2018年11月25日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)31話「小豆洗い小豆はかり小豆婆」感想

 今回は前話の感想にも書いたとおり原作「小豆連合軍」のアニメ化なのだが…。うーむ、何と言えばいいやら。
 伝承どおりの妖怪たちが現代の文化や風俗の中でのし上がっていくものの、その中での矛盾に気づき結局自分の思い描いていた理想がかなっていないことに焦って人間に対し牙をむく、という全体の流れが完全に9話と同じで、悪く言えば単なる焼き直しになってしまっている印象が拭えない。
 9話と違う良点と言えば29話での一部和解や30話での共闘を経て、すっかり鬼太郎とも角を立てることなく行動できるようになったアニエスの描写がきちんと挟まれているというところだが、これは今話の本筋には関係のない部分でもあるので、今話の相対的な評価アップとはならないかなあという感じ。
 ただ逆を言えば昔ながらの生き方と現代的な生き方とのギャップで苦しむ妖怪、というテーマで描くとなると、その見せ方はある程度固定化されてしまうと言えなくもなく、あまり応用の利く題材でもないのだろう。その場合はキャラクターの個性とか濃さで押し切ってみてもいいのだが、その意味では今回登場の小豆洗い、小豆はかり、小豆婆はちょっと個性が弱かったと思う。仲間同士で仲違いを起こしその仲間が最終的に皆を諌めるという構図も9話と同じだし。
 …まなやねこ娘といった美少女キャラも少ししか出なかったしね(笑)。
 まあ1年間も放送するのだから中にはこういう話も出てくるだろうということで。

 次回は原作でも歴代アニメ版でも単話ながら力を入れて描かれることの多い悪魔ベリアル。昨今ではすっかり別作品のキャラクター群が定着した感のあるベリアルだが、今期の鬼太郎世界におけるベリアルは鬼太郎とどのように戦ってくれるのだろうか。
posted by 銀河満月 at 17:12| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)30話「吸血鬼のハロウィンパーティー」感想

 鬼太郎役の沢城みゆきさんが無事に赤ちゃんを出産されたようで、おめでとうございます。産休期間はてっきり鬼太郎も代役を立てるものと思っていたけど、それをせずにやりきったのはやはり主役だからということだろうか。ただこれまでの話の中で鬼太郎の出番が比較的少なかったのは、もしかするとその辺の事情も影響していたのかもしれないね。まあ、だからと言ってこれから鬼太郎の出番が劇的に増えるかと言ったらそうでもないだろうし、何より現状普通に面白く仕上がっているのだから別に問題ないのだろう。

 それはそれとして今回の話。今回はアデル配下の西洋妖怪3人の中で最後の1人である女吸血鬼カミーラが敵役となったが、こちらも前話のヴィクター・フランケンと同じく鬼太郎たちと本格的な戦いをするわけではなく、日本の少女を配下の吸血鬼に変えてしまうという自分自身の小さな目的、彼女曰く「お遊び」の一環で鬼太郎やねこ娘と戦っただけにとどまった。とは言ってもねこ娘は苦戦させられたし鬼太郎の指鉄砲を食らってもまったく動じていないところに、これまでの西洋妖怪と同様に強敵の匂いを感じさせていたが。
 今話で本当に焦点が当てられていたのは西洋妖怪の直接的な脅威ではなく、妖怪大戦争を経て心の距離が離れてしまった鬼太郎とアニエスの方だったと見るべきだろう。メインで活躍していたのはカミーラによって映画館に閉じ込められてしまいながらも脱出のために奮戦するねこ娘とまなだったが(実際尺で見るとこっちの方が長かったような…)、危機に陥ったその2人を救うという共通の目的、しかもこれまでは言わばなし崩し、受動的にアニエスに協力せざるを得なかった鬼太郎が、初めて同じ目的のために能動的に協力したというのが、今話における最大の見せ場だったと言える。
 前話でアニエスがまなと友達になることで、「友達を大切に出来る」「友達を危ない目に合わせたくないと思うことができる」人並みの優しさや人情といったものをアニエスもちゃんと持っていると鬼太郎や視聴者に提示したそのすぐ次の話で、本質的にはお互い変わらない優しさを持っている2人が改めて共通の目的と意思を以て協力しあう流れを描写しているのは、本来的には異分子であるアニエスと鬼太郎との歩み寄りの手順としては最適解であろう。
 Aパートでアニエスの魔法解説をわかるように説明してほしいと鬼太郎が言ったように、鬼太郎はアニエスのすべてを「理解した」わけではないし、アニエスと協力する段になってもアニエスが具体的に何をどうして何をしようとしていたのかはわからないままだ。それでも同じ目的のためにアニエスと手を携えることができたのは、鬼太郎としては3話で目玉親父が言ったように相手を「理解しようとする」気持ちを持ち続けることというのを実践しているためでもあろうし、鬼太郎にそう思わせるきっかけを作ったまなが今回もキーパーソンになっているという構成には改めて舌を巻く。本当にこの6期のスタッフは細部まで計算した上で描写しているんだねえ。

 その割を食ったというわけではないが、鬼太郎と西洋妖怪との戦いという点において物足りなくなってしまったというのは否めない。今話もほとんど戦っていたのはねこ娘だし。今話に関してはアルカナの指輪も登場しなかったので敵側との直接的なやり取りは小休止というところだろうか。
 また上記の感想ではあえて書かなかったけども、ねこ娘やまな、アニエスといった6期鬼太郎が誇る美少女キャラがほぼ出ずっぱりで活躍していたのは実に眼福であり、日本の女の子は可愛いというカミーラの言にも非常に納得できるというものである(笑)。
 後はねこ娘たちが見ようとしている映画の宣伝文句が往年の東宝東和配給ホラー映画のキャッチコピーみたいだったのも、僕のようなオッさんオタには非常に受けが良かったです。 

 そんなことを考えていたら次回の話は原作の「小豆連合軍」が元になるようで、今話に続いて西洋妖怪との戦いはお休み状態になるらしい。まあ1クール13話分をずっとバトルバトルでやりくりするのも難しいし、これはこれでいいのだろう。次の話がどんな内容になるかにもよるけども。
posted by 銀河満月 at 16:18| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月04日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)29話「狂気のフランケンシュタイン」感想

 ゲゲゲの森を舞台にした鬼太郎たち日本妖怪とバックベアード率いる西洋妖怪軍団との「妖怪大戦争」は、西洋妖怪側の求めるアルカナの指輪が一時的に消失したことにより、半ばなし崩し的に終幕を迎えた。辛くも西洋妖怪を撤退させることに成功した鬼太郎たちではあるものの彼ら自身の被害も大きく、傷ついた仲間たちを前に鬼太郎はついにアニエスを拒絶してしまう。
 ベアードが最終的に世界の支配を目的としているにせよ、少なくとも今の時点では日本に攻めてくる気は全くなく、今回の戦争は言わばアニエスという異分子によって強引にもたらされた天災と言ってもいい事象であっただけに、自らアニエスを受け入れたとは言え結果的に迷惑を被った鬼太郎には同情できるというものだろう。
 さりとてアニエスにもアニエスの事情があるようだが、元々素直ではない性格の持ち主であるだけにその事情をすべて鬼太郎に話すことはせず、ケンカ別れのような形で1人ゲゲゲの森を出て行ってしまう。アニエスの事情とは夢に見た母親の死と関連しているようだが、それが指輪やベアード軍団とどう関係しているのかは見ているこちらにも分かりようがない。

 といった感じで始まった今回の話。西洋妖怪との決戦という妖界での話が続いたために出番のなかった人間界代表とも言うべきキャラクターであるまなが、今話の鍵となっていた。
 「まなとアリエスが友達になる」と大まかの流れだけ短く言葉でまとめるとなんだかご都合主義的に思えるが、実際には指輪に固執し周囲のことを考えず突っ走ってしまうアニエスの危うさ、しかしそのおかげでアニエスを目に留めるまな、1話から描かれた人懐っこさや妖怪を理解したいと思う心からアニエスに積極的に話しかけると、これまでの話の中で描かれてきた2人の個性を踏まえた上での出会いを丁寧に描出していた。
 敢えてご都合主義的な面を挙げるとすれば、今話でいきなり個性を発揮するようになったアニエスのホウキだろうか(笑)。
 人懐っこいまなの行動やホウキのアシストもあってアニエスは初めて笑顔を見せる。日本に来てから初めて見せた笑顔と笑い声、それが本来アニエスが持っている個性であろうことは想像に難くないし、まなと一緒にいることでそれが引き出されたという時点で2人の「友達」という関係は決まったと言ってもいいのだろう。
 それをわかっているから、異国での初めての友達を危険な目に合わせたくないからとまなの元を去ろうとするアニエス。そんなアニエスに鬼太郎が助け舟を出したのは、かつて自分も同じ理由でまなと距離を取ろうとしていたこと、そしてそれは自分でも気づかぬうちにまなを大切に思うようになっていたからだということを思い出していたのかもしれない。そしてその時の自分と同じ行動をまなのために取ろうとしているアニエスが、根本的には優しい子なのだということを察したのだろう。
 まなやアニエスだけでなく鬼太郎自身においても過去の挿話で描かれた個性を踏まえた上での描写を盛り込み、それでいてヴィクター・フランケンシュタインという西洋妖怪の脅威と、彼に対する共闘と前述の助け舟を挟むことで鬼太郎とアニエスの融和も描出するスタッフの手腕は相変わらず巧みである。
 今回の敵は前述のとおりフランケンシュタインのみであったが、人造人間とそれを生み出す博士という原典における二者の個性を同一化した今作独自のキャラクターのみならず、原典の人造人間のように花嫁を求める描写まで盛り込まれ、まさにフランケンシュタインとしての魅力を遺憾なく発揮したと言っていいだろう。指輪を求めるための情報も手に入れたようだし、これからは全面戦争ではなく指輪を求めての小競り合いも行われるかと思うと、こちらも期待大である。

 次回登場するのは女吸血鬼のカミーラ。ハロウィンをモチーフにした話になるようだが、主に戦うのは同じ女妖怪であるねこ娘になる模様。まなも交えてどのような展開になるか楽しみである。
posted by 銀河満月 at 15:16| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする