2011年10月31日

アニメ版アイドルマスター17話「真、まことの王子様」感想

 前回の16話の感想は、何が言いたいのかをまとめることが出来ていない中途半端な内容になってしまった。
 ネット上での批判的意見を意識しすぎて、変に擁護の要素を入れようとしてしまった結果である。
 基本的には作品を見て思ったことや感じたことを素直に書くことを心掛けてはいるのだが、それを実行するのはやはり難しいと改めて思い知らされた。今後はその辺を注意して書くようにしていければと思う。
 個人的に16話が水準作であるという考えは変わっていないけどね。

 で、今回の17話においてフィーチャーされたのは真。このアニメ版アイドルマスターにおいては、春香の次に画面上に登場したアイドルであり、今までの話の中でも様々な場面で存在感を発揮してくれた好キャラクターでもある。
 監督を務める錦織敦史氏お気に入りのアイドルということもあって、いつどのような話の中で真が描かれることになるのか、アニメ放送開始前からファンの間で話題になることも多く、そういう意味では通常時以上にファンの耳目を集める話でもあったわけだ。

 菊地真という少女は見たとおり美少年を想起させる中性的な容貌の持ち主。13話におけるライブ以降生まれた人気の原動力も、そんな真の見た目に惚れこんだ女性ファン中心のものであることが、冒頭のアバンで描かれる。
 しかし「王子様」とまで形容されるほどの少年的な容姿に比して、真本人は人一倍女の子らしさに憧れる少女。アイドルを目指した直接の理由も「アイドルとしてやっていけるような可愛らしい女の子になりたい」という願望からだ。

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 だが現実はそうもいかず、変装して少女漫画雑誌を買う中でも中高生や主婦といった幅広い層の女性ファンに遭遇、さらには事務所前に待機していた大勢の女性ファンからプレゼント攻勢を受けると言った具合である。
 ファンのそういった声に嬉しさを感じる一方で、自分が本当になりたかった「お姫様」になることができず、そう見てもらうこともできない現状を愚痴る真。
 真からすればかなりお寒い状況ではあるものの、15話での一コーナー「菊地真改造計画」を思い返してみればわかるとおり、真にとっての美少女像やお姫様像とはかなり現実離れした少女漫画的なもの、しかもかなり古い時代の代物である。
 それはAパート冒頭で、真本人が渾身のアフレコ付きで解説していた少女漫画の内容からも容易に窺い知ることができる。真は大真面目に「白馬の王子様」に憧れ、恋い焦がれる乙女なのだ。

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 漫画の内容に合わせて本人の目まで昭和の少女漫画チックな星キラキラになってしまうのも楽しい演出だが、そんな真の興奮とは全く対照的に、同席していた春香と千早、そしてプロデューサーが努めて冷静に応対するものだから、その熱の差が尚更おかしさを増幅させている。
 ただそんな対応をしていても、他の3人が決して真の夢や憧れをバカにしないというところが、4人の平時からの仲の良さを匂わせていて良い。この輪の中に千早がきちんと入っているというのも注目すべき点だろう。

 見た目だけでなく自分の女の子らしいところも見てほしいと不満を並べる真の横で、自分の携帯電話にかかってきた電話の発信者名を見て、表情を曇らせる千早。

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 発信者名は「如月千草」となっており、名前から察するに千早の母親らしいのだが、もしそうなら初めて千早の母親の名前が公式媒体で明示されたことになる。
 11話での千早の発言通り、千早の両親は既に離婚しており、如月姓のままで電話に登録されていたのは、本編序盤の歌以外にはさして興味を抱かない頃の千早であれば、当然そのままいじらずに放っておくだろうとも思えるが、以前よりは周囲に目を向けるようになった現在の千早においてもなお名称変更していないあたり、自分にとって決して良い存在ではなかったはずの母親の存在に触れることさえ拒んでしまっている、千早の屈折した心境が垣間見えるだろう。
 千早が席を離れる一方で、真はまだまくし立てていた。可愛らしいポーズをとれば女の子らしく見えると力説するものの、横のテレビで流れるCMでの真は非常に様になっているカッコいいポーズを取っており、真は落ち込んでしまう。
 そんな真を励ます春香だったが、逆に真から「春香はアイドルとしてみんなからどう思われたいのか」と質問され、答えに詰まってしまった。
 このこと自体が後々春香の物語としての伏線になり得るかどうかは、今後の展開を見守るしかないところではあるが、個人的にはさほど重要なことではないように思える。
 さて落ち込んでしまった真を元気づけたのはプロデューサーだ。と言っても「真も最近は色っぽく見られるようになった」と言った後にアイコンタクトで春香に同調を促している辺り、明らかに嘘だと察することができるのだが、根が単純な真はそれを聞いてすっかり機嫌がよくなってしまった。

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 こういう場合はまさに嘘も方便というやつであるが、この種のやり取りはゲーム版におけるコミュニケーションの再現であると同時に、嘘であることを顔に出すことなく口にして、真のご機嫌を取り、且つ担当アイドルである真の性格もきちんと把握できているほどにプロデューサーが成長してきたことをも示唆している。
 またアイコンタクトによる意思の疎通をそつなくこなしている辺り、春香とも良好な信頼関係が築けていることがわかり、今日一日仕事でプロデューサーを独り占めできると話す真を冗談交じりに春香が羨ましがるのも、もしかしたら本音が混ざっていたのかもと考えると面白いかもしれない。
 そしてそんな春香と真のやり取りを「バカなこと言ってないで」と一蹴するプロデューサーは、彼女らとは仕事上のパートナーであるという一線を自分から壊すことは決してないという意味で、やはりプロデューサーの鑑であろう。

 プロデューサーと共に向かった先の仕事は番組収録。イケてる男性タレントを扱うのがメインの番組のようで、真は女性であるにもかかわらずゲストとして呼ばれたわけだが、事務所で見せた複雑な感情はおくびにも出さず、見事に「王子様」の姿を見せる真からは、プロのアイドルとして確実に成長してきた跡が見て取れる。
 しかし成長したとは言え、真もまだまだ発展途上のアイドル。同じゲストとして同席していたジュピターの天ヶ瀬冬馬から挑発を受けた真は、本番中であるにもかかわらず声を荒げてしまった。
 その場は本人の機転で取り繕い、結果として自身の好感度まで上げることができたのだが、14話での表紙乗っ取りや16話での響に対する策略などの卑劣な手段をどうしても許せない真は、本番終了後も露骨に961プロへの嫌悪感を示す。
 直情径行で且つ正義感も強い真にしてみれば当然の感情ではあるが、真本来の長所と言えるこういった部分が逆に彼女自身の男っぽさを強調してしまっているのも事実であり、ある種の皮肉とも言える。
 そんな彼女のまっすぐさ故の攻撃性は本番終了後、冬馬に再び挑発された際にも発揮されかかってしまうが、比して冷静なプロデューサーは両者の間に立ち、真に代わって冬馬の相手を務める。

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 この構図は14話での言葉通り、961プロ関連のことはプロデューサーが一手に引き受けるという決意からの行動そのものであり、同時にゲーム版「2」において打ち出された「プロデューサーがライバルからアイドルを守る」構図を明瞭に図式化したものと言える。
 と、そこにまたもや現れる黒井社長。例によって大袈裟な文句や変に捻った修飾語を用いて揶揄してくるあたりに小物臭を漂わせているが、真にはそれを判断できるほどの余裕はなかったようで、黒井社長の露骨すぎる挑発に思わず激昂してしまう。
 そんな中でジュピターの伊集院北斗が1人、黒井社長の演説を苦笑交じりに聞いているというのが興味深いところだ。この北斗の態度やプロデューサーとの会話時に見せた冬馬の表情などの理由は、「2」を一通りプレイしていれば大体分かることではあるのだが、その辺をアニメ版ではどう見せるのか、それもまた気になるところではある。

 黒井社長に挑発されたにもかかわらず、正当に反論することもできないまま終わってしまった真は、その鬱憤を晴らすかのようにプロデューサーを連れ、ゲームセンターでガンシューティングゲームに興じる。
 だが頭に血が上ってしまっているからか、弾丸のリロードも満足に行えず、結局あっさりと敵にやられてしまった。
 1話の時点でその片鱗を見せてはいたが、真は直情径行な性格ゆえに一つのことに拘り始めると極端に視野が狭くなる傾向がある。今回のゲームや番組本番中での思わぬ失態もそれが一因だったわけだが、相手に対して嫌悪や反発心といった、どちらかと言えばマイナスの感情を持った時に限って失敗しているというのは、今話の後半へ向けたアニマスお得意の暗喩であろう。
 1人リタイヤしてプロデューサーのプレイを見つめる真。父親の方針によりゲームで遊ぶことができなかった彼女に反して、そつなくゲームをプレイするプロデューサーの姿にどこかしら「男の人っぽさ」を感じた真は、そのままプロデューサーをゲームセンターから連れ出してしまった。

 今日一日、プロデューサーにとことん女の子扱いしてもらうと決めた真は、服屋で女の子らしいスカートに着替えた上で、「デート」と称してプロデューサーと共に遊園地へ繰り出す。
 この時の「せっかくのスカートなんですから」という真のセリフは、他のセリフと違って女の子らしい恰好ができた嬉しさと、少しばかりの気恥ずかしさや照れくささといった感情が入り混じったような調子になっており、このセリフ一つで真の今現在の胸中を表現しきっていると言っても過言ではない。非常に秀逸な一言であった。
 そして真の個人楽曲である「自転車」に乗って描かれるデートシーン。

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 遊園地で様々な乗物に乗って遊ぶという流れは、デートコースとしては定番そのものに思えるが、それこそ漫画の中に出てきそうな定番コースを回ってのデートこそ、真にとってはまぎれもない「夢」だったのだ。そう考えると元来怖がりな真があえてお化け屋敷に入ったのも、漫画などのお話の中で描かれる定番的な描写(お化けを怖がる少女を相手の男性がかばい守る)への憧れから来たものだったのかもしれない。実際には彼女はプロデューサーを置いて1人全力逃走してしまったわけだが、真の中でそういう憧れが作用していたのかもしれないと考えると、その一連のシーンがより微笑ましく感じられるのではあるまいか。
 デートと言えば12話での美希とプロデューサーの道中が思い出されるが、あちらは結果的にそう見えるというだけの話であって、プロデューサーはもちろん美希としてもそういう考えは頭の中になかっただろうから、実質今回の真たちのデートが、アニマスで初めて描かれた「アイドルとプロデューサーのデート」ということになる。
 無論このデートは互いの恋愛感情から来たものではないのだが、ゲーム中でもデートと明言された上でこういう行為が公然と行われることはさほどなかったことを考えると、アニマス作中で初めて明確にデートを体験する立場となった真の扱いは、やはり破格なものと言わざるを得ない。
 しかし前述のように真にとっては女の子扱いしてもらう一環としてのデートだし、プロデューサーに至ってはそもそもデートという概念の元に行動しておらず、本人の言葉にもあるように兄妹付き合い程度の感覚しかない。BGMとしてかかっている「自転車」も、真の快活なイメージに合わせた爽快感溢れる恋愛ソングで、恋愛感情よりもその爽快感の方が前面に押し出されている楽曲であることも含め、プロデューサーを恋愛対象として描写することを徹底的に排除することで、恋愛成分過多にならぬよう演出上のバランスを取っている。
 このあたりはあくまでプロデューサーを介添え役、狂言回しとしての立ち位置に設定しているアニマスの大前提を堅守したというところか。真の「自分たちは恋人同士に見えるだろうか」というセリフも、あくまでデートの雰囲気そのものに酔いしれているところから出てきた言葉であって、プロデューサーへの格段の思い入れから出た言葉ではないであろうことにも留意しておくべきだろう。
 そんな中にも「堂々としていれば意外にばれないもの」と、道行く少女たちからの視線を軽く受け流す真の描写を挿入し、ただファンから逃げたり隠れたりするだけではない、成長したアイドルとしての経験値の高さを盛り込むあたりはさすがである。

