2011年12月30日

アニメ版アイドルマスター24話「夢」感想

 放送終了まで残り2回となったアニメ版アイドルマスター。そんなアニマスが最後に描く物語とは、天海春香というアイドルの心に生じた「迷い」に端を発していた。
 デビューしてから、いや恐らくはデビューする前から、自らの目標や夢に向かってずっと走り続けてきた少女は、ふとその歩みを止めて周囲を見渡した時、そこにあった光景が自分の望んだ、目指してきたものとは微妙に異なっていることに気づいてしまった。
 そんな現在の世界を彼女はどう受け入れ、どう立ち回らなければならないか、その問題提起とそれに向き合った彼女の姿を描いたのが、23話の大体の骨子と言える。
 そして春香は自分の中ではっきりと答えを出すことはできなかった。答えを出すために自分で動けば動くほど、周囲とのずれはより顕著なものとなっていき、最後には彼女の一番の理解者であり、彼女を最も強く信頼していたであろう人間を傷つける結果となってしまう。しかも自らの身代わりとして。
 答えを出せぬまま、ずれだけを肥大化させてしまった今の春香に、真なる回答を見出すことができるのであろうか。

 「アイドルになりたい」。それは春香が幼い頃から思い描いてきた夢。明示するかのようにイメージとして挿入される幼い頃の春香のビジュアルはしかし、夢の内容を最後まで語ることなく、その「夢」が自分から失われていく様に苦しむ現在の春香の姿へと変わる。

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 現代の春香の方はイメージではなく、彼女が出演するミュージカルの内容に即したセリフのようだ。詳細は後述するが、劇中劇を用いて本筋のテーマを代替的に描くというのは、よくある演出手法である。
 そんな春香の内に抱える鬱屈とした想いが、彼女自身を更に追い込むために用意した痛切な演出が、自分の身代わりとなってプロデューサーが怪我をすることであったわけだが、幸いにも手術は無事に成功した。今後は回復に向かうようでその辺は一安心であるが、当面は絶対安静でもあるため、面会も控えるようにとのこと。
 病院に集まった765プロアイドルもプロデューサーの安否を気に病むが、そのような事情のためにプロデューサーと直接会うことはできなかった。ファンのためにも今は仕事に集中すること、プロデューサーならきっとそれを望むだろうという高木社長の言葉を受け、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にするアイドルたち。
 恐らくそれは高木社長に言われるまでもなく、アイドルたち各々が自覚していたこともであったろう。誰かを心配する気持ちを大切にしながらも、アイドルとしての仕事を疎かにすることは決して望まない、プロデューサーとはそういう人間であるということは、ずっと共に活動してきた彼女らが誰より知っているはずであるから。
 彼のことを強く心配していながらも、最後にはしっかりとした表情で前を見据えたまま去っていく美希の姿が、彼女たちのそんな胸中を象徴しているかのようであった。
 しかしそんな風に前を向くことのできない者も1人いる。自分を責めないでと律子に諭されても、海外での仕事を終えて帰国した親友の千早を顔を合わせても、体を震わせ顔をまっすぐ上げることすらできない少女が。
 千早に問われてもいつものように「大丈夫」と答える春香だが、その言葉にはいつもの明るさや覇気と言ったものがまったく籠っていない、春香から出た言葉とは思えない無機質なものだった。
 タクシーの中でミュージカルの主役が決定したことについての話をする下りもそうだが、このあたりの描写には明らかに省略されているシーンが存在しており、そのために各カット毎の時系列まで乱れているような印象さえ受ける。
 カット順に素直に考えてみると、プロデューサーが重傷を負い、みんなが病院へやってきたその日の夜に千早が帰国、次のカットで後日ミュージカルの練習に臨んでいる春香の姿が描かれ、次のカットでさらに後日、仕事場かどこかで一緒になった千早と春香の会話→タクシーで移動、という流れであろうか。
 ただこれも実際の時系列に沿った順序なのかは、故意にわかりづらく演出をしているところもあって断言しづらい。千早が春香に「大丈夫?」と問いかけ、振り向く春香のカットと、その次の春香と千早が向き合っているカットだけでも、不自然な点が見受けられる。
 これらの演出は当事者である春香の胸中が混乱し、荒れている様を視聴者に見せつけることを企図したものであると考えるのが妥当だろう。本人にとって目の前の現実は、それほどに虚ろで不確かなものになってしまっていた、ということなのである。それは同時にプロデューサーが自分の身代わりになって重傷を負ったという事実が、春香の心を追い込む決定的なものになってしまったことをも如実に示していた。
 春香は親友である千早とまでも距離を置き、話しかけるどころか近づくことさえしようとしない。20話で千早が1人苦しむ時、春香は彼女を支えるようにずっとすぐ隣に付き添っていたことを思えば、それは本来的にはありえない、春香が取るはずのない行動であったはずなのに。

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 そんな今の春香にとっては、ミュージカルの仕事などは無味乾燥としたものに過ぎなくなってしまっていたのだろう。ミュージカルの稽古から主役決定までの流れを暗示する描写がたったワンカットの一枚絵で終わってしまうのは、彼女にとってミュージカルの仕事はその程度の価値しか抱けなくなってしまっていたということを、はっきり証明しているように見える。
 主役が決まったことを「夢みたいだね」と春香は独りごちるが、その「夢」とは今の春香にとって将来実現したいと願っている目標や希望といったものを示す言葉ではなく、眠っている時に見る方のものであったことは想像に難くない。
 眠っている間はずっと見ていられる、しかし一たび目を覚ませば儚く霧消してしまう虚ろな世界。春香がずっと見てきた、目指してきたものはそんな不確かなものではなかったはずだが、今の彼女の中では自分の目指してきたものも、目指す中で得てきたものも、すべて曖昧模糊としたものに変わってしまっていたのである。

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 しかし春香は自ら歩みを止めようとはしない。たとえすべてが曖昧に見えていたとしても、それでも尚アイドルとして目の前の仕事に、そしてニューイヤーライブの成功に向けて独り奔走し続ける。今の自分に本当に必要な答えは何一つ得ていないのにもかかわらず。
 そんな春香の葛藤は、ミュージカルにおいて春香が演じる役のセリフと言う形で露わになる。歩めば歩むほど楽しかった日々が遠くなっていくことを知りながら、それに対し自分がどう向き合えばいいか、どう行動すればいいかわからず苦しむその役の姿は、そのまま春香自身の心境をトレースしていると言って差し支えない。
 劇中劇の体を取って春香自身に心情を語らせるという演出は、春香本人は自分からその苦悩を他人に積極的に相談するタイプの人間ではないだけに、どのようにして春香の口から直接今の心情を語らせる状況を作るか、そのあたりにスタッフの苦慮が窺えるが、その甲斐もあって単に春香の胸中を明らかにしただけにとどまらない良シーンとなった。
 その苦慮の結果とは、美希の存在である。春香が演技をしている場面に、その演技に見とれているかのような美希の姿を挿入することで、後の伏線としているだけでなく、春香と美希たち他の765プロアイドルとのずれを再認識させる効果をも発揮させていたのだ。
 すなわち春香は役柄故とはいえ、自分自身の苦悩をほぼ偽りなく吐露したにもかかわらず、美希はそれをあくまで演技としてのみ受け取り、春香個人の心情に一切思いを至らせることはなかった。それが春香とそれ以外のアイドルたちとの埋めがたいほどにまで広がってしまったずれを象徴していたのである。
 そしてそれはもう一つ、さらに大事なことをも暗に指し示していた。春香と他の765プロアイドルとの間に生じてしまっていた大きなずれは、もはや春香が自分の今の気持ちを素直に打ち明けたところで、修復できるようなものではなくなってしまっていたということを。
 彼女らの間に生じた隔たりは、もう春香1人が必死に動いてみても容易には元に戻すことができないほどに大きく広がってしまっていたのだ。その残酷な事実を劇中劇のミュージカルは冷徹に視聴者に提示してくる。
 舞台の床に投影された自分の姿を見つめながら、頑張らなきゃと自分に言い聞かせるように呼びかける春香。だがその言葉は自身の虚像にのみ向けられ、他の誰にも届いていない。23話のAパートでアイドル各人に呼びかけていた頃からは想像もつかない姿だ。
 そもそもその虚像自体、顔はぼやけてよく見えなくなっており、呼びかけた言葉の届く先さえもあやふやなものとして描き、春香の心の空虚さを匂わせている。

 春香は今までどおりに仕事をこなし、ライブに向けた全体練習を行うための予定調整も継続して実施していた。しかし春香の調整も空しく調整がつかずに全体練習をすることができない。
 ミュージカルの稽古や他の仕事に勤しむ中で、ライブの個人練習を黙々と行う春香の表情からは、以前のような明るい笑顔は消え、必死さだけが前面に出るようになっていた。
 ただ1人レッスンスタジオの床に座り、鏡を見つめる春香。その顔には必死さとはまた異なる虚ろな表情が浮かんでいる。
 どうすればいいのかもわからず、それでもただひたすらに奔走した挙句、さらに自分を追い込んでしまっている今の春香。
 春香がそこまで必死になっているのは、本来の彼女からは大きくずれているものの、「ライブを成功させたい」という本人の意志が働いているのは無論のことだ。だがそれとは別に、そして同等に彼女を強く後押ししているある想いを、春香は抱えていたのである。

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 誰も乗っていない電車の車両に1人座りこんでいる春香。今も全体練習の予定調整を行っているようだが、メモ帳に書かれた全体練習の予定にはすべて×印がつけられている。
 力なくうなだれ、膝上に置いた鞄を抱きかかえるように屈みこむその姿は、広い車内にただ1人という構図も相まって、彼女の抱える孤独感が強調されている。アングルの中央に春香を配置せず、左右のどちらかに寄った構図は、彼女の心の不安定さを象徴しているかのようだ。
 中吊り広告に書かれたコピーの一節「もっと元気。」は、今の彼女にとっては痛烈すぎる皮肉であろう。
 突っ伏したままで携帯電話に送られてきた仲間たちのメールを見ながら、春香は「無理なのかな…」と独白する。
 メールボックスには他のアイドルたちからの、全体練習に参加出来ない旨が書かれたメールが並んでいたが、そのタイトルは総じて調整してくれていた春香に対する謝罪の言葉で占められており、23話におけるそれぞれの描写と同様、他のアイドルも決して全体練習を軽んじているわけではないということが窺える。
 そんな中、春香の視界に入ってきたのは、以前にプロデューサーから送られてきたメールだった。ライブの練習に向けた類のメールではなく、22話で行われたクリスマスパーティについてのメールである。

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 クリスマスパーティはライブの練習やその他大小の仕事と違い、完全にプライベートに属することだ。双方を比較した場合、優先されるべきなのが仕事であるのは言うまでもないことであるし、実際に22話中においてもパーティを開きたいという春香に対し、千早がその理屈を以って難色を示している。
 しかしそれを承知の上で、プロデューサーは春香に賛意を示した。春香が行動するより先にアイドルたちに連絡をつけ、なんとか全員がパーティに参加できるようスケジュール調整までしてくれた。仕事のためではない、完全に彼女たちのプライベートのためにである。
 それは彼女たち765プロアイドルの魅力が何によって培われてきたかということを、プロデューサーが正しく把握していたからに他ならない。
 彼女たち1人1人がそれぞれに頑張っていることは言うまでもないが、そんな彼女たちが共通の目標に向かって、同じ時間を共有しながら共に歩み、共に励むことが彼女たちの何よりの力になっていることを、彼はきちんと理解していたのである。そこには仕事やプライベートと言った差異は存在しない。
 春香の「クリスマスパーティをみんなで開きたい」という願いにプロデューサーが賛同したのは、単に春香の願いを聞き入れたと言うだけでなく、765プロアイドルが全員で過ごす時間が、彼女たちにとって必要不可欠なものであることを彼が承知していたからであった。だから彼はアイドルたちが同じ楽しい時間を過ごせるように尽力したわけである。
 そしてそれは春香の考え方と同じでもあった。春香の心の根底にあるのは小難しい理屈ではなく、みんなと一緒に楽しい時間を過ごしたいという願望程度のものであったかもしれないが、彼女にとってはアイドル活動もプライベートも等しく「楽しい時間」であり、その時間を仲間たちと一緒に過ごすことで、次第に揺るぎない信頼や絆と呼ぶべきものが皆の間で育まれ、それを源としてトップアイドルという自分たちの目標に近づいていけるということを、皮膚感覚で感じ取っていたのである。現にそうしてきたことで今の成果があるのだから、春香にとっては疑うべくもないことであったろう。
 2人は互いに同じ理想を共有し、互いを強く信じあってきた。春香とプロデューサーは「アイドルとプロデューサー」という関係性において、最も理想的な信頼関係を築いていたと言える。クリスマスパーティの一件は、そんな2人の信頼関係の強さをある意味で象徴していた出来事でもあったのだ。仕事としての範疇を超えた、純粋に自分たちの理想を信じた故の行為だったのだから。
 しかしそのプロデューサーは重傷を負ってしまった。ただの怪我ではない、春香の身代わりとして負った怪我である。
 プロデューサーは春香の信頼に応える形で、春香の望みを実現してくれた。だが一方の春香は彼と同じ理想を持っているにもかかわらず、その理想を結実させる場となるはずのニューイヤーライブを成功させるために必要な全体練習さえ実現させることができない。
 そんな中で徐々に周囲とのずれが顕在化していったのが、23話における春香の姿であったが、そんな中にあって彼女の心を支えていた物の一つに、プロデューサーからの信頼に応えたい、プロデューサーと一緒に理想を実現したいと願う気持ちがあったことは疑いなく、しかも彼女の胸中においてそれが占める割合は、決して小さいものではなかったはずである。
 しかし現実には春香はプロデューサーの信頼に応えられず、逆に最後までプロデューサーに支えられたまま、彼を重傷に追い込んでしまった。自分は何もできないまま、周囲の大切な人間を苦しめてしまうという構図が、彼女に取って最も辛い形で顕現したわけであるから、その時の春香の心痛は察するに余りある。
 その痛みがまだまったく癒えていないことは、プロデューサーからのメールを見つめながら、震える声でプロデューサーに呼びかけるその姿だけで、十分読み取ることができるだろう。
 だから春香は自分の心に無理を強いても、ライブ成功のための調整を何とか進めようとしてきたのだ。自分のせいで傷ついたプロデューサーのために、自分が信じる理想のために。
 春香にとっていつしかニューイヤーライブは「やりたいこと」ではなく、「やらなければならないこと」に変わっていた。他の何を置いてもやらなければならないことであると。そしてそれは春香の中に生じていたずれが、決定的な隔たりとなってしまった証でもあった。

 ライブの練習に集中するため、ミュージカルやその他の仕事を休みたいと律子に願い出る春香。普段の春香であれば絶対に出てこないような乱暴な提案に、もちろん律子は反対する。
 そんな簡単に仕事を休むことはできない、全体練習は出来ていないが個人での練習は皆それぞれ実施しているのだからという律子の反論は、至極もっともな回答であったが、今の春香にその言葉は届かない。彼女にとっては「みんなで練習をすること」が、ライブを成功させる唯一の前提条件になってしまっていたのだから。
 春香のその提案を美希が「わがまま」と一蹴するのも、無理からぬことであった。ミュージカルで主役を演じることを強く望んでいた美希からすれば、自分の得られなかったものを得た春香がそれを容易く捨ててしまうかのような行為を容認することなど、到底できるものではない。
 この短い言葉と態度の中に、美希の春香に対する複雑な想いが垣間見える。美希が主役を望んだのは自分のためであると同時に、美希のハニーであるプロデューサーのためでもあった。そんな彼女にしてみれば、プロデューサーが重傷を負う一因となった春香に対し、虚心でいることは難しいことだったろう。それは美希の顔にわずかの間だけ影が落ちるという演出からも窺えよう。

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 しかし春香の演技はその美希が思わず見入ってしまうほどにすごいものだった。プロデューサーの怪我という事態に直面しても、美希は最後にはしっかりと前を向いて病院を去ったのは前述したとおりだが、その姿勢どおりに美希はミュージカルの稽古にも実直に取り組んだであろうことは容易に想像できる。それがプロデューサーのためになると信じて。
 そんな本気の美希を思わず見入らせるほどに、春香の演技は優れていた。本気で取り組んでいたからこそ、春香が自分の演技を超えていることがわかるし、それを素直に認めることもできる。その時点で美希が抱いていた、春香に対するある種の負の感情は振り切ったのではないだろうか。主役への未練と共に。
 それは確実に美希がプロのアイドルとして成熟しつつあることの証左であると同時に、「プロデューサーのため」という同じ想いを抱きながらも、結果として単なるわがままに終始せざるを得ない心境にまで陥ってしまった春香と美希との差異を、より鮮明に浮かび上がらせることにもなってしまった。
 もちろん春香にしても、自分の提案がわがままであるということは承知していたはずであるが、今の彼女にはそれ以外の方法を選ぶことはおろか、選択肢自体も浮かんではいなかった。それ故に美希からの批判を受けてもなお彼女はライブの成功に、そのための全体練習に拘り続ける。自分だけでなく他のみんなも仕事を休んで練習をしなければと。自分がスタッフに掛け合って謝罪してでも実現させたいと強弁する春香の必死な姿に、律子は驚きの表情を隠せない。
 そんな春香に美希が問いかけた「春香はどうしたいの?」という言葉。美希にそう言わせるほどに今の春香は憔悴した、虚ろな姿として美希の目に映っていた。美希は今の春香の姿に、アイドルが本来放っている輝きや、アイドルとして活動する楽しさと言ったものを見出すことができなかったのである。
 それは今の春香の内に決定的な隔たりがあるということを、春香本人にはっきりと認識させることになった。周囲とだけではなく、本来の自分自身との間にある隔たりを。
 美希の言葉を受けて笑顔を作ろうとするも作りきれぬまま、涙を流す春香。戸惑っているのはこみ上げてくる涙にではなく、自分が何を目指していたのか、何をやりたかったのかを完全に見失ってしまった今の自分自身に対してであった。
 急激に変化していく環境と仕事に忙殺される状況の中で、過去を振り返り現在を見つめ直す機会を得ることができなかった春香は、心の整理をつけられぬままひたすらに走り続け、その結果として心にずれを生じさせることとなった。激変する環境に対する向き合い方のずれ、まっすぐに走り続けている仲間たちとの意識のずれ、そして自分自身が本来抱いていた目標や理想とのずれ。
 そのずれは春香の気持ちとは裏腹に肥大化を重ね、プロデューサーの負傷という痛切な現実を経て、より大きな隔たりにまで肥大してしまった。
 春香1人では抗うことなど到底できない巨大な力に呑みこまれ、春香はそこでずっともがき続けてきた。そんな彼女の顔からいつしか笑顔が消えてしまったのは、当然のことであったのだ。
 誰よりもアイドルになることを望み、どんな時でも迷うことなく自己の掲げた目標に向かってまっすぐに走り続け、時に迷う他のアイドルたちを導く存在でもあった春香。そんな彼女が自分の目的そのものを見失うことなど、本来ならばあり得ないことであるはずだった。
 今まで誰一人見たこともないであろう春香の弱りきった姿を目の当たりにし、美希は絶句することしかできなかったのは、無理からぬことであったろう。

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 春香は律子の配慮でしばらく仕事を休むこととなった。だがそうすることが春香のためになることなのか、そもそも春香がこのような状態に陥るまでに自分がどう動くべきだったのか、判断を下した当の律子も自問することしかできない。
 春香の描写に続く律子のこの自問は、今彼女らを取り巻いている問題が、もはや一個人の行動如何では解決できない状態にまで及んでしまっていることを、改めて浮き彫りにしている。
 春香が休んでいる間も、他の765プロアイドルは順調に仕事をこなしていたが、その表情はどこか浮かない。春香のことが気にかかっているからというのは言うまでもないが、メールを送っても春香からの返事はなく、春香が現在どんな状態にあるのかわからないままだった。
 春香のことを案じる真たちは、そんな自分たちの現状を現場のスタッフから「仕方がない」と肯定され、複雑な表情を浮かべる。
 常に一緒にあって仕事をしているわけではないのだから、他のアイドルたちの状況が把握できないのは確かに仕方のないことであるし、それはそれで正論だ。しかし伊織を始め765プロのアイドルたちは、その理屈で素直に納得することはできなかった。その妥協的な受け止め方を明確に否定できぬままに。

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 同じ目標を抱いて共に歩んできた仲間の様子すら満足に知ることのできない今の状況。そんな周囲の環境を前に、彼女たちは22、23話における春香と同様の戸惑いをようやく覚えたのだ。そのきっかけが他のアイドルより早くその戸惑いを感じたことにより、最終的には憔悴するまでに自らを追い込んでしまった春香であったというのは、皮肉と言う他ないだろう。
 そしてそんな戸惑いを覚えながらも、現状を打破することができないのもまた春香と同様であった。件のスタッフと同様、現在の状況を「仕方がない」と妥協する律子の声色にも、いつものような力はこもっていない。
 その後ろに控える千早の持つ彼女の携帯電話のディスプレイには、春香の携帯番号が表示されていた。しかし千早はそれ以上携帯を操作することなく、バックライトの消灯に合わせて携帯をしまってしまう。
 携帯電話を見つめる3秒ほどの間、千早の顔は微動だにせず無表情のままだった。自分には何もできないという無力感に苛まれていた20話の時と同様に。
 だがその感情はあの頃のように自分自身に向けられたものではなく、携帯電話のディスプレイに表示されている名の少女に対してのものであるということは、火を見るよりも明らかであった。
 自分を孤独と絶望の世界から救ってくれた大切な友人が苦しんでいることを知りながら、千早は何もしてやることができない。彼女の胸中は如何ばかりであったろうか。

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 春香は自室にこもり、ベッドに寝転がってただ天井を眺めていた。その目じりは若干赤く染まっており、つい先程までまた涙を流していたであろうことが窺える。
 この描写、一見すると20話において自室に閉じこもってしまった千早の描写と類似しているように思える。実際この描写だけではなく、前話から続く春香の心の変遷は、かつて弟の死という悲劇に見舞われた千早のそれと酷似しているように見える部分があるのは確かだろう。
 しかし実際には千早の時と明確に異なっている所がある。それはベッドに横たわることもせず、部屋の片隅で目を伏せ小さくなっていた千早と、ベッドに仰向けに横たわって、その先にあるのが天井だけとは言えじっとまっすぐ前を見つめている春香の描写からも、容易に理解できることであろう。
 春香はかつての千早のように心を閉ざし、自分1人だけの世界に埋没することはなかった。彼女が自分の目標や理想といったものを見失ってしまっているのは事実であるが、完全に自分の中から喪失したわけでもないのである。
 千早がかつて心を閉ざしたのには、現実に対する諦念があったことも大きいが、春香はまだ現実を見限ってはおらず、自分の見失ったものを懸命に探している最中だったのではないだろうか。
 春香のそんな胸中は、外からはカーテン越しとは言え昼間の明るい日差しが差し込んでいたり、外からは小鳥のさえずりが聞こえたりといったように、部屋全体に明るめの「装飾」が施されているあたりから十分察せられるだろう。

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 母親からの呼びかけを拒絶することなく、「お使いに行って来て」という提案に素直に従うところからも、春香の胸中が垣間見える。
 その母親からの提案もお使いをさせること自体が目的ではなく、それを名目にして娘に外の空気を吸わせることで気分転換させようとする心遣いからのものであるという点は、実に芸が細かい。何かあったであろうことはわかっていても、それを安易に問い質すような真似はせず、相手の自発的な行動を促すという気遣いは、娘である春香がこれまで多くの人たちに見せてきたものでもあった。
 現在の春香の性格が形成されたのは、この母親の躾や教育の影響であったことは想像に難くない。そこまで考えて妙に微笑ましく感じてしまったのは筆者だけであろうか。
 今の時点では春香にとって厳しい状況であることは変わりないが、この母親に育てられた春香であれば、最後にはきちんと問題を解決できると、作品世界そのものが後押しをしているようにも見える、そんなワンシーンだった。

 出かけた春香はお使いを済ませ、そのまま街中をぼんやりと歩く。自分が何をしたかったのか、なぜアイドルになりたかったのか、自問を繰り返しながら。
 誰よりはっきり見据えていたはずの夢や目標を見失ってしまった春香の姿に被せるかのように、まだそれらを見失っていなかった頃の春香のインタビュー記事を画面に大写しにするあたり、演出面における容赦のなさも未だ徹底していると言えるが、春香の見失ったものがあくまで「見失った」だけであり、春香が本来の彼女らしさを取り戻せたならそれを思い出せるであろうことも描出しており、春香に対する追い込みとフォローを同時に描く見せ方は秀逸だ。
 春香の独白に合わせて流れる何気ない街の日常描写も、春香が本当に追い求めていたものが何であったのかを静かに、そしてはっきりと指し示しているように感じられる。すなわち彼女にとっての「日常」とは何を指していたのであるか、と。
 そんな折、突然横から飛び出して来て春香とぶつかってしまった青年。彼はなんとジュピターの天ケ瀬冬馬であった。彼らジュピターは21話において961プロを辞めた後、別の芸能事務所に移って芸能活動を続けていたのである。

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 すぐ相手に突っかかるような態度を取ってくるのは相変わらずの冬馬であったが、2話や14話と同様のシチュエーションであるにもかかわらず、ぶつかった相手に文句をつけるのではなく、相手にまず謝罪をしてくるあたりに、961時代より性格が若干丸くなった節が見て取れる。
 春香の態度に何かを感じたのもそれ故のものだったのか、冬馬はすぐ近くで開催する自分たちのライブにでも来てみろと、春香にチラシを手渡す。
 そこは765プロアイドルたちよりもずっと前を行っていたトップアイドルのジュピターがライブを開催するには小さい会場であったが、今の事務所の力では大きな会場を押さえることはできなかったとのこと。
 しかし冬馬はそのことに別段落胆を示すことはなかった。961プロ時代ではステージを作るスタッフの顔すら知ることはなかったが、今はスタッフと協力することで1つのステージを作り上げようとしている。そうすることで信頼が生まれ、仲間との団結や絆が育まれ、それらが引いては大きな力になるということを、冬馬は学んだからである。そしてそれは他ならぬ春香たち765プロアイドルを見ならった上でのことだった。
 冬馬の言葉は今の春香にとっては実感に乏しいものであったかもしれない。しかし過去の、春香が今のような状態に陥る以前の765プロアイドルの姿に、「団結」や「絆」といったものを確かに感じ取った者がいたということは、紛れもない事実だった。
 そしてそのことは冬馬という人間を、ゆっくりではあるが良い方へと変えつつあるというのも確かなことであろう。刺のある態度は消え、規模は小さくとも仲間と共に自分のやれることをやり遂げようという強い意志を持つ人間へと、冬馬は変わっていたのである。
 その事実は春香たち765プロアイドルが大切にしてきた「仲間と共に歩む」という強い信念が正しいものであったと、決して否定されるものではないということを、明確に示すものだった。
 今の自分が見失ってしまったものであっても、それをきちんと理解し継承している者がいる。そのことを知ってなお春香の顔が晴れないのは、まだ自分自身の意志で見失ったものを再び見出す事が出来ていなかったからであろう。背中を押されたにもかかわらず、今の春香にはその勢いに乗って自分から走り出すだけの意志と力が薄弱であった。

 その頃千早は、プロデューサーの入院している病院を訪れていた。プロデューサーも今はすっかり意識を取り戻してはいるものの、全身に包帯やギプスが付けられたその姿は未だ痛々しい。
 だが自分がそんな状態であっても、仕事ができず皆に迷惑をかけてしまっていることを謝罪し、痛がりながらも笑顔を見せる様子はすっかりいつものプロデューサーであり、そんな姿に安心したのか、千早も若干安堵した表情を見せる。
 プロデューサーは千早が相談事を抱えていることに気づいていた。面会は控えるようにとの達しがあったことを承知しながら、さしたる用事もなくプロデューサーの元を尋ねるような千早でないということは、彼ならばよくわかっているはずなのだから、それは当然の洞察であったと言えよう。プロデューサーに促され、千早はゆっくりと話を切り出す。
 それはとある「家族」の話。いつも一緒に過ごすほど仲が良く、誰かが転ぶとすぐに手を伸ばして助け合うような優しさに満ちたその家族は、しかしいつしか離れ離れになってしまっていた。
 そんな家族の今の姿を憂い悲しみながらも、どうすることもできずに苦しんでいるのは、誰かが転んだ時、いつも真っ先に手を差し伸べるような心優しい1人の少女。だが今の家族は彼女に手を差し伸べることすらできないほどに、遠く離れてしまっている。
 離れつつある家族を以前のように戻し、その少女を救うことが千早の願い。だが彼女は自分自身の願いに迷っていた。願いを果たすことは本当に正しいことなのか、そも自分にできることなのか、家族の関係を極めて希薄なものとしてしか認識してこなかった千早が、その「家族」のために何かを為すことができるのか、確たる自信を持つことができなかったのである。

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 皆のために力を尽くしたいと思っても、どうすればいいのかがわからないという千早の苦悩は、根本的にはその少女の内にある苦悩と同質のものと言っていいだろう。
 過去の事件を境に他人の一切を拒絶してきた千早にとってその感情は、久しく経験したことのないもの、ややもすると今まで生きてきた中で初めて味わう苦い感情であるかもしれなかった。
 以前の千早であればその感情も内に抑え込んだのだろうが、千早は抑えつけることなく自分の取るべき道を模索する。それは彼女の心の成長という類のものではなく、ひとえに大切な仲間を救いたいと願う強い想い故のものであったことは間違いない。
 それを見抜いていたからこそ、プロデューサーはすぐに答えを述べなかったのではないか。理屈よりもまず千早の「家族」を大切に想う強い気持ちを引き出し、その上でその気持ちのままに行動することを指し示すプロデューサーの顔は穏やかだ。
 言うまでもなく千早が「家族」と形容したその共同体が一体何であるか、プロデューサーはわかっていたのだろう。すぐ隣でずっとその家族と共に過ごしてきたからこそ、他のみんなの想いも千早と同じであると、千早の想いを乗せた言葉がみんなに届くと信じることができる。みんなが何を力の源として歩んできたか、どんな成果を出せてきたか、一番よく知っているのは彼自身なのだ。
 プロデューサーは千早を殊更説得したりアドバイスをしたわけではない、ただ千早に自分たちが是としてきたものが何であったかを思い出させただけだった。思い起こすことさえできれば、後はそれに従って千早が自分で行動を起こせるようになるのだから。
 このような時においてさえ自らが主導することなく、アイドルの背中を押す役に徹し、最後はアイドルたちに任せる彼の姿勢は、どこまでも「アイドルマスター」のプロデューサーであったし、千早と彼の間にも「アイドルとプロデューサー」としての良好な関係が存在していたと言えよう。
 そんな彼のプロデューサーとしての姿勢が正しいものであるということは、後ろで2人のやり取りを聴いていた小鳥さんの静かに浮かべる微笑みからも明らかだった。

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 結露していた窓の水滴が流れ落ちる様は、きっかけを得て俄かに動き出す千早や他のみんなの様子を暗示していたようにも受け取れる。
 各人のスケジュール表を浮かない顔で見つめる律子。そのスケジュール表には本来記載されているべき少女1人の部分だけが、空白で埋められていた。
 そんな律子の元に息せき切って駆け付けた千早は、彼女にある頼みごとを持ちかける。

 今はもう誰もいないはずのレッスンスタジオから聞こえる、楽しそうな話し声。
 765プロファーストライブの時を始め、アイドルたちがずっと練習を重ね、自分たちの夢や目標をぶつけてきた思い出の場所でありながら、いつしか春香1人だけが黙々と練習をする場に変わり、今はその春香すら現れることなく、誰一人姿を見せることのなくなった場所に成り果ててしまった場所。
 そんなレッスンスタジオに意外な、しかし本来は意外ではない面々が集まっていた。仕事で遅れている美希と付き添っている律子、そして休養中の春香以外の765プロアイドルがそこに集合していたのである。
 これは千早の尽力によるものだった。彼女はある目的のために全員がこの場に集まれるよう、各々の予定を調整したのである。律子に協力してもらっただけではなく、社長にまで掛け合って。

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 その行為は裏を返せばそのような強引な手段を取らなければ、皆が集まることはできない状況であったことを示す証左であり、春香が追い詰められる発端となった「全員一度に集まれない」という問題が、春香1人の奮闘でどうこうできるような軽いものではなかったという事実を、ここで改めて補強しているとも取れる。
 久しぶりにいつものレッスンスタジオに来られたことを喜びながらも、真や響は現状に対する複雑な感情を口にする。この場に来たいという想いがあっても自分だけではそれを叶えることができず、それについて誰かに相談することもできない、そもそもそんな考えすら思いつかないほど周囲の状況が見えていなかったことを。
 彼女たちも現状を100パーセント満足しているというわけではなかった。それは件の真や響の心情、そしてやよいの「みんな集まれて良かった」という素直な言葉に集約されているし、もっと言うなら23話でのNO MAKEにおける響の独白からも、十分その感情を窺い知ることができる。
 しかし彼女たちは同時にそこから自分たちで動き出せるだけの意志を保てなかった。「流された」という単純な言葉で言い表すのは彼女たちにとって酷な話だが、その現状に自分の意志を介入させられるほど強くはいられなかったのである。目の前にある仕事に充実した取り組みが出来ていたということも、無論あっただろう。
 彼女たちは彼女たちで心にある種の歪みを抱え、それもまた1人1人の力で解消できるものではなかったのだ。そしてそれ故に彼女たちはある事を見落としてしまっていた。皆が集結しているこの光景を誰より望み、喜んだであろう春香のある想いを。
 千早が皆を集めた理由もそこにあった。たとえ無理をしてでも皆が集まって話し合うこと、それが千早の目的であったのだ。春香のこと、そして自分たちのことについて。

 その頃春香は、偶然通りかかった公園に集まって何事かを話している女児たちを気に留めた。
 どこかの幼稚園に通っているらしく、みんなお揃いの制服を纏っているその女児たちは、どうやら全員で歌を歌おうとしているらしいが、その中にいる上手に歌えない女の子を巡って、意地悪めいた言葉を吐く子とそれに反発する子とが口ゲンカを始めてしまう。
 当人たちにしてみれば真面目な口論なのだろうが、傍から見れば何とも愛らしいそのやり取りに、ふと真と伊織のそれを重ねる春香。

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 と、今度はその女児たちが春香のことを気に留める。彼女たちは春香が「アイドルの天海春香」であることに気づいたのだ。羨望の眼差しで自身を見つめる彼女たちに誘われるまま、春香は一緒に歌を歌うことになってしまった。
 子供たちと共に「自分REST@RT」を歌い始める春香。そんな最中にも口ゲンカを始めてしまう子供に対し、「みんなで楽しく…」と言いかけた春香は、その刹那に浮かんできたビジョンに口をつぐむ。
 目に浮かんだものは同じ曲を共に歌いあげた765プロの仲間たち。それが今現在の彼女たちではないということは、ビジョンの中の彼女たちが夏服姿であることからも容易に理解できる。
 それは個性もバラバラ、抱く夢もそれぞれに異なりながら、それでも「トップアイドルになる」という目標の下に集い、辛い時も苦しい時も一緒に歩んで乗り越えて、例えアイドルとして芽は出ていなくとも、ただみんなと共に歌い踊ることを楽しんだあの頃の日々の姿だった。
 「自分REST@RT」は言うまでもなく、765プロアイドル飛躍のきっかけとなったファーストライブで初めて披露された曲であり、タイトルの通りアイドルたちにとっての新たな出発点となった、ファーストライブそのものを象徴する曲でもある。
 そういう意味ではこの曲、そしてこの曲をライブで完璧に披露するまでの道のりそれ自体が、天海春香というアイドルの原点の一つと言っていい。
 何のしがらみもなく、ただ楽しむために歌う子供たち。それはかつての春香たちが実際に行っていた、行えていたことだった。春香は別に過去を懐古したというわけではない。図らずも春香はこの時、いつしか見失っていた自分のアイドルとしての原点の一つを垣間見たのである。
 女児の1人に話しかけられて我に返った春香は、子供たちの歌を褒め、そこに歌が好きという強い想いがあると呟く。
 しかし春香に返事をしたのは目の前の子供ではなかった。大きくなったらアイドルになりたい、アイドルになってみんなで楽しく歌を歌いたいと返してきたその相手は、幼い頃の春香自身。

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 目の前の幼い春香は無論彼女の目にしか見えないし、胸中にしか存在しない。しかしそれは今の春香にとっては見えて然るべき存在でもあった。
 先程書いた春香の原点の一つ、それは実際にアイドルとなった彼女の拠って立つ起点となるべき出来事であり、言わば彼女にとっての「第二の原点」である。その第二の原点を垣間見、自らの立脚点としていたことを思い出した今の春香であれば、第二の原点を原点たらしめるために彼女がずっと心に抱き続けてきた、「アイドル」というものに対する原初の想い、「第一の原点」と呼ぶべきものとそれに結び付くものとを想起することは、必然であったと言えよう。
 さらに言うならアニメ中では描かれていない設定ではあるが、現在春香がいるこのシチュエーションは、その原初の想いを抱くきっかけとなった「幼い頃、近所の公園でよく歌を歌っていたお姉さんと一緒に歌を歌い、その歌を褒めてもらった」という出来事と酷似している。
 このあたりの見せ方は、知識は知らなくとも春香の心の流れを知ることは出来、知識をあらかじめ得ていればより深く味わうことができるという、アニマスならではの良質な演出であった。
 幼い頃に抱いたアイドルへの憧れ、大好きな歌への想い。見失っていたもう一つの、そして最も大切な彼女の原点に触れた時、春香は戸惑いながらも彼女自身に引っ張られるように、とある場所へ向かって走り出す。

 春香が見失っていたものをおぼろげながら再び見定めつつあることに呼応するように、一方のレッスンスタジオでは、千早が春香が独りで抱えていたものについて切り出していた。
 皆と同じ時間を過ごし、目標に向かって歩む。ほんの少し前までは当然のように出来ていたことが、それぞれ忙しくなるにつれて叶わなくなっていく。アイドルとして成熟していく過程でそれは止むを得ない事情であるし、皆がそれに伴ってさらに成長していくことそのものは、春香本人にとっても非常に喜ばしい出来事だったが、それでも変わりゆくすべてを受け入れることはできなかった。
 変わっていく周囲と変わってほしくないと願う自分の気持ち、双方の狭間で心をせめぎ合わせた春香が最後にすがったものは、ニューイヤーライブのための全員での練習だった。
 単に全員で集まることそのものを求めたのではない。全員で集まり共に一つの目標に向かって全力で取り組むことで、「全員で共に歩んでいくこと」が765プロのアイドルとしてのスタンスであり、それが自分たちの取るべき道であると確認したかった。実際にそんな様子が事務所の風景的な日常として定着し、その道を辿り続けた結果として現在の成果を出してこれたからこそ、未来においてもそれが自分たちにとっては当然の日常であると、そうすることが最善の方策であると信じたかったのだ。
 だが現実にはその想いも叶うことなく、春香の想いは次第に周囲とずれていき、最後には決定的な隔たりを生じさせ、彼女の心をすり減らしてしまった。
 千早から春香のずっと秘めてきた想いと苦悩を聞かされ、全体練習のために奔走していた春香の真意を初めて知る一同。

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 誰にも相談せず、たった1人で悩み続けた春香を案じ、話してくれればと無念の想いを伊織が吐露するのは当然であったろう。彼女の目にうっすらと浮かんだ涙が、彼女の無念さをはっきりと物語っている。
 しかし彼女の想いは真が否定したとおり、正しい想いとも言えないものであった。彼女たちは春香からの相談を待つのではなく、自分から春香の気持ちに気づくべきだった、気づかなければいけないはずのことだったのだから。
 23話の感想の最後の部分で触れたように、765プロアイドルの面々は春香という存在に甘えているというか、春香がみんなのために行動するのを当然のこととして受け止め、殊更に注意を払おうとしていなかった節がある。
 23話で全体練習のために春香が奔走していても、誰もそれをフォローしようとはしなかったし、春香のようにスケジュールを変更してまで参加しようとする者は1人もいなかった。春香の取った行動も完全に正しいものとは言えないが、それでも春香に追従するような行動を取るものが1人もいなかったことは確かである。
 もちろんアイドルたちに他意はないし、ましてや悪意など存在するはずもない。多忙を極めている現状でもアイドルとして充実した時間を過ごせているという達成感故に、周りの人間にまで気を配る余裕があまりなかったという側面も無論あったろう。
 だがそんな状況を差し引いても、彼女たちは春香に対する気遣いをどこかに置き去りにしてしまっていた。それは大舞台に臨もうとしている雪歩のことは気遣っていても、春香にまで気を回すことをしなかった真の様子が何より象徴している。
 彼女たちはどこかで春香の他人への気遣いをあって当然のものと認識してはいなかったか。どんな時でも明るくまっすぐに前だけを見ている春香の姿に励まされてきたからこそ、そんな春香の姿だけを「天海春香」そのものとして受け止め、彼女が周囲を常に気遣っていたのと同等に、彼女もまた周囲に気遣われるべき存在であるという認識が欠落していたのではないか。
 22話において仕事とは全く関係のないクリスマスパーティ開催のために奔走していたということも、皆の春香に対する「気遣いの人」的な認識に拍車をかけていたのかもしれない。
 しかし勿論そんなことはなかった。春香だって悩みもすれば苦しみもする、周囲とのすれ違いが続けば神経をすり減らし憔悴してしまうような、「普通の女の子」なのである。そこに誰も思い至れなかったことは、紛れもなくアイドル各人の「落ち度」であった。
 誰にも明かすことなく、そして誰にも気づかれることなく抱え続けた春香の想い。だが千早はその想いに春香と同等の価値を見出す。
 自分が歌を失いかけた時、彼女に手を差し伸べ救ってくれたのは春香、そして765プロの仲間たち。今までずっと一緒に歩んできた仲間たちとの繋がりや信頼が自分を救う原動力になったということは、他の誰よりも千早本人が知っている。だからこそ春香と同様に、千早が「家族」とまで形容した仲間たちとの繋がりを、自分たちが今までやってきたことを失いたくないと思えるのだ。たとえそれがアイドルとしての責務と矛盾するとしても。
 自分の気持ちを正直に、まっすぐに打ち明けた千早は、自分たちの想いを遂げるための助力をみんなに乞う。それが自分のため、春香のため、そして765プロの仲間たちのために千早ができる、精一杯の行動であった。
 千早の呼びかけにしばらく沈黙が続く中、集合に遅れていた美希と律子がようやく到着する。2人はある打ち合わせに参加していたために到着が遅れたのだが、その打ち合わせの内容が、打ち切りが決定した「生っすか!?サンデー」の後番組に関するものと聞き、一同も驚きの表情を浮かべる。その後番組での単独MCとして美希を登用する話が持ち上がっていたのだ。
 しかし美希はその話を断ってしまったと言う。そのわけを「迷子になっちゃいそうだったから」と表現する美希。

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 アイドルの仕事を心から楽しみ、前だけを見て歩み続けていけるというのは、もちろん素晴らしいことだ。だがそれはどんな時でも自分の心を支えてくれる、拠り所となってくれる存在があってこそのもの。わき目も振らずに前だけを見据えて進んでいったら、いつかその存在を見失ってしまうのではないか。その存在がそこにあったことさえも忘れてしまうのではないか。
 そうなった時、最後には自分自身も前に進むことができなくなってしまうのではないか。そんな想いを美希は「迷子」と言い表したのである。
 それは言うまでもなく、誰よりまっすぐ夢や目標に向かって歩んできた仲間の迷い苦しむ姿を目の当たりにしたからに他ならない。
 かつて765プロアイドルの中では、「トップアイドルになる」という目標に対して一番やる気のない姿勢であった美希。そんな彼女が様々な出来事とそれに伴う経験を経て、自らのアイドルとしての理想を見定めるまでに成長した時、美希を優しい笑顔で祝福してくれた少女。共通の目標に対して、ある意味まったく正反対のスタンスにいた両者であるにもかかわらず、彼女は美希の成長を我が事のように喜び、笑顔を見せてくれた。
 それは765プロの中では当たり前の光景であったかもしれない。仲間の幸福を自分のそれと同等に見なして喜べる関係はしかし、実際には当然のものではなかった。その価値観を体現しようとする想いがあって初めて成り立つ光景であったのだ。
 その価値観を最も強く体現していたであろう少女から笑顔が失われ、涙だけが力なく零れ落ちるようになった時、美希は初めて気付いたのである。自分が前に向って歩いていけるのは、時に歩みを止め休息を取ろうとした際に受け入れてくれる場所があるから。どんな時でも自分のことを笑顔で迎えてくれる人がいるとわかっているから、それを支えにして夢に邁進することができるのだと。それはある意味で、他の誰よりもアイドルという目標に対してのスタートが遅かった美希だからこそ、気付けたことであったかもしれない。
 皆とは異なる思考の変遷を経た結果、千早や春香と同様の考えに思い至った美希は、一足先に自らの想いを遂げるための具体的な行動を取っていた。それは何のことはない、目の前のことのみを見つめるのではなく、視野を広げて周囲を見るように心がけただけのこと。
 だがそうすることで自分のそばにいる者たちの存在を感じ、繋がりを自覚し深めることができる。そしてそれはかつて765プロの仲間全員が自然に行えていたことであった。
 見落としていたものを再び発見した彼女たちが次にすること、それは…。

 同じ頃、春香は自分自身の心に導かれるように、ある場所へとやってくる。そこは春香にとって大切な場所の一つ、765プロファーストライブの会場だった。
 春香がずっと胸に思い描いていたアイドルに対する憧れがはっきりとした形となって実を結び、その際に経験したことすべてが春香の新たな立脚点ともなった、彼女にとって大事な思い出の場所。
 目の前に佇む会場は、あの日のように煌々とライトが照らされ、中にはフラワースタンドが乱立している。それはすぐ隣にいる幼き日の自分と同様、春香の心にのみ浮かぶ風景。
 しばし見とれる春香が冬の冷たい風に顔をなでられた瞬間、彼女ははっきり思い出す。様々なトラブルに見舞われながら、それでも今の自分たちに出来ることをやろうと誓い合い、その場にいない竜宮小町の気持ちも背負ってステージに飛び出し、全員一丸となってライブをやり遂げたあの日あの時、あの一瞬に抱いていた想いを。

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 みんなで楽しく歌い踊ること、それが春香の一番の望みだった。いつだって彼女はそのために努力し続け、そうすることでアイドルとしての成果を出してこれたのである。
 しかしいつの頃からか彼女の心には迷いが生まれていた。全員が多忙を極め、意志の疎通ができなくなるようになった頃なのか、もしくは当人に無理からぬ事情があったとはいえ、春香のスタンスを千早に否定された時であったのか、それはもはや春香本人にもわからないことかもしれない。
 いずれにせよ彼女の迷いが消えることはなかった。みんなで歌い踊るという春香の望みは、他のみんなにとっては迷惑なのではないか、アイドル活動を続ける上で負担になってしまうのではないかという想いが、彼女に迷いを振り切らせなかったのだ。
 春香の望みはそのまま気づかぬうちに765プロアイドル全員の指針となり、それぞれに強い信頼関係を築き、アイドルとしての成果をも得ることができた。だがそれだけの「実績」があってもなお、彼女は自分の気持ちを押し通すことを避けたのである。自分がアイドルとして飛躍するのと同等に、アイドルとして羽ばたく仲間たちの姿に喜びを見出せるからこそ、自分の想いが仲間の負担になってしまうかもしれないという危惧を振り払うことは出来なかったのだろう。
 そんな彼女の迷いはやがて周囲とのずれを呼び、最後には大きな隔たりとして彼女の想いを孤立させてしまった。
 自分自身と向き合う中で、今までの心の流れを思い起こす春香。だがそんな彼女に彼女自身が「大丈夫」と優しく呼びかける。
 「私はみんなを信じてるもん」と。
 そこに立つ自分の姿は幼い頃のそれではなく、あの日のファーストライブに参加していた頃の、全員で協力し合って一つの目標を達成し成果を得た、みんなとの絆を信じて疑わなかった頃のものであった。
 そんなかつての自分から春香が手渡されたもの、それはいつかの時に彼女自身がプロデューサーに手渡したのと同じ一個のキャラメル。
 追い詰められていたプロデューサーの心を救い、春香たちアイドルを信じることの大切さを彼に思い出させるきっかけとなったこのキャラメルを、今度は春香が自分自身の心を救うために差し出したのである。みんなを信じる気持ちを再び思い起こさせるために。

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 みんなに対する信頼感を決して喪失していたわけではなかったものの、いつしか心の中で見失ってしまっていた春香は、この瞬間に自分の拠って立つべきものを再発見したのだ。どんな時でも自分の信じるままに、自分の信じる想いをまっすぐぶつけていくことが何より重要だという自分自身の信念、そしてそんな自分の想いをまっすぐに受け止めてくれる仲間たちへの信頼を。
 春香が自分たち765プロアイドルの根底にある強さの源を再び見出したその時、周囲との狭間に存在した隔たりは取り払われ、彼女はついに深い苦悩の底からの脱却を果たす。
 迷いを振り切った春香は、彼女が毎日通り続けてきた道を一目散に走り抜けていく。天海春香というアイドルが帰るべき場所、そしていつどんな時でも最後には仲間たちも帰ってくるであろう、みんなの居場所に向かって。
 
 走る春香の耳に突然飛び込んできた伊織の声。それは目の先にある街頭ビジョンからのものだった。春香以外の765プロアイドルが集合し、来るニューイヤーライブの宣伝をしていたのである。
 仲間たちが全員集まってライブへの抱負を述べるその光景は、春香がずっと叶うことを願っていた、大切な想いが結実した光景でもあった。
 そんなみんなの姿に春香は驚きながらも顔をほころばせるが、彼女にとっての驚きはそれだけではなかった。みんなは春香の姿をまるで見ていたかのように、笑顔の春香に向かって呼びかけてきたのである。
 いつもの場所、自分たちの場所で待ってるという千早たちの呼びかけに、涙をためながら頷いて駆け出す春香。向かう先は決まっている。先程まで自分が目指して走っていた場所と同じなのだから。

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 みんなが映し出されている画面の背景を見るに、彼女たちはその「場所」から直接メッセージを送り届けていた。社長を始めとする方々の関係者に対して無理を利かせたことは想像に難くないし、中継をしたところで、春香がそれを都合よく見てくれるという保証はない。だがそれでも彼女たちはそうすることを望んだのである。
 そこに計算や打算はない。ただ春香に自分たちの気持ちを届けたい、伝えたいという望みがあっただけだ。そして単純であるが何より強いその想いを、きっと春香は受け止めてくれると信じているからこそ、彼女たちは春香に呼びかけたのである。
 確たる保証など彼女たちには必要なかった。共に同じ時間を過ごし、同じ目標のために歩み続けてきた仲間だからこそ胸に抱くことのできる強い繋がりを感じ、その繋がりを信じることができるのだから。
 そしてそれは春香も同様だった。今は中継が行われたからわかることとはいえ、自分の向かっていた先に、自分が望んだような「仲間たちのいる光景」が存在しているかどうか、保証などされてはいない。それでも春香は走り出さずにはいられなかったのだ。一度は見失った繋がりと、その源になる信じあう気持ちを再び見出したからこそ、彼女は自分の想いを伝えるために走り出したのである。
 中継を春香が実際に見ることができたか、見られなかった場合はどうであるか、そんな仮定は瑣末なこと。彼女たちが互いを想う気持ちを伝え、その伝えられた想いをしっかりと受け止める。それを彼女たちが為すことができたという事実が、最も大切なことだったのだ。
 春香の想いにみんなは応え、帰るべき場所に全員で集まり、一丸となってライブに臨むことを伝えた。春香の望んだ願いは765プロアイドル全員にとっても同じ願いであるという想いを、春香はみんなから確かに受け取った。
 その時点で彼女たちはお互いを結びつけている絆を確かに感じ取ったのだ。見失いかけたものは実際には変わることなく、常にそこにあり続けて彼女たちを結びつけていた。そのことをお互いが確認し合えたことだけで、彼女たちにとっては十分だったのである。
 駆け出す春香に被さるようにインサートされるのはED曲「まっすぐ」と、春香たち765プロアイドルがこれまで辿ってきた軌跡。レッスンの時、イベントの時、ファーストライブの時、そして仲間が1人苦しんでいた時。様々な困難を彼女たちは皆で乗り越え、そのたびにアイドルとして大きくなってきた。誰か1人でも欠けてはいけない、全員がそこにいるからこそ彼女たちはその顔に笑みを浮かべ、まっすぐに自分の目指す道を歩んでいくことができる。
 それはこれまで彼女たちが経験してきた様々な思い出そのものが、何よりもはっきりと証明しているのである。
 そして自分たちのそんな姿こそ、春香が幼い頃よりずっと心に思い描いてきたアイドルとしての理想、すなわち「夢」そのものであった。
 中継の視聴如何にかかわらず、春香が来ることを信じてずっと待っていたみんなの元へ春香が駆け付け、彼女をみんなが迎え入れた時、春香の夢はアイドル全員の夢として昇華を果たしたのである。
 例えるならそれは765プロという芸能事務所そのものが見る夢であり、追い求める理想。彼女たちアイドルが紆余曲折を経て再び一つになった場所が、彼女たちの帰る場所である765プロの事務所であったという事実が、何よりそれを象徴していると言えるだろう。

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 今話は20話のような再生や復活といった大仰なテーマを背負った話ではない。自分の進む道に迷った少女が、その迷いを振り払い再び歩き出すまでを描いた、ごくありふれた話である。
 しかし同時に今話で描かれたそのテーマはいつの時代、どんな人間にも降りかかる可能性のある、普遍的な命題であったとも言えよう。
 そう考えると、その命題に真正面からぶつかる運命を背負ったのが春香であったというのは、むしろ自然なことであったのかもしれない。
 春香の背負った悩みもありふれたものであったが、それを解決に導いた考え方もまた、極々ありふれたものだった。
 …いや、「アニマス的に」ありふれたものである、と言い換えた方が適切だろう。
 見失っていた自らの夢の原点を見出した彼女が次に望んだことは、その夢をみんなと一緒に叶えたいという願いをみんなに伝えることだった。
 仲間同士で互いに想いをぶつけあい受け止め合うこと。様々な経験を経てその境地に至った時にこそ、互いへの信頼感が生まれ、そこから育まれた絆は何より強いものとなる。春香はそれを知っているから、自分がそれを知っていることを思い出せたから、自分の願いをみんなに伝えようと思うことができたのである。
 そしてその考え方は一般論としてはともかく、アニマス的には非の打ちどころのない完全解であったのだ。
 思い返してほしい。3話で怯える雪歩を奮い立たせたものは何であったか、10話で765プロチームを勝利に導いた最後のきっかけは何であったか、12話で美希が再びアイドルに対して意欲を持てたのはなぜだったか。
 そこにはすべて「想いをぶつけ、伝えあう」描写があった。自分の恐怖心を抑えてでも雪歩を支えようとしたプロデューサー、自分が足を引っ張ってしまったことを承知していながらも、その想いも含めて勝ってほしいという願いを真にぶつけたやよい、プロデューサーとのやり取りの中で「アイドル」というものに対して抱いていた漠然とした感情を、はっきりしたものとして確立した美希。
 何より20話において苦しむ千早を救うきっかけになったのは、「千早と一緒にアイドルを続けたい」という春香の願いを素直にぶつけたことだった。
 色々な局面で彼女たちは想いを直接伝えあってきたのである。そうすることで確実にアイドルとしての成果を出し、成長してきた。その厳然たる事実が存在しているからこそ、春香の見出した考え方が最適であり正答であるとはっきり断言することができるのだ。それがアニマスという世界の望んだ最良の答えだったのだから。
 人と人との信頼感が強い力を生み、夢を叶えるほどの原動力となる。現実にそうなることはほとんどないと言っていいほどのこのテーゼを、アニマスという作品は1話の時点、もっと言えば新番組予告の時点から明確に訴え続け、それが是とされる世界を構築してきた。8話でのあずささんと彼女の周りに集まった人々を例に挙げるまでもなく、アニマスの世界とは人の真摯な想いが確実に誰かに届き、その人を幸せにしてくれる優しい世界なのである。
 ゆっくりと時間をかけて醸成されてきたこの優しい世界に最もふさわしい答えを、彼女たちは見つけられたのだ。それは「アイドルとは?」という大上段に構えた命題に対するものではない、「765プロのアイドルとは?」というごく私的なものに対しての答え。しかし彼女たちにとってはそれで十分なのである。彼女たちはその想いを胸にこれまで輝き続けてきたし、これからもその想いがあれば輝き続けられると信じているのだから。
 それは今までアニマスが紡いできた24の挿話の中で積み重ねてきたものが、深く静かに、そしてしっかりと皆の心に根を張って息づいていた証であった。20話の時のように大きく炸裂することはない、しかし常に彼女たちの心に根付き支えているそれがある限り、彼女たちはもう迷うことなく邁進していくことができるに違いない。それぞれの夢、そして「トップアイドルになる」という目標へ向かって。

 改めて一つとなった765プロアイドルが見せる最初にして、我々視聴者にとっては最後になってしまうかもしれない「成果」。それは次回において堪能することができるはずである。

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 様々な出来事を経て、アイドルとしても人間としても大きく成長した彼女たちの「今」の姿、しっかりと目に焼き付けようではないか。
posted by 銀河満月 at 02:23| Comment(0) | TrackBack(10) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

アニメ版アイドルマスター23話「私」感想

 アニメ版アイドルマスターも残すところあと3話のみとなった。最後に彼女たちが迎える物語はどのようなものになるのか、とは以前にも書いたことであるが、その布石と呼ぶべきものは既に前回、22話の時点でいくつか打ち出されていた。
 そこから真っ先に浮かび上がってくる事実は、最後の物語の中心になる存在が天海春香であるということ。
 ゲーム版においてもその開発段階において一番最初に創造されたアイドルであり、他のすべてのアイドルたちの基礎となったキャラクターである。そう言う意味ではアイマス自体に「メインヒロイン」というカテゴリ自体は存在しないものの、アイマスという作品、ひいては登場する全アイドルを代表する存在と言っても過言ではない。
 そんな彼女だからこそ、彼女の迎える物語は彼女のみならずアニマスの作品世界そのものを締める存在として機能することは間違いない。
 しかし22話での様子を見る限り、その物語は春香にとってはかなり厳しいものになるであろうことも予想され、静かな終わりを迎えるというわけにはいかなそうであるが、さて。

 年が明けてからも春香たち765プロアイドルの忙しさは変わらないようで、春香も新年早々仕事に精を出していたが、その足取りがいつになく軽やかなのは、これから向かっている先に原因があるようだ。
 テレビ局からタクシーに乗って新宿へ向かう道すがら、そんな多忙によって得た彼女らの「成果」は、街のそこかしこで目に入るようになっていた。
 テレビ局の外壁に飾られた番組宣伝用の大きな看板のメインビジュアルを飾っているのは亜美と真美、カーラジオから流れてくるのは竜宮小町の「七彩ボタン」、春香の取り出した音楽雑誌で大きく特集されているのは千早であり、同じ雑誌に雪歩、響、やよいも特集記事が載り、大きなトラックのコンテナに貼られた広告は貴音のもの、街の大型ビジョンに流れるのは真がメインのCM、電気屋のテレビに映っているのは春香自身、ビルの看板に掲げられているのは美希のもの、といった具合である。
 トップアイドルとまではいかずとも、前話での真の感慨通り、全員が全員とも押しも押されぬ売れっ子アイドルになっている状態だ。
 全員のそんな状態を春香がどう受け止めているか、それは雑誌を読んでいる春香の嬉しそうな表情を見れば自明のことであろう。

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 そんな春香の向かった先は、春香たちが以前から使っているレッスンスタジオだった。春香たちはこれからここで、来るニューイヤーライブに向けての合同練習を開始するというわけである。
 22話でのクリスマスパーティの時と同じく、みんなと一緒にいられることを大事にする春香だからこそ、今回のこの練習を楽しみにしていたのだろう。春香のそんな喜びは、転びそうになってもすんでのところでどうにか踏みとどまる描写を用い、文字通り全身を使って表現されていた。
 先にレッスンスタジオに来ていたのは千早に雪歩、響にやよいの4人。しかしついて早々、雪歩から伊織たち竜宮小町は収録が押しているために来ることができないということを聞かされ、残念がる春香。
 千早のとりなしもあって今いるメンバーだけで練習しようと意欲を燃やすものの、今度は響とやよいが仕事の都合上、途中で抜けなければならないと告げてきたりと、どうにもままならない。
 2人にやる気がないわけではないというのは、すまなそうに謝る2人の姿を見ればすぐにわかることであるし、何より仕事の都合なのだからどうしようもないわけだが、それですぐに納得するには難しい問題でもある。殊に春香にとっては。

 とある夜の765プロ事務所。そこにただ1人いたのは小鳥さんであったが、別に留守番をしているというわけではなく、むしろ電話対応に追われていた。
 一つの電話が終わればまた次の電話がかかってくる。忙しくなっていたのはアイドルやプロデューサーだけではなかったのである。
 その電話の内容も必ずしも喜ばしいものではなかった。もちろん仕事の話自体は事務所としても良いことではあるが、今現在のアイドルたちのスケジュールは完全に埋め尽くされてしまっており、新たな仕事を請け負うことさえできない状態になっていたのだ。

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 つい半年ほど前までは少ない仕事をこちらが探して回っていたのに、今は相手の方から持ち込まれる仕事をこちらの都合で断らなければならない。これも変化の一つではあるが、素直に喜べるかと言えば難しいことではあろう。
 そんな中に事務所へ戻ってきたのは春香だった。小鳥さんの仕事を断る旨の返事を聞きながら、給湯室や机の上に置かれたままになっている、それぞれのアイドルに贈られてきたファンからのプレゼントが入った段ボール箱を見やる春香。
 ファンからの贈り物は無論嬉しいことであるが、14話のようにそれらを自分たちの手で一つ一つ取り出し、中身を見るような暇も今はもうなくなってしまった。それらのプレゼントが、いつもならアイドルのうち誰かが使っていたであろう椅子や机の上に置かれてしまっているというのが、今の事務所内の状態を何より饒舌に物語っている。
 そんな状況に春香が何かしらの感慨を抱かないはずもないのだが、春香は何も言わず、プレゼントのクマのぬいぐるみを抱いて明るく挨拶をする。この後の予定はないものの、事務所に戻ってこないと1日が終わった気がしないという春香であるが、その顔はどこか浮かない。
 そんな春香にココアを差し入れながら、自分のスケジュールのことを踏まえた上で、体を休めるためにも無理せず家に帰っていいと、やんわりアドバイスする小鳥さん。春香のことを心配しているからこその言葉ではあるが、同時に「戻ってきてくれること自体は嬉しい」と、春香の行動そのものは否定せずに受け入れるあたりに、小鳥さんの優しい気遣いが感じられる。
 そんな小鳥さんから今日事務所に顔を見せたアイドルが自分だけであるということを聞かされても、春香はあまり表情を崩さない。以前であれば誰かしらいるであろうアイドルたちのおかげでにぎやかになっていたはずの事務所も、今は静か。いつも誰かしらが立っていたはずの事務所の床も、今日はいつになくはっきりと自己主張し、春香はその片隅でココアを飲んでいる体だ。
 居慣れた場所の見慣れない光景。それを目の当たりにした今の春香の胸中にはどんな思いが渦巻いているのだろう。
 そんな時事務所に戻ってきたのはプロデューサーだった。彼の姿を見て顔をほころばせ、「お帰りなさい」と出迎える春香からは、今までとは打って変わった嬉しさが滲み出ているようだ。

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 プロデューサーから何か変わったことはなかったかと問われ、「今日は一回も転ばなかった」と返したのも、もしかしたらプロデューサーが「仕事の上で変わったことがあったか」と問うていたのかもしれず、そうであるなら何とも的外れな、アイドルとしての返事ではなかったろう。が、それは紛れもなく春香とプロデューサーのいつもの、彼女が普段から馴れ親しんだ言葉のやり取りであったことも間違いないのだ。
 そしてその春香の返答をプロデューサーが特に突っ込むこともせず受け止めていたところから考えるに、「仕事の上で」と「日常の中で」との、どちらの意味にも取れるような問い方をしていたのだろう。彼の器量も序盤の頃からは格段に大きくなっているのである。
 2人の会話に小鳥さんがさり気なく紛れ込んだのも、そんな2人のやり取りを盛り上げることで、少し浮かない風であった春香を元気づけようとしていたと取れなくもない。
 そんな春香へのご褒美と称してプロデューサーが取り出したのは、刷り上がったばかりの来るニューイヤーライブのパンフレットだった。
 ページを開いた先に見開きで掲載されていたのは、春香たち765プロアイドルの集合写真。プロデューサーが「自信作」と言うだけあって、各々の魅力がストレートに表現されている写真となっていた。全員がそこにあるからこそ発揮される、他には代えがたいもの。それは少しばかり気持ちの沈んでいた春香を元気づけるには十分なものでもあった。
 今はみんな忙しくて一緒になれる機会はなかなか作れないが、全員で力を合わせればきっと素晴らしいライブになると訴えるプロデューサーに、力強く同意する春香。みんなで共に歩んでいけば今度もきっとうまくいく。今までそうやって彼女たちは進んでこれたのだし、だからこそ今のこの結果もある。
 そのことを誰よりもよく知っているアイドルと、それを誰より近くでずっと見守ってきたプロデューサーだからこその強い決意であった。

