2019年02月24日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)41話「怪事!化け草履の乱」感想

 さて今回の話は化け草履…なのだが、話の内容とは別の次元で個人的に腑に落ちない点が出てしまって、どうにも話自体の感想をきちんと考えられないというのが正直なところだったりする。
 器物百年を経て変化する付喪神の存在が今話の肝でその付喪神たちが人間に簡単に捨てられてしまう現状を悲しんで…(「怒って」でないのは今期独自のアレンジで程良い匙加減だった)、というのが今話の粗筋なわけだけど、この種の話を見るとどうしても「物を捨てるのってそんなに悪いことなのかなあ」と思ってしまうのである。まして今話の場合は大事にしてくれた人が亡くなったのと引っ越しという生活環境の変化があって、取っておく意味がほとんど失われてしまった状態だから、原作で買ったばかりの靴を気に入らないからという理由で捨ててしまうのとはだいぶ状況が異なっているから、それを同等のものとして考えていいものなのかなあと考えてしまうのだ。尤も制作側もその辺は踏まえているからこその怒り→悲しみへのニュアンスの変化なのだろうけど。
 でもよほどの好条件が揃わない限り、1人の人間が生きている中で手に入れたすべての物を所有し続けることなんて事実上不可能なのだから、捨てることは悪いことと断じているような話作りにはちょっとうーむと思わざるを得ない。今話ではそのあたりの落とし所として化け草履たちを資料館に保存するという形で幕を閉じさせたので、話としては巧いまとめ方だったとも思うのだけど(じゃあ言うな)。
 個人的にはエキセントリックな変人を登場させるよりはごく普通の、何の悪意もないけど物を大切にしない人(5期78話でヒダル神を怒らせた料理番組のような)を出して、その上で古い物を大事に思う人たちをクローズアップした方が良かったんじゃないかなあと思ったり。
 あくまで個人的にそう思うだけで今話そのものは、何度も触れてるけど怒りではなく悲しみが行動の動機としている時点であまり殺伐とした雰囲気にはなっておらず、良い話としてまとめきっている手腕は見事である。今回の騒動のそもそもの原因が「人間」と「器物」のコミュニケーション不足という、文章で書くとおかしいのだけど作品世界的にその通りとしか言いようがない点も、いかにも鬼太郎や水木漫画らしいユーモアがあって良い。

 次回は妖怪大裁判。…あまり鬼太郎のケツにばかり目を向けないように(笑)


posted by 銀河満月 at 14:52| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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