1話からずっと見続けてきた身としては、早くも今から寂しさを感じてしまうわけだが、半年間見慣れた作品やキャラクターに惜別の念を抱くほど感情移入できるということは、それだけ創作物としては優秀な出来の作品ということでもあるから、ここは湧きあがる様々な気持ちを抑え、最終回までアイドルたちの物語をきちんと見届けることにしたいと思う。
千早を取り巻く状況もようやく落ち着き、961プロとの諍いもひとまずは決着がついた。765プロにもようやく穏やかな日常が戻ってきたかと思われたが、今までとはまた別の次元で「穏やか」には程遠い日常を過ごすことになっているようだ。
季節はもう冬。1話の時点では春だったのに、実際の時間と同様、劇中における時間の経ち方もあっと言う間である。
そんな冬の街を、いつものように変装して仕事場に向かう春香。彼女はその通勤途中、街頭の大型ビジョンで流れていた美希の新CMに目を留めた。「relations」に乗ってアダルティーな雰囲気の美希が出演しているそのCMを見て、美希の頑張りを喜び自分もと気合を入れる春香。
今までにもあった、そして劇中で描かれていない部分ではもっと多くあったであろう、春香のいつもの日常。仲間の努力を認め、それによる成功を素直に喜び、自分も頑張らなければと奮起する。実に春香らしい優しい考え方と言える。
春香は千早と共に、2人が出演する歌番組のミーティングに参加していた。千早はすっかり角が取れたような穏やかな表情になっており、そんな千早を隣で見つめる春香の表情もまた嬉しそうだ。
2人に付き添って来ていたプロデューサーは2人に飲み物を買うが、自前の財布には穴が開いており、そこから小銭を落としてしまったり、小銭を探して自動販売機と床の隙間を覗き込んだりと今一つ冴えない様子。
そんなプロデューサーから飲み物を贈られたことに素直にお礼を言いつつ、プロデューサーなのだから財布くらいはきちんとしてほしいと冗談めかして話す千早からは、単に角が取れたと言うだけでなく、プロデューサーに対しても春香同様に全幅の信頼を置いている様子が見て取れ、2話や12話のNO MAKEでプロデューサーの技量を疑ってかかっていた頃とは雲泥の差である。
プロデューサーの姿に半分隠れているものの、そんな千早の変化に少し驚いた表情さえ浮かべる春香もまた印象的だ。
それにしてもこんな他愛のない会話をこの3人で行い、あまつさえ笑い合う姿を見ることができる時が来るとは、1話から見続けてきた身としては何とも感慨深いものがある。
楽屋にてプロデューサーが2人に披露したのは、もうすぐ行われるニューイヤーライブのポスター。765プロアイドルにとっては夏のファーストライブに続く、二度目の大きなライブだ。
今回は「竜宮小町とその他のアイドル」ではなく、事実上全員が同質の扱いとなっているようで、ここだけでも全員が努力してきたその成果を味わうことができるだろう。13話での「自分RESTA@T!」のラスト部分の振り付けもそうだったが、地味に雪歩が目立つ位置にいるのが面白い。
しかし同時に、今回のライブの練習については顔を出すことができなくなりそうだと告げるプロデューサー。もちろんプロデュース業が忙しくなっているが故のことではあるが、大事なライブの練習に顔を出せないというのは、プロデューサーとしてはやはり心苦しいのだろう。
謝るプロデューサーを取りなすのも春香ではなく千早だった。今話に限っては春香のお株を奪いかねないほどの描写だが、前述の通り春香やプロデューサーを信頼しているからというだけでなく、「春香がいるから芸能界でやっていけている」という依存的な考えからの脱却をも意味しているのだろう。
プロデューサーとしてもっともらしく「体調管理に気をつけるように」とお説教を始める彼の姿に、春香も千早も思わず顔をほころばせてしまうが、そんな彼の口から「クリスマス」という言葉が飛び出した時、春香の眼の色が変わる。
そう、時期はまさにクリスマス。春香は765プロアイドル全員で行った去年のクリスマスパーティのことを思い出し、今年はプロデューサーにも参加してもらってパーティを開こうと言い出す。
いかにも年相応の少女といった発想であるが、みんなが一緒になって楽しむことが自分の喜びになる春香らしい考えとも言えよう。
