この2話分は言ってみれば番組改編期における特別番組として位置づけられる意味合いの挿話群であり、アニマス本来のフォーマットからは若干外れたものになっていたわけだが、今回の16話から通常形態の進行にシフトすることになる。
そんな今話の中心となった人物は我那覇響。今までの話の中でも登場する機会が比較的多かった響だが、そんな彼女にとってはようやくのメイン回であり、同時に第2クールで初めて特定のアイドルに焦点を絞った物語である。
単に特定アイドルをフィーチャーした話と言っても、第1クール期の頃とはまったく周辺の環境が異なっている中で、彼女の物語はどのように描かれるのだろうか。
と思いきや、アバンに挿入されてきたのは千早の夢の中の話。
激しく言い争う千早の両親と思しき2人、割れる食器、そんな様子の一切を耳を塞ぎ拒絶する幼い千早、そして千早の手から離れていくとある人物の手…。
11話や14話でもほんの少し描写されてはいたが、夢という形ではあるものの千早の過去について直接的に描写されたのは今話が初めてのことである。
断片的に描写されたのみとはいえ、千早の抱えている最大の問題がおぼろげながらも見えてくる場面であり、同時にその問題の最大要因である「とある人物」の姿をはっきりと見せない演出は秀逸だ。
この辺は上記2エピソードでの描写と組み合わせることで視聴者の中にのみ、よりはっきりとした形となって現れるというモンタージュ的構成になっている。
悪夢から目覚め陰鬱な表情を浮かべる千早の耳に飛び込んできたのは響の声。窓から外を見やると、響のペットのうちの一匹であるいぬ美を追いかけて走る響の姿があった。
事務所の中で激しく口論?する響といぬ美。なんでもいぬ美が食事の皿をひっくり返してしまったということで、響が怒って説教しているのだが、いぬ美の方にも言い分があるらしく、2人の言い争いはなかなか終わらない。
状況だけを見ると皿をひっくり返した行為について、いぬ美はきちんと理由を説明していないようで、響も手作りでこそない物のきちんと栄養のバランスを考えた食事を出しているにもかかわらずそんな態度を取られてしまっているため、さらに怒る要因になってしまっているようであるが、その部分だけを抜き出してみるとかなり真面目なやり取りをしているようにも見える。
しかしこのシーンの会話は当然ながら「人」と「犬」の間で行われているわけで、見る者にとっては真面目なのか遊んでいるのかよくわからない光景になってしまっているのがユニークだ。一言で言ってしまえば「シュール」というところか。
765プロアイドルの中では基本的に他人に説教するようなことをしない響が、動物相手とはいえお説教をしているという絵面もなかなか新鮮である。
前話で久々に健在ぶりをアピールしたハム蔵は2人の間に立っているものの、他のペット全員の気持ちを代表しているといういぬ美の言葉を聞いた響から突っ込まれ、慌てて否定すると今度はいぬ美からも突っ込まれてしまい、まったくの板挟みになってしまう。
そんな3人の様子を見やるプロデューサーや春香たちの反応も面白い。
4話に続き動物と会話が成立していることに春香が感心する一方、今日収録の響メイン番組「とびだせ!動物ワールド」が無事に行えるのかを心配する律子。
響だけでなくいぬ美もメインとして出演している番組だけに、心配するのは無理からぬところだが、すべてではないと思われるものの、直接担当している竜宮小町以外のアイドルのスケジュールを把握しているあたりに、律子のプロデューサーとしての能力の高さが垣間見えるだろう。
そして3人の様子を冷汗を出しながら見ているのはプロデューサーと雪歩だ。今更言うまでもないが3話での描写の通り、2人は揃って犬が苦手なので、互いに「もう犬は怖くない」と強がってみせるものの、結局いぬ美の一声でびくついてしまうあたりが微笑ましくて良い。それほど大きな声ではない、ごく普通の吠え声であったところもまたポイントだろう。
しかしながらそんな中でも、3話では小さい犬を見るだけでも怯えてステージから逃げようとまでしていた雪歩が、怖がりながらも平静を装えるまでになっているところは、彼女の努力による成長の賜物だろう。
さらに言えば雪歩が落ち着いたそぶりを見せられたのは、いぬ美にはある程度慣れているから、つまり本話以前からいぬ美も事務所にしょっちゅう出入りしていたからという解釈も可能であるし、何より雪歩にとって頼れる存在であるプロデューサーがすぐ隣にいたからと考えることも可能なわけで、このシーン一つ取って見ても、16話分の積み重ねによる様々な見方が可能となっており、そういう観点からも良いシーンである。
さてそんな彼女らの横を、沈んだ面持ちのままで通り抜けていく千早。まだ今朝見た夢のことを引きずっているようで、春香の呼びかけにも言葉少なに反応しただけでボイストレーニングに出かけてしまう。
一方の響たちは仲直りすることができず、ついに響はいぬ美は収録にも来なくていいと言いだし、ハム蔵を連れて事務所を出ていってしまった。いぬ美の方もふてくされて応接室のソファーに横たわってしまう始末。
気分が沈んでいるにもかかわらずそれをごまかし、親友である春香にも打ち明けることなく平静を装った千早と、頭に血が上ってはいたものの、皆の前で感情を開けっぴろげに爆発させて不満を露わにした響。「事務所を出ていく」という行為そのものは連続して描かれた共通のシチュエーションであったが、それを実行したキャラクターの内面はずいぶんと対照的である。
そんな時、961プロの事務所ではまたも黒井社長の下で怪しげな計画が練られていた。
961プロ事務所の外観は765プロ事務所とは比較にならない程の巨大なビルであり、ゲーム版ではネオンサインがあったりして悪趣味さが全開になっていたが、このアニメ版では黒を基調としてまとめられたなかなか落ち着いたデザインになっている。
社長室で黒井社長と密談するのは、響が出演する「とびだせ!動物ワールド」のアシスタントプロデューサー。黒井社長子飼いであるこの人物は、響を番組から降板させ代わりにジュピターをメインに据えるという策略を立案していた。
10話でこだまプロのプロデューサーを「小者」と罵った黒井社長が、明らかに小物然とした人物を手駒として使っている点は実に滑稽であるが、それもまた黒井社長自身の性格を表したものであろう。
黒井社長は自ら今日のロケ現場に出向くことを決める。それはジュピターが取って代わるからという理由以上に、彼にとって最も嫌悪の対象である「765プロの人物」を見定め、打ち負かす様を見届けるためでもあった。
言いながら黒井社長はチェスの黒い駒を、盤上いっぱいに×の字に並べて「チェックメイト」と宣言する。
これが偉ぶってみせているだけの虚栄心によるものであるか、それとも単なる手慰みであるのかは不明であるが、14話でのオセロに続くこの種のシーンもまた、黒井社長の個性を強化するファクターとして機能していることは間違いない。
響やプロデューサーがやってきたテレビ局で、いぬ美が休みと聞いて驚いたのは、番組のディレクター。ゲーム版「1」のビジュアル審査員こと山崎すぎおを思わせるオカマっぽいキャラクター。
見た目も服装からしても十分そっち系の人であるが、いぬ美がいなくても自分1人で面白くするという響の言葉を、いぬ美が心配だからこそ強がってみせていると好意的な解釈をしてくれる、なかなかの好人物だ。
「いぬ美は具合が悪くなった」と言って平謝りするプロデューサーだが、ケンカしているとはいえ収録に参加させなかったのは響のわがままにすぎない。担当アイドルのわがままに翻弄されながらもひたすらプロデューサーとしての責任を果たすという構図は、そもそも「アイドルマスター」というシリーズ作品の根底にある基本テーゼの一つであり、このシーンはその基本に忠実に作られたシーン、と言えなくもない。
いぬ美を置いてきたことについて、プロデューサーと響との間にも確実にあったであろう何かしらのやり取りが描かれなかったことはもったいない気もするが、相手がなぜ怒っているかがわからない状況で仲直りすることは人間同士でも困難であり、プロデューサーの言葉ですぐに問題が解決できたわけでもないだろうから、省略に足る部分であったろうと推察する。
いぬ美の代わりにメインを張ろうと意気上げるハム蔵だったが、そこへ件のアシスタントプロデューサーが連れてきたのは、「ブラックファルシオン三世」というやけに仰々しい名前が付けられた黒い大型犬。
ディレクターの「愛想がない」との言葉通り、近寄った響に構わずおしっこをし始めたり、実際の撮影でも響が近づけたマイクにかじりついてしまったりと、お世辞にも可愛いとは言い難い犬であるが、その体色からして961プロ陣営そのものの暗喩になっていると見るのが妥当だろう。
その視点で見ると犬の愚鈍な態度や、そんな無芸の犬を今回の作戦とは関係なく(実際に響を陥れる作戦の駒としては機能していない)前々から用意しておいたというAPの才覚のなさが、そのまま961プロそのものを象徴しているとも言える。
同時にそんな相手であっても、「いぬ三郎」と相変わらず独自の名前を付けて可愛がろうとする響の動物好きなところが際立った場面でもあった。本名にひっかけて「三」という数字を名前に取り入れている辺りは細かい。
それでも黒い犬の相手をするのはやはりくたびれたようで、思わずいぬ美と一緒ならと口走ってしまい、慌ててそんな気持ちを否定する響。寂しそうな顔を見せたり起こった表情を作ったりと、撮影中の笑顔も含め、感情に任せて表情をコロコロ変えるのは響の魅力の一つであろう。頭をブルブル振ったために頭上のハム蔵がふらついてしまう、さりげない部分を盛り込むのを忘れないのもさすがである。
そんな響にさんぴん茶の差し入れをしつつあることを告げるプロデューサー。番組のゲストとして急遽ジュピターが来ることになったという話を聞き、14話での遺恨を忘れていない響は俄かに気色ばむ。
14話において自分たちがまずやるべきことはアイドルとしてもっと頑張ること、という結論に落ち着いた765アイドルであったが、そんな中でも黒井社長には負けないと宣言していたのは響だった。もちろんその時点で内心の刺々しさは払拭できていたものの、やはり目の前に対象の人物たちが現れるとなれば、胸中穏やかでいられないのも確かだろう。どこまでも自分の感情に素直な少女ではある。
しかしプロデューサーから用心するようにと注意を受けた矢先、そのプロデューサーがそばを離れた間に響はAPの息がかかったADに騙され、そうとは気づかぬまま1人別の場所に連れて行かれてしまう。
一方のプロデューサーは初めてジュピターの面々と直接顔を合わせる。事情を知らないディレクターの厚意で挨拶を交わすことになったが、真っ先に突っかかってきたのは天ヶ瀬冬馬だ。
彼は黒井社長の「765プロは汚い手段を用いてアイドルを売り出している」という虚言を真面目に信じ込み、765プロを執拗に敵対視しているのだが、そんな彼に対しプロデューサーは毅然とした態度を崩さず、961プロには負けないという強い決意を宣言する。
言葉通りにロケ地までやってきていた黒井社長は、そんな彼の姿を眺めつつ「底辺事務所にお似合いの顔」と蔑む。
そして黒井社長へのAPの報告通り、ADは響を本来のロケ地とは全く別の場所で降ろし、そのまま響を置き去りにして走り去ってしまう。さらに運の悪いことに響の立っていた足場が崩れ、響はハム蔵と共に崖下へ滑り落ちてしまった。
その頃の765プロ事務所では、いぬ美が未だふてくされたままソファーを陣取ってしまっていた。
事務所に残っている他のメンバーにもまったく手に負えない状況であったが、そんな折、ロケ先のプロデューサーから響がいなくなってしまったという連絡が入り、密かにいぬ美も目を向ける。
メインである自分を特別扱いするよう響に言われたから先に車に乗せたというADの言をやんわり否定するディレクターだったが、反対にAPの方はここぞとばかりに響の否定を始め、強引にジュピターをメインに据えようとする。
しかしあまりにあからさまな態度だったためか、プロデューサーがAPに対して若干の疑惑を抱いたことが画面上から見受けられ、この時点でAPの権謀術数が杜撰なものであったことを示している。そもそも響を別の場所に置き去りにするだけというやり方からして、あまり頭の良い案とは言えないのだが。
またこのシーンではディレクターの見せ方が出色だ。ディレクターの言葉だけで響の仕事に対する真摯な姿勢が窺えるし、それに伴ってスタッフとの仲も良好であることを匂わせている。
さらに「響が一番いいことは間違いない」と響をフォローしながらも、「あまり押してしまうとまずい」と現実の状況を重ねることで、プロデューサーが響を探しに行くと無理なく言い出せる雰囲気を作り上げているのだ。どこまで意図してやったものかは不明だが、結果としてこの行為自体は権謀術数の一環ともなっており、その点からもディレクターはAPより優れた人材であるということが浮き彫りになっている。
他のスタッフに探させずプロデューサー1人だけを探しに向かわせたというのも、「勝手にいなくなったキャスト」をスタッフに探させることが立場上できなかったというのもあるだろうが、あくまでプロデューサーと響の2人が自分たちの力で状況を打開することを期待していたとも取れる。
アイドルに対するプロデューサー、あるいはプロデューサーに対する社長や小鳥さんのように、765プロ陣営もしくは765プロ側に好意的な大人たちは、基本的に問題解決のための具体的な方策を提示したりはしない。物語上の方向性を指し示す程度にとどめ、あくまで若い未熟な側の人間を見守る立場を徹底しているのだ。
12話におけるプロデューサーと小鳥さんのやり取り、14話ラストでのプロデューサーの決意を多く語ることなく受け止めた社長や善澤記者の描写を見てもそれは明らかなことであり、今話のこのシーンもそんな本作における「大人」の立場を改めて明示した場面と言える。
最初からタイムリミットを設定してきたのは厳しいと見る向きもあるかもしれないが、それもまた本作における「大人」としての立ち位置故のものだろう。
一方崖から滑り落ちてしまった響は幸い怪我もなく無事であったが、1人で崖を登ることもできず途方にくれてしまう。
プロデューサーの言うとおり961プロの仕業ではないかと疑う響だったが、そこに思い至っても真っ先に考えたのは撮影に間に合わないかもしれないことへの不安や心配だった。
自分の身を案じるだけでなく仕事のことを気にするのは、プロのアイドルとしては当たり前と言えば当たり前の考え方であるが、同時に961プロへの怒りよりも先に仕事を案じている辺りにプロのアイドルとしての成長が窺え、「何よりもまずアイドルとして努力し続ける」765プロアイドルの基本姿勢が響の中に十分根付いていることもよくわかる。
見知らぬ場所に置き去りにされたこと自体は961側の策略にしても、崖から滑り落ちてしまったのは響自身の責任だという意識も多少は働いていたかもしれない。
しかし現実的にはその場から全く移動することができない状態である。そんな時に名乗りを上げたのはハム蔵だった。ハム蔵は自分を崖の上まで放り投げ、いぬ美たちに連絡して助けてもらおうというのだ。
犬であるいぬ美なら本当のロケ地の場所も匂いで探すことが出来るというのだが、いぬ美とケンカ中の響はこんな窮状にもかかわらず意地を張って拒んでしまう。
そんな響を諌めるように彼女の頬を叩いたハム蔵は、そのまま木の根を伝って崖を登り、振り始めた雨の中をいぬ美のいる事務所へ向かって走り出す。
状況だけ見ればかなりシリアスな場面なのだが、やはり響の相手を努めているのが動物であるハム蔵というだけあって、画としてはかなり変な構成になってしまっている。シュールと一言で表現するのは難しいが、その不条理とも取れる妙な図は今までのアニマスになかった独特のものであることは間違いない。
疾走するハム蔵の背後にかかる「TRIAL DANCE」が、そんな妙な感覚にさらに拍車をかけている。曲調といい使用されていた部分の歌詞といい、情景自体には非常にしっくりくるBGMなのだが、ハム蔵というよりハムスターの描写としてはあまり似つかわしくない歌でもある。状況的にはふさわしいがキャラ的にはふさわしくない、そのアンビバレンツな感じに味わいを見出せるか否かが、このシーン、ひいては今話そのものに対する評価の分かれ目になることだろう。
一方の765プロ事務所では雨が降り出したことを知り、いぬ美が不安そうな声を上げながら窓の外を眺めるが、その時ついにハム蔵が事務所にまでやってくる。
Aパート序盤の響といぬ美の口論で、響がいぬ美を「人でなし」との言葉を投げかけた際に、「人なのかな?」と極めて普通な疑問を持ったのは春香だったが、その春香が戻ってきたハム蔵を見て「1人でここに?」と、これまた普通に人間扱いしているのが面白い。オスのハム蔵はそのままに、メスのいぬ美に対してはちゃん付けで呼んでいるのも芸コマなところだ。
春香とハム蔵は担当声優が同じということを知っていれば、春香とハム蔵の言葉のやり取りについてもさらにニヤリとさせられることだろう。
やってきたハム蔵の様子にただならぬものを感じたのか、いぬ美は起き上がって春香をグイグイと引っ張り出す。その様子から自分たちを響の元へ連れていくよう言っているのではないかと察したのは雪歩だった。
雨の中、1人きりで崖下に立つ響。いぬ美とケンカしてからはろくなことがないと独りごちた後、いぬ美がなぜご飯のことで皿をひっくり返すほど怒ったのかに想いを馳せる。
以前は響がみんなの食事を自ら作っていた。嫌いな食べ物もきちんと食べられるよう工夫しながらご飯を作り、それをみんなも喜んで食べていたが、アイドルとしての仕事が忙しくなってきてからは、食事を作る時間もなくなるようになってしまったため、市販のペットフードだけで済ますようになり、みんなの食事を見届けることもなくすぐ出かけるようになってしまっていた。
そこまで考えた時、響は悟る。いぬ美が怒ったのは単にご飯のことだけではない。多忙故にいつしかみんなに目を向けることが少なくなってしまったことを、寂しがっていたからだということに。それはいぬ美だけではない、響の家に住むすべての動物たちが一様に抱いている想いだったと。
それはアイドルの仲間たちも頼れるプロデューサーもいない、そしてハム蔵さえもいない1人ぼっちの状態に響が陥っていたからこそ、初めて気付くことのできた動物たちの気持ちだった。
響にとって一緒に住んでいる動物たちは単なるペットではなく、家族同然であるということは以前から断片的に描写されていたことだが、一緒に住む家族の気持ちが離れていってしまうこと、孤独になってしまうことを寂しがる気持ちは皆同じであるということに、響は気づくことができなかったのだ。
そしてそんな気持ちに動物たちを追いこんでしまったのは、皮肉にも自分が動物たちのためにと思って打ちこんできたアイドル業のせいでもあった。
13話でのライブ成功により、765プロアイドルの周辺状況は激変することになったわけだが、それは個々人の家庭環境についても同様のことが言える。
アイドルとして成長するにつれ、家庭環境もどうしても変わっていかざるを得ないのは必定だし、その変化が当人に対して喜ばしいものとなるかどうかは、実際になってみなければわからない。そういう意味では避けて通れない問題でもあるだろう。
その問題を抽出して描写したのが、今話の響たち家族の物語だったのだ。ハム蔵やいぬ美にしても、響が何より自分たちのことを考えて仕事を頑張っていることは当然知っているわけだから、そのせいで自分たちが寂しい想いをすることになっているということをおいそれと話すことはできなかったのだろう。
「家族」の想いをくみ取ってやることができなかった自分の不甲斐無さ、そしてみんなへの申し訳なさに涙を流す響。相手が人であろうと動物であろうと関係ない、みんなを自分の家族として大切に想うことができる心を持っているからこその涙である。
と、そんな響の耳に届く慣れ親しんだ犬の鳴き声。見上げた崖の上にはハム蔵やいぬ美以下、響の家に住む動物たちが集合していた。ハム蔵からの急報を受けてやってきたいぬ美たちは泥だらけになりながらも、自分たちの力で響の居場所まで辿り着いたのだ。
寂しい想いを味わいながらも、それでも彼女のために集まってくれたみんなに、自分の非を謝罪する響。そんな彼女に一声吠えかけたいぬ美の言葉を聞いた響は、笑顔を作って力強く頷く。