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 いつもの調子に戻った春香はライブ成功のためには全員揃っての合同練習が必須と考え、自分からアイドルたちのスケジュール調整に乗り出した。
 撮影現場で、テレビ局の廊下で、ラジオのスタジオで、そして移動中の車の中で、夜遅くまでスケジュール合わせに奔走する春香。
 亜美真美がDLC衣装である「スクーリッシュガール」を着ていたり、テレビ局内に貼られているポスターがあずささんや10話で登場した新幹少女の番組であったり、その新幹少女の着ている衣装がこれまたDLC衣装である「マーチングバンド」に似通っていたりと、短い時間にやたらと小ネタが仕込まれているが、アイドルたちの多忙ぶりを表しているだけではなく、本編のストーリーそのものには余計なネタを挟む余裕すらないということを逆説的に示しているのかもしれない。

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 そして迎えた合同練習の当日。仕事が一段落してレッスンスタジオへ向かおうとする春香を、とあるスタッフが話をしたいと呼び止める。
 そんなに時間をかけないということであったが、春香は少し悩んだ末に合同練習の方を優先し、丁寧に謝ってその場を後にする。
 話の内容が仕事のことか否かは劇中では不明なままであるが、それでも実際に仕事の中で関わっているであろうスタッフのお呼びを断るというのは、はっきり言えばあまり好ましい行為ではない。だが春香はそれを承知した上で自分でセッティングした合同練習を優先したわけで、もちろんそれはみんなで一緒にライブを成功させるために頑張りたいという気持ちがあったからであろうし、言いだしっぺの自分が遅れるわけにはいかないという使命感めいたものもあったかもしれない。いずれにしても大変彼女らしい行為ではあるのだが、同時に多少の危うさを感じさせる行為でもあった。
 春香は駆け足でレッスンスタジオへと向かう。既に辺りがすっかり暗くなるような時間になっていたが、それでもいつものように明るく挨拶をしながらスタジオに入る春香。
 しかしそんな春香の挨拶に答える仲間たちは、以前と同じように少なかった。その場にいたのは千早に雪歩、そしてあずささんと真の4人のみ。伊織や響、亜美たちは仕事が長引いてしまったために、美希は搭乗していた飛行機の到着が遅れたために、それぞれ練習に参加することができなくなってしまっていたのだ。
 全員集まれないことを残念がる真や雪歩を鼓舞するように、ここにいるメンバーだけでも練習しようと春香は努めて明るくふるまう。それはいつもの春香であり765プロアイドルたちの光景には違いなかったが、準備をしながらも彼女が少し沈んだ面持ちを浮かべていることに、千早だけが気付いていた。

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 レッスンからの帰り道、疲れたように大きく伸びをする春香を案じる千早。春香は自分が担当しているラジオ番組の収録時間を、合同練習に参加できるように早朝にずらしていたのである。
 合同練習の予定を調整している時も、移動中の車の中で他のスタッフが眠っている中、眠らずにメールで連絡を取っている春香の姿があったが、これも恐らくは睡眠時間を削ってのことだったのだろう。
 一つの目的を達成するためには自分自身の労苦を厭わない。これは春香の美点の一つであるし、実際に春香はずっとそうやってアイドル活動に取り組んできたはずであるから、殊更今になって取り上げるようなことではないのかもしれない。
 しかしその時の千早にはそう思うことはできなかった。言葉にこそ出さないものの、そんな今の春香の姿に何かを感じたのは間違いない。
 だからこそ千早は春香に提案してきた。明日からの海外レコーディングの日程をずらしてもらうようプロデューサーに頼むことを。今の状態でライブに参加するのは自分が納得できないからと理由を述べるものの、本当の理由がそれとは別にあるであろうことは容易に察せられることである。
 だがもちろんそんな提案を春香が呑むはずはない。今度の海外レコーディングは千早の今後を左右するほどに大切な仕事であることを知っている春香ならば、いや春香だからこそそんな提案を受け入れるはずはなかったのだ。
 千早のそばに歩み寄った春香は千早の手を自分の両手でしっかりと握りしめ、「大丈夫」という言葉と笑顔とを千早に送る。2人とも言葉には出さなかったが、互いの気持ちはわかっていたのだ。千早は春香が無理をし始めていること、そして春香は千早がそんな自分を案じてくれていることを。
 千早の提案も実際には通るはずのない無茶なものであったことは明らかだが、それでも千早は言わずにはいられなかった。アイドルとしての立場を無視してでも、目の前で無理をしつつある大切な友人のために言わないわけにはいかなかったのだ。
 しかしそんな彼女の提案を春香は否定した。たとえ無理をしていても、それを千早が理解していたとしても、何よりもまず千早のことを考えて否定したのである。それは春香という少女が当然取るはずの行動でもあった。

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 春香を心配する千早と、そんな千早に心配させまいとする春香。こんな時において尚、自分のことより千早を案じることができるのが春香なのである。春香のそんな性格に自分自身がかつて救われたからこそ、彼女の言葉を最終的に千早が信じる気になったのだろう。そんな春香本来の性格ならばきっと大丈夫であろうと。春香のそばには彼女を誰よりしっかり支えることのできる人物がいるからという思いも、そこにはあったのかもしれない。
 お互いに本心を明かしたわけではないが、言葉にせずとも互いの気持ちを理解できている、強い絆で結ばれた2人。春香の「ちょっぴり寂しいけど」という言葉は、そんな絆の強さを自覚しているからこその、精一杯の甘えであったとも言えるだろう。
 春香はもちろんまだあきらめてはいない。しかし今日のレッスンを録画したビデオを見るその表情からは、少し重くなったであろう心の重さを感じさせる。千早に本心を吐露しなかったことは、果たして彼女にとって良い方向を指し示してくれるのだろうか。

 あくる朝、春香は新たに次の全体練習までの間、現場が一緒になった人が数人ずつでも集まって練習しようと提案する。
 これは春香個人の希望を抜きにしても良い提案であろう。全員が集まるライブなのだからいつまでもバラバラで練習しているのはあまりよろしいことではないわけで、無論スケジュール的な問題は山積みであろうが、プロデューサーではないアイドルという立場の春香の提案としては、最良に近いものと言えるのではないだろうか。
 しかしそんな提案もまた十分には生かされなかった。現場で一緒になった春香と真美は、同じく一緒になった響や貴音の仕事が終わるのを待っていたが、例によって長引いてしまい、どうしても練習に参加することができない。
 さらには一緒に待っていた真美もまた、仕事の都合でその場を離れなければならず、結局その日は練習することは叶わなかった。さらには次の日に予定していた全体練習も、どうしてもみんなの予定が合わず、結局中止することになってしまう。
 その知らせを聞いた春香の具体的な様子は描写されていない。既に誰もいなくなり暗くなったレッスンスタジオと、雨の降る中を事務所に向かって歩く春香の姿が遠景で映し出されるだけだ。
 春香は誰にも何も言わなかった。もちろんそれは何かを言える筋のことではないと、何より本人が理解しているからに他ならない。確かに練習に集まることはできなかった。しかしすまなそうに謝る響や、一緒にいられない寂しさを春香に抱きつくことで表現してきた真美に、何を言うことができるだろう。プロデューサーとして春香と同様に予定調整に奔走しているであろう律子に、何を言うことができたろうか。
 だがそれでも「仕方がない」と言い切ってすませるには、春香にとっては重すぎる現実であったのも間違いないことだろう。
 事務所に戻ってきた春香は、小鳥さんにプロデューサーの所在を聞く。そこに冒頭のような笑顔は浮かんでいない。
 プロデューサーは自分の席で電話中だった。どうやらニューイヤーライブに絡んだ内容の電話らしいが、それでも春香にジェスチャーで挨拶だけ交わすところは、相変わらずの細かい気遣いである。
 ライブも目の前に迫っているだけに、プロデューサーの言葉にも自然と熱がこもる。そんな中不意に飛び出してきた、彼の「みんなで作る765プロのライブ」という言葉に反応する春香。

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 それは春香にライブのパンフレットを渡した時のプロデューサーの言葉とほぼ同じ内容であっただけでなく、春香が理想とするライブそのものでもあった。
 春香の願う理想と同じ理想を持ち、ライブに取り組んでくれている人がすぐそばにいる。その事実が春香に目の前に横たわる厳しい現実に向かっていく力を与えてくれていた。
 いつもどおりの笑顔を作って決意を新たにする春香。しかし電話中のプロデューサーに遠慮したのか黙って事務所を出てしまい、プロデューサーとの話はなされないままだった。事務所に戻ってきた際、真っ先にプロデューサーの所在を尋ねたのは、彼に何かしらの話があったためであることは疑いない。それをしなかったのは、春香の理想とプロデューサーの理想が同じであることを改めて認識することができたから、自分の今の不安も自己完結できた、と思いこんだからではなかったか。
 しかしそれは「思いこみ」でしかないのも確かだった。春香の理想は本来彼女が以前から抱いていたそれとは微妙にずれが生じてきてしまっていたのである。プロデューサーと話をしていればそれに気づくことができたのかもしれないが、今となってはどうしようもない。
 その微妙なずれ、そしてより厳しくなっていく周囲の環境は、彼女をさらに苦しめることになってしまう。

 翌日、仕事場で昨日の練習に参加出来なかったことを謝る真を取りなした春香は、次の仕事が始まるまで少しでもライブの練習をしようと提案するが、真はライブよりまずは今これからの仕事に集中しようと切り出す。
 今日の仕事は雪歩をメインに据えた新曲「Little Match Girl」の初お披露目。前回の22話で雪歩自身が宣伝していた曲であり、初めて雪歩がセンターとして歌う歌でもあった。生放送でそんな重大な役目を担っただけに、雪歩もいつにないプレッシャーを感じている。そんな雪歩のためにも今はこの生放送を成功させることに集中しようと言うのだ。
 これは真の言うことが正しいと思われるが、同時に普段の春香であればそれに一も二もなく同意するであろうはずが、すぐに返事をしなかったところに、上述した「ずれ」の一端が垣間見える。今回の生放送はAパートで春香が断ったスタッフからの、仕事かどうかもわからない呼びかけとは根本的に異なる、明確に重要な内容の仕事なのだ。
 にもかかわらず春香は目の前の仕事より、その後に控えているライブのことを優先してしまった。それは彼女が平時とは僅かではあるが明らかに異なる精神状態にある証左と言える。
 そう、彼女の心の変化はごくわずかなものだった。センターに立ってLittle Match Girlを歌い踊る雪歩の背中を後ろから嬉しそうに笑顔で見つめている時も、お披露目が終わり感極まって春香に抱きつく雪歩を祝福する時も、その時の春香の気持ちに嘘がないのもまた事実だろう。

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 3話での夏祭りイベントでは春香と真、そしてプロデューサーに励まされてようやくステージに立つことができたほどのか弱かった雪歩が、その春香と真を連れセンターで堂々と大勢の前で新曲を披露するまでに心も体も成長を遂げた。春香がそれを喜ばないはずはないのだ。
 しかし同時にその時春香が抱いていた別の気持ちもまた、春香の本心であることには違いなかったのだろう。その一方の気持ちを春香は2人に明かすことはなく、2人もまた気づくことはなかった。

 場面は変わって「生っすか!?サンデー」の収録風景。海外に出向いている千早を「出張中」として、薄い板か紙のようなもので代用扱いしていたり、映像の向こうでも相変わらずの仲の良さを見せる真と雪歩の様子など、相変わらず和気藹々とした良い雰囲気で収録を締めることができたようだが、そんなみんなの様子を見つめる律子の表情はなぜか暗い。
 やがて収録は終了。一同もこの番組のみならず日ごろの激務が祟ってか、かなり疲れ気味のようだ。そんな中でもあずささんに甘えてくる亜美や、体力的に余裕のあるところを見せる響の描写あたりで個性を浮き立たせる見せ方は忘れていない。
 美希はその後もすぐに別の仕事が入っているようで、律子に急かされながらその場を後にする。今日も春香はライブに向けての練習を考えていたようだが、それはまたも叶いそうになかった。
 しかしそんな春香だけでなく、765プロアイドル全員にとって衝撃的な知らせが、律子よりもたらされる。彼女たち全員が協力して今まで作り上げてきた「生っすか!?サンデー」が打ち切られると言うのだ。
 思わず激昂するのが伊織であるというのも嬉しいキャラシフトだが、打ち切りの理由は視聴率不振などといったありふれたものではなかった。視聴率は良いし局側としても続けたい意向はあるのだが、多数の人気アイドルたちのスケジュールを日曜の夕方という特定の時間に縛り続けていることへの、他の番組からクレームが入ったというのである。
 確かに日曜日は休日でもあるから平日よりもアイドルたちの需要が重なることは容易に予測がつくし、「生っすか!?サンデー」はその名の通り生番組だから、実際には日曜のかなり早い時間帯からずっと拘束されていたことだろう。
 人気のある番組を人気であるが故に終了させなければならない。少し前であれば絶対に味わうことのなかったであろう苦いジレンマだが、アイドルたちは各々、そんな現実を出来る限り前向きに受け入れようとしていた。ただ1人を除いて。

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 仕事の上でも仲間たちと顔を合わせる機会が少なくなってきた中、毎週一度は必ず会える時、それがこの番組の収録の時だった。彼女がその時を心待ちにしていたということは、口数こそ少ないものの22話で千早に対して語っているところからも十分に察することができる。
 仲間たちとの繋がりを体感できた唯一と言っていいその「時」もしかし、完全に失われてしまうこととなった。
 そのことが春香の心にどれほどの喪失感を生じさせたか。それは楽屋での律子とのやり取りから容易に類推することができるだろう。
 律子が渡したミュージカルのスケジュール表は、立ち稽古が明日の20時からであることを示していたが、その時間は合同練習の予定を組んでいた時間でもあった。
 詰問する春香を「ライブもミュージカルもどちらも重要」と律子が諭すのは当然のことであるが、春香はそれに同意する態度を見せなかった。前回の22話から楽しみにし、やる気を見せていたミュージカルに対し、全力で取り組むいつもの姿勢を見せることができなくなってしまっていたのである。
 春香の心に生じた激しい喪失感は、本来の彼女であればするはずのない「仕事に序列をつける」行為をさせてしまう。それは真や雪歩との仕事をしていた時点でおぼろげながらも存在していた「ずれ」が、明確な形を成したことを意味していた。

 翌日、ミュージカルの練習に励む春香と美希。しかしそんな時でも時間を気にしてしまう春香の表情は、どこか虚ろだ。
 休憩時間に入っても春香のそんな態度は変わらない。とその時、少し離れた場所に美希が座ったのを認めた春香は、美希の隣に移動して話しかける。
 目立たない描写ではあるが、共に同じ現場で仕事に励む美希に対し、普段ならかけるであろうはずの労いの言葉が一切なかったり、美希のそばに移動する姿が見ようによっては「相手に擦り寄る」体になっていたあたり、見ている側の不安を煽る。
 「美希が一緒で良かった」との春香の呟きは、自分が不安定になっていることの自覚が少なからずあったからこそのものなのかもしれない。だが今の春香にとって仲間と一緒にいることは、必ずしも彼女の心を救うことにはならなかった。彼女自身の何気ない一言が、それを決定的にしてしまう。
 「どっちが主役になれるかわからないけど、一緒に頑張ろう」という春香の言葉は、それ自体はいかにも彼女らしい言葉である。だがその言葉に込められた彼女の本意は、普段の彼女のそれとは微妙に異なっていた。そのことを春香は美希の「絶対に主役をやりたい、『一緒に頑張る』というのは違うと思う」という言葉を受けることで、痛烈に思い知る結果となってしまった。

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 先程書いたことであるが、春香は自分の取り組んでいることに、序列や優先順位による差をつけることはしないが、同時に第三者から序列をつけられることも否定しない。彼女は目標に向かって努力することを何より大切にし、結果はそれに伴って自然についてくるものだという信念を持っている。
 これは13話でのライブにおいて、混乱し収拾がつかなくなりかけた他のアイドルたちに呼びかけた言葉や、12話で竜宮小町と他の9人との差について響から問われた時の前向きな回答などから、容易に読み取ることができよう。
 春香は別段無欲というわけではない。今回のミュージカルに関して言えば、当然主役になることを望むだろうし、事務所の仲間と主役の座を争うことを拒絶するほど潔癖な性格でもないのだ。春香としては「結果のために努力する」のではなく「努力した末に結果がつく」というスタンスなので、自分が努力してきた結果として得られるものに対しては、それほど貪欲な姿勢を示さないだけのことである。
 だがそれは普段の春香ならばの話であって、今の不安定な状態の春香はまた異なる思考の元に先述の言葉を述べていた。
 それは誰かと一緒にいたい、誰かと一緒に歩んでいきたいという単純な気持ち。しかしそこには平素の春香なら考慮の範疇に入れているであろう「結果」が組み込まれていなかった。彼女はただ仲間と一緒にいられることだけを望んでしまったのである。そしてそれはアイドルとしては不適当な望みでもあった。
 美希はそんな春香の胸中を見透かしたわけでは決してない。美希は美希で自分なりに考えていることをストレートに春香に伝えただけのことであり、そこに春香への他意は存在しないと言っていいだろう。
 美希は春香と違い「結果のために努力する」というスタンスであったことと、そんな彼女の姿勢に以前から全くぶれが存在していなかったことは、しかし結果として2人には不幸な偶然となってしまった。
 15話で春香本人が認めたとおり、美希は自分の姿勢や価値観がが全くぶれることなくアイドルとして成長していた。そんな美希に不安定な今の自分を否定されてしまったのだ。
 そしてそこにはもう一つ、大きな「不幸な偶然」も存在していたのであるが、それは後ほど触れることにしよう。

 仕事を終え帰路につく春香の心に去来する様々な風景。仲間たちのいない事務所、誰もいないレッスンスタジオ、自分を案じ自分と同じ想いを抱いてくれた千早やプロデューサー、そして自分の道を歩き続けるアイドルの仲間たち…。
 彼女の表情はその髪に隠れてよく見えない。しかしそれこそが彼女の今の心情を端的に表しているとは言えないだろうか。表情さえ虚ろな、完全に自分自身を見失ってしまった状態。変わりゆく世界や仲間たちに何もできない自分、自分を案じ信じてくれる人たちに何も応えてやれない自分。
 彼女の心が大きな無力感に苛まれているであろうことは、想像に難くない。

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 そんな春香が最後にすがる相手はプロデューサーであったが、その夜の事務所にはプロデューサーはおらず、掃除をしている社長がいるのみだった。言葉少なに事務所を立ち去る春香の心の空虚さは、さすがの社長にも読み取れない。
 春香の内面の荒れようはミュージカルの稽古にも影響を及ぼしていた。以前に演出家は「この役に自分をぶつけろ」と言っていたが、自分というものがひどく不安定な状態に陥っている今の春香では、それを実現するのは無理というものであろう。
 自信に満ちた表情で舞台に立つ美希を見つめる春香の表情は、いつもの彼女のそれとはまったく違う、悲しそうでもあり寂しそうでもあるものだった。
 休憩時間に入っても演技についてスタッフと話しこむ美希の一方、春香は1人で座り込むのみだ。そこに姿を現したのは、春香が内心では今一番会いたかったであろう人物、プロデューサーだった。
 陣中見舞いとして持参してきたどら焼きを食べつつ、久々に会話する2人。調子を問うプロデューサーに舞台は楽しいし勉強になると春香は静かに答える。それもまた彼女の本心ではあったのだろうが、今の春香が話したいことはもっと別にあると、何より彼女の横顔が訴えている。
 それを察したのだろう、プロデューサーは努めて明るく春香に、彼女が昨日事務所に顔を見せたことに触れ、自分に何か話があったのではないかと問いかける。その最中でも決して笑顔を絶やすことなく。

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 プロデューサーのこの姿勢は彼がプロデューサーとして正しく成長してきた証とも言えるが、このような姿勢で他人のフォローに入ることは、本来なら春香が最も得意とすることであった。
 22話全般における千早の立ち回り方もそうだが、今話のプロデューサーの態度もまた、本来春香が持っているそれと密接に結び付いている。だからこそ余計に現在の春香とのずれを際立たせる結果にもなってしまっているのだ。
 春香はしかし逡巡するばかりでなかなか話を切り出そうとせず、それどころか顔さえ上げようとしない。表情からも仕草からも胸中に相当の煩悶が生じているであろうことは火を見るより明らかであるが、それでも春香はプロデューサーに素直に自分の感情をぶつけることができないでいた。
 それでもやっと口を開きかけたその瞬間、プロデューサーの隣にやってきた美希によって、春香の言葉は遮られてしまう。
 大勢の外部スタッフがいる中でも構わずプロデューサーを「ハニー」と呼んで親しそうに話す美希の姿に、春香は一体何を思ったか、目を伏せ視線をそらしてしまった。
 本当ならすぐにでもプロデューサーの横に座って今の自分の気持ちを吐露したかったはずが、春香にはそれができなかった。そんな彼女にしてみれば、何に遠慮することもなく常に自分らしさを維持し続けている美希の姿が、辛くなるほどに眩しく見えていたではないだろうか。
 春香がなぜ素直にプロデューサーに話をすることができなかったのか。見ている側としては色々考えることはできるものの、劇中ではまだはっきりと描写されているわけではない。しかし話をしたくともそれを抑え込んでしまう最後の一線と呼ぶべきものが、彼女の心の中には確実に存在しており、それは今の彼女にはどうすることもできない代物でもあった。
 だから春香は何も言わずにプロデューサーの隣からも立ち去ろうとする。未練を残していることを自分で承知しつつも、「なんでもない」という言葉をプロデューサーに、そして自分自身にも向けながら。