しかし今年は去年とはいささか事情が異なっていた。去年の時点では全員無名のアイドルであり、はっきり言えば暇であったからこそ全員が同じ日に集まることもできたのだろうが、今年は状況が全く異なる。765プロアイドルは全員売れっ子のアイドルなのだ。無論春香本人も例外でなく。
ましてクリスマス、つまり年末時期となればプロデューサーの言ったとおり、年末特番やクリスマスのイベントといった仕事が目白押しである。そんな時期にアイドルがプライベートで集合するのは非常に難しいことだった。
千早からそのことを指摘され、その理由に納得しながらも少し意気消沈してしまう春香。春香がそんな様子になるであろうことを察した上で、千早が「ダメ」とか「できない」といったあからさまな否定の言葉を用いず、言葉を選んで春香に指摘しているところが、千早の気遣いを感じられて良い。
そんな春香の姿を見て、プロデューサーは努めて明るくパーティをやろうと宣言する。もちろん仕事が優先であるから、参加できるメンバーだけという条件こそついたものの、彼のそんな言葉に春香もパッと顔を輝かせる。
状況もやろうとしていることも異なるとはいえ、慰安旅行に行くことを渋っていた5話時点での彼の態度とはまったく違っているあたりも、彼の成長の成果というところだろう。
彼はパーティを開くということ以上に春香の、プロデュースしているアイドルの笑顔を守るという、「アイドルマスター」におけるプロデュース業の根幹の一つを、忠実にこなしているのだ。
単純にアイドル業のことを重んじるなら、春香の提案はむしろ個人的なわがままとして片付けられることかもしれないが、アイマスのプロデューサーとしては真に正しい応えであったと言える。
ゲーム「ライブフォーユー!」でのDLC衣装である「ライブフォーヴィーナス」を着込み、壇上で「inferno」を熱唱する千早の姿に見惚れ、嬉しそうに互いを見やって微笑みあう春香とプロデューサーの間には、「アイドルとプロデューサー」というアイマスの最も基本的な関係性がしっかりと根付いていることを示唆している。
20話に続いて千早に対し春香がプロデューサーの声真似で彼の伝言を伝えるあたりからも察せられることだろう。
だからこそ千早がアイドルとして成長してきているのも、自分の力ではなくプロデューサーの尽力あってこそのものと言い切ることもできるのだ。無論そこには春香らしい謙遜も入っているのだろうが。
収録を終え、楽屋で先程のクリスマスパーティについて話す春香と千早。とりあえずみんなに連絡を取ることにした春香だったが、そんな春香の視界に飛び込んできたのは、備え付けのテレビから流れる美希の新CMだった。
続く情報番組では美希が参加したイベントの様子が放送され、「クリスマスを誰と過ごしたいか?」という問いに「好きな人である『ハニー』と一緒に過ごしたい」と、少々危なっかしい発言をする美希に少し苦笑しながらも、そんな美希のスター性を素直に褒める春香。それは千早も同様だった。
テレビ画面の映像とは言え、「クリスマスはみんなと一緒に過ごしたい」と思っている春香の目の前で、「クリスマスは特定の人物と過ごしたい」と美希に言わせているところに、何かしらの意図が含まれているようにも思えるが、もちろん美希にさしたる他意はなく、春香も特別に何か遺恨を抱いたわけでもないようなので、ここはキャラ個人の心情に影響を与えると言うよりは、作劇上のギミックとしての機能に留まると考えるべきだろう。
千早と別れ1人レッスンスタジオへ向かう春香は、その道すがら各アイドルに連絡を取り、クリスマスパーティを開きたい旨を伝える。しかし各人の対応は、春香の期待とは少し異なるものとなってしまったようだ。
プロデューサーも言ったとおり今の時期は格段に忙しいため、それぞれの返事も今一つ煮え切らないものばかり。皆参加したいという気持ちはあれど、スケジュールという現実的な問題がそれを困難なものにしてしまっていた。挙句に律子からは「優先順位を考えなさい」とお説教まで受けてしまう。
当然と言えば当然の話ではある。公的な立場についた以上、プライベートよりもそちらを優先せざるを得ないのは、何もアイドル業に限った話ではなく、社会のほぼすべての職業に当てはまることなのだから。そこに個人の「わがまま」が介在する余地など、基本的には存在しないと言っていい。
しかしそれは世知辛い現実世界での考え方に即した見方でもあり、制作陣が創造した「アニマス」の優しい世界は、そんな春香にそっと救いの手を差し伸べる。
