2012年01月23日

アニメ版アイドルマスター25話「みんなと、いっしょに!」感想

 2011年7月7日、七夕の日に始まったアニメ版「アイドルマスター」は、以降半年に渡って様々な物語を紡いできたわけだが、そんなアニマスの物語もとりあえずの終幕を迎える時がついにやってきた。
 半年間も我々視聴者を楽しませてくれた作品と別れることになるという事実には、一抹の寂しさを感じざるを得ないが、今は寂しさに浸るよりも、アイドルたちの現時点での最後の物語、そして活躍をじっくりと視聴し、彼女たちのアイドルとして歩んできた証を心に刻むべきだろう。
 彼女たち765プロアイドルたちが紡いできた物語の迎える最後の舞台。それは今更言うまでもなく、彼女らにとってのセカンドライブでもあるニューイヤーライブ「いつまでも、どこまでも」であった。

 その日、小鳥さんは未だ入院中のプロデューサーを見舞いに病室を訪れていた。幸いプロデューサーは体を起こし読書ができるほどに回復してきており、小鳥さんも「顔色が良くなってきた」と、彼の復調ぶりを喜ぶ。

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 小鳥さんが持参した見舞いの花を置いた棚には、果物や花を始めとした様々な見舞いの品と思しきものが既に置かれている。それがアイドルたちからのものであることは容易に想像できるだろう。
 24話の「NO MAKE」からも察せられるように、恐らく春香以外のアイドルはプロデューサーの意識回復後、一度は病院を訪れて面会を果たしているものと思われるが、果物かごの中に「プロデューサーへ」と書かれた、恐らく765プロアイドルのうち誰かからの手紙がそのまま置かれている辺りから考えるに、頻繁にプロデューサーを見舞っているというわけではないようだ。
 これは無論アイドルたちが薄情だからなどというわけでは断じてなく、彼女たちがアイドルとして今自分たちのやれること、やるべきことを優先して実行した結果であることは論を持たない。
 24話で高木社長がみんなに言ったとおり、それをこそプロデューサーが望むであろうと、プロデューサーという人はそういう人間なのだということを最もよく理解しているのは、他ならぬ彼のプロデュースを受けてきた彼女たち自身なのだから。
 そして実際に彼女たちの認識は間違っていなかった。今すぐにでも退院したいと愚痴をこぼすプロデューサーの真意は、一刻も早く復帰してアイドルたちのプロデュース業を再開したいという想い。プロデューサーは彼女らに来てもらうのではなく、自分の方から彼女らの傍らに歩み寄ることを望んでいるのである。
 「プロデューサーは仕事熱心」との小鳥さんの評価は、そういうセリフを言えるまでに回復した彼の復調ぶりに対する喜びと同時に、そんな彼の真意を察していたからこそのものであったのだろう。
 だがそんな想いを内に抱いていても、現実問題としてプロデューサーが退院することはまだできない。窓の外には日差しに包まれた穏やかな青空が広がり、彼が「ライブ日和」と形容するに相応しい好天に恵まれているにもかかわらず。
 そう、今日がニューイヤーライブの開催当日なのである。
 ライブ会場へ行かなくても良いのかというプロデューサーの問いに、今回は社長もヘルプに入ってくれているから大丈夫と答える小鳥さんの態度はとても穏やかだ。アングル的にその表情を窺うことはできないが、恐らく柔和な笑みを湛えていたことだろう。
 しかしだからこそプロデューサーには思うものがあったに違いない。本来なら小鳥さんもファーストライブの時と同様、会場で現場の手伝いやみんなのサポートに徹することができたはずであるし、何より小鳥さん自身もすぐそばでみんなの晴れの舞台を見たかったであろうことは想像に難くないのであるが、今はプロデューサーへの見舞いを優先しているために、それができない状態なのだ。
 もちろん小鳥さんはそんな状況に不満を抱いているわけではないし、後ろ髪を引かれる程度の心残りがあったとしても、24話の「NO MAKE」においてアイドルたちに取ってみせた態度と同様に、笑顔を絶やすことなくプロデューサーの元を訪れている。それはアイドルの少女たちやプロデューサーに余計な不安を抱かせないようにするための、小鳥さんなりの気遣いであった。
 そしてそんな彼女の心遣いを、プロデューサーは同じ「NO MAKE」の中できちんと理解できている。彼女の笑顔の奥にあるものを正しく認識出来ているからこそ、何もすることができない今の自分の不甲斐無さを申し訳なく思っているのである。小鳥さんに対してだけではなく、765プロの全員に対して。
 「今は怪我を治すことが仕事」と小鳥さんに諭されても今一つ納得できていない表情を浮かべていたプロデューサーは、しかしすぐ意を決したかのように、小鳥さんにある頼みごとを持ちかけてくる。

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 ライブ会場では既にニューイヤーライブの垂れ幕が外に掲げられており、会場内における準備も着々と進められていた。
 そんな会場のモデルとなった場所は「パシフィコ横浜」。アイマス関連では2008年の3rd ANNIVERSARY LIVEや2011年初春の「H@PPINESS NEW YE@R P@RTY!! 2011」などのイベントが開催された場所であり、殊に「H@PPINESS NEW YE@R P@RTY」は、アニメ版アイドルマスター放送決定の第一報が初めて公に流された、記念すべきイベントでもある。
 2011年におけるアイマスムーブメントの発端となった場所をモデルとした会場で、アニマスのみならず2011年のアイマスシーンそのものが締め括られるという構図は、実に小粋な演出である。
 無論765プロのアイドルたちにとっても、今まで経験したことのない大きな会場でのライブであるだけに、高揚感を隠しきれない様子。
 真や雪歩がそんな気持ちを素直に述べる隣で、貴音が気を引き締めるよう促すというやり取りも、今までの話の中で培われてきたキャラシフトがあるからこその定番の流れであった。
 その横で会場に来ることのできないプロデューサーに想いを馳せたのは響であったが、逆に響の方がプロデューサーがいないことを寂しがっているからと、亜美真美にからかわれてしまう。

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 このあたりのユーモラスなやり取りは、アクシデントに見舞われたという面もあるものの、本番開始前はずっと緊張を崩せていなかったファーストライブの頃と比して、アイドルたちの精神面における成長ぶりと、あの時から数カ月の時間を経て、アイドルとしての濃密な経験を得たからこその余裕が窺え、微笑ましい中にもアイドルとしての頼もしさをも垣間見ることができる。
 からかわれる対象として響をチョイスしたのは、16話で描かれた「実はさびしがり屋」という響の一個性に即した故であろうが、ゲーム版「2」では最終的にプロデューサーへの恋慕を直接的に伝える役どころとなっていた彼女を、敢えて「プロデューサーを思いやる」立場として配置したと考えると、なかなか面白い。このシーン自体が今話のラストにおけるある描写への伏線になっているとも取れるのである。
 響をからかう亜美真美をたしなめる律子は、亜美の抱きかかえている袋に目を留めたが、そのことを尋ねても笑いながらはぐらかすばかりで、亜美も真美も説明はしなかった。その表情から何かを企んでいるであろうことは間違いない。

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 そんなみんなの様子を笑みを浮かべながら見つめていたのは千早であったが、ふとあることに気づいて部屋の外へ目を向ける。それはその場にいない2人の仲間を探そうとしている仕草であった。
 その内の1人である春香は、用意されていた水を飲むために別室へとやってきていた。春香が水の入ったペットボトルを手に取った時、同じくあの場にいなかったもう1人である美希が、部屋に入ってくる。彼女もまた水を飲もうとこちらの部屋へやってきたのだ。
 部屋に入ってきた美希にペットボトルを手渡す春香。美希が自分でペットボトルを手にするのをただ見つめるというようなことはせず、自分が先に手に取って美希に渡すという行動は、本当にさり気なく何でもないことではあるが、同時に春香と言う少女の人となりを端的に示した行為であるとも言えよう。
 大舞台を前に各々の抱く感慨を短い言葉で交わし合った後、春香が切り出したのは、以前美希や千早と共に話をした、「アイドルとは何か」という命題。
 あの時は千早も美希もそれぞれが理想とするアイドル像を語っていたが、春香だけは明確にそれを口にしてはいなかった。「自分だけはっきりしなくて」とその時の自分の気持ちを形容した春香はしかし、今はっきりと自分の中にあるアイドルとしての理想を口にする。

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 みんなと一緒にステージに立っている時が一番楽しい、応援してくれるファンの人たちと、共に目標へ向かって歩んでいく765プロの仲間たちに囲まれてその「場」に立つ瞬間こそが、自分が願うアイドルの姿なのだと。
 それは春香が以前から抱いていたものと、中身が別段変容したというわけではない。むしろ春香が目指す理想のアイドルとしての姿自体が、それこそ子供の頃から全く変わっていなかったということは、24話で幼き日の自分に触れる描写を通して明示されている。
 春香はその夢を幼い頃からずっと抱き続けたまま、トップアイドルを目指して芸能界に入り、そして自他共に認めるアイドルとして成長してきた。春香にとってアイドルになるという夢は、そのまま彼女自身のバックボーンとなってずっと彼女の中に息づいており、まさに天海春香という少女の一部として在り続けたものであったのだ。
 春香の夢は当たり前のように彼女と共に在り続けた。しかしそれがあまりにも当たり前すぎたからこそ、彼女はそれが当たり前のことではない、常に自分が能動的に意識を向けて見定めなければならないものであることを、いつしか忘れてしまっていたのかもしれない。
 だから春香は21話、さらに言えば17話での真との他愛ない会話の中でさえも、自分自身の理想を具体的な言葉として伝えることができなかった。それがあまりにも近くに在りすぎ、感覚的に結び付きすぎた故に、客観的に見直すことが難しくなってしまっていたのだろう。
 そしてそんな状態のままで歩み続けたその足を少し止めた時、周囲の状況と自分の理想との狭間にずれが生じ、大きな力の中でそのずれを肥大化させ、ついにはその理想さえも見失ってしまったのである。
 そんな状況に陥った彼女が苦悩の末に自分のアイドルに対する原初の想いと、それを支えてくれる人たちとの繋がりの強さを再認識するというのが、前話である24話の大まかな流れであったわけだが、その体験を経て春香は怪我の功名的ではあるものの、自己の理想を見つめ直す機会を得ることができたのである。だからこそ彼女ははっきりと言いよどむことなく、自分が幼い頃からずっと抱き続けた夢や理想を言葉で語ることができたのだ。
 春香のその言葉に春香らしいと笑顔で返しながら、「それでいいと思う」と彼女の考えを認め受け入れる美希の姿は、23話での春香とのやり取りで見せた態度とは全く対照的なものだ。
 元々美希という子は他人の物の見方や価値観には無頓着であり、悪意はなくともそれが要因となって時には問題を起こしてしまうというのは、ゲーム版「1」の頃から存在した話であるが、そんな美希が自分とは明らかに異なっている春香のアイドルに対する理想や価値観と言ったものを許容し受け入れているのは、24話での体験を経た彼女の成長の証に他ならない。
 それと同時にこのシーンを、23話における美希とのやり取りと同様のシチュエーションとすることで、当該話における春香のそれが、結局は美希に対する擦り寄りでしかなかったことを改めて浮き彫りにし、それに比して再び夢に向かって歩き出した今の春香に備わっている強い意志を、よりはっきりと強調することに成功している。
 春香のそんな姿を誰より喜んでいるのが、部屋の外で2人の会話を聞いていた千早であろうことは想像に難くない。

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 リハーサル室に集合したアイドルたちを前に訓示を述べる高木社長。この場にいないプロデューサーに変わっての役回りであるのは言うまでもないが、実は全話通して見ても、社長がこのような形で全員に対して話をすることはほとんどなかったため、なかなか珍しい光景となっている。
 その事実自体が、常に一歩引いて若者たちを見守る立場に徹してきた、本作における「大人」のスタンスを如実に示していると言えるかもしれない。
 忙しい中でもライブの準備を整えてきたアイドルたちの労をまずはねぎらう社長であったが、意図的ではなかったものの、入院中のため会場に来る事の出来ないプロデューサーのことを話題に出したために、流れる空気が若干湿っぽくなってしまう。
 そんな空気を変えるために手品を披露すると言い出すあたりは、13話や22話を踏まえた社長の茶目っ気溢れるこだわりと言ったところであるが、それを遮るかのように美希が突然声を上げる。
 「ハニー!」と美希が発したその言葉どおり、皆が視線を向けた先にあったのは、小鳥さんの押す車椅子に座ったプロデューサーの姿だった。

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 「来ちゃいました」と少しばつが悪そうに笑うプロデューサーは、病院にいる時と同様に未だ包帯やギプスをつけてはいるものの、本当に久しぶりに見たはずの「元気」なプロデューサーの姿に、アイドルたちも嬉しそうに彼の下へと駆け寄る。
 そんな中、1人感極まってその場に固まってしまいながらも、千早に促される形でプロデューサーの元へ駆け寄っていく春香や、いつもと異なりストレートにプロデューサーへの気遣いを口にする伊織の様子が印象的だ。
 アイドルたちから口々に喜びの言葉をかけられたプロデューサーは、少々言いよどみながら驚きの事実を告げた。ライブでのみんなの晴れ姿を是が非でも自分の目で見るために、本来であればまだ外に出ることは叶わないところを、小鳥さんにも協力してもらい、病院を黙って抜け出してきたと言うのである。
 プロデューサーらしからぬ思い切った行動に、さすがに一同も驚きの声を上げるが、元々来週には外出許可が出るという話だったため、大丈夫なのではないかと話す社長の良い意味での適当さもあり、部屋の中は全員の笑い声で包まれる。もちろんそこに先程までの湿っぽい空気などは存在しない。
 ひとしきり笑ったあとで真面目な顔に戻ったプロデューサーは、まず皆に謝罪する。アイドルをプロデュースするという立場にありながら、事情が事情とは言えその職務から遠ざかり、彼女たちの動向を直接見ることができなかった彼にしてみれば、皆に対して申し訳なさを抱くのは無理からぬことであったろう。
 彼はアイドルたちがどんな状態であるかを知ることもできないまま、今日という日を迎えたことに不安を抱いていたことを正直に打ち明けた。それもまたプロデューサーであれば当然の心境であったはずだが、しかし彼は今日この場に来て、そんな自分の不安は杞憂にすぎなかったと語る。
 彼の不安を容易く霧消させ、ライブが成功すると確信させるまでに至らしめたもの。それは彼の目の前に並んでいるアイドルたち全員の表情だった。
 みんながどんな表情を浮かべていたか、それは彼女たちが多忙の中、このライブに対して抱いてきた特別な想い、24話においてその想いを等しく胸に刻んでから見せた各々の表情を思い返せば、自ずと見えてくることだろう。
 そしてその表情は決して彼女ら個人の力だけで生み出されたものでないということも、プロデューサーは知っている。
 12人のアイドルと彼女たちをずっと支えてきた律子や小鳥さん、社長。765プロに所属する1人1人が自分に出来ること、やれることに最大限に取り組み、互いに支え合いながら目指す夢や目標に向かってずっと共に歩み続けてきた。
 そうすることで育まれてきた仲間同士の繋がりや互いを信じる想いは、そのまま強固な信頼関係や絆といったものに昇華し、彼女ら12人のアイドルたちにより大きな力をもたらしたのである。それは迷い苦しむ者を救う力であり、絶望の淵に追い込まれた者を引き戻す力、そして何より大勢の人たちにも自分たち自身にも、幸せを運ぶことのできる力。
 それをずっと間近で見続けてきたのはプロデューサーだった。以前の感想にも幾度か書いたとおり、どんな時もアイドルたちの傍らにあって彼女たちの日常や苦悩、そして成長を見守り助力してきたからこそ、彼には誰よりもはっきりとわかるのである。互いを信じあう強い繋がりが彼女らの力を育むこと、その力が彼女たち自身を、多くの人の心を惹きつけるほどに輝かせてくれることを。
 プロデューサーはずっと以前からそのことを知っており、だからこそ彼女たちに全幅の信頼を寄せることもできた。仲間を信頼することの大切さは、他でもないアイドルたち本人から彼が教えられたことなのだから。
 「団結した765プロは無敵だ」と言い切った彼の胸中に、アイドルのみならず765プロに所属するすべての人たちに対する揺るぎない信頼感が根付いていることは論を持たない。だからアイドルたちも、一緒に最高のステージを作ろうというプロデューサーの呼びかけに、はっきりと応えることができたのだ。
 プロデューサーはアイドルたちを信じ、アイドルたちはそんなプロデューサーの信頼に応える。各々の職務上の技量や実績といった物を超えた先にあるその関係は、アニメ版アイドルマスターが打ち出した「アイドルとプロデューサー」というアイマスの根底にある関係性そのものに対する1つの回答であり、同時に制作陣が理想形と見定めたものであったのかもしれない。

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 そう考えると23話と24話において、プロデューサーを怪我という形で一時的に離脱させた作劇にも得心が行く。
 春香に対してプロデューサーは、彼女は心をすり減らし苦悩していた時期に何もしてやれなかったことを謝罪するが、確かに彼が負傷せずずっと春香のそばにいることができたなら、春香は実際の時ほど苦悩することにはならなかっただろう。
 だがそれは春香の成長を阻害する要因になりかねない、そんな危険性を孕んでいる「if
」の要素でもあるのだ。
 前述の通りプロデューサーは765プロアイドルの力の源がどのようにして生まれ育まれるかを、恐らくはずっと以前から知っていたわけだが、それは23話と24話とで追い込まれてしまった春香が見失ってしまったものであり、一番欲していた「答え」でもあった。
 その答えが以前からずっと春香の心の中にあったものであるからこそ、春香は第三者から教えてもらうのではなく、自分の力でその答えを得なければならなかったのである。一度見失った心の一部を再び見つけ出すことができるのは、本人以外にはいないのだから。
 プロデューサーが最初から答えを知っていたにもかかわらず、事情はあれどそれを春香に説明できなかったことは、「落ち度」と言っても差し支えないものであるかもしれないが、それは春香も同様であった。
 彼女のプロデューサーを信じる気持ちのまま、素直に自分の悩みを打ち明けていればああまで苦しむことにはならなかったはずであるが、実際には重要な局面で一歩引いてしまったために、プロデューサーと話をする機会すら失ってしまった。これが春香自身の落ち度であったことは、異論を挟む口もないだろう。
 それを理解していたからこそ、プロデューサーの謝罪の言葉に春香は首を横に振ったのだ。誰が悪いというわけではない、しかし裏を返せばみんな一定の落ち度があり、当然自分自身にもそれがあったのだから。
 しかし春香はそんな逆境の中、自分で「答え」を見つけることができた。誰かに教えてもらったり助力を乞うたわけではなく、自分1人で自身と向き合うことで、見失っていたものを再び自身の中に見出したのだ。
 人生の先輩である大人が、少女であるアイドルたちに直接答えを提示するのではなく、例え時に迷うことがあっても自分たちの力で答えを見つけさせ、大人たちは介添え程度の介入に留める。アニマス全編で貫かれてきたこのスタンスの最たるものが24話における春香の描写であったわけだが、それをより強調するためのプロデューサーの一時離脱であったと言えるだろう。
 そしてプロデューサーの離脱による効果は、単なる作劇上の都合に留まらない。春香の心が追い詰められていった要因の一つに、故意でないとは言えプロデューサーを負傷させた原因が自分にあるという自責の念があったわけだが、それに関して春香が直接プロデューサーに謝罪をしたという描写は、作品中には存在しない。
 無論先ほども書いた通り、決して春香が悪かったわけではない。しかし経緯はどうあれ春香の性格を考えれば、彼女がプロデューサーに謝罪しないはずもないだろう。しからば何故具体的な謝罪のシーンを明確に劇中で描写しなかったのか。
 その答えがこのやり取りのシーンに込められていた。
 周囲と決定的にずれてしまうほどに追い込まれ、心をすり減らしながらも、彼女は自分1人の力で見失っていた大切なものを見出し、再び前に向かって走り出した。それは彼女自身は意識していなかったかもしれないが、追い込まれている自分の胸中をプロデューサーに相談することを意識的に避けたために起きてしまった悲劇に対する、彼女自身の彼への贖罪として機能していたのである。
 春香が自分の力で大切なものを再び心に宿すこと、それ自体がプロデューサーへの謝罪でもあった。そんな彼女に対しプロデューサーは彼女が自分の力で答えを見出せたことを察し、力強く励ますように「頑張ったな!」と言葉を送る。
 彼は恐らく今回の件に関して仔細は知らなかったのだろう。だがそれを春香に殊更聞くことなく、ただ春香の出した「成果」を純粋に認め賞賛した。それは同時に敢えて仔細を明かさずとも、目の前にある結果こそが互いを信じ思い合った末のものであると、2人が理解できていたということに他ならない。
 両者はアイドルとしてプロデューサーとして精一杯やれることをやり、その上で最上の成果を出した。それが単なる言葉の範疇を超えた、精神的な繋がりによる両者の間でのみ交わされた「謝罪」だったのだ。
 春香とプロデューサーの間でずっと育まれてきた「アイドルとプロデューサー」としての絆は、かような形で結実したのであり、これもまた同関係に対する一つの完成形であったのかもしれない。
 そしてそれは春香がずっと抱いていたであろう負い目を消滅させるには十分な「赦し」として機能していることも意味していた。

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 いよいよ迎えるライブ開始の時間。客席には大勢のファンに紛れて善澤記者が、ステージ裏にはダンスのコーチやボイストレーナーが、今の彼女たちの成果を見るために集まっている。
 ファーストライブの時と同様、アイドルたちを誰より近くで支え続けてきたプロデューサーの激励を受け、円陣を組んでテンションを高めた12人は満を持してステージに立つ。
 輝くスポットライトと観客の歓声に迎えられたアイドルたちが披露する最初の曲は、「READY!!&CHANGE!!!! SPECIAL EDITION」。前期OPテーマであった「READY!!」と後期OPテーマの「CHANGE!!!!」を組み合わせた、文字通りの特別版だ。
 衣装もそれに合わせてか、美希、雪歩、伊織、亜美、真、貴音が前期OPで着ていた「バイタルサンフラワー」で、春香、千早、真美、やよい、響、あずささんが後期OPで着ていた「ザ☆ワイルドストロベリー」を、それぞれ身に纏っている。
 ライブ自体は20話や21話でも描かれていたが、そちらでは歌唱メインの画面構成となっていたため、歌のみならずアイドルたちのダンスやカメラワークの激しさを前面に押し出した構成という点では、実に13話でのファーストライブ以来の本格的なライブシーンであり、歌曲と相まってまさにアニメ版アイドルマスターにおけるライブの「総決算」と言ってもいい内容に仕上がっている。

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 前述の円陣を組んでいるシーンも含め、前期OPでのライブシーンに使われた映像を修正・編集して使っている部分もいくつか散見されるが、有限のリソースを後続の作品に流動的に使うこと自体はまったく正しい行為であり、今回はむしろその編集の妙に注視すべきところであろう。
 もちろん新規作画分の美麗さもここぞとばかりに炸裂しており、アイドルの動きの激しさやダイナミックさ、ゲーム版とは異なる大胆なカメラワークと言った、13話でも見せたアニマスならではの表現方法はそのままに、12人それぞれの魅力を最大限に描出していることは言うまでもない。
 作画の流麗さに関してはここでいくら言葉を費やしたところで伝えきれるものではないから、是非一見していただきたいとしか言えないのがもどかしいところであるが、演出面で特筆するとすれば、13話の時には見られなかったカメラワークとして、アイドルたちの上半身がフレーム内に収まる程度のアングル(ゲーム版で言うところの「ミドル」)で静止した後、カメラが高速でパンニングし、隣で踊っているアイドルを映し出して少し静止、またすぐに高速パンニング、という見せ方が新たに加わっていることが挙げられる。
 通常のパンニングと比較して、短い時間ではあるが人物を固定して映せるので、人物そのものをより強調することができるし、映像上のメリハリもつけやすくなるという効果も付与されていた。
 アイドルの方に目を移すと、歌詞の「TRY CHALLENGE!!」の部分で、アップで映し出されている時の雪歩の手の形に注目していただきたい。一瞬ではあるが雪歩の手が、3話でプロデューサーに見せてもらった「犬」の形になっていることがわかる。

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 自分に対して全く自信が持てず、ステージに立つことさえ恐れていた雪歩が変わっていくきっかけとなった挿話が3話であるわけだが、その直接のきっかけであるプロデューサーとのやり取りを象徴するこの「犬」を、本当にさり気ない形で描出する制作陣の演出の細やかさには恐れ入る。
 あとは13話でのライブと比較してアイドルたちだけでなく会場全体を様々な視点で映しだそうという意図が、そのアングルから見てとれる点も興味深い。色とりどりのサイリウムが輝く客席や、アイドルたちを彩る照明を映すだけでなく、「SHOW MUST GO ON☆」のところでわざわざ真とやよいが画面下のほうにわずかに映っているだけのアングルを挿入するあたりからも、その意図が窺い知れるだろう(尤もゲーム版「L4U!」に存在した、カメラ視点が固定されてしまうバグを再現したものと言えなくもないが)。
 それほど気にするところではないと思うが、13話の時に比して観客からのコールのボリュームが小さくなっていたという点も忘れてはならないところだろう。

 その後もライブは滞りなく進行し、幕間のトークパートに入る。
 後ろの席の人たちや3階席の人たちのこともちゃんと見えていると呼びかける春香の姿からは、13話でのライブ開始前、幼い頃に自身が体験したアイドルコンサートでの出来事を振り返り、その時のアイドルと自分とが同じ立場になったことに格別の感慨を抱いていた下りが思い返されることだろう。

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 次に続く美希の、心がどんどん高揚してきていることを観客に伝え、自分がキラキラしているかを問いかける様子と合わせ、2人がそれぞれ胸に抱き、終盤のストーリーのキーともなった「理想のアイドル」としての姿を、ここで改めて提示していると言える。
 そして各々が抱く理想を目指して努力してこれたのは、そんな自分たちをずっと応援し続けてくれたファンのみんながいたからと、真、雪歩、あずささんが感謝の言葉を述べる。思い返してみると、この3人がそれぞれメインとなった3、8、17話は、シチュエーション等の違いはあれど、ファンや一般大衆との絡みが比較的多かった話でもあった。
 そんな3人の言葉を、振り返るのはまだ早いとたしなめ、これからもっともっと頑張っていかなければと今後への姿勢を示したのは、伊織に響、そしてやよい。こちらの3人は基本的に後ろを振り返ることなく前だけを見据える性格であるが、その内に強い信念を秘めているからこそのものだということは、7話や11話、16話で描かれていることである。
 3人の言葉を受けた上で、まずは自分たちが今行っている今回のライブに全力で取り組み、成功させなければならないと強く言い切るのは貴音だ。「アイドルとして高みを目指す」という自分の使命に真摯に取り組む意志を14話や19話で明示した彼女らしい仕切り方であろう。
 その言葉を受けた亜美と真美は、ライブを成功させるため、自分たちと一緒に楽しく遊ぼうと観客に呼びかける。この2人にとってはライブもまた楽しく遊ぶためのお祭りのようなものであるかもしれないが、遊びだからと軽んじているわけでは決してなく、むしろ何に対しても常に全力で楽しもうとする姿勢を2人が持ち続けているということは、9話での描写を思えばすぐにわかることである。
 亜美と真美の軽めの呼びかけの後に続く、真面目な呼びかけを担当するのは千早。みんなの心に届くよう力の限り歌うというその呼びかけは、20、21話において歌に対する強迫観念から解放され、歌で人の心に幸せを届けたいとまで思うようになった今の千早であればこその言葉であった。
 ここまで読んでいただければ、各々の言葉が無作為に割り振られたわけではなく、彼女たちがこれまでの24の挿話の中で経験した様々な出来事と、それによるそれぞれの成長を踏まえてのものになっていることがわかるだろう。
 大雑把ではあるものの、わずか2分程度のトークの中で彼女たちは自分たちがこれまで経験してきた過去と、それらの集積として存在している現在とをほぼすべて総括したのだと言える。そしてそれはこの少し後の場面における伏線ともなっていた。
 しかしその場面に突入する前に、もう一つ大切な事項が残っていた。先ほど「ほぼすべて総括」と書いたとおり、まだ総括していない最後の重要な要素が存在していたのである。
 亜美が悪戯っぽく微笑みながら、「今日のサプライズゲスト」と紹介して後ろの大型ビジョンに映し出された最後の要素。それはプロデューサーでありながら、18話にて臨時のアイドルとして責務を果たし、実績をも残した律子であった。

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 嫌がりながらも彼女用のステージ衣装を既に着こんでいるあたりは笑いどころだろうが、観客からもきちんと律子の名前を呼ぶ歓声が上がるあたり、律子が「プロデューサー兼アイドル」としてファンからも認知されていることが窺えよう。
 もちろん律子本人は聞いておらず、Aパートで謎の袋を抱えていた亜美や真美が中心になって企んだであろうことは想像に難くないが、その計画をあらかじめ知っていたと思しき描写がある伊織やあずささんに美希はともかく、計画を知らなかったとしても不思議ではない千早が、心底から嬉しそうに律子の参加を喜んでいるのが印象的だ。
 律子もステージ出演を渋々と言った表情で承諾したものの、プロデューサーとの会話の中では照れながらはにかんでいる辺り、まんざらでもない様子。彼女もまた他のアイドルたちと同様、プロデューサーの激励を背に受けてステージに向かって走り出していく。
 そんな様子を見やりながら、目標に近づいたと独りごちる高木社長。社長が芸能事務所を立ち上げてまで追い求めた、彼の思うアイドルとしての完成形。その理想像を現765プロアイドルの中に見出したのだ。
 とは言えそれは恐らく断片的な感覚であったろうし、そもそも社長の考える完成されたアイドルとはどのようなものなのか、見ている我々にもすぐそばで聞いていたプロデューサーや小鳥さんにも明示されたわけではない。
 だからこれに限っては「こうなのだ」と断定的に記述することは避けた方がいいだろう。プロデューサーも言ったとおり、彼女たちもプロデューサーもまだまだこれからなのだから。彼女らアイドルがいつか本物のトップアイドルになれた時、社長の求めるアイドルの完成形もまた見えてくるに違いない。

 やってきた律子も含め、ステージ上に揃った13人すべての765プロアイドル。彼女たちはその中心にいる春香の合図に導かれるように、用意していた新曲を披露する。その歌のタイトルは今回のニューイヤーライブの名称と同一である、「いつまでも、どこまでも」。

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 新曲に乗って描かれる画はAパートのようなライブ描写そのものではなく、イメージPV風となっている。そのPVの開始部分に表示される「THE IDOLM@STER」の表記が、1、13、20、24話のタイトルバックとほぼ同じになっている点が細かい演出だが、決定的に異なるのは上記4話分での黒画面に白一色という表記ではなく、白画面に各アイドルのイメージカラーをそれぞれの文字に割り振ったカラフルなタイトル表記になっているということだろう。
 よく見ると左から赤、ライトグリーン、青、オレンジ…と、きちんと通常のキャスト表記順に並んでいるのも嬉しい配慮だ。ちなみに一番右の「R」に施された色は、小鳥さんのイメージカラーのひよこ色である。
 そして春香から順に、1話から24話までの中から抜粋された各アイドル単体の映像と、そんな彼女らが共にあるシーンとがダイジェストで流れていく。
 ファーストライブ、雑誌の写真撮影、竜宮小町としての活動、「生っすか!?サンデー」収録といったアイドルの仕事風景と同時に挿入されるのは、プロデューサーが来ると聞いて喜ぶ姿や、クリスマスパーティや慰安旅行を楽しんだ時の姿であり、傷つきながらもそれを乗り越えた少女と、それを我が事のように喜ぶ仲間たちの姿。
 単にアイドルとしてだけではない、毎日を大切な仲間と共に過ごしてきた、積み重ねてきた「過去」の日々そのものが、今の彼女たちにとっての糧になっていることを、ここで改めて明示している。
 それら「過去」を糧にすることで得たものが、次に映し出される「現在」の描写。すなわち互いに手をしっかりと握りあいながら、円を描くように一つ所に横たわっている姿である。

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 纏ったステージ衣装はアイドルとして一定の成果を生み出した証左であり、握りあう手、そして6話や20話におけるドーナツの如く全員で円を形成しているその姿は、彼女たちの揺るぎない繋がりの証。そこにあるのは紛れもない、彼女ら765プロアイドルが自分たちの力で得てきた「現在」の自分たちそのものだ。
 Bパート冒頭でのトークと同様、このPV風映像の中において尚はっきりと打ちだされる、アイドルたちの「過去」と、そこから繋がってきた「現在」。二度に渡ってこの2つの時間軸を強調した理由は唯一つ、「現在」からさらに繋がっていく彼女たちの先にあるもの、即ち「未来」を描き出すためであった。
 それぞれの手を重ね合わせたアイドルたちがその手を離した時、春香の手に残っていたのはそれぞれのイメージカラーを有した小さな種。その種はやがて1つの大きな種となり、春香の手の中に舞い降りる。

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 土の中に埋められた種は芽吹き、その幹を、枝を、葉を大きく広げ、やがて一本の巨木となり、同時に周囲もまた青々とした木々に満ちる。
 アイドルたちはそんな巨木の枝に乗り、楽しげに新曲を熱唱する。歌いながら視線を合わせ微笑みあう律子と美希や、一頃からは想像もできないほど楽しそうに歌を歌う千早の姿が印象に残るが、やがて周囲は暗くなり、同時に小さな光の球がそこかしこから溢れ出し、周囲もアイドルたちの姿をも明るく照らす。

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 その情景はすべて彼女たちが迎えるかもしれない「未来」のイメージ。
 「過去」から「現在」へと変遷する流れの中で彼女らが紡いできたものが一粒の種であるなら、そこから高く強くそびえ立った巨大な木は、その先に広がっている彼女たちの可能性そのものであり、浮かび上がった無数の光は、そんな彼女たちの力が多くの人たちの心に灯した小さく、しかし暖かい灯火。そして彼女たちの送り届けたその小さい光は、無数に集まることで彼女たち自身を明るく照らし輝かせる。
 そこに広がっていたものとは、アイドルたちが抱く理想そのものの集成であり、願う未来の光景そのものでもあった。多くの人に自分たちの想いを届け、その想いによってさらに自分たちは強く輝き、また多くの人に想いを届ける。1人ではない、仲間たちと共に歌を通してそれが行える存在となること、それが彼女たちにとっての最良となるであろう「未来」の在り様だったのだ。
 そしてその未来への可能性が決して不確かなものではなく、そう遠くない将来に得られるものであろうということは、歌を歌い終えたアイドルたちへの観客たちの大きな歓声と、輝く光の中で最高の笑顔を見せるアイドルたちの姿が証明していた。
 アイドルになることを夢見て一歩足を踏み出し、確実にアイドルとして地歩を築いてきた少女たちは、そんな彼女たちにとって最良となるであろう未来を得る可能性をも手にできるほどに成長したのである。

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 スポットライトに照らしだされるアイドルたちの晴れ姿に、涙を流す小鳥さん。少女たちがアイドルとして大成することを願い、プロデューサーが来る前からずっと後方で支え続け、つい先日までにおいても、プロデューサーが重傷を負い春香が自失するという窮状の中にあって、たった1人でアイドルとプロデューサーとの間を立ち回り、双方のフォローに徹してきた彼女であればこそ、その姿に強く感じ入るものがあったのであろう。
 同時に小鳥さんの涙そのものは画面上に描かないことで、晴れやかな雰囲気に水を差しかねないウェットな空気が必要以上に発生することを防いでいる演出上の妙も見逃せない。

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 そして小鳥さんの横で、ステージに並ぶアイドルたちを万感の想いで見つめるプロデューサー。その胸中に去来するものは如何様であったろうか。
 ライブそのものの描写はそこでほとんど終了し、結果がどうであったかは具体的に描かれていない。しかし場内に沸き起こる「アンコール」の大合唱と、それを受けてもう一曲歌おうとするアイドルたちの明るい声が、ライブの結果を何よりも雄弁に物語っていると言えるだろう。

 季節は巡り、桜の咲き乱れる春がやってきた頃、ようやく退院の運びとなったプロデューサーが765プロの事務所に戻ってきた。
 事務所にはアイドルたちが全員揃ってプロデューサーを出迎える。23話あたりのことを思い返すと、プロデューサーのためとは言え全員が一堂に会するのは困難だったのではないかと勘繰ることもできるが、ちらりと映るホワイトボードに目をやると、22話や23話の頃より幾分スケジュールに余裕が出来ており、24話で皆が到達した想いを、彼女たちなりのやり方で実践してきたであろうことが窺える。

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 駆け寄るみんなに礼を言ったプロデューサーは、事務所が一番落ち着くと感慨深げに呟くが、その言葉に「爺くさい」と伊織が突っ込んだり、「プロデューサーをいじれなかったから」つまらなかったと亜美真美がぼやく辺りは、すっかりいつもの765プロといった風情だ。
 アイドルたちのそんな様子を見やったプロデューサーは、長い間現場から離れてしまっていたことを改めて詫びるが、律子と千早がそれには及ばないと訴える。
 それは今回の件を機に今の自分たちを見つめ直すことができたということと、プロデューサーが765プロにとって大切な存在であることが、彼女たちの中で改めて認識できた故のものだった。
 プロデューサーが765プロにおいてどのような存在であるか、どのような存在だとアイドルたちが認知しているか、それはもう今更語る必要はないだろう。彼に向けられた多くの笑顔そのものが答えなのだから。
 そしてプロデューサーは美希や春香から、終了する予定であった「生っすか!?サンデー」が、春にリニューアルして「生っすか!?レボリューション」という番組になったこと、春香と美希が主演しているミュージカルの全国公演が決まったことを聞かされ、喜びの声を上げる。

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 しかしビッグニュースはそれだけではなかった。今のビルとは打って変わった近代的高層ビルの一角へと、事務所を移転する話が持ち上がっていたのである。
 おかげで事務所の金庫はまたも空っぽになってしまったようだが、実際に好条件に恵まれた物件のようで、プロデューサーも大いに喜ぶ。
 しかしそのビルを担当している建設会社が、「ブラックウェルカンパニー」という聞いたことのない名前のものであると知ったその時、春香が大声を上げながらテレビを指出す。
 画面に映し出されたのは件の会社が事実上倒産し、それらに関わっているとされるある人物が、一切の関与を否定しているというニュースだった。
 その人物の名は黒井崇男。言うまでもなく961プロの黒井社長本人である。つまりこの建設会社「black(黒)」「well(井戸)」カンパニーは、黒井社長の息のかかった会社だったのだ。

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 結局事務所移転の話はご破算になってしまったわけだが、それでもみんなの声は明るい。もちろん残念がる者もいるが、たくさんの思い出が詰まった今の事務所を嫌う者は、1人として存在しないのもまた事実。また一から頑張ることを決めるアイドルたちの声は実に晴れやかだ。
 そしてプロデューサーの退院を祝ってか、765プロの面々は全員連れだって花見へと向かう。そのバックに流れるアニマス最後のED曲は「いっしょ」。CD「MASTER LIVE 01」に収録されたこの曲は、気を衒うことなくストレートに「みんなと一緒にいることの素晴らしさ」を謳っている。
 歌自体はゲーム版で使用されたこともなく、知名度という点ではあまり高いとは言えない楽曲であるが、仲間同士の繋がりを1話からずっとテーゼとして掲げてきたアニメ版アイドルマスターの最後を締め括るには、これ以上ないほどにマッチした歌と言えよう。
 そう言えば「MASTER LIVE 01」のジャケットに描かれたアイドルたちを彩っていたのも、このラストシーンと同様、一面に咲き乱れる桜の花であった。
 歌に乗って描かれるのは、お花見の微笑ましい光景。春香の作ったサンドイッチや雪歩のお茶を見て喜ぶ貴音、伊織の持参した豪華すぎる弁当に少々唖然とする律子の一方で目を輝かせるやよい、多少は酒も入ったのか、肩を組んでカラオケで熱唱するプロデューサーと高木社長、こちらは確実にお酒が入ったようで、亜美と真美を巻き込んではしゃぐあずささん、千早の手作り弁当を美味しそうに食べる春香と美希に響、そしてハム蔵。

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 そこに映し出されるのはアイドルではなく、アイドルでもある少女たちの姿。はたから見れば他愛のない、しかし当人たちにとってはとても大切な日常の積み重ねが、そのまま皆の糧となり魅力へと繋がっていく。その最も大きなテーゼが全編を通して貫かれたからこそ、見ている我々にはこの日常描写こそがラストの光景にふさわしいと知ることができるのである。
 4話や11話において料理をほとんど作っていない描写がなされた千早が、仲間のために自ら手料理を持参したことと、殺風景だった彼女の自室がきちんと整頓され、整理された棚の上に亡き弟の写真とスケッチブック、そして彼女と仲間たちとの絆の証である、あの日春香から贈られた封筒がきちんと置かれているという事実が、そのテーゼをここに体現していると言えるだろう。

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 そう、彼女たちは今もまだ変わりつつある途中なのだ。そして途中ということは、彼女たちの物語はまだまだ続いていくということでもある。
 飲み物を買いに行こうとする春香にお金を渡そうとプロデューサーが取り出したものは、クリスマスの日に春香が購入していながら渡しそびれてしまっていた財布であった。劇中で直接の描写こそなかったものの、退院祝いとして渡すことができたようであるが、それを見た美希は俄かに焼きもちを焼き始め、いくら春香でもハニーは渡さないと言い出し、そんなつもりで渡したわけではなかった春香であるが、その言葉を聞いて顔を赤くしてしまう。

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 春香のプロデューサーへの想いが、「アイドルとプロデューサー」という関係を超えたものであるのかどうかはわからない。しかしいずれにしても彼女たちの新しい物語がそこから始まることを示唆していることは間違いないだろう。
 新たな物語を迎えようとしているのは彼女たちだけではない。
 小さなライブハウスの中で楽しげに、満足げにライブを行うジュピター3人の物語はそれこそ始まったばかりであろうし、765プロにとっては迷惑な話であるが、黒井社長の物語も未だ完結を迎えてはいない。

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 そして765プロアイドルの成長と躍進を第三者の立場で見届けてきた善澤記者のインタビューに応じているのは、まさにこれから始まる彼女たちだけの物語に胸躍らせているに違いない、876プロのアイドルたち。
 前述の通り765プロアイドルのアイドルとしての在り方をずっと見てきた善澤記者が直々にインタビューをしていることからも、876プロのアイドル3人が765プロアイドルの抱く信念を正しく継承してくれるであろうことも窺え、今後が非常に楽しみとなる好シーンだ。

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 ライブの日にプロデューサーが言ったとおり、皆まだまだこれからなのである。可能性は提示されたものの、その可能性を自分たちの進む道と成せるかどうかは、誰にもわからない。確かなことは彼女たち自身の物語はまだ終わらないし、そんな彼女たちを見守り支える者たちの物語も同様に続くということである。
 だからこそ、ラストカットの言葉は「さようなら」ではなく「ありがとう」でもなく、「またね!」なのだ。25の挿話が全て描かれ終わった後も、彼女たちの現実では終わることなく物語が続いているし、いつかまたその中のいくつかの物語を我々が見届けることができるかもしれない。そんな未来への希望が込められた言葉としての「またね!」なのである。
 彼女たちの未来と我々の未来、2つの未来は再び別れてしまったが、いつかまたどこかで重なる日も来るだろう。その時を今はただ楽しみに待とうではないか。

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 アニメ版アイドルマスターを今ここでがっつり総括するのは難しいので、軽めに総括してみるならば、アニマスはどこまでも「アイドルを目指す少女」の物語であり、「アイドルになった少女」の物語であったと言える。単なる「アイドル」の物語ではなかったのだ。
 それは序盤からずっと描かれてきたとおり、アイドルとしての仕事の描写よりも、アイドルを職業にしている少女たちの日常の方を丹念に描出してきたことからも、容易にわかることだろう。
 アイドルの部分と年相応の少女の部分のうち、、アニマスは後者に比重を置き、最終的には彼女らなりの判断で双方を両立させる選択肢を取るまでを描ききったと言える。
 それは一般的なアイドル像とは程遠い選択であったかもしれない。しかし彼女たちにとってはそれは正しい選択だったのだ。彼女らはアイドルとしての一般論ではなく、「765プロのアイドル」としての道を選んだのだから。
 そしてそんな彼女たちの選択を後押しするのはプロデューサーや小鳥さんに社長といった周囲の人々であり、序盤から制作陣によって構築されてきた、「アニメ版アイドルマスター」という世界観そのものだった。
 互いを気遣い信じあう心が仲間同士の強い絆を育み、彼女たちが夢や理想へと近づく原動力となり、多くの人に小さいけれども確かな幸せを運ぶ。それが許容される優しい世界こそ、制作陣が1話の頃から時間をかけてゆっくりと作り上げてきた、アニマスの世界観なのである。
 そんな世界だから彼女たちの選択も信念も最良のものであると断言することができるし、その信念の下に歩み続ける彼女たちの未来がきっと素晴らしいものになるであろうと信じることもできるのだ。
 人が人を信じる気持ちが大きな力となる。言葉で書けばこの程度の短文で終わってしまうものであるが、この短い言葉に込められた意味を、作品世界と登場するアイドルたちに丁寧に溶け込ませていった結果、より多くの人々、つまりは視聴者が幸せを感じられるような暖かく優しい作品に仕上がったということは、この作品を1話からずっと見続けてきた方の大部分が同意するところではないだろうか。

 2011年の七夕から始まった幸せな時間は、今回を以ってひとまずの終了を迎えた。だがまだBD最終巻に収録される第26話も存在しているし、何より「またね!」の言葉通り、そう遠くない将来にまたアニメの世界のアイドルたちに会えるかもしれない。
 先のことは無論わかるものではないが、いつその時が再び訪れてもいいように、本作を見て感じた「幸せ」を心の片隅にずっと残していければと思う。
 それはきっとこのアニメ版アイドルマスターを心から楽しめたという、何よりの証になるであろうから。
posted by 銀河満月 at 01:38| Comment(0) | TrackBack(1) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月30日

アニメ版アイドルマスター24話「夢」感想

 放送終了まで残り2回となったアニメ版アイドルマスター。そんなアニマスが最後に描く物語とは、天海春香というアイドルの心に生じた「迷い」に端を発していた。
 デビューしてから、いや恐らくはデビューする前から、自らの目標や夢に向かってずっと走り続けてきた少女は、ふとその歩みを止めて周囲を見渡した時、そこにあった光景が自分の望んだ、目指してきたものとは微妙に異なっていることに気づいてしまった。
 そんな現在の世界を彼女はどう受け入れ、どう立ち回らなければならないか、その問題提起とそれに向き合った彼女の姿を描いたのが、23話の大体の骨子と言える。
 そして春香は自分の中ではっきりと答えを出すことはできなかった。答えを出すために自分で動けば動くほど、周囲とのずれはより顕著なものとなっていき、最後には彼女の一番の理解者であり、彼女を最も強く信頼していたであろう人間を傷つける結果となってしまう。しかも自らの身代わりとして。
 答えを出せぬまま、ずれだけを肥大化させてしまった今の春香に、真なる回答を見出すことができるのであろうか。

 「アイドルになりたい」。それは春香が幼い頃から思い描いてきた夢。明示するかのようにイメージとして挿入される幼い頃の春香のビジュアルはしかし、夢の内容を最後まで語ることなく、その「夢」が自分から失われていく様に苦しむ現在の春香の姿へと変わる。

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 現代の春香の方はイメージではなく、彼女が出演するミュージカルの内容に即したセリフのようだ。詳細は後述するが、劇中劇を用いて本筋のテーマを代替的に描くというのは、よくある演出手法である。
 そんな春香の内に抱える鬱屈とした想いが、彼女自身を更に追い込むために用意した痛切な演出が、自分の身代わりとなってプロデューサーが怪我をすることであったわけだが、幸いにも手術は無事に成功した。今後は回復に向かうようでその辺は一安心であるが、当面は絶対安静でもあるため、面会も控えるようにとのこと。
 病院に集まった765プロアイドルもプロデューサーの安否を気に病むが、そのような事情のためにプロデューサーと直接会うことはできなかった。ファンのためにも今は仕事に集中すること、プロデューサーならきっとそれを望むだろうという高木社長の言葉を受け、後ろ髪を引かれる思いで病院を後にするアイドルたち。
 恐らくそれは高木社長に言われるまでもなく、アイドルたち各々が自覚していたこともであったろう。誰かを心配する気持ちを大切にしながらも、アイドルとしての仕事を疎かにすることは決して望まない、プロデューサーとはそういう人間であるということは、ずっと共に活動してきた彼女らが誰より知っているはずであるから。
 彼のことを強く心配していながらも、最後にはしっかりとした表情で前を見据えたまま去っていく美希の姿が、彼女たちのそんな胸中を象徴しているかのようであった。
 しかしそんな風に前を向くことのできない者も1人いる。自分を責めないでと律子に諭されても、海外での仕事を終えて帰国した親友の千早を顔を合わせても、体を震わせ顔をまっすぐ上げることすらできない少女が。
 千早に問われてもいつものように「大丈夫」と答える春香だが、その言葉にはいつもの明るさや覇気と言ったものがまったく籠っていない、春香から出た言葉とは思えない無機質なものだった。
 タクシーの中でミュージカルの主役が決定したことについての話をする下りもそうだが、このあたりの描写には明らかに省略されているシーンが存在しており、そのために各カット毎の時系列まで乱れているような印象さえ受ける。
 カット順に素直に考えてみると、プロデューサーが重傷を負い、みんなが病院へやってきたその日の夜に千早が帰国、次のカットで後日ミュージカルの練習に臨んでいる春香の姿が描かれ、次のカットでさらに後日、仕事場かどこかで一緒になった千早と春香の会話→タクシーで移動、という流れであろうか。
 ただこれも実際の時系列に沿った順序なのかは、故意にわかりづらく演出をしているところもあって断言しづらい。千早が春香に「大丈夫?」と問いかけ、振り向く春香のカットと、その次の春香と千早が向き合っているカットだけでも、不自然な点が見受けられる。
 これらの演出は当事者である春香の胸中が混乱し、荒れている様を視聴者に見せつけることを企図したものであると考えるのが妥当だろう。本人にとって目の前の現実は、それほどに虚ろで不確かなものになってしまっていた、ということなのである。それは同時にプロデューサーが自分の身代わりになって重傷を負ったという事実が、春香の心を追い込む決定的なものになってしまったことをも如実に示していた。
 春香は親友である千早とまでも距離を置き、話しかけるどころか近づくことさえしようとしない。20話で千早が1人苦しむ時、春香は彼女を支えるようにずっとすぐ隣に付き添っていたことを思えば、それは本来的にはありえない、春香が取るはずのない行動であったはずなのに。

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 そんな今の春香にとっては、ミュージカルの仕事などは無味乾燥としたものに過ぎなくなってしまっていたのだろう。ミュージカルの稽古から主役決定までの流れを暗示する描写がたったワンカットの一枚絵で終わってしまうのは、彼女にとってミュージカルの仕事はその程度の価値しか抱けなくなってしまっていたということを、はっきり証明しているように見える。
 主役が決まったことを「夢みたいだね」と春香は独りごちるが、その「夢」とは今の春香にとって将来実現したいと願っている目標や希望といったものを示す言葉ではなく、眠っている時に見る方のものであったことは想像に難くない。
 眠っている間はずっと見ていられる、しかし一たび目を覚ませば儚く霧消してしまう虚ろな世界。春香がずっと見てきた、目指してきたものはそんな不確かなものではなかったはずだが、今の彼女の中では自分の目指してきたものも、目指す中で得てきたものも、すべて曖昧模糊としたものに変わってしまっていたのである。

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 しかし春香は自ら歩みを止めようとはしない。たとえすべてが曖昧に見えていたとしても、それでも尚アイドルとして目の前の仕事に、そしてニューイヤーライブの成功に向けて独り奔走し続ける。今の自分に本当に必要な答えは何一つ得ていないのにもかかわらず。
 そんな春香の葛藤は、ミュージカルにおいて春香が演じる役のセリフと言う形で露わになる。歩めば歩むほど楽しかった日々が遠くなっていくことを知りながら、それに対し自分がどう向き合えばいいか、どう行動すればいいかわからず苦しむその役の姿は、そのまま春香自身の心境をトレースしていると言って差し支えない。
 劇中劇の体を取って春香自身に心情を語らせるという演出は、春香本人は自分からその苦悩を他人に積極的に相談するタイプの人間ではないだけに、どのようにして春香の口から直接今の心情を語らせる状況を作るか、そのあたりにスタッフの苦慮が窺えるが、その甲斐もあって単に春香の胸中を明らかにしただけにとどまらない良シーンとなった。
 その苦慮の結果とは、美希の存在である。春香が演技をしている場面に、その演技に見とれているかのような美希の姿を挿入することで、後の伏線としているだけでなく、春香と美希たち他の765プロアイドルとのずれを再認識させる効果をも発揮させていたのだ。
 すなわち春香は役柄故とはいえ、自分自身の苦悩をほぼ偽りなく吐露したにもかかわらず、美希はそれをあくまで演技としてのみ受け取り、春香個人の心情に一切思いを至らせることはなかった。それが春香とそれ以外のアイドルたちとの埋めがたいほどにまで広がってしまったずれを象徴していたのである。
 そしてそれはもう一つ、さらに大事なことをも暗に指し示していた。春香と他の765プロアイドルとの間に生じてしまっていた大きなずれは、もはや春香が自分の今の気持ちを素直に打ち明けたところで、修復できるようなものではなくなってしまっていたということを。
 彼女らの間に生じた隔たりは、もう春香1人が必死に動いてみても容易には元に戻すことができないほどに大きく広がってしまっていたのだ。その残酷な事実を劇中劇のミュージカルは冷徹に視聴者に提示してくる。
 舞台の床に投影された自分の姿を見つめながら、頑張らなきゃと自分に言い聞かせるように呼びかける春香。だがその言葉は自身の虚像にのみ向けられ、他の誰にも届いていない。23話のAパートでアイドル各人に呼びかけていた頃からは想像もつかない姿だ。
 そもそもその虚像自体、顔はぼやけてよく見えなくなっており、呼びかけた言葉の届く先さえもあやふやなものとして描き、春香の心の空虚さを匂わせている。

 春香は今までどおりに仕事をこなし、ライブに向けた全体練習を行うための予定調整も継続して実施していた。しかし春香の調整も空しく調整がつかずに全体練習をすることができない。
 ミュージカルの稽古や他の仕事に勤しむ中で、ライブの個人練習を黙々と行う春香の表情からは、以前のような明るい笑顔は消え、必死さだけが前面に出るようになっていた。
 ただ1人レッスンスタジオの床に座り、鏡を見つめる春香。その顔には必死さとはまた異なる虚ろな表情が浮かんでいる。
 どうすればいいのかもわからず、それでもただひたすらに奔走した挙句、さらに自分を追い込んでしまっている今の春香。
 春香がそこまで必死になっているのは、本来の彼女からは大きくずれているものの、「ライブを成功させたい」という本人の意志が働いているのは無論のことだ。だがそれとは別に、そして同等に彼女を強く後押ししているある想いを、春香は抱えていたのである。

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 誰も乗っていない電車の車両に1人座りこんでいる春香。今も全体練習の予定調整を行っているようだが、メモ帳に書かれた全体練習の予定にはすべて×印がつけられている。
 力なくうなだれ、膝上に置いた鞄を抱きかかえるように屈みこむその姿は、広い車内にただ1人という構図も相まって、彼女の抱える孤独感が強調されている。アングルの中央に春香を配置せず、左右のどちらかに寄った構図は、彼女の心の不安定さを象徴しているかのようだ。
 中吊り広告に書かれたコピーの一節「もっと元気。」は、今の彼女にとっては痛烈すぎる皮肉であろう。
 突っ伏したままで携帯電話に送られてきた仲間たちのメールを見ながら、春香は「無理なのかな…」と独白する。
 メールボックスには他のアイドルたちからの、全体練習に参加出来ない旨が書かれたメールが並んでいたが、そのタイトルは総じて調整してくれていた春香に対する謝罪の言葉で占められており、23話におけるそれぞれの描写と同様、他のアイドルも決して全体練習を軽んじているわけではないということが窺える。
 そんな中、春香の視界に入ってきたのは、以前にプロデューサーから送られてきたメールだった。ライブの練習に向けた類のメールではなく、22話で行われたクリスマスパーティについてのメールである。

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 クリスマスパーティはライブの練習やその他大小の仕事と違い、完全にプライベートに属することだ。双方を比較した場合、優先されるべきなのが仕事であるのは言うまでもないことであるし、実際に22話中においてもパーティを開きたいという春香に対し、千早がその理屈を以って難色を示している。
 しかしそれを承知の上で、プロデューサーは春香に賛意を示した。春香が行動するより先にアイドルたちに連絡をつけ、なんとか全員がパーティに参加できるようスケジュール調整までしてくれた。仕事のためではない、完全に彼女たちのプライベートのためにである。
 それは彼女たち765プロアイドルの魅力が何によって培われてきたかということを、プロデューサーが正しく把握していたからに他ならない。
 彼女たち1人1人がそれぞれに頑張っていることは言うまでもないが、そんな彼女たちが共通の目標に向かって、同じ時間を共有しながら共に歩み、共に励むことが彼女たちの何よりの力になっていることを、彼はきちんと理解していたのである。そこには仕事やプライベートと言った差異は存在しない。
 春香の「クリスマスパーティをみんなで開きたい」という願いにプロデューサーが賛同したのは、単に春香の願いを聞き入れたと言うだけでなく、765プロアイドルが全員で過ごす時間が、彼女たちにとって必要不可欠なものであることを彼が承知していたからであった。だから彼はアイドルたちが同じ楽しい時間を過ごせるように尽力したわけである。
 そしてそれは春香の考え方と同じでもあった。春香の心の根底にあるのは小難しい理屈ではなく、みんなと一緒に楽しい時間を過ごしたいという願望程度のものであったかもしれないが、彼女にとってはアイドル活動もプライベートも等しく「楽しい時間」であり、その時間を仲間たちと一緒に過ごすことで、次第に揺るぎない信頼や絆と呼ぶべきものが皆の間で育まれ、それを源としてトップアイドルという自分たちの目標に近づいていけるということを、皮膚感覚で感じ取っていたのである。現にそうしてきたことで今の成果があるのだから、春香にとっては疑うべくもないことであったろう。
 2人は互いに同じ理想を共有し、互いを強く信じあってきた。春香とプロデューサーは「アイドルとプロデューサー」という関係性において、最も理想的な信頼関係を築いていたと言える。クリスマスパーティの一件は、そんな2人の信頼関係の強さをある意味で象徴していた出来事でもあったのだ。仕事としての範疇を超えた、純粋に自分たちの理想を信じた故の行為だったのだから。
 しかしそのプロデューサーは重傷を負ってしまった。ただの怪我ではない、春香の身代わりとして負った怪我である。
 プロデューサーは春香の信頼に応える形で、春香の望みを実現してくれた。だが一方の春香は彼と同じ理想を持っているにもかかわらず、その理想を結実させる場となるはずのニューイヤーライブを成功させるために必要な全体練習さえ実現させることができない。
 そんな中で徐々に周囲とのずれが顕在化していったのが、23話における春香の姿であったが、そんな中にあって彼女の心を支えていた物の一つに、プロデューサーからの信頼に応えたい、プロデューサーと一緒に理想を実現したいと願う気持ちがあったことは疑いなく、しかも彼女の胸中においてそれが占める割合は、決して小さいものではなかったはずである。
 しかし現実には春香はプロデューサーの信頼に応えられず、逆に最後までプロデューサーに支えられたまま、彼を重傷に追い込んでしまった。自分は何もできないまま、周囲の大切な人間を苦しめてしまうという構図が、彼女に取って最も辛い形で顕現したわけであるから、その時の春香の心痛は察するに余りある。
 その痛みがまだまったく癒えていないことは、プロデューサーからのメールを見つめながら、震える声でプロデューサーに呼びかけるその姿だけで、十分読み取ることができるだろう。
 だから春香は自分の心に無理を強いても、ライブ成功のための調整を何とか進めようとしてきたのだ。自分のせいで傷ついたプロデューサーのために、自分が信じる理想のために。
 春香にとっていつしかニューイヤーライブは「やりたいこと」ではなく、「やらなければならないこと」に変わっていた。他の何を置いてもやらなければならないことであると。そしてそれは春香の中に生じていたずれが、決定的な隔たりとなってしまった証でもあった。

 ライブの練習に集中するため、ミュージカルやその他の仕事を休みたいと律子に願い出る春香。普段の春香であれば絶対に出てこないような乱暴な提案に、もちろん律子は反対する。
 そんな簡単に仕事を休むことはできない、全体練習は出来ていないが個人での練習は皆それぞれ実施しているのだからという律子の反論は、至極もっともな回答であったが、今の春香にその言葉は届かない。彼女にとっては「みんなで練習をすること」が、ライブを成功させる唯一の前提条件になってしまっていたのだから。
 春香のその提案を美希が「わがまま」と一蹴するのも、無理からぬことであった。ミュージカルで主役を演じることを強く望んでいた美希からすれば、自分の得られなかったものを得た春香がそれを容易く捨ててしまうかのような行為を容認することなど、到底できるものではない。
 この短い言葉と態度の中に、美希の春香に対する複雑な想いが垣間見える。美希が主役を望んだのは自分のためであると同時に、美希のハニーであるプロデューサーのためでもあった。そんな彼女にしてみれば、プロデューサーが重傷を負う一因となった春香に対し、虚心でいることは難しいことだったろう。それは美希の顔にわずかの間だけ影が落ちるという演出からも窺えよう。

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 しかし春香の演技はその美希が思わず見入ってしまうほどにすごいものだった。プロデューサーの怪我という事態に直面しても、美希は最後にはしっかりと前を向いて病院を去ったのは前述したとおりだが、その姿勢どおりに美希はミュージカルの稽古にも実直に取り組んだであろうことは容易に想像できる。それがプロデューサーのためになると信じて。
 そんな本気の美希を思わず見入らせるほどに、春香の演技は優れていた。本気で取り組んでいたからこそ、春香が自分の演技を超えていることがわかるし、それを素直に認めることもできる。その時点で美希が抱いていた、春香に対するある種の負の感情は振り切ったのではないだろうか。主役への未練と共に。
 それは確実に美希がプロのアイドルとして成熟しつつあることの証左であると同時に、「プロデューサーのため」という同じ想いを抱きながらも、結果として単なるわがままに終始せざるを得ない心境にまで陥ってしまった春香と美希との差異を、より鮮明に浮かび上がらせることにもなってしまった。
 もちろん春香にしても、自分の提案がわがままであるということは承知していたはずであるが、今の彼女にはそれ以外の方法を選ぶことはおろか、選択肢自体も浮かんではいなかった。それ故に美希からの批判を受けてもなお彼女はライブの成功に、そのための全体練習に拘り続ける。自分だけでなく他のみんなも仕事を休んで練習をしなければと。自分がスタッフに掛け合って謝罪してでも実現させたいと強弁する春香の必死な姿に、律子は驚きの表情を隠せない。
 そんな春香に美希が問いかけた「春香はどうしたいの?」という言葉。美希にそう言わせるほどに今の春香は憔悴した、虚ろな姿として美希の目に映っていた。美希は今の春香の姿に、アイドルが本来放っている輝きや、アイドルとして活動する楽しさと言ったものを見出すことができなかったのである。
 それは今の春香の内に決定的な隔たりがあるということを、春香本人にはっきりと認識させることになった。周囲とだけではなく、本来の自分自身との間にある隔たりを。
 美希の言葉を受けて笑顔を作ろうとするも作りきれぬまま、涙を流す春香。戸惑っているのはこみ上げてくる涙にではなく、自分が何を目指していたのか、何をやりたかったのかを完全に見失ってしまった今の自分自身に対してであった。
 急激に変化していく環境と仕事に忙殺される状況の中で、過去を振り返り現在を見つめ直す機会を得ることができなかった春香は、心の整理をつけられぬままひたすらに走り続け、その結果として心にずれを生じさせることとなった。激変する環境に対する向き合い方のずれ、まっすぐに走り続けている仲間たちとの意識のずれ、そして自分自身が本来抱いていた目標や理想とのずれ。
 そのずれは春香の気持ちとは裏腹に肥大化を重ね、プロデューサーの負傷という痛切な現実を経て、より大きな隔たりにまで肥大してしまった。
 春香1人では抗うことなど到底できない巨大な力に呑みこまれ、春香はそこでずっともがき続けてきた。そんな彼女の顔からいつしか笑顔が消えてしまったのは、当然のことであったのだ。
 誰よりもアイドルになることを望み、どんな時でも迷うことなく自己の掲げた目標に向かってまっすぐに走り続け、時に迷う他のアイドルたちを導く存在でもあった春香。そんな彼女が自分の目的そのものを見失うことなど、本来ならばあり得ないことであるはずだった。
 今まで誰一人見たこともないであろう春香の弱りきった姿を目の当たりにし、美希は絶句することしかできなかったのは、無理からぬことであったろう。

