2011年11月20日

アニメ版アイドルマスター19話「雲間に隠れる月の如く」感想

 765プロに所属しているアイドルのほとんどは、大体が開けっぴろげな性格である。アイドルを目指す理由のような単純なものから、自分の持つコンプレックスと言った負の面に至るまで、積極的に隠すことはあまりしない。
 それはやはり長いこと同じ事務所に所属して切磋琢磨してきた者同士が築いた、確かな信頼感に由来している部分も大きいであろうことは、今までの挿話を見ていれば容易に想像のつくことである。
 同時に「性善説」と言った観念論を持ち出すほど大仰なものではないが、一見バラバラな彼女たちの個性的な性格の大元には、皆総じて強い善性が根付いており、だからこその態度であると見ることもできよう。
 しかしそんな765プロアイドルの中にも、自分の中に抱えた大きな秘密を、誰にも漏らすことなく隠し続けている者が2人いる。
 その1人は言うまでもなく如月千早。そしてもう1人が、今回の19話で焦点の当てられたアイドル・四条貴音である。
 1話からの流れを改めて振り返ってみると、アイドルではない一少女としての側面が、貴音以外のアイドルに関しては皆何かしらの形で描かれてきたのだが、しかし貴音についてはそのような側面が描かれたことは一切ない。1話で彼女自身が述べたとおり、「トップシークレット」との言の下に彼女のプライベートはまったく描写されてこなかったのだ。
 仲間たちと強い信頼や絆で結ばれながらも、ある部分で明確に一線を引き、その部分に関してのみ仲間たちとも距離を取る。そんな微妙なバランスを常に取り続けているのが、四条貴音という少女なのである。
 そんな彼女が中心となって描かれる物語。わずかでも彼女の知られざる一面に触れることができる話となっていたのであろうか。

 穏やかな朝の陽ざしの中、目を覚まし横たわっていったベッドから体を起こし、伸びをする貴音。…とそこにかかるスタッフの「OK」の声。
 残念ながら貴音のプライベートというわけではなく、撮影風景の一環であったようだ。
 1話のモキュメンタリーもそうだが、アニマスの製作陣はこの種のブラフをよくかけてくる。尤もまず視聴者の興味を掴むことが必定という点では、アバンの冒頭にこのようなシーンを挿入することは正しい演出法とも言えるのだが。
 と言ってもまったくのブラフというわけでもない。労いの声をかけるプロデューサーに、貴音は自分の演技について確認を取る。それは演技の良し悪しではなく、「パジャマを着た女性が迎える朝」を自分なりに考えて演技したからであり、その演技そのものがシチュエーションに正しく符合していたのかという不安からのものだった。
 その貴音の言葉から、恐らくパジャマを着てベッドで寝るという生活はしていないであろうことが予想されるわけで、あくまで想像ではあるものの貴音のプライベートの一端に触れられる機会は用意されていたのである。
 プロデューサーもそんな想像を働かせたのか、普段はパジャマを着ないのかと質問するが、貴音は例によってそんなプライベートに対する質問をさらりとかわす。
 何ともつれない態度ではあるが、対するプロデューサーは殊更それを追及することなく、話を切り替えてパジャマ姿の貴音の容姿を素直に褒める。この絶妙な切り返しは彼の成長、と言うよりは努力の賜物と言ったところか。
 4話の時点ではプロデューサーでありながらプロデュースしているアイドルたちのことを把握しておらず、12話ではプロデューサーとして接するあまり、目の前にいる少女が「少女」であることを忘れてしまっていた彼も、今や各人の個性に合わせて接し方を変えられるまでになったというわけだ。そこにプロデューサーとして陰ながらの努力があったであろうことは、容易に想像できる。
 話題の転換は貴音がプライベートを詮索されることを快く思っていないことを知っていればこそであるし、仕事内容ではなく貴音自身の容姿を褒めるあたりは、アイドルと年頃の少女、どちらの貴音とも同質の存在として向き合っていることの証だろう。
 貴音がその容姿を褒められた時に、いつものような超然とした態度を示さず、頬を染めつつ少し微笑んだのは、そんな彼の向き合い方に戸惑いや気恥ずかしさ、そして嬉しさといった歳相応の少女らしさが引き出されたからではないだろうか。
 同時にプロデューサーの貴音という女性への接し方は、後半へのちょっとした伏線にもなっていることに留意されたい。

