2018年06月23日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)12話「首都壊滅!恐怖の妖怪獣」感想

 狸たちの攻勢に日本政府は事実上の降伏、鬼太郎は刑部狸の妖術で石にされてしまうという窮地で次回に続いた八百八狸編、今話はその後編である。
 さすがに男はソーセージ、女はすべてメイドにという原作での侵略構想は再現されなかったものの、日本が狸に支配されてしまったという構図自体や狸の悪口を言ったら逮捕されてしまうといった原作のシチュエーションは冒頭の描写にも生かされている。間違って「たぬきそば」を注文しても逮捕されるというちょっと笑えるシーンと、狸の尻尾をつけている者とそうでない者とで格差が生じており、侵略された側の人間も一枚岩ではなく内部に支配階級と被支配階級が出来上がっているというかなりきつめのアニメオリジナルシーンとを織り交ぜて描写しているのは、原作描写にさらに一捻り加えることを得手とする6期らしい描写と言える。
 鬼太郎を復活させるべく要石の元へ向かう仲間たちの戦闘描写もまた原作だけでなく歴代アニメ作品の良点を引き継ぎつつ、さらに熱いアクションシーンとなっており、それは復活した鬼太郎と妖怪獣の激闘も同様だった。ストーリー上のヴォルテージに呼応してか作画も1話あたりの原画枚数が指定されているという東映アニメらしからぬ力の入れようで、鬼太郎&一反木綿の空中戦など何回か見返さないとどういう動きをしているのか判別できないほどの挙動になっており、この八百八狸以前の数話がアクション控えめだったこともあり、この前後編にアクション面での全精力を投入したと言わんばかりの戦闘は非常に見応えあるものになっていた(鬼太郎らしくないと言ってしまえばそれまででもあるのだけど…)。
 一部ではあまり目立っていないと言われていたぬりかべは今回得意技である壁塗り込みを初披露し、子泣き爺は5期でも見せた腕だけ石化させての格闘、砂かけ婆も5期で見せた特殊な砂(しびれ砂)を使っての砂かけ、ネコ娘はシルクハット狸の団一郎とガチの格闘戦、そして一反木綿は団三郎のふんどしにされながらも原作どおりに隙をついて刑部狸の首を絞め、まなにかけられた呪いを一時無効化させるという殊勲を上げており、それぞれに活躍の場が与えられていた。特に砂かけ婆はかつての月曜ドラマランド版や80年代マガジン版でのみ使用していたアイテム「砂太鼓」を奥の手として使用しており、ここでいきなりこのマイナーな道具を使ってきたことに原作・テレビ双方を長く見てきたファンは驚きの声を上げたのではないだろうか。戦いに入る前の子泣きと砂かけのやり取りも、今回の戦いがまさに血戦であることを物語っていて、大いに盛り上げてくれた。
 その分ねずみ男はほとんど最後まで狸側に与し、刑部狸がやられた時の洞窟崩壊に巻き込まれるのみと、原作でも見せた「敵についたり味方についたりする」ねずみ男らしさがほとんど発揮されていなかったのが残念だった。恐らくこれは今話オリジナルであるまなの描写に力を入れる分、ねずみ男の描写をどうしても省略せざるを得なかったのではと愚考する。