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 春香は律子の配慮でしばらく仕事を休むこととなった。だがそうすることが春香のためになることなのか、そもそも春香がこのような状態に陥るまでに自分がどう動くべきだったのか、判断を下した当の律子も自問することしかできない。
 春香の描写に続く律子のこの自問は、今彼女らを取り巻いている問題が、もはや一個人の行動如何では解決できない状態にまで及んでしまっていることを、改めて浮き彫りにしている。
 春香が休んでいる間も、他の765プロアイドルは順調に仕事をこなしていたが、その表情はどこか浮かない。春香のことが気にかかっているからというのは言うまでもないが、メールを送っても春香からの返事はなく、春香が現在どんな状態にあるのかわからないままだった。
 春香のことを案じる真たちは、そんな自分たちの現状を現場のスタッフから「仕方がない」と肯定され、複雑な表情を浮かべる。
 常に一緒にあって仕事をしているわけではないのだから、他のアイドルたちの状況が把握できないのは確かに仕方のないことであるし、それはそれで正論だ。しかし伊織を始め765プロのアイドルたちは、その理屈で素直に納得することはできなかった。その妥協的な受け止め方を明確に否定できぬままに。

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 同じ目標を抱いて共に歩んできた仲間の様子すら満足に知ることのできない今の状況。そんな周囲の環境を前に、彼女たちは22、23話における春香と同様の戸惑いをようやく覚えたのだ。そのきっかけが他のアイドルより早くその戸惑いを感じたことにより、最終的には憔悴するまでに自らを追い込んでしまった春香であったというのは、皮肉と言う他ないだろう。
 そしてそんな戸惑いを覚えながらも、現状を打破することができないのもまた春香と同様であった。件のスタッフと同様、現在の状況を「仕方がない」と妥協する律子の声色にも、いつものような力はこもっていない。
 その後ろに控える千早の持つ彼女の携帯電話のディスプレイには、春香の携帯番号が表示されていた。しかし千早はそれ以上携帯を操作することなく、バックライトの消灯に合わせて携帯をしまってしまう。
 携帯電話を見つめる3秒ほどの間、千早の顔は微動だにせず無表情のままだった。自分には何もできないという無力感に苛まれていた20話の時と同様に。
 だがその感情はあの頃のように自分自身に向けられたものではなく、携帯電話のディスプレイに表示されている名の少女に対してのものであるということは、火を見るよりも明らかであった。
 自分を孤独と絶望の世界から救ってくれた大切な友人が苦しんでいることを知りながら、千早は何もしてやることができない。彼女の胸中は如何ばかりであったろうか。

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 春香は自室にこもり、ベッドに寝転がってただ天井を眺めていた。その目じりは若干赤く染まっており、つい先程までまた涙を流していたであろうことが窺える。
 この描写、一見すると20話において自室に閉じこもってしまった千早の描写と類似しているように思える。実際この描写だけではなく、前話から続く春香の心の変遷は、かつて弟の死という悲劇に見舞われた千早のそれと酷似しているように見える部分があるのは確かだろう。
 しかし実際には千早の時と明確に異なっている所がある。それはベッドに横たわることもせず、部屋の片隅で目を伏せ小さくなっていた千早と、ベッドに仰向けに横たわって、その先にあるのが天井だけとは言えじっとまっすぐ前を見つめている春香の描写からも、容易に理解できることであろう。
 春香はかつての千早のように心を閉ざし、自分1人だけの世界に埋没することはなかった。彼女が自分の目標や理想といったものを見失ってしまっているのは事実であるが、完全に自分の中から喪失したわけでもないのである。
 千早がかつて心を閉ざしたのには、現実に対する諦念があったことも大きいが、春香はまだ現実を見限ってはおらず、自分の見失ったものを懸命に探している最中だったのではないだろうか。
 春香のそんな胸中は、外からはカーテン越しとは言え昼間の明るい日差しが差し込んでいたり、外からは小鳥のさえずりが聞こえたりといったように、部屋全体に明るめの「装飾」が施されているあたりから十分察せられるだろう。

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 母親からの呼びかけを拒絶することなく、「お使いに行って来て」という提案に素直に従うところからも、春香の胸中が垣間見える。
 その母親からの提案もお使いをさせること自体が目的ではなく、それを名目にして娘に外の空気を吸わせることで気分転換させようとする心遣いからのものであるという点は、実に芸が細かい。何かあったであろうことはわかっていても、それを安易に問い質すような真似はせず、相手の自発的な行動を促すという気遣いは、娘である春香がこれまで多くの人たちに見せてきたものでもあった。
 現在の春香の性格が形成されたのは、この母親の躾や教育の影響であったことは想像に難くない。そこまで考えて妙に微笑ましく感じてしまったのは筆者だけであろうか。
 今の時点では春香にとって厳しい状況であることは変わりないが、この母親に育てられた春香であれば、最後にはきちんと問題を解決できると、作品世界そのものが後押しをしているようにも見える、そんなワンシーンだった。

 出かけた春香はお使いを済ませ、そのまま街中をぼんやりと歩く。自分が何をしたかったのか、なぜアイドルになりたかったのか、自問を繰り返しながら。
 誰よりはっきり見据えていたはずの夢や目標を見失ってしまった春香の姿に被せるかのように、まだそれらを見失っていなかった頃の春香のインタビュー記事を画面に大写しにするあたり、演出面における容赦のなさも未だ徹底していると言えるが、春香の見失ったものがあくまで「見失った」だけであり、春香が本来の彼女らしさを取り戻せたならそれを思い出せるであろうことも描出しており、春香に対する追い込みとフォローを同時に描く見せ方は秀逸だ。
 春香の独白に合わせて流れる何気ない街の日常描写も、春香が本当に追い求めていたものが何であったのかを静かに、そしてはっきりと指し示しているように感じられる。すなわち彼女にとっての「日常」とは何を指していたのであるか、と。
 そんな折、突然横から飛び出して来て春香とぶつかってしまった青年。彼はなんとジュピターの天ケ瀬冬馬であった。彼らジュピターは21話において961プロを辞めた後、別の芸能事務所に移って芸能活動を続けていたのである。

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 すぐ相手に突っかかるような態度を取ってくるのは相変わらずの冬馬であったが、2話や14話と同様のシチュエーションであるにもかかわらず、ぶつかった相手に文句をつけるのではなく、相手にまず謝罪をしてくるあたりに、961時代より性格が若干丸くなった節が見て取れる。
 春香の態度に何かを感じたのもそれ故のものだったのか、冬馬はすぐ近くで開催する自分たちのライブにでも来てみろと、春香にチラシを手渡す。
 そこは765プロアイドルたちよりもずっと前を行っていたトップアイドルのジュピターがライブを開催するには小さい会場であったが、今の事務所の力では大きな会場を押さえることはできなかったとのこと。
 しかし冬馬はそのことに別段落胆を示すことはなかった。961プロ時代ではステージを作るスタッフの顔すら知ることはなかったが、今はスタッフと協力することで1つのステージを作り上げようとしている。そうすることで信頼が生まれ、仲間との団結や絆が育まれ、それらが引いては大きな力になるということを、冬馬は学んだからである。そしてそれは他ならぬ春香たち765プロアイドルを見ならった上でのことだった。
 冬馬の言葉は今の春香にとっては実感に乏しいものであったかもしれない。しかし過去の、春香が今のような状態に陥る以前の765プロアイドルの姿に、「団結」や「絆」といったものを確かに感じ取った者がいたということは、紛れもない事実だった。
 そしてそのことは冬馬という人間を、ゆっくりではあるが良い方へと変えつつあるというのも確かなことであろう。刺のある態度は消え、規模は小さくとも仲間と共に自分のやれることをやり遂げようという強い意志を持つ人間へと、冬馬は変わっていたのである。
 その事実は春香たち765プロアイドルが大切にしてきた「仲間と共に歩む」という強い信念が正しいものであったと、決して否定されるものではないということを、明確に示すものだった。
 今の自分が見失ってしまったものであっても、それをきちんと理解し継承している者がいる。そのことを知ってなお春香の顔が晴れないのは、まだ自分自身の意志で見失ったものを再び見出す事が出来ていなかったからであろう。背中を押されたにもかかわらず、今の春香にはその勢いに乗って自分から走り出すだけの意志と力が薄弱であった。

 その頃千早は、プロデューサーの入院している病院を訪れていた。プロデューサーも今はすっかり意識を取り戻してはいるものの、全身に包帯やギプスが付けられたその姿は未だ痛々しい。
 だが自分がそんな状態であっても、仕事ができず皆に迷惑をかけてしまっていることを謝罪し、痛がりながらも笑顔を見せる様子はすっかりいつものプロデューサーであり、そんな姿に安心したのか、千早も若干安堵した表情を見せる。
 プロデューサーは千早が相談事を抱えていることに気づいていた。面会は控えるようにとの達しがあったことを承知しながら、さしたる用事もなくプロデューサーの元を尋ねるような千早でないということは、彼ならばよくわかっているはずなのだから、それは当然の洞察であったと言えよう。プロデューサーに促され、千早はゆっくりと話を切り出す。
 それはとある「家族」の話。いつも一緒に過ごすほど仲が良く、誰かが転ぶとすぐに手を伸ばして助け合うような優しさに満ちたその家族は、しかしいつしか離れ離れになってしまっていた。
 そんな家族の今の姿を憂い悲しみながらも、どうすることもできずに苦しんでいるのは、誰かが転んだ時、いつも真っ先に手を差し伸べるような心優しい1人の少女。だが今の家族は彼女に手を差し伸べることすらできないほどに、遠く離れてしまっている。
 離れつつある家族を以前のように戻し、その少女を救うことが千早の願い。だが彼女は自分自身の願いに迷っていた。願いを果たすことは本当に正しいことなのか、そも自分にできることなのか、家族の関係を極めて希薄なものとしてしか認識してこなかった千早が、その「家族」のために何かを為すことができるのか、確たる自信を持つことができなかったのである。

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 皆のために力を尽くしたいと思っても、どうすればいいのかがわからないという千早の苦悩は、根本的にはその少女の内にある苦悩と同質のものと言っていいだろう。
 過去の事件を境に他人の一切を拒絶してきた千早にとってその感情は、久しく経験したことのないもの、ややもすると今まで生きてきた中で初めて味わう苦い感情であるかもしれなかった。
 以前の千早であればその感情も内に抑え込んだのだろうが、千早は抑えつけることなく自分の取るべき道を模索する。それは彼女の心の成長という類のものではなく、ひとえに大切な仲間を救いたいと願う強い想い故のものであったことは間違いない。
 それを見抜いていたからこそ、プロデューサーはすぐに答えを述べなかったのではないか。理屈よりもまず千早の「家族」を大切に想う強い気持ちを引き出し、その上でその気持ちのままに行動することを指し示すプロデューサーの顔は穏やかだ。
 言うまでもなく千早が「家族」と形容したその共同体が一体何であるか、プロデューサーはわかっていたのだろう。すぐ隣でずっとその家族と共に過ごしてきたからこそ、他のみんなの想いも千早と同じであると、千早の想いを乗せた言葉がみんなに届くと信じることができる。みんなが何を力の源として歩んできたか、どんな成果を出せてきたか、一番よく知っているのは彼自身なのだ。
 プロデューサーは千早を殊更説得したりアドバイスをしたわけではない、ただ千早に自分たちが是としてきたものが何であったかを思い出させただけだった。思い起こすことさえできれば、後はそれに従って千早が自分で行動を起こせるようになるのだから。
 このような時においてさえ自らが主導することなく、アイドルの背中を押す役に徹し、最後はアイドルたちに任せる彼の姿勢は、どこまでも「アイドルマスター」のプロデューサーであったし、千早と彼の間にも「アイドルとプロデューサー」としての良好な関係が存在していたと言えよう。
 そんな彼のプロデューサーとしての姿勢が正しいものであるということは、後ろで2人のやり取りを聴いていた小鳥さんの静かに浮かべる微笑みからも明らかだった。

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 結露していた窓の水滴が流れ落ちる様は、きっかけを得て俄かに動き出す千早や他のみんなの様子を暗示していたようにも受け取れる。
 各人のスケジュール表を浮かない顔で見つめる律子。そのスケジュール表には本来記載されているべき少女1人の部分だけが、空白で埋められていた。
 そんな律子の元に息せき切って駆け付けた千早は、彼女にある頼みごとを持ちかける。

 今はもう誰もいないはずのレッスンスタジオから聞こえる、楽しそうな話し声。
 765プロファーストライブの時を始め、アイドルたちがずっと練習を重ね、自分たちの夢や目標をぶつけてきた思い出の場所でありながら、いつしか春香1人だけが黙々と練習をする場に変わり、今はその春香すら現れることなく、誰一人姿を見せることのなくなった場所に成り果ててしまった場所。
 そんなレッスンスタジオに意外な、しかし本来は意外ではない面々が集まっていた。仕事で遅れている美希と付き添っている律子、そして休養中の春香以外の765プロアイドルがそこに集合していたのである。
 これは千早の尽力によるものだった。彼女はある目的のために全員がこの場に集まれるよう、各々の予定を調整したのである。律子に協力してもらっただけではなく、社長にまで掛け合って。

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 その行為は裏を返せばそのような強引な手段を取らなければ、皆が集まることはできない状況であったことを示す証左であり、春香が追い詰められる発端となった「全員一度に集まれない」という問題が、春香1人の奮闘でどうこうできるような軽いものではなかったという事実を、ここで改めて補強しているとも取れる。
 久しぶりにいつものレッスンスタジオに来られたことを喜びながらも、真や響は現状に対する複雑な感情を口にする。この場に来たいという想いがあっても自分だけではそれを叶えることができず、それについて誰かに相談することもできない、そもそもそんな考えすら思いつかないほど周囲の状況が見えていなかったことを。
 彼女たちも現状を100パーセント満足しているというわけではなかった。それは件の真や響の心情、そしてやよいの「みんな集まれて良かった」という素直な言葉に集約されているし、もっと言うなら23話でのNO MAKEにおける響の独白からも、十分その感情を窺い知ることができる。
 しかし彼女たちは同時にそこから自分たちで動き出せるだけの意志を保てなかった。「流された」という単純な言葉で言い表すのは彼女たちにとって酷な話だが、その現状に自分の意志を介入させられるほど強くはいられなかったのである。目の前にある仕事に充実した取り組みが出来ていたということも、無論あっただろう。
 彼女たちは彼女たちで心にある種の歪みを抱え、それもまた1人1人の力で解消できるものではなかったのだ。そしてそれ故に彼女たちはある事を見落としてしまっていた。皆が集結しているこの光景を誰より望み、喜んだであろう春香のある想いを。
 千早が皆を集めた理由もそこにあった。たとえ無理をしてでも皆が集まって話し合うこと、それが千早の目的であったのだ。春香のこと、そして自分たちのことについて。

 その頃春香は、偶然通りかかった公園に集まって何事かを話している女児たちを気に留めた。
 どこかの幼稚園に通っているらしく、みんなお揃いの制服を纏っているその女児たちは、どうやら全員で歌を歌おうとしているらしいが、その中にいる上手に歌えない女の子を巡って、意地悪めいた言葉を吐く子とそれに反発する子とが口ゲンカを始めてしまう。
 当人たちにしてみれば真面目な口論なのだろうが、傍から見れば何とも愛らしいそのやり取りに、ふと真と伊織のそれを重ねる春香。

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 と、今度はその女児たちが春香のことを気に留める。彼女たちは春香が「アイドルの天海春香」であることに気づいたのだ。羨望の眼差しで自身を見つめる彼女たちに誘われるまま、春香は一緒に歌を歌うことになってしまった。
 子供たちと共に「自分REST@RT」を歌い始める春香。そんな最中にも口ゲンカを始めてしまう子供に対し、「みんなで楽しく…」と言いかけた春香は、その刹那に浮かんできたビジョンに口をつぐむ。
 目に浮かんだものは同じ曲を共に歌いあげた765プロの仲間たち。それが今現在の彼女たちではないということは、ビジョンの中の彼女たちが夏服姿であることからも容易に理解できる。
 それは個性もバラバラ、抱く夢もそれぞれに異なりながら、それでも「トップアイドルになる」という目標の下に集い、辛い時も苦しい時も一緒に歩んで乗り越えて、例えアイドルとして芽は出ていなくとも、ただみんなと共に歌い踊ることを楽しんだあの頃の日々の姿だった。
 「自分REST@RT」は言うまでもなく、765プロアイドル飛躍のきっかけとなったファーストライブで初めて披露された曲であり、タイトルの通りアイドルたちにとっての新たな出発点となった、ファーストライブそのものを象徴する曲でもある。
 そういう意味ではこの曲、そしてこの曲をライブで完璧に披露するまでの道のりそれ自体が、天海春香というアイドルの原点の一つと言っていい。
 何のしがらみもなく、ただ楽しむために歌う子供たち。それはかつての春香たちが実際に行っていた、行えていたことだった。春香は別に過去を懐古したというわけではない。図らずも春香はこの時、いつしか見失っていた自分のアイドルとしての原点の一つを垣間見たのである。
 女児の1人に話しかけられて我に返った春香は、子供たちの歌を褒め、そこに歌が好きという強い想いがあると呟く。
 しかし春香に返事をしたのは目の前の子供ではなかった。大きくなったらアイドルになりたい、アイドルになってみんなで楽しく歌を歌いたいと返してきたその相手は、幼い頃の春香自身。

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 目の前の幼い春香は無論彼女の目にしか見えないし、胸中にしか存在しない。しかしそれは今の春香にとっては見えて然るべき存在でもあった。
 先程書いた春香の原点の一つ、それは実際にアイドルとなった彼女の拠って立つ起点となるべき出来事であり、言わば彼女にとっての「第二の原点」である。その第二の原点を垣間見、自らの立脚点としていたことを思い出した今の春香であれば、第二の原点を原点たらしめるために彼女がずっと心に抱き続けてきた、「アイドル」というものに対する原初の想い、「第一の原点」と呼ぶべきものとそれに結び付くものとを想起することは、必然であったと言えよう。
 さらに言うならアニメ中では描かれていない設定ではあるが、現在春香がいるこのシチュエーションは、その原初の想いを抱くきっかけとなった「幼い頃、近所の公園でよく歌を歌っていたお姉さんと一緒に歌を歌い、その歌を褒めてもらった」という出来事と酷似している。
 このあたりの見せ方は、知識は知らなくとも春香の心の流れを知ることは出来、知識をあらかじめ得ていればより深く味わうことができるという、アニマスならではの良質な演出であった。
 幼い頃に抱いたアイドルへの憧れ、大好きな歌への想い。見失っていたもう一つの、そして最も大切な彼女の原点に触れた時、春香は戸惑いながらも彼女自身に引っ張られるように、とある場所へ向かって走り出す。

 春香が見失っていたものをおぼろげながら再び見定めつつあることに呼応するように、一方のレッスンスタジオでは、千早が春香が独りで抱えていたものについて切り出していた。
 皆と同じ時間を過ごし、目標に向かって歩む。ほんの少し前までは当然のように出来ていたことが、それぞれ忙しくなるにつれて叶わなくなっていく。アイドルとして成熟していく過程でそれは止むを得ない事情であるし、皆がそれに伴ってさらに成長していくことそのものは、春香本人にとっても非常に喜ばしい出来事だったが、それでも変わりゆくすべてを受け入れることはできなかった。
 変わっていく周囲と変わってほしくないと願う自分の気持ち、双方の狭間で心をせめぎ合わせた春香が最後にすがったものは、ニューイヤーライブのための全員での練習だった。
 単に全員で集まることそのものを求めたのではない。全員で集まり共に一つの目標に向かって全力で取り組むことで、「全員で共に歩んでいくこと」が765プロのアイドルとしてのスタンスであり、それが自分たちの取るべき道であると確認したかった。実際にそんな様子が事務所の風景的な日常として定着し、その道を辿り続けた結果として現在の成果を出してこれたからこそ、未来においてもそれが自分たちにとっては当然の日常であると、そうすることが最善の方策であると信じたかったのだ。
 だが現実にはその想いも叶うことなく、春香の想いは次第に周囲とずれていき、最後には決定的な隔たりを生じさせ、彼女の心をすり減らしてしまった。
 千早から春香のずっと秘めてきた想いと苦悩を聞かされ、全体練習のために奔走していた春香の真意を初めて知る一同。

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 誰にも相談せず、たった1人で悩み続けた春香を案じ、話してくれればと無念の想いを伊織が吐露するのは当然であったろう。彼女の目にうっすらと浮かんだ涙が、彼女の無念さをはっきりと物語っている。
 しかし彼女の想いは真が否定したとおり、正しい想いとも言えないものであった。彼女たちは春香からの相談を待つのではなく、自分から春香の気持ちに気づくべきだった、気づかなければいけないはずのことだったのだから。
 23話の感想の最後の部分で触れたように、765プロアイドルの面々は春香という存在に甘えているというか、春香がみんなのために行動するのを当然のこととして受け止め、殊更に注意を払おうとしていなかった節がある。
 23話で全体練習のために春香が奔走していても、誰もそれをフォローしようとはしなかったし、春香のようにスケジュールを変更してまで参加しようとする者は1人もいなかった。春香の取った行動も完全に正しいものとは言えないが、それでも春香に追従するような行動を取るものが1人もいなかったことは確かである。
 もちろんアイドルたちに他意はないし、ましてや悪意など存在するはずもない。多忙を極めている現状でもアイドルとして充実した時間を過ごせているという達成感故に、周りの人間にまで気を配る余裕があまりなかったという側面も無論あったろう。
 だがそんな状況を差し引いても、彼女たちは春香に対する気遣いをどこかに置き去りにしてしまっていた。それは大舞台に臨もうとしている雪歩のことは気遣っていても、春香にまで気を回すことをしなかった真の様子が何より象徴している。
 彼女たちはどこかで春香の他人への気遣いをあって当然のものと認識してはいなかったか。どんな時でも明るくまっすぐに前だけを見ている春香の姿に励まされてきたからこそ、そんな春香の姿だけを「天海春香」そのものとして受け止め、彼女が周囲を常に気遣っていたのと同等に、彼女もまた周囲に気遣われるべき存在であるという認識が欠落していたのではないか。
 22話において仕事とは全く関係のないクリスマスパーティ開催のために奔走していたということも、皆の春香に対する「気遣いの人」的な認識に拍車をかけていたのかもしれない。
 しかし勿論そんなことはなかった。春香だって悩みもすれば苦しみもする、周囲とのすれ違いが続けば神経をすり減らし憔悴してしまうような、「普通の女の子」なのである。そこに誰も思い至れなかったことは、紛れもなくアイドル各人の「落ち度」であった。
 誰にも明かすことなく、そして誰にも気づかれることなく抱え続けた春香の想い。だが千早はその想いに春香と同等の価値を見出す。
 自分が歌を失いかけた時、彼女に手を差し伸べ救ってくれたのは春香、そして765プロの仲間たち。今までずっと一緒に歩んできた仲間たちとの繋がりや信頼が自分を救う原動力になったということは、他の誰よりも千早本人が知っている。だからこそ春香と同様に、千早が「家族」とまで形容した仲間たちとの繋がりを、自分たちが今までやってきたことを失いたくないと思えるのだ。たとえそれがアイドルとしての責務と矛盾するとしても。
 自分の気持ちを正直に、まっすぐに打ち明けた千早は、自分たちの想いを遂げるための助力をみんなに乞う。それが自分のため、春香のため、そして765プロの仲間たちのために千早ができる、精一杯の行動であった。
 千早の呼びかけにしばらく沈黙が続く中、集合に遅れていた美希と律子がようやく到着する。2人はある打ち合わせに参加していたために到着が遅れたのだが、その打ち合わせの内容が、打ち切りが決定した「生っすか!?サンデー」の後番組に関するものと聞き、一同も驚きの表情を浮かべる。その後番組での単独MCとして美希を登用する話が持ち上がっていたのだ。
 しかし美希はその話を断ってしまったと言う。そのわけを「迷子になっちゃいそうだったから」と表現する美希。

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 アイドルの仕事を心から楽しみ、前だけを見て歩み続けていけるというのは、もちろん素晴らしいことだ。だがそれはどんな時でも自分の心を支えてくれる、拠り所となってくれる存在があってこそのもの。わき目も振らずに前だけを見据えて進んでいったら、いつかその存在を見失ってしまうのではないか。その存在がそこにあったことさえも忘れてしまうのではないか。
 そうなった時、最後には自分自身も前に進むことができなくなってしまうのではないか。そんな想いを美希は「迷子」と言い表したのである。
 それは言うまでもなく、誰よりまっすぐ夢や目標に向かって歩んできた仲間の迷い苦しむ姿を目の当たりにしたからに他ならない。
 かつて765プロアイドルの中では、「トップアイドルになる」という目標に対して一番やる気のない姿勢であった美希。そんな彼女が様々な出来事とそれに伴う経験を経て、自らのアイドルとしての理想を見定めるまでに成長した時、美希を優しい笑顔で祝福してくれた少女。共通の目標に対して、ある意味まったく正反対のスタンスにいた両者であるにもかかわらず、彼女は美希の成長を我が事のように喜び、笑顔を見せてくれた。
 それは765プロの中では当たり前の光景であったかもしれない。仲間の幸福を自分のそれと同等に見なして喜べる関係はしかし、実際には当然のものではなかった。その価値観を体現しようとする想いがあって初めて成り立つ光景であったのだ。
 その価値観を最も強く体現していたであろう少女から笑顔が失われ、涙だけが力なく零れ落ちるようになった時、美希は初めて気付いたのである。自分が前に向って歩いていけるのは、時に歩みを止め休息を取ろうとした際に受け入れてくれる場所があるから。どんな時でも自分のことを笑顔で迎えてくれる人がいるとわかっているから、それを支えにして夢に邁進することができるのだと。それはある意味で、他の誰よりもアイドルという目標に対してのスタートが遅かった美希だからこそ、気付けたことであったかもしれない。
 皆とは異なる思考の変遷を経た結果、千早や春香と同様の考えに思い至った美希は、一足先に自らの想いを遂げるための具体的な行動を取っていた。それは何のことはない、目の前のことのみを見つめるのではなく、視野を広げて周囲を見るように心がけただけのこと。
 だがそうすることで自分のそばにいる者たちの存在を感じ、繋がりを自覚し深めることができる。そしてそれはかつて765プロの仲間全員が自然に行えていたことであった。
 見落としていたものを再び発見した彼女たちが次にすること、それは…。

 同じ頃、春香は自分自身の心に導かれるように、ある場所へとやってくる。そこは春香にとって大切な場所の一つ、765プロファーストライブの会場だった。
 春香がずっと胸に思い描いていたアイドルに対する憧れがはっきりとした形となって実を結び、その際に経験したことすべてが春香の新たな立脚点ともなった、彼女にとって大事な思い出の場所。
 目の前に佇む会場は、あの日のように煌々とライトが照らされ、中にはフラワースタンドが乱立している。それはすぐ隣にいる幼き日の自分と同様、春香の心にのみ浮かぶ風景。
 しばし見とれる春香が冬の冷たい風に顔をなでられた瞬間、彼女ははっきり思い出す。様々なトラブルに見舞われながら、それでも今の自分たちに出来ることをやろうと誓い合い、その場にいない竜宮小町の気持ちも背負ってステージに飛び出し、全員一丸となってライブをやり遂げたあの日あの時、あの一瞬に抱いていた想いを。

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 みんなで楽しく歌い踊ること、それが春香の一番の望みだった。いつだって彼女はそのために努力し続け、そうすることでアイドルとしての成果を出してこれたのである。
 しかしいつの頃からか彼女の心には迷いが生まれていた。全員が多忙を極め、意志の疎通ができなくなるようになった頃なのか、もしくは当人に無理からぬ事情があったとはいえ、春香のスタンスを千早に否定された時であったのか、それはもはや春香本人にもわからないことかもしれない。
 いずれにせよ彼女の迷いが消えることはなかった。みんなで歌い踊るという春香の望みは、他のみんなにとっては迷惑なのではないか、アイドル活動を続ける上で負担になってしまうのではないかという想いが、彼女に迷いを振り切らせなかったのだ。
 春香の望みはそのまま気づかぬうちに765プロアイドル全員の指針となり、それぞれに強い信頼関係を築き、アイドルとしての成果をも得ることができた。だがそれだけの「実績」があってもなお、彼女は自分の気持ちを押し通すことを避けたのである。自分がアイドルとして飛躍するのと同等に、アイドルとして羽ばたく仲間たちの姿に喜びを見出せるからこそ、自分の想いが仲間の負担になってしまうかもしれないという危惧を振り払うことは出来なかったのだろう。
 そんな彼女の迷いはやがて周囲とのずれを呼び、最後には大きな隔たりとして彼女の想いを孤立させてしまった。
 自分自身と向き合う中で、今までの心の流れを思い起こす春香。だがそんな彼女に彼女自身が「大丈夫」と優しく呼びかける。
 「私はみんなを信じてるもん」と。
 そこに立つ自分の姿は幼い頃のそれではなく、あの日のファーストライブに参加していた頃の、全員で協力し合って一つの目標を達成し成果を得た、みんなとの絆を信じて疑わなかった頃のものであった。
 そんなかつての自分から春香が手渡されたもの、それはいつかの時に彼女自身がプロデューサーに手渡したのと同じ一個のキャラメル。
 追い詰められていたプロデューサーの心を救い、春香たちアイドルを信じることの大切さを彼に思い出させるきっかけとなったこのキャラメルを、今度は春香が自分自身の心を救うために差し出したのである。みんなを信じる気持ちを再び思い起こさせるために。

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 みんなに対する信頼感を決して喪失していたわけではなかったものの、いつしか心の中で見失ってしまっていた春香は、この瞬間に自分の拠って立つべきものを再発見したのだ。どんな時でも自分の信じるままに、自分の信じる想いをまっすぐぶつけていくことが何より重要だという自分自身の信念、そしてそんな自分の想いをまっすぐに受け止めてくれる仲間たちへの信頼を。
 春香が自分たち765プロアイドルの根底にある強さの源を再び見出したその時、周囲との狭間に存在した隔たりは取り払われ、彼女はついに深い苦悩の底からの脱却を果たす。
 迷いを振り切った春香は、彼女が毎日通り続けてきた道を一目散に走り抜けていく。天海春香というアイドルが帰るべき場所、そしていつどんな時でも最後には仲間たちも帰ってくるであろう、みんなの居場所に向かって。
 
 走る春香の耳に突然飛び込んできた伊織の声。それは目の先にある街頭ビジョンからのものだった。春香以外の765プロアイドルが集合し、来るニューイヤーライブの宣伝をしていたのである。
 仲間たちが全員集まってライブへの抱負を述べるその光景は、春香がずっと叶うことを願っていた、大切な想いが結実した光景でもあった。
 そんなみんなの姿に春香は驚きながらも顔をほころばせるが、彼女にとっての驚きはそれだけではなかった。みんなは春香の姿をまるで見ていたかのように、笑顔の春香に向かって呼びかけてきたのである。
 いつもの場所、自分たちの場所で待ってるという千早たちの呼びかけに、涙をためながら頷いて駆け出す春香。向かう先は決まっている。先程まで自分が目指して走っていた場所と同じなのだから。