それが亜美から伝えられた、「春香より先にプロデューサーがパーティの件で連絡を取ってきた」という事実であることは言うまでもない。春香に同意し彼女のために行動を起こしている人間が、すぐそばに確実に存在している。それは春香にとって小さな、しかし確実な救いでもあった。
内容が前後してしまうが、みんな参加したくないわけではなく、「参加したいけど難しい」というスタンスであるのも忘れてはいけない部分だろう。基本的にはみんな春香と同じ気持ちなのだ。
そんな中でもさらにもう一つ大事なイベントがあることに触れる真と、大人ぶった態度でパーティに興味のない素振りを見せる伊織あたりが注目点であろうか。
律子たちとの電話を終えた春香は、最後に美希と連絡を取ろうとするが、今日の美希は忙しいからとメールでの連絡に留める。
その後の独りごちる姿も含め、決して表面には示すことのないものの、春香が「集まりたくても集まれない」現実に少なからぬショックを受けていたのは事実なのだろう。自分自身に言い聞かせるように笑顔を作って見せたところからも、それは容易に窺える。
無論それは先ほども書いたとおり当然のことであるし、春香自身も重々承知していることであろうが、それでも春香は「何か」を感じないわけにはいかなかった。みんなの気持ちも十分理解しているからこそ、自分のその気持ちを外に向けて発露するわけにはいかないし、元々そう言ったことをするタイプでもない。
美希との連絡をメールのみにしたのは、今の状態でだれかと話をしたら、そんな今の自分でもはっきりとは分かっていないと思われる気持ちを、もしかしたら気づかぬ内に漏らしてしまうかもしれない。そんな考えがよぎったからのようにも見える。
最後の連絡相手が美希であったことも、先述のインタビューの件と同様にギミックの一環と考えられるが、そんな積み上げたギミックがそろそろと明確な形を持って、春香の前に現れることになる。
スタジオでレッスンに励む春香にプロデューサーから入った連絡。それは春香と美希がミュージカルのメインに決定したという朗報だった。
どちらが主役で準主役となるかは今後の2人の稽古次第ということであったが、いずれにしても大役であることには変わりない。この役を得たという事実は春香に一体何をもたらすことになるのであろうか。
後日、事務所に出社した春香を出迎えたのは小鳥さんの声。と言っても春香に向けられたものではなく、忙しそうに電話応対をしている声だ。
みんなのスケジュールが書き込まれているホワイトボードも、今までにないほど予定がぎっしりと書き込まれていることも含め、今のこの時期が本当に彼女らにとって多忙の時期であることを窺わせる。
電話を終えた小鳥さんは、春香に彼女が出演決定したミュージカル「春の嵐」の台本を手渡す。本当はプロデューサーが直接渡したかったようだが、彼は彼で忙しい身のため、事務所には不在だった。台本だけでもいち早く春香に渡しておきたいとの厚意から、小鳥さんに台本を預けていたのだ。
祝福する小鳥さんにここでも春香は、プロデューサーが役を取ってきてくれたおかげと、プロデューサーの功績を褒める。しかしその通りにここ最近のプロデューサーのやり手ぶりは、小鳥さんも認めるところであった。予定で埋め尽くされたホワイトボードを用いて、小鳥さんの言葉以上にシチュエーションで語る構図は、いつもながら巧みである。
美希と一緒に舞台で共演できることを素直に喜び、笑顔を見せる春香。その夜の千早との会話から見ても、全員一緒に仕事をする日曜の時以外は顔を合わせる機会も減ってきているようで、その意味でも同じ765プロの仲間同士で共演できるということは、春香にとって裏表のない、この上なく嬉しいことなのだろう。
その千早は楽曲の海外レコーディングが決まったとのことで、歌い手としてさらなる成長を果たすべく、千早らしい物静かな口調で抱負を春香に語る。
ニューイヤーライブの時期と重なってしまうことが唯一の懸案事項であったが、765プロ主催のライブを自分の「原点」とし、可能な限りは練習に参加すると述べる千早。アイドルとしてデビューを果たし、紆余曲折の末に大きな成長を遂げ、そして苦悩の果てに自分の過去をも乗り越えた、乗り越える力をくれた人たちがいる所。アイドルとしての千早の変遷のすべてがつまっているのは765プロであり、そこにいる人たちであり、みんなと一緒に取り組んだ仕事の数々。確かに千早にとってはそれらすべてが今の自分の原点と言えるだろう。
千早が素直に気持ちを口にしたからか、春香は今まで誰にも明かさなかった自分の心情の一端を、良くも悪くも彼女らしく歪曲した表現で吐露する。
これまでずっと一緒に行動してきた他のアイドルたちと、会うことも話す機会も以前より減ってきている。良くて毎週生放送される日曜の「生っすか!?サンデー」収録時に集まれるくらいだ。その現実に春香は戸惑っていた。しかし彼女は自分の戸惑いを否定的な、ネガティブな言葉を使って表現することはしない。春香は今や一番の親友となったであろう千早の前でさえ、自分の弱い部分を見せようとはしなかったのだ。
これはもちろん春香本人の性格に拠るところが大であろうが、何より彼女自身も自分がなぜ戸惑っているのか、明確には理解できていなかったのではないだろうか。彼女はアイドルである点を除けば「普通の女の子」である。ごく普通の少女に、内心に生じたもやもやした気持ちを正確に分析、考察し、それを対応する言葉に置き換えて他人に伝えるなどという図抜けた真似など、容易にできることではないだろうから。
またあくまで今の状況が一時的なもので、すぐ以前の状態に戻るとある程度は楽観視していた節も、心情の吐露を早々に止め、全員が集まれるはずのクリスマスパーティに想いを馳せるところから窺えよう。
そしてついにクリスマス当日。新曲「My Wish」に乗って煌びやかに彩られた町並み、そしてそんな中それぞれの場所で仕事に励むアイドルたちの姿が描写される。歌番組に出演する者、クリスマスライブを開く者、クリスマス特番や正月特番の収録に参加する者、聖歌隊に扮して歌を歌う者…。
ちらちらと降り始める雪の中、思い思いの形でアイドルたちはクリスマスという日、聖なる夜を過ごしていた。そんな彼女たちにとって、その後開かれることになる極々ささやかなな「パーティ」は、どのような存在として受け止められているのだろう。
そのパーティを誰より心待ちにしていた春香もまた、収録が押してしまったために事務所へ戻るのが遅れてしまっていた。しかし事務所には春香だけでなく、他のアイドルたちも戻ってきていないことを小鳥さんから聞かされ、さすがに春香も少し不安がる。自分自身が仕事を理由に遅れてしまっていることが、余計に彼女の不安をあおっているのかもしれない。
そんな春香を始めアイドルたちの事情を知りながらも、クリスマスツリーを飾りつけてみんなを待つ準備を整えている小鳥さんの姿は、前話で触れたとおり「アイドルを支えたいと願う」スタンスとしての面目躍如と言えるものだろう。
挿入歌「あったかな雪」をバックに、駆け足で事務所への道をひた走る春香だったが、とある店の前でその急ぐ足を止める。
そこはケーキ屋であった。クリスマスと言えばやはりケーキがつきものということで、春香は大きなホールケーキを1つ購入する。それは無論アイドルたちが全員事務所に戻ってきて、全員でケーキを食べることになると信じたからこそであるが、購入の際に「余ってしまうかも」とショートケーキとどちらを選ぶか少し逡巡したところに、未だ胸中にかすかな不安を抱いている様子が見て取れる。
ケーキを購入し改めて事務所へ走り出した春香は、しかしまたとある店のショーウインドウの前で足を止めた。そこに展示されていた男物の財布に目が向いたのだ。
思い出されるのは、穴があいているというプロデューサーの財布。恐らくは多忙のために財布を買いに行く暇すらないのであろうプロデューサーのことを思い、春香は財布を見やりながら小さく頷く。
やっと事務所のビルに到着した春香。そしてそれに合わせるかのように、千早もまた同じタイミングで姿を見せる。千早の手にもクリスマス用のケーキがあるのを見、春香は思わず顔をほころばせる。
雪降る夜の空を見上げる2人。そう言えば1話でも2人はビルの入口で、雨雲の出てきた春の空を見上げ、春香は咲いている桜が散ってしまうかもしれないことを気にかけていた。
演出上の意味や共通項と呼ぶべきものは存在していないのだろうが、それでも見上げる空もその空から来るものもあの頃から随分と移り変わり、そんな空を見上げている春香たちもまた同様に移り変わった。変わるために邁進し続け、今も変わり続けているアイドルたちが、ただ一つ何があっても変わることなくそびえ立っている「場所」の入口で、あの頃と同じように空を見上げるというシチュエーションは、彼女たちの本質そのものはあの頃から何も変わっていないことを指し示しているようにも思える。