 そのまなの活躍が文字通り今話のキーとなっているのだが、今回のまなの行動はありきたりな「いつも鬼太郎に助けられているのだから今度は自分が助けたい」という恩返し的な理由からのみ来ているものではないという点に注目すべきだろう。
 要石にかけられた術が人間に効かないはずだからという(いささかご都合主義的な)理由はあったもののそこに到達するまでは簡単ではなく、前話で刑部狸にかけられた呪いが発動してまなは狸化してしまう。体が変わるだけでなく心まで八百八狸のものとなってしまう妖術だったようでまなもかなり苦しめられるが、そんな彼女の脳裏に浮かぶのは鬼太郎と初めて出会ってからの鬼太郎や妖怪たちと過ごした記憶。妖怪など信じていなかったまなが鬼太郎たち「見えないもの」の存在を信じて触れ合えるようになり、短い時間ではあるが共に生きてきた「友達」との思い出だ。
 単純な恩返しではない、むしろそれよりもさらに単純な、それでも初登場の頃から友達を大事にする姿勢を見せてきたまなだからこそ抱く単純で素直な「友達を助けたい」という行動理念。まなの脳裏によぎったその記憶は彼女のその理念を思い出させるには十分だったのだろう、失いかけた人間としての感情をギリギリのところで押し留める。
 大げさに言えばこの瞬間、まなは他の仲間妖怪と同様に「戦って」いたし、その意味ではいわゆる鬼太郎ファミリーと同格の立ち位置についたとも言える。鬼太郎たち妖怪にただ守られるだけではない、いつも助けてくれる相手への恩を返す形で奮起したのでもない、ただ友達を助けるために自分なりの戦いを続けたまなが、だからこそ到達できた一つの帰結と言うべき形が人間と妖怪の垣根を超えたこの立ち位置なのである。それは2話の時と違い石から復活した鬼太郎がごく自然に、素直にまなへお礼の言葉を伝えるという演出、そして要石の力を一時的に得たまなが鬼太郎と協力して妖怪獣を倒すというクライマックスに結実している。
 余談だけどもまなの協力を得たスーパー指鉄砲(仮名)で妖怪獣を打ち抜くだけでなく、そのまま13金パート9の某シーンのように体を割いてしまうところまでやってしまうのはなかなかにえげつなかったが、同時にあれだけ苦戦した妖怪獣に完全勝利できたということがわかりやすく描かれており、親切な見せ方とも思った(笑)。

 だがまなが得た立ち位置とはあの瞬間だけの極めて特異なものでもあった。その特異性故にまなは名無しに目をつけられてしまう。彼女の掌から注ぎ込まれた得体の知れない力、そして「木」の刻印は何を意味するのか。名無しの回想と思しき断片映像も含めて今期独自の縦糸となる物語がようやく本格的に動き出したようである。

 さて次回はダイヤモンド妖怪こと輪入道。5期では妖怪横丁に住む味方妖怪だったため、悪役として鬼太郎との戦いが描かれるのは4期以来になるが、どんな話になるのだろうか。


posted by 銀河満月 at 17:14| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)11話「日本征服!八百八狸軍団」感想

 6期の鬼太郎は原作漫画や歴代アニメ作品の良い部分を抜き出しながらもかなり挑戦的な作りをしているわけだが、まさかこの話を1クール終盤という早い時期に持ってくるとは思っていなかった。
 言わずと知れた今話の敵、組織だった行動で一時は完全に日本を掌握し、妖怪獣(蛟龍)に大なまずに要石と三つの巨大妖怪を使役しての破壊活動を繰り広げた原作中でも屈指の強敵「八百八狸」である。対する鬼太郎も右目は潰され髪の毛針は使いはたして丸坊主になり、挙句に蛟竜に踏みつぶされ胃から漏れた自分の胃液で蛟竜と一緒に自分も溶けてしまい、ドロドロの状態で大なまずを北極に誘導したはいいものの今度は氷漬けになるという、文字通り満身創痍になりながらもどうにか勝利を収めたというほどの強豪妖怪軍団である。
 原作でもマガジン連載時は最長の中編となり(単独の敵を含めると吸血鬼エリートの方が話数は長い)、歴代アニメでも1期、3期、4期と必ず前後編で敵の脅威と決戦が描かれてきた(5期はそこを描く前に放送終了してしまった)。時の政権や軍事兵器に対する風刺なども込められた一方で上述のシーソーゲーム的決戦の幾末も見どころとなる屈指の人気エピソード、さて6期鬼太郎はどのように料理するのであろうか。

 今話でまず特筆すべきなのは妖怪獣の圧倒的な存在感だろう。元々頭と胴体が一体化したようなものに小さい手足がついているだけという異様な風体の存在だったが、今話では頭部の毛の部分が攻撃をする際にまるで超サイヤ人のように逆立つようになり、攻撃シーン自体の溜めの演出効果もあって、異様であり同時に脅威であるという印象を短い時間で見ている側に強烈に印象付けることに成功している。
 既にネット上では散々言われているが、その妖怪獣の攻撃や逆に攻撃してくる人間側の兵器軍、攻撃によって吹っ飛ぶ町並みや妖怪獣のデザインなどを含め、明らかに「シン・ゴジラ」の影響を受けていると思われる部分が続出していたが、元々この妖怪獣という存在や町を破壊して暴れ回るというシチュエーション自体、ゴジラを始めとする東宝怪獣映画の影響を受けている(原作「妖怪獣」が描かれた時期は所謂第一次怪獣ブームに近い時期)ので、今話がシンゴジの影響を受けるのは原作に準じた正当な話作りの一環と言えなくもない。
 防衛軍もすぐに出動して攻撃するのではなく政府、総理大臣の許可を得るまでは攻撃しないといったリアリスティックな描写も盛り込まれ、現代的な設定や解釈を盛り込んだ6期鬼太郎らしい描写になったと言えるだろう。「責任」を連呼する総理大臣の描写は少しクドイ感じもしたけど。
 対する鬼太郎側はまだ妖怪獣との直接対決はしていないものの、狸側の計略にはまり後手に回ってしまうというのは原作等と同じ流れだった。原作では第2の月が出てきた時点で鬼太郎が自分から動き出していたが、今作の鬼太郎は積極的に動く方ではないからか、まなからの手紙を受け取って初めて八百八狸の存在を知るというのは、まなを今回の事件に介入させるという物語上の意図を考えても良い構成だった。鬼太郎と友人関係になってはいても、それこそ3期のユメコのように直接鬼太郎の元へ行くことができないという今話独自の設定も巧く生きている。
 ねずみ男は例によって狸側について手紙を出そうとしたまなを捕まえてしまうが、これはやはり良くも悪くもドライで真の自由人であるねずみ男の真骨頂と言うべき行動と言うべきだろう。ねずみ男は己の欲望だとか好奇心だとかにどこまでも忠実に従って行動するのみであり、法律はもちろん社会通念とか常識と言ったようなことは彼の行動の制限にはならないのである。前話でガチ惚れしていたまなを今話で狸たちに引き渡せるような、善も悪もなくただ「自由」な男、それがビビビのねずみ男なのだ。前話と続けて見るとそのキャラクター性が非常によく出た好シーンだと思う。
 原作では鬼太郎が受けていた刑部狸の呪いをまなが受けるという改変は、今話の段階ではその改変の意図が表出していないようなので、これは次回に期待と言うところか。

 声優さんに目を向けるとやはり今回初めて声がついた「名無し」役の銀河万丈氏が気になるところか。銀河氏は過去作では3期にのみゲスト声優として人間・妖怪を問わず色々な役を演じてこられたが、今回久々の鬼太郎参加となる。今話では妙な呪文を唱えるだけで終わったし、そもそも名無しがどんな存在なのかまったくわかっていないわけだが、ボス的存在として鬼太郎の前に今後も立ちはだかってほしいものである。
 刑部狸の堀内賢雄氏が今回鬼太郎初参加と言うのはちょっと意外だった一方、団二郎は5期でオカマの狼男ワイルドを演じた高戸靖広氏が、そのワイルドと同じような女装男(狸)の役を演じているのは面白い。

 妖怪獣は暴れ続け、まなは呪いを受けたまま。そして要石を破壊しようとした鬼太郎もまた刑部狸の術にかかり石になってしまう。ねこ娘たち仲間妖怪は未だ八百八狸の住み家に入ることもできない。
 まさに絶体絶命のこの状態、次回でどう解決させどう決着をつけるのか、今から非常に楽しみである。
posted by 銀河満月 at 15:21| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月10日

ゲゲゲの鬼太郎(第6期)10話「消滅!学校の七不思議」感想

 いわゆる学校の怪談というやつが鬼太郎作品で扱われたことはなく、90年代に起きた学校の妖怪ブームが間接的に4期制作に影響を与えた程度なのだが(OPの運動会の背景に学校があったり1話の見上げ入道と戦う場所が小学校だったりと)、今回初めてがっつり「学校の怪談」を鬼太郎作品で扱うこととなった。
 代表的な例であるトイレの花子さんにしたところで有名になったのが80年代、即ち約40年前なのだから、現代日本において生まれた妖怪的怪異と看做すには十分な時間が経ったと考えるべきなのだろう。
 しかし出来上がったストーリーは一見すればわかるとおり学校の怪談をモチーフにした怪奇調の話ではまったくなく、前話のようなコメディ調とも異なる純然なギャグタッチの話として仕上がっていた。この辺は怖さだけでなく人間のような俗っぽさを内包している水木作品の世界観を忠実に踏襲していると言え、前述のとおり原作の存在しない完全オリジナルの話ではあるものの、これまでの話や世界観から大きく逸脱しているわけでないところに、今回の制作陣の作品世界に対する正確な理解と表現度の高さが感じられて良い。
 花子さん始めやたらとアナクロな七不思議ネタが登場するのも現代妖怪の代表格として有名どころ?を用意したというところなのだろうが、その中で今回の敵妖怪であるヨースケくんの存在はまったく知らなかったので却って異質な存在に見えるのが面白かった(実際はその内面が異質、というより鏡じじいとは別ベクトルの変態だったわけだが)。
 ヨースケくんの知名度は僕にはわからないが恐らくメインターゲットである子供さんにはそれなりに有名なのだろうし、そこを考えると親子揃って見る(はずの)作品である鬼太郎の登場キャラクターとしては「親世代」「子世代」それぞれに通じるネタとして隙のないキャラ編成を組んだ、と言えるのかもしれない。

 とかまあ小難しいことを書いてはいるが、今話は結局のところまなやねこ娘、それにゲストキャラの花子さんの可愛らしさにやられていればそれでいいのではなかろうか。
 特にこれまではほとんど美少女ぶりがフィーチャーされてこなかったまなは、その分のフラストレーションをスタッフが爆発させたかのように可愛らしさを発揮、ねずみ男やぬりかべを無自覚にたらし込むという小悪魔ぶりを発揮していた。そう言えば人間レギュラーキャラの筆頭格である3期のユメコもねずみ男だけでなく鏡じじいや枕がえし、朱の盤までたらしこんでいたっけな。ちなみにまなに惚れてしまったねずみ男をロリコン呼ばわりする向きも一部にあるようだが、奴は300年間生きているので奴からすれば80過ぎのババアも年齢的には「幼女」になってしまうから、今更10代の少女に惚れても何の問題もないのである。
 今回鬼太郎の代わりに妖怪退治を担ったねこ娘はまなの言うとおりのカッコよさを見せたが、そんなねこ娘が「娘」としての面を見せるのが鬼太郎の前でだけ、しかもあからさまでなく内に秘める形でというのもなかなかレベルが高い。いきなりタオル一枚の姿で登場した花子さんも含め、鬼太郎という作品でこうも多様な魅力を持つ女の子をいっぺんに見ることができるとは、ある意味これが今話における最も原作を超えたオリジナリティあふれる部分だったのかもしれない。
 …なんか鬼太郎の感想で書く内容じゃないなあ、これ(笑)。
 個人的にはカビまみれになったりどくだみ草やらタンポポをプレゼントしようとしてあっさり破局を迎えたねずみ男も面白かったけど。

 さて次回はこんなのんびりした空気を吹き飛ばすような強敵が登場。原作でも歴代作品でも鬼太郎がギリギリの戦いを繰り広げてようやく勝利した刑部狸率いる八百八狸軍団。6期鬼太郎はこの話をどのように料理するのだろうか。
posted by 銀河満月 at 12:55| Comment(0) | ゲゲゲの鬼太郎(第6期)感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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