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 みんなが映し出されている画面の背景を見るに、彼女たちはその「場所」から直接メッセージを送り届けていた。社長を始めとする方々の関係者に対して無理を利かせたことは想像に難くないし、中継をしたところで、春香がそれを都合よく見てくれるという保証はない。だがそれでも彼女たちはそうすることを望んだのである。
 そこに計算や打算はない。ただ春香に自分たちの気持ちを届けたい、伝えたいという望みがあっただけだ。そして単純であるが何より強いその想いを、きっと春香は受け止めてくれると信じているからこそ、彼女たちは春香に呼びかけたのである。
 確たる保証など彼女たちには必要なかった。共に同じ時間を過ごし、同じ目標のために歩み続けてきた仲間だからこそ胸に抱くことのできる強い繋がりを感じ、その繋がりを信じることができるのだから。
 そしてそれは春香も同様だった。今は中継が行われたからわかることとはいえ、自分の向かっていた先に、自分が望んだような「仲間たちのいる光景」が存在しているかどうか、保証などされてはいない。それでも春香は走り出さずにはいられなかったのだ。一度は見失った繋がりと、その源になる信じあう気持ちを再び見出したからこそ、彼女は自分の想いを伝えるために走り出したのである。
 中継を春香が実際に見ることができたか、見られなかった場合はどうであるか、そんな仮定は瑣末なこと。彼女たちが互いを想う気持ちを伝え、その伝えられた想いをしっかりと受け止める。それを彼女たちが為すことができたという事実が、最も大切なことだったのだ。
 春香の想いにみんなは応え、帰るべき場所に全員で集まり、一丸となってライブに臨むことを伝えた。春香の望んだ願いは765プロアイドル全員にとっても同じ願いであるという想いを、春香はみんなから確かに受け取った。
 その時点で彼女たちはお互いを結びつけている絆を確かに感じ取ったのだ。見失いかけたものは実際には変わることなく、常にそこにあり続けて彼女たちを結びつけていた。そのことをお互いが確認し合えたことだけで、彼女たちにとっては十分だったのである。
 駆け出す春香に被さるようにインサートされるのはED曲「まっすぐ」と、春香たち765プロアイドルがこれまで辿ってきた軌跡。レッスンの時、イベントの時、ファーストライブの時、そして仲間が1人苦しんでいた時。様々な困難を彼女たちは皆で乗り越え、そのたびにアイドルとして大きくなってきた。誰か1人でも欠けてはいけない、全員がそこにいるからこそ彼女たちはその顔に笑みを浮かべ、まっすぐに自分の目指す道を歩んでいくことができる。
 それはこれまで彼女たちが経験してきた様々な思い出そのものが、何よりもはっきりと証明しているのである。
 そして自分たちのそんな姿こそ、春香が幼い頃よりずっと心に思い描いてきたアイドルとしての理想、すなわち「夢」そのものであった。
 中継の視聴如何にかかわらず、春香が来ることを信じてずっと待っていたみんなの元へ春香が駆け付け、彼女をみんなが迎え入れた時、春香の夢はアイドル全員の夢として昇華を果たしたのである。
 例えるならそれは765プロという芸能事務所そのものが見る夢であり、追い求める理想。彼女たちアイドルが紆余曲折を経て再び一つになった場所が、彼女たちの帰る場所である765プロの事務所であったという事実が、何よりそれを象徴していると言えるだろう。

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 今話は20話のような再生や復活といった大仰なテーマを背負った話ではない。自分の進む道に迷った少女が、その迷いを振り払い再び歩き出すまでを描いた、ごくありふれた話である。
 しかし同時に今話で描かれたそのテーマはいつの時代、どんな人間にも降りかかる可能性のある、普遍的な命題であったとも言えよう。
 そう考えると、その命題に真正面からぶつかる運命を背負ったのが春香であったというのは、むしろ自然なことであったのかもしれない。
 春香の背負った悩みもありふれたものであったが、それを解決に導いた考え方もまた、極々ありふれたものだった。
 …いや、「アニマス的に」ありふれたものである、と言い換えた方が適切だろう。
 見失っていた自らの夢の原点を見出した彼女が次に望んだことは、その夢をみんなと一緒に叶えたいという願いをみんなに伝えることだった。
 仲間同士で互いに想いをぶつけあい受け止め合うこと。様々な経験を経てその境地に至った時にこそ、互いへの信頼感が生まれ、そこから育まれた絆は何より強いものとなる。春香はそれを知っているから、自分がそれを知っていることを思い出せたから、自分の願いをみんなに伝えようと思うことができたのである。
 そしてその考え方は一般論としてはともかく、アニマス的には非の打ちどころのない完全解であったのだ。
 思い返してほしい。3話で怯える雪歩を奮い立たせたものは何であったか、10話で765プロチームを勝利に導いた最後のきっかけは何であったか、12話で美希が再びアイドルに対して意欲を持てたのはなぜだったか。
 そこにはすべて「想いをぶつけ、伝えあう」描写があった。自分の恐怖心を抑えてでも雪歩を支えようとしたプロデューサー、自分が足を引っ張ってしまったことを承知していながらも、その想いも含めて勝ってほしいという願いを真にぶつけたやよい、プロデューサーとのやり取りの中で「アイドル」というものに対して抱いていた漠然とした感情を、はっきりしたものとして確立した美希。
 何より20話において苦しむ千早を救うきっかけになったのは、「千早と一緒にアイドルを続けたい」という春香の願いを素直にぶつけたことだった。
 色々な局面で彼女たちは想いを直接伝えあってきたのである。そうすることで確実にアイドルとしての成果を出し、成長してきた。その厳然たる事実が存在しているからこそ、春香の見出した考え方が最適であり正答であるとはっきり断言することができるのだ。それがアニマスという世界の望んだ最良の答えだったのだから。
 人と人との信頼感が強い力を生み、夢を叶えるほどの原動力となる。現実にそうなることはほとんどないと言っていいほどのこのテーゼを、アニマスという作品は1話の時点、もっと言えば新番組予告の時点から明確に訴え続け、それが是とされる世界を構築してきた。8話でのあずささんと彼女の周りに集まった人々を例に挙げるまでもなく、アニマスの世界とは人の真摯な想いが確実に誰かに届き、その人を幸せにしてくれる優しい世界なのである。
 ゆっくりと時間をかけて醸成されてきたこの優しい世界に最もふさわしい答えを、彼女たちは見つけられたのだ。それは「アイドルとは?」という大上段に構えた命題に対するものではない、「765プロのアイドルとは?」というごく私的なものに対しての答え。しかし彼女たちにとってはそれで十分なのである。彼女たちはその想いを胸にこれまで輝き続けてきたし、これからもその想いがあれば輝き続けられると信じているのだから。
 それは今までアニマスが紡いできた24の挿話の中で積み重ねてきたものが、深く静かに、そしてしっかりと皆の心に根を張って息づいていた証であった。20話の時のように大きく炸裂することはない、しかし常に彼女たちの心に根付き支えているそれがある限り、彼女たちはもう迷うことなく邁進していくことができるに違いない。それぞれの夢、そして「トップアイドルになる」という目標へ向かって。

 改めて一つとなった765プロアイドルが見せる最初にして、我々視聴者にとっては最後になってしまうかもしれない「成果」。それは次回において堪能することができるはずである。

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 様々な出来事を経て、アイドルとしても人間としても大きく成長した彼女たちの「今」の姿、しっかりと目に焼き付けようではないか。
posted by 銀河満月 at 02:23| Comment(0) | TrackBack(10) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月15日

アニメ版アイドルマスター23話「私」感想

 アニメ版アイドルマスターも残すところあと3話のみとなった。最後に彼女たちが迎える物語はどのようなものになるのか、とは以前にも書いたことであるが、その布石と呼ぶべきものは既に前回、22話の時点でいくつか打ち出されていた。
 そこから真っ先に浮かび上がってくる事実は、最後の物語の中心になる存在が天海春香であるということ。
 ゲーム版においてもその開発段階において一番最初に創造されたアイドルであり、他のすべてのアイドルたちの基礎となったキャラクターである。そう言う意味ではアイマス自体に「メインヒロイン」というカテゴリ自体は存在しないものの、アイマスという作品、ひいては登場する全アイドルを代表する存在と言っても過言ではない。
 そんな彼女だからこそ、彼女の迎える物語は彼女のみならずアニマスの作品世界そのものを締める存在として機能することは間違いない。
 しかし22話での様子を見る限り、その物語は春香にとってはかなり厳しいものになるであろうことも予想され、静かな終わりを迎えるというわけにはいかなそうであるが、さて。

 年が明けてからも春香たち765プロアイドルの忙しさは変わらないようで、春香も新年早々仕事に精を出していたが、その足取りがいつになく軽やかなのは、これから向かっている先に原因があるようだ。
 テレビ局からタクシーに乗って新宿へ向かう道すがら、そんな多忙によって得た彼女らの「成果」は、街のそこかしこで目に入るようになっていた。
 テレビ局の外壁に飾られた番組宣伝用の大きな看板のメインビジュアルを飾っているのは亜美と真美、カーラジオから流れてくるのは竜宮小町の「七彩ボタン」、春香の取り出した音楽雑誌で大きく特集されているのは千早であり、同じ雑誌に雪歩、響、やよいも特集記事が載り、大きなトラックのコンテナに貼られた広告は貴音のもの、街の大型ビジョンに流れるのは真がメインのCM、電気屋のテレビに映っているのは春香自身、ビルの看板に掲げられているのは美希のもの、といった具合である。
 トップアイドルとまではいかずとも、前話での真の感慨通り、全員が全員とも押しも押されぬ売れっ子アイドルになっている状態だ。
 全員のそんな状態を春香がどう受け止めているか、それは雑誌を読んでいる春香の嬉しそうな表情を見れば自明のことであろう。

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 そんな春香の向かった先は、春香たちが以前から使っているレッスンスタジオだった。春香たちはこれからここで、来るニューイヤーライブに向けての合同練習を開始するというわけである。
 22話でのクリスマスパーティの時と同じく、みんなと一緒にいられることを大事にする春香だからこそ、今回のこの練習を楽しみにしていたのだろう。春香のそんな喜びは、転びそうになってもすんでのところでどうにか踏みとどまる描写を用い、文字通り全身を使って表現されていた。
 先にレッスンスタジオに来ていたのは千早に雪歩、響にやよいの4人。しかしついて早々、雪歩から伊織たち竜宮小町は収録が押しているために来ることができないということを聞かされ、残念がる春香。
 千早のとりなしもあって今いるメンバーだけで練習しようと意欲を燃やすものの、今度は響とやよいが仕事の都合上、途中で抜けなければならないと告げてきたりと、どうにもままならない。
 2人にやる気がないわけではないというのは、すまなそうに謝る2人の姿を見ればすぐにわかることであるし、何より仕事の都合なのだからどうしようもないわけだが、それですぐに納得するには難しい問題でもある。殊に春香にとっては。

 とある夜の765プロ事務所。そこにただ1人いたのは小鳥さんであったが、別に留守番をしているというわけではなく、むしろ電話対応に追われていた。
 一つの電話が終わればまた次の電話がかかってくる。忙しくなっていたのはアイドルやプロデューサーだけではなかったのである。
 その電話の内容も必ずしも喜ばしいものではなかった。もちろん仕事の話自体は事務所としても良いことではあるが、今現在のアイドルたちのスケジュールは完全に埋め尽くされてしまっており、新たな仕事を請け負うことさえできない状態になっていたのだ。

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 つい半年ほど前までは少ない仕事をこちらが探して回っていたのに、今は相手の方から持ち込まれる仕事をこちらの都合で断らなければならない。これも変化の一つではあるが、素直に喜べるかと言えば難しいことではあろう。
 そんな中に事務所へ戻ってきたのは春香だった。小鳥さんの仕事を断る旨の返事を聞きながら、給湯室や机の上に置かれたままになっている、それぞれのアイドルに贈られてきたファンからのプレゼントが入った段ボール箱を見やる春香。
 ファンからの贈り物は無論嬉しいことであるが、14話のようにそれらを自分たちの手で一つ一つ取り出し、中身を見るような暇も今はもうなくなってしまった。それらのプレゼントが、いつもならアイドルのうち誰かが使っていたであろう椅子や机の上に置かれてしまっているというのが、今の事務所内の状態を何より饒舌に物語っている。
 そんな状況に春香が何かしらの感慨を抱かないはずもないのだが、春香は何も言わず、プレゼントのクマのぬいぐるみを抱いて明るく挨拶をする。この後の予定はないものの、事務所に戻ってこないと1日が終わった気がしないという春香であるが、その顔はどこか浮かない。
 そんな春香にココアを差し入れながら、自分のスケジュールのことを踏まえた上で、体を休めるためにも無理せず家に帰っていいと、やんわりアドバイスする小鳥さん。春香のことを心配しているからこその言葉ではあるが、同時に「戻ってきてくれること自体は嬉しい」と、春香の行動そのものは否定せずに受け入れるあたりに、小鳥さんの優しい気遣いが感じられる。
 そんな小鳥さんから今日事務所に顔を見せたアイドルが自分だけであるということを聞かされても、春香はあまり表情を崩さない。以前であれば誰かしらいるであろうアイドルたちのおかげでにぎやかになっていたはずの事務所も、今は静か。いつも誰かしらが立っていたはずの事務所の床も、今日はいつになくはっきりと自己主張し、春香はその片隅でココアを飲んでいる体だ。
 居慣れた場所の見慣れない光景。それを目の当たりにした今の春香の胸中にはどんな思いが渦巻いているのだろう。
 そんな時事務所に戻ってきたのはプロデューサーだった。彼の姿を見て顔をほころばせ、「お帰りなさい」と出迎える春香からは、今までとは打って変わった嬉しさが滲み出ているようだ。

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 プロデューサーから何か変わったことはなかったかと問われ、「今日は一回も転ばなかった」と返したのも、もしかしたらプロデューサーが「仕事の上で変わったことがあったか」と問うていたのかもしれず、そうであるなら何とも的外れな、アイドルとしての返事ではなかったろう。が、それは紛れもなく春香とプロデューサーのいつもの、彼女が普段から馴れ親しんだ言葉のやり取りであったことも間違いないのだ。
 そしてその春香の返答をプロデューサーが特に突っ込むこともせず受け止めていたところから考えるに、「仕事の上で」と「日常の中で」との、どちらの意味にも取れるような問い方をしていたのだろう。彼の器量も序盤の頃からは格段に大きくなっているのである。
 2人の会話に小鳥さんがさり気なく紛れ込んだのも、そんな2人のやり取りを盛り上げることで、少し浮かない風であった春香を元気づけようとしていたと取れなくもない。
 そんな春香へのご褒美と称してプロデューサーが取り出したのは、刷り上がったばかりの来るニューイヤーライブのパンフレットだった。
 ページを開いた先に見開きで掲載されていたのは、春香たち765プロアイドルの集合写真。プロデューサーが「自信作」と言うだけあって、各々の魅力がストレートに表現されている写真となっていた。全員がそこにあるからこそ発揮される、他には代えがたいもの。それは少しばかり気持ちの沈んでいた春香を元気づけるには十分なものでもあった。
 今はみんな忙しくて一緒になれる機会はなかなか作れないが、全員で力を合わせればきっと素晴らしいライブになると訴えるプロデューサーに、力強く同意する春香。みんなで共に歩んでいけば今度もきっとうまくいく。今までそうやって彼女たちは進んでこれたのだし、だからこそ今のこの結果もある。
 そのことを誰よりもよく知っているアイドルと、それを誰より近くでずっと見守ってきたプロデューサーだからこその強い決意であった。

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 いつもの調子に戻った春香はライブ成功のためには全員揃っての合同練習が必須と考え、自分からアイドルたちのスケジュール調整に乗り出した。
 撮影現場で、テレビ局の廊下で、ラジオのスタジオで、そして移動中の車の中で、夜遅くまでスケジュール合わせに奔走する春香。
 亜美真美がDLC衣装である「スクーリッシュガール」を着ていたり、テレビ局内に貼られているポスターがあずささんや10話で登場した新幹少女の番組であったり、その新幹少女の着ている衣装がこれまたDLC衣装である「マーチングバンド」に似通っていたりと、短い時間にやたらと小ネタが仕込まれているが、アイドルたちの多忙ぶりを表しているだけではなく、本編のストーリーそのものには余計なネタを挟む余裕すらないということを逆説的に示しているのかもしれない。

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 そして迎えた合同練習の当日。仕事が一段落してレッスンスタジオへ向かおうとする春香を、とあるスタッフが話をしたいと呼び止める。
 そんなに時間をかけないということであったが、春香は少し悩んだ末に合同練習の方を優先し、丁寧に謝ってその場を後にする。
 話の内容が仕事のことか否かは劇中では不明なままであるが、それでも実際に仕事の中で関わっているであろうスタッフのお呼びを断るというのは、はっきり言えばあまり好ましい行為ではない。だが春香はそれを承知した上で自分でセッティングした合同練習を優先したわけで、もちろんそれはみんなで一緒にライブを成功させるために頑張りたいという気持ちがあったからであろうし、言いだしっぺの自分が遅れるわけにはいかないという使命感めいたものもあったかもしれない。いずれにしても大変彼女らしい行為ではあるのだが、同時に多少の危うさを感じさせる行為でもあった。
 春香は駆け足でレッスンスタジオへと向かう。既に辺りがすっかり暗くなるような時間になっていたが、それでもいつものように明るく挨拶をしながらスタジオに入る春香。
 しかしそんな春香の挨拶に答える仲間たちは、以前と同じように少なかった。その場にいたのは千早に雪歩、そしてあずささんと真の4人のみ。伊織や響、亜美たちは仕事が長引いてしまったために、美希は搭乗していた飛行機の到着が遅れたために、それぞれ練習に参加することができなくなってしまっていたのだ。
 全員集まれないことを残念がる真や雪歩を鼓舞するように、ここにいるメンバーだけでも練習しようと春香は努めて明るくふるまう。それはいつもの春香であり765プロアイドルたちの光景には違いなかったが、準備をしながらも彼女が少し沈んだ面持ちを浮かべていることに、千早だけが気付いていた。

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 レッスンからの帰り道、疲れたように大きく伸びをする春香を案じる千早。春香は自分が担当しているラジオ番組の収録時間を、合同練習に参加できるように早朝にずらしていたのである。
 合同練習の予定を調整している時も、移動中の車の中で他のスタッフが眠っている中、眠らずにメールで連絡を取っている春香の姿があったが、これも恐らくは睡眠時間を削ってのことだったのだろう。
 一つの目的を達成するためには自分自身の労苦を厭わない。これは春香の美点の一つであるし、実際に春香はずっとそうやってアイドル活動に取り組んできたはずであるから、殊更今になって取り上げるようなことではないのかもしれない。
 しかしその時の千早にはそう思うことはできなかった。言葉にこそ出さないものの、そんな今の春香の姿に何かを感じたのは間違いない。
 だからこそ千早は春香に提案してきた。明日からの海外レコーディングの日程をずらしてもらうようプロデューサーに頼むことを。今の状態でライブに参加するのは自分が納得できないからと理由を述べるものの、本当の理由がそれとは別にあるであろうことは容易に察せられることである。
 だがもちろんそんな提案を春香が呑むはずはない。今度の海外レコーディングは千早の今後を左右するほどに大切な仕事であることを知っている春香ならば、いや春香だからこそそんな提案を受け入れるはずはなかったのだ。
 千早のそばに歩み寄った春香は千早の手を自分の両手でしっかりと握りしめ、「大丈夫」という言葉と笑顔とを千早に送る。2人とも言葉には出さなかったが、互いの気持ちはわかっていたのだ。千早は春香が無理をし始めていること、そして春香は千早がそんな自分を案じてくれていることを。
 千早の提案も実際には通るはずのない無茶なものであったことは明らかだが、それでも千早は言わずにはいられなかった。アイドルとしての立場を無視してでも、目の前で無理をしつつある大切な友人のために言わないわけにはいかなかったのだ。
 しかしそんな彼女の提案を春香は否定した。たとえ無理をしていても、それを千早が理解していたとしても、何よりもまず千早のことを考えて否定したのである。それは春香という少女が当然取るはずの行動でもあった。

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 春香を心配する千早と、そんな千早に心配させまいとする春香。こんな時において尚、自分のことより千早を案じることができるのが春香なのである。春香のそんな性格に自分自身がかつて救われたからこそ、彼女の言葉を最終的に千早が信じる気になったのだろう。そんな春香本来の性格ならばきっと大丈夫であろうと。春香のそばには彼女を誰よりしっかり支えることのできる人物がいるからという思いも、そこにはあったのかもしれない。
 お互いに本心を明かしたわけではないが、言葉にせずとも互いの気持ちを理解できている、強い絆で結ばれた2人。春香の「ちょっぴり寂しいけど」という言葉は、そんな絆の強さを自覚しているからこその、精一杯の甘えであったとも言えるだろう。
 春香はもちろんまだあきらめてはいない。しかし今日のレッスンを録画したビデオを見るその表情からは、少し重くなったであろう心の重さを感じさせる。千早に本心を吐露しなかったことは、果たして彼女にとって良い方向を指し示してくれるのだろうか。

 あくる朝、春香は新たに次の全体練習までの間、現場が一緒になった人が数人ずつでも集まって練習しようと提案する。
 これは春香個人の希望を抜きにしても良い提案であろう。全員が集まるライブなのだからいつまでもバラバラで練習しているのはあまりよろしいことではないわけで、無論スケジュール的な問題は山積みであろうが、プロデューサーではないアイドルという立場の春香の提案としては、最良に近いものと言えるのではないだろうか。
 しかしそんな提案もまた十分には生かされなかった。現場で一緒になった春香と真美は、同じく一緒になった響や貴音の仕事が終わるのを待っていたが、例によって長引いてしまい、どうしても練習に参加することができない。
 さらには一緒に待っていた真美もまた、仕事の都合でその場を離れなければならず、結局その日は練習することは叶わなかった。さらには次の日に予定していた全体練習も、どうしてもみんなの予定が合わず、結局中止することになってしまう。
 その知らせを聞いた春香の具体的な様子は描写されていない。既に誰もいなくなり暗くなったレッスンスタジオと、雨の降る中を事務所に向かって歩く春香の姿が遠景で映し出されるだけだ。
 春香は誰にも何も言わなかった。もちろんそれは何かを言える筋のことではないと、何より本人が理解しているからに他ならない。確かに練習に集まることはできなかった。しかしすまなそうに謝る響や、一緒にいられない寂しさを春香に抱きつくことで表現してきた真美に、何を言うことができるだろう。プロデューサーとして春香と同様に予定調整に奔走しているであろう律子に、何を言うことができたろうか。
 だがそれでも「仕方がない」と言い切ってすませるには、春香にとっては重すぎる現実であったのも間違いないことだろう。
 事務所に戻ってきた春香は、小鳥さんにプロデューサーの所在を聞く。そこに冒頭のような笑顔は浮かんでいない。
 プロデューサーは自分の席で電話中だった。どうやらニューイヤーライブに絡んだ内容の電話らしいが、それでも春香にジェスチャーで挨拶だけ交わすところは、相変わらずの細かい気遣いである。
 ライブも目の前に迫っているだけに、プロデューサーの言葉にも自然と熱がこもる。そんな中不意に飛び出してきた、彼の「みんなで作る765プロのライブ」という言葉に反応する春香。

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 それは春香にライブのパンフレットを渡した時のプロデューサーの言葉とほぼ同じ内容であっただけでなく、春香が理想とするライブそのものでもあった。
 春香の願う理想と同じ理想を持ち、ライブに取り組んでくれている人がすぐそばにいる。その事実が春香に目の前に横たわる厳しい現実に向かっていく力を与えてくれていた。
 いつもどおりの笑顔を作って決意を新たにする春香。しかし電話中のプロデューサーに遠慮したのか黙って事務所を出てしまい、プロデューサーとの話はなされないままだった。事務所に戻ってきた際、真っ先にプロデューサーの所在を尋ねたのは、彼に何かしらの話があったためであることは疑いない。それをしなかったのは、春香の理想とプロデューサーの理想が同じであることを改めて認識することができたから、自分の今の不安も自己完結できた、と思いこんだからではなかったか。
 しかしそれは「思いこみ」でしかないのも確かだった。春香の理想は本来彼女が以前から抱いていたそれとは微妙にずれが生じてきてしまっていたのである。プロデューサーと話をしていればそれに気づくことができたのかもしれないが、今となってはどうしようもない。
 その微妙なずれ、そしてより厳しくなっていく周囲の環境は、彼女をさらに苦しめることになってしまう。

 翌日、仕事場で昨日の練習に参加出来なかったことを謝る真を取りなした春香は、次の仕事が始まるまで少しでもライブの練習をしようと提案するが、真はライブよりまずは今これからの仕事に集中しようと切り出す。
 今日の仕事は雪歩をメインに据えた新曲「Little Match Girl」の初お披露目。前回の22話で雪歩自身が宣伝していた曲であり、初めて雪歩がセンターとして歌う歌でもあった。生放送でそんな重大な役目を担っただけに、雪歩もいつにないプレッシャーを感じている。そんな雪歩のためにも今はこの生放送を成功させることに集中しようと言うのだ。
 これは真の言うことが正しいと思われるが、同時に普段の春香であればそれに一も二もなく同意するであろうはずが、すぐに返事をしなかったところに、上述した「ずれ」の一端が垣間見える。今回の生放送はAパートで春香が断ったスタッフからの、仕事かどうかもわからない呼びかけとは根本的に異なる、明確に重要な内容の仕事なのだ。
 にもかかわらず春香は目の前の仕事より、その後に控えているライブのことを優先してしまった。それは彼女が平時とは僅かではあるが明らかに異なる精神状態にある証左と言える。
 そう、彼女の心の変化はごくわずかなものだった。センターに立ってLittle Match Girlを歌い踊る雪歩の背中を後ろから嬉しそうに笑顔で見つめている時も、お披露目が終わり感極まって春香に抱きつく雪歩を祝福する時も、その時の春香の気持ちに嘘がないのもまた事実だろう。

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 3話での夏祭りイベントでは春香と真、そしてプロデューサーに励まされてようやくステージに立つことができたほどのか弱かった雪歩が、その春香と真を連れセンターで堂々と大勢の前で新曲を披露するまでに心も体も成長を遂げた。春香がそれを喜ばないはずはないのだ。
 しかし同時にその時春香が抱いていた別の気持ちもまた、春香の本心であることには違いなかったのだろう。その一方の気持ちを春香は2人に明かすことはなく、2人もまた気づくことはなかった。

 場面は変わって「生っすか!?サンデー」の収録風景。海外に出向いている千早を「出張中」として、薄い板か紙のようなもので代用扱いしていたり、映像の向こうでも相変わらずの仲の良さを見せる真と雪歩の様子など、相変わらず和気藹々とした良い雰囲気で収録を締めることができたようだが、そんなみんなの様子を見つめる律子の表情はなぜか暗い。
 やがて収録は終了。一同もこの番組のみならず日ごろの激務が祟ってか、かなり疲れ気味のようだ。そんな中でもあずささんに甘えてくる亜美や、体力的に余裕のあるところを見せる響の描写あたりで個性を浮き立たせる見せ方は忘れていない。
 美希はその後もすぐに別の仕事が入っているようで、律子に急かされながらその場を後にする。今日も春香はライブに向けての練習を考えていたようだが、それはまたも叶いそうになかった。
 しかしそんな春香だけでなく、765プロアイドル全員にとって衝撃的な知らせが、律子よりもたらされる。彼女たち全員が協力して今まで作り上げてきた「生っすか!?サンデー」が打ち切られると言うのだ。
 思わず激昂するのが伊織であるというのも嬉しいキャラシフトだが、打ち切りの理由は視聴率不振などといったありふれたものではなかった。視聴率は良いし局側としても続けたい意向はあるのだが、多数の人気アイドルたちのスケジュールを日曜の夕方という特定の時間に縛り続けていることへの、他の番組からクレームが入ったというのである。
 確かに日曜日は休日でもあるから平日よりもアイドルたちの需要が重なることは容易に予測がつくし、「生っすか!?サンデー」はその名の通り生番組だから、実際には日曜のかなり早い時間帯からずっと拘束されていたことだろう。
 人気のある番組を人気であるが故に終了させなければならない。少し前であれば絶対に味わうことのなかったであろう苦いジレンマだが、アイドルたちは各々、そんな現実を出来る限り前向きに受け入れようとしていた。ただ1人を除いて。

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 仕事の上でも仲間たちと顔を合わせる機会が少なくなってきた中、毎週一度は必ず会える時、それがこの番組の収録の時だった。彼女がその時を心待ちにしていたということは、口数こそ少ないものの22話で千早に対して語っているところからも十分に察することができる。
 仲間たちとの繋がりを体感できた唯一と言っていいその「時」もしかし、完全に失われてしまうこととなった。
 そのことが春香の心にどれほどの喪失感を生じさせたか。それは楽屋での律子とのやり取りから容易に類推することができるだろう。
 律子が渡したミュージカルのスケジュール表は、立ち稽古が明日の20時からであることを示していたが、その時間は合同練習の予定を組んでいた時間でもあった。
 詰問する春香を「ライブもミュージカルもどちらも重要」と律子が諭すのは当然のことであるが、春香はそれに同意する態度を見せなかった。前回の22話から楽しみにし、やる気を見せていたミュージカルに対し、全力で取り組むいつもの姿勢を見せることができなくなってしまっていたのである。
 春香の心に生じた激しい喪失感は、本来の彼女であればするはずのない「仕事に序列をつける」行為をさせてしまう。それは真や雪歩との仕事をしていた時点でおぼろげながらも存在していた「ずれ」が、明確な形を成したことを意味していた。

 翌日、ミュージカルの練習に励む春香と美希。しかしそんな時でも時間を気にしてしまう春香の表情は、どこか虚ろだ。
 休憩時間に入っても春香のそんな態度は変わらない。とその時、少し離れた場所に美希が座ったのを認めた春香は、美希の隣に移動して話しかける。
 目立たない描写ではあるが、共に同じ現場で仕事に励む美希に対し、普段ならかけるであろうはずの労いの言葉が一切なかったり、美希のそばに移動する姿が見ようによっては「相手に擦り寄る」体になっていたあたり、見ている側の不安を煽る。
 「美希が一緒で良かった」との春香の呟きは、自分が不安定になっていることの自覚が少なからずあったからこそのものなのかもしれない。だが今の春香にとって仲間と一緒にいることは、必ずしも彼女の心を救うことにはならなかった。彼女自身の何気ない一言が、それを決定的にしてしまう。
 「どっちが主役になれるかわからないけど、一緒に頑張ろう」という春香の言葉は、それ自体はいかにも彼女らしい言葉である。だがその言葉に込められた彼女の本意は、普段の彼女のそれとは微妙に異なっていた。そのことを春香は美希の「絶対に主役をやりたい、『一緒に頑張る』というのは違うと思う」という言葉を受けることで、痛烈に思い知る結果となってしまった。