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 しかし当然のことながら、「なんでもない」わけはない。喪失感、無力感、空虚。春香の胸中に渦巻く感情はとても彼女1人に抑え込めるものではなかった。「悲劇」という形を持って、さらに彼女を追い込むことになる。
 下がったままになっていた舞台のセリ。それに気づかなかったため奈落へ落ちそうになる春香。彼女はすぐに伸びてきた救いの手に救われるものの、その手の主は入れ替わりに奈落の底へと転落してしまう。
 まるで彼女の身代わりとなったかのように。

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 病院の一角に静かに灯る「手術中」のランプ。その先にある一室をじっと見つめ続ける社長と美希。椅子に座り無事を祈る小鳥さんと律子。
 そんな彼女らとは離れた場所の椅子に1人座る春香。今はただ、自分を守り自分の代わりに傷ついたプロデューサーのことを想い、涙で頬を濡らすことしかできなかった。

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 今話、というより前話あたりから描かれてきた春香の戸惑いとは、言葉で端的に言い表すなら「一つのことに情熱を燃やしてきた人が、ふと冷静になって自分のやってきたことを振り返り、これからのことを見つめ直す時期」という、一般的な人間であれば誰でも一度は経験するであろう瞬間、あるいは期間に起因しているものだったと言える。
 それは22話の時点で時折、アイドルとしての自分のスタンスを自分で問い質すような仕草が描かれていたことからも理解できよう。
 他のアイドルたちにそのような兆候は見られないのに、春香にだけこのようなことが起きたわけだが、これは別に春香のメンタルが他メンバーと比較して弱いからというわけではない。
 春香以外の765プロアイドルは総じて「アイドルになって何かを為したい」という目標を抱いているのに対し、春香は最初から「アイドルになること」が目標であった。つまり他のアイドルにしてみれば1〜5話あたりの頃はまだまだ走り始めた段階であったと言える時期であったのだが、春香の場合はその頃から、もっと言えばアニマス本編の始まるずっと前から、アイドルになることを目指して走り続けてきていたのである。彼女にとってはアイドルとして活動するための準備もまた、目標そのものであったと言える。
 他のアイドルより全力で走ってきた期間が長かったのであれば、冷静になる時期が他メンバーより早く訪れるのも道理であろう。
 だからきっかけそのものは特に珍しいものではなかった。ただ春香にとってそのきっかけが訪れた時期はあまりにタイミングが悪すぎたのである。振り返りたくともゆっくり振り返らせてくれない、見つめ直したくともそんな暇を取る余裕もない。そんな中では彼女が本来是としてきた「みんなと共に努力して歩んでいく」という考え方が、「みんなと共にいる」というようにずれてしまうのも、やむを得ないことであったかもしれない。
 そして春香のそのずれは、765プロアイドル各人とのやり取りの中でさらに増大することになってしまった。上記文中の中では美希のことを「ぶれがない」と強調して書いているが、実際には今話中に出た春香以外のアイドル全員が一切ぶれていない。彼女らは今まさに全力でわき目も振らずに走っているわけなのだから、それも当然のことなのではあるが、だからこそ既にずれが生じてしまっている春香と想いが重なることはなく、それ故に春香のぶれはより増大してしまったのである。
 そして極めつけは美希とのやり取りだ。美希との会話の中で春香が今の自分を否定されたということは既に記載したとおりであるが、実際には上述した二項以外にもう一つ、大きな「不幸な偶然」が存在していた。
 それは春香と美希の2人ともが、プロデューサーのことを想い、プロデューサーのために活動していたということである。
 無論美希とは違い、春香の方はプロデューサーに対する恋愛感情は含まれていない(「恐らく」という注釈がつくが)。春香の場合はプロデューサーの「みんなでライブを成功させる」という考え方が、自分の理想に近しいものであったことから共感し、それを実現しようと努力してきた。
 「プロデューサーとアイドル」という関係性の中で、アイドルの春香はプロデューサーの期待に応えたいという明確な意志を、自分の行動理念の中に含むようになっていたのである。
 思えばプロデューサーも1話の時点で「夢はみんなまとめてトップアイドル」と言っていたが、もしかすると春香はその時点で自分と同様の理想や夢を抱いていたプロデューサーに信頼を置いていたのではないだろうか。
 そして20話での社長室でのやり取りから、プロデューサーが自分を強く信頼してくれていることを改めて実感できてもいる。だからこそ今回は自分の方が奮起して、プロデューサーの信頼に応えようとする意志が働いたように思えるのだ。
 そんな自分の考え方も行動も、ベクトルは異なるとはいえ同じく「プロデューサーのため」を行動の指針としていた美希に否定されてしまったことで、春香の精神は混迷の極みに達してしまったのだと言える。
 もはや自分ではどうすることもできない状態であることは、恐らく春香本人も承知していたはずだが、無理をしてプロデューサーからの救いの手を拒んだために、ついには物理的に救いの手を差し伸べさせるような事態を引き起こしてしまい、その結果として重い代償さえも払うことになってしまった。
 その点では今話は徹頭徹尾、追い込まれていく春香の苦悩を描く物語として完成したと言える。ラストの展開は衝撃的ではあるが、直接的な描写を控えることで悲壮感を極力抑え、あくまで春香の物語におけるファクターの一環としての描き方に終始している点を見逃してはならないだろう。
 このあたりは5話における水着シーンや入浴シーンと同様、扇情的なエログロを露骨に描くような作りを否定してきたアニマスならではの演出だった。
 これら一連の、段階を踏んでの春香の追い込み方は実に秀逸だ。黒井社長のように明らかな悪意をもって行動している人など1人もいない、そう言う意味では誰も悪くないにもかかわらず、いつの間にかどんどん春香が袋小路に追い詰められていく様を、丁寧に描出しきっていた。
 そして前話から仕込まれていた春香と美希の両者間におけるギミックも、一連の描写に奏功している。
 一部とは言え両者の行動の指針が同じであるからこそ、それに基づいた行動と得た結果に差異が生じれば、その分両者におけるギャップは大きくなる。そのギャップを段階を付けて描写することが前話から仕込まれたギミックの効能だったのだ。
 さらに言うなら前述した15話における春香の美希評もそのギミックの一環と見ることができるし、深読みするなら13話で「マリオネットの夜」を熱唱した後の美希と春香のやり取りの時点から、ギミックとしての布石を放っていたと考えることもできるのである。
 ラストの容赦ない展開のみに心を奪われがちであるが、それは実際にはいくつもの縦糸を入念に、千早の時とは異なりはっきりそれとは分からぬよう各挿話間に張り巡らせてきたことによる、追い込まれていく人間の心理状態を真正面から見据えた上での作劇の結果として描かれた場面であったのだ。
 内容こそ異なるものの、1話から紡いできた物語が結実して生まれた話と言う意味においては、今話は20話と全く同質のものであると言えよう。
 そして紡がれた話はまだ終幕を迎えてはいない。これ以上ないほどに追い詰められてしまった春香の心は、次回において救いを見出すことができるのであろうか。

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 最後に余談と言うか、作品を見た上での感想のみを書くことを主旨としているこのブログでは、自分的にルールを逸脱しているようにも思うのだが、次回への期待を少し書いてみる。
 次回に期待したいのは春香個人の内省的な話に終始して終わるのではなく、春香と千早以外の765プロアイドルたちにもきちんと焦点を当ててほしいということだ。
 単に描写があればいいと言うわけではなくて、彼女たちにとって「天海春香」という仲間の存在の立ち位置を再確認させてほしいのである。
 上で「誰も悪くない」と書いたが、確かに明確な悪意を持って動いた人間は1人もいない。しかし春香は結果的に追い詰められることになった。これは裏を返せばそれぞれに一定の落ち度と言うか、欠落していた部分が存在していることでもある。
 765プロアイドルは確かに多忙のために合同練習に参加出来なかったし、それに対して完全に納得しているわけではないという所も、今話のNO MAKEから察すること自体はできる。しかしながら彼女たちが劇中で合同練習を実現させるために、自ら積極的に何かを実行した描写はない。ラジオの収録時間をずらしたり、睡眠時間を削ってまで連絡を取り合っていた春香のみだ。
 真は目の前の重大事に取り組む雪歩を支えようとした。では春香は?合同練習のために奔走する春香を誰かがフォローしたのか?自分たちはそのために何がしかの努力をしたのか?誰かが春香を支えようとしたか?
 結局春香の精神状態がいかなるものであるか、劇中では千早以外の誰も推し量ることはしなかった。普段から周りを見てごく自然に気を配っていた春香に対して、悪気や他意はないとは言えあまりに酷ではなかったか。ただ自分の考えをぶつけることしかしなかった美希は、そんな事の出来る性格ではないと承知の上で書くが、あまりに春香に対して無頓着でなかったか。
 765プロのアイドルたちは春香があまりにも自然に周囲に気を遣っているから、それに甘えているというか、春香がそうすることを普通のこととして受け止めてしまっているのではないか。だから誰も春香の状態に気づくことができなかった。そこには確実に各々の「落ち度」が存在しているのである。
 彼女たちにそれを気づかせてあげてほしい、と言うのが次回への自分の希望だ。
 あくまで個人的な希望なので、それがなかったからと言って作品そのものへの評価が変わるわけではないけども。
posted by 銀河満月 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(7) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アニメ版アイドルマスター22話「聖夜の夜に」感想

 7月に放送開始して以来、ずっと我々ファンを楽しませてきてくれたアニメ版アイドルマスターも残り4回、今月放送分にて終了の運びとなる。
 1話からずっと見続けてきた身としては、早くも今から寂しさを感じてしまうわけだが、半年間見慣れた作品やキャラクターに惜別の念を抱くほど感情移入できるということは、それだけ創作物としては優秀な出来の作品ということでもあるから、ここは湧きあがる様々な気持ちを抑え、最終回までアイドルたちの物語をきちんと見届けることにしたいと思う。

 千早を取り巻く状況もようやく落ち着き、961プロとの諍いもひとまずは決着がついた。765プロにもようやく穏やかな日常が戻ってきたかと思われたが、今までとはまた別の次元で「穏やか」には程遠い日常を過ごすことになっているようだ。
 季節はもう冬。1話の時点では春だったのに、実際の時間と同様、劇中における時間の経ち方もあっと言う間である。
 そんな冬の街を、いつものように変装して仕事場に向かう春香。彼女はその通勤途中、街頭の大型ビジョンで流れていた美希の新CMに目を留めた。「relations」に乗ってアダルティーな雰囲気の美希が出演しているそのCMを見て、美希の頑張りを喜び自分もと気合を入れる春香。
 今までにもあった、そして劇中で描かれていない部分ではもっと多くあったであろう、春香のいつもの日常。仲間の努力を認め、それによる成功を素直に喜び、自分も頑張らなければと奮起する。実に春香らしい優しい考え方と言える。

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 春香は千早と共に、2人が出演する歌番組のミーティングに参加していた。千早はすっかり角が取れたような穏やかな表情になっており、そんな千早を隣で見つめる春香の表情もまた嬉しそうだ。
 2人に付き添って来ていたプロデューサーは2人に飲み物を買うが、自前の財布には穴が開いており、そこから小銭を落としてしまったり、小銭を探して自動販売機と床の隙間を覗き込んだりと今一つ冴えない様子。
 そんなプロデューサーから飲み物を贈られたことに素直にお礼を言いつつ、プロデューサーなのだから財布くらいはきちんとしてほしいと冗談めかして話す千早からは、単に角が取れたと言うだけでなく、プロデューサーに対しても春香同様に全幅の信頼を置いている様子が見て取れ、2話や12話のNO MAKEでプロデューサーの技量を疑ってかかっていた頃とは雲泥の差である。
 プロデューサーの姿に半分隠れているものの、そんな千早の変化に少し驚いた表情さえ浮かべる春香もまた印象的だ。
 それにしてもこんな他愛のない会話をこの3人で行い、あまつさえ笑い合う姿を見ることができる時が来るとは、1話から見続けてきた身としては何とも感慨深いものがある。
 楽屋にてプロデューサーが2人に披露したのは、もうすぐ行われるニューイヤーライブのポスター。765プロアイドルにとっては夏のファーストライブに続く、二度目の大きなライブだ。
 今回は「竜宮小町とその他のアイドル」ではなく、事実上全員が同質の扱いとなっているようで、ここだけでも全員が努力してきたその成果を味わうことができるだろう。13話での「自分RESTA@T!」のラスト部分の振り付けもそうだったが、地味に雪歩が目立つ位置にいるのが面白い。

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 しかし同時に、今回のライブの練習については顔を出すことができなくなりそうだと告げるプロデューサー。もちろんプロデュース業が忙しくなっているが故のことではあるが、大事なライブの練習に顔を出せないというのは、プロデューサーとしてはやはり心苦しいのだろう。
 謝るプロデューサーを取りなすのも春香ではなく千早だった。今話に限っては春香のお株を奪いかねないほどの描写だが、前述の通り春香やプロデューサーを信頼しているからというだけでなく、「春香がいるから芸能界でやっていけている」という依存的な考えからの脱却をも意味しているのだろう。
 プロデューサーとしてもっともらしく「体調管理に気をつけるように」とお説教を始める彼の姿に、春香も千早も思わず顔をほころばせてしまうが、そんな彼の口から「クリスマス」という言葉が飛び出した時、春香の眼の色が変わる。
 そう、時期はまさにクリスマス。春香は765プロアイドル全員で行った去年のクリスマスパーティのことを思い出し、今年はプロデューサーにも参加してもらってパーティを開こうと言い出す。
 いかにも年相応の少女といった発想であるが、みんなが一緒になって楽しむことが自分の喜びになる春香らしい考えとも言えよう。
 しかし今年は去年とはいささか事情が異なっていた。去年の時点では全員無名のアイドルであり、はっきり言えば暇であったからこそ全員が同じ日に集まることもできたのだろうが、今年は状況が全く異なる。765プロアイドルは全員売れっ子のアイドルなのだ。無論春香本人も例外でなく。
 ましてクリスマス、つまり年末時期となればプロデューサーの言ったとおり、年末特番やクリスマスのイベントといった仕事が目白押しである。そんな時期にアイドルがプライベートで集合するのは非常に難しいことだった。
 千早からそのことを指摘され、その理由に納得しながらも少し意気消沈してしまう春香。春香がそんな様子になるであろうことを察した上で、千早が「ダメ」とか「できない」といったあからさまな否定の言葉を用いず、言葉を選んで春香に指摘しているところが、千早の気遣いを感じられて良い。
 そんな春香の姿を見て、プロデューサーは努めて明るくパーティをやろうと宣言する。もちろん仕事が優先であるから、参加できるメンバーだけという条件こそついたものの、彼のそんな言葉に春香もパッと顔を輝かせる。

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 状況もやろうとしていることも異なるとはいえ、慰安旅行に行くことを渋っていた5話時点での彼の態度とはまったく違っているあたりも、彼の成長の成果というところだろう。
 彼はパーティを開くということ以上に春香の、プロデュースしているアイドルの笑顔を守るという、「アイドルマスター」におけるプロデュース業の根幹の一つを、忠実にこなしているのだ。
 単純にアイドル業のことを重んじるなら、春香の提案はむしろ個人的なわがままとして片付けられることかもしれないが、アイマスのプロデューサーとしては真に正しい応えであったと言える。

 ゲーム「ライブフォーユー!」でのDLC衣装である「ライブフォーヴィーナス」を着込み、壇上で「inferno」を熱唱する千早の姿に見惚れ、嬉しそうに互いを見やって微笑みあう春香とプロデューサーの間には、「アイドルとプロデューサー」というアイマスの最も基本的な関係性がしっかりと根付いていることを示唆している。
 20話に続いて千早に対し春香がプロデューサーの声真似で彼の伝言を伝えるあたりからも察せられることだろう。
 だからこそ千早がアイドルとして成長してきているのも、自分の力ではなくプロデューサーの尽力あってこそのものと言い切ることもできるのだ。無論そこには春香らしい謙遜も入っているのだろうが。
 収録を終え、楽屋で先程のクリスマスパーティについて話す春香と千早。とりあえずみんなに連絡を取ることにした春香だったが、そんな春香の視界に飛び込んできたのは、備え付けのテレビから流れる美希の新CMだった。
 続く情報番組では美希が参加したイベントの様子が放送され、「クリスマスを誰と過ごしたいか?」という問いに「好きな人である『ハニー』と一緒に過ごしたい」と、少々危なっかしい発言をする美希に少し苦笑しながらも、そんな美希のスター性を素直に褒める春香。それは千早も同様だった。
 テレビ画面の映像とは言え、「クリスマスはみんなと一緒に過ごしたい」と思っている春香の目の前で、「クリスマスは特定の人物と過ごしたい」と美希に言わせているところに、何かしらの意図が含まれているようにも思えるが、もちろん美希にさしたる他意はなく、春香も特別に何か遺恨を抱いたわけでもないようなので、ここはキャラ個人の心情に影響を与えると言うよりは、作劇上のギミックとしての機能に留まると考えるべきだろう。
 千早と別れ1人レッスンスタジオへ向かう春香は、その道すがら各アイドルに連絡を取り、クリスマスパーティを開きたい旨を伝える。しかし各人の対応は、春香の期待とは少し異なるものとなってしまったようだ。

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 プロデューサーも言ったとおり今の時期は格段に忙しいため、それぞれの返事も今一つ煮え切らないものばかり。皆参加したいという気持ちはあれど、スケジュールという現実的な問題がそれを困難なものにしてしまっていた。挙句に律子からは「優先順位を考えなさい」とお説教まで受けてしまう。
 当然と言えば当然の話ではある。公的な立場についた以上、プライベートよりもそちらを優先せざるを得ないのは、何もアイドル業に限った話ではなく、社会のほぼすべての職業に当てはまることなのだから。そこに個人の「わがまま」が介在する余地など、基本的には存在しないと言っていい。
 しかしそれは世知辛い現実世界での考え方に即した見方でもあり、制作陣が創造した「アニマス」の優しい世界は、そんな春香にそっと救いの手を差し伸べる。
 それが亜美から伝えられた、「春香より先にプロデューサーがパーティの件で連絡を取ってきた」という事実であることは言うまでもない。春香に同意し彼女のために行動を起こしている人間が、すぐそばに確実に存在している。それは春香にとって小さな、しかし確実な救いでもあった。
 内容が前後してしまうが、みんな参加したくないわけではなく、「参加したいけど難しい」というスタンスであるのも忘れてはいけない部分だろう。基本的にはみんな春香と同じ気持ちなのだ。
 そんな中でもさらにもう一つ大事なイベントがあることに触れる真と、大人ぶった態度でパーティに興味のない素振りを見せる伊織あたりが注目点であろうか。
 律子たちとの電話を終えた春香は、最後に美希と連絡を取ろうとするが、今日の美希は忙しいからとメールでの連絡に留める。
 その後の独りごちる姿も含め、決して表面には示すことのないものの、春香が「集まりたくても集まれない」現実に少なからぬショックを受けていたのは事実なのだろう。自分自身に言い聞かせるように笑顔を作って見せたところからも、それは容易に窺える。
 無論それは先ほども書いたとおり当然のことであるし、春香自身も重々承知していることであろうが、それでも春香は「何か」を感じないわけにはいかなかった。みんなの気持ちも十分理解しているからこそ、自分のその気持ちを外に向けて発露するわけにはいかないし、元々そう言ったことをするタイプでもない。
 美希との連絡をメールのみにしたのは、今の状態でだれかと話をしたら、そんな今の自分でもはっきりとは分かっていないと思われる気持ちを、もしかしたら気づかぬ内に漏らしてしまうかもしれない。そんな考えがよぎったからのようにも見える。
 最後の連絡相手が美希であったことも、先述のインタビューの件と同様にギミックの一環と考えられるが、そんな積み上げたギミックがそろそろと明確な形を持って、春香の前に現れることになる。
 スタジオでレッスンに励む春香にプロデューサーから入った連絡。それは春香と美希がミュージカルのメインに決定したという朗報だった。
 どちらが主役で準主役となるかは今後の2人の稽古次第ということであったが、いずれにしても大役であることには変わりない。この役を得たという事実は春香に一体何をもたらすことになるのであろうか。

 後日、事務所に出社した春香を出迎えたのは小鳥さんの声。と言っても春香に向けられたものではなく、忙しそうに電話応対をしている声だ。
 みんなのスケジュールが書き込まれているホワイトボードも、今までにないほど予定がぎっしりと書き込まれていることも含め、今のこの時期が本当に彼女らにとって多忙の時期であることを窺わせる。
 電話を終えた小鳥さんは、春香に彼女が出演決定したミュージカル「春の嵐」の台本を手渡す。本当はプロデューサーが直接渡したかったようだが、彼は彼で忙しい身のため、事務所には不在だった。台本だけでもいち早く春香に渡しておきたいとの厚意から、小鳥さんに台本を預けていたのだ。

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 祝福する小鳥さんにここでも春香は、プロデューサーが役を取ってきてくれたおかげと、プロデューサーの功績を褒める。しかしその通りにここ最近のプロデューサーのやり手ぶりは、小鳥さんも認めるところであった。予定で埋め尽くされたホワイトボードを用いて、小鳥さんの言葉以上にシチュエーションで語る構図は、いつもながら巧みである。
 美希と一緒に舞台で共演できることを素直に喜び、笑顔を見せる春香。その夜の千早との会話から見ても、全員一緒に仕事をする日曜の時以外は顔を合わせる機会も減ってきているようで、その意味でも同じ765プロの仲間同士で共演できるということは、春香にとって裏表のない、この上なく嬉しいことなのだろう。
 その千早は楽曲の海外レコーディングが決まったとのことで、歌い手としてさらなる成長を果たすべく、千早らしい物静かな口調で抱負を春香に語る。

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 ニューイヤーライブの時期と重なってしまうことが唯一の懸案事項であったが、765プロ主催のライブを自分の「原点」とし、可能な限りは練習に参加すると述べる千早。アイドルとしてデビューを果たし、紆余曲折の末に大きな成長を遂げ、そして苦悩の果てに自分の過去をも乗り越えた、乗り越える力をくれた人たちがいる所。アイドルとしての千早の変遷のすべてがつまっているのは765プロであり、そこにいる人たちであり、みんなと一緒に取り組んだ仕事の数々。確かに千早にとってはそれらすべてが今の自分の原点と言えるだろう。
 千早が素直に気持ちを口にしたからか、春香は今まで誰にも明かさなかった自分の心情の一端を、良くも悪くも彼女らしく歪曲した表現で吐露する。
 これまでずっと一緒に行動してきた他のアイドルたちと、会うことも話す機会も以前より減ってきている。良くて毎週生放送される日曜の「生っすか!?サンデー」収録時に集まれるくらいだ。その現実に春香は戸惑っていた。しかし彼女は自分の戸惑いを否定的な、ネガティブな言葉を使って表現することはしない。春香は今や一番の親友となったであろう千早の前でさえ、自分の弱い部分を見せようとはしなかったのだ。
 これはもちろん春香本人の性格に拠るところが大であろうが、何より彼女自身も自分がなぜ戸惑っているのか、明確には理解できていなかったのではないだろうか。彼女はアイドルである点を除けば「普通の女の子」である。ごく普通の少女に、内心に生じたもやもやした気持ちを正確に分析、考察し、それを対応する言葉に置き換えて他人に伝えるなどという図抜けた真似など、容易にできることではないだろうから。
 またあくまで今の状況が一時的なもので、すぐ以前の状態に戻るとある程度は楽観視していた節も、心情の吐露を早々に止め、全員が集まれるはずのクリスマスパーティに想いを馳せるところから窺えよう。

 そしてついにクリスマス当日。新曲「My Wish」に乗って煌びやかに彩られた町並み、そしてそんな中それぞれの場所で仕事に励むアイドルたちの姿が描写される。歌番組に出演する者、クリスマスライブを開く者、クリスマス特番や正月特番の収録に参加する者、聖歌隊に扮して歌を歌う者…。
 ちらちらと降り始める雪の中、思い思いの形でアイドルたちはクリスマスという日、聖なる夜を過ごしていた。そんな彼女たちにとって、その後開かれることになる極々ささやかなな「パーティ」は、どのような存在として受け止められているのだろう。
 そのパーティを誰より心待ちにしていた春香もまた、収録が押してしまったために事務所へ戻るのが遅れてしまっていた。しかし事務所には春香だけでなく、他のアイドルたちも戻ってきていないことを小鳥さんから聞かされ、さすがに春香も少し不安がる。自分自身が仕事を理由に遅れてしまっていることが、余計に彼女の不安をあおっているのかもしれない。
 そんな春香を始めアイドルたちの事情を知りながらも、クリスマスツリーを飾りつけてみんなを待つ準備を整えている小鳥さんの姿は、前話で触れたとおり「アイドルを支えたいと願う」スタンスとしての面目躍如と言えるものだろう。

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 挿入歌「あったかな雪」をバックに、駆け足で事務所への道をひた走る春香だったが、とある店の前でその急ぐ足を止める。
 そこはケーキ屋であった。クリスマスと言えばやはりケーキがつきものということで、春香は大きなホールケーキを1つ購入する。それは無論アイドルたちが全員事務所に戻ってきて、全員でケーキを食べることになると信じたからこそであるが、購入の際に「余ってしまうかも」とショートケーキとどちらを選ぶか少し逡巡したところに、未だ胸中にかすかな不安を抱いている様子が見て取れる。
 ケーキを購入し改めて事務所へ走り出した春香は、しかしまたとある店のショーウインドウの前で足を止めた。そこに展示されていた男物の財布に目が向いたのだ。
 思い出されるのは、穴があいているというプロデューサーの財布。恐らくは多忙のために財布を買いに行く暇すらないのであろうプロデューサーのことを思い、春香は財布を見やりながら小さく頷く。

 やっと事務所のビルに到着した春香。そしてそれに合わせるかのように、千早もまた同じタイミングで姿を見せる。千早の手にもクリスマス用のケーキがあるのを見、春香は思わず顔をほころばせる。
 雪降る夜の空を見上げる2人。そう言えば1話でも2人はビルの入口で、雨雲の出てきた春の空を見上げ、春香は咲いている桜が散ってしまうかもしれないことを気にかけていた。
 演出上の意味や共通項と呼ぶべきものは存在していないのだろうが、それでも見上げる空もその空から来るものもあの頃から随分と移り変わり、そんな空を見上げている春香たちもまた同様に移り変わった。変わるために邁進し続け、今も変わり続けているアイドルたちが、ただ一つ何があっても変わることなくそびえ立っている「場所」の入口で、あの頃と同じように空を見上げるというシチュエーションは、彼女たちの本質そのものはあの頃から何も変わっていないことを指し示しているようにも思える。
 自分たちがどれほど変わったとしても、最後に自分たちが戻ってくるべき「場所」がそこにはある。そしてそんな考え方は春香たちだけのものではなかった。
 事務所のドアをくぐった春香たち2人を出迎えてくれたのは小鳥さん、そして先に戻ってきていた貴音、真、真美、響、やよいのアイドル仲間たち。5人はプロデューサーがスケジュールを調整してくれたこともあり、どうにかパーティに間に合う時間に戻ってくることができたのだ。
 自分と同じような忙しさを抱えているにもかかわらず、自分よりも先に到着し準備をしていてくれた仲間たち、そして自分たちのためにギリギリまで調整してくれたであろうプロデューサー。そこにあるのは「みんなでパーティを楽しみたい」という単純な、そしてごく普通の願いがあっただけであるが、それはアイドル全員の本心からの願いでもあった。それは真美や真たちもまた春香と同様に、全員が食べられるよう大きなホールケーキをそれぞれが購入してきていたということが明確に示している。
 春香や千早だけではない、みんなの本質もまた昔から何も変わっていなかったという事実は、春香を大いに喜ばせ安堵させたであろうことは間違いない。

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 同時にまだこの時点では姿を見せていないプロデューサーの功績も忘れてはならないだろう。単にアイドルプロデュースに終始する人間であるなら、私的なクリスマスパーティなどにわざわざスケジュール調整までして協力するはずもない。今回の彼の行動は、アイドルであると同時に「年頃の女の子」でもある彼女らを支えるという彼のスタンスを改めて明示したものと言える。

 少し遅れて到着したのは雪歩。事務所に入ってきた彼女にみんなは花束を渡しながら声をかける。「メリークリスマス」、そして「ハッピーバースデー」と。
 これが真の触れていたもう一つのお祝い、すなわち雪歩の誕生祝いであった。12月24日は雪歩の誕生日。Aパートから真の言葉で触れられていたことではあったが、雪歩自身の口からはその話題が出ることは全くなかっただけに、ここできちんとお祝いされたことに驚き喜んだ視聴者もいたのではないだろうか。
 雪歩の驚きの表情からは、クリスマスのパーティに参加できるかどうかというギリギリのところでそれぞれが仕事をこなす中、この上自分の誕生日のことまで話せば、さらに無理をしてでもパーティを開こうとしかねない。765プロの仲間はそう言う人たちだと知っているからこそ口にしなかったという、雪歩らしい控えめな気遣いがそこにあったと察せられるだけに、皆から誕生日を祝福されて微笑む雪歩は本当に幸せそうで、見ている側としても何とも心地良い描写に仕上がっている。

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 続いて到着したのはクリスマスライブを終えた竜宮小町の面々。事務所に入ってきた亜美が最初に声をかけたのが春香なのは何気ないことではあるが、今回のパーティを開くための一番の功労者が誰であるか、演出的に表現していると言えるだろう。
 打ち上げの途中だったが主役がいないと盛り上がらないだろうから、「仕方なく」こっちに来たと話す伊織の相変わらずな態度に思わず苦笑する一同だったが、すぐに入った亜美のツッコミからも伊織がパーティのことをかなり楽しみにしていたことが窺え、それがばれたことに狼狽する伊織の姿も含め、すっかり「いつも」の事務所の風景が戻ってきたような感じだ。

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 社長室で何事かを電話で話している社長は置いておくとして、ようやく最後のメンバーである美希とプロデューサーも到着し、事務所の中は俄かに活気づく。美希もきちんと雪歩のバースデープレゼントを買ってきているところが、細かいながらも好い演出だ。
 そんなみんなの様子を喜んで見つめるのが、Aパートで春香やプロデューサーの提案に苦言を呈していた律子というのは、彼女もやはり一個人としてはパーティを開き、全員に参加してほしい気持ちがあったからに他ならないだろう。そんな彼女の気持ちをみんなの様子を見やった時の感想、そして遅れて到着したことを謝罪したプロデューサーに対する「いえいえ」の一言に集約させている点は見事である。
 しかし既に上述したとおり、全員出席してのパーティを開催することができた、本当の意味での最大の功労者はプロデューサーではない。千早の言う「みんなでいることを大切に想う人」、その人の意志が何より強い原動力となっていた。
 みんなと共に目標に向かって努力し続け、みんなと一緒に困難を乗り越え、その上で結果を出してこれたからこそそれが正しいと信じられるし、これからもその通りにやっていけば大丈夫と信じられる。そしてそんなみんなと育んできたものは一朝一夕に出来上がるものではなく、平素からの繋がりによって生み出されるものであることも知っているから、皆で一緒に一つの事を成すという点に拘った。例えそれがプライベートでのことであっても。
 そんな彼女の想いを汲んで、プロデューサーはスケジュール調整という形で彼女の背中を後押ししたのだ。彼女の想いが765プロアイドル全員の原動力になると知っているから、自分もかつてその想いに救われた経験を持つからこそ。
 プロデューサーと同じ経験を持つ千早の視線の先には、全員集まった事務所の中でいつもどおりにふるまう少女の姿があった。笑顔を見せたり少しドジな一面を見せたり、それは千早が久々に見たかもしれない、彼女の普段通りの楽しげな姿であった。

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 社長室から出てきた社長も交え、全員の乾杯を皮切りにしてクリスマスパーティはにぎやかに開幕する。
 プレゼント交換や雪歩への誕生日プレゼント譲渡、プレゼントの開封、そしてちょっとしたおふざけと、そこにあったのはごく普通の楽しげなパーティ。そこには「アイドル」ではない、アイドルでもある「女の子」たちの姿が確かにあった。ほんのひと時、彼女たちはアイドルとしてではなく年相応の少女としてパーティを楽しんだに違いない。去年パーティを行った時と同じように。
 そんな中にも響の受け取ったプレゼントが誰からのものか一目でわかる代物であったり、パーティの様子をビデオに録画しているのが律子であったりと、前話までの描写をこれまたさり気なく盛り込んでいる。
 殊に5話での慰安旅行もそうだが律子が記録係を買って出ることが多いというのも、普段からのアイドルたちのやり取りや繋がりを、それこそ春香と同様に重視しているからかと考えてみると面白いかもしれない。
 そしてテーブルに並べられた対象のケーキを見やって、はたと困ってしまう一同。それは全員それぞれケーキを購入してきたからというだけでなく、ほとんどのケーキがホールケーキだからであった。
 みんな春香と同様に、全員が参加すると考えていたからこそ大きいケーキを選んだわけであり、それだけを考えると春香と同じくみんながそれぞれ仲間たちを大事に想っていることが十分伝わってくるエピソードとなるのだが、同時にケーキは誰か1人が代表して買えば済むものでもあるわけで、そのあたりの細かい意志疎通を行うことができていなかった、恐らくそんな暇も余裕もなかったであろうことも察せられ、あくまで視聴者視点からのものではあるが、笑って済ませられるほど根っこは簡単なものではないことも感じ取れる。
 バースデーケーキに付けられたろうそくの火を雪歩はどうにか吹き消し、ケーキを切り分ける段になって春香はあることを思い出し、荷物を置いた応接室へと向かう。
 春香が荷物の中から取り出したのは、事務所へ来る道すがら、見かけた店で購入した財布だった。彼女は恐らくクリスマスプレゼントとして、プロデューサーのために財布を購入していたのだ。
 しかし春香が財布を手にとって戻ったのと同時に、社長が不意に咳払いをしてみんなに呼び掛ける。社長が「重大発表」と称したその内容とは、美希の「シャイニングアイドル賞」新人部門受賞というものだった。賞そのものについては具体的に説明されていないものの、各人の驚きようから察するに、かなり権威のある賞のようだ。
 ところが美希はその重大性を理解していないのか、彼女自身は賞をもらったことに関して格別の感慨を漏らすことなく、いつもの彼女らしいマイペースさであっけらかんと、貰った賞をクリスマスプレゼントとしてプロデューサーに贈り、プロデューサーも仲間たちも心から彼女の受賞を喜ぶ。

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 律子さえも苦言を呈しながらお祝いの言葉を述べる一方で、プロデューサーへのプレゼントを手に持っていた春香は、それを誰にも気づかれることなくそっと後ろに隠してしまった。
 別に恥ずかしがらなければならない類のものではないし、元よりプロデューサーが春香からのプレゼントをもらって喜ばないはずもない。美希の受賞自体は春香も素直に喜んで祝福しているのだから、彼女に特別妙な感情を抱いた故のことでもないだろう。
 アイドルとしての成果が告げられ、その成果を皆で喜ぶ。それ自体は非常に微笑ましい光景だ。しかしそれは同時に、今まで「女の子」として楽しんでいたパーティの席に突然「アイドル」としての立場が割り込んできたことにもなり、アイドルという自分たちの立場にもやもやした形にできない想いを抱いている今の春香にとってそれは、基本的に前向きな彼女をして一歩引かせてしまうほど唐突で強引なものに思えたのではなかったか。

 パーティも終盤に入り、サンタクロースのコスチュームを亜美真美と美希が披露する中、その様子を春香と真は少し離れた場所から見つめていた。
 奇跡みたいなことが次々に起こる日だと振り返る真。そこには美希が大きな賞を受賞したことや、それぞれがそれぞれ全員用の大きなケーキを購入してきていたという幸せな偶然、そして何より今日という日に全員が事務所で一堂に会することができたという事実に対しての感慨が込められていた。
 春香は「だってクリスマスだもん」とそんな真の言葉を肯定したが、それは春香の考えている意味とは別の次元で真理であった。クリスマスという特別な日、特別な時に開かれるパーティだからこそ、春香は全員で参加することを願い、そんな彼女の希望に共感した人々の働きもあって、今回のパーティは実現できた。それは逆に言うならクリスマスという特別な日程がなければ、全員集まることができなかったことにもなる。
 全員それを望みながら、おいそれとそれを実行することができない現実。その望みが叶った一日限り、一夜限りのまさに「奇跡」を見やりながら、真が思い出したのは5話でのこと、夏の慰安旅行の夜に春香の言った言葉だった。
 「来年の自分たちはどうなっているか」。まだまだアイドルとしては芽が出ず、将来どうなるかもわからないまま、それでも夢を信じて歩んでいた頃、そんな自分たちの夢を語り合った他愛のないやり取り。
 しかし今やあの時に語った夢は、ほとんど現実のものとなっている。レギュラー番組も持てたし、大きなライブもやれた。CDも何枚も出せているし、可愛い衣装を着ることも一応できてはいる。あの時話した会話の中で叶っていない夢は「トップアイドルになる」ことくらいであるものの、真の言うとおり、765プロアイドルはもはや名実ともに売れっ子アイドルなのだ。
 かつて春香の言ったとおりの姿に自分たちはなることができた。では今後は、これからはどうなるのか。あの時春香が寂しそうに語った通り、アイドルとして人気の出た自分たちは、来年は集まれなくなるのかと不安を素直に漏らす真。
 彼女もまた春香と同様の不安を抱いていたのだ。そして恐らくそれは真だけでなく、765プロアイドルの全員が少なからず抱いているものでもあるのだろう。春香の呼びかけやプロデューサーの助力はあれど、最終的には「パーティに参加したい」という自分の意志に従って皆が駆け付けたこと、それが何よりの証と言えよう。
 そんな2人にあの夏の日と同様に伊織が声をかけてくる。かつて同じような不安を春香が口にした時に「なってから考えなさい」と言っていた伊織は今、「ファンと一緒に過ごすクリスマスの方がアイドルらしい」と、今の多忙さと真正面から向き合っていた。それが伊織の出した結論だったのだ。
 それはアイドルとしてはまったく正しい姿勢であろうし、だからこそ真もそれに共感したのであるが、春香はその言葉や考え方を肯定しながらも、それでも視線を落としてしまう。
 給湯室で後片付けをする春香と千早。みんなのいる賑やかな雰囲気を喜ぶ春香に、千早は先程の伊織の言ったとおりかもしれないと返す。少しずつ色々なことを変えていくことが、前へ進むと言うことなのかもしれないと。
 そんな千早の言葉に寂しそうな笑顔を見せながら、かすかに目を震わせる春香。千早の言ったこと、そして伊織の言ったことも春香は理解はしているし、正しいとも思っているのだろう。自分自身もアイドルとして成長する過程で、いろいろなものが変わっていったことを実感してきているのだから、それを否定することは春香にはできることではない。
 しかしそれを完全に認めることもまた春香にはできなかった。そんな春香の胸中を察したのか、千早は静かに言葉を続ける。「変わってほしくないものもある」という彼女の言葉は、単に春香を思いやっての言葉というだけではなく、紛れもない千早本人の偽らざる本音でもあったろう。
 一度は拒絶しても変わらず自分のことを想い、自分のために最後まで考え行動してくれた春香。自分を凍りきった冷たい世界から救い出す最も強い力を生み出したのは春香のそんな姿勢であるということを、誰より千早が一番よく知っているからこそ、春香にも、春香が春香でいられる世界にも変わってほしくないという気持ちがあったのだろう。そんな世界こそが、かつての自分がそうであったように、765プロのすべての人々が同じように幸せになれる世界であるはずだから。
 それを受けて春香も再び満面の笑顔を取り戻し、来年も再来年もまたみんなで集まれればいいとの願いを口にする。それは千早にだけ明かした、恐らくずっと以前から抱いていたであろうささやかな、しかし春香にとっては大切な夢の一つでもあった。

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 亜美真美に呼ばれて給湯室から出てきた春香の視界に入ってきたのは、いつもの765プロの風景。ある者は騒ぎ、ある者はふざけ、ある者は注意し、ある者は笑う。そこにはアイドルの仲間たちに律子、小鳥さんに社長、そしてプロデューサーと、765プロ全員の姿が並んでいる当たり前の光景がある。だが春香にとっては765プロに入ったその日からずっと見続けてきたであろう、大切な光景でもあった。
 その輪の中に入っていく春香の顔は笑顔だ。しかしこの光景は果たしてこれからも「当たり前」であり続けることができるのか、その僅かなもやもやが春香の心から完全に払拭されたわけではない。プロデューサーへの春香のプレゼントがついに渡されなかったことも、それを暗示していると言えるかもしれない。

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 新曲ED「Happy Christmas」に合わせて挿入されるED映像は、本編での描写や会話を反映してか、6話以来の全員集合一枚絵スクロール。クリスマスの夜、様々な人たちの想いと努力により集まることのできた765プロの全メンバーが、彼女らの集まるべき場所である765プロの事務所へ向かっているイラストというのが、今話で描いてきたことを端的に象徴している。
 アイドルたちの着ている衣装もかつてはCD「Christmas for you!」のジャケットイラストにて着用し、後にゲームのDLC衣装として配信され好評を博した「ホーリーナイトドレス」で統一されているのがうまいところだ。さすがに最新作「2」で先月配信されたばかりのクリスマス衣装「ホーリーナイトギフター」の方は、アニメに反映する時間がなかったというところだろう。

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 今話は一言で感想を書くならば「難しい」話となった。春香という少女は千早とは別ベクトルで自分の本心、とりわけネガティブな部分を発露することがほとんどないため、かつての4話における千早の描写と同様、彼女の内心を推し量るのは今話の段階では視聴した個々人の感性や思考に拠る部分が大きくなってしまいがちである。
 だから結局その時々の状況における彼女の心の変遷は、結局見ている側が乏しい情報を元に類推するだけになってしまうので、感想を書く際は「難しい」のである。そう言う意味では今話の立ち位置は、恐らく今後に控えているであろう春香を中心とした最後の物語を迎える上での、蛹の段階とでも呼ぶべきものだと言える。
 とりあえずはつつがなく終了した今話ではあるが、その実はかなり微妙なバランスの上に成り立っており、その均衡はいつ崩れてもおかしくない状態である。
 本文中では春香の感情を「不安」と書いてはみたが、その不安な感情すら何が原因なのか、そもそも本当に不安の感情を抱いているのかも、今話を見る限りでははっきりと示されておらず、そう言う意味では確かに「もやもやしたもの」と言えるだろう。
 先程書いた通りではあるが、今話では意図的に情報、特に春香の心情に関する部分の情報については意図的に曖昧にしている側面があり、それが却って春香自身も自分の気持ちがどういう状態なのかわかっておらず、それに戸惑っている様を視聴者に印象付けている。
 その春香描写の曖昧さと合わせ、今話で特筆すべき点と言えば千早であろうか。前話までの経験を経て千早が大きく成長したことは今更言うまでもないが、今話ではすっかりと言っていいほどに、前話までの春香の立場と完全に入れ替わり、春香をフォローする側に立っている。
 この処置はもちろん千早の成長を如実に表現した演出であるが、それ以外にも千早が春香のフォローに回ることで、逆に春香を今までの立ち位置から切り離し、天海春香という個人を改めて浮き彫りにしているのだ。
 また千早に春香よりも多く会話をさせることで春香に多くを語らせる必要性を与えず、それが結局春香の本音の吐露をも封じる結果に繋がっている。
 見ようによってはこの上ない皮肉とも取れるこの演出、次回の話に何かしらの影響を及ぼすことがあるのか、興味は尽きない。

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 小鳥さんの自虐的なナレーションとは裏腹に、今まで見せたこともないような暗い表情を浮かべる春香。それの意味するところは何であろうか。
posted by 銀河満月 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(5) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アニメ版アイドルマスター21話「まるで花が咲くように」感想

 前回の20話において、辛い過去を背負って生き続けてきた千早の物語も、多くの仲間たちの想いを胸に過去を乗り越え、穏やかな笑顔と歓喜の涙を浮かべる千早の姿を象徴として、ひとまずの決着を見た。
 だが極端なことを言えば、20話で描かれたことは千早個人の私的なトラブルを解決するのみの話であり、アイドルとしての如月千早の扱いについては、まだ宙に浮いた状態のままであることも確かである。
 千早がいかにして「アイドルの如月千早」を取り巻く状況に決着をつけるのか。それが今話の主題であったわけなのだが、実際にはさらにプラスアルファの要素も盛り込まれ、視聴者の予想を越えたであろう濃密な話として完成している。

 週刊誌やスポーツ新聞に掲載される千早のインタビュー。それは公には沈黙を通してきたとされている千早が初めて自らの言葉で語った、自分の過去についてのインタビューだった。
 記事を執筆しインタビュアーも務めた善澤記者に高木社長は感謝の言葉を述べるが、善澤記者は自分の功を否定する。
 今回のインタビューは千早、そしてプロデューサーの側から頼み込まれてのことだった。千早がアイドルとして今まで通りの活動ができるよう、自らこの問題について語ると2人で話し合った末の申し出であったのだ。
 冒頭に書いたとおり千早個人の問題が解決した次は、アイドルとしての千早の問題に対応しなければならないのは道理であるが、個人の問題がクローズアップされた20話では春香を始め事務所の仲間、つまりは友人たちとのやり取りや関係が重視されたのに対し、アイドルという仕事面のことにおいてはプロデューサーとの関係性が改めて打ち出されているのは、「アイドルとプロデューサー」という関係性が根本にあるという点を鑑みれば、まことに的確な人物配置と言えるだろう。
 自分から申し出たこととは言え、一番辛い過去の出来事を話すということは千早にとってはかなり辛いことであったはずだが、それをきちんと話すことができたというのは、言うまでもなく20話でのことを経て過去を乗り越えたからに他ならない。
 このワンシーンのみで千早と仲間たち、アイドルとプロデューサーの二つの関係性によって生み出された良性の部分を描いているのは巧みである。
 だが同時に善澤記者も961プロの仕掛けてきたゴシップ記事にはかなり腹を立てている様子。元々765側陣営のスタンスとしては、961プロとのゴタゴタも基本的にはプロデューサーやアイドルたちに一任し、大人たちはあくまで一歩引いた位置で見守るという体を守ってきてはいたが、事ここに至ってさすがに大人の善澤記者や高木社長も、バックアップ的なやり方であるものの、動かざるを得ないと判断したということだろうか。
 また善澤記者の言っていることは極めて一般的な良識の範囲内の言葉ではあったが、19、20話と連続して低俗なゴシップによる騒動や事件が描かれてきたことを考えると、これを齢を重ねた大人が発言しているという点も含め、どこかほっとさせられる言葉ではあったろう。
 これで765プロ側からの返しの一手を打つことはできた。次にやるべきことはアイドル「如月千早」が健在であることを、広く世間に知らしめることである。
 ここで20話における舞台設定が生きてくる。前話でのライブは定例ライブというごく小規模なイベントであったから、まだ千早復活の認知は世間的にはそれほど成されていない。小規模イベントに集まる観客は元からの根強いファンであったろうことも考えると、千早の復活劇も比較的容易に受け入れてくれただろうが、いつもそううまく行くとは限らないのだ。
 無論それは千早も承知のことだろうが、既に準備は出来ている。「IDOL JAM」に向けてボーカル練習に臨む千早の声は、それを表すかのようにいつもの如く美しい歌声であった。

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 千早の良い方向への変化を指し示すように、今話からOP映像も千早が単独で歌っている部分だけ、若干映像が変更された。千早を今まで彩っていた青い光が、20話で千早の部屋に差しこんできた夕焼けの光と、そして千早のすぐそばにいてくれた春香のイメージカラーと同様の赤い光に変わり、歌っている千早の表情も穏やかな笑みを湛えたものになっているのだ。
 本編のストーリー進行に合わせてOP映像を変更するというのは、アニマスでは初めてのことであり、千早関係の話を第2クール期の重要なポイントとして最初から捉えていたことが改めて窺える。

 さてそんな765側の対応に煮え湯を飲まされる形となったのは、言うまでもなく黒井社長である。彼にとって千早の件はまさしく会心の一手であったはずであるだけに、さすがにいつもの落ち着き払った態度も失せ、社長室で1人激昂する。
 しかしまだ諦めてはいないようで、何かしらの報復手段に出るつもりではあるらしい。「報復」という手段に訴えている時点で、それを最初から否定した765プロ側とはかなりの差があるのだが、いったい何を仕掛けてくるつもりなのだろうか。
 そんな事情とは関係なく「IDOL JAM」の当日がやってきた。ステージの準備も着々と進み、大勢の観客が列を作って待機している盛況ぶりから見るに、かなり大きなイベントらしい。確かに千早の復活の場としては申し分ない舞台と言える。
 そんな中で765プロのアイドルたちも楽屋に集まり、めいめい準備を始める中、プロデューサーと律子は2人、今回のライブの重要性を噛みしめていた。
 先述の通り、千早が復活したことはまだそれほど認知されておらず、しかも定例ライブを根っからのファンが集まるホームイベントとするなら、今回の複数アイドルが集合する合同イベントはアウェーイベントとも言え、特に千早や765プロアイドルのファンではなく、ゴシップ目当ての興味本位の人間も少なからずいることだろう。
 そんな聴衆の中で初めて千早は姿を見せ、歌を披露することになる。そこでもし失敗したら、今後のアイドル活動に影響が出るであろうことは避けられないし、千早本人の受けるダメージも計り知れない。律子の言ったとおり、今回のライブはまさに千早にとって「試練」なのだ。
 会場の観衆が千早をすんなり受け入れてくれるかどうか、不安な気持ちを吐露する律子。それはもちろんプロデューサーも同様だったはずだが、同時に今の千早の歌を聞けば、会場の人たちもきっと受け入れてくれるという自信を、不安感よりもずっと強く抱いていた。心から歌を歌うことを願い、そのためにアイドルの世界に戻ってきた今の千早の歌ならば。
 そんな千早に歌に専念してもらうためにも、いいコンディションを維持したままでステージに送り出せるよう2人でフォローしようと話したその矢先、律子に不意の連絡が入る。
 それはヘアメイク担当からの電話で、765プロを名乗る人物から当日のメイク作業のキャンセルが入ったというものだった。代わりの担当もよこしてもらえず、必然的にメイクは自分たちで行わなければならないということになり、一同の表情も曇る。
 そんなみんなの、とりわけ千早の様子を見やった春香は、とりあえず自分たちでメイクをし、難しいところがあれば互いに手伝って仕上げようと、いつものように努めて明るく提案した。

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 このような春香のフォローは、11話や13話において春香の楽天的な部分として強調された面であるが、今話まで見続けた方であるなら、根底に皆に対する信頼と自分たちへの自信、そして春香の持つ優しさからの発露である小さな気遣いがそこにあるということも十分承知されているだろう。決してただポジティブであるだけの「楽天的」な少女ではないのである。
 そんな春香の提案に最初に同意を示したのが、竜宮小町というユニットの実質的なリーダーとして長く他メンバーを引っ張り、周囲を鼓舞する役目を担ってきている伊織というのも頷ける話だ。
 曇っていたみんなの表情が再び晴れやかに戻ったのを見て、春香は1人プロデューサーに微笑みかけたのは、前話でプロデューサーが春香に個人的な感謝の気持ちを伝えたことから生まれた「秘密の絆」だとするのは少し考えすぎだろうか。
 そんな春香の気遣いが全員の心に浸透していっているということは、貴音が千早のメイクを手伝うことでより綺麗に明るく仕上げることができた事実が端的に示している。
 千早のフォローに回る立場の人物が貴音というのも、4話や19話でのやり取りを念頭に置いて考えてみるとなかなか興味深い。予期せぬ形とは言え秘密が露見し、紆余曲折の末にその秘密を自ら公言するまでに至った千早の成長を、同じく大きな秘密を抱えている貴音はどのように受け止めているのか、その辺を考察してみるのも一興かもしれない。
 皆がメイクに勤しむ中、今回の一件の裏に961プロの存在を感じ取る律子とプロデューサー。十中八九間違いはないのだろうが、プロデューサーはそれでも以前と同様、安易な報復に走るようなことは考えずに、春香たち765プロアイドル全員の力を合わせれば乗り切れると言い切る。
 それは先述の春香の言葉に皆が同調したことだけでなく、今回の一件が露見した際に誰も「961プロ」の言葉を口にしなかったところからも推察できよう。16、19、そして20話とそれぞれ響、貴音、千早に個人攻撃までしてきた961プロのことを、あの時一瞬でも頭をよぎらなかったはずはないのだが、それでも彼女たちは誰一人口にすることなく、自分たちが今真っ先にやるべきことを選択し、それに取り組んだ。それが彼女らのスタンスであり強さそのものなのである。

 しかしその頃、当の黒井社長はライブの音響スタッフに何事か話しかけていた。遠くからそれを見かけた冬馬は、その怪しげな雰囲気からまた社長が何かを企んでいるのかと考えるが、自分たちの出番が迫っていることを北斗や翔太に告げられ、うやむやのうちにその場を立ち去る羽目になってしまう。
 前話において決定的になってしまった冬馬と黒井社長の確執だが、それでもまだ冬馬の方から黒井社長に対してさしたるリアクションを示していなかった。
 作中でその辺の理由については具体的に言及はされていないのだが、冬馬に何かしらの行動を起こさせるだけの何かがまだ足りなかったということであろうか。

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 メイクの問題も一段落し、準備万端のアイドルたち。プロデューサーの呼びかけに応える美希の言葉に代表されるように、皆も自信にあふれた表情を見せる。
 しかしそれも束の間、先程黒井社長と何事かを話していた音響スタッフが現れ、765プロアイドルの楽曲データに不具合が生じたと告げてきた。
 時間の都合上プログラムを組み直すこともできず、このままでは順番を飛ばさなければならないと告げるスタッフに、プロデューサーはあらかじめ用意しておいた予備の楽曲データを渡して復旧を要請、さらにこの場を律子に任せ、自分もその現場へ一緒に向かうことにした。
 果たしてそれは黒井社長の策略であったのだが、それはプロデューサーの態度や表情から見ても、恐らく彼自身も十分察していたことだろう。そしてこの音響スタッフが、16話で響を陥れたアシスタントプロデューサーのように黒井社長の息が直接かかった人物ではないだろうということも。
 961側の策に対抗する意味で楽曲データをあらかじめ所持し、現場に直接出向く動きを見せたのはプロデューサーの成長と言えるが、彼が何より成長したと言えるのは、最後の最後、楽曲がきちんと用意できるかどうかを、音響スタッフの良心に委ねたところであろう。
 スタッフの態度から状況を察し、それでいて現場のスタッフに信頼を託す。プロデューサーとしての限界を示しているとも言えるが、そのギリギリの状況の中で彼はよく動き、同時に人の善性を信頼する姿勢を崩さなかった。強い信頼で結ばれたアイドルをプロデュースし後押しする側のプロデューサー自身が、信頼することを否定してはならないのだ。これこそが何よりの成長と言えるだろう。
 実際の問題としてそれが正しい行為と言い切ることはできないが、少なくともこのアニマスの世界においてはプロデューサーの取った行動こそが完全解なのである。
 そしてそれはただひたすらアイドルたちに、正念場を迎えている千早に歌わせてやりたいという一念のみだった。

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 プロデューサーが苦心する一方で他のアイドルたちは、律子の主導の下、音が戻るまでの繋ぎを考案することにし、一番手の千早をスタンバイさせ、それ以外のメンバーでめいめい案を捻出し始める。
 このような描写の中で各人の個性を見せていくのもいつもの手法であり、音楽がかからないということを失念して真と自分のダンスでつなぐと言い出す響のちょっと粗忽な面や、「生っすか!?サンデー」のライブ版をやってみようと美希が言い出すとすぐに名乗りだしてくる亜美真美などが当てはまるが、今回の描写はそれに留まるだけではない。
 緊急措置とは言え今回のライブにおける自分たちの出番を手作り感覚で構成することになったその構成は、これは3話における降郷村夏祭りイベントに取り組むアイドルたちの姿と重なっているのである。
 そして3話の時は状況に振り回される部分の多かったアイドルたちも、今は自ら様々なアイデアを出してこの事態を乗り切ろうとしている。彼女たちの蓄積された経験、それによって育まれた舞台度胸、そういったものがこのシーンに濃縮されていると言っても過言ではあるまい。
 このような事態における危急度のバロメーター的役割を担っていた雪歩からしてまったく動じる気配がないところが、3話の頃とは比べ物にならないほどの本人的な成長を匂わせて、何とも頼もしい。
 そして同じく3話の頃と大きく変わったアイドルは、言うまでもなく千早だ。一度はテントを出た千早であったが、何か思いつめた表情をして再び戻ってくる。それに気づいた春香は千早と2人きりになり、事情を伺う。
 いつになく言葉を選んでいる千早の素振りから、何かを思案していることを察する春香。千早はしかし自分のその考えは単なる個人的なわがままなのではないかと危惧していた。そんな千早を春香はいつものように優しく諭す。
 千早がそうしたいと思ったのなら、それをきちんと話してほしい、千早の考えもそれに対する自身の気持ちも、きっとみんなに通じるからと。春香の言葉に笑顔を浮かべてうなずく千早。

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 そっと背中を押す程度のフォローではあったが、春香にとっては疑うべくもない自分自身の信念であったろうし、千早にとってもその言葉は何よりの後押しとなったことは間違いないだろう。
 つい先日、何よりもまず春香自身が自分のしたいように行動し、思ったことを素直に千早にぶつけ、それが千早を救う直接のきっかけになったのだから。この2人ならではの意思の疎通というところだろうか。
 そして3話の時は次々起こるトラブルに「何もかもダメ」とあきらめることしかしなかった千早が、今回に至っては自らやりたい意志を固めているのである。それは何より大きな困難を乗り越えた今の彼女ならば、他の困難にぶつかっても自分たちの意志と行動とで乗り越えていける、そう確信しているからこそのものだったのではないか。
 春香と千早が2人きりで言葉を交わすシーンの最初の部分が、2人の足のみ映っているカットだったのも、千早の自分の考えに対する戸惑いと、それでも自分の考えを伝えることを望む自分自身への戸惑いだったようにも見える。2人の表情をあえて最初から映さず、足の動きだけで描出しているからこそ、一通りでない多様な解釈が可能となっているのである。
 テントに戻ってきた千早はみんなに自分の気持ちを自分の言葉で伝える。
 今日のライブ、みんなが千早を万全の状態で歌わせようとしているその心遣いは、千早も十分理解していた。定例ライブの時もみんなのそんな想いが自分を支えてくれたからこそ、どうにか歌うことができたが、いつまでもみんなに甘えているわけにはいかない。だから今はたとえ音がなくとも、予定通り自分が歌うべきなのではないかと。
 理路整然と言うわけではない、少したどたどしささえ匂わせる千早の言葉だが、それはまぎれもなく嘘も偽りもない、千早の心からの言葉だった。
 そんな千早に律子が異議を申し立てるのは、プロデューサーとしても仲間としても当然の流れではあった。先述したとおり、定例ライブとは違ってこの場に来ている観客は千早や765プロアイドルのファンだけではない。そんな様々な人たちの衆目の中で万が一にも失敗したら元の木阿弥になりかねない、今回のステージはそれほど千早にとって大事なものであるからこそ、律子は何よりそれを危惧し、千早を万全の状態で歌わせようと腐心していたのだ。
 観客が「ファンだけではない」の下りあたりで観衆を映すだけでなく、完全に765プロアイドルのファンではない黒井社長まで映しており、「ファン以外」の存在もアピールする演出は確かである。
 しかし千早は続ける。無謀だとは自分で理解しているし、次の機会を待つべきなのかもしれない。しかしその不安よりももっと強い想いが千早の内にはあった。自分は今歌いたい、今日のこの場で、みんなの想いと絆が紡いでくれた「歌声」という翼を背に、1人でも飛び立てることを証明したいのだと。
 自分を信じ支えてくれたみんなの想いに応えたい。それは自分はもう大丈夫であると、公の場でただ1人で歌うこと。千早はそんな強い決意をずっと胸に秘めていたのだ。
 ここまで素直に自分の気持ちを吐露するのは本当に久々のことだったのか、少し手を震わせながら述べた千早の想いを、律子も認めざるを得なかった。みんなも喜んで千早を送り出すことにする。自分の想いを受け止めてくれた仲間たちに、心から感謝の言葉を伝える千早。
 そしてジュピターのステージは終わり、千早は入れ替わりに1人ステージへ向かう。その表情は巧みなアングルで隠され、見る側としてはようとして知ることはできないが、冬馬が目を見張ったほどの表情、如何様なものであったのだろうか。

 照らされるスポットライトの中に歩みを進める千早。来てくれたことに安堵する者もいれば、歌えるのかどうか疑問視する者、明らかに見下しているかのような声色の者、観客の反応も様々だ。
 しかし千早はそんな周囲の喧噪に動じることなく、マイクを構えてゆっくりと目を閉じる。浮かんでくるのはあの定例ライブの時、苦しむ自分を支えてくれた人たちの姿。
 例えステージに1人きりであっても、千早の心はもう孤独に苛まれることはない。多くの仲間と紡いだ絆、そして歌を歌う自分のことをずっと笑顔で見続けていてくれる幸せな姉弟の面影が、いつもそこにあるのだから。
 瞳を開いた千早は穏やかな笑みを湛えつつ、そんな皆への想いを言葉に乗せて歌い始める。それは大切な人を見失った過去に囚われ眠り続けながらも、眠りから自分を解き放ち、明日に向かって歩き出すことを決意する「眠り姫」の歌。

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 会場に千早の美しい歌声だけが響く。もちろん音楽データは復旧しておらず、アカペラで歌っているからということもあるが、それだけが理由でないことは千早の姿を見、その歌に耳を傾けている観客の表情を見れば一目瞭然であった。
 春香たちも千早の歌う姿を舞台袖で嬉しそうに見つめる。それは千早が1人できちんと歌えたからというだけではない、その千早の歌がちゃんと多くの人たちに届いている、千早がそんな歌を今目の前で歌っているからこその嬉しさ、というより感銘でもあったろう。

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 そんな千早の歌、そして千早の歌う姿の前には黒井社長の小賢しい策などまるで意味を成さなかった。件の音楽スタッフも感じ入るものがあったのか、改めてデータの復旧作業を開始、歌がサビに入ったその瞬間という、期せずして場を盛り上げる最高のタイミングで音楽がインサートされることとなった。
 今の千早の想いすべてが込められた、まさに魂の歌というべきその歌は、理屈を超えて多くの人々に感銘と共感を与えたのだ。
 しかし恐らくはこの会場内でただ1人、そんな状況を苦々しく見やっていた黒井社長は、次の手を打つためかその場を離れようとする。だがそんな彼を制したのはジュピターの3人であった。
 千早の歌がリハーサル時と違いアカペラになっていたのを知った時、冬馬は自分の目撃した事実と合わせ、これもまた黒井社長の汚いやり口によるものであると察知したのである。
 黒井社長はしかし、例によって冬馬たちジュピターを「駒」呼ばわりし、彼らの言葉を聞こうとはしない。そんな黒井社長に冬馬はついに自らの想いを口にする。自分たちは利用されるために歌っているのではないと。

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 それは確かに彼の偽らざる本心であったろう。作中では765プロアイドルとの敵対描写がほぼすべてを占めてはいたが、彼らは彼らでアイドルとして目標に向かって歩んでいたに違いないのだし、そのための技量も十分に備えていた。それとても彼らなりの努力の成果によって得たものであろうことを考えれば、黒井社長の言葉はそんな自分たちのしてきたこと、すべてを否定するに等しい言葉であったのだ。
 14話の感想で書いたとおり、ジュピターの面々は決して清廉潔白な良い人物ではなかった。765プロに対する誤解を吹き込まれていたとは言え、それに対する黒井社長の小狡いやり方を、「必要悪」として肯定してきたのは確かである。
 しかし彼ら自身は決して汚い手段でのし上がったわけではないし、自分たちにはそれだけの力があると自負している。だからこそ真やプロデューサーたちを挑発してきた過去もあるわけだが、黒井社長はそんな彼らの「能力」さえも視界には入っていなかった。「アイドルの力を信じて任せる」という、アイドルと育てるものとしての大前提さえも彼の内には存在していなかったのである。そしてそれは、ジュピターにとってはあまりに酷な事実であった。
 その事実を突きつけられた冬馬は思わず黒井社長に掴みかかるが、北斗と翔太の2人が抑える。「社長を殴っても何も変わらない」と、最年少の翔太がやけに達観しているようなことを述べたのは面白いが、もはや2人の気持ちも冬馬と一緒であった。
 こうまでこじれてしまっては、もうついていくことはできない。それは3人にとっての「潮時」であり、黒井社長との決別を意味していた。
 しかしここに至ってもついに黒井社長は自らに非があることを認めることはなく、捨てゼリフと高笑いを残して立ち去っていく。
 そして黒井社長は千早の様子を見にやってきた高木社長と対面する。お互いの事務所に所属する、片方は過去形になってしまっているが、そのアイドルたちが描かれた看板の前で対峙する2人。しかし双方とも言葉を交わすことなく、黒井社長は再び立ち去っていく。
 かつての盟友2人の胸に去来するものは、いったいどのような感情であったのだろうか。

 千早は見事に最後まで歌い上げ、会場は万雷の拍手で包まれる。仲間のため、自分を応援してくれる人たちのため、そして心から歌いたいと願う自分自身のために歌い上げた千早の歌。彼女の復活と帰還を喜ぶ観客の言葉は、そんな千早の想いを多くの観客たちが受け取った何よりの証であろう。
 自分を受け入れ祝福してくれる多くの人たちに感謝をこめて頭を下げる千早。この瞬間、アイドルとしての如月千早もまた完全に復活することができたのだ。
 そんな千早の晴れ姿をプロデューサーや春香たちが嬉しそうに見つめる一方で、ジュピターの3人は複雑な胸中をその表情に浮かばせていた。
 どれだけアイドルとして精力的に活動しても、自分たちの能力を最も高く評価しているはずの黒井社長からついぞ得られなかったものを、千早は自分の力で手に入れることができた。
 無論彼らはそこに千早1人だけではない、彼女を支える多くの人たちの想いがあることなど知る由もないだろうが、ギリギリのところまで追い込まれながらも復活を果たし、多くの人の心をつかんだのは紛れもない千早の力である。
 それをまざまざと見せつけられた時、彼らにおける「961プロのジュピター」は終焉を迎えたのかもしれない。
 舞台袖に戻ってきた千早を暖かく迎える一同。歌っている間もずっと見守ってくれていた仲間たちに千早も感謝の言葉を述べる。
 今日のステージはきっと忘れないと、湧きあがる感動を真っ先に伝えてきたのは美希だった。アニマスでは「美希は千早のことを尊敬し慕っている」という側面はあまりクローズアップされていないが、20話ED映像では「約束」を歌いあげて舞台袖に入った千早に、最初に抱きついて喜んだのが美希との描写がなされており、20話のNO MAKEにおける美希の言葉や今話のこの描写を含め、美希の千早に対する想いもまた十分に描かれていると言えるだろう。
 次の出番に合わせてみんなが準備を始める中、改めて春香に笑顔で「ありがとう」の言葉を贈る千早。誰より自分を信じて支えてくれた人、誰より相手を信じて支えようとした人。2人の想いを伝えあうのにも、ただその一言だけで十分だった。春香への何よりのお礼は、千早がたった今ステージで見せてきたばかりなのだから。
 2人が零れそうになる涙を抑え、互いに笑顔で応えていたのも、なればこそのものであったのだろう。

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 ライブも無事に終了し、撤収のために1人荷物を片づけるプロデューサー。そんな彼の元に姿を見せたのは、ジュピターの3人だった。
 961側の事情を知らないプロデューサーは気色ばむが、冬馬の口から告げられたのはプロデューサーにとっては意外な謝罪の言葉だった。
 実際問題765プロに色々な策を講じてきたのは黒井社長個人であるから、その点に関しては冬馬たちに問題はないのだが、止めたとは言え自分の所属していた事務所の社長がやったことである以上、きちんと自分が謝っておかなければけじめがつかないということらしい。何とも不器用な性格ではある。
 彼の口から961プロを止めたことを聞かされたプロデューサーは、彼らの今後の去就を尋ねるが、アイドル自体をやめるつもりはないようで、自分たちの力を信じてくれる場所で一からやり直すとのこと。
 良くも悪くも直情径行な冬馬をからかうような態度を見せる北斗と翔太だが、そんな中でも3人の顔はどこか今までとは違い緊張の取れた自然な笑顔になっている。この辺は作画面における演出の冴だろう。
 先に記したとおり彼らは清廉潔白な善人ではなかったが、同時に劇中のキャラクターや視聴者のヘイトを一身に浴びるような悪人でなかったのも事実である。そんな彼らの落とし所としてこの去就は妥当なものだったのではないか。
 同時に黒井社長の件や彼らと直接絡んでの遺恨も一切根に持つことなく、水に流すプロデューサーの器量の大きさも描写されていた。音響スタッフへの対応も然りだが、彼の行動理念の根底には「相手を信じる」ということがあるわけで、アニマスにおけるプロデューサーとしては真に正しい態度であったと言えよう。

 すべての予定が終了し、自動車にて一路事務所への帰路に就く一同。この辺は本当に何の変哲もないシーンではあるが、個人的には第2クールに入って以降は竜宮小町のメンバーで固まって行動することの多かった伊織が、この車中ではしっかりやよいの隣の席をキープしているというのが印象深い。

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 その移動中、プロデューサーからジュピターの一件を聞いたのか、社長は「若いということはいいことだ」と誰ともなしに呟く。対立し続けながらも最後には一応の和解を見たジュピターの件で、若かりし頃のことを思い返したようだ。
 社長の若い頃とは14話で既に描かれている通り、黒井社長と共にプロデューサーとして切磋琢磨していた時期でもある。思い返した社長の記憶の中には、黒井社長の存在も浮かんでいたのだろうか。
 と、社長は突然みんなを「いいところ」に連れていくと言い出した。分乗している律子にも連絡を取り、社長はみんなをとある店へと連れていく。
 「いいところ」という言葉を聞いた途端に顔をほころばせるやよいが、年相応の子供らしさを前面に出していて何とも可愛らしい。
 社長が案内した場所とは、とあるピアノバーだった。社長以外は恐らく誰も来たことがないような大人のムードを醸し出している店内だが、そこにいる客たちは伊織曰く政財界の大物ばかりらしい。いつもはコメディリリーフ的なお茶目な存在感を発揮している社長の、人生の先輩としての器の大きさが垣間見える。
 そんな店内のカウンター席に、見知った顔が並んでいるのを認めるプロデューサー。1人は彼もよく知っている善澤記者。そしてもう1人はつい先程まで散々対応に苦慮させられてきた元凶とも言える、黒井社長であった。
 もう乗り切ったこととは言え、歌声を失うほどの強烈なストレスを生む要因を作った黒井社長を前に、千早はやはり心中穏やかではなく、自然と俯き視線をそらしてしまう。
 伊織が「気分が悪い」として黒井社長を追い出そうとしたのも、実際にはそんな千早の胸中を察したからこそであったのは言うまでもないことだが、14話の時と同様にプロデューサーに制止され、さらには当の千早からも気にしていないからと告げられ、仕方無く矛を収める。
 千早への気遣いを表面には出さず、あくまで「自分の気分が悪い」から黒井社長を追い出そうとするのは、いかにも伊織らしい理由づけであるが、千早が黒井社長への負の感情を抑えたのは、そんな伊織の気遣いをきちんと読みとっていたからに相違ない。本来であれば千早が伊織のような激しい感情を見せてもおかしくないのだが、それを千早本人よりも先に伊織が見せてくれたこと、それ自体が千早にとっては嬉しかったのかもしれない。ごく自然に伊織へのお礼の言葉が出てきたのは、そんな感情によるものだったのではないか。
 そんな千早にそれ以上何も返答できず、頬を染めて目線を背けることしかできなかった伊織も何とも可愛らしい。

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 アイドルたちは通常のテーブルに座る中、1人黒井社長の隣の席に座る高木社長。アニマスの中では初めて描かれる2人の社長の会話である。
 黒井社長は少しだけ自虐気味な態度を見せたものの、すぐにいつもの調子に戻り、自分は負けていないと強弁するが、高木社長の方は笑って受け流すだけだ。
 とその時、照明が静かに落ちていく店内。ライブが行われるようで、歌い手と思しき女性が壇上に上がっていく。
 スポットライトに照らしだされた、シックなショートドレスに身を包んだ美女。それは紛れもなく765プロの事務員として日頃みんなを支えている音無小鳥その人であった。
 春香たちが驚きの声を上げる中、小鳥さんはピアノの伴奏に合わせて静かに歌を歌い始める。曲目は「花」。ゲームからのファンであればご存知の通り、本曲はCD「MASTER LIVE ENCORE」に収録された小鳥さん専用楽曲であり、同時に小鳥さんが内心に思い描く彼女なりの信念を表した歌でもある。

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 優しく穏やかに、そして楽しそうに歌う小鳥さんの歌を聴きながら話を進める2人の芸能事務所社長。彼らに酒を注ぐマスターの背後には、控えめに飾られた一枚の写真が控えめに飾られていた
 高木社長に黒井社長、善澤記者にバーのマスターと思しき面子の若き日の姿が並ぶ中、その4人とは趣を異にする小鳥さんによく似た少女。その写真から社長たちの過去を知ることなど、到底出来はしない。しかし仔細はどうあれ、今や対立する関係になってしまった2人の社長も若かりし頃、恐らくは同じ夢を追って邁進していたはずである。誰にとっても一度は必ず訪れるであろう若き日の輝き、この写真は2人共に生きてきたそんな輝かしい時代の残照とも言えるものなのだろう。
 あの頃から誰が変わり、誰が変わらなかったのか。今となってはそれすら曖昧なものかもしれない。しかし変化の有無はどうあれそれぞれの信念や考え方は既に定まっているし、それを柔軟に変えられるほど若くもない。
 だからこそ2人は道を違えたのだろうし、もはや今更変えることもできないことも十分承知しているはずである。現役世代を信じ自由にやらせるスタンスと、徹底的に自分1人ですべてを管理するスタンス、2人の間にはもう互いのやり方をぶつける選択肢しか存在しなかった。
 そしてどちらの理念も根底にあるものが同じだと理解しているからこそ、譲ることができないということも知っている。ただそれを表現する際のベクトルの方向が違っているだけなのだ。高木社長は黒井社長を「不器用な奴」を評したが、それはそのまま自分自身のことをも言い表していたのかもしれない。

 律子の車に乗っていた残りのアイドルたちも到着し、小鳥さんの歌に皆が聞き惚れる中、黒井社長は1人店を辞する。
 楽しそうに歌う小鳥さんの姿を見やりながら、社長は「歌う楽しさや喜びは人それぞれ」と、春香たちに語りかける。
 そこは華やかなライブのステージではないし、小鳥さんも歌を歌うことが本職ではない。しかしこの時、この場所で一番輝いていた人物は紛れもなく小鳥さんであったし、その歌も少なくともアイドルたちやプロデューサーの心に響くものであったことは間違いない。
 765プロに所属する少女たちが目指すアイドル像とは異なる「アイドル」の姿が、確かにそこにはあったのだ。
 バーを出て車に戻る道すがら、春香たちは小鳥さんの歌う姿を回想する。現役のアイドルにも引けを取らない抜群の歌唱力を持っていた小鳥さんだが、彼女のそんなポテンシャルを知った美希が、アイドルになろうとは思わなかったのかと疑問に思うのは当然であったかもしれない。
 しかし当の小鳥さんは、プロデューサーから向けられた同様の疑問をさらりとかわしながら、今日のように時々でも歌えるなら、それで幸せなのだと答える。その表情はバーで歌っていた時と変わらない、楽しそうな笑顔だった。

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 そんな小鳥さんの歌う姿に思うところがあったのか、ふと千早は「アイドルとは何なのだろう」と口にする。それは「歌い手」としての大成のみを願い、「アイドル」としての目標を命題に掲げてこなかった千早にしてみれば、当然の疑問であろう。そういう意味では19話からの事件を経て、アイドルとしての精神面におけるスタートラインに、ようやく立てたと言えるかもしれない。
 千早のそんな疑問に答えたのは、春香ではなく美希であった。美希もまた中途までは自分の目指すアイドル像を確立できておらず、11話から13話までの挿話の中で、自分の目指す理想のアイドル像を確立した経緯がある。
 美希の話したアイドル像は「キラキラ輝いて、すべての人がドキドキする感じ」と、その時と別段変わったものではなかったが、同時に自分の見定めた理念をずっと曲げることなく見続けて、アイドルとしての道を歩んできたということもここから見受けられ、15話で春香の言っていた「ぶれのなさ」がよくわかる構図となっている。
 美希の言葉を聞き、千早も自分なりにアイドルを「人の心に幸せを届けられる人」と定義付け、歌でそれができるようになりたいという望みを口にする。
 どん底にまで堕ちた自分自身の心は仲間たちの真摯な想いに救われた、その体験があるからこそ、今度は自分がそれを出来る人間になりたいと、自分自身の想いを歌を通して多くの人に届けられるようになりたいと願ったのだ。
 そんな自分よりも他人を優先する気持ち、その境地にまで到達できたことそのものが、一連の事件を経て千早が一番大きく成長できた部分なのかもしれなかった。
 そしてその考え方は、千早がすべてを拒絶する中でずっと彼女のことを想い、行動し続けてくれた親友の影響を強く受けているであろうことも、想像に難くない。

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 美希は基本的に自分が輝けば周囲もその影響を受けてみんな輝けると信じ、千早は歌を聴いてくれる人たちを主眼に置いて、その人たちに想いを届けることを願った。
 たった2人であるにもかかわらず、アイドルに対する考え方や理想の仮託の仕方がこれほど異なっているあたり、「アイドル」という存在がいかに多様な解釈を生み出すものであるかがよくわかる好例というものであろう。
 だが765プロアイドルの中で恐らく誰よりも純粋にアイドルに憧れ、アイドルになることを目指してきた春香は、2人それぞれの考え方を聞くだけに留め、自分の理想像を口にすることはなかった。
 17話でも見受けられた春香のこの描写だが、これについての筆者の捉え方や考え方は、当該話数の感想の方に既に記載しているので、今更ここで細かく記述することはしない。春香は自分の持つアイドル像をあまりにも自然に内包しているが故に、言葉で明確に表現するのが不得手というだけで、彼女は彼女の理想を誰より強く定めており、それを実践しつつあるというのが持論である。
 しかし同じく17話感想に書いたとおり、今回のこの描写もまた後々の伏線として生かされる可能性もあるし、そうなったらそれで良いと思う。
 個人的には千早の望みを聞いたあとの春香の笑みは、千早の到達したアイドル観が自分と似通ったものであったことに対する喜びから来ているのではないかと考えてはいるが。

 彼女たちの話したとおり、「アイドル」とは一つの在り方だけに囚われない様々な在りようが提示させる懐の深いものだった。そしてそんな懐深さを今話で最も強く体現していた小鳥さんは、自分が今抱いている夢を話す。765プロアイドルのみんながトップアイドルになるという夢を。
 そのための手伝いをすることができれば、それが一番幸せなのだと話す小鳥さんの顔には、どこまでも幸せで満ち足りているような笑顔が浮かんでいた。
 小鳥さんの夢は、その夢が叶うことで自分自身が具体的に変化する類のものではなかった。しかしそれで小鳥さんは満足することができるのである。その夢が叶った時、他の何よりも強い幸せな気持ちで満たされるだろうから。
 他人の頑張る姿を応援し、他人の幸せは我が事のように喜ぶ。それは20話ですべてのアイドルが見せた優しい姿だが、小鳥さんもまた彼女たちと同じ優しさをずっと以前から持ち続けていたのだ。
 765プロに所属するすべての人が持つ「他人をいたわる優しさ」という気持ち、それをある意味で一番体現している象徴的な存在が、音無小鳥という女性なのかもしれない。
 アイドルたちはこれからも各々の道を、夢に向かって走り続けていくだろう。時に迷い時に疲れることもあるかもしれないが、それでも決して歩みを止めることはないはずだ。彼女らには互いを気遣い支え合う仲間と、彼女らの背中をずっと見続け、優しく後押ししてくれる人たちがいるのだから。
 ラストの連続静止画カットには、そんな意味合いが込められているように思えるのである。

 EDテーマは「花」と同じく小鳥さんの個人楽曲である「空」。CD「MASTER ARTIST FINALE」に収録された、小鳥さん初のソロ曲である。
 挿入歌として使用された「花」は、1つの小さな種が芽吹き、蕾から美しい花を咲かせるまでを見守る歌だったが、この「空」も同様に四季に彩られる世界そのものを見守る歌だ。
 どちらも主軸から一歩引き、誰かを見守るスタンスを貫いている。先述したとおり、このスタンスこそが小鳥さんなりの信念であるということを思えば、実にらしい楽曲と言えるだろう。
 ED映像も事務員としてアイドルたちを支える小鳥さんの一日を丁寧に描写しており、曲と合わせて演出上の意図と方向性は一貫している。
 ラストカットが小鳥さんのピースサインで締めくくられているのも、6話でのプロデューサーとのやり取りを想起させて憎い演出だった。

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 今話は千早の問題と961プロの問題という、第2クールの縦糸として存在していた2つの軸が、それぞれ終着点を迎える話となった。
 千早の物語については決着自体は前話の時点でついていたため、今話はそのアフターフォロー的な役割を担っていた。冒頭に記したとおり、前話で千早個人の復活、そして今話でアイドルとしての千早の帰還を描くことで、彼女がアイドルとして迷いなく新たな道を進めるよう地ならしをしたというところだろうか。
 961プロについては14話の感想で書いたとおり、当初から765プロの障害要因としての描写に終始することが徹底されており、下手に765プロ側と絡ませなかったことが、14話から今話までの展開を引き締め、物語のテーマを作中に色濃く反映できる土壌となった。
 すなわち物語が進むにつれてより強固な信頼関係を築いていく765プロ側に対し、進行していくにつれて徐々に信頼関係を失っていく961プロ側との対比である。
 言葉で書くと簡単ではあるが、実際には非常に繊細なバランス感覚の元に両者の対比が行われていたことがわかる。
 20話の感想に書いたとおり、響や貴音、そして千早が961側の策略によって窮地に追い込まれたのは、きっかけこそ961側であったものの、最大の原因は本人たちに存在していた。それにより物語が向かうべき結末が「961プロを打倒すること」ではなく「自分に今起きている問題を解決すること」となり、そこに961プロはもはや介入することはできない。それにより物語の必要以上の複雑さや陰鬱さと言うべきものを回避し、765プロアイドルの成長譚というアニマスの基本命題に則った物語として昇華することができたのだ。
 そしてそれは961側も同様である。黒井社長の行為が発覚するにつれて次第に険悪になっている黒井社長とジュピターの関係も、961プロの内部でのみ行われていることであり、765プロアイドルはおろかプロデューサーさえも与り知らぬことだった。
 765プロアイドルは961プロの知らないところで問題を解決して成長し、黒井社長とジュピターも765プロ側がまったく関知しない部分で軋轢を深め、ついには関係性を破綻させる。
 両者を対比させながらも、その対比をアニマスの中で成立させるためには両者を必要以上に絡ませるわけにはいかない。矛盾しているとも言えるこの要素を両立させるために、基本設定から描写に至るまで、制作陣がかなり気を遣ったであろうことは容易に想像がつくだけに、今話で迎えた両者のとりあえずの結末は気を衒わないものの、その対比が十二分に描写されたと言えるだろう。
 なぜ765プロと961プロを対比させる必要があったのか。それはひとえに信頼関係や絆の強さといったものを強調するためだった。もちろんそれ自体もアニマスの基本テーマに即したものの1つであるし、原典であるゲーム版にしても、近年特に強調している要素である。
 アニマスを1話から順に見ていけばすぐわかることであるが、このブログではやたらと使用している「信頼」とか「絆」といった言葉、実際に劇中でこれらの言葉が使われた回数は非常に少ない。アニマススタッフは劇中でキャラクターにテーマそのものをセリフとして連呼させるのではなく、毎回25分の挿話を目一杯に使って、ゆっくり確実に表現していく手法を選択したのである。
 彼女らの信頼関係が深まっていく様を1話からの各挿話の中でじっくり描いてきた、というのは前話の感想で既に述べているが、それをさらに強調するための一手が「信頼関係がなかったために破滅してしまう側」だった。その役目を担ったのが961プロというわけだ。
 アニマスという作品は、アイドル同士やアイドルとプロデューサーといった諸々の信頼関係が何より強い力を生み出すのだと、作品それ自体が雄弁に視聴者に訴えている。それは制作陣がアニマスに託したテーマであると同時に、「アイドルマスター」という作品の世界がこうであってほしいという制作陣全員の願望やメッセージのようなものなのかもしれない。

 だがアニメ版アイドルマスターの物語そのものはまだ終わらない。アニマスの中でアイドルたちが紡ぐ最後の物語は今話のBパート、小鳥さんによって打ち出された新たな、そしてある意味最も大きな命題が絡んでくるのだろうか。
 すなわち「アイドルであるとはどういうことか」。765プロのアイドルたちが目指し目標としてきたアイドルとは別の見方や考え方に立脚する形で、「アイドル」としての存在感を見せた小鳥さん。
 有名アイドルとなり、ある程度の夢を実現できている今だからこそ、アイドルとしての個々人の在りようを振り返る時が来ているのかもしれない。
 そんな気になる次回は。

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 少し時期は早いがクリスマスを舞台にした物語とのこと。春香と千早が再びメインになるようだが、どんな展開が待っているのだろうか。
posted by 銀河満月 at 00:39| Comment(0) | TrackBack(7) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする