アニメ版アイドルマスターは、それらの中ではアンソロジー形式の作りに近い。登場人物は毎回同じだし、「トップアイドルを目指す」という縦糸軸が存在しているため、1話1話の内容が完全に独立しているというわけではないが、基本的に1つの話はその話の中で完結している。
そういう形式の作品の場合、比較的自由に各話の内容を演出することができる。簡単に言えばある回ではシリアス、ある回ではコメディタッチ、またある回ではまったり、という具合だ。
もちろん作品世界を大きく逸脱するような展開や演出は許されないが、逆を言えば作品世界の根幹を塗り替えるほどのものでもない限りは、演出や表現にかなりの自由を利かせられるということでもある。そうすることで世界観やキャラクター設定などの幅をより広げることができるのだ。
それを考えるとアニマスは初回からいきなりドキュメンタリータッチ(モキュメンタリー)の表現手法を用いており、続く2話と3話ではコメディタッチ、4話ではシリアスと各話ごとの表現や演出、見せ方を頻繁に変更し、アンソロジー形式ドラマの利点を最大限に生かしていることがわかる。
各話ごとに見せ方を変えてきたアニマス制作陣が今回の第8話に用意した演出。それは一見すればすぐにわかるとおり、「ギャグ」であった。
と言っても今話の始まりは至極穏やかなものだ。結婚雑誌のモデルの仕事ということで、あずささんはウェディングドレスを着こんで撮影に臨み、そんな彼女を同じく参加している美希と真が、それぞれミニウェディング(ゲーム版「ライブフォーユー!」でのDLCでもある)とタキシード(こちらもゲーム版に「ポーリータキシード」というDLC衣装がある)を着ながら見つめている。
女の子らしさに憧れながらも、「男役」としてタキシードを切る羽目になったためにがっかりする真、それをなだめるプロデューサーと真のカッコ良さを素直に褒める美希、そんな3人のやり取りを尻目に優しい微笑みを振りまきながら撮影を進めていくあずささんと言った、落ち着いた雰囲気の中で緩やかに各人の様子が描かれる。
休憩時間でのあずささんとPのやり取りや、親友である友美へのメール送信やその後の電話でのやり取りも、これから起きるドタバタ劇などまったく思わせないのんびりさだ。無論そういう空気を構成している大きな要因として、あずささん本人ののんびりゆったりとしたセリフや佇まいが影響している点は見逃せない。電話をしている最中、本人が意識しないまま式場の中をウロウロと歩いてしまい、結果として1人はぐれてしまうという展開は、「極度の方向音痴」というあずささんの大きな個性を、さり気無いながらも画的にはっきり描写していた良い場面だった。
さてそんなのん気な流れは、あずささんが黒服男の一団に誘拐?されるという急を要する事態が勃発してからも、基本的には変わらない。
あずささんは撮影現場で偶然ぶつかった別の花嫁姿の女性と間違われて連れ去られてしまったため、間違いと気付くや否やすぐに車から降ろされてしまう。降ろされた場所は彼女がまったく知らない場所で、方向音痴であることを差し引いても簡単には帰れそうもない。
タクシーを捕まえて現場に戻ろうとするあずささんだったが、そんな彼女に小さなトラブルが連続して訪れる。片や道に迷ってしまったおばあさん、片や迷子になってしまった子供たち。
自分自身が困っている状況になりながらも、他に困っている人を放っておくことができないあずささんは、結局その人たちに付き添うことになる。
と言ってもおばあさんの時は道案内するつもりが逆に余計に道に迷ってしまい、迷子の親も自分の力で見つけることは出来なかった。あずささんが能動的に起こした行動自体はあまり役には立たなかったわけだが、しかし最終的にトラブルは解決することになる。
おばあさんは息子と待ち合わせていた場所の名前を勘違いして覚えており、実際にはあずささんが道に迷って辿り着いた場所こそが待ち合わせ場所だった。子供たちに豚まんをごちそうしたあずささんは、その豚まん屋でのやり取りがあったためか、親御さんを見つけることに成功する。
基本的には偶然の結果なわけであるが、その偶然もそれぞれおばあさんや子供たちだけでは決して起こり得なかった偶然だろう。自分のことをさておいてまず困っている人のために動いてくれた人がいたからこそ、幸せな偶然が生まれたのだ。
その小さな偶然は後半へ進むに従ってより沢山の人々と繋がっていくことになる。
そんなあずささんの様子など露知らず、誘拐されたと思い込んでいる真とプロデューサーは、撮影現場を美希に任せてあずささんを探し始める。
一方の黒服たちも、自分たちの主が花嫁の女性に渡していた家宝の指輪をあずささんが持っていたことに気づき、慌てて追いかけ始めるが、そうとは知らない真は彼らが未だあずささんを連れ去っているままと思いこみ、そんな彼らを逆に追い、ついには中華街を舞台に、黒服相手に大立ち回りを演じることになった。
梯子上での格闘シーンを始め、とても空手初段程度の腕とは思えない(笑)真のアクションは、往年の香港アクション映画を思わせるダイナミックなものになっており、あくまで自分のペースを守ったままで「仕事場へ戻る」という目的を果たそうとしているあずささんの静的な空気とは全く対照的だ。そうすることで言わば「あずささんパート」と「真たちパート」のメリハリを効かせていたであろうことは、論を持たないだろう。
大活躍する真の一方で、中華街の店にあるものを手当たり次第に引っ張り出して暴れまわるため、プロデューサーは弁償を迫られてしまうという、何とも情けない役どころを演じる羽目になってしまった。
だが個人的には、タクシーに乗った時に真っ先にシートベルトを締める小市民ぶりも含め、彼にはピッタリな役どころだったとも思える。彼が貧乏くじを引くからこそ、アイドルが多少の無茶もできるわけなのだから。
そして撮影現場に1人残った美希は、6話に続いて彼女なりの「やる気」を発揮。持ち前のビジュアルイメージを存分に発揮して、写真撮影と時間稼ぎを同時に実行する。
6話と同様に美希の非凡さを見せつけるシーンではあるが、同時に彼女の良い意味で奔放な、悪い意味では自分勝手な段取りの付け方を描き、それに不快感を示す人間の描写を盛り込むことで、美希が未完の天才であるが故に持つ危うさをも描出しきっていた点は、大変興味深い。
あずささんの方は相変わらず「仕事場へ戻るためにタクシーを捕まえたいからタクシー乗り場を探す」という当初の目的をそのままに、タクシー乗り場をずっと探していたのだが、そんな中にも彼女の姿が知らず知らずのうちに、多くの人に小さな幸せを運んでいく。
そのシーンにかかっていた楽曲「晴れ色」はアニメのために用意された新曲だが、そのゆったりとした曲調と歌詞の内容は、まさにそんなシーンに最適のものだった。大雑把に言えば「前向きになろう」という旨の内容であるが、自分の心が晴れていくことを、街が晴れ渡っていく描写と重ねているその歌詞は、他人のことを素直に案じ、他人が幸せを得た時に自らも同じように喜ぶことができるあずささんの優しい性格にぴったりマッチしている。
あずささんの何気ない行動が街行く人々やネコ、果てはゾウやキリンまでもを笑顔にしていくという、まさに小さな幸せにあふれたシーンにふさわしい歌であったろう。
そしてあずささんがまたまた遭遇した困っている人=街頭の易者さんは腹痛を起こしていたため、あずささんに店番を任せて立ち去ってしまう。
と、ちょうどそこに現れる外国人の紳士。「当たらないかもしれませんが」と彼女らしい断りを入れながらも、花嫁に振られてしまったという彼の「日本の思い出になる場所へ行きたい」という願いを聞き、使い方は全くわからないものの、物は試しと筮竹を使い、「港」という答えが出る。
易者からタクシー乗り場を教えてもらったものの、今度はタクシー待ちの行列と観覧車待ちの行列とを間違えて、観覧車に乗ってしまったあずささん。と、そんなあずささんが観覧車から見つけたのは、なくした指輪を探すために黒服を連れてあずささんを追いかけてきた花嫁姿の女性だった。観覧車を降りたものの女性を捕まえることができないため、あずささんは後を追って港に向かう。
一方の真や黒服たちも、あずささんが港に向かったという情報を聞いて急行し、そんな真をプロデューサーが追いかけ、さらにそんな彼を真と黒服の格闘で商品を壊されてしまい、弁償を求める店の主人たちが追いかける。
もう一方の美希たちも、美希の発案で港で撮影することになり、スタッフとともに港へ向かう。それ以外にもあずささんがここまでの道程でかかわった人たちや単なる野次馬、さらにはあずささんに元気づけられたサーカスのゾウやキリンまでもが一堂に会し、全員で港を目指して走り出す。
それぞれ直接的な理由は異なるものの、その遠因となった存在であるあずささんを求めて各人が爆走する姿は、まさにスラップスティックの極致であり、今話のクライマックスとも言えるシーンである。
あくまであずささん本人は仕事場に戻ることや拾った指輪を届けるという、個人的な義務感や善意に基づいて行動しているのにもかかわらず、それが本人のあずかり知らぬところで各人が勝手に騒ぎを起こし、その帰着点としてかかわった多数の人間が同じ場所に集まっていくという流れこそがこの場面の真骨頂であり、同時に最高のギャグシーンとしての昇華を果たしている。
それは指輪を渡された女性の前に、あずささんが占ってあげた外国人=結婚相手の石油王が現れた時も同様だ。「石油王です」の自己紹介に思わず吹いてしまった視聴者はたくさんいいたのではないだろうか。
結婚相手がイケメンだとは知らなかった女性は、石油王からのプロポーズを二つ返事で了承してしまう。このあたりの何とも強引なハッピーエンドもまたギャグの定石であろう。
しかし経緯や理由はどうあれ、この2人が幸せを掴んだのは事実だし、結果的にそうなった遠因はあずささんにある。
あずささんの特徴である「方向音痴」は、しばしば欠点としてあげられることが多い。今話においてもそもそも撮影現場で道に迷いさえしなければ、あずささん本人が知らないこととは言え、真たちが騒動を起こすことはなかったし、仕事自体も滞りなく進めることができたろう。
しかしその時あずささんが道に迷ったおかげで、多くの人がささやかながらも確かな幸せを得ることができたのだし、2人も結婚を決めることができた。
単なる偶然と言えばそうなのだろう。しかし自分のことよりもまず他人のことを考えて行動する思いやりと、観覧車に乗っているシーンでのあずささんの言葉「でも、すごくいい眺め」に象徴されるような、自分の欠点を自覚しながらも自然と周囲に目をやり、その中に嬉しいことや楽しいことを見つけて素直に喜ぶ優しさと穏やかさ。あずささんの持つその性格が、結果として多くの人々に幸せな偶然を運ぶことになったのだ。
あずささんの持つ小さな善意と優しさが、様々な人に小さな幸せと笑顔を呼ぶ。そうであってほしいと思いながらもそうなることはほとんどないと言っていい現実の世界を思えば、制作陣の作った「アイドルマスター」の世界は、優しさに溢れた何と素敵な世界であることか。
アイマス世界のあるべき姿までも、今話のあずささんの姿に集約させているのではないか。ふとそんな風にも思えてしまうのである。
結婚雑誌の仕事は美希が機転を利かせたおかげで、港を走るあずささんの姿が掲載されて好評を博した。真たちが壊してしまった街の修理代も石油王が出してくれ、どうにか一件落着かと思いきや、あずささんには最大の問題が突きつけられてしまう。
それは親友である友美からの「結婚の予定もないのにウェディングドレスを着ると婚期が遅れる」というメール。
Aパート冒頭であずささんも呟いていたが、あずささんがアイドルを目指した目的の一つに「運命の人に自分を見つけてもらう」と言うのがあるのだが、今回様々な回り道をした結果、多くの人たちに小さな幸せをプレゼントしたものの、肝心の自分の幸せは少しばかり遠のいてしまったわけだ。
実はこれはあずささんが持つ最大の欠点でもある。今まで散々書いてきたとおり、あずささんは自分のこと以上に他人のことを思いやって行動することができる人間である。しかし逆に自分自身のためには積極的に動くことをためらってしまうのだ。
それは前述のアイドルになった理由が「運命の人に自分を見つけてもらう」ことであって、「運命の人を自分で見つける」ではないことからも窺い知れる。
あずささん個人の幸せが訪れるのはまだまだ先のようだが、同時に今話では「運命の人に見つけてもらった花嫁」、つまり自分が夢に描いている姿を目の当たりにもしたわけで、それがあずささん本人にとっても救いになっているという構図になっていた。
あずささんの夢を現実とオーバーラップさせることで補強させながらも、あずささん自身の欠点を持ち出して、幸せにたどり着くにはまだまだ回り道が必要であることを描写する。
彼女の結婚願望を現実のものにしたかのようなアバンでの撮影風景からエンドロール、そしてこれまた新曲のEDテーマ「ハニカミ!ファーストバイト」に至るまで、すべてが「三浦あずさ」という1人の女性のために作られた話であった。
実はこういう作りはアニマスの中では初めてのことであり、その点からもあずささんの魅力がより強調された挿話となっていたことだろう。
個人的にこのED映像の、「結婚」に対してまさに少女のような憧れを抱いているあずささんの表情が大好きだ。765プロアイドル最年長の女性にして、思春期の少女のような一面も秘めている多面的な女性。このワンシーンだけでもあずささんの可愛らしさが十分に伝わるのではないだろうか。
今話はギャグの中にもあずささんの魅力をふんだんに散りばめた珠玉の一作となった。
ゲーム版ではあずささんの物語は基本的に「運命の人」絡みの話に終始してしまうため、一対一の関係性のみで成り立っているゲームとは違い、765プロ全体を俯瞰して見ているアニメ版では、どうしても描くのに難点があったわけだが、今話ではその運命の人関連のネタも少しだけ盛り込みながら、あずささんの魅力を描くことにひたすら注力している。
そして基本はギャグの構成でありながらも、各人にあからさまなギャグ用のネタを用いさせず、シチュエーションギャグに徹することで、それぞれのキャラ、特に毎回登場するレギュラーキャラクターの性格設定に破綻や矛盾が生じないように工夫している、その見せ方には素直に舌を巻く。
その一方で、穏やかな雰囲気のAパートの時点でスラップスティック的なギャグ(あずささんが人違いと気付いた黒服が驚くシーンで、自動車のステアリングが思いっきり外れてしまっている)をさりげなく盛り込み、今話が「ギャグ」であることを示しているところには驚かされた。
さて次回。
双子のアイドル・双海亜美と真美の話になるようだ。ずっと一緒に活動してきた2人も、亜美が竜宮小町の一員になったことで、それぞれ別の活動をすることになっているわけだが、そのあたりに突っ込んだ話になるのか、それとも2人の個性を最大限に生かした賑やかな話になるのか。
今話を見てもわかるとおり、もうアニマスは毎回どんな形式で描いてくるかわからないから、そこからしてワクワクしてしまうね(実際今話がこうまでスラップスティックな展開になると思っていた人がどれほどいるだろうか?)。
そして何よりも亜美真美が可愛い!可愛い中にもちょっと凛々しい表情を見せたりして、2人の様々な表情を楽しむことができそうですな。