。
posted by 銀河満月 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月31日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)87話「巨人!ゴーレムの涙」感想

 で、こちらは最近の話。
 今回は西洋妖怪・ゴーレムが登場。ゴーレムは確か原作では未登場で、4期の妖怪王編でグルマルキンが操る配下として登場したんだったかな。

 今回の主役は久々にぬりかべ。当初は体の大きさゆえにゴーレムと絡ませるのかと思っていたが、実際に見てみるとゴーレムの方がずっと大きかった(笑)。
 これはやはりぬりかべも「壁」=「土くれ」の妖怪だからと言うところだろう。

 次回予告やサブタイトルからして、話の展開は大体予想がついたのだけども、やはり実際に見てみると結構なショックであり、そして悲しい話となっていた。
 同じ土くれの妖怪でありながら妻も子も、そして優しい仲間たちもいて、幸せに生きているぬりかべと、相手と戦い滅ぼすためだけに生かされているゴーレムとの対比が、かなりはっきりと描かれており、ぬりかべたちに心を開いていくゴーレムの過程が、短い時間の中でしっかりと描出されていた。
 そのキーポイントに互いの「子供」を絡める展開も巧い。しかもこれがクライマックスの伏線になってしまうのだから、相変わらずの手際の良さである。
 ゴーレムの伝承(額の文字とか出身地とか)についても劇中できちんと触れられているのも好印象。子供って意外とこういう部分を気にするんだよね。
 まあ5期に限らず鬼太郎は伝承からかなり乖離した個性を敵妖怪に持たせることが多いんだけど、それでもこういう伝承に基づいた説明が出てきたりすると、妖怪のことに興味を持ち始めた子供さんなんかは、ニヤリとしてしまうわけです(笑)。

 そんなぬりかべやゴーレムのやり取りを見つつ、影から2人を見守ることにする鬼太郎やねずみ男の描写もまた良い。
 特にねずみ男は4期版のような「いいヤツ」として描かれており、このあたりは13話でも描かれたところが生きているね。

 そしてそんないい雰囲気を完全にぶち壊す、ザンビアとワイルド。魔火によってコントロールされてしまったゴーレムは鬼太郎さえも苦しめる強敵となってしまい、ついには自分の「子供」を蹴り殺してしまう。
 子供向けのアニメとしてはかなり容赦のない、救いのない展開だけども、ゴーレムが完全に変わってしまったことを表現する上では申し分ない演出であり、ぬりかべが涙を流しながら弱点を攻撃すると言う流れに持っていくのには十分な説得力があった。
 結局ゴーレム自身も、自分を止めてくれたぬりかべに感謝しつつ砕けてしまうわけだけども、ラストでのぬりかべや鬼太郎たちのやり取りが、また少しだけ救いを残しているようにも思えて、優しい終わり方となっていた。
 この後味の悪さの回避も巧い締め方だったね。

 今話は他にも久々にヨナルデ登場、ドラキュラ三世の心変わり、ザンビアのロリ巨乳ぶり発覚(笑)、髪の毛槍と指鉄砲を併用しての鬼太郎の新技披露など、絵的にも見所が多く、最後まで飽きることなく見ることが出来た。
 話の内容も含め、かなりの良編と言って差し支えないだろう。
posted by 銀河満月 at 22:58| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(5期)71話「南方妖怪日本上陸!!」感想

 今年最後の更新は、当ブログらしく5期鬼太郎の感想と行きましょうか。
 まずは紹介漏れしていた話。

 今回はついに南方妖怪が登場。原作では「妖怪軍団」にてアカマタとやし落とし、「血戦小笠原」にてランスヴィル、アササボンサン、「鬼太郎のお化け旅行」にてチンポ(今期での名前は『ポ』)と、ほとんど別の話で登場していたわけだが、今回はそれらが一堂に会して総登場と、ある意味夢の組み合わせ?になっている。
 アカマタ自体は25話「妖怪大運動会」などで登場済だったので、どのように他の南方妖怪と絡めるのか、その辺も興味を惹かれるところであった。

 視聴後の感想としては、「ぶっ飛びすぎ」と言う言葉しか思いつかない(笑)。
 正直ここまで原作での個性を、良い意味でぶっ壊してくるとは全く予想できなかった。しかも新たな個性を与えられた南方妖怪たちが非常に生き生きと活躍しているわけだから、この方法論はまたもや正しかったと言えるだろう。
 まさに「能天気」を絵に描いたような彼らは、その場のノリで雪男たちを蹴散らし、上陸した場所を南国の気候に変え、さらに鬼太郎や仲間たちの攻撃にもことごとく、しかも涼しい顔で耐え切ってしまうと言う、それでいて頭の中身はかなりのバカという、原作でもアニメでも登場したことのないキャラクターとなっており、まさにその強烈な個性で1話分の話を引っ張ったと言っていい。
 何せ鬼太郎が地獄の鍵を開くことまで考えるほどなのだから、実力は相当のものなのだが、彼らは自分に実力があることさえ良く理解できていないわけで、ある意味非常に始末が悪い。
 目的も「鬼太郎に勝つ」というアバウトなもので(「倒す」ではなく「勝つ」と言うのもポイント)、決着の付け方も鬼太郎側が降参して終わり、その後はむしろ友好的な関係になってしまうと言う、最後までイレギュラーな展開となった。

 鬼太郎と仲間の南方妖怪たちとの間で揺れ動くアカマタの描写も、かなりポイントが高い。
 彼は妖怪大運動会でのことをきちんと覚えており、正式な場で堂々と決着を付けることを望むと言う、原作での姑息さを完全に取っ払った好敵手として描かれている。
 アカマタの立場を生かせば、南方妖怪と鬼太郎側との関係について、色々話を膨らませられると思うので、なかなかおいしい立ち居地だと思う(76話で早速生かされてたね)。
 個人的にはペナンガランが登場しなかったのが寂しいのだけど、きっと奴も後ほど登場してくれるのだろう。

 しかし3期ではチンポ、4期ではアカマタ、そして今期ではランスヴィルがリーダーと、各期ごとに南方妖怪軍団のリーダーがコロコロ変わるのも面白いね。
 これは結局は彼らが原作で一堂に会していないからこその混乱と言えなくもないのだけど、逆を言えばそれだけ自由度の高い連中とも言えるわけで、他の外国妖怪に比べていじりやすいキャラなのだろう。
 今話はそれが如実に表現された話だった。
 そのせいで肝心の鬼太郎側が、ポに捕まった一反木綿以外はあまり目立たなかったのだけど(笑)。
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2008年12月27日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)86話「背後に迫る恐怖!後神」感想

 で、最近のお話。
 今回は原作「後神」が元になっており、基本的には1つの家の中で話が進むと言う、結構地味な話である。
 前話での大決戦のあとにこんな話を持ってくるバランスの巧みさが、5期スタッフの良いところだ。

 今回面白かったのは、やはり後神のパーソナリティになるだろうか。
 「人の後にいるだけ」の存在であり、どことなく気弱そうな感じの後神が、妖怪サボテンを得て段々と傲慢な考え方をするようになっていくあたりの流れが、非常にうまかった。
 あるシーンでは全く姿を見せず、かと思えば別のシーンではうっすら姿を見せたりと、存在感の薄さを逆手に取った恐怖・不可思議演出もなかなか冴えていたと思う(最初に飼い犬のラブに吼えさせる演出が、個人的にはグッド)。
 ねずみ男が見ていたテレビをサッと消して、すぐに姿を消すあたりは見事だった。
 しまいには鬼太郎まで妖怪サボテンに食わせ、自分は目玉親父を食べようとするあたりも、妖怪の異常性が滲み出ていて面白い。
 その一方で妖怪サボテンを「サボちゃん」と呼んだり、ラストで貯金のために働き出したりと、変に可愛らしいところがあったりするのもまた良かった(「サボちゃん」と言う呼称自体は原作にもあったけど)。

 今回の妖怪サボテンは、恐らくゲゲゲの森にあったものをねずみ男が人間に売った代物だったのだけども、あんな危険物が普通にゲゲゲの森に存在していると言うのも、ある意味すごいことだ。
 まあゲゲゲの森には逆柱がいる妖怪寺もあるようだから、妖怪世界ではそれほど不思議なことではないのかもしれないが。
 その妖怪サボテンに食われる描写も、飼い犬と父親以外の被害者については直接描写を敢えて避け、「気がついたら知った顔がいなくなっていた」不気味さを美味く表現していた。
 鬼太郎の余裕を持った倒し方も、非常にらしくてよろしいね。

 後は…、真奈美ちゃんは可愛かったね、うん(笑)。ネコ娘も久々にネコっぽい動きをしていたのが可愛かったかな。
 作画監督は77話、つまり葵ちゃん初登場回を担当した市川慶一氏だったから、むべなるかなというところか。
 久しぶりに砂かけのリフォームネタが出てきたのも楽しかった。

 今話を見て改めて思ったけど、やっぱり鬼太郎は基本的には狭い場所を舞台にしたアンソロジー形式の話が一番合ってるんだな。
 劇場版みたいな話ももちろんあれはあれで面白いのだけど、どちらかと言えばあれはお祭り的なものだろうからね。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)70話「退治不可能!? 泥田坊」感想

 例によって紹介漏れしていた話の紹介。
 「日本爆裂!」の感想は…、たぶん新年になってからかな。面白いことに変わりはないので、さっさと見に行くのが一番良いと思うけど(笑)。

 今回登場した妖怪は泥田坊。所有していた田んぼを失った人間の怨念から生まれ、「田を返せ」と呻くという伝承にあわせ、原作も歴代アニメ版でも、それぞれ「田んぼ」に絡めたストーリーとなっていたが、今回の5期版でもその辺の基本はしっかりと守られていた。
 一度は鬼太郎によってバラバラにされるも、水を吸収することで無数の小さい泥田坊に変質し、人間達や鬼太郎を襲うという原作の展開も、ほぼストレートに盛り込まれており、この辺は原作の時点で泥田坊というキャラクターのパーソナリティが、かっちりと定まっていたことを窺える。
 今回の泥田坊のデザインは、単眼できちんと人型の形を取れていないところなど、どちらかと言えば2期での怪獣然としたスタイルに近いものとなっており、分裂した泥田坊たちが新興住宅地を練り歩く様は、近年のジャップスホラーに近しい雰囲気まで感じられ、なかなかの恐怖感を醸し出していたと思う。

 こういう話だと大概は田んぼを埋め立てたりした一部の人間たちが、類型的な悪役として描かれることが多いのだが、今回の不動産屋はラストで田んぼをなるべく減らさないよう、「庭に田んぼがそのまま残された家」を販売すると言うしたたかな面を見せ、単なる善人でも悪人でもない、一商売人としての人間味ある部分を見せてくれた。
 ねずみ男をして「やるな」と言わせるのだからうまいものだ。
 一度鬼太郎たちを追い返す時も、「泥田坊は鬼太郎たちが退治したのだから大丈夫だろう」と、何も知らない人間にしてみれば当然の反応を返してくれたのも、個人的には良かった。
 こういうどうでもいい部分でサブキャラが個性を発揮してくれると、物語にも深みが出ると言うものです。

 歴代作に倣って今回も人間側との融和で解決したわけだけども、やはり日本人として米や田んぼは大事にしたいものですな。
 そういう感覚を現役視聴者の子供たちが抱いてくれたなら、今回の話は成功と言うことになるんだろう。

 最後に思いっきりどうでもいいことなのだが、今回ゲストの少女・みのりなんだけど、あの髪型といい、おにぎりが好きと言う設定といい、どうしても「あの」キャラを思い出してしまうのだが…。
 あれでアホ毛が一本ついたら完璧だぞ(笑)。
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2008年12月16日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)85話「鬼太郎絶叫!妖怪城の切り札!!」感想

 で、最近の方の話。なのだけど…。

 正直今回の話は感想を書くのにだいぶ困った内容だった。以前からこういうバトル中心の話は詰め込みすぎになる傾向があるとはわかっていたのだけど、今話はそれが最高潮に達してしまった感じがして、あまりよい印象をもてなかったのである。
 はっきり言えばつまらなかった。
 まあ作画による影響(笑)も少なからずあるんだろうけども、何と言うか、妖怪城が本来の力を発揮し、ぬらりひょん側の切り札として洗脳されたミウが配置され、さらに今まで覚醒している四十七士がほとんど参戦し、且つ新たに四十七士として何人かの妖怪が目覚めるという、見せるべき部分が多すぎたのが、何よりも問題だったんじゃないだろうか。
 加えてなんかよくわからんけど、鬼太郎の過去描写まで見せられてしまったら、見ている方としては一体何に注力すればいいのか、よくわからなくなってしまう。
 話の筋道自体は問題ないだけに、1話の中に強引にまとめてしまったのが何とも残念でならない。
 地獄決戦の時も思ったが、この話こそ前後編にしてたっぷり見せるべきだったのではないだろうか。