「言葉」と書いたが実際にいぬ美がどんな言葉をかけたのか、響の通訳がなかったために見ている側は直接知ることができなくなっており、それが演出上の捻りにもなっている。だがどんな言葉であれ、互いを家族として思いやっているからこその優しい言葉であろうことは想像に難くない。
長かった雨もようやく止んだが、プロデューサーは響を結局見つけることができなかった。響が戻ってくるまで雨を降らせ続けなかった天候をディレクターが「野暮」と皮肉る一方、まさに嬉々とした様子でジュピターの代役を推し進めるAPの姿に、より強い疑惑の眼差しを向けるプロデューサー。
黒井社長の自動車に近寄り、調子に乗って自分の計画をべらべらと話すAPだったが、その話は全て後をつけていたプロデューサーに聞かれていた。べらべら話してしまったこともそうだが、プロデューサーが尾行していたことにも全く気付いていなかったあたり、序盤から描かれていた無能ぶりがここにきて炸裂したというところだろうか。
初めて相対するプロデューサーと黒井社長。961側の企みを知ったプロデューサーは撮影を中止させようとするが、黒井社長はそれを余裕で制止する。事情がどうあれ響が今この場にいないという状況を覆すことはできないと。
実際には765側としても何もできないということはないのだろうが、今回に関しては初めて対峙した黒井社長の自信たっぷりな態度に呑まれてしまったというところだろうか。このへんはプロデューサーとしてまだ未熟な面が露呈してしまった感じである。
やりようによってはかなり重苦しいシーンになってしまいそうではあったが、黒井社長の「できるのならな」という最後のセリフに漂うすさまじい小物臭が、その種の空気をうまく緩和していた。
黒井社長の言葉にさすがに反論できないプロデューサーだったが、そこにようやく響が動物たちとともに帰ってくる。
駆け寄るプロデューサーとディレクターに謝る響だったが、すぐにとりなしたディレクターは予定通り響をメインに据えた撮影開始の指示を出し、ジュピターはお役御免となった。そんな様子からも、やはりディレクターは当初からADやAPの言動をあまり信用していなかったことが見て取れる。
黒井社長はAPを見限ってジュピターと共に現場を離れるが、車中では今回の一件も765プロ側が仕組んだものとジュピターに吹聴する。冬馬はその説明を鵜呑みにしてしまっているようだが、他の2人の態度が描写されていないところがミソだろう。
そしてやっと撮影開始。笑顔で番組を進行していく響を見つめるのはプロデューサー、そして小鳥さんと春香だ。どうやらいぬ美たちを搬送してきたのは彼女らのようだ。
春香も感心する響たちの強い絆。それは人も動物も関係ない、同じ「家族」だからこそ持ちうる絆。家族だから互いを想い、家族のために頑張れる。それもまた間違いなく我那覇響というアイドルを支える信念であり、彼女の強さの源の一つであった。
一緒に撮影に参加させた響の家族たちとともに走り出す響の笑顔は、そんな強さに裏打ちされたものであったのだろう。
EDは響の新曲「Brand New Day!」。ゲーム版「SP」の頃から何度も描かれてきた「響が動物たちの食べ物をつまみ食いしてしまったために、すねた動物が家を飛び出してしまう」情景が初めて視覚化されている。
楽曲そのものも響の個人曲としては初めてポップな曲調の歌になっており、響本来の性格に近い内容の歌になっているのではないだろうか。
ED映像では本編中ついに一度も姿を見せなかったヘビ香が登場している点も見逃せない。
今話では第1クール期に頻出した「アイドルが成長して何かを得る」テーゼから一歩踏み込み、「既にあったものを失いかけながらも、アイドルが成長することでそれを取り戻す」ことがテーゼとして織り込まれている。
すなわち響と動物たちとの絆は元からあったはずであるにもかかわらず、アイドルとしての仕事が忙しくなったためにその絆に綻びが生じてしまい、それを各々の立場から修復するというのが、今話の物語だったわけだ。
それはアイドル業を続ける上でどのアイドルにも発生しうる負の問題であるが、それを響とその家族に託して描いたのである。
そしてそのテーゼを示す一環として導入されたのが、アバンでの千早の夢ではなかったか。
今話の構成を考えると、アバンにおける千早の夢がそれ以降の展開と有機的に結合しておらず、完全に乖離している印象がある。
それ自体は否定できるものではないが、個人的にはこのアバンはストーリー上のつながりよりも、今話のテーゼをより明確にするための演出の一環に過ぎないのではないかと思える。
今話の響は家族である動物たちとケンカすることで仲たがいしてしまった。結果的に仲直りし絆を深めることもできたわけだが、もしそれができなかった場合はどうなるか。家族関係が崩壊してしまったその結果を、千早の夢を通して見せようとしていたのではないだろうか。
人と動物という異なる種族でありながら家族関係が構築できている響。しかし夢の中で描写される千早の家族関係は、とある理由からかなり危険な状態にまで陥っている。そして夢の中の千早は耳を閉ざしてそんな状況から目をそらすことしかできない。
無論千早と響の状況は全く異なっているのだから一概に比較することなどできないが、環境の激変による家族関係の悪い方への変化というシビアな面を、千早の過去と絡めることで早々に見せることで、近しい状態に陥りそうになりながらもそこから脱却した響たちの正の部分の描写をより強調しているように思えるのだ。
そしてそんなシビアな面を緩和する目的で、響にスポットが当てられたのではないかと考える。
千早の夢を例に挙げるまでもなく、「環境の激変による家庭環境の変化」というのはかなり重苦しいテーマだ。変化が必ずしも良い方にのみ作用するわけではない以上、そこには少なからず人間同士の露骨なぶつかり合いが生じるだろうし、それをまともに描くと極めてアンダーな空気が作品世界そのものを支配することにもなってしまう。そしてそれは製作陣にとっては決して求めていない空気だったろう。
まともに描きたくないが、アイドルとしての日常を描くというアニマスの大前提を踏まえる上で、アイドルのプライベートにおける状況の変化を一度はきちんと描く必要もあった。
そんな困難な状況を打開するために考えだされたものが、「人と動物のケンカ」という構図ではないか。
主役アイドルとやり取りする相手を人間ではなく動物にすることで、全体的にシュールな空気からくるおかしさを作り出し、作品世界に余計な陰鬱さを漂わせないようにする。それがスタッフの出した回答だったように思える。
例えるなら今話は浦沢義雄氏の脚本というか、東映不思議コメディシリーズのようなシュールな空気に満ち満ちた内容に仕上がっている(脚本そのものの出来は本家に及ぶべくもないが)。
今話はともすればかなり重苦しい雰囲気になってしまいかねないテーマの話を、出来る限り緩和して描くことに終始した話と言える。それはアニマスとしては当然の作劇法であったのだが、同時に演出面における勢いやダイナミズムが多少殺がれてしまった点は否めないだろう。
ただそういったテーマ的な部分を除いても、響と飼っている動物とは切っても切れない関係であることは周知の事実であるにもかかわらず、ゲーム版「SP」でも「2」でも、動物との関係性を主軸に置いた物語が描かれることはなかったため、動物たちの扱いが響というキャラクターの個性付与程度に留まってしまっていた現実を思えば、今回のアニメ版でゲーム版では描ききれなかった「動物との関係性」を念入りに描写したのは、アニマスの企画意図から考慮しても正しい選択だったと言える。
緩和と言えば今話は初めて直接961側と対峙した話であったが、結局アイドルである響は961側の人間と顔を合わせることはなく、プロデューサーのみが相手をする形になっていたのも、アイドル同士が反目しあうことで全体が殺伐とした空気に支配されてしまうことを防ぐための措置だったと思われる。
同時に14、15話での言葉通り、アイドルにはいつもどおりにアイドルとしての仕事を頑張ってもらい、961プロとのやり取りについては自分が一身に引き受ける姿勢を貫いたプロデューサーの姿をきちんと描写出来ていた。
さて次回。
14話では伊織と共にかなり激しく961プロを糾弾していた真だったが、次回は真自身も961陣営と対峙することになるのだろうか。