2008年11月23日

ゲゲゲの鬼太郎(5期)84話「野寺坊!夜の闇に響く鐘」感想

 まだ劇場版鬼太郎の前売券を買っていないのだけど、今から劇場行って買えるかなあ…。
 特典のクリアファイルは諦めるとしても、券はやはり確保しておきたいところだ。
 と言うか12月13、14日の先行上映ってのは、前売とか指定席券とかは必要だったりするんだろうか?全然調べてないや。

 さて本日の鬼太郎は「野寺坊」だったのだが…。
 のっけから書いてしまうと、僕個人としてはいまいち乗り切れない話だった。
 10話「荒ぶる神!雷獣」の時も思ったのだけど、どうも僕はこういう「人間の開発によって自然が失われたことに怒り、妖怪が暴れだす」という話が嫌いなんだよね。
 3期の頃だったらそれでも良かったんだろうけど、今の時代というやつは「自然を壊す人間が悪い」と、人間側のみを絶対悪に設定できるような単純な時代ではないだろうからさ。
 だからお定まりの展開に終始するのではなくて、例えば劇中での民宿の主人が行っていたようなこと(ショッピングモールを作れば、村全体の活性化に繋がるというメリットがある)を、もっと突っ込んで描いて欲しかったのだ。64話「もうりょうの夜」に登場した泰造のような、人間側の信念を見せるべきだったと思う。
 でもだからと言って、4期107話「山の神・穴ぐら入道」のように、人間と妖怪が最後まで分かり合えずにやりきれない結末を迎えてしまうと言うのも、あまり後味良くないから嫌なんだけども。
 じゃどうしたらいいんだろうなあ(笑)?

 今話で良かったところは42話と同様、レギュラーメンバーが鬼太郎とねずみ男、2人だけで話が進むところか。
 特に冒頭、妖怪クワガタ(この取って付けたようなネーミングも楽しい)を採集するために奔走する2人の姿は、個人的には原作「雨ふり天狗」の冒頭でドライフラワーを作ろうとしている2人を思い浮かべてしまった。
 ねずみ男の思惑はともかく、クワガタ採集に夢中になって妖気アンテナを普通に使用する鬼太郎の姿も、なかなか面白い。
 人間と妖怪、どちらの側にも積極的に立とうとしない鬼太郎のスタンスも、今期のテーマに則った物だし、決戦時に「のどちんこを震わせて共振させ、野寺坊の音波攻撃を跳ね返す」という、今まで聴いたこともない新技が当然のように出てくるあたりも、原作ライクでいい感じ。
 野寺坊の描写自体も、日本古来の「荒ぶる神」的な扱われ方をしており、伝承通りにいけばほとんど無個性となったであろう妖怪に、うまい味付けを施していたと言える。

 ま、要するに今話も水準どおりだったんだよね。後は僕個人の好みに合ったかどうかってだけで(笑)。

 来週は妖怪城がついにその本性を現し、敵味方双方とも様々な妖怪が入り乱れての決戦になる模様、なんだけど…。
 多数のキャラが登場するであろう話の作画監督が八島氏って、どうなんだろうか。
 いや、絵の上手下手の話ではなくて、多数のキャラが登場するなんて、どう考えても通常の話より作画が大変になるだろうに、よりによって八島氏1人に任せる(八島氏は基本的に1人で1話分の原画を描く)のは、無理があるんじゃなかろうか。誰か他の人がヘルプに入るんならともかく。
 まあ再登場する葵ちゃんを、美麗な作画で拝みたいと言う欲求は確かにあるけどさ(笑)。
posted by 銀河満月 at 23:03| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第5期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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