 そんなわけで、個々の良いシーンは色々思いつくんだけども、なんか今ひとつ自分の中では釈然としない思いがある。
 せめてミウ関連のネタだけでも省いて、純粋にVS妖怪城だけを見せた方が、話としてはすっきりしたんじゃないかねえ。
 劇場版にスタッフを割いていたからこういう感じになったのだろうか?
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)69話「鬼太郎大異変!穴ぐら入道」感想

 5期鬼太郎も今のところ順調に放送されているけども、果たして3年目も放送は継続されるのだろうか。
 劇場版を見るかぎりでは3年目も放送するような感じなのだけども、正式に発表されていないだけにちょっと不安だな。

 今回は紹介漏れしていた過去の話を紹介。
 登場妖怪は「穴ぐら入道」だったけども、この妖怪が出てくる話の内容は、各期ごとにかなりバラエティに富んだものになっている。
 まあ原作が「悪人を『良心かび』で改心させる」という、カタルシスウェーブ並みの強引な超展開で終わらせてしまう話だけに、そのまま忠実にアニメ化ってわけには行かないのだろう。
 しかしあそこまで思い切った調理をしてしまうのは、5期ならではと言うところかもしれない(笑)。

 穴ぐら入道を利用しようと企む人間が登場し、その部下が一度穴ぐら入道に参ってしまい、本人が自ら道具を揃えて穴ぐらに入っていくと言う筋書きは、おおむね原作どおりなのだけども、今話ではそこに2期「縁切り虫」を髣髴とさせる「嫌気虫」なるものを登場させた。
 前話での大活躍が嘘のように、鬼太郎のやる気がなくなってしまったのは、この虫が取り付いていたのが原因だった。
 今回の穴ぐら入道は虫を操る?能力を持っていることも示され、なんらかの関係があるのかと思われたが、これはあまり関係なかったらしい。
 穴ぐら入道の顔にも最初から嫌気虫がついていただけに、もっと鬼太郎と直接絡むのかと思っていたが、鬼太郎は本当にあまり出番がなく、もっぱら入道と彼を利用しようと企むテレビプロデューサーのやり取りがほとんどだった。

 と、書いては見たものの、今話に限っては話はあってないようなもので、やはり今話は通常回とは異なる、一風変わったキャラクター人の描写に注目するべきだろう。
 特に出色なのは件のプロデューサー。「お前さんは誰さんじゃ?」と、まるで禅問答のようなことを問いかける穴ぐら入道に対し、同じ質問を聞き返して追い詰めるという、何ともエネルギッシュなキャラになっていた。
 演じる塩屋浩三氏の声もバッチリはまっており、一癖も二癖もありそうな曲者を熱演していた。

 また今話は、テレビ取材陣や鬼太郎の「顔芸」にも注目すべきかもしれない。
 穴ぐら入道の髪の毛やひげまでもすべて虫で、それがぞろぞろ動き出すと言う描写も顔芸と言えなくはないが、こちらは朝の時間帯にしてはなかなかにグロく描かれていたと思う。
 また厭世観に駆られ、原作でのやる気を無くした時の如く、刹那的な言動を繰り返す鬼太郎も見ものである。

 一本の話として見ると正直よくわからない部分があったりもするのだが、キャラの言動・行動で引っ張った一編とも言えるだろう。
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2008年12月14日

「劇場版ゲゲゲの鬼太郎 日本爆裂!」先行上映に行ってきた

 行ってきました、昨日13日に。
 場所は新宿バルト9。座席は結構前の方だったけど、位置は隅のほうだったので、ちょっと見るのが大変だった(笑)。

 映画についての感想は、本上映が始まる20日以降に書くとして、とりあえず行こうかどうか迷っている人は、是非とも行ったほうがいい、決して損はしないだろうとだけ書いておこうか。
 もちろん責任は取らないけど(笑)。

 で、ここではその当日行われた舞台挨拶について少し書こうかと思う。
 僕の行った新宿バルト9では上映終了後に舞台挨拶が始まったのだけど、最初に入場してきたのは、ねずみ男とか妖怪の着ぐるみたち。いつもの鬼太郎ファミリーについてはたぶんイベント用のものをそのまま使っているんだろうけど、一部の造形は代々木アニメーション学院の生徒が作ったものらしく、かぶきり小僧なんかはモロに素人が作ったものとわかる程度の出来栄えになっていた。
 と言うかよりによってこんな時にかぶきり小僧なんてチョイスするなよ(笑)。
 雪女の葵ちゃんとかについては被り物ではなくコスプレで表現されていた。

 その後それぞれの担当キャラの着ぐるみを伴って(かわうそはコスプレだった)、鬼太郎役の高山みなみさんとネコ娘役の今野宏美さん、かわうそ役の丸山優子さん、そして「日本爆裂」の監督を務めた古賀豪監督が入場した。
 高山さんご自身も鬼太郎のコスプレをしていたのだけども、はっきり言って物凄く似合ってた。そこらのレイヤーが裸足で逃げ出すくらいのはまりっぷり。つか足細い!その辺はマジで見習え、レイヤー(笑)!
 今野さんはネコ娘そのものの扮装ではなかったけども、上は白、下は赤のスカートを履き、さらに頭には大きなリボンを付けていたりと、こちらも限りなくコスプレに近い格好でのご登場だった。さらに言えばニーソックスみたいなのも履いてたんで、いわゆる絶対領域って奴も見えたけど。
 高山さんがやたらカッコよく見えたからか、相対的に今野さんがやたら可愛らしく見えたのも良かったね。
 古賀監督は鬼太郎のちゃんちゃんこ柄の服に、後で司会さんに指摘される形で紹介されたのだが、一反木綿の形をしたマフラー?を着用しており、丸山さんは唯一普通の格好で登場だった。

 まずは簡単な自己紹介から始まったのだけど、さすがに高山さんはベテランなだけあって無難にこなしたが、今野さんの方は緊張していたのか、自己紹介に関してはあまり話せず、早々に終わらせてしまっていた。
 丸山さんはかわうそ時の声色と地声とを巧みに使い分けて、場内の笑いをうまく誘っていた。と言うかこの舞台挨拶全体を通して、丸山さんが一番上手に場を盛り上げていたと思う。

 続いては司会者からの質問が始まり、高山さんへは歴代鬼太郎役の声優さんとの共演について質問され、「声優としても大先輩の方々と共演することで、先輩からエネルギーをもらおうと考えていたが、実際に共演したらエネルギーを全部吸われた。」との事。
 まあ確かにすごい面子でしたからねえ。ちなみにおまけ映画の「5大鬼太郎」もそれほど尺は長くなかったけども、過去の鬼太郎をリアルタイムで見た経験のある人なら、満足すること間違いなしの一品に仕上がっていると思います。
 今野さんへはエリア別のネコ娘のコスチュームについて聞かれ、個人的には中部北陸エリアのチアガール衣装がお気に入りと答えていた。
 僕もそう思う(笑)。しかし近畿エリアの忍者コスもいいよねえ…。
 ちなみに付け加える形で、「自分では(チアガールコスは)出来ません」と言ってましたが、今野さんならばっちり似合うと思いますよ、マジで。
 丸山さんへは今回の映画に合わせて新録された主題歌について。この主題歌はテレビ版の主題歌に、妖怪横丁にいる面々の担当声優がコーラスを吹き込んでいるものなのだが、丸山さん曰く「一反木綿と俺(かわうそ)が音程を物凄く外してたけど、気持ちよく歌えればそれでいい」と、これまたかわうそボイスを程よく混ぜて発言し、場内の笑いを誘っていた。
 古賀監督へは6エリア別上映についての質問があり、監督としてはすべての場所をロケハンしたかったが、色々あって行くことは出来なかった。個人的には是非とも行きたかったと答えていた。
 と言うかてっきりロケハンしたんだと思ってたけど、してなかったんだなあ。まあ一部の場所は見に行ったりしたんだろうけど。

 質問が終わった後はクイズ大会が行われ(と言っても1回だけだったけど)、高山さんの出したクイズに元気に答えた子が、景品の「鬼太郎マガジンVol.3」と、声優さんのサイン入りポスターをもらっていた。
 クイズ自体は簡単な内容だったのだけども、さすがにそこで大の大人が子供に混じってホイホイ手を挙げるような真似はしなかったよ、さすがに(笑)。
 その後はマスコミ向けの写真撮影が開始。この時間だけは見ている側は本当に何もすることがないからつまんないんだよな。
 と言うかつい10年前までは舞台挨拶の最中も写真バシバシ撮れたのに、もう今じゃ全然ダメなんだもんな〜。時代の流れとは言え寂しいもんだ。

 写真撮影終了後、高山さんの最後の挨拶で締め。声優さんたちや着ぐるみも退場するのだけど、高山さんと今野さんが、それぞれの役の着ぐるみが転ばないように気を遣っていたのが印象的だったな。
 それ以上に印象的だったのは着ぐるみのぬりかべだったけど(笑)。只でさえ前が見づらいだろうに、あの形だからロクに歩くことも出来ないわけで、始終誰かにフォローしてもらいながら歩く姿が、それだけで笑いを誘う格好の材料になっていた。
 僕の席の前にいた人がペシペシ叩いてたりもしたっけ。

 舞台挨拶はこんな感じ。
 全体的にいまいち盛り上がりに欠けた感じはあるものの、満席だったわけでもないし、そもそも劇場自体がそれほど広いものでもなかったから、根本的ににぎやかにならないものなのかもしれないな。
 ちなみに客層はやはり子供連れが一番多かったですね。次に若いアニメファンで、一番少なそうなのが年季の入った鬼太郎ファンっぽい人たち(代表例:俺)。

 映画についての感想はいずれ。日が経つと忘れてしまいそうな気はするが、まあその辺はあまり気にしない。

 どうせ他のエリアに見に行くし。
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2008年11月23日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)84話「野寺坊!夜の闇に響く鐘」感想

 まだ劇場版鬼太郎の前売券を買っていないのだけど、今から劇場行って買えるかなあ…。
 特典のクリアファイルは諦めるとしても、券はやはり確保しておきたいところだ。
 と言うか12月13、14日の先行上映ってのは、前売とか指定席券とかは必要だったりするんだろうか?全然調べてないや。

 さて本日の鬼太郎は「野寺坊」だったのだが…。
 のっけから書いてしまうと、僕個人としてはいまいち乗り切れない話だった。
 10話「荒ぶる神!雷獣」の時も思ったのだけど、どうも僕はこういう「人間の開発によって自然が失われたことに怒り、妖怪が暴れだす」という話が嫌いなんだよね。
 3期の頃だったらそれでも良かったんだろうけど、今の時代というやつは「自然を壊す人間が悪い」と、人間側のみを絶対悪に設定できるような単純な時代ではないだろうからさ。
 だからお定まりの展開に終始するのではなくて、例えば劇中での民宿の主人が行っていたようなこと(ショッピングモールを作れば、村全体の活性化に繋がるというメリットがある)を、もっと突っ込んで描いて欲しかったのだ。64話「もうりょうの夜」に登場した泰造のような、人間側の信念を見せるべきだったと思う。
 でもだからと言って、4期107話「山の神・穴ぐら入道」のように、人間と妖怪が最後まで分かり合えずにやりきれない結末を迎えてしまうと言うのも、あまり後味良くないから嫌なんだけども。
 じゃどうしたらいいんだろうなあ(笑)?

 今話で良かったところは42話と同様、レギュラーメンバーが鬼太郎とねずみ男、2人だけで話が進むところか。
 特に冒頭、妖怪クワガタ(この取って付けたようなネーミングも楽しい)を採集するために奔走する2人の姿は、個人的には原作「雨ふり天狗」の冒頭でドライフラワーを作ろうとしている2人を思い浮かべてしまった。
 ねずみ男の思惑はともかく、クワガタ採集に夢中になって妖気アンテナを普通に使用する鬼太郎の姿も、なかなか面白い。
 人間と妖怪、どちらの側にも積極的に立とうとしない鬼太郎のスタンスも、今期のテーマに則った物だし、決戦時に「のどちんこを震わせて共振させ、野寺坊の音波攻撃を跳ね返す」という、今まで聴いたこともない新技が当然のように出てくるあたりも、原作ライクでいい感じ。
 野寺坊の描写自体も、日本古来の「荒ぶる神」的な扱われ方をしており、伝承通りにいけばほとんど無個性となったであろう妖怪に、うまい味付けを施していたと言える。

 ま、要するに今話も水準どおりだったんだよね。後は僕個人の好みに合ったかどうかってだけで(笑)。

 来週は妖怪城がついにその本性を現し、敵味方双方とも様々な妖怪が入り乱れての決戦になる模様、なんだけど…。
 多数のキャラが登場するであろう話の作画監督が八島氏って、どうなんだろうか。
 いや、絵の上手下手の話ではなくて、多数のキャラが登場するなんて、どう考えても通常の話より作画が大変になるだろうに、よりによって八島氏1人に任せる(八島氏は基本的に1人で1話分の原画を描く)のは、無理があるんじゃなかろうか。誰か他の人がヘルプに入るんならともかく。
 まあ再登場する葵ちゃんを、美麗な作画で拝みたいと言う欲求は確かにあるけどさ(笑)。
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2008年11月17日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)83話「燃えろ!小豆連合」感想

 今週の5期鬼太郎は久々に小豆洗いの主役回。原作「小豆連合軍」を下敷きにしたストーリーである。

 まずは「顔にどんどん小豆が出来てきて、それがボロボロ落ちてくる」という、原作でも屈指のグロい描写が、それほど遠慮されることなく、直接的に描写されていた点は、素直に評価したい。規制の厳しい現代でよく描写できたものだ。
 そのグロいシーンの直後に、ねずみ男がとぼけた態度で姿を見せたり、鬼太郎の全身から小豆が湧き出てくるシーンも、その直後にゲゲゲハウスを埋め尽くさんばかりの大量の小豆がドバッと出てくるという、ちょっと可笑しい描写を盛り込んだりして、グロシーンとのバランスを取っているのも、子供向けアニメとして非常に正しい姿勢だと思う。

 ただ序盤は小豆洗いを含めた小豆連合軍のギャグ描写が、少ししつこすぎたように思う。
 ギャグ描写を盛り込むからこそ、そんな妖怪たちが自分の価値観の元、非道な行為を悪びれることなく行うという、その落差が光るのだけど、ちょっとギャグをやりすぎたのではないか。
 そのせいで終盤、超サイヤ人化した(笑)小豆洗いのシーンまでギャグっぽく見えてしまったからねえ。あ、あれは元々ギャグっぽいしーんとして描かれたのか?
 ただその後の展開は、そのキレた小豆洗いもすぐピンチになり、復活した鬼太郎もまたすぐピンチになり、最後には2人が協力してケリをつけるという、「ピンチ→逆転」の構図を何度も使用した、セオリーどおりの面白いものになった。
 これを何週も引っ張るとドラゴンボールみたいになってしまうけど、1話の中で収めているからテンポも良いしね。

 そして小豆洗いは山梨代表の四十七士として目覚める。後頭部にデデンと紋章が表示されるあたり、やはり最後までコメディタッチは抜けなかったようだけども、これはこれでいいのかもしれない。
 逆を言えば、今更妖怪横丁の住人たちにシリアス展開をあてがっても、浮いてしまうかもしれないしね。

 次回は野寺坊…なんだけど、個人的にはそんなことより、ED画面で披露された劇場用短編の映像の方がすげーショックだった。無論いい意味で。
 歴代の鬼太郎が勢ぞろいする短編映画の映像が流れたのだけども、1期鬼太郎はきちんと白黒になっており、3期鬼太郎はきちんとちゃんちゃんこの柄の順番が3期準拠になっている(これは当然か)。
 何より作画が非常に良く似ているのに驚かされた。パッと見では3期鬼太郎の絵に違和感を感じたのだけど、3期のDVDなどに書き下ろされている、3期キャラデザ担当の兼森氏が「今」書いた3期鬼太郎の絵は、ちょうどあんな感じだったりするのだ。
 こりゃ短編の方も俄然楽しみになってきたぜ。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)68話「地獄超決戦!西洋妖怪総登場」感想

 さて、感想を書きそびれてしまっていた「5期鬼太郎」68話以降の感想も、そろそろ順番に書いていこうと思う。

 この話はサブタイトルにあるとおり、ついに西洋妖怪の一団が地獄に直接攻め込むと言う、物語上のターニングポイントに位置している話なのだけども、僕は初見時からあまり好印象を持つことが出来なかった。
 それは別に今回の話が特別つまらなかったとか、そういうことではない。いろんな要素が盛り込まれている割には、話そのものは綺麗にまとめられているし、見せ場自体もきちんと用意されている。
 好印象を持てなかったのは、最初から最後まで不完全燃焼のままで終わってしまった話に思えたからだ。
 はっきり言えば今話の中に込められたボリュームは、とても1話のみで消化できうるものではない。
 12年前の鬼界ヶ島決戦で鬼太郎たちと戦った、先代のドラキュラや狼男、さらには引退宣言をしていた先代魔女までもが、フランケンと共に参戦、地獄では五官王が罠にはめられ、閻魔大王は地獄と現世との均衡を守るために動くことが出来ず、宋帝王に化けて潜伏していた初代ドラキュラ伯爵の登場、さらにはおまけ程度ではあるがベアード配下の美人魔女たちやヨナルデパズトーリ(声はアニメ版「悪魔くん」と同じく田の中氏の二役!)の登場と、主だったところでもこれだけの要素が含まれている。
 ここに閻魔大王から新たな使命を託されるネコ娘とねずみ男の姿や、地獄と現世とで激闘を繰り広げる鬼太郎ファミリーが描写されるわけだ。
 とてもじゃないが1話の中に詰め込む量ではない。いくらなんでも多すぎる。

 つまり何が言いたいかと言うと、今回の話こそ32、33話のように前後編に分けてじっくり見せるべきだったのではないかと思うのだ。
 上に挙げた要素をこれでもかと矢継ぎ早に見せることで、テンポをよくすることが目的だったのだろうと思うけど、そのために各シーンの描写が何とも淡白なものになってしまっている。特に満を持して登場したはずの初代ドラキュラ伯爵の強大ぶりが、それほど発揮されなかったと言うのが、返す返すも勿体無い。
 これ以上ないほどのオールスター出演だっただけに、ここの見せ場を丹念に描いてくれたらよかったと思う。

 …とまあ捻ったことばかり書いてしまったけども、話自体は十分に楽しめたのは間違いない。ただもっと面白く出来たんじゃないかなあと思えるだけに、勿体無いと言わざるを得ない。
 まあ正味25分の中にこれだけの内容を盛り込んで、尚且つ不足することなく描写できているあたり、実はとてつもなく贅沢な作りなのかもしれないと思えなくもないのだけど。
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2008年11月13日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)82話「命カラカラ!赤舌温泉」感想

 さて今回の鬼太郎は赤舌である。
 原作では骨女を配下とし、鬼太郎や仲間妖怪たちの攻撃をことごとく退け、結果的にはねずみ男に倒された?印象深い敵である。

 で、今回の話なのだけど、はっきり言えばかなり物足りなかった。
 話としてはアマビエが四十七士として目覚めるまでの流れを追っていくわけで、要はアマビエ主役回だったのだが、そこに赤舌というこれまた強烈な個性を持つ敵を持ってくるのは、少し勿体無かったように思う。
 原作の話も別に悲壮感を漂わせるような雰囲気ではなかったけども、鬼太郎が敗れ、その鬼太郎が復活するまでの流れがほとんどコメディタッチで描かれてしまっていたため、赤舌の「強敵」としての存在感をきちんと描くことが出来なくなってしまっていたのが、なんとも残念だ。
 原作ファンとしては水車を用いての突進攻撃も見せて欲しかったし(温泉に入って「この水ネバネバしてるな」と言ってくれたのは良かったけども)。
 ただ、何故かはわからないがこの赤舌、4期も登場話は思いっきり原作から改変されており(改変の度合いは5期以上)、もしかしたらそういう宿命を背負ったキャラクターなのかもしれない。
 アマビエと比べても、赤舌が四十七士になるという流れがいかにもとって付けたような感じだったのも残念だった。直前の鬼太郎とのやり取りが「鬼太郎と心を通わせた」ことになるなら、がしゃどくろも四十七士になれてしまいそうな感じがするが、これは無粋な突っ込みか。
 ただ鬼太郎の「もし人間が態度を改めないのなら、次は赤舌を止めない」と言う言葉は、幾分類型化してきたきらいはあるものの、かつての5話と同様、独自の正義感に基づいた戦いを貫く、今期の鬼太郎ならではの言動だろう。

 個人的には上記の通り、不満の部分が大きいのだけども、それをフォローしていたのがアマビエ役の池澤春奈と赤舌役の飯塚昭三、お二方の声の演技だろう。
 池澤さんの声は本当にアマビエというキャラクターによくマッチしていると思う。ほんの少しのトーンの違いで物凄く嫌味な、いらない子扱いされるようなキャラになってしまいそうなところを、絶妙なバランスでどこか愛くるしいキャラクターに仕上げてしまっている。
 大ベテランである飯塚氏の演技も、赤舌の強大さを見せ付けるには十分すぎる貫禄で、逆に赤舌のキャラ自体が声負けしているんじゃないかと思えてしまったくらいだ。
 赤舌が四十七士になったと言うことは、4期の蟹坊主に続いて、飯塚氏演じる妖怪が準レギュラーになったということでもあり、これも素直に嬉しい。

 後はスタッフブログでも触れられていたが、「水」に関する科学的知識の導入と、川男の再登場が今話のトピックスかな。
 川男は42話の時と同じ声優さんが声を当てており、あの場面のためだけに呼んだのかよ!と、思わず突っ込んでしまった。変なところで声が豪華なんだよな、5期の鬼太郎は。
 ただ川男の片割れを演じている小西克幸氏は、次に主役回を控えた小豆洗いの声も担当しているから、ついでで収録したのかもしれないけどね。

 次回は小豆洗いが四十七士に目覚めるようで、小豆はかり、小豆ばばあの小豆連合軍が登場とのこと。
 体中に小豆がどんどん生えて?くるシーンは、子供心に強烈な印象を受けた結構グロいシーンなのだけど、きちんとそのあたりも映像化してくれるようで楽しみである。
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2008年11月03日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)81話「決闘!妖怪ハンター対針女」感想

 本当に、本当に久々の5期鬼太郎感想である。8月頭くらいから書かなくなり、いつの間にやら話数自体も80を数えるほどになってしまったね。月日の経つのは早いものだ。
 感想を書いていない過去の話についても、おいおい触れていきたいとは思っているけど、どこまで出来るものやら(笑)。

 さて今回の話は、山に入ってきた人間たちの影を奪う妖怪・針女と、その針女を倒すことにすべてをかける猟師・源五郎の戦いの様子がメインとなっていた。
 鬼太郎は源五郎に協力こそするものの、どちらかと言えば第三者的な立場に立っており、勝負の決着も源五郎(人間)がつけると言う、5期の中では異質な話となっていた。
 「おっさんと鬼太郎」というバディもののような不思議な組み合わせは、3期の65話「妖怪百目・地獄流し」で描かれていたが(厳密に言えば鬼太郎は終盤まで老人に変装していたけども)、3期のほうでは鬼太郎と行動を共にする脱獄犯が段々と鬼太郎の変装する老人を認めていったのに対し、今話では鬼太郎が1人の人間に過ぎない源五郎を認めていく流れになっていた。
 鬼太郎=妖怪であるが故に、針女にたった1人で挑もうとする源五郎をある意味バカにしていた節さえ窺えたものの、源五郎が基本的に鬼太郎を対等の「ハンター」として扱っていたこともあってか、鬼太郎も次第に純然たる協力体制をとって針女に立ち向かうようになっていく流れは、短い時間の中ではよく描かれていたと思う。

 作画面も今回はやたら気合が入っており、森の中や源五郎の家の描写における光と闇の調整具合は、1話完結のアニメにしては結構贅沢な作りになっていたのではないだろうか。
 影に針をつきたてられて次第に苦悶の汗をにじませる源五郎のシーンや、銃弾を作る際にきちんとふいごを使う描写を混ぜたりと、細かい部分での演出が実に冴えていた。
 演じる大塚明夫氏もよく使うスマートな声色ではなく、まさに薄汚れたおっさん臭い声色を使っており、源五郎の個性確立に一役買っていた。さすがは元祖ねずみ男こと大塚周夫氏の息子さんだけのことはある。
 そう言えば大塚氏が鬼太郎に出たのって、今回が初めてだったっけかなあ?
 ちなみに黒影村の長老を演じていた大ベテラン・塚田正昭氏は、元祖鬼太郎こと野沢雅子さんの旦那さんでもある。

 今回の話で良かった点は、源五郎と針女の過去の関係を(敢えて?)描写せず、「敵対する相手に勝つこと」だけを互いの目的に据えたところだろうか。針女も登場当初こそ「自分の山に入ったものを許さない」と言う目的があったようだが、最終的には源五郎曰く「ハンターの血が目覚めた」ようで、源五郎と鬼太郎を殺すことだけに執念を燃やすようになっている。
 ここらへんの、理屈を超越した動機による対決は子供にはわかりづらいと思うのだが、これをあえて鬼太郎と言う作品に導入した点がすごいと素直に思う(単に尺の都合で描写できなかったのかもしれないが)。
 その対決方法も単なる力押しではなく、互いに策を弄しての一進一退の攻防が緻密に描かれており、戦闘が終わる最後の最後まで緊張感を持続させることに成功しており、これまた「ゲゲゲの鬼太郎」のアクションとしては珍しい描かれ方となっている。

 そして戦いが終わった源五郎は、そのまま山を降りてしまう。
 ラストシーンで村の人たちが寂しげにしていたことから考えても、源五郎は村をも出て行ってしまうのだろう。
 戦いの終わったその場所に自分の居場所を見出すことが出来ず、結局は立ち去ることになってしまうという展開も、名作「七人の侍」以降、連綿と描かれてきた皮肉であるが、そんな寂しさをも感じさせる良い締め方になっていた(個人的にはやっぱり昭和のライダーシリーズを想起しちゃうけどね)。
 だがそこでクロージングではなく、最後の最後をねずみ男のギャグで終わらせるあたりも、「子供向けアニメ」していて小気味良い。
 映画公開もあと一ヶ月ほどになり、スタッフも苦労している時期であろうにもかかわらず、こういう高水準の話を散発的にとは言え出すことが出来るあたり、すごいものだと思わざるを得ないね。

 来週登場の妖怪は「赤舌」。なんか赤舌も妖怪四十七士の一員になるみたいだけど、どんな流れで味方につくのだろうか。
 とりあえず「温泉に入っていたら実はそこは赤舌の口」というネタは使ってくれるようなので、そこは楽しみである。
posted by 銀河満月 at 17:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月21日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)67話「歩く吸血樹!樹木子」感想

 で、今回は樹木子…というより、蒼坊主の話と言ったほうが的確かもしれないね。今話での樹木子は「敵妖怪」以上の個性は与えられていないから、妖怪というよりはむしろ単純な怪物のような存在になっていた(今期版の邪魅みたいなものか)。

 今話はどちらかと言えばアクションが主体の話なんだけども、意外と怖い雰囲気も出せていたのは、良い意味で予想外だった。
 何の変哲もない木が、次の瞬間には化け物に変わっているという流れは、手間がかからないわりに結構強烈なビジュアルショックを、見る側に与えてくれる。
 しかも序盤戦では鬼太郎と蒼坊主の2人がかりでも足止めすらできないと言う、これまた意外な強敵ぶりを発揮し、クライマックスの決戦シーンが、それぞれ手負いの状態ながらも苦戦の末に撃破するという、アクションものの定番ではあるが熱いシーンになっており、このあたりの構成はいつもながら見事の一言。

 蒼坊主とゲストキャラの久美とのやり取りも微笑ましく、鬼太郎とはまた異なる「大人」キャラである蒼坊主の個性が存分に発揮されたと言うところか。
 ねずみ男も金目当てで久美の家族に近づくも、最初から鬼太郎を当てにした節が伺えて、このあたりの微妙な情けなさも良い。
 仲間妖怪も地味に登場シーンが多く、仲間妖怪のファンとしても満足できる内容だったのではないか。アマビエとかわうその漫才も、もはや今期ならではの名物シーンになってるね(笑)。

 次回はついに地獄での西洋妖怪との決戦が始まるようだけども、なんか色々盛りだくさんになるようなので、果たして1話分だけで収拾がつくのか、そっちの方が不安である。
 よりによってこういう時に放送が1週空いてしまうしなあ…。
posted by 銀河満月 at 15:22| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(5期)66話「さら小僧!妖怪ヒットチャート」感想

 さてさら小僧の話。
 今期版のサブタイトルには「ヒットチャート」という言葉が使われてるけど、3期版では「歌謡大賞」なんて言葉が使われていたりして、人間のタイトリングセンスは20年近く経ってもそれほど代わっていないんだなあと、無駄なことを考えてしまったり(笑)。

 今期も4期版での憂歌団と同様に、主題歌を歌っている「ザ50回転ズ」が本人役で登場し、「ぺったらぺたらこ」を歌う売れないバンドを演じていた。
 しかし1期、3期、4期とそれぞれさら小僧の歌う歌は、実際に「歌」として再現されてきたけども、どれもこれもそんなに人気の出るような歌には聴こえないよなあ(笑)。
 まあそれが鬼太郎世界の味と言えばそうなんだけどね。「スパイダーマンブギ」が売れるような世界だってあるんだし(鉄十字団の工作もあったけど)。
 50回転ズの面々も鬼太郎ファンを自認しているだけあって、終始楽しそうに演じているのが感じられて、その辺は好印象だった。最後のオチまで持っていってしまうとは思わなかったけども。

 ただ今回は4期版と違って、そのゲストキャラはあまり前面に出てくることはなく、むしろさら小僧から真実を聞きだすために四苦八苦する鬼太郎たちの奮闘振りがメインになっていたように思う。
 さら小僧も演じる松野太樹氏の小憎らしい演技もあって、実に原作に近いすっとぼけた自分勝手な妖怪になっていたと思う。
 「ぺったらぺたらこ」自体も、4期版と同様に「歌自体に特殊な効果がある」設定が付与され、どうあっても鬼太郎たちがさら小僧から真実を聞き出さなければならない状況を補強していた。
 尤もその歌による雨の被害についてはあまり触れられていなかったので、おまけ的要素と取れなくもないのだけど。

 鬼太郎は一度50回転ズに警告をした関係上、彼らがさら小僧にさらわれた際に放っておく素振りを見せたのは、今期ならではの描写でニヤリとさせられたが、その後すぐに彼らの無事を待つ子供の存在を知って考えを改めるあたりも、「アニメ版のゲゲゲの鬼太郎」していていい感じでしたね。
 水中で指鉄砲を使っていたのは気になるところだが(七人ミサキとの決戦時は、水中に空気がないため指鉄砲が使えないと言う描写がある)、まあ鬼太郎自体、先祖伝来の下駄がある時期だけヘドロで出来てたこともあるし、その辺の細かい設定に突っ込むのは野暮だろう。
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ゲゲゲの鬼太郎(5期)65話「呪いの鳥!うぶめが舞う」感想

 随分と間が空いてしまったなあ。
 ここのところは他に面白いこととかがあるんで、あまりブログにまで時間が割けないんだよね。
 8月になったら買いたいゲームなんかも出るし、またいつも以上にブログの更新が滞るんだろうな。

 で、鬼太郎の感想をさっくりと。
 うぶめが登場する話の場合、原作以上に「子を想う母の思念」がクローズアップされることが多いのだけども、今期でも歴代作に漏れず、その部分が前面に押し出された作品となった。
 ただ歴代作と異なっていた部分は、現代の「母親に対する子供の態度」を描くことで、子供に対しての教訓めいた話まで盛り込んでいたことか。
 細かく書けば、歴代作では「子供をないがしろにしてしまう(事情はあるが)親と、子供に親身に接する(あくまで独りよがりだけど)うぶめ」を対比していたのだけど、今回はそちらについてのテーゼはなりを潜め、「親に邪険な態度を取る子供が、うぶめの抱いている『子供への想い』を知ることで、実際の母親への考え方を改める」という内容になっていたわけだ。
 そういう風に考えると、原作での鬼太郎の重要なセリフ「世の中は自分を中心に回ってるんじゃない」に通じるものがあるかもしれない。
 またそういう親子関係に、今期ならではのキャラシフトを生かしてネコ娘が密接に絡んでくるあたりの筋運びも巧かった。

 反面、鬼太郎はあまりいいところがなかったような気もするが、最後の最後に鬼太郎の母親に関する話が少しだけ出てくれたのは、個人的には嬉しかったかな。
 そう言えば今年の後半から5期鬼太郎は連作形式になるって話だけど、敵対する相手が西洋妖怪になるなら、当然地獄関連のネタも出てくるだろうし、そのあたりで母親関連のエピソードも絡ませて欲しいなあ。
 今のところ今期の鬼太郎では、原作の「死神」に相当するエピソードは作られていないわけだし。
posted by 銀河満月 at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月30日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)64話「もうりょうの夜」感想

 さて今回の鬼太郎は「もうりょうの夜」。と言っても実際にもうりょうという妖怪が出てくる話ではなく、今話の元になっているのは、鬼太郎以外の水木作品「死人つき」である。
 よってここでいう「もうりょう」とは、マガジン版に登場した「もうりょう」という名前を持つ一匹の妖怪ではなく、文字通りの魑魅魍魎と考えた方がいいだろう。
 (ちなみにこの「死人つき」という話は、旧ソ連の文豪・ゴーゴリの小説「妖女(ヴィイ)」が元ネタになっている。)
 歴代アニメでは2期で唯一アニメ化されている話だが、5期はこの話をどのように料理したのか…?

 舞台設定は小さな村の小さな病院になっていたものの、「死人つき」の展開そのものは、それほど大きく変化していなかった。
 死体に妖怪が取り付く、八角円の中にいれば妖怪たちにも見つからない、妖怪は一番鶏の鳴き声を聞くといなくなる、朝日を浴びると消滅するなどなど、原作での重要なファクターはほぼ過不足なく盛り込まれており、少なくとも2期版を見たことのある方ならば、思わずニヤリとしてしまったのではないだろうか?
 舞台となった鹿羽村では、50年前にも同様の事件が起きており、その際にも鬼太郎に頼んで事件を解決してもらったとのことで、そのへんは今期ならではの設定ではあるが、それ故に冒頭、死体が暴れるにもかかわらず、病院側がきちんとその備えをしていたと言う展開にも納得がいく。

 今回は前話での予告やアバンナレーションにもあったとおり、「怖い」部分をかなり強調した話になっていたが、確かに序盤の死体徘徊シーンは怖かったものの、妖怪たちが大挙現れるあたりは、単純な怖さよりも、むしろ水木作品ならではの「怖いけどもどことなくユーモラス」という部分が良く出ていたのではないだろうか。
 単純なホラー的怖さは、正直それほど感じられなかったけども、水木作品的な雰囲気は十分に出せていたのではないかと思う。
 ただ個人的には、八角円の力を見通す土精の目が2つあったのは、ちょっと残念だったかな。あそこはああいうユーモラスな外見の下から、一つ目という異形が現れるというインパクトが重要だったと思うので。

 今話で面白かったのは、ゲストである病院の若先生こと泰造のキャラクター像。
 死人つきを迷信と断じて信じず、鬼太郎の介入さえも邪魔しようとする姿は、ちょっと見ると類型的な「頭の固い人間」になりそうだけども、実際は故郷の小さな村と、父が院長を勤める病院を何とか大きく、近代的なものにしたいという、彼なりの理想を叶えるためのものだった。彼は決して悪人ではないが、逆に真面目すぎるために自分の理想しか見据えることの出来ない、そういう意味では不器用な人間だったとも言える。
 しかしそんな彼に対し、鬼太郎は必要以上に介入しようとしない。ラストでの目玉親父の言葉が本当だとするなら、鬼太郎は彼のそんな態度の裏に、故郷に対するコンプレックスがあるということを見抜いていたのかもしれない。
 わざわざ妖怪たちを倒すための入念な準備をしておいたにもかかわらず、「賭け」と称して無茶なことを泰造にやらせてしまうあたりは、コンプレックスを解消させるための、鬼太郎なりの思いやりだったのかもしれない。

 その鬼太郎も今回は特にアクションを見せることなく、時計とカラスを用いたトリック、そして一番鶏の声を封じるという手段を使うことで妖怪たちを欺き、妖怪たちは既に昇っていた朝日の光を浴びて、すべて消滅する。
 この辺の周到さと、妖怪たちに囲まれながらも一歩も引くことなく、逆に不敵な笑みを浮かべる鬼太郎の姿は、今期でなければ出せない味だろう。

 また今話では、泰造の持っていた細胞のデータを調べる機械やら、何故か仏門に入っているねずみ男など、本筋と全く関係ない、と言うか入れる必要があるとも思えない部分での小ネタが目立っていた。
 マクガフィン的なものですらない、まさに雰囲気を盛り上げるためだけの舞台装置的なネタではあったものの、その効果は確かに本編中にも生かされていたし、こういうものをいくつも盛り込んでくるあたりに、スタッフ陣の余裕のようなものを感じられなくもない。
 いい傾向だと思う。

 次回は「うぶめ」。歴代アニメ作でも必ずアニメ化されており、特に3期に至っては最高視聴率を叩き出した話でもある。
 個人的には鬼太郎が亡き母への想いを少しだけ吐露していた3期版が特に好きなのだが、今期はどんな話になるのだろうか。
posted by 銀河満月 at 00:33| Comment(1) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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