2011年07月31日

アニメ版アイドルマスター4話「自分を変えるということ」感想

 「自分を変えるということ」。これがアニメ版アイマス第4話のサブタイトルである。
 これはなかなか奥の深いサブタイだ。アイドルを目指して一歩を踏み出したばかりの少女たちにしてみれば、彼女らがアイドル、ひいてはトップアイドルになっていくというのは、とりもなおさず一般人にすぎなかった彼女らが変わっていくことである。
 アイドルとして大成するためには、程度の差はあれ変わっていかなければならないし、自ら変えていかなければならない。それは単に歌やダンスの腕前を上達させるということから、アイドル業界、ひいては社会における自分の立場をそれぞれのやり方で確立するということに至るまで、極めて多岐に渡るものであろう。
 それをある少女は皮膚感覚で感じ取っており、ある少女は意識的に自分を変えていこうと模索し、またある少女はそのようなことを意に介さずマイペースで歩んでいく。
 そんな765プロアイドルの中で、変わることを否定・拒絶し、自分のやり方だけを頑ななまでに通そうとしている女の子がいる。それが今話の中心人物である如月千早だ。

 彼女にとっては歌がすべてであり、自分が歌を歌うことを何よりも第一に考えている。故あって今はアイドルとして活動しているものの、将来的には歌手として大成することを願っている彼女にとって、現在のアイドル活動は必ずしも望ましいものではない。
 だから彼女は「アイドル」として売れていない他の面々以上に、現状に対して鬱屈した感情を抱いていることが、これまでの話で描写された様子からも見て取れる。本人としては「アイドル」として売れること自体までも不本意なことなのだから。
 しかし現実問題として今の彼女はアイドルである。自分にとって納得できない仕事、端的に言えば歌を歌うこと以外の仕事であってもこなさなければならないし、プロのアイドルである以上それらを成功させなければならない。
 だが成功しても歌が歌えるわけではないし、将来的にそうなるという保証もない。そんな状況下でモチベーションを維持することができるかと言うと、そんなにうまくいくはずもない…。
 彼女は常に現状へのジレンマを抱き続けており、それに縛られている。このへんのネガティブ思考の応酬は、ゲーム版ではいわゆる「千早スパイラル」として表現されていたわけだが、アニメ版の今話においても濃密に描かれることとなった。
 濃密すぎて前話までとは作品そのものの空気が変わってしまったかと思えるほどに(笑)。

 今話においても前話の雪歩と同様、千早の感情の追い詰め方が段階を踏んで丁寧に描かれていた。
 マイナーなケーブルテレビの料理対決番組という、自分が望まない形式の番組に出演することになっただけでなく、当初予定されていた歌を披露する機会もなくなり、さらにはカエルの着ぐるみをつけての番宣までする羽目になったりと、千早にとってはフラストレーションの溜まる一方な悪い流れである。
 同じ番組出演者でありながら、テレビ出演と言うことでやる気を見せる春香と響、カエルの着ぐるみを気に入る貴音などとは対照的だ。
 番組内ではボーナスポイント奪取のフラッグ競争に負けただけでなく、その時の情けない姿をカメラに撮られるという道化扱いをされてしまい、さらに料理そのものが苦手であったり司会に無茶振りされたりと、千早にとってはまさに辛いことばかり。
 この流れの中で千早と対照的に描かれているのは春香だ。収録開始直前、自分が一番緊張していながら「緊張するな」と声をかけてきたプロデューサーに大丈夫と笑顔で返したり、フラグ競争に負けた千早を明るく励ましたり、持ち前の料理の腕前を生かしたり(春香は元々お菓子作りが趣味で、親と一緒に普通の料理を作ることもあるという設定)と、まさに千早とは正反対の活躍ぶり。
 そしてそんな2人の対照ぶりは、鍋の中に入っていたタコに驚いた春香が二回も連続で転んでしまうところでよりはっきりと描かれる。
 不可抗力で転んでしまった春香をからかうかのように扱う番組スタッフを見て、千早はついに声を荒げてしまう。
 千早にしてみれば理不尽な扱いに対する正当な抗議であったかもしれないが、番組中でそれをやってしまってはただ白けるだけであり、やってはならないことだ。
 だがそんな千早をフォローするために春香はいち早く立ち上がり、自分が転びやすい癖の持ち主だと笑顔で説明し、自己アピールの場へと雰囲気をうまくすり替えたために、なんとか事なきを得る。
 ここで注意したいのは、千早が声を荒げるタイミングである。千早自身今まで(あくまで自分自身の範疇ではあるものの)収録前も収録中も納得できない扱いを受けていたが、それでも場の雰囲気までも壊すような真似はしなかった。つまりやる気はなくとも、自分の置かれた状況下で自分が何をしなければならないかという点を見誤ってはいなかったのである。
 彼女が語気を強めたのは、簡単に言えば「春香がひどい扱いを受けたように見えた」からだ。
 2話の「NO MAKE」を聞いてもらえればわかるのだが、千早は「春香がいるから自分は芸能界でやっていけている」と考えるほどに、春香に対して全幅の信頼を寄せている。
 残念ながら本編ではそこまでの描写がまだなされていないためにわかりづらいのだが、少なくとも春香は千早にとって、今のところ唯一の「友達」と言ってもいいだろう。
 その友達が侮辱されたように見えたから声を荒げたのだ。前述したとおりテレビ番組の出演者としては問題のある行動ではあるが、友人を想う行為としては至極真っ当なものとも言える。
 だが千早のその行為は、その場においては間違ったものでしかなかった。自分の行為を間違ったものとみなされ、「侮辱」された側である春香のフォローが正しいものとして認知される。
 この時になって千早の鬱屈した思いは最高潮に達してしまったと思われる。それは番組の前半部で作った料理を披露している時の表情が、収録開始時よりも露骨に嫌悪感のある表情に変わっていることからも見て取れるのではないか。
 ただ千早はそんな自分の感情をストレートに他者に吐露するようなことをしない。収録が一旦休憩に入った際にプロデューサーと話をしても、心の奥にあるであろう様々な思いは一切漏らさず、表面的な不満のみを述べるに止まる。
 この時の千早は口数も少ない上にほとんどプロデューサーの方に視線すら向けず話しており、千早の内心の読み取れなさだけでなく、信頼のおける関係にはなっていないというプロデューサーと千早の現在の関係性までも強調されていた。スタジオ内の照明の関係で、プロデューサーのいる位置よりも「暗く」なっている方向(画面の左側)へ千早が歩いていくのも、何かの象徴と言えなくもない(尤もすぐ向こうには「明るい」廊下に繋がるドアがあるんだけども(笑))。