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 しかし世の中はプロデューサーのような気遣いをしてくれる者ばかりではない。謎とされる貴音の過去やプライベートを、765プロ側の単なる宣伝上の戦略と断じて一瞥するのは、言うまでもなく961プロの黒井社長だ。
 黒井社長に限らず765プロの外にいる人間の側からすれば、貴音の謎も単なる宣伝戦略の一環としか受け取られないところもあるだろう。そういう意味では珍しくリアルな解釈のされ方とも言えるが、ゲーム版からのファンであれば、ここで「アイドルマスターSP」のことを思い返したのではないだろうか。
 「SP」中では黒井社長本人が貴音の謎めいた部分を積極的に戦略に組み込んで売っていたわけで、同じやり口をアニメでは、つまり他人が行っている場合であれば蛇蝎のごとく拒絶するというのは、極めて滑稽極まりない図であり、他人の思考や行動に対してどこまでも自分の価値観でしか推し量ることができないという点も含め、黒井社長の小物ぶりを強調する演出であろう。
 今までの様々な策略をはねのけてきた765プロに業を煮やしていた黒井社長は、765プロを一気に追い詰めるべく、子飼いのパパラッチである渋澤記者を呼び付け、貴音の身辺を探らせようと企む。
 ゲーム版「1」での善永記者に相当する765プロ陣営に協力的なマスコミ人として、アニマスでは善澤記者が設定されていたわけだが、今度はゲーム版における悪徳記者的立場のマスコミ人が登場したわけである。

 そんな策略が進行していることなど露知らず、貴音は今日もイベントを無事に成功させ、楽屋でインタビューに答えていた。
 話題が食べ物のことに移るやいなや、仕事であることを忘れたかのように食べ物の話に夢中になる姿は、いかにも健啖家の貴音らしいが、プライベートを明かすことを拒む傾向があるにもかかわらず、食に対する好みに関して自ら進んで話してしまうあたりは、年齢相応というよりも若干の子供っぽさや美希とはまた違ったベクトルのマイペースさを感じさせて、貴音という人物像に少しばかり深みを加えているように見える。

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 楽しそうに話をしている貴音を見やりながら、改めて自分たちは貴音のことをよく知らないと述懐する春香、やよい、雪歩の3人。
 ここで注意しなければならないのは、彼女たちが知らないのはあくまで貴音の私的な部分のみであって、貴音の人となりは十分に知っているという点である。そうでなければ同じ事務所の仲間としての信頼関係や絆といったものを築けるものではないし、貴音と彼女らが強い絆で結ばれているということは、今更言を費やして語る必要もないほどに明確なことだ。
 765プロのアイドルは別に互いの過去やプライベートを把握したから仲良くなったわけではない。それぞれ今現在、目の前にいる仲間たちと全力で向き合い接し、共に努力してきたからこそ、強い信頼関係を築くことができたのである。
 そんな彼女たちにしてみれば、貴音の謎とされる私的な面を不思議には思っても、わざわざ必要以上に追及しないのは当然のことなのだ。追及すること自体、彼女らにとっては意味のないことなのだから。
 さらに言えば貴音も頑なにプライベートを明かすことを拒否しているわけではないということも、貴音の故郷が「古い都」であることを本人から聞かされたという雪歩の話から類推され、貴音の持つ謎めいた部分が、彼女らの良好な関係に水を差すような代物にはなっていないということも窺い知れる。
 過去にこだわらず現在と未来を見据える765プロアイドルの姿は、そのまま過去にこだわり暴くことに血道を上げる矮小な存在にすぎない961プロとの対比になっていると言えよう。
 次の撮影現場に移動する最中も、食に対する思いを情熱的に語る貴音だが、そんな彼女にプロデューサーは、撮影が終わったら一緒に食事へ行くかと提案する。
 その提案に貴音は珍しくはっきりと嬉しさに溢れた表情を作って喜ぶが、これが単に食事ができるが故のものだったのか、それとも誘ってくれた相手に対して少し想うところがあったからこそのものだったのか、劇中ではそれ以上の描写はなされていないが、一考してみる価値はあるかもしれない。

 撮影も順調にこなす貴音であったが、ふと何者かの気配を察して厳しい視線を向ける。イベント会場でも貴音を見張っていたその人物とは、言うまでもなく黒井社長に雇われた渋澤記者だ。

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 しかしここでその「気配」についてプロデューサーに一言の報告もしなかったことが、後にまで尾を引くことになってしまうとは、さすがに貴音も気付いていない。
 さて撮影は無事に終了したものの、プロデューサーは急な仕事が入ってしまったため、貴音と一緒に食事へ行くことができなくなってしまった。「仕事なら仕方がない」と一応納得はしたものの、表情から見るに貴音はかなり不満なよう。
 1人徒歩で帰ることにした貴音は自動車移動するプロデューサーと別れることになるが、その際のプロデューサーとのやり取りがなかなか微笑ましい。
 1人で帰れるかというプロデューサーの懸念に、不満そうに「子供ではありません」と返す貴音の姿は、11話を始めとした他のアイドルを叱咤する際の凛とした態度とは正反対のもので、そこには一緒に食事に行けない不満だけでなく、年上の男性であるプロデューサーに対するちょっとした甘えも込められているように見える。
 貴音という少女は基本的に誰かに頼ることをしない。それは彼女の中にある使命感から来るものであるが、その使命感が頑なであるが故に、彼女が本来持つ少女らしい一面を押し殺してしまっているという側面もあった。ゲーム版の「SP」や「2」では、そんな彼女の頑なさをプロデューサーが解きほぐしていく過程が描かれたが、張りつめていた糸をほんの少しだけ緩ませたような今回のこのシーンは、ゲーム版での描写を換骨奪胎したものと言え、同時に今話のテーマを象徴する重要な伏線でもある。
 プロデューサーと別れた貴音は、事務所への帰路につきながら1人街を散策する。と言っても目に飛び込んでくるのが飲食店ばかりというのが貴音らしいところではあるが、こんなところからも彼女の明かされざるプライベートが断片的にとは言え想像できるようになっているのだから、まったく抜け目のない構成だ。

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 そんな折、貴音は道端で初老の紳士とぶつかってしまった。その拍子に紳士が落とした財布をすぐに手渡す貴音だったが、その丁寧な態度に感じ入ったのか、お礼にと紳士は貴音をすぐそばのレストランへ食事に誘う。
 しかしそんな穏やかな光景までも、渋澤記者のカメラにはしっかりと、悪意を持って押さえられてしまっていた。
 テレビ局でジュピターが「Arice or Guilty」を熱唱する一方、別室で渋澤記者から届けられた写真を見てほくそ笑む黒井社長。

 果たして写真週刊誌には、貴音の芸能事務所「エルダーレコード」への移籍についての記事が掲載される。貴音があの時一緒に食事をした紳士は、このエルダーレコードの社長だったのだ。もちろん2人は偶然その場で出会っただけなのであるが、その偶然を黒井社長たちの悪辣な意志により、歪められて利用されてしまったのである。
 プロデューサーや律子が対応策を案じる中、貴音を引きとめてと訴えてきたのは響、雪歩、やよいだった。良くも悪くも根が素直な3人は、貴音の移籍話を真に受けてしまったようで、プロデューサーから移籍話を否定されてもまだ不安を払いきれない様子。

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 比較的貴音と行動を共にすることの多い響が慌てるのは当然として、他の2人が11話で貴音から叱咤激励を受けた雪歩とやよいであるというのが、これまでの話をきちんと踏まえた上でのキャラ配置となっていて面白い。
 しかしこの3人ではあまり深刻な雰囲気に徹しきれないというのも御愛嬌。出勤してきた貴音に真偽を問いたださず、まず引きとめようとするあたりもそうだが、その手段がサーターアンダギーや柿の葉茶といった「食べ物で釣る」やり方というのが最たるものだろう。一応貴音の性格や嗜好を的確に捉えているわけでもあるところが尚更おかしさを増している。
 それに比してプロデューサーと律子、それに小鳥さんといった大人勢は、総じて冷静な態度を取り続けており、そのコントラストが互いの描写をより明確に際立たせていた。
 そんな3人を抑え、社長室で貴音に真偽を問いただすプロデューサー。響や雪歩の出したサーターアンダギーや柿の葉茶を、貴音がしっかり平らげたと思しき描写を挿入するのは芸コマであるが、それとは全く関係なく、貴音は己の軽率さを恥じる。
 その一方で、貴音はあることをプロデューサーに告げた。
 話し合いは終わり、改めて雑誌の記事がデタラメであることがプロデューサーから告げられ、安堵する響たち。
 善澤記者からの情報で写真を持ちこんだのが961プロに関係のある人物であることが判明したが、765プロとしては当面の善後策を立てることの方が重要であった。
 エルダーレコードの社長は海外出張中で連絡が取れないため、エルダーレコード側と話がつくまでコメントを控えることにし、貴音は仕事上の露出を抑えることにしようとするが、それを制したのは貴音自身だった。
 自分にやましいところはないのだから普段どおり仕事に励むという貴音。彼女の表情からはいかにも貴音らしい毅然とした強さが感じられるが、このような時でさえいつもと変わらぬ強さを発揮できたのは、本人の性格に拠るだけでなく、プロデューサーとのやり取りが関係していることが、後々にわかってくる。
 しかし765プロ内での騒ぎは一段落したかと思いきや、プロデューサーと何やら密談しているところが目撃されたり、1人だけ別行動を取ったり正体不明の人物と電話をしていたりと、どうにも不可解な行動を取り続ける貴音。
 そんな彼女を響たちが訝しがるのは無理からぬことであった。その疑いは「『おじいちゃん』から手紙をもらって何かを決めた」と漏らしていたという美希からの情報を聞かされることでより深まり、一度は否定された移籍問題が各人の頭をよぎる。
 この一連の8人のやり取りは、、多人数での会話の中で各々の個性を細やかに描く見せ方が取られている。第1クール期挿話群の中でよく見られた演出だが、2クール目に入ってからは久々のことだ。
 移籍問題のことで不安がるのが響、雪歩、やよいの3人であるのは変わらないが、そんな彼女らを取りなす中にも貴音やプロデューサーへの強い信頼感を覗かせる春香や、貴音の性格を理解した上で冷静な意見を述べる千早、若干この事態を楽しんでいるようにも見受けられる態度の真美、思ったことを素直に口にしてしまうマイペースな美希、そんな美希の言葉を聞いて不安がってしまう小心さを露呈している真といった具合に、短い時間の中で8人の個性を無理なく描写するその巧みさは、1クール期の頃から少しも衰えていないことがよくわかるだろう。
 8人は貴音の真意を確かめるべく、様々な方法でとにかく貴音のそばに常時居座り、行動を共にしつつ彼女を見張ることにする。
 貴音の持ち歌「フラワーガール」をBGMに、そんな8人の行動とそれに振り回される貴音の様子がコメディタッチで描かれるが、美希がこの「作戦」に関わった描写がないのは、先述の会話シーンでただ1人移籍に肯定とも否定とも反応しなかったためだろうか。響と真美が一際露骨に見張り続けるために、かえって2人の方がおかしくなってしまっているところが面白い。

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 このようなシーンに恋愛を歌っている「フラワーガール」が使われるのはかなり不自然に思われるが、貴音のライブ風景から連続して繋がるこの一連のシーンにおいて、話の流れを断ち切らないようにするための措置というところか。尤も「早く見つけてよ王子様」のところで真が登場したり、「そうよ指の先まで真っ赤になるわ」の部分で響と真美が貴音の全身を、それこそ指の先までしっかり凝視していたりと、歌詞とシチュエーションとを符合させたお遊び要素も含まれているとと考えることもできるだろう。

 さてそんな周囲の変化に貴音が気付かないはずもなく、今もちょうど貴音と一緒にいた春香たちにその疑問をぶつけるが、春香はどうにかとりなした後、すぐそばで行われていた縁日へと貴音を誘うことにする。
 屋台で買い物をする春香たちから少し離れたところで、千早は貴音に皆が不安を抱いていることを伝える。目を離したそのすきに、貴音がどこか遠いところへ行ってしまうのではないかと。
 千早のその言葉に貴音も皆が不安を抱く理由がどこにあるかを悟り、不安がらせてしまったことを謝る。だがそれでもなお貴音は自身のことを多く語ろうとはせず、縁日に来てすぐ春香たちに買ってもらったものなのか、頭に付けていた狐のお面を被り、「誰にも他人に言えないことの一つや二つはあるもの」と口をつぐむ。

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 そして自分にもそんな秘密があるのではないかと指摘された千早は、不意に耳に飛び込んできた「姉ちゃん」の言葉に、遠い過去の記憶を呼び覚まされる。思い出の中にいる男の子と、水風船で楽しく遊んだ日のことを。

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 破裂した水風船の音で我に変える千早。水風船を落としてしまい、姉を呼んで泣く小さな男の子と、そんな男の子の元に駆けつける姉と思しき女の子。仲良さそうな姉弟の姿を千早は悲しそうな表情で見つめる。
 冒頭に記述したとおり、貴音と同様に千早という少女もまた、胸の内にとある大きな秘密を抱え込んでいる。そういう意味では千早と貴音は極めて似通った存在であるが、同時にまったく違う存在であるとも言える。
 両者の決定的な違いとは、隠している秘密に対するそれぞれのスタンスだ。もちろん2人が抱えている秘密の内容による差もあろうが、千早は自分の秘密に自分自身が触れることを極端に恐れている節がある。16話冒頭での夢が悪夢的演出であったこと、その秘密と強く関連しているであろう母親からの一連の電話を疎ましげに扱っている点などからも、それは十分に察せられることだろう。
 千早の場合は敢えて秘密にしてきたというよりも、彼女がそのことを意図的に遠ざけた結果、周囲にとっても恐らく自分自身にとっても「秘密」という触れ得ざる形になった、と言った方が的確かもしれない。
 対する貴音のスタンスは、狐のお面を被るその仕草に集約されていると言っても過言ではない。彼女は自ら進んで秘密の仮面を被っており、仮面を被ること、つまり秘密を持つこと自体は否定していないのである。
 秘密を秘密として割り切り、それに引きずられることのないある種の余裕と言うか、度量の広さを保ち続けるというのが、貴音の振舞い方なのだろう。狐のお面を被る時、貴音の口元が少し微笑んでいたのは、そんな精神的余裕から来ていたものだったのかもしれない。
 思い返せば4話において千早は、自身の秘密に強くかかわっている「歌」にこだわりすぎたために、当初は仕事をうまくこなせなかったが、そんな千早に貴音は同じ「秘密を抱える者」でありながら、その秘密に縛られない自由な見識で千早にアドバイスを送っている。この時点で2人の「秘密」に対する向き合い方の違いが暗に示されていたと言ってもいいだろう。
 (さらに言うならゲーム版「SP」や「2」では、他ならぬ貴音本人が自分の秘密に縛られてしまっており、それをプロデューサーとの触れ合いの中で解消していくというのが、彼女の物語の大筋であった。そんな彼女がアニメ版ではゲーム版での自分と同じような考え方に囚われてしまっている人物に、別の見方を指し示す役割を担っているというのも、面白い話である。)
 貴音の秘密のメタファーとして機能しているのが、取り外しが容易なお面であるという点も、時に頑なになり時に闊達になるという貴音本人の性格を表していると言える。
 そう考えて見てみると、千早に「いつか秘密を話せるようになるといい」と述べた時にお面を外していたのは、そこに貴音自身の本音が込められていたからとも取れて意味深だ。
 辛い記憶を思い出してしまった千早はそのまま皆と別れ、水風船を持ってある場所へ向かう。その場所とは墓地であった。
 お墓に水風船を供え、手を合わせる千早。と、そこに1人の女性が現れ、千早は顔を強張らせる。その一連の様子もまた、渋澤記者のカメラに捉えられていることなど知らずに。

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 961プロの社長室で今日もまた密談にふける黒井社長と渋澤記者。しかし春香たちが貴音を見張るためにいつも彼女と行動を共にしていたことが功を奏したのか、彼らの望みを達成できそうな収穫ある写真を撮ることはできないでいた。
 移籍問題のことを確かめるために始めた春香たちの行動は、彼女らも知らないうちに貴音を悪意から守るという成果を発揮していたのである。いささか空回り気味ではあったものの、大切な仲間を想っての行動は、本人たちも意識していないところで十分仲間を守っていたというわけで、このような偶発的な部分においても彼女ら765プロアイドルの
 そんな中、墓地での千早と彼女の前に現れた女性とが写された一枚の写真に目をつける黒井社長。どうやら何か感じるものがあったようだ。このあたりの目ざとさというか嗅覚のようなものは、ジュピターを発掘したことを考えても非常に秀でていることがわかるのだが、それが悪だくみにしか生かされないのは残念な話ではある。敵役にふさわしいと言えばそうなのだが。
 退室した渋澤記者はちょうど廊下にいたジュピターと鉢合わせする。移籍騒動を持ち上げたパパラッチである彼が社長室から出てきたことにより、騒動の仕掛け人が黒井社長だということが冬馬の知るところとなる。
 彼は実力で765プロに勝利することを望んでいるというのは、14話以降幾度となく触れられてきたことであるが、自分の陣営に属するアイドルでさえも己の野望のための駒としか見ていない黒井社長は、そんな冬馬の熱意もまったく意に介さない。
 自分の能力に絶対の自信を持っており目指す目的も同じという、それこそ似た者同士の2人であるが、にもかかわらず生じてしまう齟齬。だがそれは自分の目的を達成するためとはいえ、血の通った人間を「駒」と呼んではばからず、そこに人として当然の感情や思考が存在していることを忘却してしまっていた時点で、必然的に迎えるべき帰結だったのかもしれない。
 その一旦の帰結を経てジュピターの3人が迎える結末は如何様なものとなるのだろうか。

 さて貴音の方はというと、「万代警察署」なる警察署の一日署長イベントに参加していた。女性警官の制服に身を包み笑顔で挨拶をする貴音に、集まった観衆も湧きかえって声援を送る。移籍騒動などどこ吹く風といった具合の勢いは、渋澤記者が思わず脇に追いやられてしまうほどだった。

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 警察署前で貴音が祝辞を述べている際、他のマスコミに遮られて貴音の顔すら満足に拝めないという滑稽極まりない姿をさらけ出しており、彼の記者本来の能力の低さを露呈していたと言えるだろう。尤もこのシチュエーションは、後述のとある状況に渋澤記者を追い込むための伏線でもあるのだが。
 ただこれらの人気ぶりは渋澤記者本人が述べたとおり、移籍騒動の件もあって逆に貴音への注目度が高まっていたからという事情もあり、貴音にとってみれば次に何か付け込まれる隙を見せてしまったら、それが961プロ側にとっての「次の一手」になってしまうわけで、かなり厳しい状況でもある。
 しかしそんな状況下でもなお貴音はいつもの佇まいを崩さない。それにはある理由があった。
 イベントに参加した関係者と順に握手を交わす貴音の前に姿を見せたのは、渦中のエルダーレコード社長。彼は移籍騒動の件で迷惑をかけてしまったことを、素直に貴音に謝罪する。
 だがそんな様子を渋澤記者が見逃すはずもなく、絶好の機会とばかりに人込みをかき分けて貴音の前に飛び出してきた。
 彼にしてみればいつもどおり?にこっそり写真を撮りたかったのかもしれないが、人込みに揉まれて貴音をろくに見ることもできない状態だったからこそ前面に飛び出さざるを得ない。人込みの多さそのものが彼自身を追い込むための伏線として機能していたというわけだ。
 飛び出してきた渋澤記者に対し、貴音は臆することなく相手を睨みつけ「ずっと自分の後を付けていた者」と糾弾する。自分の素性が知られていたことに驚き逃げようとする渋澤記者の前に立ちはだかったのはプロデューサーだ。
 思わず渋澤記者が口走った「765プロ」の言葉から、961プロ側の関係者であることを確信したプロデューサーは彼を押さえ込もうとするが、逆に投げ飛ばされてしまう。柔道黒帯の腕前と嘯いて逃げようとする渋澤記者に、貴音は何と携帯していた拳銃を向けた。
 笑えない冗談と一笑に付す渋澤記者に対し、「ジョークは苦手」とその威圧を緩めず銃の撃鉄を起こす貴音。そんな彼女に業を煮やしたか、はたまた本気で取り押さえようとしたのか、貴音に飛びかかる渋澤記者。
 だがそんな彼の足にプロデューサーがしがみついて動きが鈍った一瞬をつき、貴音は見事に華麗な投げ技を決めて渋澤記者を叩き伏せる。
 渋澤記者は貴音を陥れるため、散々彼女を追い回した挙句に捏造記事をでっち上げるという小狡い策を弄してきたわけだが、その結果として最後には貴音やプロデューサー、引いては公衆の面前に姿を晒す羽目になり、さらに標的の貴音本人に仕留められるという情けない末路を迎えてしまったことは、この事件により貴音の株が上がったことも含め、これ以上ないほどに痛烈な皮肉だった。
 構えていたおもちゃの拳銃を空に向かって撃ち放ち、舞い散る紙吹雪や万国旗を見やりながら「本当はジョークが得意なのです」と小粋な演出まで添えてみせる貴音の姿には、まさに「銀色の王女」と呼ぶにふさわしい風格を見ることができることだろう。
 
 これにて事件は一件落着、移籍の件もエルダーレコード社長の「片思い」であったということで決着がついた。
 事務所でラーメンを食べながら事件を伝えるテレビ番組を視聴し、ようやく胸をなでおろす一同。
 サポートにもなれなかったと自嘲気味に語るプロデューサーに、打ち合わせ通りに2人でパパラッチを追いつめたからこそ事態を解決することができたと、感謝の言葉を述べる貴音。
 移籍騒動が起きたあの日、社長室でのやり取りの中で、2人は貴音をつけ狙っている者を見つけ出すための計画を立てていたのだった。明言こそされていないものの、一日署長イベントでの出来事も計画の一端であったらしい。
 その時のことを回想しつつ、貴音は「ほうれんそう」こそ勝利の鍵と呟く。
 あの日、騒動の起きる以前から貴音は何者かの視線を感じていたものの、それを誰にも知らせなかったことをプロデューサーはたしなめた。社会人としての基本である「報告・連絡・相談」、すなわち気になったことがあれば自分1人の胸に収めず、自分を信頼してきちんと伝えてほしいという言葉に、ハッとする貴音。
 貴音は仲間のアイドルたちのことはもちろん信頼している。だからこそ時には4話や11話のように仲間を叱咤したり、13話のように仲間を信じて大事な局面を任せることもできた。
 プロデューサーにおいても同様の信頼を置いているということは、6話でプロデューサーが仕事を得るために奔走していた際、空回りしていることに気づきながらも「自分たちのためにやってくれていること」と理解を示していることからも容易に窺えよう。
 しかし彼女は同時に今まで書いてきたとおり、大きな秘密を抱えているが故にプライベートなことに関しては口をつぐみがちだった。周囲の人間を信頼していながらも、自らの公的な部分と私的な部分とで明確な一線を引き、その線の内には誰も立ち入らせない頑なさも持ち続けてきたのである。
 だがプロデューサーはそんな貴音の姿勢は批判することなく、周りの人間からの貴音に対する信頼感に、もう少し素直に身を委ねても良いとアドバイスをしたのだ。
 貴音がみんなを信頼しているように、みんなもまた貴音のことを信頼している。その気持ちに少し甘えて私的な部分を見せてみてもいいのではないかと。
 その言葉はアイドルを「アイドル」としてしか見ない人間であったら、決して浮かんでこない言葉でもあった。様々な経験を経て、プロデュースしているアイドルたちをアイドルとしてだけでなく、1人の人間、少女としても接し、私的な面を尊重することができるように成長したプロデューサーだからこその発言だったのだ。
 アバンで貴音に向けた何気ない、しかし彼のプロデューサーとしてのスタンスを明確に示した言葉や態度は、ここに結実するのである。
 貴音が渋澤記者を投げ飛ばした際に言い放った激しい叱責は、単純に大の男が女に対して手を上げたという恥知らずな行為への軽蔑もあったろうが、同時に貴音をアイドルという取材対象としてしか終ぞ見ることのなかった男に比して、アイドルであると同時に年頃の少女でもある、どちらの貴音とも等しく誠実に向き合ってくれたプロデューサーへの感謝の気持ちからこそ発せられたものではなかったろうか。
 プロデューサーは確かにあのイベント会場において、渋澤記者を取り押さえるのにそれほど貢献できたわけではない。しかし貴音にとってはプロデューサーが自分を守るために、自分と共に計画を立てて行動してくれたことそれ自体が、非常に嬉しく感謝すべきことだったのだ。
 結果よりもまず自分を素直に委ねることができたこと、プロデューサーが自分を委ねられる存在であってくれたこと、そこにこそ喜びを見出していたのだから。だからこそ彼女は立場としては追い込まれていながらも尚、強くあり続けることができたのである。
 この流れや描写も、最初は一線を引いた態度を取りながらも、それぞれの話の中でプロデューサーへ徐々に信頼を置き、自分を委ねるようになる様を描いてきた、ゲーム版「SP」と「2」における描写の折衷と言えるだろう。
 縁日で千早と会話をした時、貴音が若干千早のプライベートにまで突っ込むような形でアドバイスをしたのも、プロデューサーとの一連のやり取りを経て、「信頼した相手に自分を委ねる」ことの大事さを学んでいたからかもしれない。
 そして貴音のために奔走したのはもちろんプロデューサーだけではなかった。春香たち765プロアイドルの面々も、貴音やプロデューサーの真意にこそ気付かなかったものの、公私の隔てを越えて彼女を案じ想い続けたのである。
 今回はプロデューサーとの計画を既に立てていた関係上、そんな彼女らの信頼に貴音が甘えることはなかったが、これからはきっと彼女たちの信頼に対し、素直に私的な部分をほんの少しならば見せられるようになるだろう。そんな心境の変化が、「高級フレンチよりもこうして食べるらぁめんの方が好き」という貴音の言葉からも窺い知ることができるだろう。
 それは765プロの事務所でみんなと一緒に食べる料理には、他のどんな料理にも存在しない、4話で貴音自身が言ったところの「究極の隠し味」が込められているからに相違ない。

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 夜、ビルの屋上に1人上がり、夜空に浮かぶ三日月を見上げる貴音。
 美希が聞いたという「おじいちゃんからの手紙」とは、古都に住む貴音の爺やから送られてきた手紙だった。
 その手紙から彼女の活躍を「くに」の人たちが皆喜んでくれていると伝えられた貴音は、「くに」の人たちへ想いを馳せる。
 彼女を応援してくれる人たちの存在が自分の励みとなり、そんな彼女の頑張りを見てその人たちも喜ぶ。そんな関係によって育まれる、「アイドルとして高みを目指す」という貴音の強い意志。
 「くに」から遠く離れた異郷の地にあっても、貴音は己の目標に向かって邁進し続ける。離れていても応援してくれる多くの人たち、そして何より自分のすぐ近くに自分を信頼してくれ、自分が心底から信を寄せる事の出来る最良の仲間たちがいるのだから。

 しかし彼女の見上げる同じ空を見やりながら、961プロの社長室ではまたも黒井社長が自信たっぷりにほくそ笑んでいた。彼は765プロを陥れるための新たな策を講じていたのである。
 仕事場の楽屋に置かれていた一冊の芸能週刊誌。それこそ黒井社長からの悪意に満ちたプレゼントだった。何気なくその雑誌を手に取った千早は、雑誌の表紙や中身を見て大きな衝撃を受ける。
 プロデューサーにはごまかしたものの、いざ仕事で歌を歌う段になった時、千早をさらなる苦しみが襲う。

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 声が出ない。どんなに歌おうとしても絞り出すように声を出そうとしても、まったく歌うことができなくなってしまった千早。
 言うまでもなくそれは件の雑誌のせいであった。雑誌には千早にとって最も辛く、それ故に誰にも話すことのなかったある事実が、興味本位の下卑た煽りで掲載されていたのである。

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 そんな急転直下の中で流されたED曲は、これまた貴音の個人楽曲である「風花」。未来を求めながら現在に囚われ続け、最後にはそのすべてに追い詰められてしまう切なさを綴った歌だ。
 今回の話の中で信頼できる仲間に少しだけ自分を委ねるということを学んだ貴音であったが、貴音がアイドル活動の先に求めるものについては、今なお仲間たちにも、そして我々視聴者にも明かされていない。
 今話のストーリー的にも貴音の謎自体に言及される類のものではなかったわけだが、だからこそというわけでもないのだろうが、EDでは映像を含めてそんな貴音の持つ謎によって生み出される彼女のミステリアスな魅力が全開に描写されている。
 満月をバックにした幻想的な映像がEDの最初と最後をそれぞれ締めているのが象徴的だ。
 十二単をまとった姿で満月を見上げていたり、貴音を応援する観客の中に爺やと思しき老紳士の存在が認められるのも興味深い。

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 アニマスの中で「仲間同士の信頼」は大きなテーゼの一つとして幾度となく描かれてきた。それにより彼女らが強い信頼で結ばれていること自体は、既知の事実として多くの人に認識されていることだろう。
 今話で描かれたのはそこから一歩踏み込み、信頼を置く相手に対して自分がどのように接するべきかを描いていた。
 いくつもの経験の中で765プロのアイドルは信頼や絆を育み、それによる10話でのアイドル大運動会優勝やファーストライブ成功といった、具体的な結果を残してもいる。
 では個人としてはどうか。個人として絆や信頼を示す物理的な「結果」とは何であるのか。これまで残してきた結果がマクロなものであるとすれば、今回はミクロな視点に立った上でその「結果」とは如何様なものになるのかを追求した話と言える。
 それを考えれば、他のアイドルよりも早いうちに自分の個を確立しながらも、それらすべてを明かすことがない故に集団の中では異質であり、同時に集団の一つとして溶け込んでいるという複雑な存在である貴音が、上述したテーマを題材とする話でメインを務めたのは、至極当然のことだった。
 765プロアイドルは既に集団としての繋がりを確たるものにしているわけで、そんな中で改めて集団の中にいる個の、集団内での在り方に迫ることができるキャラクターは、1話からずっと「個」としてぶれることのなかった貴音以外にはありえなかったのである。
 謎が多い故にどうしてもキャラクター描写に制限がついてしまう四条貴音という少女を、謎の部分を損なうことなく魅力的に見せるためには、最適解とまではいかずとも良質な方法であったと言えよう。

 貴音は早いうちに個を確立し、それがぶれることがなかったために、今話のような窮地に追い込まれても鮮やかに解決することができた。
 では個を未だ確立できていないアイドルであればどうであるか。それが次回、千早を通して描かれる物語であろう。

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 飛ぶ力を失ってしまった鳥は、再び大空を翔けることができるのであろうか。
posted by 銀河満月 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(11) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする