しかし同時にアニマスは完全な意味での「アンソロジー」ではない。それは話の根底に張られている縦糸でもある「登場人物がトップアイドルを目指して活動、成長していく」というテーマが、各々独立しているようにも見える各話間を強固に結び付けているからだ。
1話から12話に至るまで様々な演出の元、様々な挿話が盛り込まれてきたわけだが、そんな中でも主人公のアイドル12人は、緩やかではあるものの確実に成長し、トップアイドルへの道を歩みだしている。むしろ彼女たちの成長を一足飛びにではなく、着実に且つ明確に描出するためのアンソロジー形式であったとも言えるだろう。
そんな彼女たちが今までの物語の中で培ってきたもの、積み重ねてきたものを全てぶつける時がついに来た。
765プロ主催の感謝祭ライブ。竜宮小町以外の9人にとっては初めてとなる大舞台でのライブに臨んだ時、彼女たちは何を見、そして何を得るのだろうか。
ついにやってきたライブ当日。いち早く会場に到着した9人は、自分たちが今まで経験したことがないほどに大きいライブ会場を前に、圧倒されたり興奮したりと様々な想いを抱く。
興奮していた側の代表格は春香だ。と言ってもやよいや響のようにストレートに感情を表現していたわけではなく、幼い頃父親に連れられて鑑賞したとあるアイドルのコンサートでの出来事を、静かに思い返していた。
一番後ろの席に座っていた幼い春香たちに対して、「後ろの人もちゃんと見えているから」と声をかけていたアイドルの言葉。今自分がそのアイドルと同じ立場に立つことで、そのアイドルの言葉が真実であったことを実感した春香は、すべての席にいる人たちが楽しめるようなライブにしたいと、改めて決意する。
その一方、美希は特に感慨の言葉を漏らすでもなく、まさに圧倒されたかのようにステージ上から客席を見上げていた。
プロデューサーに話しかけられた美希は、努めて冷静に「自分がキラキラ出来るか」との不安な気持ちを吐露する。
この一連のシーンはライブ自体の成功を考慮している春香と、自分自身のことにしか意識を向けていない美希との対比として受け取る方が多いように思われるが、むしろこの場面では「ライブ」というものに対して、荒削りながらも明確なビジョンを持って臨もうとしている春香と、そのビジョンを未だ自分の中で構築できていない美希、という面での対比と考えるのが妥当だろう。
小さい頃からずっとアイドルになる夢を抱き、それを目標にしてずっと努力してきた春香と、さしたる目標を持っていなかった上にその目標設定が歪んでしまったため、自らの目標を定めるまでずっと遠回りしてしまった美希との差が出たというところか。
春香に対しては千早がただ春香の聞き役に徹していたのに対し、プロデューサーに疑問を投げかけ、その応えを聞いて美希が初めて笑顔を見せたというやり取りの差異も、その辺に起因しているのだろう。
しかしここへきて新たな問題が勃発する。
9人とは別の仕事をこなしていた竜宮小町と律子が、仕事先で台風の直撃を受け、移動が困難になってしまったのだ。
当初はリハーサルにまでは到着できるという判断だったものの、電車が全線不通になり、レンタカーで移動するも今度はタイヤがパンクしてしまうという災難に連続して見舞われ、リハーサルの時間にまで到着することができなくなってしまう。
今回のライブは竜宮小町がメインであるだけに不安を隠しきれない一同ではあるが、それでも携帯電話を介してお互いを励まし合う姿は、765プロアイドルの面目躍如というところか。
しかし開始一時間前、開場時間を迎えてたくさんの客が入場してきていると小鳥さんが報告する一方で、律子からの再度の連絡により、竜宮小町は本番開始時間までには到着できないことが確定的となってしまった。
プロデューサーは竜宮小町が到着するまで9人だけでライブを行うことを決断、開始時間を30分遅らせる一方で、セットリストの再編成などに各人が奔走することとなる。
先程も書いたとおり今回のライブが竜宮小町が主体であり、残りの9人は失礼な言い方をすれば前座にすぎない。
もちろん全体の流れとしては、6話以降連綿と描かれてきた「9人のアイドルが竜宮小町と並ぶアイドルに成長するために努力する」描写の集大成としてのライブなのだから、9人全員が竜宮小町と同等の活躍ができるということを作中で見せなければならない。
しかし竜宮小町主体のライブと銘打っている状況、竜宮小町の活躍を描かないわけにもいかないわけで、それらを両立させるためには竜宮小町自身には何の過失もなく、それでいて9人の方がライブで目立たざるを得ない状況が必要だった。そのための舞台装置が「台風」というわけだ。
二組に分かれているメンバーのうち片方が、不測の事態によって約束に間に合わなくなってしまうという展開自体は、様々な作品の中でよく見られるものではあるが、このやり方は何も考えずに導入すると片方の描写だけに集中してしまい、もう片方の描写がおざなりに、ややもすると全く描写されずに終わってしまう可能性すらありうる。
そういう意味では危険な見せ方とも言えるわけだが、この手法を取り入れた製作陣の真価は、Bパートにおいて明示されることになる。
9人だけで当座を乗り切ると決めたアイドルたちではあったが、セットリストは急作りであるし、竜宮小町が歌う予定だった楽曲の歌唱者決定に難航するなど、やはり一筋縄でいく事態ではない。
竜宮が来るまで持たせられるのか。そんな全員の不安を象徴するかのように、会場周辺にも雨粒が落ち始めてくる。
いよいよ開始という段になっても、やはり不安は消し去れない。緊張を隠せず震えているのが雪歩とやよいというのは、11話でのレッスン描写からのつながりであろうが、各々が緊張を紛らそうとしている中で、美希だけが真剣な表情で資料(セットリストか楽譜か?)を見つめているのもまた、12話で芽生えた美希の新たな目標を踏まえての描写だろう。
それはプロデューサーからの最後の激励に応えたのが春香ではなく美希であったことからも十分に窺い知れる。しかし同時に春香であればその場にいる全員を気遣う意味での言葉を述べたところだろうが、美希はまだあくまで自分視点からでのみの決意表明にとどまっているところに、前述の「差」が感じられる。
だがそれでもそういう決意を他ならぬ美希が、確固たる決意や意志と言ったものから一番縁遠かった美希が率先して述べたからこそ、この場では皆を鼓舞する効果を上げていたのも確かだろう。それは美希を笑顔で見つめ、そして次にはすぐさまキッと強く前を見据えた春香の様子からもわかることだ。
そしていよいよライブ開始。小鳥さんのMCの後、誰より彼女たちの今日までの努力を傍らで見続けてきた青年に背中を押され、春香たち9人は憧れのステージへと飛び出していく。
竜宮小町というメインの存在がおらず、しかも観客のほとんどは竜宮小町目当てであることも、振られているサイリウムの色から容易にわかってしまうという、9人にとっては何とも厳しい状況の出だしだ。
春香が「乙女よ大志を抱け!」を歌っている間にも、楽屋では真美が使う予定のリボンが見つからず、響が見つけたスカーフで代用したものの、今度は真美とやよいが「キラメキラリ」を歌っている最中、そのスカーフが雪歩の使用するものであったことが発覚したりと、裏での混乱はなかなか収まらない。
肝心の竜宮小町も渋滞に巻き込まれてほとんど身動きすることができず、焦りだけが募る一方。
ライブ自体は「My Best Friend」「私はアイドル」と滞りなく進むものの、メインである竜宮小町が出てこないため観客も今一つ盛り上がらず、楽屋では真と響が些細なことから口論を始めてしまい、ついには真美が不手際で雪歩の衣装を破ってしまった。
ライブを成功させたい、満足のいく結果を出したいと願う気持ちは皆同じである。しかしただでさえ今までにない大舞台でのライブということで緊張していたのに、当日になって突然の予定変更、しかも自分たちを引っ張ってくれるはずの竜宮小町も存在しないという状況で、ライブ開始前から各人の緊張が既にピークに達していたであろうことは、想像に難くない。
さらには自分たちのパフォーマンスが観客を満足させられていないという現状、竜宮小町が来るまで自分たちがライブを盛り上げなければならないというプレッシャーと言った様々な感情が入り混じり、さらに今はライブの真っ最中であり、限られた時間の進行に追われるだけという現在の状況が焦燥感を煽り、9人を余計に混乱させてしまった、有り体に言えばテンパってしまったわけだ。
このへんはアイドルとしての絶対的な経験値不足が露呈してしまっており、「アイドルになりきれていない」彼女らの未熟さを描出していると言える。
千早の呼びかけもあってどうにか落ち着くことはできたものの、今度は不安感がどんどん湧きあがってきてしまう。彼女らがライブ開始直後からある意味でテンパっていたのは、心の奥にある不安を押し込める意味もあったろうことが窺い知れる。
そんな中で口を開いたのは、やはり春香だった。
「今は自分たちが何を届けたいかを考えよう。観客の目を気にするよりも、夢の叶ったこの舞台の上で、自分たちができることを会場のすべてに届けよう」という言葉は、もちろんその場にいる全員を気遣っての、春香らしい励ましの言葉ではあったろう。しかしその場を盛り上げ、全員の感情を鼓舞する目的以上に、春香が思い描く「アイドル」として持つべき態度や信念を訴えているように思えるのだ。
幼い頃からアイドルに憧れ、恐らく他の誰よりもアイドルという存在を大切に想っている春香だからこそ、自分が今その憧れの存在であった「アイドル」になっているからこそ、自分が思い描く理想のアイドルになりたいし、みんなもそんなアイドルになってほしい。そんなごく私的な想いの発露が、春香のこの言葉ではなかったか。
そしてその言葉は単なる理想ではない。春香を含めたみんなは、その理想を現実のものとすることができる場に、今まさに立っている。この場に立つために皆で懸命に努力をし続けてきたことも知っている。だからこそ春香は信じられるのだ。自分たちなら理想を現実のものにできると、それだけのことを自分たちはしてきたのだと。
竜宮小町が来るまで持たせると言った悲壮な考えではなく、竜宮小町のいない間に自分たちが台頭しようなどという野心的な考えでもない。あくまでもアイドルとして自分たちがやるべきことをやる。春香のその思いは各人を本当の意味で落ち着かせ、奮起させることとなった。
春香の言った言葉は、場合によっては春香個人の抱く「アイドル」の理想像を押し付ける形になっていたかもしれない。しかし仔細はそれぞれ違えども、その場にいたのはアイドルになることを目指して今日まで頑張ってきた少女たちだ。だからこそ春香の理想に共感することができるし、今は何よりもそれが一番大切であることに思い至ることもできる。それは取りも直さず、彼女らが今までの様々な日常の中で培ってきた強い信頼関係があればこそのものだろう。
そして彼女らが心に決めた「アイドルとして今やるべきこと」を誰よりも強く自覚していたのは、他ならぬ伊織だった。
他の9人よりも一足先に有名アイドルになった竜宮小町のリーダーとして、今回のライブを牽引する役割を本来担っていたのが伊織であったろうことは想像に難くない。そうでなくとも大きなライブを初めて体験する他の9人の手本とならなければならない立場であるし、もちろん竜宮小町目当てで集まってくれた大勢の観客に応えなければならない使命感もあるだろう。
しかし現状は、台風という自分たちではどうしようもない力に阻まれ、会場で歌うどころか会場に到着することさえできない状態である。
自分たちが到着していればライブそのものを混乱させることもなかったし、観客を戸惑わせることもなかったろう。何より他の9人に要らぬ苦労を強いらずにすんだはず。自分がやらなければならないことを誰より自覚していたからこそ、その悉くを実行することができない無念さ故の涙。それは仲間を思うからこその涙だった。伊織たちもまた仲間たちと強く結び付いているのである。
同時にアイドルとしては先行している立場の伊織が既に持ち得ていた「アイドル」としての強い自覚を、今回の件で春香たちが紆余曲折の末に持つことができた時点で、伊織たち竜宮小町と春香たち8人はようやく同質の存在になれたとも言えるのだ。
台風という偶発的な要素を利用して、竜宮小町とそれ以外の9人を物理的に離れさせたのは、春香たち9人をアイドルとして成長させるという作劇上の都合を考えれば、無理からぬ処置であったろう。
しかしスタッフは、分かれた一方である竜宮小町の描写をおろそかにすることは決してしなかった。春香たち8人が自覚した「アイドルとしてやるべきこと」。それと同じことを自覚していたからこそ、それを果たすことが出来ずに伊織は涙を流した。言いかえればその時初めて春香たちのアイドルとしての自覚が、竜宮小町のそれと同等のものとなったのだから。
この描写があったからこそ、春香たち8人はアイドルとして竜宮小町と同質の存在になれたと見て取ることができるのである。
ただ1人、その時「私はアイドル」を歌っていたため楽屋にいなかったアイドルを除いて。
アイドルとしての決意を固めた8人は、吹っ切れたかのように「スタ→トスタ→」「思い出をありがとう」「Next Life」「フラワーガール」と、次々曲を披露していく。だがそんな彼女らの心境の変化は、善澤記者などごく一部の者にしかまだ届いていない。
未だ律子たちと連絡を取り合っているプロデューサーの元に、やよいが緊張の面持ちで話しかけてきた。急遽セットリストの順番を変更したことが仇となり、動きの激しいダンサブルな曲を、美希が2曲続けて歌う順番になっていたことが発覚したのだ。
本番中に曲の入れ替えをすることもできず、ボーカルの練習は2曲とも美希しか実施していないということで対応を迫られるプロデューサーだったが、そんな彼に美希は静かに「やってみてもいいかな?」と問いかける。
ここで注目したいのは美希の言葉だ。いつもの美希であれば最初から「やってみる」なり「やってみたい」なり、自分を思考の中心に据えた上での言葉遣いになっていただろうが、今回はまず最初にプロデューサーに実行の可否を問いただしている。
続くプロデューサーとのやり取りの中からもわかるとおり、美希にとっても2曲連続というのは自信のないことなのだ。しかし美希は同時に、その自信のないことに臨みたいという明確な意志を示した。12話において「竜宮小町のような存在に自分がなれるかわからない」という理由でアイドルを止めようとさえした美希が、である。
対するプロデューサーも美希の希望を無下に否定することなく、今現在の美希の素直な気持ちを聞いた上で、2曲連続で美希に歌わせる決断を下す。2人もまた過去の挿話を経て確実に成長した存在なのだ。
失敗する可能性を恐れながらもなお、自らが憧れる理想のアイドルとしての姿を求めて困難に挑もうとする美希と、それを認め彼女を信じることで送り出すプロデューサー。ゲーム版アイドルマスターのラストコンサートにおける美希とプロデューサーのやり取りをも想起させるこの会話シーンは、ゲーム版では2人で追い求めた美希なりの理想のアイドルとしての姿に、とりあえずの決着をつけるという意味で機能していたが、今話の方ではそれを今まさに追い求め始めようとするスタートとしての意味合いが持たされている。
そして美希の成長はそこだけに留まらない。美希は歌を歌う前にわざわざMCを挟んだ上で、竜宮小町の到着が台風のために遅れているという事実を初めて観客に話す。その上で竜宮小町が来るまで「美希たち」が竜宮小町に負けないくらい頑張るから見ていてと呼びかける。
3話でも披露された美希の天然トークスキルの高さは健在だったが、今話でのこのトークは単なるMC以上の意味を持つ。
もし美希が以前のように自分中心の考え方のままであったなら、わざわざここにMCを挟む必要はないのだ。なのになぜMCを挟んだのか、今あえて竜宮小町の不在を暴露したのだろう。
それは6話以降、「竜宮小町」という存在に縛られ続けていた美希の精神的な脱却の宣言であると同時に、「自分」ではなく「自分たち」、つまり仲間全員で取り組めば竜宮小町と同じくらい、またはそれ以上に輝くことができるという信念が芽生えてきたからではなかったか。
12話での美希の言葉を思い返してほしい。美希はみんなと一緒にライブのレッスンをしている時、ドキドキしたりワクワクしたと言っていた。決してはっきりと自覚していたわけではないだろうが、それでも美希は心のどこかできちんと理解していたのだ。皆と一緒に頑張っていくことで、初めて自分の思い描く理想のアイドルに近づくことができると。
だからこそあえて美希は「美希」個人ではなく「美希たち」と、9人全員のことを指し示して表現したのだろう。さらに言えば竜宮小町について「ちゃんと来る」と断定形で話していたのも、竜宮小町への強い仲間意識があればこそのものだろう。
美希はMCの最中、美希個人ではなく765プロアイドルの代表としてあの場に立っていた。それは誰に頼まれたわけでもない、美希が初めて能動的に仲間たちを気遣った結果の行為でもあったのだ。
MCに続けて美希は全力で「Day of the future」を歌いあげる。その時点で体力的にはかなり厳しい状態ではあったが、美希はサポートに真、響を迎えて、そのまま新曲「マリオネットの心」を熱唱する。
美希が苦しそうであることはプロデューサーや他のアイドルにしてみれば一目瞭然ではあったが、一度ステージに上がった以上は手を差し伸べることはできず、信じて見守るしかない。ゲーム版であれば「アピール」という形でプロデューサーがアイドルを支援することはできるのだが、この辺はゲーム版で描ききれなかった「アイドルを見守る側の人々」の複雑な胸中をアニメならではの視点で描写している。
ほとんどのメンバーが信じて見守るだけの中、酸素吸入器を取りに戻る春香の具体的な気遣いが際立っていた。
美希は2曲を無事に歌い終える。彼女の強い想いが観客にも伝わったようで、若干冷めてしまっていた観客のボルテージもだいぶ高まってきた様子。
舞台袖に戻ってきた美希に話しかける千早。言葉少なに「すごかった」とだけ感想を述べた千早は「次は私の番」と言って舞台へと向かう。その胸中にはどのような想いが去来していたのだろうか。
次の瞬間、疲労の極に達していた美希はプロデューサーの胸に倒れこんでしまう。そんな中でもステージと同じようにキラキラ輝くことができた美希は、プロデューサーにそれを認められて満面の笑みをこぼす。
千早がステージで「目が逢う瞬間」を歌っている最中、春香に今の心情を伝える美希。輝くライト、観客の歓声。それは美希がライブという大きな舞台の中で、初めて自分自身の力で味わうことのできたワクワクやドキドキだった。
「これからもっとアイドルやりたいって思ったの」と迷いなく話す美希の姿には、かつての「楽チンな感じでアイドルやっていけたらいい」と話していた頃の面影はない。
春香たち8人は前述の楽屋でのやり取りで、竜宮小町と同等の「アイドルとしての自覚」を持つことができたが、それは春香の抱く理想のアイドル像が、程度の差こそあれ他の7人の理想と合致する部分があったからということに他ならない。そういう部分があればこそ春香の理想にも共感することができたのだから。
しかし美希は1人だけ目標とするべき理想のアイドル像を持っていなかった。正確には歪な形で竜宮小町そのものを自分の理想としてしまっていたわけだが、本シーンでのこのセリフで、12話での騒動を経て生まれた美希自身の理想とするアイドルの姿が、はっきり定まったと言える。
今やっとアイドルとしての目標を定めることのできた美希の心情を聴いているのが、恐らくは誰よりもアイドルに憧れ、アイドルになることを目標としてきた春香だったというのも、巧い演出であった。純粋にアイドルでありたいと願う美希の素直な気持ちを聞いて向けられた春香の笑顔は、そんな風に美希が夢を持てたことを我が事のように祝福するかの如く、穏やかで優しい。
そしてその気持ちは、車中の人であった律子も同様だろう。多くの言葉を述べたわけではないが、美希が頑張っているとの話を聞いた時の安堵した表情からは、美希の成長を喜んでいる節が見て取れる。
美希ははっきりと自分が目指す目標としてのアイドル像を得た。そしてそれを叶えるために、自分が望むものを得るために何が必要なのか、何をすれば良いのかも、もう既に知っている。
ここで初めて美希に「アイドルとしてやっていく自覚」が備わったのだ。そしてそれは言うまでもなく、美希が美希以外の765プロアイドルと同質の存在になれたことを意味する。
竜宮小町より一歩遅れてしまっていた9人の少女たちは、ここにきて初めて竜宮小町と肩を並べ、共に歩んでいける存在となれたのだ。
彼女たちがやるべきことはもはやただ一つ。竜宮小町が到着するまで、アイドルとして今まで培ってきたもの、自分たちで積み重ねてきたもののすべてをぶつけるだけ。
円陣を組んで決意を新たにした9人はステージに飛び出し、満を持して新曲「自分REST@RT」を披露する。
ダンスシーンは「マリオネットの心」の方も含め、ゲーム版でのダンスのアニメ再現を念頭に置いていたと思われる6話の「SMOKY THRILL」と違い、原典とするべきものが今のところ存在しないためか、カメラワークがかなり自由に組まれていたのが特徴的だ。
アイドルの背後から、サイリウムで彩られた客席側を映すようなアングルや、「夢なら覚めないでいて」の部分での春香、真美、響の連続アップシーン、「大空を飛ぶ鳥のように」での横に並んだアイドルたちを、単なるパンニングではなく空間的に活写したりしているシーンなどが該当する。
アイドルのダンスもさることながら、ダンスに合わせて始終動き回っている髪の毛や飛び散る汗によって、より激しく躍動している印象を視聴者に与える一方、同一の振り付けでも個人によって若干タイミングや動きの切れに差があったりと、「SMOKY THRILL」でも効果的に用いられた手法が、今回もライブシーンを盛り上げていた。
そして忘れちゃいけない観客のコール。実際のアイマスライブではもはやおなじみとなったこのコールであるが、美希がMCを始めたあたりでは歓声すら上がらなかったことを思えば、この激しいコールは、9人のアイドルとしての想いが観客に伝わったことを何より雄弁に物語っており、同時に彼女ら9人がアイドルとして一回り大きくなった証でもあった。
コールの音がうるさくて肝心の歌が聞こえなかったという意見もあるようだが、聞き取れたか聞き取れなかったかに関しては完全に視聴者個々人の差でしかないと思われるので、これを以ってこのシーンそのものを否定するのは筋違いというものであろう。
ようやく会場に到着した竜宮小町の面々が、9人の成長と成果を明確に知ることができたのも、観客の盛り上がりあればこそだったのだから。
ライブが終わり、楽屋で疲れ果てて眠ってしまった一同に、伊織が涙を溜めながら「お疲れ様」と声をかけたのも、9人が自分たちの力でライブを盛り上げ成功に導くという「成果」を出してくれたことが、何より嬉しかったからのように思える。
そして彼女たちは再び全員で歩き出す。各々の思い描く「きらめくステージ」へと。
ED映像は1話から12話まで、これまでの話のシーンをつなげたまさに集大成的な映像になっている。それぞれの話の中で紡がれてきたアイドルたちの信頼関係や成長などの要素をまとめ上げ、結実させたのが第1クール締めの話となる今話であるから、この編集映像は今話のEDを飾るにふさわしい映像であったと言える。
個人的に注目したいのは以下の部分。
人数的にも最終回規模の人員と言っていいのではないだろうか。無論ステージでのダンスシーンだけに注力していたわけではなく、全編に渡ってアイドルの少女たちを魅力的に描いていたのだから、この人数もむべなるかなというところではあるが。
また劇中で使用された楽曲の数も過去最大のものとなっている。
今回の話は上記の中で散々言ってきたとおり、春香たち9人のアイドルが初のライブを通して竜宮小町と同等・同質のアイドルになるまでを描くことがテーマだった(決してアイドルとしての人気や認知度が竜宮小町と同じになったと言っているわけではない)。
その内容でいけば竜宮小町の存在はむしろ邪魔になってしまいかねないものであったが、その存在をうまく生かしてアイドルたちの成長を確かなものとして補強する役割を担わせているというのは、上記解説の中で既に言及しているところである。
作画面に関しても前述の通り大量の人員を投入した甲斐あってか、11話や12話で見受けられた少し粗い作画が、今話に関してはほとんど存在していなかった。
各種雑誌に掲載されている錦織監督インタビューを読んでみても、第1クールの最終話である今話は節目の話としてかなり重要視していたようであり、そんなスタッフの情熱がそのまま炸裂した挿話とも言えるだろう。
また今回、話の筋とはちょっと離れたところで注目すべきなのは、Bパート直後から始まるライブ序盤の中に流れている、いわゆる「ライブ感」的な感覚だ。
限られた時間の中でその時間に追われながら、開始前に組み立てた予定をこなしつつ、不測の事態には臨機応変に対応しなければならない。かと言って流れを止めることはもはや許されないという厳しい環境下での人間模様は、本編中ではそれほど時間をかけて描かれたわけではないものの、アニメスタッフが製作開始前にアイマスのライブを実際に取材したということもあり、かなり真に迫っているものがあった。
ライブ中で披露している曲のかかる時間が本編中では短かったというのも、もちろん尺の都合もあったのだろうが、さして間をおかずに曲目を連続で披露し、且つ歌っているアイドルがロング視点からの遠景描写のみであったり、または楽屋でのドタバタのBGM的な扱いで流されたりとていくことで「時間に追われている、振り回されている様」を演出し、それによって徐々に焦燥感が駆り立てられていくアイドルたちを描写するのに一役買っていた。
春香の言葉を受けてからはそのような消極的な見せ方がなくなり、一枚絵ではあるものの歌っているアイドルの姿をアップでしっかり映すようになっていったのは、全員がアイドルとしての自覚を明確にし、精神的な余裕が生まれたことを証明する演出であろう。
ライブ自体も例えばサイリウム一つ取ってみても、観客は竜宮小町目当てのためにそれぞれのイメージカラーである黄色、ピンク、紫のリウムしか基本的に振っていないのだが、最後の「自分REST@RT」の時には、盛り上がっていることを象徴するかのように会場中でウルトラオレンジが振られている(ウルトラオレンジはイメージカラーとは関係なく、ライブの終盤やクライマックスの部分で振られることが多い)。
その一方で高木社長は、最初から全アイドルのイメージカラー分のサイリウムを所持していたのが泣けるところだ(ちゃんと春香・千早のデュオだった「My Best Friend」の時は、赤と青のサイリウムのみを所持している)。
会場に展示されているフラワースタンドの中には、3話で訪れた降郷村の青年団からや、8話であずささんがキューピッド役となった石油王から送られたものがあったりと、芸コマな部分も相変わらずである。
さて次回。
感謝祭ライブを経て一回り成長した765プロアイドルの面々。彼女たちの日常はどのように変化していくのだろうか。