 そんな折、仲良さそうにしているとある父娘の姿を見た真は、感じ入るところがあったのか、的当てゲームに興じつつプロデューサーに自分の過去を語りだす。
 真の父は彼女を男の子として育てたかったらしく、スカートのような女の子らしい服を着ることも、可愛い物を家に置くことも許さなかった。だからこそ真は「女の子らしさ」に、そして彼女にとって最も女の子らしい存在である「お姫様」に憧れるようになった。真がアイドルを志したのも、自分がいつかそういう女の子らしい女の子に変われることを夢見たからである。
 だが現実はどこまでも王子様扱い。どれだけ自分が女の子でありたいと願っても、周囲からは「理想の男の子」として見られてしまう。それがアイドルとしての自分への好意から来ているものであることを十分知っているから否定することもできず、しかし結果的にそれが彼女を縛りつけてしまっていることもわかっているから、余計に苛立ってしまうのだ。
 真がアイドルを目指した理由そのものは1話の時点で既に触れられてはいたが、自分の内面と周囲の期待や見る目からくるギャップは、第1クールの時点ではそれほどクローズアップされていなかった。彼女がそれを大きなジレンマとして抱え込んでしまったのは、13話以降の躍進によりファン人口が増えたからに他ならない。
 そういう意味では彼女の悩みもまた16話の響同様、人気アイドルとして成長したからこそ生じたものと言える。14話で示された通り、アイドルとして人気が高まれば周辺の環境や状況も変わっていかざるを得ず、その変化も決して良い結果ばかりを生み出すわけではない。961プロの横槍が顕著であるが、真の内面と外面とのギャップが以前より肥大化してしまったことも、変化によるマイナスの影響によるものと言えるわけだ。
 しかしそんなジレンマを抱えつつも、自分を王子様としてしか見ないファンを決して否定せず、「女の子としても見てほしい」という前向きな願望を抱けるところが、真という少女の良いところであろう。

 さてそんな真の苛立ちも、的当てゲームの景品としてクマのぬいぐるみを貰ったことで一旦は落ち着いた。
 再びプロデューサーと共に遊びに興じようとする真だったが、そんな時に2人の少女が不良たちに絡まれている現場を目撃してしまう。
 このような場面を放っておけない真はプロデューサーの制止も聞かず、ぬいぐるみを集めて1人飛び出していってしまった。
 自分よりもずっと体の大きい不良を相手に一歩も引くことなく構えを取る真。しかしあわやという時、真が「アイドルの菊地真」であることに気づいた少女たちの方が、状況をすっかり忘れて真を取り巻きだした。

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 一触即発といった緊迫感のあるシーンが一気に脱力感溢れるシーンに変わってしまったわけだが、これが元をただせば助けに入った真自身の、アイドルとしての魅力と認知度に起因しているというのもなかなか面白い。
 しかしすっかり存在を忘れられてしまった不良たちの方は面白くない。悪態をついても真はともかく少女たちからは完全に無視されてしまっているため、腹を立てた不良の1人が思わず真に殴りかかる。
 その刹那、真の目の前に飛び出し、真をかばってまともに殴られてしまったのはプロデューサーだった。

 結局騒ぎの方は真に気づいた女性ファンが大量に集まってきたため、なし崩し的に収拾がつく形となった。
 結果的にプロデューサーに迷惑をかけただけになってしまい、自分の軽率さを詫びる真だが、プロデューサーは穏やかに「負けることはないだろうが」と前置きした上で、顔に怪我でもしたら大変だったと呟く。それはアイドルとしての真と同時に、女の子としての真を案じた結果の発言だった。
 アイドルとしてだけでなく、年頃の女の子としての彼女らとも正面から向き合って接することも、プロデューサーとして大切なこと。これは12話でプロデューサーが紆余曲折の末に学んだことであり、今回の行動も発言もそれが彼の中でしっかりと根付いていたからこそのものであったのだろう。
 尤も一発殴られただけで伸びてしまうのはお世辞にも格好の良い姿とは言えず、本人もそれを自嘲気味に語るが、しかし真は自分とは違うと続ける。

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 真は危機に陥っていた少女たちを助けるため、一も二もなく駆けつけた。それは少女たちにとってまぎれもなく「お姫様を助ける王子様」の姿であった。真が何より憧れた「王子様に助けられるお姫様」という夢を、本人も気づかぬうちに2人の少女に見せていたのである。
 アイドルは自分個人の夢を追いかけるだけの存在ではない。多くのファンをそのすべてで魅了し、夢を見せることもまた、アイドルに欠くべからざる大切な要素なのだ。「自分がどう見られたいか」だけではなく、「自分を周囲にどう見せるべきか」を模索し、その結果をそのまま自分自身の姿として映しだすことが、アイドルにとって重要なことなのである。
 夢を見る立場であった少女が、いつしか他人に夢を見せる存在になっていく。それは単なる個にすぎなかった少女が公の存在として世間に認知された証左の一つでもあり、真に限らず765プロアイドルが成長していく上で変わっていった部分でもある。彼女たちがアイドルとして成長した証であると同時にさらなる成長をも促進するという点では、変化によるプラスの影響と言える。
 アイドルだからこそ持ち得る、周囲に良い影響を与える力。8話であずささんが見せたようなそんな力を真は知らず知らずのうちに備え、発揮していた。そしてそれは彼女が内心の葛藤を抑え、男っぽさを前面に出して王子様に徹していたからこそのものである。
 真の中にある「男っぽさ」は決して否定したり排除したりするべき対象のものではない。それもまた立派な個性であり、菊地真という少女、そしてアイドルを構成する大切な部分の一つなのだ。
 そう考えて今話を見返してみると、真は自分の中にある男っぽさそのものを否定してはいない。自分が男っぽくなってしまった最大の要因である父親に対しては複雑な思いを抱いているものの、先述の通りファンと接する際にはファン心理を考えた上で王子様をきちんと演じているし、961プロやジュピター相手には対決姿勢を崩さない。曲がったことが許せず困っている人の元にはすぐ駆けつけ、徒手空拳で相手をすることも辞さない覚悟を見せる。
 自分の個性に対して真が愛憎相半ばと言った感情を抱いている点は否めないが、決して後ろ向きな考えに陥って否定することはなく、前向きな姿勢を崩したりはしない。だからこそその個性が真のアイドルとしての魅力をより強く輝かせることになったのだろう。自分自身を嫌うような人間が他人に好かれるはずもなく、ましてアイドルとして大成できようはずもないのだから。

 すっかり陽も沈みライトアップが施された夜の遊園地で、2人はメリーゴーラウンドの前に辿り着く。数々の綺麗な照明に彩られたメリーゴーラウンドをうっとりとした表情で見つめる真に対し、プロデューサーはまるでお姫様をエスコートするかのような口調でメリーゴーラウンドに乗るよう誘う。

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 突然の呼びかけに戸惑いながら、お姫様でなくお殿様口調で返事をしてしまうあたり、真のそそっかしい一面が見えて楽しいが、さらに真はメリーゴーラウンドの馬ではなく、馬車のほうに乗るよう促される。無論それは今の真が王子様ではなく「お姫様」だからだ。
 そんなプロデューサーの気遣いを受け、真は「他に誰もいないから」と今回だけ王子役をプロデューサーに任せ、馬に乗ってもらうことに。
 眩い輝きの中を動き出すメリーゴーラウンド。馬車の中から見える光景にしばし真は見とれてしまう。
 今乗っている馬車そのものは遊園地の遊具にすぎず、どちらかと言えば幼稚な部類に入る代物である。しかしメリーゴーラウンド自体に乗ったことはあっても、恐らくは馬車のほうに乗ることはなかったであろう真にとって、十分に嬉しい出来事であるということは容易に想像できる。
 もちろん真自身が「お姫様」として見られるよう変わったわけではないし、目の前の馬に乗っている男性も「王子様」と呼ぶには無理があるプロデューサーである。しかしアイドルとしての真と少女としての真、両方を理解するよう努めてくれ、男として女の真を守るために体まで張ってくれたプロデューサーに対し、今まで以上に強い信頼の念を抱いたことは確かだろう。
 そして今またプロデューサーは彼女にほんの一時、ささやかなものとはいえ、彼女の望んだ夢の一部を見せてくれた。それは大勢のファン、すなわち他人の夢を叶えるために奔走してきたアイドルを、わずかな時間ではあれど夢見る普通の少女に立ち返らせてくれた、最大限のご褒美でもある。
 プロデューサーのそんな心遣いと優しさがどれほど真の心を幸せにしてくれたか、それは馬車の中でクマのぬいぐるみを抱きしめながら浮かべる真の笑顔を見れば、言わずもがなというところであろう。

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 やっと事務所に帰ってきたプロデューサーと真を迎えたのは、亜美真美と美希の3人。亜美のプロデューサーへのぞんざいな態度も笑えるところだが、「遊園地でデートした」という真の言葉を聞いて3人とも俄かに色めき立つ。

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 プロデューサーをハニーと呼ぶ美希が騒ぐのは当然として、亜美真美の場合は単に「遊園地で遊んだ」という事実を羨ましがっているだけなのだろうが、物語そのものにはあまり絡んでいない部分でもキャラの個性に合わせた人物配置が行われているのには好感が持てる。
 デートと言う言葉を聞いて一番露骨に騒ぎ立てるのは、恐らくこの3人であるはずだから(ちなみにそれ以外の何人かの反応については、今話の「NO MAKE」にて視聴可能)。
 真は中途半端ではなく、真面目な気持ちで向き合って「王子様」をやってみるとプロデューサーに告げる。その真の口調はAパートの頃とは打って変わって穏やかなものだ。
 もちろんお姫様になる夢を忘れたわけではないが、いつかたった1人、自分のことを女の子として大切にしてくれる人が現れるのなら今はそれでいいと話しつつ、持ち帰ったクマのぬいぐるみを事務所に飾りつける真。

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 ここでキーポイントになるのはクマのぬいぐるみだ。的当てゲームの景品としてBパートのほとんどに登場するこのぬいぐるみだが、今回の話をよく見てみると、これは真の女性的な面を強調するアイテムとして機能していることがわかる。
 不良たちと対峙する時、メリーゴーラウンドで最初に馬に乗ろうとした時、どちらも真はぬいぐるみをプロデューサーに預けていた(後者の場合は「恐らく」)。どちらも真の男性的な面が強調されているシーンであるがそれ以外、ぬいぐるみを抱いているシーンの真は、可愛い物を素直に可愛がる女性的な表情が一貫して描かれている。
 ぬいぐるみを持っている時の嬉しそうな表情と、ぬいぐるみを手放した時のキリっとした表情、一見相反しているようなこの2つの表情を生み出す個性を、一まとめに内包していることが真の魅力であるということ、と同時にその女性的な面を自分1人では、それこそ15話のようにうまく披露することができず、ぬいぐるみのような「第三者」の介添えがまだ必要になってしまうという真の不器用な面をも描出しているのだ。
 それは上述のようにぬいぐるみの所持描写を用いて真の男性的、女性的な面を一通り描いた後に、メリーゴーラウンドの馬車の中に、プロデューサーが先にぬいぐるみを乗せておくという描写を盛り込んでいることからも十分に察することができる。
 真はあのシーンでは最初迷わず馬に乗ろうとしていた。ここからもお姫様に憧れながら、自分でどうやればその憧れを上手に実現できるか分かっていない不器用さがわかるわけだが、だからこそ第三者であるプロデューサーがうまく手を差し伸べて、少女である真を馬車に誘う必要があったのである。
 そんな場面において真の女性性を強調するアイテムであるぬいぐるみを、先に馬車の中に座らせておくことは、当然の演出だったと言えるだろう。
 そういう役回りを演じていたぬいぐるみを事務所に飾ったという点については、事務所に飾ったことそのものよりも、その飾った場所の方が注目すべき点だ。
 ぬいぐるみが飾られた場所はAパートで白目のダルマが置かれていた場所である。目の書かれていないダルマというのは、知っての通り何らかの祈願をし、それがまだ成就されてない状態のものである。
 真としては別段意識していたわけではないだろうが、演出的にはそういう効果を持つダルマと置き換えさせることで、お姫様のようになりたいと願う自分の気持ちに一つの区切りをつけたということを明確にしているのだ。
 殊更に強調しなくとも自分の女性的な面はいつでもすぐ近くにあり、プロデューサーを始めそれを理解してくれる人たちもまた近くにいる。そんな安心感と信頼感があるのだから、もう改めて願いをかける必要はない。ダルマとの交換はそんな真の気持ちを強調する意味で機能していたのだろう。

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 さらに言えばこのぬいぐるみを手に入れた経緯も忘れてはいけない。先述したとおりぬいぐるみは遊園地での的当てゲームで手に入れたものであるが、真はこのゲームをクリアすることができたから、景品としてぬいぐるみをもらえたわけである。
 運動が全般的に得意の真だからこそ苦もなく達成できたゲームであったが、運動が得意と言うのも元々は父親に男っぽく育てられた事実に起因しているところが大きい。つまり真は自分自身の持つ男っぽさ故に、女らしさの象徴でもあるぬいぐるみを手に入れることができたのだ。
 これは一種の暗喩なのではないか。すなわち真が男っぽさの象徴である「王子様」であり続けることで、いつか女らしさの象徴である「お姫様」になることができるという意味での。
 無論作中現実としてそういうことが確約されたわけではないが、製作陣の構築してきたアニマス世界そのものからの、真に対するご褒美と言えるものかもしれない。
 アニマスの世界はそういうことが許される優しい世界であるということは、1話から見続けてきた諸兄であればわかって頂けると思う。
 後日、またも王子様としての仕事が舞い込んだことを愚痴る真ではあったが、車中から空を見上げるその表情は、Aパートでの同様の場面と異なり穏やかな笑みを湛えていた。
 不満を抱くことはあっても、真はもう嫌がることなく「王子様」になることができるだろう。彼女のすぐそばには、いつもあのクマのぬいぐるみがいてくれるのだから。

 EDは真の個人新曲「チアリングレター」。タイトルの通り相手を静かに、しかし強く応援する応援ソングとなっている。
 今話に限っては「素直な気持ちで有りのままやっていれば みんなに届くよ だから悩まないで」という一節からもわかるように、今話における真自身への応援歌となっている点が面白い。
 ED映像は絵コンテ・演出、レイアウト、そして原画もすべて錦織監督が1人で手掛け、真ファンを公言している監督の面目躍如たる映像となっていた。

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 今話もまた前話と同様、14話以降の環境変化に伴って新たに生じた問題と向き合い、それを解決するアイドルの姿が描かれた。
 今回真がぶつかった問題も、元々1話の時点で程度の差はあれど抱えていた同じ問題であったわけだが、それが環境の激変に伴い、より大きく重いものとなってのしかかってきたという構図も、前話と同様である。
 さらに言えば細かいことではあるが、前話である16話も今話の17話も、それぞれメインを務めたアイドルの家族間における問題が、ストーリーの中に組み込まれているという点も共通している。16話ではその問題そのものが話の主眼に置かれたのに対し、17話は背景設定を示す上でのファクターとして扱われたのみという違いこそあるものの、「家族」が絡んでいるという点は見逃せない。

 それを考えると前話に引き続いて伏線めいたものが張られていた千早の、ストーリー中における存在意義も見えてくる。
 キーはそれぞれ「家族の絆」と「親子関係」。16話で千早はある事件をきっかけに家族の絆が失われていく様を悪夢として思い返し、17話では既に離婚して千早との関係性も薄くなっているであろう母親からの連絡が入る。
 一見無作為にただ伏線を積み重ねているように見えるが、16話で響たちが背負ったテーマである「家族の絆」と、17話で描かれた真のバックボーンの一端を形成する要因となった「親子(父子)関係」と、それぞれ結びついた描写となっているのだ。
 前話、そして今話とも千早の様子はストーリーそのものに深く結び付いているわけではない。だが同時にそれぞれの話における主軸、または重要な要素が何であるかを、本編中でいち早く指し示す役割を担っているのである。
 メインに深くかかわる要素を最初から視聴者側に提示すれば、視聴者としてはその部分に意識を注力させやすくなり、視聴者側の物語に対する意識のブレを抑制することが可能となる。千早の描写は後に控えているであろう本人の物語への伏線であると同時に、作劇上のギミックの一環でもあったわけだ。

 なお余談であるが、今回の真との決定的な対比として描かれていたのは、やはり春香だったと言える。
 前述の通りAパートで「春香はアイドルとしてみんなからどう思われたいのか」と真に質問された春香は答えに詰まってしまったわけだが、これは春香がその方面に対するビジョンを持っていなかったというよりは、「誰にどんなふうに見られたいか」という考えそのものが、春香の中にはなかったように思うのだ。
 「アイドルとして他人にどう見られたいか」という考えは、自分を思考の中心に据えた上での考え方である。実際に今話の真はそのことをずっと気にし続け、最後にようやく「アイドルとして他人に何かをしてあげること」の大切さに気づくわけだが、春香の理想とするアイドル像は、元々「他人に何かを送り届けられる存在」ではなかったか。
 アイドルとして多くの人に喜びや楽しさ、幸せを届けたい。自分の強い想いがあればそれはきっと届くはず。13話で春香がみんなを励ます際に言った言葉は、そのまま春香の理想とするアイドルの姿そのものだった。春香は最初からアイドルとして他人にどう見られるかを気にしていないのだ。ただただ一途に、アイドルとして出来ることすべてを多くの人に届けることを願ってきたのである。それができるアイドルこそが何よりも輝ける存在になることを、春香は知っているのだから。
 僕が春香と真のこの描写を「伏線になるほど重要なものではない」と明記したのは、このような考えによるものであったが、無論これも僕の個人的な解釈にすぎないので、しっかりとした伏線として生かされる可能性だってあるし、それはそれで十分面白い物語を紡ぐ要素の一つになり得ると思う。

 さて次回。

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 律子がレッスンをしているところから見ても、「律子がステージに立つ」ことが話のメインになるであろうことは想像に難くない。と同時に第2クールに入って初めての竜宮小町メインの話にもなりそうで、こちらの面からも非常に楽しみな話になりそうだ。
posted by 銀河満月 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(16) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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