2009年09月27日

アイドルマスターDS、プレイ中

 先々週に購入したアイマスDSだけども、プレイしてはいるもののあまり進んでいない。
 先週はファミリー劇場で「銀河英雄伝説」の一挙放送をやっていたので、それを見まくってたからそれ以外のことをほとんどやれていないのだ(笑)。

 とりあえず愛シナリオはクリアして、今は絵理シナリオを進めている最中。
 愛シナリオはすべてのオーディションに合格したので、ランクAグッドエンドと言うところか。
 アドベンチャーゲームと銘打っているだけに、シナリオの出来不出来がこのゲームの完成度を左右すると言っても過言ではないのだけど、それに関してはまったく問題ないと言っていいだろう。
 特に才能には恵まれていなかった女の子が、様々な困難に出会いながらも、その困難を自分の力で乗り越えるたびに確実に力をつけ、自分だけが持っている魅力に気づき、それを武器としてトップアイドルになると言う、王道にして破綻のないストーリーは、ゲームのシナリオとしてきちんとまとまっており、それでいて各キャラクターの魅力も如何なく発揮させている。
 主人公の愛からして、キャッチフレーズの「とつげき豆タンク」の名に恥じない猪突猛進ぶりであり、逆を言えばわき目も振らず突進することしかできない不器用な少女ではあるが、そのスタイルがきちんとシナリオの軸として機能しており、自然と愛に対する感情移入もしやすいものになっている。

 ただあくまで個人的にではあるが、終盤の展開は「トップアイドルになる」という当初の目標からはずれてしまっているように見える。
 まだ発売されたばかりなので一応ネタバレは避けるが、終盤の展開そのものは愛が、愛本人が理想とする「トップアイドル」になる上で、避けて通ることの出来ない障壁を乗り越えるという点で、特に矛盾点はないのだけど、その障壁が障壁だけに、単なるプライベートバトルになってしまっている点も否めない。
 ただまあその辺のことも、Bランク時のシナリオで一応フォローされているから、この辺は個人の余計なツッコミであり、それを持ってシナリオやゲームそのものを批判する材料にはならないのだけど。

 ゲームシステムはレッスンとか営業は楽しくてよかったのだけど、オーディションはちょっと評価に悩むところだな。
 オーディションで使用される思い出ルーレットは、どれほど成功しても勝率90%を超えることはなく、敗退する可能性が必ず残される。
 もちろん負けたら負けたで別のルートがあるわけだけども、せっかくルーレットを成功させたとしても、単なる確率の問題で合否が決められてしまうと言うのは、ちょっと物足りない気がする。
 やはりがんばったならがんばっただけの成果が、ダイレクトに反映される仕様になってほしかった。

 しかし不満点などはそのくらいなので、全体としては非常に良い出来と言うべきだろう。
 TV出演のシーンなどは、DSというハードの関係上、360版のような映像を制作することはどうがんばっても無理なので、その事実だけでゲームを批判するのはナンセンスと言うものだ。
 むしろビジュアル衣装の明滅や髪のなびきなど、DSのゲームとしてはかなりがんばっている方と言える。

 とりあえず銀英伝は昨日で終わったから、早いとこ残り2人もクリアして、その後は色々なルートを進んでみたいものだ
posted by 銀河満月 at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

