2011年11月28日

アニメ版アイドルマスター20話「約束」感想

 既に当ブログでも何度か触れていることであるが、アニメ版「アイドルマスター」は1話完結、アンソロジー形式の作劇を基調として作られている作品である。
 だがアニマスは本来の意味でのアンソロジー形式とは微妙に異なる作りでもある。アンソロジーとは各話がそれぞれ完全に独立した話であるため、前後の話とのストーリー的、世界観的繋がりすら存在する必然性を持ち得ないだからだ。
 アニマスの場合は「トップアイドルを目指す少女たちの成長」という要素が、縦糸軸として各挿話を結びつけることにより、作品全体がアンソロジー形式ドラマの体裁を取りながらも、大河ドラマ的な長編要素も付与しているのである。
 これにより骨子となる要素が物語世界の根底に横たわっていながらも、それに縛られない自由度の高い作劇が可能となった。その自由度の高さは15話を筆頭に、今まで視聴し続けてきた方なら既にご承知のことであろう。
 それと同時にそんな自由な作劇の中にも一本の縦糸、すなわちアイドルとして成長し仲間同士の絆を確かなものとしてきた少女たちの姿をも、はっきりと見て取ることができたはずだ。
 1話から様々な体験をする中で、彼女たちは常にまっすぐに、時に思い悩みながらも事に全力で取り組んできた。それらの積み重ねがあったからこそ、彼女らはアイドルとしても人間としても、より強く大きい存在になることができたのである。
 大河ドラマ形式とはそのような各話ごとに積み重ねてきた要素を、ある特定の話の中で一気に集約させる際に、話中のあらゆる側面においてこれ以上ない効果を発揮させることができる、最も有効な形式と言えるだろう。
 これまでの19の挿話において積み重ねてきたもの。それは今回描かれた20番目の物語において一気に炸裂することとなった。
 中心となって描かれたのは、前話のラストにおいて、ずっと秘密にしてきた辛い過去を残酷な手段で強引に暴露されてしまった少女、如月千早である。

 アバンでは追い込まれてしまった千早の現在の状況が、彼女を中心とした画と各人のモノローグとで綴られる。
 件の週刊誌には千早が子供の頃、幼い弟が当時8歳であった彼女の目の前で交通事故にあい亡くなったこと、それ以降両親とも不仲になってしまったこと、その両親も数か月前に離婚したことなどが、多分に悪意の込められた文章表現で記述されていた。
 高木社長だけは千早の両親から弟の存在を聞かされていたようだが、両親が改めて説明するまでもなく、弟の交通事故は千早にはまったく責任のないことである。目の前で起きたこととはいえ、まだ8歳の少女に何をどうすることができただろうか。
 だが週刊誌は千早にこそ非があったかのように書き立てる。弟が死んだことも家庭が崩壊したことまでも、すべてが千早のせいであるかのように。
 執筆者の品性下劣さを感じざるを得ないような、何とも劣悪な文章であり、10年近く前の出来事で見つけたのかどうかも疑わしい「目撃者」の談を掲載している辺りが、また妙にリアルで小憎らしさを増幅している。
 実際に画面中に映された記事内容を読むと、千早のプライベートに関することだけではなく、4話のゲロゲロキッチンにおける千早の積極的とは言えない態度にまで言及して批判しており、単なる千早バッシングのために用意された記事であることが容易に窺えるあたりが何とも情けない。
 しかしこんなあからさまな煽り記事にも世間が反応してしまうのは、我々の世界と同じことのようで、千早の仕事は次々とキャンセルされ、事務所から出てきた千早には大勢の取材陣が一斉に詰め寄ってくる。
 そして当の千早本人は、この記事の内容を否定することなく一切を認めた。弟がいたことも、その弟が自分のせいで命を落としたことも、すべて事実であると。
 弟は自分に駆け寄ろうとしたために事故にあった、自分がその時その場にいなければ弟が事故にあうこともなかったと考える千早は、そんな弟のためにずっと歌を歌ってきたし、歌わなければならないと思い込んできた。
 しかし唯一の拠り所であった歌さえも今は歌うことができない。歌おうとする刹那、在りし日の弟、そして事故にあった瞬間の姿が頭をよぎり、声を出すことができなくなってしまうのだ。
 弟のためと信じて歌ってきた千早の歌が、その弟の記憶により封じられることになってしまうのは、彼女にとってはこれ以上ないほどに辛い仕打ちであったろう。
 そんな千早の痛ましい姿を前に、あの春香ですら声をかけることができずにいた。

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 その一方でしてやったりとばかりに笑い飛ばす黒井社長。だがジュピターの冬馬はそんな黒井社長のやり方にどうしても納得できず、直談判を行う。
 ここに至ってようやく本当に汚い手段を用いていたのが誰であったかに気づいた冬馬ではあったが、そんな彼の反論を黒井社長はすげなく一蹴する。19話でも描かれたように、黒井社長にとってはジュピターの3人さえも、自分の野望を達成するための駒でしかないからだ。そんな黒井社長の悪びれない態度に、北斗や翔太の顔からも笑顔が消えてしまっている点が前話からの相違点であり、さすがに今回のこのやり方が度を越しているものと理解したということだろうか。
 しかしここで同時に認識しなければならないのは、黒井社長の「自滅」という言葉にもあったように、765プロ側は黒井社長の策略のみで追い詰められたわけではないということだ。
 16話での響を陥れる手段も、手段自体は響をまったく別の場所へ連れて行き、撮影に遅らせるという程度のものであり、崖から落ちてしまったのは響自身に原因があったわけで、19話の場合も貴音の秘密主義的な一面が、結果として事態をより面倒なものとしてしまっている。幸いなことにそれぞれペットたちやプロデューサーという味方を得て、両者とも自滅することはなかったわけだけども。
 そして今回、千早において多大な精神的ダメージを与えたのは確かであるが、歌うことができなくなってしまったのは、厳しい言い方をすれば千早自身の問題である(神ならぬ身の黒井社長がそこまで計算づくで立てた計略とはさすがに考えられない)。
 きっかけは961側の悪辣な陰謀によるものであるが、最終的に対象となった人物が追い込まれる理由は、その人物自身に拠っているため、961プロや黒井社長を必要以上にクローズアップすることなく、あくまで765プロアイドルたちが自分たちの問題を自分たちで解決する描写をメインにしてストーリーを進行する構成を、無理なく組み立てることができるのだ。
 これについては14話の時点で既に明示されていた、「961プロを障害要素としてのみ配置し、ゲーム版のような対決要素までは盛り込まない」という基本姿勢が功を奏した形と言える。

 突然出なくなってしまった千早の歌声。しかし医者の見解では喉そのものに異常があるわけではなく、心因性によるものとのことだった。
 最悪の手段で公に引きずり出されてしまった自身の過去、それによりさらに強く意識するようになってしまった弟の死と、それに対する自責の念。それらの強いストレスが原因となって、歌う時に限り声を出すことができなくなってしまったのである。
 夜の公園で亡き弟――優のことを回想する千早。
 2人で縁日へ遊びに行った日、持っていた水風船を壊してしまい泣き出しながらも、姉の歌を聞けばすぐに泣きやみ笑顔になった優。

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 弟は千早の歌が大好きだった。幼い千早にとっても弟はただ1人の観客だった。お互いがお互いを大切に想うごく当たり前の、しかし幸せな姉弟関係。だがあの日の事故がすべてを奪い壊してしまった。
 千早の歌を誰よりも楽しみにし、歌ってほしいといつもせがんでいた亡き弟のために、千早はずっと歌い続けてきた。それが自分が「死なせた」弟のためになると、姉として弟にしてやれるただ一つのことであると信じて。
 しかし今の千早は歌を奏でることができない。自分がすべてをかけてきたものが自分の中から失われてしまった、その事実に直面した千早の心の空虚さは、話を聞いていたプロデューサーや春香にわかるものではなかった。
 アイドルとしても姉としても失格と自分自身を断じた千早の耳には、プロデューサーの励ましの声など届くはずもなく、歌えなくなった以上はアイドルとしての仕事を続けることもできないと、千早は一礼して立ち去ってしまう。
 そんな千早を止めようとしつつも何も言うことができず、ただ千早を見送ることしかできない春香。千早を取り巻く状況、そして彼女自身の抱く絶望に対し、2人はあまりにも無力だった。

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 だがそれはやむなしという面もある。ここで何かしら巧いセリフの一言でも言おうものなら、それこそ嘘っぱちというものだろう。
 そんな中でもアバンからずっと千早の隣に付き添い、医者の診断を受けていた時も診察室の外で待っていた春香の姿が印象的だ。自分から率先して千早に付き添ったのか、それとも千早が一番心を許していた相手としてプロデューサーがそのように計らったのかはわからないが、どちらにしても春香本人が千早を深く案じていたのは間違いないし、だからこそその気持ちとは裏腹に千早に対して何もしてやれない、普通の少女であるが故の春香の弱い一面が浮き彫りになるのである。
 千早は家に閉じこもってしまい、姿を見せなくなってしまった。千早もレギュラー出演していた「生っすか!?サンデー」は、風邪で欠席という形で取り繕ってはみたものの、春香の表情にもどこか陰がさしている。
 その楽屋裏ではプロデューサーが千早に連絡を取るものの、彼女は電話にすら出ようとはしない様子。プロデューサーが自宅を訪ねてもドアを開けることはせず、こんな時こそ支えになってやってほしいと千早の両親に事情を説明しても「何もできません」と断られ、プロデューサーや律子にとっても八方ふさがりの状況に追い込まれていた。
 それでもプロデューサーは千早宅を訪れるたびに、食事はきちんと摂るようにと色々置いていっているようで、プロデューサーとしての精一杯の気遣いがそこから窺える。
 しかしプロデューサーも律子もただ一つ気づけていない部分があった。「親は子供の支えになるべき、なれるべき存在」という当たり前の考えを誤認していたのである。それを後々思い知らされる立場となるのが彼ら2人でないところは、今話の終盤に向けての展開の暗示と言えるだろう。2人は表だって千早のために行動するのではなく、あくまで裏方の面からアイドルを支える立場に徹するということか。
 この状態が続けば、来月開催予定の765プロ定例ライブにも出られないかもしれない。そのことを危惧する律子だったが、無論それはライブの成否云々ではなく、歌手として大成することを望んでいた千早に最もふさわしい舞台であるライブに、千早が参加出来ない、参加させてやれないかもしれないことへの不安から来ていることに相違ない。
 それはプロデューサーとの会話中もプロデューサーの方にまったく視線を向けず、常に千早のことを案じているかのように視線を落とし気味にしていたことからもわかることであろう。
 頼りなげに明滅を繰り返す非常口のライトもまた象徴的である。

 千早の話題は巷でも止むことなく、ついには引退説まで囁かれるようになった。実際に千早としては引退する決意でいるわけだから、完全に捏造というわけでもないのが何とも苦々しい。
 そんな中をある場所へ向かう春香。ある場所とは当然千早の家である。11話で千早に連れられて訪問した時とはまるで違う状況の中、再び訪れた春香の胸中は如何様なものであったろうか。普段の彼女からは思いもつかない厳しい表情を浮かべながらも、意を決した春香はインターフォンを押す。
 若干の間を置いて、インターフォンに出る千早。覇気など欠片も存在しない声ではあったものの、久々に聞いた友達の声にいくらか安堵した春香は、努めて明るく千早をダンスのレッスンに誘ったり、他のみんなから預かってきたお茶や飴といったお土産を渡そうとするが、千早はどれも静かに拒絶してしまう。歌を失った自分は皆の気持ちに応えることはできないからと。
 そんな千早に春香はためらいがちながらも、誰かのためではなく自分が歌が好きだから、自分が歌いたいから歌うという理由ではダメなのかと問いかける。それはそのまま春香がアイドルを目指す、アイドルを続ける理由でもあった。
 歌が大好きだからという原初の理由を見失うことなく、春香はトップアイドルを目指してずっと努力してきた。その成果としてアイドルとして一般にもその名が浸透するようになり、ライブを始めとして歌を披露する機会も増えた。そして同じ夢を持つ多くの仲間と出会い、共に夢に向かって努力する喜びも得たのである。
 今ドアを隔てた向こうにいる千早とも、そもそもは「歌が好き」という想いがあったからこそ出会うことができた友人なのだ。千早が春香にとって大切な友人だからこそ、そんな大事な人と引き合わせてくれた自分の想いを、その想いを抱いたまま歩んでいけばきっと自分の望む夢にまで到達できるであろうことを信じられるのである。
 そしてそれは恐らく千早にもわかっていることであった。4話のラストでの態度からも察せられるとおり、彼女はわかっていて自分が変わることを拒んだのである。ただ自分のためだけに歌うようになってしまったら、「自分のせいで」死なせてしまった弟への、姉として出来るただ一つの行為まで無にしてしまうことになるのだから。
 そんな千早にとって春香という存在は、何よりも眩しく見えていたであろうということは、11話での感想で書いたとおりである。ただ純粋に歌を愛し、歌を歌うことそのものに喜びを感じて歌う春香の姿は、もしかしたら千早自身がそうなれたかもしれない姿、できるならそうなりたかった姿だったのではなかったか。
 弟が命を落とすことがなかったら、自分も姉として歌い手として、純粋に歌が好きなまま歌を続けられたかもしれない。かすかに残っていたそんな思いが、春香に信頼を寄せるようになった理由の一端だったのだろう。
 だが千早はその思いに身を委ねるわけにはいかなかった。弟を死に追いやった原因が自分にあると思い込んでいる限り、彼女は弟のために生き、歌い続けるという枷を自身の手で既にはめ込んでいたのだから。
 そして今はそんな枷さえも、まったく意味を成さないものに成り下がってしまった。他でもない自分のせいで。
 歌という拠り所を失ってしまった今の千早にとって春香のこの言葉は、崩れてしまった自分の現実を千早の中でより鮮明に浮かび上がらせるだけだった。
 春香には無論他意はまったくない。純粋に千早のことを心配し、またみんなで一緒に歌いたいと願い、千早の弟もきっとその方が喜ぶと思っただけだ。しかし拠って立つべき現実を喪失してしまった今の千早には、そんな風に考えられるだけの精神的支柱と呼ぶべきものがまったく存在していなかった。
 そんな千早の無理からぬ心情は、春香の真心をも拒絶してしまう。「お節介は止めて!」と。その言葉に強いショックを受ける春香。

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 千早宅を辞し、春香は1人事務所へと向かう。具体的にその後の2人のやり取りを描かず、既に千早の家を立ち去った後の場面から描写するというやり方は、2人の別れ方に関しての視聴者の想像力を掻き立てるという点でも巧みな構成だ。
 その様子からみんなから預かってきた荷物はきちんと置いてきたことが窺え、強いショックを受けながらも友人を気遣う気持ちは失われていないことが察せられ、その優しさが明示されているからこそ、事務所の前で1人涙ぐむ春香の姿がより痛切なものとなって、見る者の心を打つ。
 それは「お節介」と言われたことよりも、自分の力では大切な友に手を差し伸べることすらできない自分自身へのやるせなさ、不甲斐無さの方が強かったように見える。なぜなら春香はそういう女の子だから。
 そんな春香に見知らぬ壮年の女性が声をかけてくる。女性は自ら千早の母と名乗ってきた。
 慌てて事務所に案内しようとする春香を制し、母親は千早に渡してやってほしいと、春香にあるものを手渡す。それは亡くなった千早の弟が生前使っていたお絵かき帳だった。千早の歌が好きでずっと千早を慕っていた弟の遺したお絵かき帳を見れば、過去の幸せだった頃を思い出し、少しは救われるかもしれない。それは親としてのせめてもの心遣いだった。
 手渡された春香はしかし、自分ではなく母親が直接千早に渡してほしいと頼み込む。それは千早に対して何一つしてやれない今の自分の無力さを痛感しているからこそ発せられた言葉であり、その点ではいつもの春香らしからぬ弱気な発言だったかもしれない。
 だがそれは同時に春香らしい発言でもあった。他のどんな人よりも血を分けた親が説得に当たることが何より本人にとってためになる。それは春香のみならず普通の人であれば誰でもそう思い至る、極めて常識的な考え方だ。アイドルとのしての立場から降りればごくごく普通の少女である春香がそう考えるのは、当然のことであろう。
 だが千早の家族関係は、そんな春香の常識的な考え方の及ばないところにまで落ち込んでしまっていた。自分はもう信頼されていない、昔からずっとそうだったからという母親の言葉を聞いた時、春香は初めてそれを理解する。親子の間柄ですら、想いを通じ合わせることのできない世界。千早はずっとそんな世界を居場所としてきたのだということに。

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 すべての人間にとって最も身近な人間関係でもある親子関係を、千早はとっくの昔に喪失してしまっていた。そんな千早に対し近親者ですらない春香は何ができるのだろうか。
 千早のことを頼んで去っていく母親に言葉もかけず、会釈すら出来なかったのは、春香の自身に対する疑念が渦巻いていたからであろう。その胸中は去りゆく母親がそのまま画面外に消えるのではなく、フェードアウトしていく形で消えていくという演出からも容易に窺い知れよう。
 また既に千早との関係性を消失している母親は、声を担当した平松晶子氏の抑揚を抑えた鬱々とした演技との相乗効果もあって、千早本人にとっては極めて虚ろな存在であるということを如実に示した演出とも言える。

 事務所の社長室でプロデューサーにお絵かき帳を見せる春香。19話の時もそうだったが、重要な話をする際の場所として社長室がすっかり定着してしまっているのは、アットホームな雰囲気が出されていて心地良い。
 元気のない春香を案じるプロデューサーに、春香は思い悩んでいたことを口にする。自分が千早に対してやっていることは、彼女が言うようにただのお節介なのではないか。千早に限らず普段から多くの仲間たちに頑張ろうと声をかけることも、もしかしたら余計なお世話で迷惑なことだったのではないかと。
 春香の信じているものが通用しない世界でずっと生きてきた千早。千早を大切に想っているからこそ、千早のそんな事情も知らずに怒らせてしまい、彼女に何一つしてやれなかったことへの無力感を覚えてしまったのだろう。
 だがそんな春香の弱った心を、前向きなのは彼女の良いところであり、誰かを励ますことに遠慮などする必要はないと、力強く激励するプロデューサー。そして彼はかつて春香から手渡されたあるものの名前を口にする。
 「キャラメル」。6話で竜宮小町に一歩先を行かれ、焦燥感に駆られていたプロデューサーが、春香から手渡された品だ。
 その時の彼は仕事を取るためだけに躍起になり、奔走しながらも空回りを続けた挙句、ダブルブッキングという大失態まで演じてしまった。もしそのまま進んでいってしまっていたら、彼はダメになっていたかもしれない。そんな彼を救ってくれたのは一個のキャラメルだった。
 それは春香のいつもの小さな気遣いにすぎないものであったが、彼にとってはキャラメルに込められた彼女のその気遣いこそが救いとなったのだ。自分1人が頑張るだけでは意味がない、互いが互いを信じて支え合うことこそが、プロデューサーとアイドルにとって何より大事なことなのだということを、春香のくれた小さなキャラメルが教えてくれたのである。
 自分が立ち直りもう一度みんなと一緒に頑張ることができたのは、あの時の春香の小さな気遣いがあったからと、素直に感謝の気持ちを述べるプロデューサー。

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 千早もまた本来的には人の気持ちが理解できる人間だと述べ、千早に自分の想いを届けるために体当たりでぶつかっていけと春香の背中を後押ししたのも、そんな春香の気遣いが千早を救うことができると、春香の想いを千早はきっと受け入れると信じているからに他ならない。
 互いを信じる絆が、それによって結ばれた者たちを強くする。これは作中で一貫して描かれ続けてきたテーマであり、今話においても重要なファクターとなるものでもあるが、今話中で最初に打ち出されたのが「プロデューサーとアイドル」という、アイドルマスターという作品の根幹を成す関係性の2人に対してであり、殊に対象となるアイドル側の人物が、全アイドルのキャラクター面における基礎とされる存在の春香であるというのが、何とも意味深長である。
 プロデューサーの信頼を受けた春香が再び心を奮い立たせ、力強く返事をするシークエンスは、アニマスという作品、引いては「アイドルマスター」という作品が最も大切にしてきた関係性を改めて打ち出したとも言える。プロデューサーという立場の人間が心底から信じてくれるからこそ、彼女たちはどこまでもその羽を広げて歩んでいくことができるのだ。
 またプロデューサーがアイドルとしてではなく、友を案じる1人の少女としての春香を激励するのも、19話における貴音のやり取りと同様、彼がプロデューサーとして正しく成長してきた証と呼ぶべきものであろう。

 仕事先の楽屋で千早の母から渡されたお絵かき帳を眺める春香。そこには幼い千早の弟が拙いながらも一生懸命描いたと思しき、千早の絵が並んでいた。
 どのページの千早も歌を歌っている姿ばかりが描かれており、弟が本当に千早のことを心から慕っていたことが見て取れ、思わず春香も頬をほころばせる。
 しかしお絵かき帳を見ていくうち、春香にもそして横から現れた美希にも不思議に思えることが一つ浮かんできた。
 絵の中の歌っている千早は、どれも楽しそうに笑った表情を作っているのだ。そしてそんな千早の姿は、春香たち2人が一度も見たことのないものでもあった。

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 弟が亡くなる前の、弟と共に楽しそうに笑顔を作って歌う千早と、弟が亡くなってから、弟のためにと歌を歌い続けながらも、そこに笑顔を作ることは一切なかった千早。
 「弟のために歌い続けなければならない」と話した際の千早の悲愴な横顔と、絵の中の幸せそうな笑顔とを思い浮かべた春香は、その胸中にある想いを抱く。
 その一方でプロデューサーと律子は、開催が迫る定例ライブのプランについて相談していた。内容は無論千早のことである。
 プロデューサーは千早を予定通りに定例ライブに参加させる形で進めようとしていたが、それに律子は難色を示す。
 それは千早が復帰するかどうかもわからず、仮に戻ってきたとしても歌を歌えない今の状況で無理に参加させ、もし失敗したら致命的な傷になってしまうという危惧故のものだった。千早を心配するからこそ無理はさせたくないという、律子なりの優しさがそこから垣間見える。
 何より律子自身もつい先日、諸事情からステージに引っ張り出されて苦戦したばかりであるし、その時律子の心を救ってくれたような小さな奇跡が都合よく起きてくれるものではないということも、十分承知しているからという部分もあったろう。
 しかしプロデューサーはそれでも千早を参加させることにこだわる。その根底には千早、そして春香への強い信頼があった。
 春香を信じているからこそ、彼女であれば苦しむ千早を救うことができると、そして千早であればそんな春香の想いを受け入れ、ステージに戻ってきてくれると信じているからこそ、プロデューサーは自分がプロデューサーとして千早のために出来る、プロデューサーという立場の人間にしかできないことをしようとしているのだ。
 プロデューサーは1人の少女としての春香に勇気を与え、千早の心を信じた。ではアイドルとしての千早のために彼ができること。それは彼女がいつでも戻ってこられる場所、アイドルとして彼女が歌を歌うことのできる場所を用意しておくことだったのである。
 春香や千早のことを信頼しているからこそ、彼はプロデューサーとしてやるべきことに集中することができる。これまでの挿話の中で培ってきた強い信頼関係があるからこその立ち回り方と言うべきであろう。彼のプロデューサーとしての成長の度合いがこれ以上ないほどに明示された良い場面であった。
 そんなプロデューサーたちの前に現れた春香は、2人にある提案を持ちかける。

 ライブも間近に迫ったその日、未だ千早の件でマスコミが騒ぎたてる中、千早は1人微動だにすることなく、部屋の中にこもりっきりになっていた。
 いつからかプロデューサーからの着信音さえ鳴らすこともなくなった携帯電話、無機質に鳴り響く蛇口から滴り落ちる水の音。外からの光は差しこんでいるにもかかわらず、まったく生気を感じさせないような薄暗く青白い部屋が、まったく動的な部分を見せることなくただずっと映し出されるだけという演出は、そのまま千早の心の空虚さを体現していると言える。

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 凍りついたように動かなくなってしまった、自ら動かすことのなくなった千早の心。それは今回の一件に端を発したものではなく、もしかしたら弟が亡くなったその日から、ずっとそんな部分を抱え込んできたものかもしれなかった。
 そんな千早の耳に再び、馴れ親しんだであろう人物の声が届く。その声の主である春香が、あるものを携えて再び千早の元を訪れたのだ。
 その表情が巧妙なカメラアングルで隠される中、春香は以前よりもはっきりとした口調で、持参したものを渡したいからドアを開けてほしいと頼むが、千早は以前と同じように力なく、自分のことはもう放っておいてと告げる。
 その言葉を聞いた春香は全身を強張らせながらもさらにはっきりと、力強い声で千早へと呼びかけた。

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「…ほっとかない、ほっとかないよ!だって私、また千早ちゃんとお仕事したいもん!ステージに立って、一緒に歌、歌いたいもん!…お節介だってわかってるよ。でも、それでも!私、千早ちゃんにアイドル続けてほしい!!」

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 まっすぐに正面を見据え、自分の正直な想いを告げる春香。その表情にもはや迷いはない。プロデューサーが自分の想いを信じてくれたから、千早は自分の想いを受け取ってくれると信じているから、彼女はどこまでもまっすぐに自分の気持ちを千早にぶつけることができたのだ。
 千早の心を救えるかどうかなどわからない。そも「救う」などというおこがましいことは、千早の事情を知った今では簡単に言えるはずもない。
 千早に対し今できることは、千早が自分にとって必要な存在、大切な存在であり、これからもずっと一緒に歩んでいきたいという、自分の偽りない気持ちをぶつけること。それが春香が千早と真正面から向き合う上で導き出した「答え」だった。
 そんな春香の強い想いを目の当たりにし、ずっとうつむき続けていた千早もついに顔を上げる。ひどいことを言ってもなお自分を必要としてくれ、自分のことをずっと見続けてくれた春香の心。それは今まで彼女のいた世界、弟の死後は千早に目を向けることもなくなってしまった両親と共にいた冷たい世界には存在しない、暖かいものであった。
 千早の心にそんな暖かいものが僅かではあれ湧きあがったであろうことは、蛇口から垂れ落ちた水滴の音の変化が何より如実に示している。
 ずっと滴り落ちていた水のかすかな音は、そのまま千早の精神面における低調の度合いを示していたと言える。
 彼女の心は内にこもり、まったく外を向かなくなってしまったために、水滴の音にさえ関心を払うことはなかった。聞こえてはいても頭の中で「音」として認識していなかったと言うべきかもしれない。
 しかし春香の想いを受け、千早の心に僅かな活力が戻ったその刹那、滴る水の音ははっきりと千早の耳に飛び込んできた。水音を外界の「音」として認識する。それはずっと内だけの世界にいた千早がようやく外に目を向けた何よりの証だったのである。
 春香は持ってきたものを置いて帰るが、千早はようやく自分から立ち上がり、春香の置いて行ったものを手に取る。
 そこにあったものは件のお絵かき帳と春香からの手紙、そして千早も知らないとある歌の歌詞。
 その歌詞は春香を始めとする765プロのアイドルたちが、千早のために自分たち自身で作り上げたものだった。
 手紙の文面を読み上げるという形での春香のモノローグに合わせて描かれる、アイドルたちの作詞風景。貴音が筆と短冊を用い、まるで短歌や俳句を創作するかの如き態度を取っているのはニヤリとさせられるところだが、それぞれ作詞という慣れない作業に戸惑い苦心しながらも、皆一丸となって作詞に取り組む様が描写される。

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 映しだされるのはアイドルたちだけではない。ライブ用に衣装を新調した際、千早の分もきちんと用意したのは律子や小鳥さん、そして社長。衣装そのものはピンクダイアモンド765と同様のラグジュアリー衣装であるが、その色は「青」。言うまでもなく千早のイメージカラーである。
 またプロデューサーは作詞作業を進めるアイドルたちにドーナツを差し入れる。これもキャラメルと同様6話において、仲間同士の団結を象徴するガジェットとして重要な役割を果たしたアイテムだ。6話では心を新たに改めて目の前のことに取り組もうとしていたプロデューサーに春香が贈ったものであったが、今話では同じアイテムを、同様の立場にある春香たちのためにプロデューサーが贈ったというのが感慨深い。
 アイドルたちだけではない、765プロに所属する全ての人たちの千早への想いが、その歌詞の中に込められていたのである。
 作詞ノートに綴られたそれぞれの想い。「想い出を力に変える」「夢を叶えるために」「痛みを力に」「みんなと一緒に」「みんなの思いが私を励ましてくれる」…。
 そこにあるのはおためごかしの美辞麗句ではない。1話の時点よりずっと前から、同じ夢を追って共に努力してきた仲間の苦しむ姿に心を痛め、それでもなお力になりたいと、これからも共に歩んでいきたいと願う、その気持ちだけだ。
 今話の「NO MAKE」においても描かれた各人の千早への想い。それをストレートに形にしているだけなのである。
 しかし彼女たちにとってはそれで十分だった。どんな困難があっても強い信頼で結ばれた仲間と一緒ならそれを乗り越えることができるし、実際に何度も乗り越えてきた。そしてその信頼が生み出す力の強さを千早自身もまた十分に理解しているということを、みんな信じているのだから。
 そんな彼女たちの想いが集約された最も大切な、そして最終的に歌のタイトルともなった言葉は、
 ――――「約束」。

 春香の手紙はさらに続ける。「怒られるかもしれないけど」と前置きした上で、春香はお絵かき帳を見た際に浮かんだ率直な気持ちを伝えた。千早の弟はただ歌っているだけの千早でなく、笑顔で歌っている千早が、千早の笑顔が何より好きだったのではないかと。

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 もちろんそれもまた春香の勝手な思い込みかもしれない。だから春香がそのことを断言しなかったのは当然のことだ。本当の答えは弟の優が描いたお絵かき帳の中にしか存在せず、誰よりもはっきりとその答えを知ることができるであろう人物は、描いた本人である優のただ1人の姉に他ならないのだから。
 みんなの想い、優の想い。様々な人たちの想いが千早の心に深く染み渡った時、彼女は想いの証を大切に、そしてしっかりと抱きしめる。
 そんな千早の部屋の窓から少しばかり差しこむ夕暮れの光。千早のイメージカラーの「青」に染まる薄暗い部屋を、春香のイメージカラーである「赤」の光が優しく癒す。それは凍りついていた千早の心が再び動き出したことの、何よりの証でもあった。

 いよいよライブ当日、リハーサルを入念に行うアイドルの面々だが、そこに千早の姿はない。春香も不安の色は隠せないが、そんな彼女の視線の先にあるセットリストには、「約束」の文字が記載されていた。
 プロデューサーもまた先述の言葉通り、千早の戻るべき場所をちゃんと守っていたのである。千早のイメージカラーである青色のペンで強調していたのも、今回のライブで最も重要な曲がなんであるか、誰のためのものであるかを、全員がわかっていたからに他ならないだろう。
 そしてとうとうライブ開始直前にまで時計の針は進むが、未だ千早は姿を現さない。不安がる一同を前に、春香はいつものように全員で円陣を組もうと切りだした。
 13話に14話と要所で描かれてきた765プロアイドルの円陣。それは迷いや不安、恐れといった気持ちを乗り越える強さを互いに与え、12人の想いを一つにまとめ上げる大切な儀式。
 そう、この円陣に「参加」する者は常に12人なのだ。13話で到着が間に合わない竜宮小町の想いも背負ってステージに臨む時、その際の円陣は確かに12人全員の想いをまとめあげていた。そして今回もまた、未だその場に12人目の仲間はいない。しかし春香は彼女が来てくれるとどこまでも信じている。だからこそその想いを改めて仲間たちと共有するために、敢えてここで円陣を組むことを切り出したのだろう。
 そんな春香の想いが届いたのか、手を組んで掛け声をかけようとしたその刹那、真の耳に遠くから響く足音が飛び込んできた。この円陣に参加するべき最後の仲間の足音が。

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 ついに間に合った千早。喜び駆け寄る仲間たちやプロデューサーを前に、それでも拭いきれない不安を口にする千早だったが、そんな彼女の視界に入ってきたのは、ただ1人駆け寄ることもなくその場で微笑みを湛えた春香の姿だった。
 千早がやってきたことを恐らくは誰よりも喜びながら、その場から動かなかった春香。感極まって体を動かすことができなかったというのもあるだろうが、それだけというわけではない。
 春香は自分の想いを素直にぶつけ、千早はそんな春香の想いをまた素直に受け止めて、この場へとやってきてくれた。その時点でこの時この瞬間、春香が千早に向ける想いに言葉は要らなかったのだ。
 春香のやるべきことはただ一つ、千早へ手を差し伸べること。自分たちを信じて再び前を向いてくれた大切な仲間を、仲間として迎え入れることだった。
 そして他のみんなもまた春香と同じ気持ちであったことは、涙を抑え逡巡する千早にあずささんが手を差し出すよう優しく促しているところからも、容易に理解できるだろう。女性的な優しさや包容力を最も強く体現しているあずささんに促す役割を与えたことで、全員の気持ちが同じであることを、言葉を費やすことなく表現しているのである。

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 千早も参加し、全員揃った円陣で改めて号令をかけ、気合を入れる一同。それは12人の想いが一つに繋がった瞬間でもあった。

 ライブは開始し、竜宮小町の3人が歌を披露する中、舞台裏で静かに言葉を交わす春香と千早。
 春香がそうしたように千早もまた今現在の自分が抱く素直な気持ちを訥々と述べるが、春香に対してひどいことを言ったと謝ろうとする千早を、春香本人が慌てて制するあたりは、その時の千早の心情を理解できているからこその春香の善性の発露という意味で、非常に春香らしい対応であろう。
 みんなが作ってくれた歌の歌詞を見て「歌いたい」と思ったこと、笑えるようになるのか歌えるのかどうかわからないけれど、それでもやってみたいと思った千早の気持ちを、言葉少なに受け止める春香。
 「歌を歌いたい」という単純でいてまっすぐな気持ち。それはAパートで春香が千早を説得しようとついて出た言葉そのものだった。千早は歌詞に込められたみんなの気持ちを受け止めたからこそ、そんな風に思えるようになったのである。
 そんな気持ちにまだ迷いながらも、その戸惑いも含めて千早は春香にすべて話してくれた。それは仕方のないこととは言え、弟のことや歌に対する思い入れの理由を黙して語ることのなかった千早が初めて打ち明けた、自らの心の弱さだった。
 千早が自分にその心情を打ち明けてくれたことがどれほど嬉しかったか、その気持ちは春香の表情や言葉にはっきりと示されている。
 千早の吐露する心情を少し目線を逸らしながら聴き、千早からの「ありがとう」の言葉にも言葉少なに首を振る。それはほんの少しでも気を緩めたら、涙が零れてしまいそうになるが故の行動ではなかったか。涙が零れそうになるほど千早の一言一言が嬉しかったからこそ、これから最も大きな困難にぶつかっていかなければならない今の千早には、自分の涙を見せてはいけない、抑えなければならないという優しさからのものだったのではないか。
 春香の表情や目の動き、瞳の輝きからは、そんな胸中をも見て取れるのである。

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 そして千早の出番が巡ってきた。千早を促すプロデューサーももはや多言を費やすことはない。彼は千早の戻るべき場所を守り、千早はその場所に戻ってきた。それだけで2人の想いもまた十分に通じ合っているのだから。
 ステージから退場する伊織に後を託され、千早はゆっくりと足を進める。13話でのライブにおいて輝く美希の姿を見届けてからステージに向かった千早は、今は逆に多くの仲間から見守られる立場となってステージに立った。
 事前の発表もなく突然ステージに姿を見せた千早に、集まっていた観客たちも俄かにどよめき立つ。
 春香たちが舞台袖から固唾を飲んで見守る中、曲のイントロが流れ始め、意を決した千早もゆっくりと口を開く。
 しかしその刹那、千早の脳裏に浮かんできたのはまたしてもあの時の辛い記憶だった。歌いたいと願う千早の気持ちを押し込めるように蘇ってきたその記憶は、またも千早から歌声を奪ってしまう。

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 やはり千早の体は完全に元には戻っていなかったのか。異常を察した律子が曲を止めるよう指示を出すが、その横をマイクを握った春香がさっと走りぬける。彼女はそのまま迷うことなくステージへと飛び出した。
 春香を止めようとする律子を制したプロデューサーは、そのまま曲を流し続けるようスタッフに頼む。それはライブという舞台で失敗したら余計に大きな心の傷を背負うかもしれない不安と、歌いたいという千早の素直な想いを無下にしたくないという優しさ、そして何より千早を信じたいという強い想いが、ギリギリの中でせめぎ合った末の決断であったことは間違いない。その上で彼は千早と、彼女を案じて真っ先に飛び出した春香を信じることにしたのだ。
 どうしても歌うことができずにうなだれてしまう千早。自分にはやはり歌うことはできないのかと絶望し諦めかけた千早の耳に、本来なら聞こえてくるはずのない春香の歌声が響いてくる。

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 ステージに飛び出した春香はそのまま千早の横に立ち、千早の代わりに歌を歌い始めたのだ。驚く千早に笑顔を向けながらも、春香の顔に汗が浮かんでいるのは、決して急いで走ってきたからだけというものではないだろう。
 元々は千早のソロ曲として用意されていたこの歌、歌詞こそ自分たちで作詞したものの、もしかしたらボーカル練習自体はさほど行っていなかったかもしれず、そんな中で千早の代わりにいきなり歌うことは不安以外の何物でもないはず。何より予定を大きく覆す形でステージに飛び出してしまったこと自体、ややもすればその後のステージ進行に大きな影響を及ぼしかねないし、自分が失敗でもすれば結果的に千早自身をも苦しめることになってしまう危険もあったのだ。
 しかしそれでも春香は飛び出した。ただ千早の力になるために全てのしがらみを向こうに回し、飛び出していったのである。
 そしてその想いは春香だけのものではなかった。千早の境遇を我が事のように悲しみ涙したやよいや雪歩に亜美と真美、千早のために何かをしたいとずっと考えてきた伊織に真に響、そして千早のための歌作りに情熱を燃やしたあずささんや貴音に美希。すべてのアイドルたちがステージに上がり、同じ歌を歌い始めたのだ。

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 こんな状況にあってなお仲間たちは自分を支えようと、力になろうとしてくれる。そこに打算などは存在しない。ただ同じ時を過ごしてきた仲間を大切に想っているだけ。言葉にすればただそれだけのことであるが、その想いはしっかりと千早に届き、今また絶望の中に陥りかけた千早を救ってくれた強い絆を生み出す力となっていたのである。
 千早のために作った歌を、今度は千早のために歌う。それは千早に笑顔になってほしい、みんなで一緒に痛みを越えていきたいという、歌詞の中にも込められたそれぞれの想いが形となったものだった。
 そんな彼女らの歌声の中、千早の眼前にあるビジョンが広がる。そこにあるのは在りし日の優の姿、歌う千早をいつも笑顔で見ていてくれた弟の姿だった。
 いや、在りし日の姿ではない。優は昔も今も千早の中で、ずっと笑顔で見続けてくれていた。正確に言うなら事故という「瞬間」の記憶に縛られ続けた千早は、自分の中にある優との楽しかった思い出さえもすべてその記憶に繋げ、心の重しとしてしまっていたのだ。
 仲間たちの想いと支えを受けた千早は自分の素直な気持ちと向き合うことで、初めて弟との思い出を事故の記憶と切り離し、素直に振りかえることができた。だからこそ千早には単なる思い出の投影像ではない、今の千早に願う優のビジョンが見えたのである。千早のことが大好きで、千早も大好きだった弟なら、今の自分に対してもきっと言ってくれるであろう、望むであろうことが、千早には誰よりわかっているのだから。
 そしてそんな千早の気持ちを後押しするように脇から姿を見せる幼い千早の幻。それはただ純粋に歌が好きで歌っていた頃の、事故以来いつしか心の奥底に封じ込めてしまった千早の想いそのものだったのかもしれなかった。
 そんなかつての想いに誘われるように、千早は幼い自分の手を取り、前を見据えて再び口を開く。
 仲間たちからの信頼、弟の望み、そして何よりそんなみんなの気持ちに応えたいと願う自分の気持ち。すべてとまっすぐに向き合い受け入れた千早は、力強く高らかに想いをこめて歌い始める。多くの人たちと交わした「約束」の歌を。

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 蘇った千早の歌声に思わず声を上げて喜ぶプロデューサーに、感極まって涙を流す律子、コーラスに徹して千早の歌唱を盛り上げるアイドルたち。そしてそんな千早の姿を、寄り添いながら嬉しそうに見つめる2人の幼い姉弟…。
 歌い終えた後、会場にいたすべての人たちが千早を祝福する中、笑顔で手を振る幼い千早と優の姿を目に留めた彼女は、笑顔を作りながらいっぱいの涙を流す。
 それは長い苦悩の果て、様々な人と紡いだ心の絆によって絶望の呪縛から解き放たれた、歌が大好きな1人の少女の歓喜の涙であった。

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 本編の流れを継承する形で導入されたEDのテーマ曲は、千早たちが披露したものと同じ「約束」。その歌に乗ってライブ後の各人の様子がゆったりと描かれているのだが、ほぼすべての映像に姿を見せているのは、幼い千早と優の幻だ。
 舞台裏に下がり、感極まって千早と抱き合う美希、千早の復活を喜ぶ面々、その知らせを受けて喜ぶ小鳥さんたち事務所待機組。それぞれの様子を陰からチラチラと見やる2人の表情は、これ以上ないほどに微笑んでいる。
 まるで千早の歌が多くの人を幸せに、笑顔にしたことを確認していくかのように。
 そしてラスト、幼い子供のように手をつないで事務所への帰路を急ぐ千早たち。春香ややよいが半ば強引に実施したのか、アイドルたちの仲の良さがよくわかる場面ではあるものの、千早が少し気恥ずかしそうに弱く手をつないでいるところが微笑ましい。
 そんな彼女はとある交差点の横断歩道で、前からやってきた2人の姉弟とすれ違う。他の誰にも見えていないであろうその姉弟は、しっかりと手をつないで横断歩道を渡りきり、千早と反対の方向へと消えていった。
 あの日、弟の手を握ることの叶わなかった千早。しかし目の前の姉弟は手をつないだまま走り去って行った。どこまでも楽しそうに、幸せそうに。

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 そんな2人の表情を見つめる千早の顔は笑顔であるが、同時に一抹の寂しさが浮かんでいるようにも見える。呪縛を振り切った千早は、もう幼い頃の思い出だけを拠り所に生きていくことはできない。今までそんな世界でずっと生きてきたからこそ感じた寂しさだったのだろうか。
 しかし今の彼女にあるものはもう過去の思い出だけではない。信頼という強い絆で結ばれ、「トップアイドルになる」という同じ目標を持って共に歩める、そしてどんな時でも彼女のことを想ってくれる大切な仲間たちがすぐ近くにいるのだ。
 千早はもう過去の思い出にすがらない。思い出もまた自分を支えてくれる大切なものの一つとして、いつまでも心の中に生き続けるものとなったのだ。
 幼い2人はそんな千早の変化を見届けて去り、千早はそんな2人に自分はもう大丈夫であることを伝えたのかもしれない。そんな風に感じられるクロージングであった。

 今話に関しては今更「今話のテーマ」的なものをここで説明する必要はないだろう。その上で敢えて言うならば、今話は1話から19話までのすべての挿話があって初めて成立する話でもあった。
 無論これまでの話の中で、千早と他のアイドルたち全員の信頼関係や絆といったものを、殊更に強調してい描いてきたわけではない。しかしアニマスという作品に限って言えばそれが正解なのだ。
 信頼関係というものは、それこそゲームのように大きなイベントが起きて初めて深まるわけではないし、明け透けな言い方をするなら、いわゆる「フラグ」を立てれば簡単に成立するような代物でもない。
 アニメ版アイドルマスターという作品は、19の挿話の中で少女たちのアイドルとしての日常を丹念に描いてきた。彼女たちにとっては何気ない日常風景を積み重ねていく、その積み重ねの中に信頼関係が築かれ、育まれていく様を活写してきたのである。
 信頼とは特別なイベントやフラグによってではなく、共に過ごした日々の中で静かに、そして確かに育まれるもの。作品はその理念をさり気無いながらもしたたかに主張する。その理念が最大限に炸裂したのがこの20話であったと言えるだろう。
 千早と直接かかわる存在を春香に設定したことは、そんな作品の理念を体現するものとして、まさしく正しい判断であったと言える。
 今更言うまでもないことだが、春香は「アイドルであることを除けば普通の女の子」という性格の少女である。11話で千早の家を訪れた時も、気の利いたセリフ一つ言うことはできなかったし、今話にしても「親なら子供の心を開くことができる」という一般的な常識を持って千早の母親に接してもいた。
 特別な能力など持たず、器用に立ち回れるような要領の良さなど持ち合わせているはずもない、本当に普通の女の子。それが天海春香という少女なのだ。
 だがそんな彼女だからこそ、千早の心を救う最も大きな存在となることができた。絆で結ばれた千早という友人を想い案じ、彼女のために何かをしたいとあきらめずに奮闘し続ける。何のことはない、春香は千早を大切に想っている、それだけのことである。ただそれだけのことをどこまでも想い続けること、それが何より強い力と絆を生み出す源となった。
 春香は特別な力などない普通の少女だからこそ、普通の少女、ひいては普通の人間がごく当たり前に持っているはずの善性、すなわち「仲間を大切に想う」気持ちを誰よりも強く発揮した。それは春香でなければできないことだったのである。
 そしてそんな春香を触媒として他のアイドルたちの善性も引き出され、「千早のために」というただ一つの目的のために集約され、最大限の力を発揮し、千早の凍てついた心を溶かす。それが今話のすべてだったのだ。
 「人の幸せを喜び、人の不幸を悲しむことが、人間にとって最も大切なこと」とは、とある偉大な漫画家が自作の中で述べた理念であるが、彼女たちはその「最も大切なこと」を皮膚感覚で理解していた。
 ごく自然に仲間を想い、人を思いやる事の出来る少女たちがアイドルとして、多くの人たちに幸せを与える世界。制作陣の創造したアニメ版アイドルマスターの世界とは、どこまでも人間らしい優しさに満ちた暖かい世界であったと言えるだろう。

 と、ここまで感想を書いておいていささか反則気味ではあるが、少々言い訳めいたことを書いてみると、上記の感想だけで20話の魅力が伝えきれたと言い切ることはできない。それだけ今話はワンカット、ワンシーンごとの情報量が非常に多く、一度にそれらすべてをフォローした上で感想を書くことは、情けない話ながら僕の筆力では到底及ばないことだった。
 (かと言って今までの話はすべて一度の感想の中で魅力のすべてを伝えられたのかと聞かれたら、ノーと答えざるを得ないのだが。)
 当ブログで扱いきれていない分は他の感想ブログを見ていただければ良いのだが、ここまで感想を書いた身としては、やはり直接映像作品を視聴されることをお薦めしたい。
 今話のみではなく、出来れば1話から順番に見てもらえれば、今話の素晴らしさをきっと理解して頂けると思う。

 さて次回。

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 再び一つとなった765プロアイドルの絆。そんな彼女たちを待ち受ける次の問題とは何であろうか。
 …ちなみに余談ではあるが、今回の予告編は高木社長役の大塚芳忠氏とプロデューサー役の赤羽根健治氏がコミカルなやり取りでナレーションを行っているが、本編のシリアスな空気に圧倒された後に用意されたこの予告編は、良い意味で視聴者を脱力させ、張りつめた緊張を解きほぐす効果があった。
 制作陣にそこまでの狙いがあったかどうかは不明だが、本当のところはどうだったのだろうか。
posted by 銀河満月 at 01:33| Comment(0) | TrackBack(17) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

アニメ版アイドルマスター19話「雲間に隠れる月の如く」感想

 765プロに所属しているアイドルのほとんどは、大体が開けっぴろげな性格である。アイドルを目指す理由のような単純なものから、自分の持つコンプレックスと言った負の面に至るまで、積極的に隠すことはあまりしない。
 それはやはり長いこと同じ事務所に所属して切磋琢磨してきた者同士が築いた、確かな信頼感に由来している部分も大きいであろうことは、今までの挿話を見ていれば容易に想像のつくことである。
 同時に「性善説」と言った観念論を持ち出すほど大仰なものではないが、一見バラバラな彼女たちの個性的な性格の大元には、皆総じて強い善性が根付いており、だからこその態度であると見ることもできよう。
 しかしそんな765プロアイドルの中にも、自分の中に抱えた大きな秘密を、誰にも漏らすことなく隠し続けている者が2人いる。
 その1人は言うまでもなく如月千早。そしてもう1人が、今回の19話で焦点の当てられたアイドル・四条貴音である。
 1話からの流れを改めて振り返ってみると、アイドルではない一少女としての側面が、貴音以外のアイドルに関しては皆何かしらの形で描かれてきたのだが、しかし貴音についてはそのような側面が描かれたことは一切ない。1話で彼女自身が述べたとおり、「トップシークレット」との言の下に彼女のプライベートはまったく描写されてこなかったのだ。
 仲間たちと強い信頼や絆で結ばれながらも、ある部分で明確に一線を引き、その部分に関してのみ仲間たちとも距離を取る。そんな微妙なバランスを常に取り続けているのが、四条貴音という少女なのである。
 そんな彼女が中心となって描かれる物語。わずかでも彼女の知られざる一面に触れることができる話となっていたのであろうか。

 穏やかな朝の陽ざしの中、目を覚まし横たわっていったベッドから体を起こし、伸びをする貴音。…とそこにかかるスタッフの「OK」の声。
 残念ながら貴音のプライベートというわけではなく、撮影風景の一環であったようだ。
 1話のモキュメンタリーもそうだが、アニマスの製作陣はこの種のブラフをよくかけてくる。尤もまず視聴者の興味を掴むことが必定という点では、アバンの冒頭にこのようなシーンを挿入することは正しい演出法とも言えるのだが。
 と言ってもまったくのブラフというわけでもない。労いの声をかけるプロデューサーに、貴音は自分の演技について確認を取る。それは演技の良し悪しではなく、「パジャマを着た女性が迎える朝」を自分なりに考えて演技したからであり、その演技そのものがシチュエーションに正しく符合していたのかという不安からのものだった。
 その貴音の言葉から、恐らくパジャマを着てベッドで寝るという生活はしていないであろうことが予想されるわけで、あくまで想像ではあるものの貴音のプライベートの一端に触れられる機会は用意されていたのである。
 プロデューサーもそんな想像を働かせたのか、普段はパジャマを着ないのかと質問するが、貴音は例によってそんなプライベートに対する質問をさらりとかわす。
 何ともつれない態度ではあるが、対するプロデューサーは殊更それを追及することなく、話を切り替えてパジャマ姿の貴音の容姿を素直に褒める。この絶妙な切り返しは彼の成長、と言うよりは努力の賜物と言ったところか。
 4話の時点ではプロデューサーでありながらプロデュースしているアイドルたちのことを把握しておらず、12話ではプロデューサーとして接するあまり、目の前にいる少女が「少女」であることを忘れてしまっていた彼も、今や各人の個性に合わせて接し方を変えられるまでになったというわけだ。そこにプロデューサーとして陰ながらの努力があったであろうことは、容易に想像できる。
 話題の転換は貴音がプライベートを詮索されることを快く思っていないことを知っていればこそであるし、仕事内容ではなく貴音自身の容姿を褒めるあたりは、アイドルと年頃の少女、どちらの貴音とも同質の存在として向き合っていることの証だろう。
 貴音がその容姿を褒められた時に、いつものような超然とした態度を示さず、頬を染めつつ少し微笑んだのは、そんな彼の向き合い方に戸惑いや気恥ずかしさ、そして嬉しさといった歳相応の少女らしさが引き出されたからではないだろうか。
 同時にプロデューサーの貴音という女性への接し方は、後半へのちょっとした伏線にもなっていることに留意されたい。

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 しかし世の中はプロデューサーのような気遣いをしてくれる者ばかりではない。謎とされる貴音の過去やプライベートを、765プロ側の単なる宣伝上の戦略と断じて一瞥するのは、言うまでもなく961プロの黒井社長だ。
 黒井社長に限らず765プロの外にいる人間の側からすれば、貴音の謎も単なる宣伝戦略の一環としか受け取られないところもあるだろう。そういう意味では珍しくリアルな解釈のされ方とも言えるが、ゲーム版からのファンであれば、ここで「アイドルマスターSP」のことを思い返したのではないだろうか。
 「SP」中では黒井社長本人が貴音の謎めいた部分を積極的に戦略に組み込んで売っていたわけで、同じやり口をアニメでは、つまり他人が行っている場合であれば蛇蝎のごとく拒絶するというのは、極めて滑稽極まりない図であり、他人の思考や行動に対してどこまでも自分の価値観でしか推し量ることができないという点も含め、黒井社長の小物ぶりを強調する演出であろう。
 今までの様々な策略をはねのけてきた765プロに業を煮やしていた黒井社長は、765プロを一気に追い詰めるべく、子飼いのパパラッチである渋澤記者を呼び付け、貴音の身辺を探らせようと企む。
 ゲーム版「1」での善永記者に相当する765プロ陣営に協力的なマスコミ人として、アニマスでは善澤記者が設定されていたわけだが、今度はゲーム版における悪徳記者的立場のマスコミ人が登場したわけである。

 そんな策略が進行していることなど露知らず、貴音は今日もイベントを無事に成功させ、楽屋でインタビューに答えていた。
 話題が食べ物のことに移るやいなや、仕事であることを忘れたかのように食べ物の話に夢中になる姿は、いかにも健啖家の貴音らしいが、プライベートを明かすことを拒む傾向があるにもかかわらず、食に対する好みに関して自ら進んで話してしまうあたりは、年齢相応というよりも若干の子供っぽさや美希とはまた違ったベクトルのマイペースさを感じさせて、貴音という人物像に少しばかり深みを加えているように見える。

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 楽しそうに話をしている貴音を見やりながら、改めて自分たちは貴音のことをよく知らないと述懐する春香、やよい、雪歩の3人。
 ここで注意しなければならないのは、彼女たちが知らないのはあくまで貴音の私的な部分のみであって、貴音の人となりは十分に知っているという点である。そうでなければ同じ事務所の仲間としての信頼関係や絆といったものを築けるものではないし、貴音と彼女らが強い絆で結ばれているということは、今更言を費やして語る必要もないほどに明確なことだ。
 765プロのアイドルは別に互いの過去やプライベートを把握したから仲良くなったわけではない。それぞれ今現在、目の前にいる仲間たちと全力で向き合い接し、共に努力してきたからこそ、強い信頼関係を築くことができたのである。
 そんな彼女たちにしてみれば、貴音の謎とされる私的な面を不思議には思っても、わざわざ必要以上に追及しないのは当然のことなのだ。追及すること自体、彼女らにとっては意味のないことなのだから。
 さらに言えば貴音も頑なにプライベートを明かすことを拒否しているわけではないということも、貴音の故郷が「古い都」であることを本人から聞かされたという雪歩の話から類推され、貴音の持つ謎めいた部分が、彼女らの良好な関係に水を差すような代物にはなっていないということも窺い知れる。
 過去にこだわらず現在と未来を見据える765プロアイドルの姿は、そのまま過去にこだわり暴くことに血道を上げる矮小な存在にすぎない961プロとの対比になっていると言えよう。
 次の撮影現場に移動する最中も、食に対する思いを情熱的に語る貴音だが、そんな彼女にプロデューサーは、撮影が終わったら一緒に食事へ行くかと提案する。
 その提案に貴音は珍しくはっきりと嬉しさに溢れた表情を作って喜ぶが、これが単に食事ができるが故のものだったのか、それとも誘ってくれた相手に対して少し想うところがあったからこそのものだったのか、劇中ではそれ以上の描写はなされていないが、一考してみる価値はあるかもしれない。

 撮影も順調にこなす貴音であったが、ふと何者かの気配を察して厳しい視線を向ける。イベント会場でも貴音を見張っていたその人物とは、言うまでもなく黒井社長に雇われた渋澤記者だ。

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 しかしここでその「気配」についてプロデューサーに一言の報告もしなかったことが、後にまで尾を引くことになってしまうとは、さすがに貴音も気付いていない。
 さて撮影は無事に終了したものの、プロデューサーは急な仕事が入ってしまったため、貴音と一緒に食事へ行くことができなくなってしまった。「仕事なら仕方がない」と一応納得はしたものの、表情から見るに貴音はかなり不満なよう。
 1人徒歩で帰ることにした貴音は自動車移動するプロデューサーと別れることになるが、その際のプロデューサーとのやり取りがなかなか微笑ましい。
 1人で帰れるかというプロデューサーの懸念に、不満そうに「子供ではありません」と返す貴音の姿は、11話を始めとした他のアイドルを叱咤する際の凛とした態度とは正反対のもので、そこには一緒に食事に行けない不満だけでなく、年上の男性であるプロデューサーに対するちょっとした甘えも込められているように見える。
 貴音という少女は基本的に誰かに頼ることをしない。それは彼女の中にある使命感から来るものであるが、その使命感が頑なであるが故に、彼女が本来持つ少女らしい一面を押し殺してしまっているという側面もあった。ゲーム版の「SP」や「2」では、そんな彼女の頑なさをプロデューサーが解きほぐしていく過程が描かれたが、張りつめていた糸をほんの少しだけ緩ませたような今回のこのシーンは、ゲーム版での描写を換骨奪胎したものと言え、同時に今話のテーマを象徴する重要な伏線でもある。
 プロデューサーと別れた貴音は、事務所への帰路につきながら1人街を散策する。と言っても目に飛び込んでくるのが飲食店ばかりというのが貴音らしいところではあるが、こんなところからも彼女の明かされざるプライベートが断片的にとは言え想像できるようになっているのだから、まったく抜け目のない構成だ。

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 そんな折、貴音は道端で初老の紳士とぶつかってしまった。その拍子に紳士が落とした財布をすぐに手渡す貴音だったが、その丁寧な態度に感じ入ったのか、お礼にと紳士は貴音をすぐそばのレストランへ食事に誘う。
 しかしそんな穏やかな光景までも、渋澤記者のカメラにはしっかりと、悪意を持って押さえられてしまっていた。
 テレビ局でジュピターが「Arice or Guilty」を熱唱する一方、別室で渋澤記者から届けられた写真を見てほくそ笑む黒井社長。

 果たして写真週刊誌には、貴音の芸能事務所「エルダーレコード」への移籍についての記事が掲載される。貴音があの時一緒に食事をした紳士は、このエルダーレコードの社長だったのだ。もちろん2人は偶然その場で出会っただけなのであるが、その偶然を黒井社長たちの悪辣な意志により、歪められて利用されてしまったのである。
 プロデューサーや律子が対応策を案じる中、貴音を引きとめてと訴えてきたのは響、雪歩、やよいだった。良くも悪くも根が素直な3人は、貴音の移籍話を真に受けてしまったようで、プロデューサーから移籍話を否定されてもまだ不安を払いきれない様子。

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 比較的貴音と行動を共にすることの多い響が慌てるのは当然として、他の2人が11話で貴音から叱咤激励を受けた雪歩とやよいであるというのが、これまでの話をきちんと踏まえた上でのキャラ配置となっていて面白い。
 しかしこの3人ではあまり深刻な雰囲気に徹しきれないというのも御愛嬌。出勤してきた貴音に真偽を問いたださず、まず引きとめようとするあたりもそうだが、その手段がサーターアンダギーや柿の葉茶といった「食べ物で釣る」やり方というのが最たるものだろう。一応貴音の性格や嗜好を的確に捉えているわけでもあるところが尚更おかしさを増している。
 それに比してプロデューサーと律子、それに小鳥さんといった大人勢は、総じて冷静な態度を取り続けており、そのコントラストが互いの描写をより明確に際立たせていた。
 そんな3人を抑え、社長室で貴音に真偽を問いただすプロデューサー。響や雪歩の出したサーターアンダギーや柿の葉茶を、貴音がしっかり平らげたと思しき描写を挿入するのは芸コマであるが、それとは全く関係なく、貴音は己の軽率さを恥じる。
 その一方で、貴音はあることをプロデューサーに告げた。
 話し合いは終わり、改めて雑誌の記事がデタラメであることがプロデューサーから告げられ、安堵する響たち。
 善澤記者からの情報で写真を持ちこんだのが961プロに関係のある人物であることが判明したが、765プロとしては当面の善後策を立てることの方が重要であった。
 エルダーレコードの社長は海外出張中で連絡が取れないため、エルダーレコード側と話がつくまでコメントを控えることにし、貴音は仕事上の露出を抑えることにしようとするが、それを制したのは貴音自身だった。
 自分にやましいところはないのだから普段どおり仕事に励むという貴音。彼女の表情からはいかにも貴音らしい毅然とした強さが感じられるが、このような時でさえいつもと変わらぬ強さを発揮できたのは、本人の性格に拠るだけでなく、プロデューサーとのやり取りが関係していることが、後々にわかってくる。
 しかし765プロ内での騒ぎは一段落したかと思いきや、プロデューサーと何やら密談しているところが目撃されたり、1人だけ別行動を取ったり正体不明の人物と電話をしていたりと、どうにも不可解な行動を取り続ける貴音。
 そんな彼女を響たちが訝しがるのは無理からぬことであった。その疑いは「『おじいちゃん』から手紙をもらって何かを決めた」と漏らしていたという美希からの情報を聞かされることでより深まり、一度は否定された移籍問題が各人の頭をよぎる。
 この一連の8人のやり取りは、、多人数での会話の中で各々の個性を細やかに描く見せ方が取られている。第1クール期挿話群の中でよく見られた演出だが、2クール目に入ってからは久々のことだ。
 移籍問題のことで不安がるのが響、雪歩、やよいの3人であるのは変わらないが、そんな彼女らを取りなす中にも貴音やプロデューサーへの強い信頼感を覗かせる春香や、貴音の性格を理解した上で冷静な意見を述べる千早、若干この事態を楽しんでいるようにも見受けられる態度の真美、思ったことを素直に口にしてしまうマイペースな美希、そんな美希の言葉を聞いて不安がってしまう小心さを露呈している真といった具合に、短い時間の中で8人の個性を無理なく描写するその巧みさは、1クール期の頃から少しも衰えていないことがよくわかるだろう。
 8人は貴音の真意を確かめるべく、様々な方法でとにかく貴音のそばに常時居座り、行動を共にしつつ彼女を見張ることにする。
 貴音の持ち歌「フラワーガール」をBGMに、そんな8人の行動とそれに振り回される貴音の様子がコメディタッチで描かれるが、美希がこの「作戦」に関わった描写がないのは、先述の会話シーンでただ1人移籍に肯定とも否定とも反応しなかったためだろうか。響と真美が一際露骨に見張り続けるために、かえって2人の方がおかしくなってしまっているところが面白い。

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 このようなシーンに恋愛を歌っている「フラワーガール」が使われるのはかなり不自然に思われるが、貴音のライブ風景から連続して繋がるこの一連のシーンにおいて、話の流れを断ち切らないようにするための措置というところか。尤も「早く見つけてよ王子様」のところで真が登場したり、「そうよ指の先まで真っ赤になるわ」の部分で響と真美が貴音の全身を、それこそ指の先までしっかり凝視していたりと、歌詞とシチュエーションとを符合させたお遊び要素も含まれているとと考えることもできるだろう。

 さてそんな周囲の変化に貴音が気付かないはずもなく、今もちょうど貴音と一緒にいた春香たちにその疑問をぶつけるが、春香はどうにかとりなした後、すぐそばで行われていた縁日へと貴音を誘うことにする。
 屋台で買い物をする春香たちから少し離れたところで、千早は貴音に皆が不安を抱いていることを伝える。目を離したそのすきに、貴音がどこか遠いところへ行ってしまうのではないかと。
 千早のその言葉に貴音も皆が不安を抱く理由がどこにあるかを悟り、不安がらせてしまったことを謝る。だがそれでもなお貴音は自身のことを多く語ろうとはせず、縁日に来てすぐ春香たちに買ってもらったものなのか、頭に付けていた狐のお面を被り、「誰にも他人に言えないことの一つや二つはあるもの」と口をつぐむ。

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 そして自分にもそんな秘密があるのではないかと指摘された千早は、不意に耳に飛び込んできた「姉ちゃん」の言葉に、遠い過去の記憶を呼び覚まされる。思い出の中にいる男の子と、水風船で楽しく遊んだ日のことを。

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 破裂した水風船の音で我に変える千早。水風船を落としてしまい、姉を呼んで泣く小さな男の子と、そんな男の子の元に駆けつける姉と思しき女の子。仲良さそうな姉弟の姿を千早は悲しそうな表情で見つめる。
 冒頭に記述したとおり、貴音と同様に千早という少女もまた、胸の内にとある大きな秘密を抱え込んでいる。そういう意味では千早と貴音は極めて似通った存在であるが、同時にまったく違う存在であるとも言える。
 両者の決定的な違いとは、隠している秘密に対するそれぞれのスタンスだ。もちろん2人が抱えている秘密の内容による差もあろうが、千早は自分の秘密に自分自身が触れることを極端に恐れている節がある。16話冒頭での夢が悪夢的演出であったこと、その秘密と強く関連しているであろう母親からの一連の電話を疎ましげに扱っている点などからも、それは十分に察せられることだろう。
 千早の場合は敢えて秘密にしてきたというよりも、彼女がそのことを意図的に遠ざけた結果、周囲にとっても恐らく自分自身にとっても「秘密」という触れ得ざる形になった、と言った方が的確かもしれない。
 対する貴音のスタンスは、狐のお面を被るその仕草に集約されていると言っても過言ではない。彼女は自ら進んで秘密の仮面を被っており、仮面を被ること、つまり秘密を持つこと自体は否定していないのである。
 秘密を秘密として割り切り、それに引きずられることのないある種の余裕と言うか、度量の広さを保ち続けるというのが、貴音の振舞い方なのだろう。狐のお面を被る時、貴音の口元が少し微笑んでいたのは、そんな精神的余裕から来ていたものだったのかもしれない。
 思い返せば4話において千早は、自身の秘密に強くかかわっている「歌」にこだわりすぎたために、当初は仕事をうまくこなせなかったが、そんな千早に貴音は同じ「秘密を抱える者」でありながら、その秘密に縛られない自由な見識で千早にアドバイスを送っている。この時点で2人の「秘密」に対する向き合い方の違いが暗に示されていたと言ってもいいだろう。
 (さらに言うならゲーム版「SP」や「2」では、他ならぬ貴音本人が自分の秘密に縛られてしまっており、それをプロデューサーとの触れ合いの中で解消していくというのが、彼女の物語の大筋であった。そんな彼女がアニメ版ではゲーム版での自分と同じような考え方に囚われてしまっている人物に、別の見方を指し示す役割を担っているというのも、面白い話である。)
 貴音の秘密のメタファーとして機能しているのが、取り外しが容易なお面であるという点も、時に頑なになり時に闊達になるという貴音本人の性格を表していると言える。
 そう考えて見てみると、千早に「いつか秘密を話せるようになるといい」と述べた時にお面を外していたのは、そこに貴音自身の本音が込められていたからとも取れて意味深だ。
 辛い記憶を思い出してしまった千早はそのまま皆と別れ、水風船を持ってある場所へ向かう。その場所とは墓地であった。
 お墓に水風船を供え、手を合わせる千早。と、そこに1人の女性が現れ、千早は顔を強張らせる。その一連の様子もまた、渋澤記者のカメラに捉えられていることなど知らずに。

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 961プロの社長室で今日もまた密談にふける黒井社長と渋澤記者。しかし春香たちが貴音を見張るためにいつも彼女と行動を共にしていたことが功を奏したのか、彼らの望みを達成できそうな収穫ある写真を撮ることはできないでいた。
 移籍問題のことを確かめるために始めた春香たちの行動は、彼女らも知らないうちに貴音を悪意から守るという成果を発揮していたのである。いささか空回り気味ではあったものの、大切な仲間を想っての行動は、本人たちも意識していないところで十分仲間を守っていたというわけで、このような偶発的な部分においても彼女ら765プロアイドルの
 そんな中、墓地での千早と彼女の前に現れた女性とが写された一枚の写真に目をつける黒井社長。どうやら何か感じるものがあったようだ。このあたりの目ざとさというか嗅覚のようなものは、ジュピターを発掘したことを考えても非常に秀でていることがわかるのだが、それが悪だくみにしか生かされないのは残念な話ではある。敵役にふさわしいと言えばそうなのだが。
 退室した渋澤記者はちょうど廊下にいたジュピターと鉢合わせする。移籍騒動を持ち上げたパパラッチである彼が社長室から出てきたことにより、騒動の仕掛け人が黒井社長だということが冬馬の知るところとなる。
 彼は実力で765プロに勝利することを望んでいるというのは、14話以降幾度となく触れられてきたことであるが、自分の陣営に属するアイドルでさえも己の野望のための駒としか見ていない黒井社長は、そんな冬馬の熱意もまったく意に介さない。
 自分の能力に絶対の自信を持っており目指す目的も同じという、それこそ似た者同士の2人であるが、にもかかわらず生じてしまう齟齬。だがそれは自分の目的を達成するためとはいえ、血の通った人間を「駒」と呼んではばからず、そこに人として当然の感情や思考が存在していることを忘却してしまっていた時点で、必然的に迎えるべき帰結だったのかもしれない。
 その一旦の帰結を経てジュピターの3人が迎える結末は如何様なものとなるのだろうか。

 さて貴音の方はというと、「万代警察署」なる警察署の一日署長イベントに参加していた。女性警官の制服に身を包み笑顔で挨拶をする貴音に、集まった観衆も湧きかえって声援を送る。移籍騒動などどこ吹く風といった具合の勢いは、渋澤記者が思わず脇に追いやられてしまうほどだった。

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 警察署前で貴音が祝辞を述べている際、他のマスコミに遮られて貴音の顔すら満足に拝めないという滑稽極まりない姿をさらけ出しており、彼の記者本来の能力の低さを露呈していたと言えるだろう。尤もこのシチュエーションは、後述のとある状況に渋澤記者を追い込むための伏線でもあるのだが。
 ただこれらの人気ぶりは渋澤記者本人が述べたとおり、移籍騒動の件もあって逆に貴音への注目度が高まっていたからという事情もあり、貴音にとってみれば次に何か付け込まれる隙を見せてしまったら、それが961プロ側にとっての「次の一手」になってしまうわけで、かなり厳しい状況でもある。
 しかしそんな状況下でもなお貴音はいつもの佇まいを崩さない。それにはある理由があった。
 イベントに参加した関係者と順に握手を交わす貴音の前に姿を見せたのは、渦中のエルダーレコード社長。彼は移籍騒動の件で迷惑をかけてしまったことを、素直に貴音に謝罪する。
 だがそんな様子を渋澤記者が見逃すはずもなく、絶好の機会とばかりに人込みをかき分けて貴音の前に飛び出してきた。
 彼にしてみればいつもどおり?にこっそり写真を撮りたかったのかもしれないが、人込みに揉まれて貴音をろくに見ることもできない状態だったからこそ前面に飛び出さざるを得ない。人込みの多さそのものが彼自身を追い込むための伏線として機能していたというわけだ。
 飛び出してきた渋澤記者に対し、貴音は臆することなく相手を睨みつけ「ずっと自分の後を付けていた者」と糾弾する。自分の素性が知られていたことに驚き逃げようとする渋澤記者の前に立ちはだかったのはプロデューサーだ。
 思わず渋澤記者が口走った「765プロ」の言葉から、961プロ側の関係者であることを確信したプロデューサーは彼を押さえ込もうとするが、逆に投げ飛ばされてしまう。柔道黒帯の腕前と嘯いて逃げようとする渋澤記者に、貴音は何と携帯していた拳銃を向けた。
 笑えない冗談と一笑に付す渋澤記者に対し、「ジョークは苦手」とその威圧を緩めず銃の撃鉄を起こす貴音。そんな彼女に業を煮やしたか、はたまた本気で取り押さえようとしたのか、貴音に飛びかかる渋澤記者。
 だがそんな彼の足にプロデューサーがしがみついて動きが鈍った一瞬をつき、貴音は見事に華麗な投げ技を決めて渋澤記者を叩き伏せる。
 渋澤記者は貴音を陥れるため、散々彼女を追い回した挙句に捏造記事をでっち上げるという小狡い策を弄してきたわけだが、その結果として最後には貴音やプロデューサー、引いては公衆の面前に姿を晒す羽目になり、さらに標的の貴音本人に仕留められるという情けない末路を迎えてしまったことは、この事件により貴音の株が上がったことも含め、これ以上ないほどに痛烈な皮肉だった。
 構えていたおもちゃの拳銃を空に向かって撃ち放ち、舞い散る紙吹雪や万国旗を見やりながら「本当はジョークが得意なのです」と小粋な演出まで添えてみせる貴音の姿には、まさに「銀色の王女」と呼ぶにふさわしい風格を見ることができることだろう。
 
 これにて事件は一件落着、移籍の件もエルダーレコード社長の「片思い」であったということで決着がついた。
 事務所でラーメンを食べながら事件を伝えるテレビ番組を視聴し、ようやく胸をなでおろす一同。
 サポートにもなれなかったと自嘲気味に語るプロデューサーに、打ち合わせ通りに2人でパパラッチを追いつめたからこそ事態を解決することができたと、感謝の言葉を述べる貴音。
 移籍騒動が起きたあの日、社長室でのやり取りの中で、2人は貴音をつけ狙っている者を見つけ出すための計画を立てていたのだった。明言こそされていないものの、一日署長イベントでの出来事も計画の一端であったらしい。
 その時のことを回想しつつ、貴音は「ほうれんそう」こそ勝利の鍵と呟く。
 あの日、騒動の起きる以前から貴音は何者かの視線を感じていたものの、それを誰にも知らせなかったことをプロデューサーはたしなめた。社会人としての基本である「報告・連絡・相談」、すなわち気になったことがあれば自分1人の胸に収めず、自分を信頼してきちんと伝えてほしいという言葉に、ハッとする貴音。
 貴音は仲間のアイドルたちのことはもちろん信頼している。だからこそ時には4話や11話のように仲間を叱咤したり、13話のように仲間を信じて大事な局面を任せることもできた。
 プロデューサーにおいても同様の信頼を置いているということは、6話でプロデューサーが仕事を得るために奔走していた際、空回りしていることに気づきながらも「自分たちのためにやってくれていること」と理解を示していることからも容易に窺えよう。
 しかし彼女は同時に今まで書いてきたとおり、大きな秘密を抱えているが故にプライベートなことに関しては口をつぐみがちだった。周囲の人間を信頼していながらも、自らの公的な部分と私的な部分とで明確な一線を引き、その線の内には誰も立ち入らせない頑なさも持ち続けてきたのである。
 だがプロデューサーはそんな貴音の姿勢は批判することなく、周りの人間からの貴音に対する信頼感に、もう少し素直に身を委ねても良いとアドバイスをしたのだ。
 貴音がみんなを信頼しているように、みんなもまた貴音のことを信頼している。その気持ちに少し甘えて私的な部分を見せてみてもいいのではないかと。
 その言葉はアイドルを「アイドル」としてしか見ない人間であったら、決して浮かんでこない言葉でもあった。様々な経験を経て、プロデュースしているアイドルたちをアイドルとしてだけでなく、1人の人間、少女としても接し、私的な面を尊重することができるように成長したプロデューサーだからこその発言だったのだ。
 アバンで貴音に向けた何気ない、しかし彼のプロデューサーとしてのスタンスを明確に示した言葉や態度は、ここに結実するのである。
 貴音が渋澤記者を投げ飛ばした際に言い放った激しい叱責は、単純に大の男が女に対して手を上げたという恥知らずな行為への軽蔑もあったろうが、同時に貴音をアイドルという取材対象としてしか終ぞ見ることのなかった男に比して、アイドルであると同時に年頃の少女でもある、どちらの貴音とも等しく誠実に向き合ってくれたプロデューサーへの感謝の気持ちからこそ発せられたものではなかったろうか。
 プロデューサーは確かにあのイベント会場において、渋澤記者を取り押さえるのにそれほど貢献できたわけではない。しかし貴音にとってはプロデューサーが自分を守るために、自分と共に計画を立てて行動してくれたことそれ自体が、非常に嬉しく感謝すべきことだったのだ。
 結果よりもまず自分を素直に委ねることができたこと、プロデューサーが自分を委ねられる存在であってくれたこと、そこにこそ喜びを見出していたのだから。だからこそ彼女は立場としては追い込まれていながらも尚、強くあり続けることができたのである。
 この流れや描写も、最初は一線を引いた態度を取りながらも、それぞれの話の中でプロデューサーへ徐々に信頼を置き、自分を委ねるようになる様を描いてきた、ゲーム版「SP」と「2」における描写の折衷と言えるだろう。
 縁日で千早と会話をした時、貴音が若干千早のプライベートにまで突っ込むような形でアドバイスをしたのも、プロデューサーとの一連のやり取りを経て、「信頼した相手に自分を委ねる」ことの大事さを学んでいたからかもしれない。
 そして貴音のために奔走したのはもちろんプロデューサーだけではなかった。春香たち765プロアイドルの面々も、貴音やプロデューサーの真意にこそ気付かなかったものの、公私の隔てを越えて彼女を案じ想い続けたのである。
 今回はプロデューサーとの計画を既に立てていた関係上、そんな彼女らの信頼に貴音が甘えることはなかったが、これからはきっと彼女たちの信頼に対し、素直に私的な部分をほんの少しならば見せられるようになるだろう。そんな心境の変化が、「高級フレンチよりもこうして食べるらぁめんの方が好き」という貴音の言葉からも窺い知ることができるだろう。
 それは765プロの事務所でみんなと一緒に食べる料理には、他のどんな料理にも存在しない、4話で貴音自身が言ったところの「究極の隠し味」が込められているからに相違ない。

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 夜、ビルの屋上に1人上がり、夜空に浮かぶ三日月を見上げる貴音。
 美希が聞いたという「おじいちゃんからの手紙」とは、古都に住む貴音の爺やから送られてきた手紙だった。
 その手紙から彼女の活躍を「くに」の人たちが皆喜んでくれていると伝えられた貴音は、「くに」の人たちへ想いを馳せる。
 彼女を応援してくれる人たちの存在が自分の励みとなり、そんな彼女の頑張りを見てその人たちも喜ぶ。そんな関係によって育まれる、「アイドルとして高みを目指す」という貴音の強い意志。
 「くに」から遠く離れた異郷の地にあっても、貴音は己の目標に向かって邁進し続ける。離れていても応援してくれる多くの人たち、そして何より自分のすぐ近くに自分を信頼してくれ、自分が心底から信を寄せる事の出来る最良の仲間たちがいるのだから。

 しかし彼女の見上げる同じ空を見やりながら、961プロの社長室ではまたも黒井社長が自信たっぷりにほくそ笑んでいた。彼は765プロを陥れるための新たな策を講じていたのである。
 仕事場の楽屋に置かれていた一冊の芸能週刊誌。それこそ黒井社長からの悪意に満ちたプレゼントだった。何気なくその雑誌を手に取った千早は、雑誌の表紙や中身を見て大きな衝撃を受ける。
 プロデューサーにはごまかしたものの、いざ仕事で歌を歌う段になった時、千早をさらなる苦しみが襲う。

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 声が出ない。どんなに歌おうとしても絞り出すように声を出そうとしても、まったく歌うことができなくなってしまった千早。
 言うまでもなくそれは件の雑誌のせいであった。雑誌には千早にとって最も辛く、それ故に誰にも話すことのなかったある事実が、興味本位の下卑た煽りで掲載されていたのである。

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 そんな急転直下の中で流されたED曲は、これまた貴音の個人楽曲である「風花」。未来を求めながら現在に囚われ続け、最後にはそのすべてに追い詰められてしまう切なさを綴った歌だ。
 今回の話の中で信頼できる仲間に少しだけ自分を委ねるということを学んだ貴音であったが、貴音がアイドル活動の先に求めるものについては、今なお仲間たちにも、そして我々視聴者にも明かされていない。
 今話のストーリー的にも貴音の謎自体に言及される類のものではなかったわけだが、だからこそというわけでもないのだろうが、EDでは映像を含めてそんな貴音の持つ謎によって生み出される彼女のミステリアスな魅力が全開に描写されている。
 満月をバックにした幻想的な映像がEDの最初と最後をそれぞれ締めているのが象徴的だ。
 十二単をまとった姿で満月を見上げていたり、貴音を応援する観客の中に爺やと思しき老紳士の存在が認められるのも興味深い。

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 アニマスの中で「仲間同士の信頼」は大きなテーゼの一つとして幾度となく描かれてきた。それにより彼女らが強い信頼で結ばれていること自体は、既知の事実として多くの人に認識されていることだろう。
 今話で描かれたのはそこから一歩踏み込み、信頼を置く相手に対して自分がどのように接するべきかを描いていた。
 いくつもの経験の中で765プロのアイドルは信頼や絆を育み、それによる10話でのアイドル大運動会優勝やファーストライブ成功といった、具体的な結果を残してもいる。
 では個人としてはどうか。個人として絆や信頼を示す物理的な「結果」とは何であるのか。これまで残してきた結果がマクロなものであるとすれば、今回はミクロな視点に立った上でその「結果」とは如何様なものになるのかを追求した話と言える。
 それを考えれば、他のアイドルよりも早いうちに自分の個を確立しながらも、それらすべてを明かすことがない故に集団の中では異質であり、同時に集団の一つとして溶け込んでいるという複雑な存在である貴音が、上述したテーマを題材とする話でメインを務めたのは、至極当然のことだった。
 765プロアイドルは既に集団としての繋がりを確たるものにしているわけで、そんな中で改めて集団の中にいる個の、集団内での在り方に迫ることができるキャラクターは、1話からずっと「個」としてぶれることのなかった貴音以外にはありえなかったのである。
 謎が多い故にどうしてもキャラクター描写に制限がついてしまう四条貴音という少女を、謎の部分を損なうことなく魅力的に見せるためには、最適解とまではいかずとも良質な方法であったと言えよう。

 貴音は早いうちに個を確立し、それがぶれることがなかったために、今話のような窮地に追い込まれても鮮やかに解決することができた。
 では個を未だ確立できていないアイドルであればどうであるか。それが次回、千早を通して描かれる物語であろう。

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 飛ぶ力を失ってしまった鳥は、再び大空を翔けることができるのであろうか。
posted by 銀河満月 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(11) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

アニメ版アイドルマスター18話「たくさんの、いっぱい」感想

 アニメ版アイドルマスターの第2クールは、今のところ全体の構成が第1クールのそれをトレースしたものになっているということは、1話から見続けている方であれば既知のことであろう。
 今現在の状況とその中における765プロアイドルの紹介に費やした1話と14話、アイドル全員での仕事風景を描写した2話と15話、特定アイドルに焦点を合わせながらも、アイドルとして成長していく姿を見せた3話4話と、ある程度まで成長したアイドルの己を顧みる姿を描いた16話17話、と言った具合である。
 アイドルとしてやっていく上での期待と戸惑いを活写していた5話については、まだアイドルとして芽が出ていない第1クール特有の話であるから除外するとして、順当に考えれば今回の18話は1クール期でいうところの6話に対応する話となるわけだ。
 6話で描かれたのは一歩先を進み始めた同じ事務所の仲間に対するプロデューサーの焦りとそこからの脱却という形での、言わばプロデューサー自身の成長だったが、18話でフィーチャーされたのは765プロに所属するもう1人のプロデューサーであった。
 言うまでもなくそれは、竜宮小町のプロデューサーを務める秋月律子である。
 自らも元々アイドルとしてステージに立っていたという経歴を持ち、プロデューサーよりも一歩先んじて竜宮小町というアイドルユニットを成功に導いた立役者の1人を待つのは、どのような物語なのだろうか。

 レッスンスタジオに響き渡る律子の指導の声。新曲「七彩ボタン」のダンスレッスンに励む竜宮小町の3人は、目下律子からの厳しい指導を受けている真っ最中だった。
 数日後に竜宮小町のシークレットライブを控えていることもあり、律子の指導にいつも以上の熱が入るのも当然というところだが、当の伊織、亜美、あずささんの方はその厳しさに少々参ってしまっている様子。

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 しかし疲れ気味ではあるものの、決してレッスン自体を否定したり拒絶しないところは、さすがプロのアイドルと言うところか。律子の指導も堂に入ったものになっており、ダンス中の伊織の指先がきちんと伸びていないと、自分で模範を示してもいる。
 その姿に「さすが元アイドル」とあずささんや亜美が感嘆する一方で、伊織には何も言わせず表情でその時の心境を表現させるのは、そのすぐ後、姿勢を維持できずに崩してしまった律子への若干のからかいの気持ちを込めた一言も含めて、伊織らしい小芝居であった。
 同時に現役の頃と比べると明らかにアイドルとしての能力が低下している律子の現状を、後の伏線として生かす意味で端的に描写しているのも巧みである。
 そんな4人の様子を見かけた春香や真は「仲が良い」と形容していたが、一緒にいた千早も含めた3人の様子もまた仲良さそうに見える微笑ましいものになっており、些細な描写の中にも765プロアイドル達の良好な関係がきちんと織り込まれていた(3人の団子状態も本人たちの身長に合わせた順番に並んでいて芸が細かい)。

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 そんな時、千早の携帯にかかってきた電話。電話口に出た時の千早の声のトーンが、直前の春香や真との会話の時とは明らかに異なる低い沈んだものになっていることから見ても、あまり喜ばしい内容、喜ぶべき相手からの電話ではないということが窺え、17話での同様の描写を鑑みるに、恐らく同じ相手からの電話であろうことを考えると、何ともやるせないものがある。
 16話以降続く千早のこの種の描写、今話に関しては16話や17話の時のような作劇上のギミックとしての効果は排され、純粋に千早個人の物語への伏線として描かれていた。
 個人的には多少引っ張りすぎの感は否めないが、それら伏線の先にあるものが、現在の如月千早という少女のアイデンティティそのものを形成しているものである以上、丹念に描写を積み重ねていかなければならないということもまた自明の理であろう。

 結局その日は1日レッスン漬けで終わり、へとへとになりながら事務所で休む竜宮小町の面々。
 あまりに厳しいレッスンに、思わず指導者である律子への愚痴をこぼしてしまう伊織と亜美だったが、その愚痴もしっかり律子は聞いてしまっていた。
 律子がそばにいないと思っていたからこその愚痴であったが、亜美が愚痴を呟いているその後ろで、貴音が画面外にいると思しき律子の立ち位置から二、三歩後に下がる描写があり、既に亜美が愚痴っている時点で律子がその場にいて聞いていたことと、基本的に物怖じしない性格の貴音が後ずさりしてしまうほど律子の様子、と言うより剣幕が凄かったことがそのワンカットだけでわかるようになっており、何気ないシーンの中に込められた各人の描写の濃密さには驚かされる。

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 愚痴を言っていた伊織たちに対し、例によって律子のお説教が始まる一方で、シークレットライブへのファンの反響の結果として、段ボール箱から溢れんばかりにたまったファンレターをプロデューサーに見せるのは小鳥さん。
 今月だけでこれほどのファンレターが届くほどの存在になれたのも、律子たち竜宮小町が頑張ってきた何よりの成果。それを素直に認めて喜ぶプロデューサーだったが、そんな彼がふと手に取った封筒の中には、律子のアイドル時代の写真が同封されていた。

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 慌ててその写真を奪い取る律子。それは律子がかつて行ったミニライブでのもので、送ってきたのは「プチピーマン」と名乗る律子の熱心なファンだった。その人は律子がアイドルを止めプロデューサーとなってからもそれを承知した上で、今は律子のプロデュースしている竜宮小町を応援しているという。
 アイドルを止めてからもなおファンとして応援し続けてくれる人がいることに対し、律子は照れとも嬉しさともつかない表情を見せる。「アイドルに復帰したくなってきたかな」という亜美の言葉を言下に否定するものの、頬を赤らめてしまった律子からは、その気持ちが自分の中に生じたであろうことが察せられ、律子の複雑な胸中を匂わせた。

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 しかしその気持ちがごく小さいものであろうことも、次の瞬間にはすぐ「プロデューサー」としての姿に立ち返り、熱っぽいからと先に帰るあずささんのことを細かく気にかけるあたりから容易に窺えるだろう。殊にあずささんへの注意の内容はいかにも理知的な律子らしいものであると同時に、竜宮小町のプロデューサーとしてだけでなく律子個人としてあずささんを心配する優しさも垣間見えるものになっていた。

 だがあずささんの体調は回復するどころか、ますます悪化してしまった。何と彼女はおたふく風邪にかかってしまっていたのである。
 それを踏まえて見返すと、熱っぽいと言ってあずささんが先に帰ろうとしていた時、いつものように頬のあたりに手を当てていたが、この時点で耳の後ろあたりに痛みを感じ、そこに手を当てていたのではとも考えられ、あずささんの急変にも得心の行く伏線が張られていたとも言える(おたふく風邪の場合、耳下腺と呼ばれる耳の下あたりの部分が腫れ、痛みを伴う)。
 回復には4、5日かかる見込みのため、あずささんのライブへの参加は無理と判断した律子は、なんとか伊織と亜美の2人だけでライブを成功させようとするが、あずささんのソロ曲はすぐに変更できるものの、「七彩ボタン」を始めとしたユニット曲のダンス編成まではそう簡単に変えられなかった。2人だけで踊ってはあずささんが抜けた分の隙間が目立ってしまうし、かと言って振り付けそのものを変えたとしても、練習に費やせる時間が短い以上、とってつけた感は否めない。
 伊織はあずささんの代わりに代役を立てることを提案するが、それには振り付けと歌をあらかじめ熟知している人間が必要だった。例え振り付けそのものを変更する必要がなくとも、ライブまでの日数が残り少ない以上、一から振り付けと歌を覚えてもらう余裕はないのである。
 しかしその時、伊織と亜美ははっきりと気付く。代役を務めるためのいくつもの難しい条件を完璧にクリアしている人材が、すぐ目の前にいることに。

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 言うまでもなくその人材とは律子のことだった。もちろん律子は拒むが是非にと頼み込む伊織たちの迫力に圧され、とりあえず時間をおいて考えることにする。
 その夜、事務所でどうにかして伊織と亜美の2人編成でライブを成功させるための算段を考える律子だったが、律子本人もかなり焦ってしまっているためか、いつものような理知的な面が立ち消えてしまっており、よい思案が浮かばない。その一方で「律子が代役に出る」案をプロデューサーからも勧められると、意固地になって拒絶してしまう。
 このあたりは計算外のことが起きるとうまく立ち回れなくなるという、律子本来の個性を生かしているが、そんな焦り故に律子はその場にいた美希へ、普段の彼女なら絶対に言わないであろう言葉をかけてしまう。
 美希に代役としての出演を求めた律子は、美希が以前竜宮小町に入りたがっていたことを引き合いに出したのだが、それは律子本人がすぐ自戒したとおり、明らかに調子のいい勝手な言い分であった。

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 しかしそんな律子に対し美希は反論もせず、律子が代役として立つことを笑顔で勧める。自分より律子が入った方がもっと竜宮小町だと思うからというその理由は、いかにも美希らしいニュアンス的なものであったが、それは美希自身が12話と13話における一連の話の中で、アイドルとそれをプロデュースするプロデューサーの間にある特別な関係性を、皮膚感覚で感じ取ったからこそのものだろう。
 美希は自分をより輝ける存在へと導いてくれたプロデューサーへの信頼と、彼女を信じてすべてを託してくれたプロデューサーの美希への信頼とが、そのまま竜宮小町3人と律子の関係にも当てはまることを感覚的に理解していたのだ。信頼し合った時のアイドルとプロデューサーの絆は、より強くアイドルを輝かせる原動力になる。何も知らない状態からその過程と結果を直に味わった美希ならではの説得だったと言える。
 そして恐らくそのこと自体は律子本人もわかっていただろう。わかっていてあえて自分がステージに立つという選択肢を否定し続けてきた。もちろん1日限りとはいえ一度引退した人間がアイドルとしてやれるのかという不安もあったろうが、何より大きな理由は彼女がプロデューサーになった時に決めた信念にあった。
 中途半端なことはしない。竜宮小町を大切に想うからこそ、アイドルと兼業でプロデュースするようないい加減な態度は取らない。
 この信念はそのまま律子の自分自身に対する戒めにもなっていたのだろう。心のどこかにまだ残っているアイドル時代の自分に対する未練への。プチピーマン氏から届けられたアイドル時代の写真を見やった時の複雑な表情に、何よりそれが示されている。
 プロデューサーとしての信念、アイドル時代の自分への未練、アイドル引退後も自分を応援してくれるファンへの気持ち…。他のアイドルともプロデューサーとも違う、律子だけが抱く様々な想いが、あのわずかな間に浮かべた表情の中に凝縮されていたのだ。
 そんな複雑な想いのせめぎ合いの中で律子はプロデュース業に邁進し、今日まで一定の結果を出すことに成功してきた。だからこそ自分の信念を揺るがしかねないような結論に、簡単に飛びつくことはできなかったのだろう。
 そんな彼女の背中を優しく押す役割を担ったのはプロデューサーだった。彼は「竜宮小町のプロデューサーとして、この窮状を打破するのに最も適した存在は誰か」を考えればいいとアドバイスする。それは彼女の中で既に答えが決まっていることを見越してのアドバイスだった。
 律子本人の意志や信念よりもまずプロデューサーとして、プロデュースしているアイドルのために何ができるかを考える。それはもしかしたら律子自身にとっては酷なことだったかもしれない。しかし律子はまぎれもなく竜宮小町のプロデューサーであり、プロデューサーが第一にしなければならないこととは、アイドルが最高に輝ける存在になれるよう導くことなのだ。
 そしてプロデューサーは荒削りながらも、愚直なまでにその使命に取り組んできた。このアドバイスは他の誰でもない、彼だからこそ何よりも説得力を持つアドバイスであったと言える。
 同時に律子と比べてもプロデューサーはかなり冷静に現状を見据えた上で律子を推している点も見逃せない。律子はライブ数日前に発生した不測の事態を前に狼狽してしまっているが、思い返せばプロデューサーは13話において、ライブ当日にメインたる竜宮小町が開始時間に間に合わないという大きなトラブルを経験しているのだ。ライブでのトラブルを乗り越えたことは、アイドルのみならず彼自身をも成長させていたわけである。6話で充実した仕事をこなしている律子に対して焦燥感を抱いていた頃からは想像もつかない躍進ぶりだ。
 無論そのトラブルを乗り越えたのは彼だけの力ではなく、その場にいたアイドル全員の努力の賜物であったことは言うまでもない。そしてそれを何より本人が一番よく理解しているからこそ、彼もまた律子が代役に適任と考えたのではないか。彼女らは他の誰でもない、同じ「竜宮小町」の仲間なのだから。
 そう考えると美希が律子を代役に薦めた時、それまで2人を見つめていたプロデューサーが視線を雑誌に落としたのは、そんな自分の考えを美希が端的な言葉で代弁してくれたからのように見えなくもない。

 美希とプロデューサーからの言葉を受けた律子は、竜宮小町のプロデューサーとして自分ができる最善の方策=代役としてステージに立つ道を選択する。
 しかしプロデュース業に専念していた故のブランクは大きく、30分程度のレッスンで早々に疲れ果ててしまう律子。普段の指導役である律子がレッスンをする代わりに、伊織と亜美が兼任する形でダンスの指導を行うも、ここぞとばかりに厳しい?レッスンを嬉々として課してくるあたり、年相応の子供っぽさが滲み出たというところか。
 だが決して伊織と亜美はおふざけで指導をしているわけではなく、実際2人よりも明らかに律子のダンスが遅れてしまっている場面を挿入して、2人の指導自体はあくまで真面目なものであることを作中でアピールしている。「真面目」の度合いや表現の仕方の違いが、律子と伊織亜美とで明確に異なるということだろう。

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 久々にハードなレッスンを自分自身でこなし、今度は自分がへとへとになってしまった律子は、その夜事務所で休みを取りつつ自分の行動を省みる。
 一度は決意したものの、やはり自分にあずささんの代わりなど出来るはずもない。そう考えた矢先にかかってきた電話の相手、それは当のあずささんだった。
 あずささんは迷惑をかけてしまったことを謝りながらも、自分の代わりとして出演するのが律子で良かったと告げる。
 他の誰でもない、結成当初からずっと一緒に活動してきた同じ「竜宮小町」の1人である律子が代役を務めてくれることは、急の病でライブを休まざるをえなくなったあずささんにとって、せめてもの慰めになっていたのだ。
 「こんなこと言ったら怒られそうですけど」と前置きを入れたのは、あずささん本人の控えめな性格だからこそとも言えるが、彼女も竜宮小町の一員として、何より律子より年上の大人として、律子がプロデューサーへ転身するにあたって抱いた決意や信念は承知していた故のものだろう。
 結果的に代役を務めるということは、律子個人の信念を曲げてしまったことになる。だがそれでもプロデューサーとして竜宮小町のために、本人にとっては重大な決意をしてくれたことが、あずささんにとってはとても嬉しいことだったに違いない。立場は違えど竜宮小町というユニットは、伊織・亜美・あずささん、そして律子の4人で一から作り上げてきた大切な存在なのだから。
 そんなあずささんの素直な想いを聞き、律子も弱っていた心を奮い立たせる。自分のことだけではない、ステージに立ちたくとも立てなくなってしまったあずささんの想いも背負うことで、彼女に新たな責任感が生まれたのだ。
 そしてそれは律子がアイドルに立ち返る上で欠くべからざる感情でもあったろう。プロデューサーや自分たちを支えてくれた様々な人たちの想いを、すべて背負ってステージに立つ。それがアイドルにとって力の源の一つになるということは、この作中でも幾度となく明示されてきたことである。
 律子の奮起は伊織や亜美と対等にダンスが踊れるまでになるという「成果」として示された。まだまだスタミナの方は足りないものの、とりあえず問題ないレベルには到達したようだ。
 そんな律子にライブでソロ曲を歌ってもらおうとする伊織たち。ライブでの律子登場場面をインパクトあるものにしたいと考えた2人の発案を当然拒否する律子だったが、彼女にも一曲だけ歌ってみたいと思える持ち歌があった。
 ただそういう歌があると口走っただけだったが、律子が本番で歌うと伊織たちが強引に決めてしまうあたり、普段とはまったく立場が正反対になってしまっているのが面白い。
 だがそれは決して立場が逆転したところに生じるおかしさの表現のみではなく、同じ「アイドル」としてのラインに立った時の厳然たる差そのものでもある。それを律子はゲネプロの際に思い知ることになってしまった。

 ライブ前日、プロデュース業務を引き継いだプロデューサーも交えて、会場でゲネプロを実施する3人。
 当初は快調に「七彩ボタン」を披露していたものの、がらんとした客席側を見たその瞬間に、律子は動きを止めてしまう。
 今は誰もいない客席フロアは、ライブ当日には訪れたファンたちによって埋め尽くされる。それは他ならぬ竜宮小町の3人に心惹かれて集まった人々。その3人とは伊織・亜美・あずささんの3人であって、その中に「秋月律子」は入っていない。いかに一緒に頑張ってきたとはいえ、一般的なファンが裏方のプロデューサーにまで注意を向けないのは当然のことなのだから。
 ファンは3人の姿に憧れてやってくる。3人はそんなファンの期待を一身に受けながらも、その期待に常に応えてきた。そしてそれは会場へやってきたファンが彼女らに望んだとおりの姿でもある。
 では誰も自分がステージに立つことを望んでいなかったとしたら?望まれていない人間がステージに立ってしまったら?自分をアイドルとして認識しているファンがいない中で「アイドル」をやれるのか?
 律子の胸中には様々な想いが去来したことだろう。その想いが律子の動きを止めてしまった。と言うより自失状態に追い込まれたと言った方が正しいかもしれない。

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 プロデューサーの呼びかけでようやく我に返った律子は、そんな自分の胸中を吐露することなく再度ゲネプロに臨むが、律子の様子がおかしいということに伊織や亜美が気付かないはずもなかった。
 その夜、公園で1人練習に励む律子。そこへ通りかかった小鳥さんに対し、律子は初めて自分の抱いた苦悩を述べる。
 大勢のファンから愛され、ファンを喜ばせられるような存在になった竜宮小町。プロデューサーの立場からすれば大変嬉しいことであるが、同じアイドルとして一つのステージに立った時、律子はそこに歴然としたアイドルとしての「差」を感じてしまった。
 律子はプロデュース業にずっと専念してきたのだから、それも仕方のないことではあるのだが、代役とはいえアイドルとして同じステージに立つ身としては、その差を感じないわけにはいかないし、今の自分自身の力ではその差を克服することもできない。
 その現実は律子に重くのしかかる。公園での練習も明日に備えてというよりは、そんな重圧から生まれる不安を少しでも払いのけようと必死にあがいた結果なのだろう。
 そんな律子の苦悩を聞く立場として小鳥さんがあてがわれたのは、実に正しいキャラシフトと言える。
 普段は指導する立場としてかかわっている以上、伊織たちにおいそれと打ち明けることはできないし、今の苦悩の元凶は現役アイドル時代の自分との落差によるものでもあるから、当時のことを知らないプロデューサーに話しても、律子としてはあまり意味を成さない。それを唯一引き受けられたのは、律子の現役アイドル時代のことを知っていて、なおかつ律子の話をきちんと受け止められる大人の女性であった小鳥さんだけというわけだ。

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 小鳥さんが具体的なアドバイスを行わなかったのも、大人側は聞き役に徹して若手側自身の力による成長を促すという本作の方針に則った描写と言えるが、少しばかり想像(妄想?)の翼を羽ばたかせて、「元アイドルの苦悩」を目の当たりにした小鳥さんに何かしら思うところはなかったのか、考えてみるのも一興かもしれない。
 しかしその律子の悩み、はっきり言葉にこそ出さなかったものの、彼女の態度からおぼろげに感じ取っていた伊織と亜美は、プロデューサーを巻き込んである計画を進めようとする。
 そしてそれは未だ病床にいるあずささんも同様だった。

 ついに迎えたライブ当日。好調な客の入りを見て伊織と亜美は大いに発奮するが、肝心の律子は極度の緊張で顔を強張らせてしまう有様だ。
 伊織や亜美と律子とのアイドルとしての場数や経験の違いを考えれば止むを得ないことではあったが、またここで彼女と伊織たちとの「差」を、見せつけられてしまったことにもなる。
 だがここまで来たら逃げるわけにはいかない。ライブは開幕、伊織と亜美は元気よくステージに飛び出していく。
 そこで2人はまずあずささんが病気のために出演できないことを説明した上で、あずささんから届いたというビデオメッセージを流し始める。
 あずささんからのビデオメッセージ。それは律子のまったく知らないものでもあった。前夜プロデューサーに電話をかけたあずささんが、自分で録画したビデオをプロデューサーに託したものだったのだ。
 ビデオの中であずささんは穏やかに話す。ステージには行けないが自宅から精一杯の気持ちをステージへ送ること、そして自分の代わりにスペシャルなゲストがライブに参加してくれることを。
 それはライブに来てくれたファンへのメッセージであると同時に、自分の信念の下、一度は止めたアイドルという立場に、自分や竜宮小町のために一時復帰してくれた律子への、あずささんなりのエールでもあった。
 そのメッセージを受けて伊織と亜美は「スペシャルゲスト」への素直な想いを述べる。竜宮小町になくてはならない大事な人、怒ると怖い時もあるけれどいつも3人のことを考えてくれている人、そして自分たちをここまで導いてくれた大切な仲間。それは2人の偽らざる気持ち。時にぶつかることはあっても、ずっと苦楽を共にしてきた仲間への心からの想いだ。
 だからこそ3人は、律子なら大丈夫と信じることができる。そう信じられるだけの時間を4人は共に過ごしてきたし、4人でそれだけの結果も出してきた。そして今回のライブに向けて努力してきた律子の姿も、誰より間近で見続けてきたのだから。
 すぐ隣に立っていても遠く離れた場所にいても通じ合える想い。それは4人の絆が「竜宮小町」というユニットの中でしっかりと育まれ、強く太いものとなっていった何よりの証であったろう。

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 しかしそんな3人の素直な気持ちを受けてなお、律子の体から緊張は解けない。もちろん律子とて彼女らとの絆が強く深いものであることは十分承知しているであろうことは、ステージに出る直前の決意の表情からも見て取れるわけだが、それでも律子にはまだ一つだけ足りないものがあった。そのただ一つの足りないもの、と言うより足りないと思い込んでいるものが彼女から自信を奪い、自分自身の能力に対する疑いを払拭させてくれないのである。
 だから律子はステージに上がり、ソロ曲「いっぱいいっぱい」を歌い始めても緊張を解くことができなかった。手足は震え、声は上ずる中、彼女は初めてのミニライブを回想する。

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 あの時も今と同じように緊張しながら歌っていた。それでも一曲目に歌ったこの歌で観客が乗ってくれたから最後までやりとおすことができたものの、あの頃のファンもここにはいない。
 そう、律子に足りなかった最後の一つとは、彼女のアイドルとしての実績や成果と言ったものだったのだ。それは彼女が伊織や亜美たちとの間に感じてしまった最も決定的な「差」でもある。
 プロデューサーとしての律子の支援やお膳立てがあったとは言え、竜宮小町の今日の人気を一から築いてきたのはまぎれもなく伊織・亜美・あずささんの3人である。彼女ら3人にはそれだけの実績や成果があるわけだが、律子は代役とはいえ他の3人が築き上げた「成果」の中に、全くアイドルとしての実績を持たないままいきなり放り込まれた格好になったわけだ。
 それがゲネプロの時に生じた苦悩の根幹となる心情であった。ダンスや歌唱と言った身体的なものではなく、「アイドル」としての能力や魅力が他の3人に見合ったものとなっていないことが、律子をどうしようもないほどに追い込んでいたのである。

 と、律子本人はそう思っているわけだが、それは先述のとおり彼女にとって足りないものではなく、彼女が「足りないと思い込んでいるもの」である。
 その思いはソロ曲を決める際の「アイドル時代の自分の持ち歌なんて、どうせ誰も知らない」という言葉からもわかるとおり、自分の成果や能力に対しては必要以上に過小評価してしまう律子自身の悪癖から来たものであったのだろうが、それは現実とは全く異なる見方でもあった。
 律子もちゃんとアイドルとしての実績を残していたのだ。それを彼女は知っていたはずなのに忘れてしまっていたのである。
 せめて精一杯歌おうと決めた律子が歌のサビを歌い始めたと同時に、会場の後方から歌に合わせたコールが耳に、鮮やかに振られる緑のサイリウムの一団が彼女の目に飛び込んできた。
 それは以前からの律子のファンであるプチピーマン氏を始めとする、律子のファンクラブの面々であった。伊織と亜美は前夜に連絡を取り、プロデューサーに頼んである程度の席を確保してもらった上で、律子のファンを招待していたのである。

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 観客席の一角を綺麗に彩る緑のサイリウムを見て、律子は自分がアイドルとしてちゃんと成果を残せていたことをやっと思い出した。いや、思い出したというよりは自分で認めたと言った方がいいかもしれない。
 Aパート冒頭でプチピーマン氏の存在が提示された時点で、律子には今でも一定数のファンがいることは示唆されていたにもかかわらず、律子本人はそれを心の拠り所にすることはしなかった。
 今も彼女のことを応援しているファンがいるという事実すらも、彼女は自分の性格故に疑ってしまっていたのではないか。アイドルを止めた自分が応援されるわけはないと。
 現実に応援してくれているファンはいるのに、どうしてもそれを否定してしまう。否定したくなくともそれを肯定できるだけのものが、今の自分の中にはない。ゲネプロの際に一瞬脳裏をかすめた緑のサイリウムを振るファンの姿は、そんな律子の葛藤からのものではなかったろうか。
 しかし現実に律子のファンはそこにいた。あの頃のミニライブと同じように、今も緑のサイリウムを振って懸命に律子を応援してくれている。それを目の当たりにすることで、初めて律子はアイドルとしての自分を自分で認めることができたのだろう。
 自分を支えてくれるプロデューサーや仲間たち、そして応援してくれるファンがいて初めて完成する「アイドル」という存在。その瞬間、ステージに立つ律子はまぎれもなくアイドルになったのだ。
 体の震えも消え、伊織や亜美も引き連れて「いっぱいいっぱい」を熱唱する中、観客席が一面緑のサイリウムで埋め尽くされる。それは自分の葛藤や苦悩を乗り越えてステージに立った1人のアイドルと、彼女を支え応援するすべての人にかけられた一夜限りの「魔法」だったのだろうか。
 サイリウムの色が徐々に元に戻る中、パラパラと緑サイリウムが残ったままになっていることも含め、このあたりの描写に対する解釈は個々人に委ねられるべきものであろうが、ただ一つ、それらの光に照らされたステージ上のアイドルが、何よりも輝いていたことだけは間違いない。

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 ライブも終わり、すっかり静かになったステージ上でゆっくり言葉を交わす律子とプロデューサー。
 感想を問われた律子はごまかすこともなく、素直に「楽しかった」と今の心情を告げる。ある意味アイドルとしては一番自分への自信を持っていなかったかもしれない律子にしてみれば、この言葉を素直に口にできただけでも大きな成長と言える。
 先のことはわからないとしながらも、もしアイドルに復帰したくなったらプロデュースをお願いするとプロデューサーに冗談めかして話したのも、そんな成長から来る心の余裕があればこそのものであろう。
 もちろん翌日からの彼女は竜宮小町のプロデューサーに戻る。しかし今回のライブで自分自身が輝くことができたからこそ、それと同じように、それ以上に竜宮小町には輝いてほしい。彼女らならそれができると信じているから。それもまた律子の偽らざる本音なのだ。
 そんな律子の想いを、プロデューサーとしては同僚であり、今回に限っては自分をプロデュースしてくれた存在でもあるプロデューサーにのみ吐露したというのも、なかなか意味深なところではある。
 プロデューサーとしての想いとアイドルとしての想い。いつかその想いを両立させることができるようになる日は来るのだろうか。

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 律子は再びプロデューサーとして竜宮小町の3人を指導する日々に戻った。すっかり「鬼軍曹」に戻ってしまった律子に辟易する伊織たちであったが、それもこれも竜宮小町がトップになれると信じているからこそのもの。
 今日もそしてこれからも、竜宮小町は4人で邁進し続けていく。彼女らがいつかトップアイドルになった時、生み出される魔法の時間は他の何よりも輝く魅力的な一時になることだろう。

 今回使用されたED曲は「魔法をかけて!」。一番最初のアーケードゲーム時代に作られた歴史ある曲であり、ゲーム中では律子の持ち歌としても使用された。今でも律子を代表する歌として、本編中で使用された「いっぱいいっぱい」と双璧を成す人気を誇っている。
 今話においても文中で表現したとおり、律子がアイドルとして復帰した一夜限りのライブは、まさに参加したすべての人にとって魔法がかけられた時間であり、そんな律子の物語を締めくくるには最もふさわしい楽曲であったと言える。
 ED映像に10話以来の876プロアイドル3人がカメオ出演的に登場しているのも嬉しいところだ。

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 秋月律子というキャラクターは、元々ゲーム版「1」では他キャラと同様にプロデュースできアイドルであったものの、「2」ではアイドルからプロデューサーに転向し、プロデュース対象キャラからは外れたという特異な経歴を持つキャラである。
 それ故に「2」では彼女自身の物語が深く描写されることはなく、断片的に触れることしかできなかったわけだが、今話ではその描かれなかった部分を見事に描写し、キャラクターを掘り下げることに成功している。
 これはひとえにアニマスそのものが「ゲームで描かれていない部分を描く」ことを、基本方針の一つに据えているからこそのものだろう。
 しかし単に律子個人だけの描写に終わらせず、第2クールに入ってからは若干存在感が希薄になっていた「竜宮小町」というユニットをも、今一度掘り下げている点は特筆に値する。
 また今話では先述のとおり、プロデューサーが少ない出番ながらも律子を導く側に回っているというのが感慨深い。言うまでもなくプロデューサーは律子より後に765プロにやってきた人物であり、どちらかと言えば先にプロデューサーとして活動している律子を追いかける側の立場であったのだが、今話では完全に律子と同格の同僚として、悩む律子に道を指し示している。
 同僚プロデューサーとして、竜宮小町の面々とはまた異なる立場での近しい存在であった彼ならではの見せ場であった。

 今話はまたカット面において異色の回であった。律子に代役としてライブに出るよう伊織たちが説得するシーンを始め、魚眼レンズや広角レンズを使って映したような描写を積極的に盛り込み、個性的な画作りに勤しんでいる。
 またそれ以外にも画面の手前に物や人物を配置し、その後方でキャラクターに芝居をさせる構図が散見されたのも特徴的だ。
 これは一つの画面内に物や人物で「枠」を作り、それで区切ることによって枠内の部分を強調し見る側の注意をひきつける手法であり、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」で活躍した故・実相寺昭雄監督が得意としていた手法でもある。
 そう考えるとAパート、律子があずささんに電話をかけるシーンのシルエット描写や、Bパート冒頭のレッスン中に、なぜか夕日をバックにとび蹴りをかます亜美のシーンなども、それぞれウルトラマンシリーズにおける実相寺監督作品での有名なシーンに影響を受けたとも取れる…のだが、これはさすがに僕個人の考えすぎと言うところだろう。
 あと構図上の特筆点と言えば、レッスンスタジオで効果的に用いられた「鏡」だろうか。鏡に映る虚像を利用して部屋全体を広く見せたり、向かい合っている面々の表情を一度に同一画面上で描く際に使用したりと、様々な場面で効果的に活用されていた。
 個人的にはアバン冒頭とBパートラストのレッスン場面において、亜美の表情設定集で描かれていた「3」口が披露されたのが嬉しかった。

 さて次回。

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 関東での放送日は11月11日。ちょうど満月を迎えるその日に放送されるのは、月を見上げるシーンが印象的な貴音のフィーチャー回になるようだ。黒井社長ばかり映っていて話の筋は全く読めないのだが(笑)、未だ謎の多い貴音の内面にどの程度迫るのか、あるいはまったく別種の物語になるのだろうか。
posted by 銀河満月 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(15) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする