今現在の状況とその中における765プロアイドルの紹介に費やした1話と14話、アイドル全員での仕事風景を描写した2話と15話、特定アイドルに焦点を合わせながらも、アイドルとして成長していく姿を見せた3話4話と、ある程度まで成長したアイドルの己を顧みる姿を描いた16話17話、と言った具合である。
アイドルとしてやっていく上での期待と戸惑いを活写していた5話については、まだアイドルとして芽が出ていない第1クール特有の話であるから除外するとして、順当に考えれば今回の18話は1クール期でいうところの6話に対応する話となるわけだ。
6話で描かれたのは一歩先を進み始めた同じ事務所の仲間に対するプロデューサーの焦りとそこからの脱却という形での、言わばプロデューサー自身の成長だったが、18話でフィーチャーされたのは765プロに所属するもう1人のプロデューサーであった。
言うまでもなくそれは、竜宮小町のプロデューサーを務める秋月律子である。
自らも元々アイドルとしてステージに立っていたという経歴を持ち、プロデューサーよりも一歩先んじて竜宮小町というアイドルユニットを成功に導いた立役者の1人を待つのは、どのような物語なのだろうか。
レッスンスタジオに響き渡る律子の指導の声。新曲「七彩ボタン」のダンスレッスンに励む竜宮小町の3人は、目下律子からの厳しい指導を受けている真っ最中だった。
数日後に竜宮小町のシークレットライブを控えていることもあり、律子の指導にいつも以上の熱が入るのも当然というところだが、当の伊織、亜美、あずささんの方はその厳しさに少々参ってしまっている様子。
しかし疲れ気味ではあるものの、決してレッスン自体を否定したり拒絶しないところは、さすがプロのアイドルと言うところか。律子の指導も堂に入ったものになっており、ダンス中の伊織の指先がきちんと伸びていないと、自分で模範を示してもいる。
その姿に「さすが元アイドル」とあずささんや亜美が感嘆する一方で、伊織には何も言わせず表情でその時の心境を表現させるのは、そのすぐ後、姿勢を維持できずに崩してしまった律子への若干のからかいの気持ちを込めた一言も含めて、伊織らしい小芝居であった。
同時に現役の頃と比べると明らかにアイドルとしての能力が低下している律子の現状を、後の伏線として生かす意味で端的に描写しているのも巧みである。
そんな4人の様子を見かけた春香や真は「仲が良い」と形容していたが、一緒にいた千早も含めた3人の様子もまた仲良さそうに見える微笑ましいものになっており、些細な描写の中にも765プロアイドル達の良好な関係がきちんと織り込まれていた(3人の団子状態も本人たちの身長に合わせた順番に並んでいて芸が細かい)。
そんな時、千早の携帯にかかってきた電話。電話口に出た時の千早の声のトーンが、直前の春香や真との会話の時とは明らかに異なる低い沈んだものになっていることから見ても、あまり喜ばしい内容、喜ぶべき相手からの電話ではないということが窺え、17話での同様の描写を鑑みるに、恐らく同じ相手からの電話であろうことを考えると、何ともやるせないものがある。
16話以降続く千早のこの種の描写、今話に関しては16話や17話の時のような作劇上のギミックとしての効果は排され、純粋に千早個人の物語への伏線として描かれていた。
個人的には多少引っ張りすぎの感は否めないが、それら伏線の先にあるものが、現在の如月千早という少女のアイデンティティそのものを形成しているものである以上、丹念に描写を積み重ねていかなければならないということもまた自明の理であろう。
結局その日は1日レッスン漬けで終わり、へとへとになりながら事務所で休む竜宮小町の面々。
あまりに厳しいレッスンに、思わず指導者である律子への愚痴をこぼしてしまう伊織と亜美だったが、その愚痴もしっかり律子は聞いてしまっていた。