そう言えば「ウルトラ銀河伝説」の話

 もう日にちは経ってしまったけど、ウルトラマンゼロがウルトラセブンの息子だって言うんで、ちょっとだけ騒ぎになったね。
 yahooニュースでも記事になってたりしたようだけど、あそこでのコメントにはちょっと苦笑してしまったな。
 変に通ぶってセブン、と言うかダンとアンヌの関係を持ち出して、ゼロやゼロと言うキャラを作った円谷プロを批判してたけど、それなら「レオ」に登場したアンヌそっくりの女はどうすんだよ?あれだって一時期はアンヌそのものって扱いになってたんだぜ(円谷でなくて出版社側が)?
 平成セブン世界観ではアンヌは「ダン」と言う名の子供をもうけているわけだが、その辺は?
 そもそも「セブン」作品中でもダンとアンヌの関係は「恋愛関係」として打ち出されていたわけではない。 
 完成作品を見る限り、その関係性を(恐らくは勝手に作り出して)盛り上げていたのは、満田監督だろう(笑)。ただ「ノンマルトの使者」とか最終回を見るにつけ、脚本の金城氏もそのあたりのことを意識していたのかもしれない。
 ただどちらにしても「ダンとアンヌは恋愛関係」と銘打っていたわけじゃないんだよね、セブン本編は。
 ダンとアンヌの関係ってのは、むしろ80年代のリバイバルブーム時、特撮ヒーローものがサブカルチャーの一環として評価・論評されるようになってきてから、論評する側が持ち出してきた話としたほうが正しいだろう。
 個人的にはあの2人の関係を「恋愛」という狭い枠に収めて考えて欲しくないものだ。

 だいぶ話が飛んだけども、そのウルトラマンゼロ。
 方々で言われていることだけども、顔は正直あまりカッコよくないな(笑)。目を少し吊り上げすぎている気がする。
 個人的に体部分のデザイン(配色含め)はあまり文句がないだけに、どうも頭部に違和感を感じてしまうのだ。
 ただ「セブンらしさを残しつつも新しいウルトラマンとしての個性を見せる」という命題を実現するのは、容易なことではないからね。
 マンにしろセブンにしろ、デザイン的には完全に完成された存在だから、後は結局あの2人のデザインをマイナーチェンジさせていくほかないんだよな、新しいウルトラマンを作るのであれば。
 批判するのは簡単だけども、実際に上記の命題を実現すると言うのは、かなりの困難さを伴うことだろう。

 もっともあの顔から宮野真守ヴォイスが発せられると言うのだから、その辺のギャップは面白いものになるかもしれないね。
 つーかご本人のブログでのはしゃぎぶりを読むと、ゼロを応援してきたくなってしまうから不思議なものだ(笑)。
posted by 銀河満月 at 18:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 特撮ヒーロー・特撮映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あれから13年が経ちました

 色々あって23日当日にブログを更新することは出来なかったのだが、今年もまた巡ってきた。
 今更言うまでもなく、9月23日つまりは藤子・F・不二雄先生の命日である。
 同じような書き出しで始まるエントリを、今からちょうど2年前に書いたことがあるのだけど(これ)、読み返すとなんとも悲観的な内容だ。もちろん書いた当時からして、藤子作品の未来について希望的観測はまったく抱いていなかったのだから、ああいう文章になってしまうのは仕方がなかったろう。
 それを思うと、たった2年間で随分と状況が変わったものだと思い知らされる。

 これまた言うまでもなく、今年は「藤子・F・不二雄大全集」が発売されている。
 このような形でF先生の作品を「完全」に読むことなど、つい2年前には、いや昨年の段階でも想像すら出来なかったことなのだ。
 ドラえもんやパーマンはともかくとしても、オバQやジャン黒などは、もしかしたらもうずっと読むことは出来ないのではないか、新規の単行本などが発売されることはないのではないか、などと暗澹たる未来図しか浮かばなかったものである。
 それが今やバラ色の未来図をある程度約束されたようなものなのだ。なんと素晴らしいことであろうか。
 間違いなく今年はF先生没後の13年間の中で、最もF先生関連の情報やネタが充実している時だろう。
 何度でも言うが、本当にいい時代になったものだ。

 こんないい気分でF先生の命日を迎えたのは、ドラえもんプラスが発売されていた時期以来だ。
 逆を言えばF先生ほどの業績を残された方の作品であっても、それを全集と言う形態で発売するのには10年以上もの歳月を要しなければならなかったと言うことにもなるのだけど。
 ともあれ、できるなら来年以降も当分は、F先生の命日をこういう晴れやかな気分で過ごしたいものだ。
posted by 銀河満月 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | ドラえもん・藤子関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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