自分たちがどれほど変わったとしても、最後に自分たちが戻ってくるべき「場所」がそこにはある。そしてそんな考え方は春香たちだけのものではなかった。
事務所のドアをくぐった春香たち2人を出迎えてくれたのは小鳥さん、そして先に戻ってきていた貴音、真、真美、響、やよいのアイドル仲間たち。5人はプロデューサーがスケジュールを調整してくれたこともあり、どうにかパーティに間に合う時間に戻ってくることができたのだ。
自分と同じような忙しさを抱えているにもかかわらず、自分よりも先に到着し準備をしていてくれた仲間たち、そして自分たちのためにギリギリまで調整してくれたであろうプロデューサー。そこにあるのは「みんなでパーティを楽しみたい」という単純な、そしてごく普通の願いがあっただけであるが、それはアイドル全員の本心からの願いでもあった。それは真美や真たちもまた春香と同様に、全員が食べられるよう大きなホールケーキをそれぞれが購入してきていたということが明確に示している。
春香や千早だけではない、みんなの本質もまた昔から何も変わっていなかったという事実は、春香を大いに喜ばせ安堵させたであろうことは間違いない。
同時にまだこの時点では姿を見せていないプロデューサーの功績も忘れてはならないだろう。単にアイドルプロデュースに終始する人間であるなら、私的なクリスマスパーティなどにわざわざスケジュール調整までして協力するはずもない。今回の彼の行動は、アイドルであると同時に「年頃の女の子」でもある彼女らを支えるという彼のスタンスを改めて明示したものと言える。
少し遅れて到着したのは雪歩。事務所に入ってきた彼女にみんなは花束を渡しながら声をかける。「メリークリスマス」、そして「ハッピーバースデー」と。
これが真の触れていたもう一つのお祝い、すなわち雪歩の誕生祝いであった。12月24日は雪歩の誕生日。Aパートから真の言葉で触れられていたことではあったが、雪歩自身の口からはその話題が出ることは全くなかっただけに、ここできちんとお祝いされたことに驚き喜んだ視聴者もいたのではないだろうか。
雪歩の驚きの表情からは、クリスマスのパーティに参加できるかどうかというギリギリのところでそれぞれが仕事をこなす中、この上自分の誕生日のことまで話せば、さらに無理をしてでもパーティを開こうとしかねない。765プロの仲間はそう言う人たちだと知っているからこそ口にしなかったという、雪歩らしい控えめな気遣いがそこにあったと察せられるだけに、皆から誕生日を祝福されて微笑む雪歩は本当に幸せそうで、見ている側としても何とも心地良い描写に仕上がっている。
続いて到着したのはクリスマスライブを終えた竜宮小町の面々。事務所に入ってきた亜美が最初に声をかけたのが春香なのは何気ないことではあるが、今回のパーティを開くための一番の功労者が誰であるか、演出的に表現していると言えるだろう。
打ち上げの途中だったが主役がいないと盛り上がらないだろうから、「仕方なく」こっちに来たと話す伊織の相変わらずな態度に思わず苦笑する一同だったが、すぐに入った亜美のツッコミからも伊織がパーティのことをかなり楽しみにしていたことが窺え、それがばれたことに狼狽する伊織の姿も含め、すっかり「いつも」の事務所の風景が戻ってきたような感じだ。
社長室で何事かを電話で話している社長は置いておくとして、ようやく最後のメンバーである美希とプロデューサーも到着し、事務所の中は俄かに活気づく。美希もきちんと雪歩のバースデープレゼントを買ってきているところが、細かいながらも好い演出だ。
そんなみんなの様子を喜んで見つめるのが、Aパートで春香やプロデューサーの提案に苦言を呈していた律子というのは、彼女もやはり一個人としてはパーティを開き、全員に参加してほしい気持ちがあったからに他ならないだろう。そんな彼女の気持ちをみんなの様子を見やった時の感想、そして遅れて到着したことを謝罪したプロデューサーに対する「いえいえ」の一言に集約させている点は見事である。
しかし既に上述したとおり、全員出席してのパーティを開催することができた、本当の意味での最大の功労者はプロデューサーではない。千早の言う「みんなでいることを大切に想う人」、その人の意志が何より強い原動力となっていた。
みんなと共に目標に向かって努力し続け、みんなと一緒に困難を乗り越え、その上で結果を出してこれたからこそそれが正しいと信じられるし、これからもその通りにやっていけば大丈夫と信じられる。そしてそんなみんなと育んできたものは一朝一夕に出来上がるものではなく、平素からの繋がりによって生み出されるものであることも知っているから、皆で一緒に一つの事を成すという点に拘った。例えそれがプライベートでのことであっても。
そんな彼女の想いを汲んで、プロデューサーはスケジュール調整という形で彼女の背中を後押ししたのだ。彼女の想いが765プロアイドル全員の原動力になると知っているから、自分もかつてその想いに救われた経験を持つからこそ。
プロデューサーと同じ経験を持つ千早の視線の先には、全員集まった事務所の中でいつもどおりにふるまう少女の姿があった。笑顔を見せたり少しドジな一面を見せたり、それは千早が久々に見たかもしれない、彼女の普段通りの楽しげな姿であった。
社長室から出てきた社長も交え、全員の乾杯を皮切りにしてクリスマスパーティはにぎやかに開幕する。
プレゼント交換や雪歩への誕生日プレゼント譲渡、プレゼントの開封、そしてちょっとしたおふざけと、そこにあったのはごく普通の楽しげなパーティ。そこには「アイドル」ではない、アイドルでもある「女の子」たちの姿が確かにあった。ほんのひと時、彼女たちはアイドルとしてではなく年相応の少女としてパーティを楽しんだに違いない。去年パーティを行った時と同じように。
そんな中にも響の受け取ったプレゼントが誰からのものか一目でわかる代物であったり、パーティの様子をビデオに録画しているのが律子であったりと、前話までの描写をこれまたさり気なく盛り込んでいる。
殊に5話での慰安旅行もそうだが律子が記録係を買って出ることが多いというのも、普段からのアイドルたちのやり取りや繋がりを、それこそ春香と同様に重視しているからかと考えてみると面白いかもしれない。
そしてテーブルに並べられた対象のケーキを見やって、はたと困ってしまう一同。それは全員それぞれケーキを購入してきたからというだけでなく、ほとんどのケーキがホールケーキだからであった。
みんな春香と同様に、全員が参加すると考えていたからこそ大きいケーキを選んだわけであり、それだけを考えると春香と同じくみんながそれぞれ仲間たちを大事に想っていることが十分伝わってくるエピソードとなるのだが、同時にケーキは誰か1人が代表して買えば済むものでもあるわけで、そのあたりの細かい意志疎通を行うことができていなかった、恐らくそんな暇も余裕もなかったであろうことも察せられ、あくまで視聴者視点からのものではあるが、笑って済ませられるほど根っこは簡単なものではないことも感じ取れる。
バースデーケーキに付けられたろうそくの火を雪歩はどうにか吹き消し、ケーキを切り分ける段になって春香はあることを思い出し、荷物を置いた応接室へと向かう。
春香が荷物の中から取り出したのは、事務所へ来る道すがら、見かけた店で購入した財布だった。彼女は恐らくクリスマスプレゼントとして、プロデューサーのために財布を購入していたのだ。
しかし春香が財布を手にとって戻ったのと同時に、社長が不意に咳払いをしてみんなに呼び掛ける。社長が「重大発表」と称したその内容とは、美希の「シャイニングアイドル賞」新人部門受賞というものだった。賞そのものについては具体的に説明されていないものの、各人の驚きようから察するに、かなり権威のある賞のようだ。
ところが美希はその重大性を理解していないのか、彼女自身は賞をもらったことに関して格別の感慨を漏らすことなく、いつもの彼女らしいマイペースさであっけらかんと、貰った賞をクリスマスプレゼントとしてプロデューサーに贈り、プロデューサーも仲間たちも心から彼女の受賞を喜ぶ。
律子さえも苦言を呈しながらお祝いの言葉を述べる一方で、プロデューサーへのプレゼントを手に持っていた春香は、それを誰にも気づかれることなくそっと後ろに隠してしまった。
別に恥ずかしがらなければならない類のものではないし、元よりプロデューサーが春香からのプレゼントをもらって喜ばないはずもない。美希の受賞自体は春香も素直に喜んで祝福しているのだから、彼女に特別妙な感情を抱いた故のことでもないだろう。
アイドルとしての成果が告げられ、その成果を皆で喜ぶ。それ自体は非常に微笑ましい光景だ。しかしそれは同時に、今まで「女の子」として楽しんでいたパーティの席に突然「アイドル」としての立場が割り込んできたことにもなり、アイドルという自分たちの立場にもやもやした形にできない想いを抱いている今の春香にとってそれは、基本的に前向きな彼女をして一歩引かせてしまうほど唐突で強引なものに思えたのではなかったか。
パーティも終盤に入り、サンタクロースのコスチュームを亜美真美と美希が披露する中、その様子を春香と真は少し離れた場所から見つめていた。
奇跡みたいなことが次々に起こる日だと振り返る真。そこには美希が大きな賞を受賞したことや、それぞれがそれぞれ全員用の大きなケーキを購入してきていたという幸せな偶然、そして何より今日という日に全員が事務所で一堂に会することができたという事実に対しての感慨が込められていた。
春香は「だってクリスマスだもん」とそんな真の言葉を肯定したが、それは春香の考えている意味とは別の次元で真理であった。クリスマスという特別な日、特別な時に開かれるパーティだからこそ、春香は全員で参加することを願い、そんな彼女の希望に共感した人々の働きもあって、今回のパーティは実現できた。それは逆に言うならクリスマスという特別な日程がなければ、全員集まることができなかったことにもなる。
全員それを望みながら、おいそれとそれを実行することができない現実。その望みが叶った一日限り、一夜限りのまさに「奇跡」を見やりながら、真が思い出したのは5話でのこと、夏の慰安旅行の夜に春香の言った言葉だった。
「来年の自分たちはどうなっているか」。まだまだアイドルとしては芽が出ず、将来どうなるかもわからないまま、それでも夢を信じて歩んでいた頃、そんな自分たちの夢を語り合った他愛のないやり取り。
しかし今やあの時に語った夢は、ほとんど現実のものとなっている。レギュラー番組も持てたし、大きなライブもやれた。CDも何枚も出せているし、可愛い衣装を着ることも一応できてはいる。あの時話した会話の中で叶っていない夢は「トップアイドルになる」ことくらいであるものの、真の言うとおり、765プロアイドルはもはや名実ともに売れっ子アイドルなのだ。
かつて春香の言ったとおりの姿に自分たちはなることができた。では今後は、これからはどうなるのか。あの時春香が寂しそうに語った通り、アイドルとして人気の出た自分たちは、来年は集まれなくなるのかと不安を素直に漏らす真。
彼女もまた春香と同様の不安を抱いていたのだ。そして恐らくそれは真だけでなく、765プロアイドルの全員が少なからず抱いているものでもあるのだろう。春香の呼びかけやプロデューサーの助力はあれど、最終的には「パーティに参加したい」という自分の意志に従って皆が駆け付けたこと、それが何よりの証と言えよう。
そんな2人にあの夏の日と同様に伊織が声をかけてくる。かつて同じような不安を春香が口にした時に「なってから考えなさい」と言っていた伊織は今、「ファンと一緒に過ごすクリスマスの方がアイドルらしい」と、今の多忙さと真正面から向き合っていた。それが伊織の出した結論だったのだ。
それはアイドルとしてはまったく正しい姿勢であろうし、だからこそ真もそれに共感したのであるが、春香はその言葉や考え方を肯定しながらも、それでも視線を落としてしまう。
給湯室で後片付けをする春香と千早。みんなのいる賑やかな雰囲気を喜ぶ春香に、千早は先程の伊織の言ったとおりかもしれないと返す。少しずつ色々なことを変えていくことが、前へ進むと言うことなのかもしれないと。
そんな千早の言葉に寂しそうな笑顔を見せながら、かすかに目を震わせる春香。千早の言ったこと、そして伊織の言ったことも春香は理解はしているし、正しいとも思っているのだろう。自分自身もアイドルとして成長する過程で、いろいろなものが変わっていったことを実感してきているのだから、それを否定することは春香にはできることではない。
しかしそれを完全に認めることもまた春香にはできなかった。そんな春香の胸中を察したのか、千早は静かに言葉を続ける。「変わってほしくないものもある」という彼女の言葉は、単に春香を思いやっての言葉というだけではなく、紛れもない千早本人の偽らざる本音でもあったろう。
一度は拒絶しても変わらず自分のことを想い、自分のために最後まで考え行動してくれた春香。自分を凍りきった冷たい世界から救い出す最も強い力を生み出したのは春香のそんな姿勢であるということを、誰より千早が一番よく知っているからこそ、春香にも、春香が春香でいられる世界にも変わってほしくないという気持ちがあったのだろう。そんな世界こそが、かつての自分がそうであったように、765プロのすべての人々が同じように幸せになれる世界であるはずだから。
それを受けて春香も再び満面の笑顔を取り戻し、来年も再来年もまたみんなで集まれればいいとの願いを口にする。それは千早にだけ明かした、恐らくずっと以前から抱いていたであろうささやかな、しかし春香にとっては大切な夢の一つでもあった。
亜美真美に呼ばれて給湯室から出てきた春香の視界に入ってきたのは、いつもの765プロの風景。ある者は騒ぎ、ある者はふざけ、ある者は注意し、ある者は笑う。そこにはアイドルの仲間たちに律子、小鳥さんに社長、そしてプロデューサーと、765プロ全員の姿が並んでいる当たり前の光景がある。だが春香にとっては765プロに入ったその日からずっと見続けてきたであろう、大切な光景でもあった。
その輪の中に入っていく春香の顔は笑顔だ。しかしこの光景は果たしてこれからも「当たり前」であり続けることができるのか、その僅かなもやもやが春香の心から完全に払拭されたわけではない。プロデューサーへの春香のプレゼントがついに渡されなかったことも、それを暗示していると言えるかもしれない。
新曲ED「Happy Christmas」に合わせて挿入されるED映像は、本編での描写や会話を反映してか、6話以来の全員集合一枚絵スクロール。クリスマスの夜、様々な人たちの想いと努力により集まることのできた765プロの全メンバーが、彼女らの集まるべき場所である765プロの事務所へ向かっているイラストというのが、今話で描いてきたことを端的に象徴している。
アイドルたちの着ている衣装もかつてはCD「Christmas for you!」のジャケットイラストにて着用し、後にゲームのDLC衣装として配信され好評を博した「ホーリーナイトドレス」で統一されているのがうまいところだ。さすがに最新作「2」で先月配信されたばかりのクリスマス衣装「ホーリーナイトギフター」の方は、アニメに反映する時間がなかったというところだろう。
今話は一言で感想を書くならば「難しい」話となった。春香という少女は千早とは別ベクトルで自分の本心、とりわけネガティブな部分を発露することがほとんどないため、かつての4話における千早の描写と同様、彼女の内心を推し量るのは今話の段階では視聴した個々人の感性や思考に拠る部分が大きくなってしまいがちである。
だから結局その時々の状況における彼女の心の変遷は、結局見ている側が乏しい情報を元に類推するだけになってしまうので、感想を書く際は「難しい」のである。そう言う意味では今話の立ち位置は、恐らく今後に控えているであろう春香を中心とした最後の物語を迎える上での、蛹の段階とでも呼ぶべきものだと言える。
とりあえずはつつがなく終了した今話ではあるが、その実はかなり微妙なバランスの上に成り立っており、その均衡はいつ崩れてもおかしくない状態である。
本文中では春香の感情を「不安」と書いてはみたが、その不安な感情すら何が原因なのか、そもそも本当に不安の感情を抱いているのかも、今話を見る限りでははっきりと示されておらず、そう言う意味では確かに「もやもやしたもの」と言えるだろう。
先程書いた通りではあるが、今話では意図的に情報、特に春香の心情に関する部分の情報については意図的に曖昧にしている側面があり、それが却って春香自身も自分の気持ちがどういう状態なのかわかっておらず、それに戸惑っている様を視聴者に印象付けている。
その春香描写の曖昧さと合わせ、今話で特筆すべき点と言えば千早であろうか。前話までの経験を経て千早が大きく成長したことは今更言うまでもないが、今話ではすっかりと言っていいほどに、前話までの春香の立場と完全に入れ替わり、春香をフォローする側に立っている。
この処置はもちろん千早の成長を如実に表現した演出であるが、それ以外にも千早が春香のフォローに回ることで、逆に春香を今までの立ち位置から切り離し、天海春香という個人を改めて浮き彫りにしているのだ。
また千早に春香よりも多く会話をさせることで春香に多くを語らせる必要性を与えず、それが結局春香の本音の吐露をも封じる結果に繋がっている。
見ようによってはこの上ない皮肉とも取れるこの演出、次回の話に何かしらの影響を及ぼすことがあるのか、興味は尽きない。
小鳥さんの自虐的なナレーションとは裏腹に、今まで見せたこともないような暗い表情を浮かべる春香。それの意味するところは何であろうか。