律子がそばにいないと思っていたからこその愚痴であったが、亜美が愚痴を呟いているその後ろで、貴音が画面外にいると思しき律子の立ち位置から二、三歩後に下がる描写があり、既に亜美が愚痴っている時点で律子がその場にいて聞いていたことと、基本的に物怖じしない性格の貴音が後ずさりしてしまうほど律子の様子、と言うより剣幕が凄かったことがそのワンカットだけでわかるようになっており、何気ないシーンの中に込められた各人の描写の濃密さには驚かされる。
愚痴を言っていた伊織たちに対し、例によって律子のお説教が始まる一方で、シークレットライブへのファンの反響の結果として、段ボール箱から溢れんばかりにたまったファンレターをプロデューサーに見せるのは小鳥さん。
今月だけでこれほどのファンレターが届くほどの存在になれたのも、律子たち竜宮小町が頑張ってきた何よりの成果。それを素直に認めて喜ぶプロデューサーだったが、そんな彼がふと手に取った封筒の中には、律子のアイドル時代の写真が同封されていた。
慌ててその写真を奪い取る律子。それは律子がかつて行ったミニライブでのもので、送ってきたのは「プチピーマン」と名乗る律子の熱心なファンだった。その人は律子がアイドルを止めプロデューサーとなってからもそれを承知した上で、今は律子のプロデュースしている竜宮小町を応援しているという。
アイドルを止めてからもなおファンとして応援し続けてくれる人がいることに対し、律子は照れとも嬉しさともつかない表情を見せる。「アイドルに復帰したくなってきたかな」という亜美の言葉を言下に否定するものの、頬を赤らめてしまった律子からは、その気持ちが自分の中に生じたであろうことが察せられ、律子の複雑な胸中を匂わせた。
しかしその気持ちがごく小さいものであろうことも、次の瞬間にはすぐ「プロデューサー」としての姿に立ち返り、熱っぽいからと先に帰るあずささんのことを細かく気にかけるあたりから容易に窺えるだろう。殊にあずささんへの注意の内容はいかにも理知的な律子らしいものであると同時に、竜宮小町のプロデューサーとしてだけでなく律子個人としてあずささんを心配する優しさも垣間見えるものになっていた。
だがあずささんの体調は回復するどころか、ますます悪化してしまった。何と彼女はおたふく風邪にかかってしまっていたのである。
それを踏まえて見返すと、熱っぽいと言ってあずささんが先に帰ろうとしていた時、いつものように頬のあたりに手を当てていたが、この時点で耳の後ろあたりに痛みを感じ、そこに手を当てていたのではとも考えられ、あずささんの急変にも得心の行く伏線が張られていたとも言える(おたふく風邪の場合、耳下腺と呼ばれる耳の下あたりの部分が腫れ、痛みを伴う)。
回復には4、5日かかる見込みのため、あずささんのライブへの参加は無理と判断した律子は、なんとか伊織と亜美の2人だけでライブを成功させようとするが、あずささんのソロ曲はすぐに変更できるものの、「七彩ボタン」を始めとしたユニット曲のダンス編成まではそう簡単に変えられなかった。2人だけで踊ってはあずささんが抜けた分の隙間が目立ってしまうし、かと言って振り付けそのものを変えたとしても、練習に費やせる時間が短い以上、とってつけた感は否めない。
伊織はあずささんの代わりに代役を立てることを提案するが、それには振り付けと歌をあらかじめ熟知している人間が必要だった。例え振り付けそのものを変更する必要がなくとも、ライブまでの日数が残り少ない以上、一から振り付けと歌を覚えてもらう余裕はないのである。
しかしその時、伊織と亜美ははっきりと気付く。代役を務めるためのいくつもの難しい条件を完璧にクリアしている人材が、すぐ目の前にいることに。
言うまでもなくその人材とは律子のことだった。もちろん律子は拒むが是非にと頼み込む伊織たちの迫力に圧され、とりあえず時間をおいて考えることにする。
その夜、事務所でどうにかして伊織と亜美の2人編成でライブを成功させるための算段を考える律子だったが、律子本人もかなり焦ってしまっているためか、いつものような理知的な面が立ち消えてしまっており、よい思案が浮かばない。その一方で「律子が代役に出る」案をプロデューサーからも勧められると、意固地になって拒絶してしまう。
このあたりは計算外のことが起きるとうまく立ち回れなくなるという、律子本来の個性を生かしているが、そんな焦り故に律子はその場にいた美希へ、普段の彼女なら絶対に言わないであろう言葉をかけてしまう。
美希に代役としての出演を求めた律子は、美希が以前竜宮小町に入りたがっていたことを引き合いに出したのだが、それは律子本人がすぐ自戒したとおり、明らかに調子のいい勝手な言い分であった。
しかしそんな律子に対し美希は反論もせず、律子が代役として立つことを笑顔で勧める。自分より律子が入った方がもっと竜宮小町だと思うからというその理由は、いかにも美希らしいニュアンス的なものであったが、それは美希自身が12話と13話における一連の話の中で、アイドルとそれをプロデュースするプロデューサーの間にある特別な関係性を、皮膚感覚で感じ取ったからこそのものだろう。
美希は自分をより輝ける存在へと導いてくれたプロデューサーへの信頼と、彼女を信じてすべてを託してくれたプロデューサーの美希への信頼とが、そのまま竜宮小町3人と律子の関係にも当てはまることを感覚的に理解していたのだ。信頼し合った時のアイドルとプロデューサーの絆は、より強くアイドルを輝かせる原動力になる。何も知らない状態からその過程と結果を直に味わった美希ならではの説得だったと言える。
そして恐らくそのこと自体は律子本人もわかっていただろう。わかっていてあえて自分がステージに立つという選択肢を否定し続けてきた。もちろん1日限りとはいえ一度引退した人間がアイドルとしてやれるのかという不安もあったろうが、何より大きな理由は彼女がプロデューサーになった時に決めた信念にあった。
中途半端なことはしない。竜宮小町を大切に想うからこそ、アイドルと兼業でプロデュースするようないい加減な態度は取らない。
この信念はそのまま律子の自分自身に対する戒めにもなっていたのだろう。心のどこかにまだ残っているアイドル時代の自分に対する未練への。プチピーマン氏から届けられたアイドル時代の写真を見やった時の複雑な表情に、何よりそれが示されている。
プロデューサーとしての信念、アイドル時代の自分への未練、アイドル引退後も自分を応援してくれるファンへの気持ち…。他のアイドルともプロデューサーとも違う、律子だけが抱く様々な想いが、あのわずかな間に浮かべた表情の中に凝縮されていたのだ。
そんな複雑な想いのせめぎ合いの中で律子はプロデュース業に邁進し、今日まで一定の結果を出すことに成功してきた。だからこそ自分の信念を揺るがしかねないような結論に、簡単に飛びつくことはできなかったのだろう。
そんな彼女の背中を優しく押す役割を担ったのはプロデューサーだった。彼は「竜宮小町のプロデューサーとして、この窮状を打破するのに最も適した存在は誰か」を考えればいいとアドバイスする。それは彼女の中で既に答えが決まっていることを見越してのアドバイスだった。
律子本人の意志や信念よりもまずプロデューサーとして、プロデュースしているアイドルのために何ができるかを考える。それはもしかしたら律子自身にとっては酷なことだったかもしれない。しかし律子はまぎれもなく竜宮小町のプロデューサーであり、プロデューサーが第一にしなければならないこととは、アイドルが最高に輝ける存在になれるよう導くことなのだ。
そしてプロデューサーは荒削りながらも、愚直なまでにその使命に取り組んできた。このアドバイスは他の誰でもない、彼だからこそ何よりも説得力を持つアドバイスであったと言える。
同時に律子と比べてもプロデューサーはかなり冷静に現状を見据えた上で律子を推している点も見逃せない。律子はライブ数日前に発生した不測の事態を前に狼狽してしまっているが、思い返せばプロデューサーは13話において、ライブ当日にメインたる竜宮小町が開始時間に間に合わないという大きなトラブルを経験しているのだ。ライブでのトラブルを乗り越えたことは、アイドルのみならず彼自身をも成長させていたわけである。6話で充実した仕事をこなしている律子に対して焦燥感を抱いていた頃からは想像もつかない躍進ぶりだ。
無論そのトラブルを乗り越えたのは彼だけの力ではなく、その場にいたアイドル全員の努力の賜物であったことは言うまでもない。そしてそれを何より本人が一番よく理解しているからこそ、彼もまた律子が代役に適任と考えたのではないか。彼女らは他の誰でもない、同じ「竜宮小町」の仲間なのだから。
そう考えると美希が律子を代役に薦めた時、それまで2人を見つめていたプロデューサーが視線を雑誌に落としたのは、そんな自分の考えを美希が端的な言葉で代弁してくれたからのように見えなくもない。
美希とプロデューサーからの言葉を受けた律子は、竜宮小町のプロデューサーとして自分ができる最善の方策=代役としてステージに立つ道を選択する。
しかしプロデュース業に専念していた故のブランクは大きく、30分程度のレッスンで早々に疲れ果ててしまう律子。普段の指導役である律子がレッスンをする代わりに、伊織と亜美が兼任する形でダンスの指導を行うも、ここぞとばかりに厳しい?レッスンを嬉々として課してくるあたり、年相応の子供っぽさが滲み出たというところか。
だが決して伊織と亜美はおふざけで指導をしているわけではなく、実際2人よりも明らかに律子のダンスが遅れてしまっている場面を挿入して、2人の指導自体はあくまで真面目なものであることを作中でアピールしている。「真面目」の度合いや表現の仕方の違いが、律子と伊織亜美とで明確に異なるということだろう。
久々にハードなレッスンを自分自身でこなし、今度は自分がへとへとになってしまった律子は、その夜事務所で休みを取りつつ自分の行動を省みる。
一度は決意したものの、やはり自分にあずささんの代わりなど出来るはずもない。そう考えた矢先にかかってきた電話の相手、それは当のあずささんだった。
あずささんは迷惑をかけてしまったことを謝りながらも、自分の代わりとして出演するのが律子で良かったと告げる。
他の誰でもない、結成当初からずっと一緒に活動してきた同じ「竜宮小町」の1人である律子が代役を務めてくれることは、急の病でライブを休まざるをえなくなったあずささんにとって、せめてもの慰めになっていたのだ。
「こんなこと言ったら怒られそうですけど」と前置きを入れたのは、あずささん本人の控えめな性格だからこそとも言えるが、彼女も竜宮小町の一員として、何より律子より年上の大人として、律子がプロデューサーへ転身するにあたって抱いた決意や信念は承知していた故のものだろう。
結果的に代役を務めるということは、律子個人の信念を曲げてしまったことになる。だがそれでもプロデューサーとして竜宮小町のために、本人にとっては重大な決意をしてくれたことが、あずささんにとってはとても嬉しいことだったに違いない。立場は違えど竜宮小町というユニットは、伊織・亜美・あずささん、そして律子の4人で一から作り上げてきた大切な存在なのだから。
そんなあずささんの素直な想いを聞き、律子も弱っていた心を奮い立たせる。自分のことだけではない、ステージに立ちたくとも立てなくなってしまったあずささんの想いも背負うことで、彼女に新たな責任感が生まれたのだ。
そしてそれは律子がアイドルに立ち返る上で欠くべからざる感情でもあったろう。プロデューサーや自分たちを支えてくれた様々な人たちの想いを、すべて背負ってステージに立つ。それがアイドルにとって力の源の一つになるということは、この作中でも幾度となく明示されてきたことである。
律子の奮起は伊織や亜美と対等にダンスが踊れるまでになるという「成果」として示された。まだまだスタミナの方は足りないものの、とりあえず問題ないレベルには到達したようだ。
そんな律子にライブでソロ曲を歌ってもらおうとする伊織たち。ライブでの律子登場場面をインパクトあるものにしたいと考えた2人の発案を当然拒否する律子だったが、彼女にも一曲だけ歌ってみたいと思える持ち歌があった。
ただそういう歌があると口走っただけだったが、律子が本番で歌うと伊織たちが強引に決めてしまうあたり、普段とはまったく立場が正反対になってしまっているのが面白い。
だがそれは決して立場が逆転したところに生じるおかしさの表現のみではなく、同じ「アイドル」としてのラインに立った時の厳然たる差そのものでもある。それを律子はゲネプロの際に思い知ることになってしまった。
ライブ前日、プロデュース業務を引き継いだプロデューサーも交えて、会場でゲネプロを実施する3人。
当初は快調に「七彩ボタン」を披露していたものの、がらんとした客席側を見たその瞬間に、律子は動きを止めてしまう。
今は誰もいない客席フロアは、ライブ当日には訪れたファンたちによって埋め尽くされる。それは他ならぬ竜宮小町の3人に心惹かれて集まった人々。その3人とは伊織・亜美・あずささんの3人であって、その中に「秋月律子」は入っていない。いかに一緒に頑張ってきたとはいえ、一般的なファンが裏方のプロデューサーにまで注意を向けないのは当然のことなのだから。
ファンは3人の姿に憧れてやってくる。3人はそんなファンの期待を一身に受けながらも、その期待に常に応えてきた。そしてそれは会場へやってきたファンが彼女らに望んだとおりの姿でもある。
では誰も自分がステージに立つことを望んでいなかったとしたら?望まれていない人間がステージに立ってしまったら?自分をアイドルとして認識しているファンがいない中で「アイドル」をやれるのか?
律子の胸中には様々な想いが去来したことだろう。その想いが律子の動きを止めてしまった。と言うより自失状態に追い込まれたと言った方が正しいかもしれない。
プロデューサーの呼びかけでようやく我に返った律子は、そんな自分の胸中を吐露することなく再度ゲネプロに臨むが、律子の様子がおかしいということに伊織や亜美が気付かないはずもなかった。
その夜、公園で1人練習に励む律子。そこへ通りかかった小鳥さんに対し、律子は初めて自分の抱いた苦悩を述べる。
大勢のファンから愛され、ファンを喜ばせられるような存在になった竜宮小町。プロデューサーの立場からすれば大変嬉しいことであるが、同じアイドルとして一つのステージに立った時、律子はそこに歴然としたアイドルとしての「差」を感じてしまった。
律子はプロデュース業にずっと専念してきたのだから、それも仕方のないことではあるのだが、代役とはいえアイドルとして同じステージに立つ身としては、その差を感じないわけにはいかないし、今の自分自身の力ではその差を克服することもできない。
その現実は律子に重くのしかかる。公園での練習も明日に備えてというよりは、そんな重圧から生まれる不安を少しでも払いのけようと必死にあがいた結果なのだろう。
そんな律子の苦悩を聞く立場として小鳥さんがあてがわれたのは、実に正しいキャラシフトと言える。
普段は指導する立場としてかかわっている以上、伊織たちにおいそれと打ち明けることはできないし、今の苦悩の元凶は現役アイドル時代の自分との落差によるものでもあるから、当時のことを知らないプロデューサーに話しても、律子としてはあまり意味を成さない。それを唯一引き受けられたのは、律子の現役アイドル時代のことを知っていて、なおかつ律子の話をきちんと受け止められる大人の女性であった小鳥さんだけというわけだ。
小鳥さんが具体的なアドバイスを行わなかったのも、大人側は聞き役に徹して若手側自身の力による成長を促すという本作の方針に則った描写と言えるが、少しばかり想像(妄想?)の翼を羽ばたかせて、「元アイドルの苦悩」を目の当たりにした小鳥さんに何かしら思うところはなかったのか、考えてみるのも一興かもしれない。
しかしその律子の悩み、はっきり言葉にこそ出さなかったものの、彼女の態度からおぼろげに感じ取っていた伊織と亜美は、プロデューサーを巻き込んである計画を進めようとする。
そしてそれは未だ病床にいるあずささんも同様だった。
ついに迎えたライブ当日。好調な客の入りを見て伊織と亜美は大いに発奮するが、肝心の律子は極度の緊張で顔を強張らせてしまう有様だ。
伊織や亜美と律子とのアイドルとしての場数や経験の違いを考えれば止むを得ないことではあったが、またここで彼女と伊織たちとの「差」を、見せつけられてしまったことにもなる。
だがここまで来たら逃げるわけにはいかない。ライブは開幕、伊織と亜美は元気よくステージに飛び出していく。
そこで2人はまずあずささんが病気のために出演できないことを説明した上で、あずささんから届いたというビデオメッセージを流し始める。
あずささんからのビデオメッセージ。それは律子のまったく知らないものでもあった。前夜プロデューサーに電話をかけたあずささんが、自分で録画したビデオをプロデューサーに託したものだったのだ。
ビデオの中であずささんは穏やかに話す。ステージには行けないが自宅から精一杯の気持ちをステージへ送ること、そして自分の代わりにスペシャルなゲストがライブに参加してくれることを。
それはライブに来てくれたファンへのメッセージであると同時に、自分の信念の下、一度は止めたアイドルという立場に、自分や竜宮小町のために一時復帰してくれた律子への、あずささんなりのエールでもあった。
そのメッセージを受けて伊織と亜美は「スペシャルゲスト」への素直な想いを述べる。竜宮小町になくてはならない大事な人、怒ると怖い時もあるけれどいつも3人のことを考えてくれている人、そして自分たちをここまで導いてくれた大切な仲間。それは2人の偽らざる気持ち。時にぶつかることはあっても、ずっと苦楽を共にしてきた仲間への心からの想いだ。
だからこそ3人は、律子なら大丈夫と信じることができる。そう信じられるだけの時間を4人は共に過ごしてきたし、4人でそれだけの結果も出してきた。そして今回のライブに向けて努力してきた律子の姿も、誰より間近で見続けてきたのだから。
すぐ隣に立っていても遠く離れた場所にいても通じ合える想い。それは4人の絆が「竜宮小町」というユニットの中でしっかりと育まれ、強く太いものとなっていった何よりの証であったろう。
しかしそんな3人の素直な気持ちを受けてなお、律子の体から緊張は解けない。もちろん律子とて彼女らとの絆が強く深いものであることは十分承知しているであろうことは、ステージに出る直前の決意の表情からも見て取れるわけだが、それでも律子にはまだ一つだけ足りないものがあった。そのただ一つの足りないもの、と言うより足りないと思い込んでいるものが彼女から自信を奪い、自分自身の能力に対する疑いを払拭させてくれないのである。
だから律子はステージに上がり、ソロ曲「いっぱいいっぱい」を歌い始めても緊張を解くことができなかった。手足は震え、声は上ずる中、彼女は初めてのミニライブを回想する。
あの時も今と同じように緊張しながら歌っていた。それでも一曲目に歌ったこの歌で観客が乗ってくれたから最後までやりとおすことができたものの、あの頃のファンもここにはいない。
そう、律子に足りなかった最後の一つとは、彼女のアイドルとしての実績や成果と言ったものだったのだ。それは彼女が伊織や亜美たちとの間に感じてしまった最も決定的な「差」でもある。
プロデューサーとしての律子の支援やお膳立てがあったとは言え、竜宮小町の今日の人気を一から築いてきたのはまぎれもなく伊織・亜美・あずささんの3人である。彼女ら3人にはそれだけの実績や成果があるわけだが、律子は代役とはいえ他の3人が築き上げた「成果」の中に、全くアイドルとしての実績を持たないままいきなり放り込まれた格好になったわけだ。
それがゲネプロの時に生じた苦悩の根幹となる心情であった。ダンスや歌唱と言った身体的なものではなく、「アイドル」としての能力や魅力が他の3人に見合ったものとなっていないことが、律子をどうしようもないほどに追い込んでいたのである。
と、律子本人はそう思っているわけだが、それは先述のとおり彼女にとって足りないものではなく、彼女が「足りないと思い込んでいるもの」である。
その思いはソロ曲を決める際の「アイドル時代の自分の持ち歌なんて、どうせ誰も知らない」という言葉からもわかるとおり、自分の成果や能力に対しては必要以上に過小評価してしまう律子自身の悪癖から来たものであったのだろうが、それは現実とは全く異なる見方でもあった。
律子もちゃんとアイドルとしての実績を残していたのだ。それを彼女は知っていたはずなのに忘れてしまっていたのである。
せめて精一杯歌おうと決めた律子が歌のサビを歌い始めたと同時に、会場の後方から歌に合わせたコールが耳に、鮮やかに振られる緑のサイリウムの一団が彼女の目に飛び込んできた。
それは以前からの律子のファンであるプチピーマン氏を始めとする、律子のファンクラブの面々であった。伊織と亜美は前夜に連絡を取り、プロデューサーに頼んである程度の席を確保してもらった上で、律子のファンを招待していたのである。
観客席の一角を綺麗に彩る緑のサイリウムを見て、律子は自分がアイドルとしてちゃんと成果を残せていたことをやっと思い出した。いや、思い出したというよりは自分で認めたと言った方がいいかもしれない。
Aパート冒頭でプチピーマン氏の存在が提示された時点で、律子には今でも一定数のファンがいることは示唆されていたにもかかわらず、律子本人はそれを心の拠り所にすることはしなかった。
今も彼女のことを応援しているファンがいるという事実すらも、彼女は自分の性格故に疑ってしまっていたのではないか。アイドルを止めた自分が応援されるわけはないと。
現実に応援してくれているファンはいるのに、どうしてもそれを否定してしまう。否定したくなくともそれを肯定できるだけのものが、今の自分の中にはない。ゲネプロの際に一瞬脳裏をかすめた緑のサイリウムを振るファンの姿は、そんな律子の葛藤からのものではなかったろうか。
しかし現実に律子のファンはそこにいた。あの頃のミニライブと同じように、今も緑のサイリウムを振って懸命に律子を応援してくれている。それを目の当たりにすることで、初めて律子はアイドルとしての自分を自分で認めることができたのだろう。
自分を支えてくれるプロデューサーや仲間たち、そして応援してくれるファンがいて初めて完成する「アイドル」という存在。その瞬間、ステージに立つ律子はまぎれもなくアイドルになったのだ。
体の震えも消え、伊織や亜美も引き連れて「いっぱいいっぱい」を熱唱する中、観客席が一面緑のサイリウムで埋め尽くされる。それは自分の葛藤や苦悩を乗り越えてステージに立った1人のアイドルと、彼女を支え応援するすべての人にかけられた一夜限りの「魔法」だったのだろうか。
サイリウムの色が徐々に元に戻る中、パラパラと緑サイリウムが残ったままになっていることも含め、このあたりの描写に対する解釈は個々人に委ねられるべきものであろうが、ただ一つ、それらの光に照らされたステージ上のアイドルが、何よりも輝いていたことだけは間違いない。
ライブも終わり、すっかり静かになったステージ上でゆっくり言葉を交わす律子とプロデューサー。
感想を問われた律子はごまかすこともなく、素直に「楽しかった」と今の心情を告げる。ある意味アイドルとしては一番自分への自信を持っていなかったかもしれない律子にしてみれば、この言葉を素直に口にできただけでも大きな成長と言える。
先のことはわからないとしながらも、もしアイドルに復帰したくなったらプロデュースをお願いするとプロデューサーに冗談めかして話したのも、そんな成長から来る心の余裕があればこそのものであろう。
もちろん翌日からの彼女は竜宮小町のプロデューサーに戻る。しかし今回のライブで自分自身が輝くことができたからこそ、それと同じように、それ以上に竜宮小町には輝いてほしい。彼女らならそれができると信じているから。それもまた律子の偽らざる本音なのだ。
そんな律子の想いを、プロデューサーとしては同僚であり、今回に限っては自分をプロデュースしてくれた存在でもあるプロデューサーにのみ吐露したというのも、なかなか意味深なところではある。
プロデューサーとしての想いとアイドルとしての想い。いつかその想いを両立させることができるようになる日は来るのだろうか。
律子は再びプロデューサーとして竜宮小町の3人を指導する日々に戻った。すっかり「鬼軍曹」に戻ってしまった律子に辟易する伊織たちであったが、それもこれも竜宮小町がトップになれると信じているからこそのもの。
今日もそしてこれからも、竜宮小町は4人で邁進し続けていく。彼女らがいつかトップアイドルになった時、生み出される魔法の時間は他の何よりも輝く魅力的な一時になることだろう。
今回使用されたED曲は「魔法をかけて!」。一番最初のアーケードゲーム時代に作られた歴史ある曲であり、ゲーム中では律子の持ち歌としても使用された。今でも律子を代表する歌として、本編中で使用された「いっぱいいっぱい」と双璧を成す人気を誇っている。
今話においても文中で表現したとおり、律子がアイドルとして復帰した一夜限りのライブは、まさに参加したすべての人にとって魔法がかけられた時間であり、そんな律子の物語を締めくくるには最もふさわしい楽曲であったと言える。
ED映像に10話以来の876プロアイドル3人がカメオ出演的に登場しているのも嬉しいところだ。
秋月律子というキャラクターは、元々ゲーム版「1」では他キャラと同様にプロデュースできアイドルであったものの、「2」ではアイドルからプロデューサーに転向し、プロデュース対象キャラからは外れたという特異な経歴を持つキャラである。
それ故に「2」では彼女自身の物語が深く描写されることはなく、断片的に触れることしかできなかったわけだが、今話ではその描かれなかった部分を見事に描写し、キャラクターを掘り下げることに成功している。
これはひとえにアニマスそのものが「ゲームで描かれていない部分を描く」ことを、基本方針の一つに据えているからこそのものだろう。
しかし単に律子個人だけの描写に終わらせず、第2クールに入ってからは若干存在感が希薄になっていた「竜宮小町」というユニットをも、今一度掘り下げている点は特筆に値する。
また今話では先述のとおり、プロデューサーが少ない出番ながらも律子を導く側に回っているというのが感慨深い。言うまでもなくプロデューサーは律子より後に765プロにやってきた人物であり、どちらかと言えば先にプロデューサーとして活動している律子を追いかける側の立場であったのだが、今話では完全に律子と同格の同僚として、悩む律子に道を指し示している。
同僚プロデューサーとして、竜宮小町の面々とはまた異なる立場での近しい存在であった彼ならではの見せ場であった。
今話はまたカット面において異色の回であった。律子に代役としてライブに出るよう伊織たちが説得するシーンを始め、魚眼レンズや広角レンズを使って映したような描写を積極的に盛り込み、個性的な画作りに勤しんでいる。
またそれ以外にも画面の手前に物や人物を配置し、その後方でキャラクターに芝居をさせる構図が散見されたのも特徴的だ。
これは一つの画面内に物や人物で「枠」を作り、それで区切ることによって枠内の部分を強調し見る側の注意をひきつける手法であり、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」で活躍した故・実相寺昭雄監督が得意としていた手法でもある。
そう考えるとAパート、律子があずささんに電話をかけるシーンのシルエット描写や、Bパート冒頭のレッスン中に、なぜか夕日をバックにとび蹴りをかます亜美のシーンなども、それぞれウルトラマンシリーズにおける実相寺監督作品での有名なシーンに影響を受けたとも取れる…のだが、これはさすがに僕個人の考えすぎと言うところだろう。
あと構図上の特筆点と言えば、レッスンスタジオで効果的に用いられた「鏡」だろうか。鏡に映る虚像を利用して部屋全体を広く見せたり、向かい合っている面々の表情を一度に同一画面上で描く際に使用したりと、様々な場面で効果的に活用されていた。
個人的にはアバン冒頭とBパートラストのレッスン場面において、亜美の表情設定集で描かれていた「3」口が披露されたのが嬉しかった。
さて次回。
関東での放送日は11月11日。ちょうど満月を迎えるその日に放送されるのは、月を見上げるシーンが印象的な貴音のフィーチャー回になるようだ。黒井社長ばかり映っていて話の筋は全く読めないのだが(笑)、未だ謎の多い貴音の内面にどの程度迫るのか、あるいはまったく別種の物語になるのだろうか。