 休憩中に千早の姿が見えなくなってしまい、もしかしたら仕事を抜け出してしまったのではないかという危惧を抱きながら、プロデューサーは局内を探し回る。そして暗い倉庫の中に入った時、向こうに見える明るい出口の方から聞こえてきたのは千早の歌声だった。
 光の中で髪をなびかせながら「蒼い鳥」を歌う千早の姿に、プロデューサーはしばし見惚れ、聞き惚れる。
 この時の光と闇を対比させた見せ方は、ありきたりと言えばそうだが上手い見せ方だった。暗い中をプロデューサーが歩いてきたからこそ、光の中で歌う千早の姿が余計に際立つわけだ。
 そんな千早の姿を見たプロデューサーは、勝手にいなくなってしまった千早を怒ることはせず、歌の好きな千早のためにももっと歌の仕事を取ってこれるように努力しなければと、自分の方を戒める。
 それを聞いた千早はかなり意外そうな、すまなそうな表情を見せるのだが、その表情には千早を注意せずに自分自身を戒めるプロデューサーの行動に対しての驚きもあったろうが、個人的にはこの時に初めてプロデューサーに対する信頼のようなものが芽生えたのではないかと思うのだ。
 Aパートの冒頭で春香たちにハッパをかけていたように、プロデューサーはあくまで「アイドルとしての飛躍」「765プロアイドルの力を見せつける」と言った、プロデューサーとして所属アイドル全体を見据えた上での目標を掲げていた。その一方で「千早は1人暮らしをしている」という、個人と付き合う上では当然知っておくべき初歩的な情報さえ知らなかったことが明らかになっている。
 ところがこのシーンでプロデューサーは千早の歌を聴いて千早個人を褒め、千早個人のためのプロデュースも考慮していかなければならないことを悟る。千早を「765プロアイドル」という抽象的なものではなく、初めて「如月千早」という1人の少女として見たのだ。
 トップアイドルになるためのお題目を並べるのではなく、千早個人を正面から見つめて千早のために尽力するというプロデューサーの素直な思いを受け取ることで、ようやく千早の中にも、極めてわずかではあるもののプロデューサーに対する信頼の一端が芽生えたのではないだろうか。

 スタジオに戻った千早は、「心をこめて作り上げたものを相手に送り届けるのは、料理も歌も同じ」という貴音の話や、「千早たちみんなのために料理を作る」という響の言葉を素直に受け止め、ようやくほんの少し笑顔を見せる。
 プロデューサーの素直な気持ちを受け入れたことで、Aパートに比べると若干心の余裕が生まれてきていることが、このシーンから窺えるだろう。
 料理対決の後半戦では髪をポニーテールに縛ってフラッグ競争に挑み、どうにかフラッグをゲットすることに成功。恥ずかしがりながらも嬉しそうな千早の表情からは、頑なだった千早の心が少しだけ溶け始めているようにも見て取れる。
 その後も千早は春香のフォローに徹し、慣れない包丁さばきで指を傷つけながらも何とか料理を完成させる。料理勝負には負けてしまうが、その表情は序盤よりもだいぶ柔らかいものになっていた。

 この料理番組を通じて、千早は変わるきっかけ、と言うより自分も変わろうと思えば変わることができるという認識を得ることができたのだろう。
 それは自分1人だけでではなく、自分を信頼し大事に思ってくれる仲間たちとならば、である。
 しかし千早は同時に自分が変わること、自分自身を変えていくことを拒んだ。それはラスト、プロデューサーが4人に甘い物を奢ると言った際に1人だけ先に帰っていく場面に、如実に示されている。
 この時の千早もまた具体的に何かを述べたわけではないので、変えることを拒んだ詳細な理由は明らかになってはいない。故に他のどのシーンよりも見た者の解釈に委ねられてしまうわけだが、このシーンをどのように受け止めるかで、本話の評価、引いては千早と言う少女の見方も決まってくると言っても過言ではないだろう。
 ただ、「自分と一緒に料理が作れて楽しかった」と、心からの気持ちを述べた春香の言葉を聞いて足を止めた千早、そしてプロデューサーが差し出してくれた絆創膏を貼りつけた傷だらけの左手を見つめる千早の姿に、何らかの回答は込められているように思う。
 個人的にここからエンディングへの流れは今話最大のキモだと思うので、このシーンから千早の心情をどう読み取るかは、個々人の解釈に委ねた方がいいだろう。
 ただ如月千早という少女の物語は始まったばかりである。千早が今後どのような変遷を経て「アイドル」となっていくのか、または別の道が出てくるのか、ゲーム版をプレイしている身でも興味は尽きない。
 そしてそれはプロデューサーも同様である。彼もまたゆっくりではあるが確実にプロデューサーとして成長している。今のところ全ての場合においてアイドルをきちんとフォローできていたとは言い難い面のある彼ではあるが、彼が今後どのように成長していくのか、プロデューサーとしてどのようなスタンスを確保するのか。それもまた興味深いところである。

 長々と書いてきたが、今話はシリアスと言うか「ストレス劇」とでもいうような、何ともすっきりしない話ではあった。前話までとは違い、アイドルたちを全員登場させなかったのも、その雰囲気が崩れてしまうことを考慮したからだろう。
 そもそも今回の舞台となるテレビ局も、セットの部分以外はグレーや黒など暗い系統の色で統一されている背景が多く、無機的な印象を植え付けることに成功している。だからこそ明るい場所のシーンが引き立つわけだが、仮に同じスタジオにアイドルたちが全員存在していたら、その雰囲気が失われてしまうことは容易に想像のつくことだろう。
 (尤も今話の「NO MAKE」では、本編に登場していないアイドルそれぞれの様子が描かれており、これはこれでなかなか面白い試みであるのだが。)
 その分前話まででは様々なアイドルが分担して見せていた描写を、響と貴音が一手に引き受ける形となった。
 殊に貴音はカエルの着ぐるみに妙なこだわりを見せて最後まで執着し続け、結果的に今話におけるコメディ担当の役割を担ってしまっていた。…いや、演出的には狙っていたことなんだろうけど、第4回の「しゅーろくごー!」で原由実さんが言っていた通り、これで貴音のファンになる人も出てくるのではないだろうか。
 逆に響はおとなしめではあったが、響もまた料理が上手にできるという設定なので、料理シーンでは貴音を引っ張って活躍していた。勝利が決定した際に貴音に飛びつく姿も可愛らしい。
 そして意外に凝って描写されていたのが、4人が作っていた料理である。品物自体ももちろんだが、千早が春香に醤油と間違えて渡してしまったソースの画が、見てすぐに「ソース」とわかる画になっている(明らかに醤油とは異なる描かれ方)のには驚嘆した。
 個人的にも肉じゃがは好きなので、夜中に見ていたら腹が減ってきてしまったよ(笑)。
 この料理を作る過程もまた今話のテーマ的に生かされていると思しき個所がある。前述の「醤油と間違ってソースを渡してしまった」シーンだが、春香はここであきらめずに他の材料と組み合わせて、元々作っていた料理を絶妙にアレンジした別の料理を作り上げた。
 この部分が、場合に応じて臨機応変に対処することができた春香と、対処することのできなかった千早を対比させているように見えなくもない。
 個人的にはアバンでプロデューサーが楽屋に行って早く着替えるように促した後の、四者四様の表情が素晴らしかった。まったく動じている様子のない貴音とジト目で恥ずかしがってる響の表情は至高(笑)。

 次回第5話は「みんなとすごす夏休み」。いわゆる「水着回」「温泉回」のようだが、予告だけでは誰が中心として描かれるかがさっぱりわからないね。恐らく今話とは違って全員登場するとは思うが、予告内映像のみで765プロアイドルの巨乳組を惜しまず見せるあたりは非常にすばらしい。美希の水着姿はおそらく出し惜しみしてるんだろう(笑)。
 数分前の本編中とは異なる、慌てふためいた様子の千早がナレーションを努めているというのも面白い。
 単なる息抜き回なのか特定のアイドルにフィーチャーするのか、いずれにしてもいろんな意味で実に楽しみな回である。


 ところで全くの余談なんだけど、Bパート冒頭、春香と響が台本読んでる休憩場所っぽいところの壁に貼ってあるポスター。
 あれって必殺シリーズのスチル写真を参考に描かれてるように見えるんだけど、どうなんだろう?いろんなサイト見てもそこに言及してる人は見たことなかったので、自信はないんだけど。
 …まああのポスター見て必殺シリーズをすぐに浮かべるような人も、滅多にいないんだろうけどさ(笑)。
posted by 銀河満月 at 01:43| Comment(0) | TrackBack(10) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月26日

アニメ版アイドルマスター3話感想

 早速いろいろ立て込んでしまったせいで、アニメ版アイドルマスター、略称アニマスの2話感想が書けなかった。
 2話も非常に良い話でしたねえ。

 で、今回書くのは3話目「すべては一歩の勇気から」。男性と犬が苦手で、自分に自信が全くなく穴を掘って埋まりたがる、それでいて良くも悪くも猪突猛進(暴走とも言う)な一面も持つ少女、萩原雪歩をフィーチャーした話である。
 原典であるゲームでもとにかく引っ込み思案な上に男性を苦手とするため、ネガティブな思考パターンに陥ることが多く、それをプロデューサーがうまくフォローするというのが序盤のコミュニケーションでの定番の流れだった。
 アニメ版における雪歩もまさにそんな感じで、1話ではカメラ撮影をしているプロデューサーを見ただけで青ざめてしまい、2話で宣材写真を撮影する際にも、手に持っている花束に視線を集中させて、撮影している男性カメラマンをなるべく視界に入れないように工夫?しているといった描写がなされていた。

 今話でも冒頭からレッスンを行う先生が男性だったというだけで逃げ出してきてしまい、伊織からは嫌味を言われてしまうだけでなく、そんな雪歩を励まそうとしたプロデューサーからも逃げ出してしまう。
 さらにアイドル総出での村祭りイベントに参加した際も、子供の連れていた犬が何気なく吠えただけで怯えたり、青年団の人たちに囲まれただけで卒倒、挙句には男性陣が得体の知れない化け物のように見えてきて、ステージイベントのリハーサルさえ満足にこなせない始末。
 アバンからAパートではまさにこれでもかという勢いで雪歩のダメダメな部分を見せつけてきたのは、見ている人にとってはそのまま雪歩にマイナスイメージを持たせてしまう可能性もあるが、これは止むを得ないところだと思う。
 1話で本人が言っていた通り、雪歩は「気弱でダメダメな自分」を変えるためにアイドルを目指している。だからこそ「雪歩はどんなふうにダメなのか」と言うことを、視聴者に具体的に見せる必要があったのだ。
 そして前述の雪歩のもう一つの特徴である暴走しがちな一面をも、Aパートまでの時点で既に描写していることは特筆すべき点だろう。
 Aパートを順を追って見てみると、あくまで雪歩の中だけの話ではあるが、雪歩が段階的に追い詰められていっていることがわかる。
 最初は初めてステージで歌えることを楽しみにしていたものの、村に着いた途端犬に吠えられて怯え、次に青年団の人たちからの挨拶を受けて卒倒、その後は1人きりになってしまった時に男性から声をかけられ、その時に初めて化け物の幻めいたものを見るようになっている。
 単に男性から声をかけられたからと言うだけでなく、周囲が男だらけという環境の中で、今までと違い「1人きり」という状況で話しかけられたことで、雪歩の感情がネガティブな方向に暴走を始めてしまったと言うわけだ。
 そして本来頼るべきプロデューサーまで化け物に見えてしまい、リハーサルとは言えステージ上という逃げ出すことのできない状況で男性陣を見たことによって限界を迎えてしまうと言う流れは、一見すると脈絡なく雪歩の「男が苦手」な面をつるべ打ち的に描いているようではあるが、実はかなり巧妙に計算されたものだったと言える。
 合間にやよい、あずささん、伊織が料理を作ったり、亜美真美と美希が会場設営の準備をしているシーンが挿入されるが、いずれの場合も各アイドルにかかわる村の人が「女性」であったあたりもまた、雪歩を追い詰める流れの一環として設定されたものではないだろうか。

 すっかり自信をなくしてしまった雪歩は、イベントが始まってからもそつなくステージをこなすやよいやあずささん、勢いに任せて乱入する響、マイペースすぎるトークで会場を盛り上げる美希(余談だが舞台袖でハラハラしながら見ているプロデューサーとの対比も面白い)の姿を見て、ますます落ち込んでしまう。
 そんな雪歩を励ますのが真と春香なのだが、真は弱気になっている雪歩を率先して引っ張っていこうとするイメージで、春香は自分にも同じように弱い部分があることを明かし、静かに雪歩の背中を後押しするイメージと、きちんと役割が分担されている。
 このあたりの流れはまさに1話でも印象的な演出として挿入された一節「1人では出来ないこと 仲間となら出来ること」を実践していたのではないか。
 しかしそこですんなりうまくいくほど予定調和的な展開にはならず、男性はどうにかなりそうなものの、今度は会場に同じく苦手な犬を見つけてしまい、雪歩は再度くじけてしまう。
 そこで満を持して?登場するのがプロデューサーだ。ここでまた真や春香に慰められたり励まされたりしてしまっては、さすがに「甘え」と受け取られかねないので、別の人物、とりわけ3人で頑張ると決心したところをきちんと見て、3人の気持ちを理解していたプロデューサーが説得に出るというのは、無理のない流れである。
 犬を怖がっていることを知ったプロデューサーは、「犬は絶対ステージに近づけないしほえさせもしない」と雪歩と約束を交わす。
 言葉でうまく説得できずに行動で示そうとする姿はいかにも駆け出しのプロデューサーと言う感じだが、同時にここで「約束」というフレーズを出してきたのも、「アイドルマスターSP」をプレイしていた人ならニヤリとさせられたかもしれない。
 この時のプロデューサーは上述したとおり、台詞回しから体の姿勢(少し猫背)まで、かなり「駆け出しプロデューサー」であることを強調して描かれている。指で犬の顔を作って雪歩を落ち着かせようとする一幕も、それをやったあとに照れくさくなって「少し子供っぽいか」と自分で突っ込んでしまうところが、不器用さを醸し出していてまた良い。
 プロデューサーですら怖がっていた雪歩が彼の不器用な気遣いに触れて、びくつきながらもどうにか小指と小指の「約束」を交わすシーンは、今話で一番の名場面と言えるのではないだろうか。

 そしてそれと同時に静かに流れ始める「ALRIGHT*」。
 この歌はCD「MASTER SPECIAL 04」に収録された雪歩の曲であり、雪歩の担当声優が朝倉杏美さんに代わってからは初めて歌われた曲でもある。
 「今日がんばればきっと明日は素晴らしいものになる。だから一歩を踏み出そう。」という内容の本曲は、まさに今話の雪歩にふさわしい曲であり、これを声優変更後の雪歩が初めて歌ったということも含め、古参ファンの胸中には様々な想いが去来したのではないか。
 そしてこの歌の通り、決意を新たにした雪歩は最初の一歩を踏み出すため、亜美真美が間違えて持ってきてしまったパンク風の衣装を着こみ、メイクも施した上でステージに飛び出し、「イェーイ!!」と絶叫する。
 この辺もまた雪歩の暴走気味な面を見せているわけだが、単なる暴走ではない雪歩の決意、それに春香と真が同調することで会場が盛り上がり始める「仲間となら出来ること」の再描写などが、各人の表情、セリフ、動き、他アイドルや観客の様子などの様々な要素を最大限に活用し、時間にして3分程度でしかない中で濃密に描かれていた。
 踏み出したその一歩が雪歩にとってより良い明日を呼ぶものになったであろうことは、歌い終えた後の雪歩の笑顔を見れば言わずもがなであろう。

 ラストにプロデューサーも犬が苦手だったという事実が発覚する。
 プロデューサーは頑張っている雪歩の姿を見て、自分も苦手を克服しようと思い立ち、そんなプロデューサーに励まされて雪歩は一歩を踏み出す決意をした。2話に続いてプロデューサーとアイドルがほんの少し、しかし確実に成長したわけだ。
 それはラストでプロデューサーと会話する雪歩が、今までのように怯えることなくまっすぐプロデューサーを見ていることからも窺える。
 ちなみにラストのことを踏まえた上でもう一度見返すと、Aパートで犬に吠えかけられた際、雪歩だけでなくプロデューサーもかなり驚いた顔をしていることも分かり、このあたりの芸もまた細かい。
 ラストでプロデューサーの机に置かれていたびわ漬けも、Aパートでの会話における伏線もさることながら、雪歩からのお礼の気持ちと雪歩らしい控えめさとが一緒に込められており、その丁寧な見せ方には改めて驚かされる。

 今回は雪歩とそれをフォローする春香、真が中心ではあったが、例によって他のアイドルも短い登場時間の中でそれぞれきちんと個性を発揮しているのは、相変わらずすごい。
 牛と仲良くなってしまう響や劇中ほとんど寝てばかりだった美希はもちろんだが、アバンで真と口喧嘩を起こしそうになる伊織と、それを止めようとするプロデューサーの描写が、さりげないながらも2話以降の関係が良好であることを匂わせていて良かった。
 村祭りイベントが当初の想像とは違いすぎてテンションが全員だだ下がりになってしまったのは、アイマス1での低テンション時を彷彿とさせるし、祭りの準備の手伝いをする羽目になったり、ステージイベントが始まってからもわたわたして落ち着かなかったりと、短い時間ながらも「イベントの舞台裏」をきちんと描いていたのもアイマスならではと言えるだろう。
 事務所の壁に貼られている社長直筆の訓示?が「飛翔」から「勇気」に変わっていたり、ホワイトボードに美希のサインを利用して(恐らく)亜美真美が○×ゲームをした形跡があったりと、相変わらず事務所内の背景美術は変態的と言えるほどに細かく描かれている(笑)。
 おかしかったのはステージ上の雪歩たちを眺める伊織、やよい、貴音の3人。伊織とやよいは焼きそばの屋台を手伝っていたようだが、貴音はそこで売っていないたこ焼きを持参し、且つ食べながらステージの感想を述べているという、なかなかミョーな光景になっていた(たこ焼きについてはサイドストーリーで触れられている)。

 次回は予告を見る限り千早に貴音が絡む形になるようだ。
 今話でもステージ上の雪歩たち3人を複雑な表情で見つめていた千早。歌以外のことにはまったく興味を示さない彼女に訪れる物語はどのようなものであろうか。
posted by 銀河満月 at 02:19| Comment(0) | TrackBack(5) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月11日

ついに放送開始、アニメ版「アイドルマスター」

 すんげー久しぶりにブログを更新してみる。
 どうも最近はツイッターばかりになってしまっていかんな。

 さて、去る7月7日よりいよいよ放送が開始されたアニメ版「アイドルマスター」の話である。
 今年に入って、正確には1月10日のライブで第一報が流れて以降、アニメの話も含めアイマスの周辺は話題に事欠かなかったわけだが(詳細は面倒なので省く(笑))、そんな上半期の集大成的なものとして、アニメ版アイマスが今月から放送開始と相成ったわけだ。
 1月からの半年間は本当にいろいろあったので、アニメを見ていた人たちの思いもまさに千差万別であったろう。無論そういった最近の喧騒とは全く無縁な、アイマスそのものを特に知らないアニメファンも、純粋な興味から視聴したはずだ。
 そんな多くの人たちの思いや耳目を受け止める立場となった、アニメ版「アイドルマスター」の1話とは、どんなものになっていたのか…?


 見終わって真っ先に抱いた感想は、「してやられた」であった。
 その理由は2つあって、1つは今まで僕らが見てきたPVの中に第1話の映像が全く使われていなかったことにある。
 1月から半年間、一般的なアニメよりもかなり多くの情報が様々な媒体で流布されてきた。中にはそこまでぶっちゃけていいのかと思えるような内容のものまであったわけだが、実際には制作陣は肝心要とも言える第1話の内容を、放送開始までまったく漏らすことがなかったのだ。
 種々雑多な情報を流しながらも肝心の情報は完全にシャットアウトし、例えゲーム版のアイマスを知っているファンに対しても初視聴時に軽い衝撃を与えるという巧妙な手玉の取り具合に、すっかりやられてしまったというわけである。この辺の情報コントロールの巧みさは、素直に上手いと感心せざるを得ない。
 これは既存ファンであればあるほど軽く衝撃を受けるという代物だったが、2つめの「してやられた」は既存ファンも新規視聴者も関係なく驚かされた要素だったろう。即ち「プロデューサー」の登場である。
 このプロデューサーの存在もまた、前情報では一切公表されておらず、2ちゃんねるあたりの匿名掲示板にたまに書き込まれたりする胡散臭いリーク情報の中にすら出てくることはなかった。もちろん予測した人も多くいるだろうが、予測と言うよりは自分で考えた作品案の一環として述べられただけでもあったろう。
 元々「アイドルマスター」というゲームは、基本的にはプロデューサーとアイドルが一対一の関係で結びついている。アイドル達は「プロデューサー(=プレーヤー)がプロデュースしているアイドル」として登場し、彼女らの姿はプロデューサーとしての立場を通してのみ見ることができるわけだ。逆を言うならスピンオフ版の「アイドルマスターDS」を除いては、アイマスと言うゲームはプロデューサーという存在なくしては決して成立しないゲームとも言える。
 対してアニメ版アイドルマスターは「トップアイドルを目指す女の子の日常」を主眼に入れたストーリーであり、アイドル達が所属する765プロダクション全体の話になる、とのことだった(全員を平等に扱うとの言もあり)。なのでプロデューサーをアイドル達の物語に介在させる設定上の縛りも、アニメ版には特に存在していなかったわけなのだが、そこへスタッフはあえてゲーム版同様にプロデューサーを介入させてきたのである。
 さらに面白いのは、このプロデューサーになる男性、1話の冒頭から出ていることは出てきているのだ。出てきているけど初見では見ている人間は彼をプロデューサーと認知できない。その作劇上のギミックもきちんと構成の一環として練られた結果の産物なわけだが、それに関しては後述で。
 現時点ではプロデューサーが物語上どんな役割を果たすのかは不明なわけだが、錦織監督の言うとおりであるならば、ゲーム版と同じ立場で扱われることはないだろうから、どんな役どころになるのか興味は尽きない(個人的には狂言回しレベルの存在になるかと思うが)。

 肝心の1話の内容は、全編がドキュメンタリー形式で進行していくという、これまた意表をついた構成になっており、これに関しては既にネット上で賛否両論が起こっているようだ。
 内容の賛否については後に回すとして、とりあえず今まで紹介されたPVの中にあえて1話の映像を盛り込んでこなかった理由は、この1話の構成自体にあったのだろう。
 ドキュメンタリー形式の見せ方は初見時には良くも悪くも強い印象を残すが、あくまでもドキュメンタリー的なものである以上、この見せ方は一回限りのハッタリのようなもので、それが本編放送前に知られてしまっては初見時の衝撃も半減してしまうというものである。
 でその構成自体の是非だが、第1話として最低限見せるべき「キャラクター紹介」と「世界観紹介」の両方を見せる上では、最適解だったように思う。
 単なるキャラクター紹介であれば、それこそ冒頭に派手なライブシーンを盛り込んで、各キャラクターの華やかな姿を視聴者に印象付けた上で日常シーンを徐々に描くという、半ば定番化している手法を使えば良かったのだろうが、今話ではそうした定石手法を外し、アイドルたちの日常描写に徹した作りになっている。
 しかもドキュメンタリー形式であり、後にプロデューサーとなる男性、つまり素人が撮影しているという設定なので、映像的な面白みには著しく欠ける単調な画が最初から最後まで続く。ライブシーンを盛り込むような派手な作りと比較すると、どうしても地味に見えてしまう点は否めないだろう。正直「つまらない」という感想を持ってしまうのも止むを得ないと思う。
 だが同時に今話はまぎれもなく「アイドルマスター」という作品の世界観を、如実に描出した話でもあるのだ。
 ゲームをプレイしている人にとっては周知の事実だが、アイマスと言うゲームはアイドルの女の子がステージで歌い踊る様を見て楽しむだけのゲームでは決してない。地道なレッスンによる能力の向上、営業をこなしてのステップアップ、楽曲や衣装コーディネイトなどの準備、それらを経てさらにオーディションに勝利することで、ようやくステージに上ることができるのだ。
 どれだけ努力したところで結果を出せなければ恩恵を得ることはできない。アイマスシリーズの諸作品はほぼ例外なく、非常にシビアな世界観を有しているのである。
 そして今話の時点でのアイドル達は、正確にはアイドルですらない。デビューから半年たってはいるものの、アイドルとしてはまだ芽の出ていない「少女」である。
 765プロに集結している13人の少女たちが、それぞれの夢や目標を胸にアイドルを目指す。その最初の一歩の部分を見せているのが今話だった。
 「アイドル」になりきれていない、「アイドルを目指す女の子」の姿を描写することが、この第1話の何よりの目的だったのではないか。そしてそれは常にプロデューサーの傍らにあり、時に喜び時に苦しみながらもアイドルを目指して歩んでいくゲーム版の彼女らの姿そのものでもある。
 だからこそ今話はまごうことなき「アイドルマスター」のアニメ版第1話であると、はっきり認めることができるのだ。
 そう考えると前述のカメラマン=プロデューサー設定が生きてくる。フレーム内のアイドルたちにカメラマンが字幕で語りかけるシーンが幾度かあるが、これを「プロデューサー」の視点としてもう一度見直してみると、少し受け取り方が変わってくるのだ。プロデューサー業に専念している律子にしつこくアイドル時代の話を持ち出している辺りなどは、かなり顕著だろう。
 このあたりもまた、レッスンや営業の回数、コミュ時の回答によって全体の流れが様々に変化するため、複数回プレイしてもそのたびに違う面を見られるというゲーム版の特徴を踏襲している。
 もちろんカメラマンとして見ても別段無理のない会話でもあるわけで、この辺の会話表現の巧さは特筆されるべきだろう。

 今話の演出もドキュメンタリー形式と言う大前提があった関係上、見た目に映えるような特徴的なものはあまりなかったものの、各キャラ描写は作画も含めて丹念に描かれていた。
 話に直接関係しない部分においてもなおアイドルたちが細かく動く様は、まさにゲームで出来ない部分をアニメで補強したと言わんばかりのもので、スタッフ陣の気概を感じさせる。
 Aパートのキャラ紹介も単にキャラを次々登場させるだけでなく、亜美真美・響のにぎやかし側が真・雪歩の側に強制的に介入、真・雪歩にそれぞれの形で絡む伊織とやよい、それらを気に掛ける春香と意に介さず自分の興味あることにしか目を向けない千早、彼女のどこか頑なな姿勢とは対照的なマイペースのあずさ・貴音・美希と、1つの流れの中で各人の個性を端的に描写しており、そこに律子と小鳥も絡めて最低限必要なキャラ情報をすべて盛り込む見事さだ。
 Bパートはキャラ紹介の補強と前述の「アイドルを目指す女の子」の奮闘ぶりが描かれたが、ここではオーディションで結果的にはとんちんかんな発言をしてしまっている貴音・響や、ロックバンドの前座にもかかわらず全く毛色の違う「蒼い鳥」を歌ってしまう千早など、各人がかなり空回りしてしまっている様子をしつこく描写している。これとAパートでの「人手不足」というセリフから、彼女らをもっと具体的に指導する存在が必要である、との物語上の必然性が出てくるわけだ。
 ゲーム版で言うところの「Fランク」活動をアニメで見せた、と言う解釈も可能だろう。
 EDのダンスもレッスンスタジオでの練習という形ではあったものの、ゲーム以上の7人構成ダンスが披露されており、微妙に各人の振りのタイミングが異なっているだけでなく、それを傍らで見ている春香たち5人の座り方も、それぞれの個性が垣間見えるものになっている。
 背景美術もかなり写実的なものになっていたが、とりわけ彼女らのアイドルとしての生活の基盤となる765プロ事務所の美術は素晴らしい。大量の書類から空気清浄機?や冷蔵庫の中身に至るまで、彼女らにとっては仕事場でもあり家でもあるという、生活感というか体温のようなものが感じられた。
 時間によって彼女らの服装が細かく変わるのも、細かいことではあるが単純に楽しいものである。無論着ている私服にもそれぞれの個性が滲み出ているというのは言うまでもない。

 放送前に錦織監督が言っていたように、30分の中で13人もの女の子を過不足なく描写するというのは、非常に難しいことだ。明確な正答が存在しないものだから。しかも彼女らの中にはヒエラルキーが存在しないため、安易に特定の人物を中心に据えることもできない。
 そんな厳しい条件の中でも、「特定のアイドルの物語」ではなく「765プロに所属する、アイドルを目指す女の子たちの物語」として1話をうまく昇華させたスタッフの手腕は実に見事だった。
 次回以降もこの基本コンセプトを崩さぬまま物語を作るのは困難なことだろうが、それでもやってくれると、スタッフの皆さんに期待しないではいられない。
 アイドルを目指す、アイドルに憧れる女の子でしかない彼女らが、どのようにして各々の理想とする「アイドル」になっていくのか。
 この半年間が本当に楽しみになってきた。




 余談だけど、誤字自体は確かにあっちゃならんことだけどもさ、親の仇罵倒するみたいに批判するのってどうなんだろうね。
 「仮面ライダーX」1話の「水木涼子」とか最終話の「神啓介」なんかも、今の時代だとアホみたいに批判されるのだろうか。
 下らない世の中になったものだ。
posted by 銀河満月 at 17:40| Comment(0) | TrackBack(0) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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