だが現状、目指す目標である「トップアイドル」に全員が問題なく邁進できているかと言えば、決してそうではない。
5話ラストで結成された竜宮小町の3人は地道に活動を続けて人気を獲得してきているが、残りの9人は今一歩というところである。無論彼女らも彼女らを支援するプロデューサーもそれぞれに努力してはいるのだが、それでもなお竜宮小町には人気も実力も追い付いていないというのが現状のようだ。
そんな状況を打破すべく、決定打とすべき一石が投じられたのが今回の第11話である。今話はその投じられた一石によって俄かに動き出した9人のドラマが、1人のアイドルを中心に据えて描かれた。
その一石とは「765プロ感謝祭ライブ」開催決定の報だ。
竜宮小町がメイン扱いとは言え、事務所全体で感謝祭ライブを開くほど765プロの認知度が高いのかは正直疑いを持たざるを得ないのだが(笑)、事務所のホワイトボードを見る限りでは、以前よりかは竜宮小町以外の9人のスケジュールも埋まっており、ある程度は露出が増えてきているのも確からしい。
そんな事情はどうあれライブである。歌い踊るライブやコンサートこそがやはりアイドルにとっての一番の晴れ舞台、仮とは言えライブ用の新曲もプロデューサーから聞かされ、俄然テンションが上がっていく一同。
しかしテンションが上がっただけですべてが上手くいくわけでは無論ない。ライブを成功させるためには地道な努力、すなわちレッスンをこなして歌も踊りも完璧にこなせるようにならなければならないのだ。
これは今更言うまでもなく、原典であるゲーム版アイドルマスターの根本を成す理念である。どんなに精神状態が理想的なものになったとしても、レッスンによってアイドルの持つ能力を向上させていかなければ、本番において望み通りの結果を出すことはできない。オーディションであれば落選するし、ライブであれば失敗、フェスであれば相手アイドルに敗北してしまう。
またその逆、つまり力だけ身につけても精神状態がバラバラであったり低テンションであれば、普段通りの実力を発揮することができずにやはり失敗してしまうわけで、その辺のバランスをうまく調整しつつアイドルを育てていくことが、ゲーム版の醍醐味の一つであった。
さてその理念はアニメ版においても全く変わらない。
早速ダンスレッスンを開始した9人ではあったが、当初のテンションの高さとは裏腹に、雪歩ややよいはみんなより動きが遅れてしまい、逆に響、美希、真は動きが早すぎたりと、動きはバラバラな状態だ。
それぞれ能力に差があるのだから当然と言えば当然なのだが、各人のレベルをある程度の水準まで均一にしなければ、複数人でのダンスは実現し得ないのも事実である。
だが体力的に厳しそうな雪歩、振り付けをこなしきれずに苦戦するやよい(足元に目線を向けていることが多いので、自分の頭でその都度確認しながら動いていると思われる)を前に、コーチから部分的にでもダンスの難易度を下げるべきかと提案される。
ある事情から決して手を抜きたくないと考えている美希がそれに反対するも、難易度修正も止むなしかという空気が全体を支配してしまう。
そんな中で声を上げたのは春香だった。練習はまだ始まったばかりだし、まだまだこれからという彼女の意見に千早を始めとした全員も同調、とりあえずその問題は置いておくこととし、チーム分けをして互いをフォローしつつ練習を再開することになった。
ここで注目したいのは春香の言動である。アニメ版の春香はよく「楽天的」と称されることが多いようだが、決して根拠のないポジティブ思考に基づいて発言しているというわけではない。
今回に関して言えば、「練習を始めたばかりなのだから、力をつけるのはまだこれから」という主旨の発言を行っているが、これは言いかえれば「結論を出すにはまだ早すぎる」ということでもあり、発言内容自体はどちらかと言えば理性的な思考の産物なのである。
ただその場にいる春香以外の人間は全員、その考えに至ることができなかった。目の前の大事に集中するあまり、その先に眠っている可能性にまで目を向ける余裕がなかったのだろうし、それ自体は特段非難されるべきことでもない。
だがそんな中でも春香だけは未来の可能性に目を向けることを忘れなかった。忘れないというよりも、春香にとってはそれが「普通」なのかもしれない。それについては後半でまた詳しく触れられることになる。
と、そうしてみんなを盛り上げた一方で、春香自身もダンスに甘い部分があったため、千早と美希に教えてもらう羽目になるあたりは、いかにも春香らしい。
ダンスレッスンは当面の問題こそ解消したものの、次のボーカルレッスンでは春香や真美がうまく歌えずに注意を受けてしまい、なかなか思うようにははかどらない。
レッスンからの帰り道、さすがに今後への不安を隠しきれない一同であったが、春香の持っていた飴をもらうことで人心地つくところは、6話でのドーナツ関連のやり取りを想起させる一方、わざわざ自分で作ったドーナツを持参した6話とは違い、そこかしこに売っていそうな何の変哲もない飴を元から所持していたあたりに、「十代の普通の女の子」を描く意図があるようにも見受けられる。
いかにも脱力しきったという顔の真と美希も素晴らしい。
落ち着いたところで話題は試験勉強の話へ。冒頭のアバンでも春香とやよいは事務所で試験勉強をしようとしていたが、彼女らの大半は現在も学校に通っている十代の学生であるから、例えアイドルであっても学生最大の本分と無関係ではいられないのだ。
今も仕事をしている真っ最中であろう竜宮小町の3人に思いを馳せながらも、改めてやるべきことを頑張ると述べる春香。
挿入歌「笑って!」をバックに、各種レッスンに勤しむアイドルたち、そしてテスト勉強に励む春香の姿が交互にインサートされる。
元々の遠距離通勤に加えて毎日の厳しいレッスン、そしてさらに夜遅くまでのテスト勉強と、今の春香を取り巻く環境はなかなかに苛酷なものだ。
電車の中で立っているにもかかわらずウトウトとしてしまうほどに疲労が溜まってしまっているにもかかわらず、春香は嫌な顔一つせずに自分のやるべきことをこなしていく。
それらの全てが本人にとって楽しいものばかりであったと断言することはできないが、それでも春香は頑張ることをやめることはない。そこには彼女なりの理由があるのだから。
しかし疲労そのものはおいそれと解消されるはずもなく、ある日のダンスレッスン中に春香はウトウトとしてしまった挙句にこむら返りを起こしてしまい、さらにはやよいがまたもダンスに失敗してしまった。
再度プロデューサー達の間でダンスの難易度調整が話題に上がる中、自らの体力のなさを未だカバーできていなかった雪歩は、ライブ出演を辞退すると言いだしてしまう。
雪歩にしてみれば10話のやよいと同様、自分のために周囲の仲間にまで迷惑が及んでしまうことが何よりも辛かったからこその発言だったわけだが、そんな雪歩をプロデューサー達が話しかけるよりも前に叱咤してきたのは貴音だった。
このあたりは10話での伊織に相当する役回りとも言えるが、叱咤したその内容は、前話とはだいぶ異なっている。
10話での伊織はたとえ自分が失敗してもそれを受け止められる仲間がすぐそばにいることをやよいに自覚させたが、今話での貴音は仲間との間にあってなお高みを目指すための努力、それに邁進するだけの覚悟を持てと諭してきた。
かつての伊織が「単なる個ではなく集団の1つであること」をやよいに自覚させたのに対し、貴音は「集団の中にあって個を確立させること」が大切であると雪歩に示唆している。
集団の中に埋没することなく、かと言って集団の存在を完全に無視して個だけを突出させるわけでもない。そのバランスを取りつつ個としても集団としても力を発揮できる関係性こそが「仲間」なのだ。
そう考えると、10話において前者の考え方を学んだやよいが、どもったり声を裏返したりしながらも、そして何より自分も失敗している立場でありながらも、雪歩の想いを受け止め励ますシークエンスは、物語上の必然だったとも言える。
もう1つ特筆すべき点は、貴音の叱咤に続いての真の励ましである。雪歩と仲の良い真からの直接の励ましは、3話に続いてのシークエンスでもあるが、この際の励ました言葉とは「焦らず行こうよ」だった。
この言葉に「これからも頑張ればきっとうまくいく」というニュアンスが含まれていることは自明の理であろう。つまりは最初に春香が言った言葉の内容に回帰しているのである。結局のところこの段階においても雪歩たちの支えとなったのは、誰あろう春香の言葉だったのだ。
貴音や真、そしてやよいの励ましを胸に、雪歩はもう一度頑張ることを決意する。みんなの支えを受けて奮起する流れは今作ではすっかりおなじみのものとなっているが、雪歩が再び前向きになったと同時に、春香の足が回復したというのは何とも暗喩的である。
また今回のやり取りと言い最初のダンスレッスンでのやり取りと言い、プロデューサーやコーチと言った「大人」の面々が、徹底して試練を与える側の立場として描写されているのも特徴的だろう。本来ならプロデューサーはアイドルの側に立つべきなのであるが、それをあえて変えたのはやはりアイドルの少女たちだけで彼女たちならではの結論を出させたかったからだろう。大人が口を出せばすぐに解決する問題だったかもしれないが、それでは本作の基本理念の1つが喪失する。
本作はどこまでも「アイドルたちの物語」なのだ。
なお余談だが、貴音の叱咤を受けた直後の雪歩の動き、表情変化、涙の流れ方などは絶品と言ってよいものになっており、まさにアニメならではというところだろう。
ダンスレッスンを終えた9人は、同じスタジオでレッスンをしている竜宮小町の様子を見ることにするが、彼女らに純粋に憧れる美希以外は、ダンスの腕前以上に彼女ら3人の放っていたアイドルとしての気迫に圧倒されてしまう。
他のメンバーよりも一歩先んじて本格デビューを果たし、そこそこの人気を獲得している竜宮小町ではあるが、無論そこに至るまでの道のりが楽であったわけもない。竜宮小町は今9人が直面している問題やそこから発生したであろう苦悩を乗り越えて、今日の地位を勝ち得たはずなのだ。
それ故の気迫を目の当たりにしては、萎縮してしまうのも仕方のない話である。しかしこれまた1人、春香だけは萎縮することなく、竜宮小町の姿に未来の自分たちを重ね、早く自分もあんな風になりたいと素直な気持ちを吐露した。
その気持ちに触れた他のアイドルも、お気楽な考え方だとからかいながら改めて自分たちの目標を確かめ努力する決意を固める。
「春香の良い意味で楽天的な部分がみんなを押し上げてくれるかもしれない」とは、その場にいた吉澤氏の弁だが、その言葉を横で聞きながら春香を1人見つめていたのは、春香がそういう存在であることに誰よりも早く気付いていた少女だった。
ボーカルレッスンがうまくこなせず、1人居残って練習を続けていた春香であったが、そんな春香の前に姿を見せる千早。千早は自ら指導役として春香の歌へのアドバイスを行う。
千早が春香に対して全幅の信頼を寄せているということは以前に書いたとおりであるが、それ故なのか千早は春香に対してのみ、積極的とは言えないものの自分から声をかけることが多い。それは基本的に1人でいる描写が多かった1話の終盤、曇り空を見上げる春香に対して自発的に声をかけたことからも容易に窺い知れる。
このへんはいわゆる「はるちは」が好きな人にとってはたまらない描写であろうが、それを抜きにしても2人の友人関係が極めて良好であることが明示されている良いシーンである。
それを見かけながらも口を挟むことなく2人の自由にさせたプロデューサーの計らいも効果的だった。
そんな千早の指導の甲斐あって歌唱も上達した春香であったが、一難去ってまた一難。今度は電車の乗り継ぎ時間に遅れてしまい、帰宅することができなくなってしまう。
しかたなく千早の家に泊めてもらうことになった春香は、千早とともにスーパーによって晩ご飯用の食べ物を買うことにする。
「大抵の食事はコンビニで売っているものとサプリメントで済ませる」と話す千早だが、そう話している今まさに、コンビニではなくスーパーで買い物をしようとしているのは、お客様である春香を気遣ってのことであり、千早らしい不器用な思いやりの発露とも言える。
そんな話を聞いた春香は千早の家で食事を作ることを提案、材料を揃えて千早宅へ向かう。
初めて千早の住む部屋に上がった春香が見たものは、およそ年頃の少女が住む部屋とは思えない簡素な光景だった。
引っ越してきたばかりのように積まれた段ボール箱、そこから取り出されたであろう何十枚ものCDとCDプレーヤーに楽譜、あとはテーブルがある程度の部屋。
春香がそれらを見て何を思ったのかはわからない。彼女はその時の自分の思いを口には出さず、少し驚きながらも千早とともに料理を始める。
料理をしながら静かに会話を進める2人。
最近は母親を手伝って一緒に料理を作っているという話を聞き、表情を曇らせる千早。彼女の両親はすでに離婚しており、家庭環境は崩壊してしまっていた。
春香もそのことは知っていたようで、言葉を選びながらどちらかの親と住む気はないのかと尋ねるが、対する千早もまた言葉を選ぶかのように、言葉少なに今は親と距離を置きたいとの気持ちを述べ、そこから千早の心中を察したか、春香は緩やかに話題を2人がかつて出演した料理番組「ゲロゲロキッチン」のことに変えていく。
完成した料理にしばし舌鼓を打ちながら、ふと千早は春香にアイドルを目指した理由を問うて来た。
歌以外のことにはあまり興味を持とうとしない千早ではあったが、劇中ではここで初めて他者のことを知り、自分なりに能動的に他者に近づこうとする明確な意志が描かれている。
春香がアイドルを目指す理由は、「アイドルに憧れているから」という至極単純なものだった。視聴者にしてみれば1話の時点ですでに周知されていることであり、殊更真新しい事実というわけでもないのだが、逆を言えばテレビ番組のカメラマン(と思われていたプロデューサー)という「赤の他人」にさえ簡単に話せるような事実さえも、千早は知らなかったことになる。
その微妙な認識のズレは、千早が質問をしてきた時の春香の最初の返答からも窺い知れる。もしかしたら春香は以前にも同じような内容を話したことがあったのかもしれないが、その当時の千早にとっては「春香がアイドルを目指す理由」そのものにさして興味を持っていなかったのだろう。春香に対してさえ当初はその程度の関心しか持っていなかった千早が、紆余曲折経て自分から改めて春香に質問するまでになったということを考えると、彼女の確かな成長ぶりを垣間見ることができるのではないか。
春香は無垢な子供のように瞳を輝かせながら、自分が抱いている「アイドル」への憧れと、自分がアイドルとして仲間たちとともにライブという舞台に立てることへの期待を、本当に楽しそうに話す。
この時千早の表情は、春香の「アイドル」に対する憧れを聞いている時はにこやかなものだったが、ライブへの期待に話が移ると若干驚いたような表情へと変わる。この変遷は何を意味するのだろう。
現状、ライブを無事に開催するには問題が多すぎる状態だ。ダンスにしろ歌にしろ、完全とは程遠い状態であるし、目の前の春香自身もその問題を抱えている張本人の1人である。にもかかわらず春香はそのことに対して不安を抱くよりも先に、みんなと一緒にライブができる未来を夢み、楽しんでいる。今だけを見るのではなく、どこまでもアイドルという夢、皆と一緒に夢をかなえる未来を見据えているその姿勢を、春香はまったく変えていないのだ。
そして千早は春香のそんな姿勢が、根拠のない楽観的な見方から来ているものでないことも知っている。自分の未熟さを克服すべくたった1人居残って練習を続けた春香。雪歩ややよいにもっと頑張ることで力を付けられると道を示した春香。春香は今を努力すれば必ず自分の願った未来に到達することができると信じているのだ。だからこそ雪歩ややよいもそれぞれの苦手な面を克服できると信じているし、竜宮小町に対しても萎縮することなく共に並び立つ夢を見ることもできる。辛いテスト勉強にだって全力で取り組める。夢のために努力し続ける自分自身こそが、望む未来を迎えられる何よりの根拠となるのだから。
対する千早はそんな考えは持てなかった。千早にとっては「歌」そのものがすべてであって、「歌手」や「アイドル」になること自体が目標の立脚点ではない。自分が歌と共に生きるにあたって一番行きやすいであろう環境と道筋を選択したに過ぎず、ある意味では極めて受動的な選択であり、そこに自分自身の未来への夢や憧れは存在しないと言っていい。そんな千早にしてみれば、夢をまっすぐに追い求める春香の姿は、いささか単純なものに見えたかもしれない。しかしだからこそどんな負の要素にも屈することなく、他のメンバーさえも引っ張っていく強い力を発揮することができるのではないか。そしてそれは現在の自分にも、恐らく他の誰にも出来ない春香だからこそのものである。
夢を抱くのは人間ならばごくごく普通のことだ。春香は普通に仲間を信じ、普通に夢を持ち夢に憧れ、普通に周囲を気遣う。春香はどこまでも「普通」の少女であり、そこに嘘や打算は一切ない。しかしただ優しく朗らかなだけではない、彼女が内に秘める強さや力はそんな普通さから生まれてきているのである。千早のあの表情は春香のそんな内面を垣間見、それに多少なりとも憧憬の念を抱いたが故のものではなかったろうか。
もし春香ではなく別の人物であったなら、親と同居する意志のない千早に対してに何かしら気の利いたセリフが言えたかもしれないし、部屋に上がった時にもただ黙っているだけでなく、今現在の簡素な部屋の状態について問い質したり、まるっきり手を付けてない鍋やザルを引き合いに、「たまに自炊している」という千早の弁に突っ込みを入れることもできたのかもしれない。
しかし春香は部屋については何も言わなかったし、親のことで複雑な表情を見せる千早に対しては話題を変えることで気持ちを切り替えさせている。それらは春香の千早への気遣いは勿論のこと、気の利いたセリフを瞬時に思いつけるほど大人ではない、年相応の少女だからこその反応でもあったろう。それは当然だ。春香は「普通」の女の子なのだから。春香は普通の少女、普通の友達として当たり前の反応と気遣いを見せただけなのである。
それは千早が春香に全幅の信頼を寄せる理由でもあった。春香は殊更気を張って周囲に気配りをしているわけではない。彼女にとってはそれが普通、当たり前のことなのだ。だからこそ千早はそんな彼女の心に救われて、今まで芸能界でやってこれたのである。
テスト勉強の先生役を頼まれた千早が彼女なりの冗談っぽい軽口を返せたのは、そういう背景があったからということもあるのだろう。
そしてそれは、もしかしたら千早の「将来なっていたかもしれない自分」「こうなりたかった自分」の姿だったのではないか。
幼かった遠いあの日、あの頃の千早は春香と同じような性格だったかもしれない。残酷な運命の変転がなければ、今もなおそんな朗らかな自分でいられたのかもしれない。そんな思いが千早を春香に引きつけているようにも見える。
春香の話に小さく、しかし楽しそうに笑う千早の声と重なるかのように映し出される、部屋の片隅に置かれたフォトスタンドの写真を見ると、ついぞそんな風にも考えてしまうのだ。
春香が信じたとおり、他のアイドルたちも(一部を除いて)様々な努力を続けた結果、ついにダンスは通しですべてこなすことができるようになり、歌の方も及第点をもらうことができた。
もう一つの悩みの種でもあった実力テストも、春香・やよい共に良好な結果に終わる。
努力したからこそ、あきらめなかったからこそ掴めた、自分の望んだ未来。「トップアイドルになる」という大願と比較すれば遙かに規模は小さいものの、確かに自分たちの力で未来を手に入れたわけだ。
同時に春香の考え方を作品世界そのものが後押ししているようにも見えて、何とも小気味よい。そう捉えると「挫折しかかった雪歩がやる気を取り戻すと同時に、春香の足が回復する」というAパート終盤の展開も、後々の伏線として機能していたと考えられる。8話ですでに示された通り、アニマス世界は基本的には優しい世界なのだ。
だがこれで順風満帆かと思いきや、他のアイドルたちもプロデューサーも知らない場所で、新たな問題が持ち上がることとなる。
火種になってしまったのは美希だ。
美希は6話から今までずっと「竜宮小町に加わること」を目標としてきた。1話の時点では「楽チンな感じで」という若干不真面目な冠詞こそついたものの、アイドルをやっていければいいとごく普通の目標を掲げていたのだが、6話以降はその目標が移り変わってしまっていたのである。
竜宮小町に固執する理由は現時点では特に美希の口からは語られていない。だが方向性がずれてしまったとはいえ、現在の美希にとっては唯一のモチベーションとなっていたのもまた事実である。
しかしそんな彼女の思いは勘違いでしかなかった。律子から直接否定された時、美希はようやく悟る。竜宮小町に入れるかどうかの話をしたのはプロデューサーとであって、律子本人とではなかったことに。
ずっと視聴し続けてきた方には今更言うまでもないが、6話でのプロデューサーと美希の会話シーン、途中でプロデューサーが電話を始めたにもかかわらず、美希が構わず会話を続けてきたあのシーンでのことである。
あの場面ではどちらが悪いと簡単に断定することはできない。プロデューサーは皆に仕事を取ってこようと躍起になって周りが見えていなかったが、美希も美希でプロデューサーの現実的な都合(電話中)をさして考えずに、いつもの調子で話を続けていた。そう言う意味では2人とも空回りしてしまっていたと言える。
幸いにもプロデューサーの方は6話中でその空回りからは脱することができたが、美希はその空回りを今に至るまでずっと続けてしまっていたのだ。
さすがにショックだったのか、事実発覚後レッスンスタジオに美希は姿を見せず、プロデューサーに送られてきたメールにはただ一言、「うそつき」とだけ書かれていた。
ショックを受けているであろうにもかかわらず、文面に一応「プロデューサーへ」と書いた上で、「うそつき」の後に顔文字を付けている辺りがいかにも美希らしいというところだが、事態は文面ほど可愛い物ではないのだろう。
今話は一見するとさして特徴の見られない(失礼)天海春香という普通の少女の、普通であるが故の夢や目標に向かって進む強さが一貫して描かれた。それは765プロに所属するアイドルの中で唯一、純粋に「アイドルになること」を最初から目標として掲げてきた彼女ならではの描写であったし、夢を持ち、その夢を実現するために努力することが大切であるという、当然且ついざ実行するとなると難しい理念を真正面から描くには、春香というキャラクターが最適であったろう。
(余談だが春香が普通であるが故に苦悩する場面が、ゲーム本編中で描かれることもあったわけで、普通であること自体が無敵というわけではない。ここら辺にアニメ版が突っ込んでくるのか期待したいところである。)
そんなアニマスが次に用意したのは、目指すべき目標を喪失してしまった少女だった。目指す目標があるから努力できるし未来に希望も持てる。ではその目標を失ってしまったら?
次回、美希を通して描かれるのはこのあたりになると思われる。
EDカットは春香が普通の女子高生として暮らしている日常を活写している。今話は最後まで「普通」であることにこだわった話でもあった。
学校にまで手作りお菓子を持ちこんでいる描写を見ると、レッスン場にまで飴を持ちこんでいたAパートの描写も納得できなくもないのではないか。
さて次回。
目標を失ってしまった美希が辿り着く先はどこになるのだろうか。