2019年01月13日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)33話「狐の嫁入りと白山坊」感想

 白山坊という妖怪も1話限りの適役にしては知名度の高いキャラクターではないだろうか。狐そのものが日本の様々な昔話や民話に登場する馴染み深い存在だとか、狙われた美少女を守るために鬼太郎が戦うという妖怪退治ものとして極めて王道的なストーリー展開だとか、決着のつけ方が「最後にでかい蛾が出てくる」というインパクトの強いものだとか色々理由はあるだろうが、その周知ぶりを裏付けるように歴代アニメでも必ずアニメ化されている話の1つになっている。
 アニメはアニメで4期版と5期版で演じたのは初代ねずみ男こと大塚周夫氏だったりとか、その5期版の話は原作から大きく逸脱し原型すらほとんど留めておらず、その代わりか中の人繋がりでねずみ男と妙に仲が良いといった小ネタがいくつも存在しており、これらの要素もまた見る人に白山坊の存在を強く印象付ける一因になっているのは間違いないだろう。
 そんな中でも1つだけ、白山坊のパーソナリティとして「誰かを騙す」というものだけは原作でもこれまでのアニメ版でも一貫して失われなかった。5期版は違うだろうと思う人もいるかもしれないが、5期版の白山坊は妖怪興行師として漫才や演芸などの興行で見る人を「良い意味で」騙している存在でもあるのだ(ちょっと強引な解釈だけど)。今にして考えるとその興行師という立場に白山坊を据えた5期のスタッフの原作咀嚼の確かさに驚かされるわけだが、逆を言えば原作からほぼ完全に離れていた5期版ですら白山坊というキャラの大元、根っこの部分を支えるパーソナリティは残されていたわけである。
 ではその「騙す」という個性までを完全に取っ払ったらどうなってしまうのか。白山坊はどういうキャラクターになってどういう話を組み立てることになるのか。そんな思考実験的な試みの場が今話、即ち6期版の白山坊のストーリーだったのかもしれない。

 序盤は白山坊に連れて行かれそうになっている娘・やよいとその父親・葛見が登場し、父親からの懇願を受けて鬼太郎たちが行動を起こすという原作どおりの流れで進行する。アニエスが同行した劇中における理由はともかく制作面における理由こそ今の時点ではわからないものの、それ以外は目玉親父とねずみ男にねこ娘、そして原作でも知恵袋として活躍した砂かけ婆と面子も比較的いつも通りであり、被害者であるやよいの線の細さが気になる程度でしかないだろう。
 だがこのいつも通り的な空気は中盤に入る直前、白山坊が鬼太郎たちの前に現れてから180度ひっくり返ることになる。現れた白山坊(余談だが今話の白山坊を5期でねずみ男を演じた高木渉氏が演じているのは、前述のとおり4期・5期版で大塚周夫氏が白山坊を演じた流れに沿う形での、スタッフのある種お遊び的な配役とも思われる)は目玉親父が話していた「娘をさらって食べてしまう」悪辣な存在ではなく、その悪辣な先代の白山坊を倒したという新しい代の白山坊だったのである。
 当代の白山坊は真実、やよいを嫁にもらいに来たと言い、食らうなどということは当然しないこと、そしてそれは以前やよいの父親と交わした約束の通りと鬼太郎に告げる。娘を差し出すという約束を白山坊と交わしたことで父親は富を得たというのは原作どおりの流れだが、父親はその点について鬼太郎に説明をしていなかった。つまり結果としてではあるが騙す形になっていたのは人間であるやよいの父親の方で、白山坊は極めて誠実にやよいを娶りに現れただけだったのだ。
 逆転してしまった立場の両者を前に、鬼太郎は手を出さず静観することを決める。単純な人間の味方でないことを静かに宣言する鬼太郎はいかにも今期の鬼太郎らしい姿だが、この鬼太郎の態度には本人の信念以上に「約束」というものを重要視しているからかもしれない。冒頭でもアニエスから妖怪退治をする理由を聞かれて「約束のようなもの」と発言していることからして並々ならぬ拘りを持っていることが窺えるので、これについては是非今後の話の中でフォローしていってほしいところである。

 そうこうしているうちにアルカナの指輪がやよいの体内に出現し、やよいは現れたアデルに連れ去られてしまう。体内の指輪を取り出すために呼ばれた妖怪として登場するのは、次回予告の最後にチラッと映っていた悪魔ブエル。原作では多勢の悪魔軍団を率いて鬼太郎たちを圧倒し、ヤカンヅルという禁断の存在によってようやく退治できた難敵だったが、今話では原作での人間に怪しい義手をくっつけるシチュエーションからインスピレーションを受けたのか、危険なマッドドクターとしての登場となった。最終的に今話で鬼太郎との決着は付けず逃亡してしまうので、こちらもいずれ決着をつけることになるのだろうか。個人的には数話前で耳長という西洋妖怪の被害者役を演じた龍田直樹氏に加害者側のブエルを演じてほしくはなかったけども。
 白山坊は鬼太郎たちと協力してやよいの元に駆けつけ、襲い来るブエルに傷つけられながらもやよいを守り続ける。その献身的な行動の理由は何の打算もない、ただやよいへの想い故のものだった。子供の頃のやよいに命を救われた時からずっと見守り続けてきた白山坊の純粋な想いの深さに触れたやよいは、白山坊の気持ちを受け入れることを決める。
 ラストで描かれる、鬼太郎曰く「『狐の嫁入り』ならぬ『狐の嫁取り』」。目玉親父の言うとおり所謂異種婚姻譚は民話や昔話に数多く見られる定型話であるだけに、2人の未来は明るいものになるであろうことを示唆していて極めて晴れやかなクロージングだ。そう言えば狐と人間の異種婚姻譚で有名な信太の森の話に登場する狐の名前は「葛の葉」だし、葛見という今回のゲスト親子の名前もここから取ったのだろうと考えると、2人が幸せな未来を掴んで欲しいと制作側からも後押しされているようで、見ていて心地よいものである。
 先述のとおり白山坊の「騙す」というファクターがなくなったことにより、原典では騙す前提で交わした約束を極めてピュアな感情のままで遵守しようとする、異端ではあるがあるいみ原作どおりの新しい白山坊像が想像されているのも面白い。大胆なアレンジではあるがそれもまた良しと思えてしまうのが鬼太郎という作品の不思議なところであり魅力でもあろう。
 人間と妖怪は必要以上にかかわらない方がいいという考えの鬼太郎がこの結婚を素直に喜んでいるように見えるのは、前述の約束の件があるからなのか、それともまなと出会って考え方が若干変わってきたからなのか。まさか原作や3期版の地獄編のような出自を抱えているからというわけではないだろうが、この鬼太郎の心の変遷が今後の物語に影響していくのかどうか、それも注視していきたいところである。
 注視していきたいキャラでいうならアニエスもだろう。親のいいなりになっているやよいを非難したり、そんなしがらみから抜け出して白山坊と結婚するやよいに笑顔を向けたりしているのには、自分自身の現状を重ねてもいるであろうことは想像に難くない。やよいの体内にある指輪を手に入れようとすれば出来たろうに、それをしてしまえばやよいを殺すことになるからと放置してしまうあたりからは彼女の隠しきれない優しさが見て取れ、アニエスの人となりを示す描写も順調に積み重ねられていると言えるだろう。

 次回は妖怪大戦争以降久々にバックベアードが自ら動く模様。次なる決戦の時は近い…?


posted by 銀河満月 at 12:46| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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