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 先程書いたことであるが、春香は自分の取り組んでいることに、序列や優先順位による差をつけることはしないが、同時に第三者から序列をつけられることも否定しない。彼女は目標に向かって努力することを何より大切にし、結果はそれに伴って自然についてくるものだという信念を持っている。
 これは13話でのライブにおいて、混乱し収拾がつかなくなりかけた他のアイドルたちに呼びかけた言葉や、12話で竜宮小町と他の9人との差について響から問われた時の前向きな回答などから、容易に読み取ることができよう。
 春香は別段無欲というわけではない。今回のミュージカルに関して言えば、当然主役になることを望むだろうし、事務所の仲間と主役の座を争うことを拒絶するほど潔癖な性格でもないのだ。春香としては「結果のために努力する」のではなく「努力した末に結果がつく」というスタンスなので、自分が努力してきた結果として得られるものに対しては、それほど貪欲な姿勢を示さないだけのことである。
 だがそれは普段の春香ならばの話であって、今の不安定な状態の春香はまた異なる思考の元に先述の言葉を述べていた。
 それは誰かと一緒にいたい、誰かと一緒に歩んでいきたいという単純な気持ち。しかしそこには平素の春香なら考慮の範疇に入れているであろう「結果」が組み込まれていなかった。彼女はただ仲間と一緒にいられることだけを望んでしまったのである。そしてそれはアイドルとしては不適当な望みでもあった。
 美希はそんな春香の胸中を見透かしたわけでは決してない。美希は美希で自分なりに考えていることをストレートに春香に伝えただけのことであり、そこに春香への他意は存在しないと言っていいだろう。
 美希は春香と違い「結果のために努力する」というスタンスであったことと、そんな彼女の姿勢に以前から全くぶれが存在していなかったことは、しかし結果として2人には不幸な偶然となってしまった。
 15話で春香本人が認めたとおり、美希は自分の姿勢や価値観がが全くぶれることなくアイドルとして成長していた。そんな美希に不安定な今の自分を否定されてしまったのだ。
 そしてそこにはもう一つ、大きな「不幸な偶然」も存在していたのであるが、それは後ほど触れることにしよう。

 仕事を終え帰路につく春香の心に去来する様々な風景。仲間たちのいない事務所、誰もいないレッスンスタジオ、自分を案じ自分と同じ想いを抱いてくれた千早やプロデューサー、そして自分の道を歩き続けるアイドルの仲間たち…。
 彼女の表情はその髪に隠れてよく見えない。しかしそれこそが彼女の今の心情を端的に表しているとは言えないだろうか。表情さえ虚ろな、完全に自分自身を見失ってしまった状態。変わりゆく世界や仲間たちに何もできない自分、自分を案じ信じてくれる人たちに何も応えてやれない自分。
 彼女の心が大きな無力感に苛まれているであろうことは、想像に難くない。

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 そんな春香が最後にすがる相手はプロデューサーであったが、その夜の事務所にはプロデューサーはおらず、掃除をしている社長がいるのみだった。言葉少なに事務所を立ち去る春香の心の空虚さは、さすがの社長にも読み取れない。
 春香の内面の荒れようはミュージカルの稽古にも影響を及ぼしていた。以前に演出家は「この役に自分をぶつけろ」と言っていたが、自分というものがひどく不安定な状態に陥っている今の春香では、それを実現するのは無理というものであろう。
 自信に満ちた表情で舞台に立つ美希を見つめる春香の表情は、いつもの彼女のそれとはまったく違う、悲しそうでもあり寂しそうでもあるものだった。
 休憩時間に入っても演技についてスタッフと話しこむ美希の一方、春香は1人で座り込むのみだ。そこに姿を現したのは、春香が内心では今一番会いたかったであろう人物、プロデューサーだった。
 陣中見舞いとして持参してきたどら焼きを食べつつ、久々に会話する2人。調子を問うプロデューサーに舞台は楽しいし勉強になると春香は静かに答える。それもまた彼女の本心ではあったのだろうが、今の春香が話したいことはもっと別にあると、何より彼女の横顔が訴えている。
 それを察したのだろう、プロデューサーは努めて明るく春香に、彼女が昨日事務所に顔を見せたことに触れ、自分に何か話があったのではないかと問いかける。その最中でも決して笑顔を絶やすことなく。

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 プロデューサーのこの姿勢は彼がプロデューサーとして正しく成長してきた証とも言えるが、このような姿勢で他人のフォローに入ることは、本来なら春香が最も得意とすることであった。
 22話全般における千早の立ち回り方もそうだが、今話のプロデューサーの態度もまた、本来春香が持っているそれと密接に結び付いている。だからこそ余計に現在の春香とのずれを際立たせる結果にもなってしまっているのだ。
 春香はしかし逡巡するばかりでなかなか話を切り出そうとせず、それどころか顔さえ上げようとしない。表情からも仕草からも胸中に相当の煩悶が生じているであろうことは火を見るより明らかであるが、それでも春香はプロデューサーに素直に自分の感情をぶつけることができないでいた。
 それでもやっと口を開きかけたその瞬間、プロデューサーの隣にやってきた美希によって、春香の言葉は遮られてしまう。
 大勢の外部スタッフがいる中でも構わずプロデューサーを「ハニー」と呼んで親しそうに話す美希の姿に、春香は一体何を思ったか、目を伏せ視線をそらしてしまった。
 本当ならすぐにでもプロデューサーの横に座って今の自分の気持ちを吐露したかったはずが、春香にはそれができなかった。そんな彼女にしてみれば、何に遠慮することもなく常に自分らしさを維持し続けている美希の姿が、辛くなるほどに眩しく見えていたではないだろうか。
 春香がなぜ素直にプロデューサーに話をすることができなかったのか。見ている側としては色々考えることはできるものの、劇中ではまだはっきりと描写されているわけではない。しかし話をしたくともそれを抑え込んでしまう最後の一線と呼ぶべきものが、彼女の心の中には確実に存在しており、それは今の彼女にはどうすることもできない代物でもあった。
 だから春香は何も言わずにプロデューサーの隣からも立ち去ろうとする。未練を残していることを自分で承知しつつも、「なんでもない」という言葉をプロデューサーに、そして自分自身にも向けながら。

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 しかし当然のことながら、「なんでもない」わけはない。喪失感、無力感、空虚。春香の胸中に渦巻く感情はとても彼女1人に抑え込めるものではなかった。「悲劇」という形を持って、さらに彼女を追い込むことになる。
 下がったままになっていた舞台のセリ。それに気づかなかったため奈落へ落ちそうになる春香。彼女はすぐに伸びてきた救いの手に救われるものの、その手の主は入れ替わりに奈落の底へと転落してしまう。
 まるで彼女の身代わりとなったかのように。

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 病院の一角に静かに灯る「手術中」のランプ。その先にある一室をじっと見つめ続ける社長と美希。椅子に座り無事を祈る小鳥さんと律子。
 そんな彼女らとは離れた場所の椅子に1人座る春香。今はただ、自分を守り自分の代わりに傷ついたプロデューサーのことを想い、涙で頬を濡らすことしかできなかった。

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 今話、というより前話あたりから描かれてきた春香の戸惑いとは、言葉で端的に言い表すなら「一つのことに情熱を燃やしてきた人が、ふと冷静になって自分のやってきたことを振り返り、これからのことを見つめ直す時期」という、一般的な人間であれば誰でも一度は経験するであろう瞬間、あるいは期間に起因しているものだったと言える。
 それは22話の時点で時折、アイドルとしての自分のスタンスを自分で問い質すような仕草が描かれていたことからも理解できよう。
 他のアイドルたちにそのような兆候は見られないのに、春香にだけこのようなことが起きたわけだが、これは別に春香のメンタルが他メンバーと比較して弱いからというわけではない。
 春香以外の765プロアイドルは総じて「アイドルになって何かを為したい」という目標を抱いているのに対し、春香は最初から「アイドルになること」が目標であった。つまり他のアイドルにしてみれば1〜5話あたりの頃はまだまだ走り始めた段階であったと言える時期であったのだが、春香の場合はその頃から、もっと言えばアニマス本編の始まるずっと前から、アイドルになることを目指して走り続けてきていたのである。彼女にとってはアイドルとして活動するための準備もまた、目標そのものであったと言える。
 他のアイドルより全力で走ってきた期間が長かったのであれば、冷静になる時期が他メンバーより早く訪れるのも道理であろう。
 だからきっかけそのものは特に珍しいものではなかった。ただ春香にとってそのきっかけが訪れた時期はあまりにタイミングが悪すぎたのである。振り返りたくともゆっくり振り返らせてくれない、見つめ直したくともそんな暇を取る余裕もない。そんな中では彼女が本来是としてきた「みんなと共に努力して歩んでいく」という考え方が、「みんなと共にいる」というようにずれてしまうのも、やむを得ないことであったかもしれない。
 そして春香のそのずれは、765プロアイドル各人とのやり取りの中でさらに増大することになってしまった。上記文中の中では美希のことを「ぶれがない」と強調して書いているが、実際には今話中に出た春香以外のアイドル全員が一切ぶれていない。彼女らは今まさに全力でわき目も振らずに走っているわけなのだから、それも当然のことなのではあるが、だからこそ既にずれが生じてしまっている春香と想いが重なることはなく、それ故に春香のぶれはより増大してしまったのである。
 そして極めつけは美希とのやり取りだ。美希との会話の中で春香が今の自分を否定されたということは既に記載したとおりであるが、実際には上述した二項以外にもう一つ、大きな「不幸な偶然」が存在していた。
 それは春香と美希の2人ともが、プロデューサーのことを想い、プロデューサーのために活動していたということである。
 無論美希とは違い、春香の方はプロデューサーに対する恋愛感情は含まれていない(「恐らく」という注釈がつくが)。春香の場合はプロデューサーの「みんなでライブを成功させる」という考え方が、自分の理想に近しいものであったことから共感し、それを実現しようと努力してきた。
 「プロデューサーとアイドル」という関係性の中で、アイドルの春香はプロデューサーの期待に応えたいという明確な意志を、自分の行動理念の中に含むようになっていたのである。
 思えばプロデューサーも1話の時点で「夢はみんなまとめてトップアイドル」と言っていたが、もしかすると春香はその時点で自分と同様の理想や夢を抱いていたプロデューサーに信頼を置いていたのではないだろうか。
 そして20話での社長室でのやり取りから、プロデューサーが自分を強く信頼してくれていることを改めて実感できてもいる。だからこそ今回は自分の方が奮起して、プロデューサーの信頼に応えようとする意志が働いたように思えるのだ。
 そんな自分の考え方も行動も、ベクトルは異なるとはいえ同じく「プロデューサーのため」を行動の指針としていた美希に否定されてしまったことで、春香の精神は混迷の極みに達してしまったのだと言える。
 もはや自分ではどうすることもできない状態であることは、恐らく春香本人も承知していたはずだが、無理をしてプロデューサーからの救いの手を拒んだために、ついには物理的に救いの手を差し伸べさせるような事態を引き起こしてしまい、その結果として重い代償さえも払うことになってしまった。
 その点では今話は徹頭徹尾、追い込まれていく春香の苦悩を描く物語として完成したと言える。ラストの展開は衝撃的ではあるが、直接的な描写を控えることで悲壮感を極力抑え、あくまで春香の物語におけるファクターの一環としての描き方に終始している点を見逃してはならないだろう。
 このあたりは5話における水着シーンや入浴シーンと同様、扇情的なエログロを露骨に描くような作りを否定してきたアニマスならではの演出だった。
 これら一連の、段階を踏んでの春香の追い込み方は実に秀逸だ。黒井社長のように明らかな悪意をもって行動している人など1人もいない、そう言う意味では誰も悪くないにもかかわらず、いつの間にかどんどん春香が袋小路に追い詰められていく様を、丁寧に描出しきっていた。
 そして前話から仕込まれていた春香と美希の両者間におけるギミックも、一連の描写に奏功している。
 一部とは言え両者の行動の指針が同じであるからこそ、それに基づいた行動と得た結果に差異が生じれば、その分両者におけるギャップは大きくなる。そのギャップを段階を付けて描写することが前話から仕込まれたギミックの効能だったのだ。
 さらに言うなら前述した15話における春香の美希評もそのギミックの一環と見ることができるし、深読みするなら13話で「マリオネットの夜」を熱唱した後の美希と春香のやり取りの時点から、ギミックとしての布石を放っていたと考えることもできるのである。
 ラストの容赦ない展開のみに心を奪われがちであるが、それは実際にはいくつもの縦糸を入念に、千早の時とは異なりはっきりそれとは分からぬよう各挿話間に張り巡らせてきたことによる、追い込まれていく人間の心理状態を真正面から見据えた上での作劇の結果として描かれた場面であったのだ。
 内容こそ異なるものの、1話から紡いできた物語が結実して生まれた話と言う意味においては、今話は20話と全く同質のものであると言えよう。
 そして紡がれた話はまだ終幕を迎えてはいない。これ以上ないほどに追い詰められてしまった春香の心は、次回において救いを見出すことができるのであろうか。

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 最後に余談と言うか、作品を見た上での感想のみを書くことを主旨としているこのブログでは、自分的にルールを逸脱しているようにも思うのだが、次回への期待を少し書いてみる。
 次回に期待したいのは春香個人の内省的な話に終始して終わるのではなく、春香と千早以外の765プロアイドルたちにもきちんと焦点を当ててほしいということだ。
 単に描写があればいいと言うわけではなくて、彼女たちにとって「天海春香」という仲間の存在の立ち位置を再確認させてほしいのである。
 上で「誰も悪くない」と書いたが、確かに明確な悪意を持って動いた人間は1人もいない。しかし春香は結果的に追い詰められることになった。これは裏を返せばそれぞれに一定の落ち度と言うか、欠落していた部分が存在していることでもある。
 765プロアイドルは確かに多忙のために合同練習に参加出来なかったし、それに対して完全に納得しているわけではないという所も、今話のNO MAKEから察すること自体はできる。しかしながら彼女たちが劇中で合同練習を実現させるために、自ら積極的に何かを実行した描写はない。ラジオの収録時間をずらしたり、睡眠時間を削ってまで連絡を取り合っていた春香のみだ。
 真は目の前の重大事に取り組む雪歩を支えようとした。では春香は?合同練習のために奔走する春香を誰かがフォローしたのか?自分たちはそのために何がしかの努力をしたのか?誰かが春香を支えようとしたか?
 結局春香の精神状態がいかなるものであるか、劇中では千早以外の誰も推し量ることはしなかった。普段から周りを見てごく自然に気を配っていた春香に対して、悪気や他意はないとは言えあまりに酷ではなかったか。ただ自分の考えをぶつけることしかしなかった美希は、そんな事の出来る性格ではないと承知の上で書くが、あまりに春香に対して無頓着でなかったか。
 765プロのアイドルたちは春香があまりにも自然に周囲に気を遣っているから、それに甘えているというか、春香がそうすることを普通のこととして受け止めてしまっているのではないか。だから誰も春香の状態に気づくことができなかった。そこには確実に各々の「落ち度」が存在しているのである。
 彼女たちにそれを気づかせてあげてほしい、と言うのが次回への自分の希望だ。
 あくまで個人的な希望なので、それがなかったからと言って作品そのものへの評価が変わるわけではないけども。
posted by 銀河満月 at 00:56| Comment(0) | TrackBack(7) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アニメ版アイドルマスター22話「聖夜の夜に」感想

 7月に放送開始して以来、ずっと我々ファンを楽しませてきてくれたアニメ版アイドルマスターも残り4回、今月放送分にて終了の運びとなる。
 1話からずっと見続けてきた身としては、早くも今から寂しさを感じてしまうわけだが、半年間見慣れた作品やキャラクターに惜別の念を抱くほど感情移入できるということは、それだけ創作物としては優秀な出来の作品ということでもあるから、ここは湧きあがる様々な気持ちを抑え、最終回までアイドルたちの物語をきちんと見届けることにしたいと思う。

 千早を取り巻く状況もようやく落ち着き、961プロとの諍いもひとまずは決着がついた。765プロにもようやく穏やかな日常が戻ってきたかと思われたが、今までとはまた別の次元で「穏やか」には程遠い日常を過ごすことになっているようだ。
 季節はもう冬。1話の時点では春だったのに、実際の時間と同様、劇中における時間の経ち方もあっと言う間である。
 そんな冬の街を、いつものように変装して仕事場に向かう春香。彼女はその通勤途中、街頭の大型ビジョンで流れていた美希の新CMに目を留めた。「relations」に乗ってアダルティーな雰囲気の美希が出演しているそのCMを見て、美希の頑張りを喜び自分もと気合を入れる春香。
 今までにもあった、そして劇中で描かれていない部分ではもっと多くあったであろう、春香のいつもの日常。仲間の努力を認め、それによる成功を素直に喜び、自分も頑張らなければと奮起する。実に春香らしい優しい考え方と言える。

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 春香は千早と共に、2人が出演する歌番組のミーティングに参加していた。千早はすっかり角が取れたような穏やかな表情になっており、そんな千早を隣で見つめる春香の表情もまた嬉しそうだ。
 2人に付き添って来ていたプロデューサーは2人に飲み物を買うが、自前の財布には穴が開いており、そこから小銭を落としてしまったり、小銭を探して自動販売機と床の隙間を覗き込んだりと今一つ冴えない様子。
 そんなプロデューサーから飲み物を贈られたことに素直にお礼を言いつつ、プロデューサーなのだから財布くらいはきちんとしてほしいと冗談めかして話す千早からは、単に角が取れたと言うだけでなく、プロデューサーに対しても春香同様に全幅の信頼を置いている様子が見て取れ、2話や12話のNO MAKEでプロデューサーの技量を疑ってかかっていた頃とは雲泥の差である。
 プロデューサーの姿に半分隠れているものの、そんな千早の変化に少し驚いた表情さえ浮かべる春香もまた印象的だ。
 それにしてもこんな他愛のない会話をこの3人で行い、あまつさえ笑い合う姿を見ることができる時が来るとは、1話から見続けてきた身としては何とも感慨深いものがある。
 楽屋にてプロデューサーが2人に披露したのは、もうすぐ行われるニューイヤーライブのポスター。765プロアイドルにとっては夏のファーストライブに続く、二度目の大きなライブだ。
 今回は「竜宮小町とその他のアイドル」ではなく、事実上全員が同質の扱いとなっているようで、ここだけでも全員が努力してきたその成果を味わうことができるだろう。13話での「自分RESTA@T!」のラスト部分の振り付けもそうだったが、地味に雪歩が目立つ位置にいるのが面白い。

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 しかし同時に、今回のライブの練習については顔を出すことができなくなりそうだと告げるプロデューサー。もちろんプロデュース業が忙しくなっているが故のことではあるが、大事なライブの練習に顔を出せないというのは、プロデューサーとしてはやはり心苦しいのだろう。
 謝るプロデューサーを取りなすのも春香ではなく千早だった。今話に限っては春香のお株を奪いかねないほどの描写だが、前述の通り春香やプロデューサーを信頼しているからというだけでなく、「春香がいるから芸能界でやっていけている」という依存的な考えからの脱却をも意味しているのだろう。
 プロデューサーとしてもっともらしく「体調管理に気をつけるように」とお説教を始める彼の姿に、春香も千早も思わず顔をほころばせてしまうが、そんな彼の口から「クリスマス」という言葉が飛び出した時、春香の眼の色が変わる。
 そう、時期はまさにクリスマス。春香は765プロアイドル全員で行った去年のクリスマスパーティのことを思い出し、今年はプロデューサーにも参加してもらってパーティを開こうと言い出す。
 いかにも年相応の少女といった発想であるが、みんなが一緒になって楽しむことが自分の喜びになる春香らしい考えとも言えよう。
 しかし今年は去年とはいささか事情が異なっていた。去年の時点では全員無名のアイドルであり、はっきり言えば暇であったからこそ全員が同じ日に集まることもできたのだろうが、今年は状況が全く異なる。765プロアイドルは全員売れっ子のアイドルなのだ。無論春香本人も例外でなく。
 ましてクリスマス、つまり年末時期となればプロデューサーの言ったとおり、年末特番やクリスマスのイベントといった仕事が目白押しである。そんな時期にアイドルがプライベートで集合するのは非常に難しいことだった。
 千早からそのことを指摘され、その理由に納得しながらも少し意気消沈してしまう春香。春香がそんな様子になるであろうことを察した上で、千早が「ダメ」とか「できない」といったあからさまな否定の言葉を用いず、言葉を選んで春香に指摘しているところが、千早の気遣いを感じられて良い。
 そんな春香の姿を見て、プロデューサーは努めて明るくパーティをやろうと宣言する。もちろん仕事が優先であるから、参加できるメンバーだけという条件こそついたものの、彼のそんな言葉に春香もパッと顔を輝かせる。

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 状況もやろうとしていることも異なるとはいえ、慰安旅行に行くことを渋っていた5話時点での彼の態度とはまったく違っているあたりも、彼の成長の成果というところだろう。
 彼はパーティを開くということ以上に春香の、プロデュースしているアイドルの笑顔を守るという、「アイドルマスター」におけるプロデュース業の根幹の一つを、忠実にこなしているのだ。
 単純にアイドル業のことを重んじるなら、春香の提案はむしろ個人的なわがままとして片付けられることかもしれないが、アイマスのプロデューサーとしては真に正しい応えであったと言える。

 ゲーム「ライブフォーユー!」でのDLC衣装である「ライブフォーヴィーナス」を着込み、壇上で「inferno」を熱唱する千早の姿に見惚れ、嬉しそうに互いを見やって微笑みあう春香とプロデューサーの間には、「アイドルとプロデューサー」というアイマスの最も基本的な関係性がしっかりと根付いていることを示唆している。
 20話に続いて千早に対し春香がプロデューサーの声真似で彼の伝言を伝えるあたりからも察せられることだろう。
 だからこそ千早がアイドルとして成長してきているのも、自分の力ではなくプロデューサーの尽力あってこそのものと言い切ることもできるのだ。無論そこには春香らしい謙遜も入っているのだろうが。
 収録を終え、楽屋で先程のクリスマスパーティについて話す春香と千早。とりあえずみんなに連絡を取ることにした春香だったが、そんな春香の視界に飛び込んできたのは、備え付けのテレビから流れる美希の新CMだった。
 続く情報番組では美希が参加したイベントの様子が放送され、「クリスマスを誰と過ごしたいか?」という問いに「好きな人である『ハニー』と一緒に過ごしたい」と、少々危なっかしい発言をする美希に少し苦笑しながらも、そんな美希のスター性を素直に褒める春香。それは千早も同様だった。
 テレビ画面の映像とは言え、「クリスマスはみんなと一緒に過ごしたい」と思っている春香の目の前で、「クリスマスは特定の人物と過ごしたい」と美希に言わせているところに、何かしらの意図が含まれているようにも思えるが、もちろん美希にさしたる他意はなく、春香も特別に何か遺恨を抱いたわけでもないようなので、ここはキャラ個人の心情に影響を与えると言うよりは、作劇上のギミックとしての機能に留まると考えるべきだろう。
 千早と別れ1人レッスンスタジオへ向かう春香は、その道すがら各アイドルに連絡を取り、クリスマスパーティを開きたい旨を伝える。しかし各人の対応は、春香の期待とは少し異なるものとなってしまったようだ。

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 プロデューサーも言ったとおり今の時期は格段に忙しいため、それぞれの返事も今一つ煮え切らないものばかり。皆参加したいという気持ちはあれど、スケジュールという現実的な問題がそれを困難なものにしてしまっていた。挙句に律子からは「優先順位を考えなさい」とお説教まで受けてしまう。
 当然と言えば当然の話ではある。公的な立場についた以上、プライベートよりもそちらを優先せざるを得ないのは、何もアイドル業に限った話ではなく、社会のほぼすべての職業に当てはまることなのだから。そこに個人の「わがまま」が介在する余地など、基本的には存在しないと言っていい。
 しかしそれは世知辛い現実世界での考え方に即した見方でもあり、制作陣が創造した「アニマス」の優しい世界は、そんな春香にそっと救いの手を差し伸べる。
 それが亜美から伝えられた、「春香より先にプロデューサーがパーティの件で連絡を取ってきた」という事実であることは言うまでもない。春香に同意し彼女のために行動を起こしている人間が、すぐそばに確実に存在している。それは春香にとって小さな、しかし確実な救いでもあった。
 内容が前後してしまうが、みんな参加したくないわけではなく、「参加したいけど難しい」というスタンスであるのも忘れてはいけない部分だろう。基本的にはみんな春香と同じ気持ちなのだ。
 そんな中でもさらにもう一つ大事なイベントがあることに触れる真と、大人ぶった態度でパーティに興味のない素振りを見せる伊織あたりが注目点であろうか。
 律子たちとの電話を終えた春香は、最後に美希と連絡を取ろうとするが、今日の美希は忙しいからとメールでの連絡に留める。
 その後の独りごちる姿も含め、決して表面には示すことのないものの、春香が「集まりたくても集まれない」現実に少なからぬショックを受けていたのは事実なのだろう。自分自身に言い聞かせるように笑顔を作って見せたところからも、それは容易に窺える。
 無論それは先ほども書いたとおり当然のことであるし、春香自身も重々承知していることであろうが、それでも春香は「何か」を感じないわけにはいかなかった。みんなの気持ちも十分理解しているからこそ、自分のその気持ちを外に向けて発露するわけにはいかないし、元々そう言ったことをするタイプでもない。
 美希との連絡をメールのみにしたのは、今の状態でだれかと話をしたら、そんな今の自分でもはっきりとは分かっていないと思われる気持ちを、もしかしたら気づかぬ内に漏らしてしまうかもしれない。そんな考えがよぎったからのようにも見える。
 最後の連絡相手が美希であったことも、先述のインタビューの件と同様にギミックの一環と考えられるが、そんな積み上げたギミックがそろそろと明確な形を持って、春香の前に現れることになる。
 スタジオでレッスンに励む春香にプロデューサーから入った連絡。それは春香と美希がミュージカルのメインに決定したという朗報だった。
 どちらが主役で準主役となるかは今後の2人の稽古次第ということであったが、いずれにしても大役であることには変わりない。この役を得たという事実は春香に一体何をもたらすことになるのであろうか。

 後日、事務所に出社した春香を出迎えたのは小鳥さんの声。と言っても春香に向けられたものではなく、忙しそうに電話応対をしている声だ。
 みんなのスケジュールが書き込まれているホワイトボードも、今までにないほど予定がぎっしりと書き込まれていることも含め、今のこの時期が本当に彼女らにとって多忙の時期であることを窺わせる。
 電話を終えた小鳥さんは、春香に彼女が出演決定したミュージカル「春の嵐」の台本を手渡す。本当はプロデューサーが直接渡したかったようだが、彼は彼で忙しい身のため、事務所には不在だった。台本だけでもいち早く春香に渡しておきたいとの厚意から、小鳥さんに台本を預けていたのだ。

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 祝福する小鳥さんにここでも春香は、プロデューサーが役を取ってきてくれたおかげと、プロデューサーの功績を褒める。しかしその通りにここ最近のプロデューサーのやり手ぶりは、小鳥さんも認めるところであった。予定で埋め尽くされたホワイトボードを用いて、小鳥さんの言葉以上にシチュエーションで語る構図は、いつもながら巧みである。
 美希と一緒に舞台で共演できることを素直に喜び、笑顔を見せる春香。その夜の千早との会話から見ても、全員一緒に仕事をする日曜の時以外は顔を合わせる機会も減ってきているようで、その意味でも同じ765プロの仲間同士で共演できるということは、春香にとって裏表のない、この上なく嬉しいことなのだろう。
 その千早は楽曲の海外レコーディングが決まったとのことで、歌い手としてさらなる成長を果たすべく、千早らしい物静かな口調で抱負を春香に語る。

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 ニューイヤーライブの時期と重なってしまうことが唯一の懸案事項であったが、765プロ主催のライブを自分の「原点」とし、可能な限りは練習に参加すると述べる千早。アイドルとしてデビューを果たし、紆余曲折の末に大きな成長を遂げ、そして苦悩の果てに自分の過去をも乗り越えた、乗り越える力をくれた人たちがいる所。アイドルとしての千早の変遷のすべてがつまっているのは765プロであり、そこにいる人たちであり、みんなと一緒に取り組んだ仕事の数々。確かに千早にとってはそれらすべてが今の自分の原点と言えるだろう。
 千早が素直に気持ちを口にしたからか、春香は今まで誰にも明かさなかった自分の心情の一端を、良くも悪くも彼女らしく歪曲した表現で吐露する。
 これまでずっと一緒に行動してきた他のアイドルたちと、会うことも話す機会も以前より減ってきている。良くて毎週生放送される日曜の「生っすか!?サンデー」収録時に集まれるくらいだ。その現実に春香は戸惑っていた。しかし彼女は自分の戸惑いを否定的な、ネガティブな言葉を使って表現することはしない。春香は今や一番の親友となったであろう千早の前でさえ、自分の弱い部分を見せようとはしなかったのだ。
 これはもちろん春香本人の性格に拠るところが大であろうが、何より彼女自身も自分がなぜ戸惑っているのか、明確には理解できていなかったのではないだろうか。彼女はアイドルである点を除けば「普通の女の子」である。ごく普通の少女に、内心に生じたもやもやした気持ちを正確に分析、考察し、それを対応する言葉に置き換えて他人に伝えるなどという図抜けた真似など、容易にできることではないだろうから。
 またあくまで今の状況が一時的なもので、すぐ以前の状態に戻るとある程度は楽観視していた節も、心情の吐露を早々に止め、全員が集まれるはずのクリスマスパーティに想いを馳せるところから窺えよう。

 そしてついにクリスマス当日。新曲「My Wish」に乗って煌びやかに彩られた町並み、そしてそんな中それぞれの場所で仕事に励むアイドルたちの姿が描写される。歌番組に出演する者、クリスマスライブを開く者、クリスマス特番や正月特番の収録に参加する者、聖歌隊に扮して歌を歌う者…。
 ちらちらと降り始める雪の中、思い思いの形でアイドルたちはクリスマスという日、聖なる夜を過ごしていた。そんな彼女たちにとって、その後開かれることになる極々ささやかなな「パーティ」は、どのような存在として受け止められているのだろう。
 そのパーティを誰より心待ちにしていた春香もまた、収録が押してしまったために事務所へ戻るのが遅れてしまっていた。しかし事務所には春香だけでなく、他のアイドルたちも戻ってきていないことを小鳥さんから聞かされ、さすがに春香も少し不安がる。自分自身が仕事を理由に遅れてしまっていることが、余計に彼女の不安をあおっているのかもしれない。
 そんな春香を始めアイドルたちの事情を知りながらも、クリスマスツリーを飾りつけてみんなを待つ準備を整えている小鳥さんの姿は、前話で触れたとおり「アイドルを支えたいと願う」スタンスとしての面目躍如と言えるものだろう。

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 挿入歌「あったかな雪」をバックに、駆け足で事務所への道をひた走る春香だったが、とある店の前でその急ぐ足を止める。
 そこはケーキ屋であった。クリスマスと言えばやはりケーキがつきものということで、春香は大きなホールケーキを1つ購入する。それは無論アイドルたちが全員事務所に戻ってきて、全員でケーキを食べることになると信じたからこそであるが、購入の際に「余ってしまうかも」とショートケーキとどちらを選ぶか少し逡巡したところに、未だ胸中にかすかな不安を抱いている様子が見て取れる。
 ケーキを購入し改めて事務所へ走り出した春香は、しかしまたとある店のショーウインドウの前で足を止めた。そこに展示されていた男物の財布に目が向いたのだ。
 思い出されるのは、穴があいているというプロデューサーの財布。恐らくは多忙のために財布を買いに行く暇すらないのであろうプロデューサーのことを思い、春香は財布を見やりながら小さく頷く。

 やっと事務所のビルに到着した春香。そしてそれに合わせるかのように、千早もまた同じタイミングで姿を見せる。千早の手にもクリスマス用のケーキがあるのを見、春香は思わず顔をほころばせる。
 雪降る夜の空を見上げる2人。そう言えば1話でも2人はビルの入口で、雨雲の出てきた春の空を見上げ、春香は咲いている桜が散ってしまうかもしれないことを気にかけていた。
 演出上の意味や共通項と呼ぶべきものは存在していないのだろうが、それでも見上げる空もその空から来るものもあの頃から随分と移り変わり、そんな空を見上げている春香たちもまた同様に移り変わった。変わるために邁進し続け、今も変わり続けているアイドルたちが、ただ一つ何があっても変わることなくそびえ立っている「場所」の入口で、あの頃と同じように空を見上げるというシチュエーションは、彼女たちの本質そのものはあの頃から何も変わっていないことを指し示しているようにも思える。
 自分たちがどれほど変わったとしても、最後に自分たちが戻ってくるべき「場所」がそこにはある。そしてそんな考え方は春香たちだけのものではなかった。
 事務所のドアをくぐった春香たち2人を出迎えてくれたのは小鳥さん、そして先に戻ってきていた貴音、真、真美、響、やよいのアイドル仲間たち。5人はプロデューサーがスケジュールを調整してくれたこともあり、どうにかパーティに間に合う時間に戻ってくることができたのだ。
 自分と同じような忙しさを抱えているにもかかわらず、自分よりも先に到着し準備をしていてくれた仲間たち、そして自分たちのためにギリギリまで調整してくれたであろうプロデューサー。そこにあるのは「みんなでパーティを楽しみたい」という単純な、そしてごく普通の願いがあっただけであるが、それはアイドル全員の本心からの願いでもあった。それは真美や真たちもまた春香と同様に、全員が食べられるよう大きなホールケーキをそれぞれが購入してきていたということが明確に示している。
 春香や千早だけではない、みんなの本質もまた昔から何も変わっていなかったという事実は、春香を大いに喜ばせ安堵させたであろうことは間違いない。

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 同時にまだこの時点では姿を見せていないプロデューサーの功績も忘れてはならないだろう。単にアイドルプロデュースに終始する人間であるなら、私的なクリスマスパーティなどにわざわざスケジュール調整までして協力するはずもない。今回の彼の行動は、アイドルであると同時に「年頃の女の子」でもある彼女らを支えるという彼のスタンスを改めて明示したものと言える。

 少し遅れて到着したのは雪歩。事務所に入ってきた彼女にみんなは花束を渡しながら声をかける。「メリークリスマス」、そして「ハッピーバースデー」と。
 これが真の触れていたもう一つのお祝い、すなわち雪歩の誕生祝いであった。12月24日は雪歩の誕生日。Aパートから真の言葉で触れられていたことではあったが、雪歩自身の口からはその話題が出ることは全くなかっただけに、ここできちんとお祝いされたことに驚き喜んだ視聴者もいたのではないだろうか。
 雪歩の驚きの表情からは、クリスマスのパーティに参加できるかどうかというギリギリのところでそれぞれが仕事をこなす中、この上自分の誕生日のことまで話せば、さらに無理をしてでもパーティを開こうとしかねない。765プロの仲間はそう言う人たちだと知っているからこそ口にしなかったという、雪歩らしい控えめな気遣いがそこにあったと察せられるだけに、皆から誕生日を祝福されて微笑む雪歩は本当に幸せそうで、見ている側としても何とも心地良い描写に仕上がっている。

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 続いて到着したのはクリスマスライブを終えた竜宮小町の面々。事務所に入ってきた亜美が最初に声をかけたのが春香なのは何気ないことではあるが、今回のパーティを開くための一番の功労者が誰であるか、演出的に表現していると言えるだろう。
 打ち上げの途中だったが主役がいないと盛り上がらないだろうから、「仕方なく」こっちに来たと話す伊織の相変わらずな態度に思わず苦笑する一同だったが、すぐに入った亜美のツッコミからも伊織がパーティのことをかなり楽しみにしていたことが窺え、それがばれたことに狼狽する伊織の姿も含め、すっかり「いつも」の事務所の風景が戻ってきたような感じだ。

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 社長室で何事かを電話で話している社長は置いておくとして、ようやく最後のメンバーである美希とプロデューサーも到着し、事務所の中は俄かに活気づく。美希もきちんと雪歩のバースデープレゼントを買ってきているところが、細かいながらも好い演出だ。
 そんなみんなの様子を喜んで見つめるのが、Aパートで春香やプロデューサーの提案に苦言を呈していた律子というのは、彼女もやはり一個人としてはパーティを開き、全員に参加してほしい気持ちがあったからに他ならないだろう。そんな彼女の気持ちをみんなの様子を見やった時の感想、そして遅れて到着したことを謝罪したプロデューサーに対する「いえいえ」の一言に集約させている点は見事である。
 しかし既に上述したとおり、全員出席してのパーティを開催することができた、本当の意味での最大の功労者はプロデューサーではない。千早の言う「みんなでいることを大切に想う人」、その人の意志が何より強い原動力となっていた。
 みんなと共に目標に向かって努力し続け、みんなと一緒に困難を乗り越え、その上で結果を出してこれたからこそそれが正しいと信じられるし、これからもその通りにやっていけば大丈夫と信じられる。そしてそんなみんなと育んできたものは一朝一夕に出来上がるものではなく、平素からの繋がりによって生み出されるものであることも知っているから、皆で一緒に一つの事を成すという点に拘った。例えそれがプライベートでのことであっても。
 そんな彼女の想いを汲んで、プロデューサーはスケジュール調整という形で彼女の背中を後押ししたのだ。彼女の想いが765プロアイドル全員の原動力になると知っているから、自分もかつてその想いに救われた経験を持つからこそ。
 プロデューサーと同じ経験を持つ千早の視線の先には、全員集まった事務所の中でいつもどおりにふるまう少女の姿があった。笑顔を見せたり少しドジな一面を見せたり、それは千早が久々に見たかもしれない、彼女の普段通りの楽しげな姿であった。

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 社長室から出てきた社長も交え、全員の乾杯を皮切りにしてクリスマスパーティはにぎやかに開幕する。
 プレゼント交換や雪歩への誕生日プレゼント譲渡、プレゼントの開封、そしてちょっとしたおふざけと、そこにあったのはごく普通の楽しげなパーティ。そこには「アイドル」ではない、アイドルでもある「女の子」たちの姿が確かにあった。ほんのひと時、彼女たちはアイドルとしてではなく年相応の少女としてパーティを楽しんだに違いない。去年パーティを行った時と同じように。
 そんな中にも響の受け取ったプレゼントが誰からのものか一目でわかる代物であったり、パーティの様子をビデオに録画しているのが律子であったりと、前話までの描写をこれまたさり気なく盛り込んでいる。
 殊に5話での慰安旅行もそうだが律子が記録係を買って出ることが多いというのも、普段からのアイドルたちのやり取りや繋がりを、それこそ春香と同様に重視しているからかと考えてみると面白いかもしれない。
 そしてテーブルに並べられた対象のケーキを見やって、はたと困ってしまう一同。それは全員それぞれケーキを購入してきたからというだけでなく、ほとんどのケーキがホールケーキだからであった。
 みんな春香と同様に、全員が参加すると考えていたからこそ大きいケーキを選んだわけであり、それだけを考えると春香と同じくみんながそれぞれ仲間たちを大事に想っていることが十分伝わってくるエピソードとなるのだが、同時にケーキは誰か1人が代表して買えば済むものでもあるわけで、そのあたりの細かい意志疎通を行うことができていなかった、恐らくそんな暇も余裕もなかったであろうことも察せられ、あくまで視聴者視点からのものではあるが、笑って済ませられるほど根っこは簡単なものではないことも感じ取れる。
 バースデーケーキに付けられたろうそくの火を雪歩はどうにか吹き消し、ケーキを切り分ける段になって春香はあることを思い出し、荷物を置いた応接室へと向かう。
 春香が荷物の中から取り出したのは、事務所へ来る道すがら、見かけた店で購入した財布だった。彼女は恐らくクリスマスプレゼントとして、プロデューサーのために財布を購入していたのだ。
 しかし春香が財布を手にとって戻ったのと同時に、社長が不意に咳払いをしてみんなに呼び掛ける。社長が「重大発表」と称したその内容とは、美希の「シャイニングアイドル賞」新人部門受賞というものだった。賞そのものについては具体的に説明されていないものの、各人の驚きようから察するに、かなり権威のある賞のようだ。
 ところが美希はその重大性を理解していないのか、彼女自身は賞をもらったことに関して格別の感慨を漏らすことなく、いつもの彼女らしいマイペースさであっけらかんと、貰った賞をクリスマスプレゼントとしてプロデューサーに贈り、プロデューサーも仲間たちも心から彼女の受賞を喜ぶ。

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 律子さえも苦言を呈しながらお祝いの言葉を述べる一方で、プロデューサーへのプレゼントを手に持っていた春香は、それを誰にも気づかれることなくそっと後ろに隠してしまった。
 別に恥ずかしがらなければならない類のものではないし、元よりプロデューサーが春香からのプレゼントをもらって喜ばないはずもない。美希の受賞自体は春香も素直に喜んで祝福しているのだから、彼女に特別妙な感情を抱いた故のことでもないだろう。
 アイドルとしての成果が告げられ、その成果を皆で喜ぶ。それ自体は非常に微笑ましい光景だ。しかしそれは同時に、今まで「女の子」として楽しんでいたパーティの席に突然「アイドル」としての立場が割り込んできたことにもなり、アイドルという自分たちの立場にもやもやした形にできない想いを抱いている今の春香にとってそれは、基本的に前向きな彼女をして一歩引かせてしまうほど唐突で強引なものに思えたのではなかったか。

 パーティも終盤に入り、サンタクロースのコスチュームを亜美真美と美希が披露する中、その様子を春香と真は少し離れた場所から見つめていた。
 奇跡みたいなことが次々に起こる日だと振り返る真。そこには美希が大きな賞を受賞したことや、それぞれがそれぞれ全員用の大きなケーキを購入してきていたという幸せな偶然、そして何より今日という日に全員が事務所で一堂に会することができたという事実に対しての感慨が込められていた。
 春香は「だってクリスマスだもん」とそんな真の言葉を肯定したが、それは春香の考えている意味とは別の次元で真理であった。クリスマスという特別な日、特別な時に開かれるパーティだからこそ、春香は全員で参加することを願い、そんな彼女の希望に共感した人々の働きもあって、今回のパーティは実現できた。それは逆に言うならクリスマスという特別な日程がなければ、全員集まることができなかったことにもなる。
 全員それを望みながら、おいそれとそれを実行することができない現実。その望みが叶った一日限り、一夜限りのまさに「奇跡」を見やりながら、真が思い出したのは5話でのこと、夏の慰安旅行の夜に春香の言った言葉だった。
 「来年の自分たちはどうなっているか」。まだまだアイドルとしては芽が出ず、将来どうなるかもわからないまま、それでも夢を信じて歩んでいた頃、そんな自分たちの夢を語り合った他愛のないやり取り。
 しかし今やあの時に語った夢は、ほとんど現実のものとなっている。レギュラー番組も持てたし、大きなライブもやれた。CDも何枚も出せているし、可愛い衣装を着ることも一応できてはいる。あの時話した会話の中で叶っていない夢は「トップアイドルになる」ことくらいであるものの、真の言うとおり、765プロアイドルはもはや名実ともに売れっ子アイドルなのだ。
 かつて春香の言ったとおりの姿に自分たちはなることができた。では今後は、これからはどうなるのか。あの時春香が寂しそうに語った通り、アイドルとして人気の出た自分たちは、来年は集まれなくなるのかと不安を素直に漏らす真。
 彼女もまた春香と同様の不安を抱いていたのだ。そして恐らくそれは真だけでなく、765プロアイドルの全員が少なからず抱いているものでもあるのだろう。春香の呼びかけやプロデューサーの助力はあれど、最終的には「パーティに参加したい」という自分の意志に従って皆が駆け付けたこと、それが何よりの証と言えよう。
 そんな2人にあの夏の日と同様に伊織が声をかけてくる。かつて同じような不安を春香が口にした時に「なってから考えなさい」と言っていた伊織は今、「ファンと一緒に過ごすクリスマスの方がアイドルらしい」と、今の多忙さと真正面から向き合っていた。それが伊織の出した結論だったのだ。
 それはアイドルとしてはまったく正しい姿勢であろうし、だからこそ真もそれに共感したのであるが、春香はその言葉や考え方を肯定しながらも、それでも視線を落としてしまう。
 給湯室で後片付けをする春香と千早。みんなのいる賑やかな雰囲気を喜ぶ春香に、千早は先程の伊織の言ったとおりかもしれないと返す。少しずつ色々なことを変えていくことが、前へ進むと言うことなのかもしれないと。
 そんな千早の言葉に寂しそうな笑顔を見せながら、かすかに目を震わせる春香。千早の言ったこと、そして伊織の言ったことも春香は理解はしているし、正しいとも思っているのだろう。自分自身もアイドルとして成長する過程で、いろいろなものが変わっていったことを実感してきているのだから、それを否定することは春香にはできることではない。
 しかしそれを完全に認めることもまた春香にはできなかった。そんな春香の胸中を察したのか、千早は静かに言葉を続ける。「変わってほしくないものもある」という彼女の言葉は、単に春香を思いやっての言葉というだけではなく、紛れもない千早本人の偽らざる本音でもあったろう。
 一度は拒絶しても変わらず自分のことを想い、自分のために最後まで考え行動してくれた春香。自分を凍りきった冷たい世界から救い出す最も強い力を生み出したのは春香のそんな姿勢であるということを、誰より千早が一番よく知っているからこそ、春香にも、春香が春香でいられる世界にも変わってほしくないという気持ちがあったのだろう。そんな世界こそが、かつての自分がそうであったように、765プロのすべての人々が同じように幸せになれる世界であるはずだから。
 それを受けて春香も再び満面の笑顔を取り戻し、来年も再来年もまたみんなで集まれればいいとの願いを口にする。それは千早にだけ明かした、恐らくずっと以前から抱いていたであろうささやかな、しかし春香にとっては大切な夢の一つでもあった。

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 亜美真美に呼ばれて給湯室から出てきた春香の視界に入ってきたのは、いつもの765プロの風景。ある者は騒ぎ、ある者はふざけ、ある者は注意し、ある者は笑う。そこにはアイドルの仲間たちに律子、小鳥さんに社長、そしてプロデューサーと、765プロ全員の姿が並んでいる当たり前の光景がある。だが春香にとっては765プロに入ったその日からずっと見続けてきたであろう、大切な光景でもあった。
 その輪の中に入っていく春香の顔は笑顔だ。しかしこの光景は果たしてこれからも「当たり前」であり続けることができるのか、その僅かなもやもやが春香の心から完全に払拭されたわけではない。プロデューサーへの春香のプレゼントがついに渡されなかったことも、それを暗示していると言えるかもしれない。

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 新曲ED「Happy Christmas」に合わせて挿入されるED映像は、本編での描写や会話を反映してか、6話以来の全員集合一枚絵スクロール。クリスマスの夜、様々な人たちの想いと努力により集まることのできた765プロの全メンバーが、彼女らの集まるべき場所である765プロの事務所へ向かっているイラストというのが、今話で描いてきたことを端的に象徴している。
 アイドルたちの着ている衣装もかつてはCD「Christmas for you!」のジャケットイラストにて着用し、後にゲームのDLC衣装として配信され好評を博した「ホーリーナイトドレス」で統一されているのがうまいところだ。さすがに最新作「2」で先月配信されたばかりのクリスマス衣装「ホーリーナイトギフター」の方は、アニメに反映する時間がなかったというところだろう。

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 今話は一言で感想を書くならば「難しい」話となった。春香という少女は千早とは別ベクトルで自分の本心、とりわけネガティブな部分を発露することがほとんどないため、かつての4話における千早の描写と同様、彼女の内心を推し量るのは今話の段階では視聴した個々人の感性や思考に拠る部分が大きくなってしまいがちである。
 だから結局その時々の状況における彼女の心の変遷は、結局見ている側が乏しい情報を元に類推するだけになってしまうので、感想を書く際は「難しい」のである。そう言う意味では今話の立ち位置は、恐らく今後に控えているであろう春香を中心とした最後の物語を迎える上での、蛹の段階とでも呼ぶべきものだと言える。
 とりあえずはつつがなく終了した今話ではあるが、その実はかなり微妙なバランスの上に成り立っており、その均衡はいつ崩れてもおかしくない状態である。
 本文中では春香の感情を「不安」と書いてはみたが、その不安な感情すら何が原因なのか、そもそも本当に不安の感情を抱いているのかも、今話を見る限りでははっきりと示されておらず、そう言う意味では確かに「もやもやしたもの」と言えるだろう。
 先程書いた通りではあるが、今話では意図的に情報、特に春香の心情に関する部分の情報については意図的に曖昧にしている側面があり、それが却って春香自身も自分の気持ちがどういう状態なのかわかっておらず、それに戸惑っている様を視聴者に印象付けている。
 その春香描写の曖昧さと合わせ、今話で特筆すべき点と言えば千早であろうか。前話までの経験を経て千早が大きく成長したことは今更言うまでもないが、今話ではすっかりと言っていいほどに、前話までの春香の立場と完全に入れ替わり、春香をフォローする側に立っている。
 この処置はもちろん千早の成長を如実に表現した演出であるが、それ以外にも千早が春香のフォローに回ることで、逆に春香を今までの立ち位置から切り離し、天海春香という個人を改めて浮き彫りにしているのだ。
 また千早に春香よりも多く会話をさせることで春香に多くを語らせる必要性を与えず、それが結局春香の本音の吐露をも封じる結果に繋がっている。
 見ようによってはこの上ない皮肉とも取れるこの演出、次回の話に何かしらの影響を及ぼすことがあるのか、興味は尽きない。

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 小鳥さんの自虐的なナレーションとは裏腹に、今まで見せたこともないような暗い表情を浮かべる春香。それの意味するところは何であろうか。
posted by 銀河満月 at 00:44| Comment(0) | TrackBack(5) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

アニメ版アイドルマスター21話「まるで花が咲くように」感想

 前回の20話において、辛い過去を背負って生き続けてきた千早の物語も、多くの仲間たちの想いを胸に過去を乗り越え、穏やかな笑顔と歓喜の涙を浮かべる千早の姿を象徴として、ひとまずの決着を見た。
 だが極端なことを言えば、20話で描かれたことは千早個人の私的なトラブルを解決するのみの話であり、アイドルとしての如月千早の扱いについては、まだ宙に浮いた状態のままであることも確かである。
 千早がいかにして「アイドルの如月千早」を取り巻く状況に決着をつけるのか。それが今話の主題であったわけなのだが、実際にはさらにプラスアルファの要素も盛り込まれ、視聴者の予想を越えたであろう濃密な話として完成している。

 週刊誌やスポーツ新聞に掲載される千早のインタビュー。それは公には沈黙を通してきたとされている千早が初めて自らの言葉で語った、自分の過去についてのインタビューだった。
 記事を執筆しインタビュアーも務めた善澤記者に高木社長は感謝の言葉を述べるが、善澤記者は自分の功を否定する。
 今回のインタビューは千早、そしてプロデューサーの側から頼み込まれてのことだった。千早がアイドルとして今まで通りの活動ができるよう、自らこの問題について語ると2人で話し合った末の申し出であったのだ。
 冒頭に書いたとおり千早個人の問題が解決した次は、アイドルとしての千早の問題に対応しなければならないのは道理であるが、個人の問題がクローズアップされた20話では春香を始め事務所の仲間、つまりは友人たちとのやり取りや関係が重視されたのに対し、アイドルという仕事面のことにおいてはプロデューサーとの関係性が改めて打ち出されているのは、「アイドルとプロデューサー」という関係性が根本にあるという点を鑑みれば、まことに的確な人物配置と言えるだろう。
 自分から申し出たこととは言え、一番辛い過去の出来事を話すということは千早にとってはかなり辛いことであったはずだが、それをきちんと話すことができたというのは、言うまでもなく20話でのことを経て過去を乗り越えたからに他ならない。
 このワンシーンのみで千早と仲間たち、アイドルとプロデューサーの二つの関係性によって生み出された良性の部分を描いているのは巧みである。
 だが同時に善澤記者も961プロの仕掛けてきたゴシップ記事にはかなり腹を立てている様子。元々765側陣営のスタンスとしては、961プロとのゴタゴタも基本的にはプロデューサーやアイドルたちに一任し、大人たちはあくまで一歩引いた位置で見守るという体を守ってきてはいたが、事ここに至ってさすがに大人の善澤記者や高木社長も、バックアップ的なやり方であるものの、動かざるを得ないと判断したということだろうか。
 また善澤記者の言っていることは極めて一般的な良識の範囲内の言葉ではあったが、19、20話と連続して低俗なゴシップによる騒動や事件が描かれてきたことを考えると、これを齢を重ねた大人が発言しているという点も含め、どこかほっとさせられる言葉ではあったろう。
 これで765プロ側からの返しの一手を打つことはできた。次にやるべきことはアイドル「如月千早」が健在であることを、広く世間に知らしめることである。
 ここで20話における舞台設定が生きてくる。前話でのライブは定例ライブというごく小規模なイベントであったから、まだ千早復活の認知は世間的にはそれほど成されていない。小規模イベントに集まる観客は元からの根強いファンであったろうことも考えると、千早の復活劇も比較的容易に受け入れてくれただろうが、いつもそううまく行くとは限らないのだ。
 無論それは千早も承知のことだろうが、既に準備は出来ている。「IDOL JAM」に向けてボーカル練習に臨む千早の声は、それを表すかのようにいつもの如く美しい歌声であった。

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 千早の良い方向への変化を指し示すように、今話からOP映像も千早が単独で歌っている部分だけ、若干映像が変更された。千早を今まで彩っていた青い光が、20話で千早の部屋に差しこんできた夕焼けの光と、そして千早のすぐそばにいてくれた春香のイメージカラーと同様の赤い光に変わり、歌っている千早の表情も穏やかな笑みを湛えたものになっているのだ。
 本編のストーリー進行に合わせてOP映像を変更するというのは、アニマスでは初めてのことであり、千早関係の話を第2クール期の重要なポイントとして最初から捉えていたことが改めて窺える。

 さてそんな765側の対応に煮え湯を飲まされる形となったのは、言うまでもなく黒井社長である。彼にとって千早の件はまさしく会心の一手であったはずであるだけに、さすがにいつもの落ち着き払った態度も失せ、社長室で1人激昂する。
 しかしまだ諦めてはいないようで、何かしらの報復手段に出るつもりではあるらしい。「報復」という手段に訴えている時点で、それを最初から否定した765プロ側とはかなりの差があるのだが、いったい何を仕掛けてくるつもりなのだろうか。
 そんな事情とは関係なく「IDOL JAM」の当日がやってきた。ステージの準備も着々と進み、大勢の観客が列を作って待機している盛況ぶりから見るに、かなり大きなイベントらしい。確かに千早の復活の場としては申し分ない舞台と言える。
 そんな中で765プロのアイドルたちも楽屋に集まり、めいめい準備を始める中、プロデューサーと律子は2人、今回のライブの重要性を噛みしめていた。
 先述の通り、千早が復活したことはまだそれほど認知されておらず、しかも定例ライブを根っからのファンが集まるホームイベントとするなら、今回の複数アイドルが集合する合同イベントはアウェーイベントとも言え、特に千早や765プロアイドルのファンではなく、ゴシップ目当ての興味本位の人間も少なからずいることだろう。
 そんな聴衆の中で初めて千早は姿を見せ、歌を披露することになる。そこでもし失敗したら、今後のアイドル活動に影響が出るであろうことは避けられないし、千早本人の受けるダメージも計り知れない。律子の言ったとおり、今回のライブはまさに千早にとって「試練」なのだ。
 会場の観衆が千早をすんなり受け入れてくれるかどうか、不安な気持ちを吐露する律子。それはもちろんプロデューサーも同様だったはずだが、同時に今の千早の歌を聞けば、会場の人たちもきっと受け入れてくれるという自信を、不安感よりもずっと強く抱いていた。心から歌を歌うことを願い、そのためにアイドルの世界に戻ってきた今の千早の歌ならば。
 そんな千早に歌に専念してもらうためにも、いいコンディションを維持したままでステージに送り出せるよう2人でフォローしようと話したその矢先、律子に不意の連絡が入る。
 それはヘアメイク担当からの電話で、765プロを名乗る人物から当日のメイク作業のキャンセルが入ったというものだった。代わりの担当もよこしてもらえず、必然的にメイクは自分たちで行わなければならないということになり、一同の表情も曇る。
 そんなみんなの、とりわけ千早の様子を見やった春香は、とりあえず自分たちでメイクをし、難しいところがあれば互いに手伝って仕上げようと、いつものように努めて明るく提案した。

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 このような春香のフォローは、11話や13話において春香の楽天的な部分として強調された面であるが、今話まで見続けた方であるなら、根底に皆に対する信頼と自分たちへの自信、そして春香の持つ優しさからの発露である小さな気遣いがそこにあるということも十分承知されているだろう。決してただポジティブであるだけの「楽天的」な少女ではないのである。
 そんな春香の提案に最初に同意を示したのが、竜宮小町というユニットの実質的なリーダーとして長く他メンバーを引っ張り、周囲を鼓舞する役目を担ってきている伊織というのも頷ける話だ。
 曇っていたみんなの表情が再び晴れやかに戻ったのを見て、春香は1人プロデューサーに微笑みかけたのは、前話でプロデューサーが春香に個人的な感謝の気持ちを伝えたことから生まれた「秘密の絆」だとするのは少し考えすぎだろうか。
 そんな春香の気遣いが全員の心に浸透していっているということは、貴音が千早のメイクを手伝うことでより綺麗に明るく仕上げることができた事実が端的に示している。
 千早のフォローに回る立場の人物が貴音というのも、4話や19話でのやり取りを念頭に置いて考えてみるとなかなか興味深い。予期せぬ形とは言え秘密が露見し、紆余曲折の末にその秘密を自ら公言するまでに至った千早の成長を、同じく大きな秘密を抱えている貴音はどのように受け止めているのか、その辺を考察してみるのも一興かもしれない。
 皆がメイクに勤しむ中、今回の一件の裏に961プロの存在を感じ取る律子とプロデューサー。十中八九間違いはないのだろうが、プロデューサーはそれでも以前と同様、安易な報復に走るようなことは考えずに、春香たち765プロアイドル全員の力を合わせれば乗り切れると言い切る。
 それは先述の春香の言葉に皆が同調したことだけでなく、今回の一件が露見した際に誰も「961プロ」の言葉を口にしなかったところからも推察できよう。16、19、そして20話とそれぞれ響、貴音、千早に個人攻撃までしてきた961プロのことを、あの時一瞬でも頭をよぎらなかったはずはないのだが、それでも彼女たちは誰一人口にすることなく、自分たちが今真っ先にやるべきことを選択し、それに取り組んだ。それが彼女らのスタンスであり強さそのものなのである。

 しかしその頃、当の黒井社長はライブの音響スタッフに何事か話しかけていた。遠くからそれを見かけた冬馬は、その怪しげな雰囲気からまた社長が何かを企んでいるのかと考えるが、自分たちの出番が迫っていることを北斗や翔太に告げられ、うやむやのうちにその場を立ち去る羽目になってしまう。
 前話において決定的になってしまった冬馬と黒井社長の確執だが、それでもまだ冬馬の方から黒井社長に対してさしたるリアクションを示していなかった。
 作中でその辺の理由については具体的に言及はされていないのだが、冬馬に何かしらの行動を起こさせるだけの何かがまだ足りなかったということであろうか。

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 メイクの問題も一段落し、準備万端のアイドルたち。プロデューサーの呼びかけに応える美希の言葉に代表されるように、皆も自信にあふれた表情を見せる。
 しかしそれも束の間、先程黒井社長と何事かを話していた音響スタッフが現れ、765プロアイドルの楽曲データに不具合が生じたと告げてきた。
 時間の都合上プログラムを組み直すこともできず、このままでは順番を飛ばさなければならないと告げるスタッフに、プロデューサーはあらかじめ用意しておいた予備の楽曲データを渡して復旧を要請、さらにこの場を律子に任せ、自分もその現場へ一緒に向かうことにした。
 果たしてそれは黒井社長の策略であったのだが、それはプロデューサーの態度や表情から見ても、恐らく彼自身も十分察していたことだろう。そしてこの音響スタッフが、16話で響を陥れたアシスタントプロデューサーのように黒井社長の息が直接かかった人物ではないだろうということも。
 961側の策に対抗する意味で楽曲データをあらかじめ所持し、現場に直接出向く動きを見せたのはプロデューサーの成長と言えるが、彼が何より成長したと言えるのは、最後の最後、楽曲がきちんと用意できるかどうかを、音響スタッフの良心に委ねたところであろう。
 スタッフの態度から状況を察し、それでいて現場のスタッフに信頼を託す。プロデューサーとしての限界を示しているとも言えるが、そのギリギリの状況の中で彼はよく動き、同時に人の善性を信頼する姿勢を崩さなかった。強い信頼で結ばれたアイドルをプロデュースし後押しする側のプロデューサー自身が、信頼することを否定してはならないのだ。これこそが何よりの成長と言えるだろう。
 実際の問題としてそれが正しい行為と言い切ることはできないが、少なくともこのアニマスの世界においてはプロデューサーの取った行動こそが完全解なのである。
 そしてそれはただひたすらアイドルたちに、正念場を迎えている千早に歌わせてやりたいという一念のみだった。

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 プロデューサーが苦心する一方で他のアイドルたちは、律子の主導の下、音が戻るまでの繋ぎを考案することにし、一番手の千早をスタンバイさせ、それ以外のメンバーでめいめい案を捻出し始める。
 このような描写の中で各人の個性を見せていくのもいつもの手法であり、音楽がかからないということを失念して真と自分のダンスでつなぐと言い出す響のちょっと粗忽な面や、「生っすか!?サンデー」のライブ版をやってみようと美希が言い出すとすぐに名乗りだしてくる亜美真美などが当てはまるが、今回の描写はそれに留まるだけではない。
 緊急措置とは言え今回のライブにおける自分たちの出番を手作り感覚で構成することになったその構成は、これは3話における降郷村夏祭りイベントに取り組むアイドルたちの姿と重なっているのである。
 そして3話の時は状況に振り回される部分の多かったアイドルたちも、今は自ら様々なアイデアを出してこの事態を乗り切ろうとしている。彼女たちの蓄積された経験、それによって育まれた舞台度胸、そういったものがこのシーンに濃縮されていると言っても過言ではあるまい。
 このような事態における危急度のバロメーター的役割を担っていた雪歩からしてまったく動じる気配がないところが、3話の頃とは比べ物にならないほどの本人的な成長を匂わせて、何とも頼もしい。
 そして同じく3話の頃と大きく変わったアイドルは、言うまでもなく千早だ。一度はテントを出た千早であったが、何か思いつめた表情をして再び戻ってくる。それに気づいた春香は千早と2人きりになり、事情を伺う。
 いつになく言葉を選んでいる千早の素振りから、何かを思案していることを察する春香。千早はしかし自分のその考えは単なる個人的なわがままなのではないかと危惧していた。そんな千早を春香はいつものように優しく諭す。
 千早がそうしたいと思ったのなら、それをきちんと話してほしい、千早の考えもそれに対する自身の気持ちも、きっとみんなに通じるからと。春香の言葉に笑顔を浮かべてうなずく千早。

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 そっと背中を押す程度のフォローではあったが、春香にとっては疑うべくもない自分自身の信念であったろうし、千早にとってもその言葉は何よりの後押しとなったことは間違いないだろう。
 つい先日、何よりもまず春香自身が自分のしたいように行動し、思ったことを素直に千早にぶつけ、それが千早を救う直接のきっかけになったのだから。この2人ならではの意思の疎通というところだろうか。
 そして3話の時は次々起こるトラブルに「何もかもダメ」とあきらめることしかしなかった千早が、今回に至っては自らやりたい意志を固めているのである。それは何より大きな困難を乗り越えた今の彼女ならば、他の困難にぶつかっても自分たちの意志と行動とで乗り越えていける、そう確信しているからこそのものだったのではないか。
 春香と千早が2人きりで言葉を交わすシーンの最初の部分が、2人の足のみ映っているカットだったのも、千早の自分の考えに対する戸惑いと、それでも自分の考えを伝えることを望む自分自身への戸惑いだったようにも見える。2人の表情をあえて最初から映さず、足の動きだけで描出しているからこそ、一通りでない多様な解釈が可能となっているのである。
 テントに戻ってきた千早はみんなに自分の気持ちを自分の言葉で伝える。
 今日のライブ、みんなが千早を万全の状態で歌わせようとしているその心遣いは、千早も十分理解していた。定例ライブの時もみんなのそんな想いが自分を支えてくれたからこそ、どうにか歌うことができたが、いつまでもみんなに甘えているわけにはいかない。だから今はたとえ音がなくとも、予定通り自分が歌うべきなのではないかと。
 理路整然と言うわけではない、少したどたどしささえ匂わせる千早の言葉だが、それはまぎれもなく嘘も偽りもない、千早の心からの言葉だった。
 そんな千早に律子が異議を申し立てるのは、プロデューサーとしても仲間としても当然の流れではあった。先述したとおり、定例ライブとは違ってこの場に来ている観客は千早や765プロアイドルのファンだけではない。そんな様々な人たちの衆目の中で万が一にも失敗したら元の木阿弥になりかねない、今回のステージはそれほど千早にとって大事なものであるからこそ、律子は何よりそれを危惧し、千早を万全の状態で歌わせようと腐心していたのだ。
 観客が「ファンだけではない」の下りあたりで観衆を映すだけでなく、完全に765プロアイドルのファンではない黒井社長まで映しており、「ファン以外」の存在もアピールする演出は確かである。
 しかし千早は続ける。無謀だとは自分で理解しているし、次の機会を待つべきなのかもしれない。しかしその不安よりももっと強い想いが千早の内にはあった。自分は今歌いたい、今日のこの場で、みんなの想いと絆が紡いでくれた「歌声」という翼を背に、1人でも飛び立てることを証明したいのだと。
 自分を信じ支えてくれたみんなの想いに応えたい。それは自分はもう大丈夫であると、公の場でただ1人で歌うこと。千早はそんな強い決意をずっと胸に秘めていたのだ。
 ここまで素直に自分の気持ちを吐露するのは本当に久々のことだったのか、少し手を震わせながら述べた千早の想いを、律子も認めざるを得なかった。みんなも喜んで千早を送り出すことにする。自分の想いを受け止めてくれた仲間たちに、心から感謝の言葉を伝える千早。
 そしてジュピターのステージは終わり、千早は入れ替わりに1人ステージへ向かう。その表情は巧みなアングルで隠され、見る側としてはようとして知ることはできないが、冬馬が目を見張ったほどの表情、如何様なものであったのだろうか。

 照らされるスポットライトの中に歩みを進める千早。来てくれたことに安堵する者もいれば、歌えるのかどうか疑問視する者、明らかに見下しているかのような声色の者、観客の反応も様々だ。
 しかし千早はそんな周囲の喧噪に動じることなく、マイクを構えてゆっくりと目を閉じる。浮かんでくるのはあの定例ライブの時、苦しむ自分を支えてくれた人たちの姿。
 例えステージに1人きりであっても、千早の心はもう孤独に苛まれることはない。多くの仲間と紡いだ絆、そして歌を歌う自分のことをずっと笑顔で見続けていてくれる幸せな姉弟の面影が、いつもそこにあるのだから。
 瞳を開いた千早は穏やかな笑みを湛えつつ、そんな皆への想いを言葉に乗せて歌い始める。それは大切な人を見失った過去に囚われ眠り続けながらも、眠りから自分を解き放ち、明日に向かって歩き出すことを決意する「眠り姫」の歌。

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 会場に千早の美しい歌声だけが響く。もちろん音楽データは復旧しておらず、アカペラで歌っているからということもあるが、それだけが理由でないことは千早の姿を見、その歌に耳を傾けている観客の表情を見れば一目瞭然であった。
 春香たちも千早の歌う姿を舞台袖で嬉しそうに見つめる。それは千早が1人できちんと歌えたからというだけではない、その千早の歌がちゃんと多くの人たちに届いている、千早がそんな歌を今目の前で歌っているからこその嬉しさ、というより感銘でもあったろう。

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 そんな千早の歌、そして千早の歌う姿の前には黒井社長の小賢しい策などまるで意味を成さなかった。件の音楽スタッフも感じ入るものがあったのか、改めてデータの復旧作業を開始、歌がサビに入ったその瞬間という、期せずして場を盛り上げる最高のタイミングで音楽がインサートされることとなった。
 今の千早の想いすべてが込められた、まさに魂の歌というべきその歌は、理屈を超えて多くの人々に感銘と共感を与えたのだ。
 しかし恐らくはこの会場内でただ1人、そんな状況を苦々しく見やっていた黒井社長は、次の手を打つためかその場を離れようとする。だがそんな彼を制したのはジュピターの3人であった。
 千早の歌がリハーサル時と違いアカペラになっていたのを知った時、冬馬は自分の目撃した事実と合わせ、これもまた黒井社長の汚いやり口によるものであると察知したのである。
 黒井社長はしかし、例によって冬馬たちジュピターを「駒」呼ばわりし、彼らの言葉を聞こうとはしない。そんな黒井社長に冬馬はついに自らの想いを口にする。自分たちは利用されるために歌っているのではないと。

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 それは確かに彼の偽らざる本心であったろう。作中では765プロアイドルとの敵対描写がほぼすべてを占めてはいたが、彼らは彼らでアイドルとして目標に向かって歩んでいたに違いないのだし、そのための技量も十分に備えていた。それとても彼らなりの努力の成果によって得たものであろうことを考えれば、黒井社長の言葉はそんな自分たちのしてきたこと、すべてを否定するに等しい言葉であったのだ。
 14話の感想で書いたとおり、ジュピターの面々は決して清廉潔白な良い人物ではなかった。765プロに対する誤解を吹き込まれていたとは言え、それに対する黒井社長の小狡いやり方を、「必要悪」として肯定してきたのは確かである。
 しかし彼ら自身は決して汚い手段でのし上がったわけではないし、自分たちにはそれだけの力があると自負している。だからこそ真やプロデューサーたちを挑発してきた過去もあるわけだが、黒井社長はそんな彼らの「能力」さえも視界には入っていなかった。「アイドルの力を信じて任せる」という、アイドルと育てるものとしての大前提さえも彼の内には存在していなかったのである。そしてそれは、ジュピターにとってはあまりに酷な事実であった。
 その事実を突きつけられた冬馬は思わず黒井社長に掴みかかるが、北斗と翔太の2人が抑える。「社長を殴っても何も変わらない」と、最年少の翔太がやけに達観しているようなことを述べたのは面白いが、もはや2人の気持ちも冬馬と一緒であった。
 こうまでこじれてしまっては、もうついていくことはできない。それは3人にとっての「潮時」であり、黒井社長との決別を意味していた。
 しかしここに至ってもついに黒井社長は自らに非があることを認めることはなく、捨てゼリフと高笑いを残して立ち去っていく。
 そして黒井社長は千早の様子を見にやってきた高木社長と対面する。お互いの事務所に所属する、片方は過去形になってしまっているが、そのアイドルたちが描かれた看板の前で対峙する2人。しかし双方とも言葉を交わすことなく、黒井社長は再び立ち去っていく。
 かつての盟友2人の胸に去来するものは、いったいどのような感情であったのだろうか。

 千早は見事に最後まで歌い上げ、会場は万雷の拍手で包まれる。仲間のため、自分を応援してくれる人たちのため、そして心から歌いたいと願う自分自身のために歌い上げた千早の歌。彼女の復活と帰還を喜ぶ観客の言葉は、そんな千早の想いを多くの観客たちが受け取った何よりの証であろう。
 自分を受け入れ祝福してくれる多くの人たちに感謝をこめて頭を下げる千早。この瞬間、アイドルとしての如月千早もまた完全に復活することができたのだ。
 そんな千早の晴れ姿をプロデューサーや春香たちが嬉しそうに見つめる一方で、ジュピターの3人は複雑な胸中をその表情に浮かばせていた。
 どれだけアイドルとして精力的に活動しても、自分たちの能力を最も高く評価しているはずの黒井社長からついぞ得られなかったものを、千早は自分の力で手に入れることができた。
 無論彼らはそこに千早1人だけではない、彼女を支える多くの人たちの想いがあることなど知る由もないだろうが、ギリギリのところまで追い込まれながらも復活を果たし、多くの人の心をつかんだのは紛れもない千早の力である。
 それをまざまざと見せつけられた時、彼らにおける「961プロのジュピター」は終焉を迎えたのかもしれない。
 舞台袖に戻ってきた千早を暖かく迎える一同。歌っている間もずっと見守ってくれていた仲間たちに千早も感謝の言葉を述べる。
 今日のステージはきっと忘れないと、湧きあがる感動を真っ先に伝えてきたのは美希だった。アニマスでは「美希は千早のことを尊敬し慕っている」という側面はあまりクローズアップされていないが、20話ED映像では「約束」を歌いあげて舞台袖に入った千早に、最初に抱きついて喜んだのが美希との描写がなされており、20話のNO MAKEにおける美希の言葉や今話のこの描写を含め、美希の千早に対する想いもまた十分に描かれていると言えるだろう。
 次の出番に合わせてみんなが準備を始める中、改めて春香に笑顔で「ありがとう」の言葉を贈る千早。誰より自分を信じて支えてくれた人、誰より相手を信じて支えようとした人。2人の想いを伝えあうのにも、ただその一言だけで十分だった。春香への何よりのお礼は、千早がたった今ステージで見せてきたばかりなのだから。
 2人が零れそうになる涙を抑え、互いに笑顔で応えていたのも、なればこそのものであったのだろう。

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 ライブも無事に終了し、撤収のために1人荷物を片づけるプロデューサー。そんな彼の元に姿を見せたのは、ジュピターの3人だった。
 961側の事情を知らないプロデューサーは気色ばむが、冬馬の口から告げられたのはプロデューサーにとっては意外な謝罪の言葉だった。
 実際問題765プロに色々な策を講じてきたのは黒井社長個人であるから、その点に関しては冬馬たちに問題はないのだが、止めたとは言え自分の所属していた事務所の社長がやったことである以上、きちんと自分が謝っておかなければけじめがつかないということらしい。何とも不器用な性格ではある。
 彼の口から961プロを止めたことを聞かされたプロデューサーは、彼らの今後の去就を尋ねるが、アイドル自体をやめるつもりはないようで、自分たちの力を信じてくれる場所で一からやり直すとのこと。
 良くも悪くも直情径行な冬馬をからかうような態度を見せる北斗と翔太だが、そんな中でも3人の顔はどこか今までとは違い緊張の取れた自然な笑顔になっている。この辺は作画面における演出の冴だろう。
 先に記したとおり彼らは清廉潔白な善人ではなかったが、同時に劇中のキャラクターや視聴者のヘイトを一身に浴びるような悪人でなかったのも事実である。そんな彼らの落とし所としてこの去就は妥当なものだったのではないか。
 同時に黒井社長の件や彼らと直接絡んでの遺恨も一切根に持つことなく、水に流すプロデューサーの器量の大きさも描写されていた。音響スタッフへの対応も然りだが、彼の行動理念の根底には「相手を信じる」ということがあるわけで、アニマスにおけるプロデューサーとしては真に正しい態度であったと言えよう。

 すべての予定が終了し、自動車にて一路事務所への帰路に就く一同。この辺は本当に何の変哲もないシーンではあるが、個人的には第2クールに入って以降は竜宮小町のメンバーで固まって行動することの多かった伊織が、この車中ではしっかりやよいの隣の席をキープしているというのが印象深い。

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 その移動中、プロデューサーからジュピターの一件を聞いたのか、社長は「若いということはいいことだ」と誰ともなしに呟く。対立し続けながらも最後には一応の和解を見たジュピターの件で、若かりし頃のことを思い返したようだ。
 社長の若い頃とは14話で既に描かれている通り、黒井社長と共にプロデューサーとして切磋琢磨していた時期でもある。思い返した社長の記憶の中には、黒井社長の存在も浮かんでいたのだろうか。
 と、社長は突然みんなを「いいところ」に連れていくと言い出した。分乗している律子にも連絡を取り、社長はみんなをとある店へと連れていく。
 「いいところ」という言葉を聞いた途端に顔をほころばせるやよいが、年相応の子供らしさを前面に出していて何とも可愛らしい。
 社長が案内した場所とは、とあるピアノバーだった。社長以外は恐らく誰も来たことがないような大人のムードを醸し出している店内だが、そこにいる客たちは伊織曰く政財界の大物ばかりらしい。いつもはコメディリリーフ的なお茶目な存在感を発揮している社長の、人生の先輩としての器の大きさが垣間見える。
 そんな店内のカウンター席に、見知った顔が並んでいるのを認めるプロデューサー。1人は彼もよく知っている善澤記者。そしてもう1人はつい先程まで散々対応に苦慮させられてきた元凶とも言える、黒井社長であった。
 もう乗り切ったこととは言え、歌声を失うほどの強烈なストレスを生む要因を作った黒井社長を前に、千早はやはり心中穏やかではなく、自然と俯き視線をそらしてしまう。
 伊織が「気分が悪い」として黒井社長を追い出そうとしたのも、実際にはそんな千早の胸中を察したからこそであったのは言うまでもないことだが、14話の時と同様にプロデューサーに制止され、さらには当の千早からも気にしていないからと告げられ、仕方無く矛を収める。
 千早への気遣いを表面には出さず、あくまで「自分の気分が悪い」から黒井社長を追い出そうとするのは、いかにも伊織らしい理由づけであるが、千早が黒井社長への負の感情を抑えたのは、そんな伊織の気遣いをきちんと読みとっていたからに相違ない。本来であれば千早が伊織のような激しい感情を見せてもおかしくないのだが、それを千早本人よりも先に伊織が見せてくれたこと、それ自体が千早にとっては嬉しかったのかもしれない。ごく自然に伊織へのお礼の言葉が出てきたのは、そんな感情によるものだったのではないか。
 そんな千早にそれ以上何も返答できず、頬を染めて目線を背けることしかできなかった伊織も何とも可愛らしい。

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 アイドルたちは通常のテーブルに座る中、1人黒井社長の隣の席に座る高木社長。アニマスの中では初めて描かれる2人の社長の会話である。
 黒井社長は少しだけ自虐気味な態度を見せたものの、すぐにいつもの調子に戻り、自分は負けていないと強弁するが、高木社長の方は笑って受け流すだけだ。
 とその時、照明が静かに落ちていく店内。ライブが行われるようで、歌い手と思しき女性が壇上に上がっていく。
 スポットライトに照らしだされた、シックなショートドレスに身を包んだ美女。それは紛れもなく765プロの事務員として日頃みんなを支えている音無小鳥その人であった。
 春香たちが驚きの声を上げる中、小鳥さんはピアノの伴奏に合わせて静かに歌を歌い始める。曲目は「花」。ゲームからのファンであればご存知の通り、本曲はCD「MASTER LIVE ENCORE」に収録された小鳥さん専用楽曲であり、同時に小鳥さんが内心に思い描く彼女なりの信念を表した歌でもある。

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 優しく穏やかに、そして楽しそうに歌う小鳥さんの歌を聴きながら話を進める2人の芸能事務所社長。彼らに酒を注ぐマスターの背後には、控えめに飾られた一枚の写真が控えめに飾られていた
 高木社長に黒井社長、善澤記者にバーのマスターと思しき面子の若き日の姿が並ぶ中、その4人とは趣を異にする小鳥さんによく似た少女。その写真から社長たちの過去を知ることなど、到底出来はしない。しかし仔細はどうあれ、今や対立する関係になってしまった2人の社長も若かりし頃、恐らくは同じ夢を追って邁進していたはずである。誰にとっても一度は必ず訪れるであろう若き日の輝き、この写真は2人共に生きてきたそんな輝かしい時代の残照とも言えるものなのだろう。
 あの頃から誰が変わり、誰が変わらなかったのか。今となってはそれすら曖昧なものかもしれない。しかし変化の有無はどうあれそれぞれの信念や考え方は既に定まっているし、それを柔軟に変えられるほど若くもない。
 だからこそ2人は道を違えたのだろうし、もはや今更変えることもできないことも十分承知しているはずである。現役世代を信じ自由にやらせるスタンスと、徹底的に自分1人ですべてを管理するスタンス、2人の間にはもう互いのやり方をぶつける選択肢しか存在しなかった。
 そしてどちらの理念も根底にあるものが同じだと理解しているからこそ、譲ることができないということも知っている。ただそれを表現する際のベクトルの方向が違っているだけなのだ。高木社長は黒井社長を「不器用な奴」を評したが、それはそのまま自分自身のことをも言い表していたのかもしれない。

 律子の車に乗っていた残りのアイドルたちも到着し、小鳥さんの歌に皆が聞き惚れる中、黒井社長は1人店を辞する。
 楽しそうに歌う小鳥さんの姿を見やりながら、社長は「歌う楽しさや喜びは人それぞれ」と、春香たちに語りかける。
 そこは華やかなライブのステージではないし、小鳥さんも歌を歌うことが本職ではない。しかしこの時、この場所で一番輝いていた人物は紛れもなく小鳥さんであったし、その歌も少なくともアイドルたちやプロデューサーの心に響くものであったことは間違いない。
 765プロに所属する少女たちが目指すアイドル像とは異なる「アイドル」の姿が、確かにそこにはあったのだ。
 バーを出て車に戻る道すがら、春香たちは小鳥さんの歌う姿を回想する。現役のアイドルにも引けを取らない抜群の歌唱力を持っていた小鳥さんだが、彼女のそんなポテンシャルを知った美希が、アイドルになろうとは思わなかったのかと疑問に思うのは当然であったかもしれない。
 しかし当の小鳥さんは、プロデューサーから向けられた同様の疑問をさらりとかわしながら、今日のように時々でも歌えるなら、それで幸せなのだと答える。その表情はバーで歌っていた時と変わらない、楽しそうな笑顔だった。

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 そんな小鳥さんの歌う姿に思うところがあったのか、ふと千早は「アイドルとは何なのだろう」と口にする。それは「歌い手」としての大成のみを願い、「アイドル」としての目標を命題に掲げてこなかった千早にしてみれば、当然の疑問であろう。そういう意味では19話からの事件を経て、アイドルとしての精神面におけるスタートラインに、ようやく立てたと言えるかもしれない。
 千早のそんな疑問に答えたのは、春香ではなく美希であった。美希もまた中途までは自分の目指すアイドル像を確立できておらず、11話から13話までの挿話の中で、自分の目指す理想のアイドル像を確立した経緯がある。
 美希の話したアイドル像は「キラキラ輝いて、すべての人がドキドキする感じ」と、その時と別段変わったものではなかったが、同時に自分の見定めた理念をずっと曲げることなく見続けて、アイドルとしての道を歩んできたということもここから見受けられ、15話で春香の言っていた「ぶれのなさ」がよくわかる構図となっている。
 美希の言葉を聞き、千早も自分なりにアイドルを「人の心に幸せを届けられる人」と定義付け、歌でそれができるようになりたいという望みを口にする。
 どん底にまで堕ちた自分自身の心は仲間たちの真摯な想いに救われた、その体験があるからこそ、今度は自分がそれを出来る人間になりたいと、自分自身の想いを歌を通して多くの人に届けられるようになりたいと願ったのだ。
 そんな自分よりも他人を優先する気持ち、その境地にまで到達できたことそのものが、一連の事件を経て千早が一番大きく成長できた部分なのかもしれなかった。
 そしてその考え方は、千早がすべてを拒絶する中でずっと彼女のことを想い、行動し続けてくれた親友の影響を強く受けているであろうことも、想像に難くない。

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 美希は基本的に自分が輝けば周囲もその影響を受けてみんな輝けると信じ、千早は歌を聴いてくれる人たちを主眼に置いて、その人たちに想いを届けることを願った。
 たった2人であるにもかかわらず、アイドルに対する考え方や理想の仮託の仕方がこれほど異なっているあたり、「アイドル」という存在がいかに多様な解釈を生み出すものであるかがよくわかる好例というものであろう。
 だが765プロアイドルの中で恐らく誰よりも純粋にアイドルに憧れ、アイドルになることを目指してきた春香は、2人それぞれの考え方を聞くだけに留め、自分の理想像を口にすることはなかった。
 17話でも見受けられた春香のこの描写だが、これについての筆者の捉え方や考え方は、当該話数の感想の方に既に記載しているので、今更ここで細かく記述することはしない。春香は自分の持つアイドル像をあまりにも自然に内包しているが故に、言葉で明確に表現するのが不得手というだけで、彼女は彼女の理想を誰より強く定めており、それを実践しつつあるというのが持論である。
 しかし同じく17話感想に書いたとおり、今回のこの描写もまた後々の伏線として生かされる可能性もあるし、そうなったらそれで良いと思う。
 個人的には千早の望みを聞いたあとの春香の笑みは、千早の到達したアイドル観が自分と似通ったものであったことに対する喜びから来ているのではないかと考えてはいるが。

 彼女たちの話したとおり、「アイドル」とは一つの在り方だけに囚われない様々な在りようが提示させる懐の深いものだった。そしてそんな懐深さを今話で最も強く体現していた小鳥さんは、自分が今抱いている夢を話す。765プロアイドルのみんながトップアイドルになるという夢を。
 そのための手伝いをすることができれば、それが一番幸せなのだと話す小鳥さんの顔には、どこまでも幸せで満ち足りているような笑顔が浮かんでいた。
 小鳥さんの夢は、その夢が叶うことで自分自身が具体的に変化する類のものではなかった。しかしそれで小鳥さんは満足することができるのである。その夢が叶った時、他の何よりも強い幸せな気持ちで満たされるだろうから。
 他人の頑張る姿を応援し、他人の幸せは我が事のように喜ぶ。それは20話ですべてのアイドルが見せた優しい姿だが、小鳥さんもまた彼女たちと同じ優しさをずっと以前から持ち続けていたのだ。
 765プロに所属するすべての人が持つ「他人をいたわる優しさ」という気持ち、それをある意味で一番体現している象徴的な存在が、音無小鳥という女性なのかもしれない。
 アイドルたちはこれからも各々の道を、夢に向かって走り続けていくだろう。時に迷い時に疲れることもあるかもしれないが、それでも決して歩みを止めることはないはずだ。彼女らには互いを気遣い支え合う仲間と、彼女らの背中をずっと見続け、優しく後押ししてくれる人たちがいるのだから。
 ラストの連続静止画カットには、そんな意味合いが込められているように思えるのである。

 EDテーマは「花」と同じく小鳥さんの個人楽曲である「空」。CD「MASTER ARTIST FINALE」に収録された、小鳥さん初のソロ曲である。
 挿入歌として使用された「花」は、1つの小さな種が芽吹き、蕾から美しい花を咲かせるまでを見守る歌だったが、この「空」も同様に四季に彩られる世界そのものを見守る歌だ。
 どちらも主軸から一歩引き、誰かを見守るスタンスを貫いている。先述したとおり、このスタンスこそが小鳥さんなりの信念であるということを思えば、実にらしい楽曲と言えるだろう。
 ED映像も事務員としてアイドルたちを支える小鳥さんの一日を丁寧に描写しており、曲と合わせて演出上の意図と方向性は一貫している。
 ラストカットが小鳥さんのピースサインで締めくくられているのも、6話でのプロデューサーとのやり取りを想起させて憎い演出だった。

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 今話は千早の問題と961プロの問題という、第2クールの縦糸として存在していた2つの軸が、それぞれ終着点を迎える話となった。
 千早の物語については決着自体は前話の時点でついていたため、今話はそのアフターフォロー的な役割を担っていた。冒頭に記したとおり、前話で千早個人の復活、そして今話でアイドルとしての千早の帰還を描くことで、彼女がアイドルとして迷いなく新たな道を進めるよう地ならしをしたというところだろうか。
 961プロについては14話の感想で書いたとおり、当初から765プロの障害要因としての描写に終始することが徹底されており、下手に765プロ側と絡ませなかったことが、14話から今話までの展開を引き締め、物語のテーマを作中に色濃く反映できる土壌となった。
 すなわち物語が進むにつれてより強固な信頼関係を築いていく765プロ側に対し、進行していくにつれて徐々に信頼関係を失っていく961プロ側との対比である。
 言葉で書くと簡単ではあるが、実際には非常に繊細なバランス感覚の元に両者の対比が行われていたことがわかる。
 20話の感想に書いたとおり、響や貴音、そして千早が961側の策略によって窮地に追い込まれたのは、きっかけこそ961側であったものの、最大の原因は本人たちに存在していた。それにより物語が向かうべき結末が「961プロを打倒すること」ではなく「自分に今起きている問題を解決すること」となり、そこに961プロはもはや介入することはできない。それにより物語の必要以上の複雑さや陰鬱さと言うべきものを回避し、765プロアイドルの成長譚というアニマスの基本命題に則った物語として昇華することができたのだ。
 そしてそれは961側も同様である。黒井社長の行為が発覚するにつれて次第に険悪になっている黒井社長とジュピターの関係も、961プロの内部でのみ行われていることであり、765プロアイドルはおろかプロデューサーさえも与り知らぬことだった。
 765プロアイドルは961プロの知らないところで問題を解決して成長し、黒井社長とジュピターも765プロ側がまったく関知しない部分で軋轢を深め、ついには関係性を破綻させる。
 両者を対比させながらも、その対比をアニマスの中で成立させるためには両者を必要以上に絡ませるわけにはいかない。矛盾しているとも言えるこの要素を両立させるために、基本設定から描写に至るまで、制作陣がかなり気を遣ったであろうことは容易に想像がつくだけに、今話で迎えた両者のとりあえずの結末は気を衒わないものの、その対比が十二分に描写されたと言えるだろう。
 なぜ765プロと961プロを対比させる必要があったのか。それはひとえに信頼関係や絆の強さといったものを強調するためだった。もちろんそれ自体もアニマスの基本テーマに即したものの1つであるし、原典であるゲーム版にしても、近年特に強調している要素である。
 アニマスを1話から順に見ていけばすぐわかることであるが、このブログではやたらと使用している「信頼」とか「絆」といった言葉、実際に劇中でこれらの言葉が使われた回数は非常に少ない。アニマススタッフは劇中でキャラクターにテーマそのものをセリフとして連呼させるのではなく、毎回25分の挿話を目一杯に使って、ゆっくり確実に表現していく手法を選択したのである。
 彼女らの信頼関係が深まっていく様を1話からの各挿話の中でじっくり描いてきた、というのは前話の感想で既に述べているが、それをさらに強調するための一手が「信頼関係がなかったために破滅してしまう側」だった。その役目を担ったのが961プロというわけだ。
 アニマスという作品は、アイドル同士やアイドルとプロデューサーといった諸々の信頼関係が何より強い力を生み出すのだと、作品それ自体が雄弁に視聴者に訴えている。それは制作陣がアニマスに託したテーマであると同時に、「アイドルマスター」という作品の世界がこうであってほしいという制作陣全員の願望やメッセージのようなものなのかもしれない。

 だがアニメ版アイドルマスターの物語そのものはまだ終わらない。アニマスの中でアイドルたちが紡ぐ最後の物語は今話のBパート、小鳥さんによって打ち出された新たな、そしてある意味最も大きな命題が絡んでくるのだろうか。
 すなわち「アイドルであるとはどういうことか」。765プロのアイドルたちが目指し目標としてきたアイドルとは別の見方や考え方に立脚する形で、「アイドル」としての存在感を見せた小鳥さん。
 有名アイドルとなり、ある程度の夢を実現できている今だからこそ、アイドルとしての個々人の在りようを振り返る時が来ているのかもしれない。
 そんな気になる次回は。

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 少し時期は早いがクリスマスを舞台にした物語とのこと。春香と千早が再びメインになるようだが、どんな展開が待っているのだろうか。
posted by 銀河満月 at 00:39| Comment(0) | TrackBack(7) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月28日

アニメ版アイドルマスター20話「約束」感想

 既に当ブログでも何度か触れていることであるが、アニメ版「アイドルマスター」は1話完結、アンソロジー形式の作劇を基調として作られている作品である。
 だがアニマスは本来の意味でのアンソロジー形式とは微妙に異なる作りでもある。アンソロジーとは各話がそれぞれ完全に独立した話であるため、前後の話とのストーリー的、世界観的繋がりすら存在する必然性を持ち得ないだからだ。
 アニマスの場合は「トップアイドルを目指す少女たちの成長」という要素が、縦糸軸として各挿話を結びつけることにより、作品全体がアンソロジー形式ドラマの体裁を取りながらも、大河ドラマ的な長編要素も付与しているのである。
 これにより骨子となる要素が物語世界の根底に横たわっていながらも、それに縛られない自由度の高い作劇が可能となった。その自由度の高さは15話を筆頭に、今まで視聴し続けてきた方なら既にご承知のことであろう。
 それと同時にそんな自由な作劇の中にも一本の縦糸、すなわちアイドルとして成長し仲間同士の絆を確かなものとしてきた少女たちの姿をも、はっきりと見て取ることができたはずだ。
 1話から様々な体験をする中で、彼女たちは常にまっすぐに、時に思い悩みながらも事に全力で取り組んできた。それらの積み重ねがあったからこそ、彼女らはアイドルとしても人間としても、より強く大きい存在になることができたのである。
 大河ドラマ形式とはそのような各話ごとに積み重ねてきた要素を、ある特定の話の中で一気に集約させる際に、話中のあらゆる側面においてこれ以上ない効果を発揮させることができる、最も有効な形式と言えるだろう。
 これまでの19の挿話において積み重ねてきたもの。それは今回描かれた20番目の物語において一気に炸裂することとなった。
 中心となって描かれたのは、前話のラストにおいて、ずっと秘密にしてきた辛い過去を残酷な手段で強引に暴露されてしまった少女、如月千早である。

 アバンでは追い込まれてしまった千早の現在の状況が、彼女を中心とした画と各人のモノローグとで綴られる。
 件の週刊誌には千早が子供の頃、幼い弟が当時8歳であった彼女の目の前で交通事故にあい亡くなったこと、それ以降両親とも不仲になってしまったこと、その両親も数か月前に離婚したことなどが、多分に悪意の込められた文章表現で記述されていた。
 高木社長だけは千早の両親から弟の存在を聞かされていたようだが、両親が改めて説明するまでもなく、弟の交通事故は千早にはまったく責任のないことである。目の前で起きたこととはいえ、まだ8歳の少女に何をどうすることができただろうか。
 だが週刊誌は千早にこそ非があったかのように書き立てる。弟が死んだことも家庭が崩壊したことまでも、すべてが千早のせいであるかのように。
 執筆者の品性下劣さを感じざるを得ないような、何とも劣悪な文章であり、10年近く前の出来事で見つけたのかどうかも疑わしい「目撃者」の談を掲載している辺りが、また妙にリアルで小憎らしさを増幅している。
 実際に画面中に映された記事内容を読むと、千早のプライベートに関することだけではなく、4話のゲロゲロキッチンにおける千早の積極的とは言えない態度にまで言及して批判しており、単なる千早バッシングのために用意された記事であることが容易に窺えるあたりが何とも情けない。
 しかしこんなあからさまな煽り記事にも世間が反応してしまうのは、我々の世界と同じことのようで、千早の仕事は次々とキャンセルされ、事務所から出てきた千早には大勢の取材陣が一斉に詰め寄ってくる。
 そして当の千早本人は、この記事の内容を否定することなく一切を認めた。弟がいたことも、その弟が自分のせいで命を落としたことも、すべて事実であると。
 弟は自分に駆け寄ろうとしたために事故にあった、自分がその時その場にいなければ弟が事故にあうこともなかったと考える千早は、そんな弟のためにずっと歌を歌ってきたし、歌わなければならないと思い込んできた。
 しかし唯一の拠り所であった歌さえも今は歌うことができない。歌おうとする刹那、在りし日の弟、そして事故にあった瞬間の姿が頭をよぎり、声を出すことができなくなってしまうのだ。
 弟のためと信じて歌ってきた千早の歌が、その弟の記憶により封じられることになってしまうのは、彼女にとってはこれ以上ないほどに辛い仕打ちであったろう。
 そんな千早の痛ましい姿を前に、あの春香ですら声をかけることができずにいた。

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 その一方でしてやったりとばかりに笑い飛ばす黒井社長。だがジュピターの冬馬はそんな黒井社長のやり方にどうしても納得できず、直談判を行う。
 ここに至ってようやく本当に汚い手段を用いていたのが誰であったかに気づいた冬馬ではあったが、そんな彼の反論を黒井社長はすげなく一蹴する。19話でも描かれたように、黒井社長にとってはジュピターの3人さえも、自分の野望を達成するための駒でしかないからだ。そんな黒井社長の悪びれない態度に、北斗や翔太の顔からも笑顔が消えてしまっている点が前話からの相違点であり、さすがに今回のこのやり方が度を越しているものと理解したということだろうか。
 しかしここで同時に認識しなければならないのは、黒井社長の「自滅」という言葉にもあったように、765プロ側は黒井社長の策略のみで追い詰められたわけではないということだ。
 16話での響を陥れる手段も、手段自体は響をまったく別の場所へ連れて行き、撮影に遅らせるという程度のものであり、崖から落ちてしまったのは響自身に原因があったわけで、19話の場合も貴音の秘密主義的な一面が、結果として事態をより面倒なものとしてしまっている。幸いなことにそれぞれペットたちやプロデューサーという味方を得て、両者とも自滅することはなかったわけだけども。
 そして今回、千早において多大な精神的ダメージを与えたのは確かであるが、歌うことができなくなってしまったのは、厳しい言い方をすれば千早自身の問題である(神ならぬ身の黒井社長がそこまで計算づくで立てた計略とはさすがに考えられない)。
 きっかけは961側の悪辣な陰謀によるものであるが、最終的に対象となった人物が追い込まれる理由は、その人物自身に拠っているため、961プロや黒井社長を必要以上にクローズアップすることなく、あくまで765プロアイドルたちが自分たちの問題を自分たちで解決する描写をメインにしてストーリーを進行する構成を、無理なく組み立てることができるのだ。
 これについては14話の時点で既に明示されていた、「961プロを障害要素としてのみ配置し、ゲーム版のような対決要素までは盛り込まない」という基本姿勢が功を奏した形と言える。

 突然出なくなってしまった千早の歌声。しかし医者の見解では喉そのものに異常があるわけではなく、心因性によるものとのことだった。
 最悪の手段で公に引きずり出されてしまった自身の過去、それによりさらに強く意識するようになってしまった弟の死と、それに対する自責の念。それらの強いストレスが原因となって、歌う時に限り声を出すことができなくなってしまったのである。
 夜の公園で亡き弟――優のことを回想する千早。
 2人で縁日へ遊びに行った日、持っていた水風船を壊してしまい泣き出しながらも、姉の歌を聞けばすぐに泣きやみ笑顔になった優。

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 弟は千早の歌が大好きだった。幼い千早にとっても弟はただ1人の観客だった。お互いがお互いを大切に想うごく当たり前の、しかし幸せな姉弟関係。だがあの日の事故がすべてを奪い壊してしまった。
 千早の歌を誰よりも楽しみにし、歌ってほしいといつもせがんでいた亡き弟のために、千早はずっと歌い続けてきた。それが自分が「死なせた」弟のためになると、姉として弟にしてやれるただ一つのことであると信じて。
 しかし今の千早は歌を奏でることができない。自分がすべてをかけてきたものが自分の中から失われてしまった、その事実に直面した千早の心の空虚さは、話を聞いていたプロデューサーや春香にわかるものではなかった。
 アイドルとしても姉としても失格と自分自身を断じた千早の耳には、プロデューサーの励ましの声など届くはずもなく、歌えなくなった以上はアイドルとしての仕事を続けることもできないと、千早は一礼して立ち去ってしまう。
 そんな千早を止めようとしつつも何も言うことができず、ただ千早を見送ることしかできない春香。千早を取り巻く状況、そして彼女自身の抱く絶望に対し、2人はあまりにも無力だった。

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 だがそれはやむなしという面もある。ここで何かしら巧いセリフの一言でも言おうものなら、それこそ嘘っぱちというものだろう。
 そんな中でもアバンからずっと千早の隣に付き添い、医者の診断を受けていた時も診察室の外で待っていた春香の姿が印象的だ。自分から率先して千早に付き添ったのか、それとも千早が一番心を許していた相手としてプロデューサーがそのように計らったのかはわからないが、どちらにしても春香本人が千早を深く案じていたのは間違いないし、だからこそその気持ちとは裏腹に千早に対して何もしてやれない、普通の少女であるが故の春香の弱い一面が浮き彫りになるのである。
 千早は家に閉じこもってしまい、姿を見せなくなってしまった。千早もレギュラー出演していた「生っすか!?サンデー」は、風邪で欠席という形で取り繕ってはみたものの、春香の表情にもどこか陰がさしている。
 その楽屋裏ではプロデューサーが千早に連絡を取るものの、彼女は電話にすら出ようとはしない様子。プロデューサーが自宅を訪ねてもドアを開けることはせず、こんな時こそ支えになってやってほしいと千早の両親に事情を説明しても「何もできません」と断られ、プロデューサーや律子にとっても八方ふさがりの状況に追い込まれていた。
 それでもプロデューサーは千早宅を訪れるたびに、食事はきちんと摂るようにと色々置いていっているようで、プロデューサーとしての精一杯の気遣いがそこから窺える。
 しかしプロデューサーも律子もただ一つ気づけていない部分があった。「親は子供の支えになるべき、なれるべき存在」という当たり前の考えを誤認していたのである。それを後々思い知らされる立場となるのが彼ら2人でないところは、今話の終盤に向けての展開の暗示と言えるだろう。2人は表だって千早のために行動するのではなく、あくまで裏方の面からアイドルを支える立場に徹するということか。
 この状態が続けば、来月開催予定の765プロ定例ライブにも出られないかもしれない。そのことを危惧する律子だったが、無論それはライブの成否云々ではなく、歌手として大成することを望んでいた千早に最もふさわしい舞台であるライブに、千早が参加出来ない、参加させてやれないかもしれないことへの不安から来ていることに相違ない。
 それはプロデューサーとの会話中もプロデューサーの方にまったく視線を向けず、常に千早のことを案じているかのように視線を落とし気味にしていたことからもわかることであろう。
 頼りなげに明滅を繰り返す非常口のライトもまた象徴的である。

 千早の話題は巷でも止むことなく、ついには引退説まで囁かれるようになった。実際に千早としては引退する決意でいるわけだから、完全に捏造というわけでもないのが何とも苦々しい。
 そんな中をある場所へ向かう春香。ある場所とは当然千早の家である。11話で千早に連れられて訪問した時とはまるで違う状況の中、再び訪れた春香の胸中は如何様なものであったろうか。普段の彼女からは思いもつかない厳しい表情を浮かべながらも、意を決した春香はインターフォンを押す。
 若干の間を置いて、インターフォンに出る千早。覇気など欠片も存在しない声ではあったものの、久々に聞いた友達の声にいくらか安堵した春香は、努めて明るく千早をダンスのレッスンに誘ったり、他のみんなから預かってきたお茶や飴といったお土産を渡そうとするが、千早はどれも静かに拒絶してしまう。歌を失った自分は皆の気持ちに応えることはできないからと。
 そんな千早に春香はためらいがちながらも、誰かのためではなく自分が歌が好きだから、自分が歌いたいから歌うという理由ではダメなのかと問いかける。それはそのまま春香がアイドルを目指す、アイドルを続ける理由でもあった。
 歌が大好きだからという原初の理由を見失うことなく、春香はトップアイドルを目指してずっと努力してきた。その成果としてアイドルとして一般にもその名が浸透するようになり、ライブを始めとして歌を披露する機会も増えた。そして同じ夢を持つ多くの仲間と出会い、共に夢に向かって努力する喜びも得たのである。
 今ドアを隔てた向こうにいる千早とも、そもそもは「歌が好き」という想いがあったからこそ出会うことができた友人なのだ。千早が春香にとって大切な友人だからこそ、そんな大事な人と引き合わせてくれた自分の想いを、その想いを抱いたまま歩んでいけばきっと自分の望む夢にまで到達できるであろうことを信じられるのである。
 そしてそれは恐らく千早にもわかっていることであった。4話のラストでの態度からも察せられるとおり、彼女はわかっていて自分が変わることを拒んだのである。ただ自分のためだけに歌うようになってしまったら、「自分のせいで」死なせてしまった弟への、姉として出来るただ一つの行為まで無にしてしまうことになるのだから。
 そんな千早にとって春香という存在は、何よりも眩しく見えていたであろうということは、11話での感想で書いたとおりである。ただ純粋に歌を愛し、歌を歌うことそのものに喜びを感じて歌う春香の姿は、もしかしたら千早自身がそうなれたかもしれない姿、できるならそうなりたかった姿だったのではなかったか。
 弟が命を落とすことがなかったら、自分も姉として歌い手として、純粋に歌が好きなまま歌を続けられたかもしれない。かすかに残っていたそんな思いが、春香に信頼を寄せるようになった理由の一端だったのだろう。
 だが千早はその思いに身を委ねるわけにはいかなかった。弟を死に追いやった原因が自分にあると思い込んでいる限り、彼女は弟のために生き、歌い続けるという枷を自身の手で既にはめ込んでいたのだから。
 そして今はそんな枷さえも、まったく意味を成さないものに成り下がってしまった。他でもない自分のせいで。
 歌という拠り所を失ってしまった今の千早にとって春香のこの言葉は、崩れてしまった自分の現実を千早の中でより鮮明に浮かび上がらせるだけだった。
 春香には無論他意はまったくない。純粋に千早のことを心配し、またみんなで一緒に歌いたいと願い、千早の弟もきっとその方が喜ぶと思っただけだ。しかし拠って立つべき現実を喪失してしまった今の千早には、そんな風に考えられるだけの精神的支柱と呼ぶべきものがまったく存在していなかった。
 そんな千早の無理からぬ心情は、春香の真心をも拒絶してしまう。「お節介は止めて!」と。その言葉に強いショックを受ける春香。

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 千早宅を辞し、春香は1人事務所へと向かう。具体的にその後の2人のやり取りを描かず、既に千早の家を立ち去った後の場面から描写するというやり方は、2人の別れ方に関しての視聴者の想像力を掻き立てるという点でも巧みな構成だ。
 その様子からみんなから預かってきた荷物はきちんと置いてきたことが窺え、強いショックを受けながらも友人を気遣う気持ちは失われていないことが察せられ、その優しさが明示されているからこそ、事務所の前で1人涙ぐむ春香の姿がより痛切なものとなって、見る者の心を打つ。
 それは「お節介」と言われたことよりも、自分の力では大切な友に手を差し伸べることすらできない自分自身へのやるせなさ、不甲斐無さの方が強かったように見える。なぜなら春香はそういう女の子だから。
 そんな春香に見知らぬ壮年の女性が声をかけてくる。女性は自ら千早の母と名乗ってきた。
 慌てて事務所に案内しようとする春香を制し、母親は千早に渡してやってほしいと、春香にあるものを手渡す。それは亡くなった千早の弟が生前使っていたお絵かき帳だった。千早の歌が好きでずっと千早を慕っていた弟の遺したお絵かき帳を見れば、過去の幸せだった頃を思い出し、少しは救われるかもしれない。それは親としてのせめてもの心遣いだった。
 手渡された春香はしかし、自分ではなく母親が直接千早に渡してほしいと頼み込む。それは千早に対して何一つしてやれない今の自分の無力さを痛感しているからこそ発せられた言葉であり、その点ではいつもの春香らしからぬ弱気な発言だったかもしれない。
 だがそれは同時に春香らしい発言でもあった。他のどんな人よりも血を分けた親が説得に当たることが何より本人にとってためになる。それは春香のみならず普通の人であれば誰でもそう思い至る、極めて常識的な考え方だ。アイドルとのしての立場から降りればごくごく普通の少女である春香がそう考えるのは、当然のことであろう。
 だが千早の家族関係は、そんな春香の常識的な考え方の及ばないところにまで落ち込んでしまっていた。自分はもう信頼されていない、昔からずっとそうだったからという母親の言葉を聞いた時、春香は初めてそれを理解する。親子の間柄ですら、想いを通じ合わせることのできない世界。千早はずっとそんな世界を居場所としてきたのだということに。

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 すべての人間にとって最も身近な人間関係でもある親子関係を、千早はとっくの昔に喪失してしまっていた。そんな千早に対し近親者ですらない春香は何ができるのだろうか。
 千早のことを頼んで去っていく母親に言葉もかけず、会釈すら出来なかったのは、春香の自身に対する疑念が渦巻いていたからであろう。その胸中は去りゆく母親がそのまま画面外に消えるのではなく、フェードアウトしていく形で消えていくという演出からも容易に窺い知れよう。
 また既に千早との関係性を消失している母親は、声を担当した平松晶子氏の抑揚を抑えた鬱々とした演技との相乗効果もあって、千早本人にとっては極めて虚ろな存在であるということを如実に示した演出とも言える。

 事務所の社長室でプロデューサーにお絵かき帳を見せる春香。19話の時もそうだったが、重要な話をする際の場所として社長室がすっかり定着してしまっているのは、アットホームな雰囲気が出されていて心地良い。
 元気のない春香を案じるプロデューサーに、春香は思い悩んでいたことを口にする。自分が千早に対してやっていることは、彼女が言うようにただのお節介なのではないか。千早に限らず普段から多くの仲間たちに頑張ろうと声をかけることも、もしかしたら余計なお世話で迷惑なことだったのではないかと。
 春香の信じているものが通用しない世界でずっと生きてきた千早。千早を大切に想っているからこそ、千早のそんな事情も知らずに怒らせてしまい、彼女に何一つしてやれなかったことへの無力感を覚えてしまったのだろう。
 だがそんな春香の弱った心を、前向きなのは彼女の良いところであり、誰かを励ますことに遠慮などする必要はないと、力強く激励するプロデューサー。そして彼はかつて春香から手渡されたあるものの名前を口にする。
 「キャラメル」。6話で竜宮小町に一歩先を行かれ、焦燥感に駆られていたプロデューサーが、春香から手渡された品だ。
 その時の彼は仕事を取るためだけに躍起になり、奔走しながらも空回りを続けた挙句、ダブルブッキングという大失態まで演じてしまった。もしそのまま進んでいってしまっていたら、彼はダメになっていたかもしれない。そんな彼を救ってくれたのは一個のキャラメルだった。
 それは春香のいつもの小さな気遣いにすぎないものであったが、彼にとってはキャラメルに込められた彼女のその気遣いこそが救いとなったのだ。自分1人が頑張るだけでは意味がない、互いが互いを信じて支え合うことこそが、プロデューサーとアイドルにとって何より大事なことなのだということを、春香のくれた小さなキャラメルが教えてくれたのである。
 自分が立ち直りもう一度みんなと一緒に頑張ることができたのは、あの時の春香の小さな気遣いがあったからと、素直に感謝の気持ちを述べるプロデューサー。

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 千早もまた本来的には人の気持ちが理解できる人間だと述べ、千早に自分の想いを届けるために体当たりでぶつかっていけと春香の背中を後押ししたのも、そんな春香の気遣いが千早を救うことができると、春香の想いを千早はきっと受け入れると信じているからに他ならない。
 互いを信じる絆が、それによって結ばれた者たちを強くする。これは作中で一貫して描かれ続けてきたテーマであり、今話においても重要なファクターとなるものでもあるが、今話中で最初に打ち出されたのが「プロデューサーとアイドル」という、アイドルマスターという作品の根幹を成す関係性の2人に対してであり、殊に対象となるアイドル側の人物が、全アイドルのキャラクター面における基礎とされる存在の春香であるというのが、何とも意味深長である。
 プロデューサーの信頼を受けた春香が再び心を奮い立たせ、力強く返事をするシークエンスは、アニマスという作品、引いては「アイドルマスター」という作品が最も大切にしてきた関係性を改めて打ち出したとも言える。プロデューサーという立場の人間が心底から信じてくれるからこそ、彼女たちはどこまでもその羽を広げて歩んでいくことができるのだ。
 またプロデューサーがアイドルとしてではなく、友を案じる1人の少女としての春香を激励するのも、19話における貴音のやり取りと同様、彼がプロデューサーとして正しく成長してきた証と呼ぶべきものであろう。

 仕事先の楽屋で千早の母から渡されたお絵かき帳を眺める春香。そこには幼い千早の弟が拙いながらも一生懸命描いたと思しき、千早の絵が並んでいた。
 どのページの千早も歌を歌っている姿ばかりが描かれており、弟が本当に千早のことを心から慕っていたことが見て取れ、思わず春香も頬をほころばせる。
 しかしお絵かき帳を見ていくうち、春香にもそして横から現れた美希にも不思議に思えることが一つ浮かんできた。
 絵の中の歌っている千早は、どれも楽しそうに笑った表情を作っているのだ。そしてそんな千早の姿は、春香たち2人が一度も見たことのないものでもあった。

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 弟が亡くなる前の、弟と共に楽しそうに笑顔を作って歌う千早と、弟が亡くなってから、弟のためにと歌を歌い続けながらも、そこに笑顔を作ることは一切なかった千早。
 「弟のために歌い続けなければならない」と話した際の千早の悲愴な横顔と、絵の中の幸せそうな笑顔とを思い浮かべた春香は、その胸中にある想いを抱く。
 その一方でプロデューサーと律子は、開催が迫る定例ライブのプランについて相談していた。内容は無論千早のことである。
 プロデューサーは千早を予定通りに定例ライブに参加させる形で進めようとしていたが、それに律子は難色を示す。
 それは千早が復帰するかどうかもわからず、仮に戻ってきたとしても歌を歌えない今の状況で無理に参加させ、もし失敗したら致命的な傷になってしまうという危惧故のものだった。千早を心配するからこそ無理はさせたくないという、律子なりの優しさがそこから垣間見える。
 何より律子自身もつい先日、諸事情からステージに引っ張り出されて苦戦したばかりであるし、その時律子の心を救ってくれたような小さな奇跡が都合よく起きてくれるものではないということも、十分承知しているからという部分もあったろう。
 しかしプロデューサーはそれでも千早を参加させることにこだわる。その根底には千早、そして春香への強い信頼があった。
 春香を信じているからこそ、彼女であれば苦しむ千早を救うことができると、そして千早であればそんな春香の想いを受け入れ、ステージに戻ってきてくれると信じているからこそ、プロデューサーは自分がプロデューサーとして千早のために出来る、プロデューサーという立場の人間にしかできないことをしようとしているのだ。
 プロデューサーは1人の少女としての春香に勇気を与え、千早の心を信じた。ではアイドルとしての千早のために彼ができること。それは彼女がいつでも戻ってこられる場所、アイドルとして彼女が歌を歌うことのできる場所を用意しておくことだったのである。
 春香や千早のことを信頼しているからこそ、彼はプロデューサーとしてやるべきことに集中することができる。これまでの挿話の中で培ってきた強い信頼関係があるからこその立ち回り方と言うべきであろう。彼のプロデューサーとしての成長の度合いがこれ以上ないほどに明示された良い場面であった。
 そんなプロデューサーたちの前に現れた春香は、2人にある提案を持ちかける。

 ライブも間近に迫ったその日、未だ千早の件でマスコミが騒ぎたてる中、千早は1人微動だにすることなく、部屋の中にこもりっきりになっていた。
 いつからかプロデューサーからの着信音さえ鳴らすこともなくなった携帯電話、無機質に鳴り響く蛇口から滴り落ちる水の音。外からの光は差しこんでいるにもかかわらず、まったく生気を感じさせないような薄暗く青白い部屋が、まったく動的な部分を見せることなくただずっと映し出されるだけという演出は、そのまま千早の心の空虚さを体現していると言える。

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 凍りついたように動かなくなってしまった、自ら動かすことのなくなった千早の心。それは今回の一件に端を発したものではなく、もしかしたら弟が亡くなったその日から、ずっとそんな部分を抱え込んできたものかもしれなかった。
 そんな千早の耳に再び、馴れ親しんだであろう人物の声が届く。その声の主である春香が、あるものを携えて再び千早の元を訪れたのだ。
 その表情が巧妙なカメラアングルで隠される中、春香は以前よりもはっきりとした口調で、持参したものを渡したいからドアを開けてほしいと頼むが、千早は以前と同じように力なく、自分のことはもう放っておいてと告げる。
 その言葉を聞いた春香は全身を強張らせながらもさらにはっきりと、力強い声で千早へと呼びかけた。

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「…ほっとかない、ほっとかないよ!だって私、また千早ちゃんとお仕事したいもん!ステージに立って、一緒に歌、歌いたいもん!…お節介だってわかってるよ。でも、それでも!私、千早ちゃんにアイドル続けてほしい!!」

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 まっすぐに正面を見据え、自分の正直な想いを告げる春香。その表情にもはや迷いはない。プロデューサーが自分の想いを信じてくれたから、千早は自分の想いを受け取ってくれると信じているから、彼女はどこまでもまっすぐに自分の気持ちを千早にぶつけることができたのだ。
 千早の心を救えるかどうかなどわからない。そも「救う」などというおこがましいことは、千早の事情を知った今では簡単に言えるはずもない。
 千早に対し今できることは、千早が自分にとって必要な存在、大切な存在であり、これからもずっと一緒に歩んでいきたいという、自分の偽りない気持ちをぶつけること。それが春香が千早と真正面から向き合う上で導き出した「答え」だった。
 そんな春香の強い想いを目の当たりにし、ずっとうつむき続けていた千早もついに顔を上げる。ひどいことを言ってもなお自分を必要としてくれ、自分のことをずっと見続けてくれた春香の心。それは今まで彼女のいた世界、弟の死後は千早に目を向けることもなくなってしまった両親と共にいた冷たい世界には存在しない、暖かいものであった。
 千早の心にそんな暖かいものが僅かではあれ湧きあがったであろうことは、蛇口から垂れ落ちた水滴の音の変化が何より如実に示している。
 ずっと滴り落ちていた水のかすかな音は、そのまま千早の精神面における低調の度合いを示していたと言える。
 彼女の心は内にこもり、まったく外を向かなくなってしまったために、水滴の音にさえ関心を払うことはなかった。聞こえてはいても頭の中で「音」として認識していなかったと言うべきかもしれない。
 しかし春香の想いを受け、千早の心に僅かな活力が戻ったその刹那、滴る水の音ははっきりと千早の耳に飛び込んできた。水音を外界の「音」として認識する。それはずっと内だけの世界にいた千早がようやく外に目を向けた何よりの証だったのである。
 春香は持ってきたものを置いて帰るが、千早はようやく自分から立ち上がり、春香の置いて行ったものを手に取る。
 そこにあったものは件のお絵かき帳と春香からの手紙、そして千早も知らないとある歌の歌詞。
 その歌詞は春香を始めとする765プロのアイドルたちが、千早のために自分たち自身で作り上げたものだった。
 手紙の文面を読み上げるという形での春香のモノローグに合わせて描かれる、アイドルたちの作詞風景。貴音が筆と短冊を用い、まるで短歌や俳句を創作するかの如き態度を取っているのはニヤリとさせられるところだが、それぞれ作詞という慣れない作業に戸惑い苦心しながらも、皆一丸となって作詞に取り組む様が描写される。

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 映しだされるのはアイドルたちだけではない。ライブ用に衣装を新調した際、千早の分もきちんと用意したのは律子や小鳥さん、そして社長。衣装そのものはピンクダイアモンド765と同様のラグジュアリー衣装であるが、その色は「青」。言うまでもなく千早のイメージカラーである。
 またプロデューサーは作詞作業を進めるアイドルたちにドーナツを差し入れる。これもキャラメルと同様6話において、仲間同士の団結を象徴するガジェットとして重要な役割を果たしたアイテムだ。6話では心を新たに改めて目の前のことに取り組もうとしていたプロデューサーに春香が贈ったものであったが、今話では同じアイテムを、同様の立場にある春香たちのためにプロデューサーが贈ったというのが感慨深い。
 アイドルたちだけではない、765プロに所属する全ての人たちの千早への想いが、その歌詞の中に込められていたのである。
 作詞ノートに綴られたそれぞれの想い。「想い出を力に変える」「夢を叶えるために」「痛みを力に」「みんなと一緒に」「みんなの思いが私を励ましてくれる」…。
 そこにあるのはおためごかしの美辞麗句ではない。1話の時点よりずっと前から、同じ夢を追って共に努力してきた仲間の苦しむ姿に心を痛め、それでもなお力になりたいと、これからも共に歩んでいきたいと願う、その気持ちだけだ。
 今話の「NO MAKE」においても描かれた各人の千早への想い。それをストレートに形にしているだけなのである。
 しかし彼女たちにとってはそれで十分だった。どんな困難があっても強い信頼で結ばれた仲間と一緒ならそれを乗り越えることができるし、実際に何度も乗り越えてきた。そしてその信頼が生み出す力の強さを千早自身もまた十分に理解しているということを、みんな信じているのだから。
 そんな彼女たちの想いが集約された最も大切な、そして最終的に歌のタイトルともなった言葉は、
 ――――「約束」。

 春香の手紙はさらに続ける。「怒られるかもしれないけど」と前置きした上で、春香はお絵かき帳を見た際に浮かんだ率直な気持ちを伝えた。千早の弟はただ歌っているだけの千早でなく、笑顔で歌っている千早が、千早の笑顔が何より好きだったのではないかと。

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 もちろんそれもまた春香の勝手な思い込みかもしれない。だから春香がそのことを断言しなかったのは当然のことだ。本当の答えは弟の優が描いたお絵かき帳の中にしか存在せず、誰よりもはっきりとその答えを知ることができるであろう人物は、描いた本人である優のただ1人の姉に他ならないのだから。
 みんなの想い、優の想い。様々な人たちの想いが千早の心に深く染み渡った時、彼女は想いの証を大切に、そしてしっかりと抱きしめる。
 そんな千早の部屋の窓から少しばかり差しこむ夕暮れの光。千早のイメージカラーの「青」に染まる薄暗い部屋を、春香のイメージカラーである「赤」の光が優しく癒す。それは凍りついていた千早の心が再び動き出したことの、何よりの証でもあった。

 いよいよライブ当日、リハーサルを入念に行うアイドルの面々だが、そこに千早の姿はない。春香も不安の色は隠せないが、そんな彼女の視線の先にあるセットリストには、「約束」の文字が記載されていた。
 プロデューサーもまた先述の言葉通り、千早の戻るべき場所をちゃんと守っていたのである。千早のイメージカラーである青色のペンで強調していたのも、今回のライブで最も重要な曲がなんであるか、誰のためのものであるかを、全員がわかっていたからに他ならないだろう。
 そしてとうとうライブ開始直前にまで時計の針は進むが、未だ千早は姿を現さない。不安がる一同を前に、春香はいつものように全員で円陣を組もうと切りだした。
 13話に14話と要所で描かれてきた765プロアイドルの円陣。それは迷いや不安、恐れといった気持ちを乗り越える強さを互いに与え、12人の想いを一つにまとめ上げる大切な儀式。
 そう、この円陣に「参加」する者は常に12人なのだ。13話で到着が間に合わない竜宮小町の想いも背負ってステージに臨む時、その際の円陣は確かに12人全員の想いをまとめあげていた。そして今回もまた、未だその場に12人目の仲間はいない。しかし春香は彼女が来てくれるとどこまでも信じている。だからこそその想いを改めて仲間たちと共有するために、敢えてここで円陣を組むことを切り出したのだろう。
 そんな春香の想いが届いたのか、手を組んで掛け声をかけようとしたその刹那、真の耳に遠くから響く足音が飛び込んできた。この円陣に参加するべき最後の仲間の足音が。

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 ついに間に合った千早。喜び駆け寄る仲間たちやプロデューサーを前に、それでも拭いきれない不安を口にする千早だったが、そんな彼女の視界に入ってきたのは、ただ1人駆け寄ることもなくその場で微笑みを湛えた春香の姿だった。
 千早がやってきたことを恐らくは誰よりも喜びながら、その場から動かなかった春香。感極まって体を動かすことができなかったというのもあるだろうが、それだけというわけではない。
 春香は自分の想いを素直にぶつけ、千早はそんな春香の想いをまた素直に受け止めて、この場へとやってきてくれた。その時点でこの時この瞬間、春香が千早に向ける想いに言葉は要らなかったのだ。
 春香のやるべきことはただ一つ、千早へ手を差し伸べること。自分たちを信じて再び前を向いてくれた大切な仲間を、仲間として迎え入れることだった。
 そして他のみんなもまた春香と同じ気持ちであったことは、涙を抑え逡巡する千早にあずささんが手を差し出すよう優しく促しているところからも、容易に理解できるだろう。女性的な優しさや包容力を最も強く体現しているあずささんに促す役割を与えたことで、全員の気持ちが同じであることを、言葉を費やすことなく表現しているのである。

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 千早も参加し、全員揃った円陣で改めて号令をかけ、気合を入れる一同。それは12人の想いが一つに繋がった瞬間でもあった。

 ライブは開始し、竜宮小町の3人が歌を披露する中、舞台裏で静かに言葉を交わす春香と千早。
 春香がそうしたように千早もまた今現在の自分が抱く素直な気持ちを訥々と述べるが、春香に対してひどいことを言ったと謝ろうとする千早を、春香本人が慌てて制するあたりは、その時の千早の心情を理解できているからこその春香の善性の発露という意味で、非常に春香らしい対応であろう。
 みんなが作ってくれた歌の歌詞を見て「歌いたい」と思ったこと、笑えるようになるのか歌えるのかどうかわからないけれど、それでもやってみたいと思った千早の気持ちを、言葉少なに受け止める春香。
 「歌を歌いたい」という単純でいてまっすぐな気持ち。それはAパートで春香が千早を説得しようとついて出た言葉そのものだった。千早は歌詞に込められたみんなの気持ちを受け止めたからこそ、そんな風に思えるようになったのである。
 そんな気持ちにまだ迷いながらも、その戸惑いも含めて千早は春香にすべて話してくれた。それは仕方のないこととは言え、弟のことや歌に対する思い入れの理由を黙して語ることのなかった千早が初めて打ち明けた、自らの心の弱さだった。
 千早が自分にその心情を打ち明けてくれたことがどれほど嬉しかったか、その気持ちは春香の表情や言葉にはっきりと示されている。
 千早の吐露する心情を少し目線を逸らしながら聴き、千早からの「ありがとう」の言葉にも言葉少なに首を振る。それはほんの少しでも気を緩めたら、涙が零れてしまいそうになるが故の行動ではなかったか。涙が零れそうになるほど千早の一言一言が嬉しかったからこそ、これから最も大きな困難にぶつかっていかなければならない今の千早には、自分の涙を見せてはいけない、抑えなければならないという優しさからのものだったのではないか。
 春香の表情や目の動き、瞳の輝きからは、そんな胸中をも見て取れるのである。

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 そして千早の出番が巡ってきた。千早を促すプロデューサーももはや多言を費やすことはない。彼は千早の戻るべき場所を守り、千早はその場所に戻ってきた。それだけで2人の想いもまた十分に通じ合っているのだから。
 ステージから退場する伊織に後を託され、千早はゆっくりと足を進める。13話でのライブにおいて輝く美希の姿を見届けてからステージに向かった千早は、今は逆に多くの仲間から見守られる立場となってステージに立った。
 事前の発表もなく突然ステージに姿を見せた千早に、集まっていた観客たちも俄かにどよめき立つ。
 春香たちが舞台袖から固唾を飲んで見守る中、曲のイントロが流れ始め、意を決した千早もゆっくりと口を開く。
 しかしその刹那、千早の脳裏に浮かんできたのはまたしてもあの時の辛い記憶だった。歌いたいと願う千早の気持ちを押し込めるように蘇ってきたその記憶は、またも千早から歌声を奪ってしまう。

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 やはり千早の体は完全に元には戻っていなかったのか。異常を察した律子が曲を止めるよう指示を出すが、その横をマイクを握った春香がさっと走りぬける。彼女はそのまま迷うことなくステージへと飛び出した。
 春香を止めようとする律子を制したプロデューサーは、そのまま曲を流し続けるようスタッフに頼む。それはライブという舞台で失敗したら余計に大きな心の傷を背負うかもしれない不安と、歌いたいという千早の素直な想いを無下にしたくないという優しさ、そして何より千早を信じたいという強い想いが、ギリギリの中でせめぎ合った末の決断であったことは間違いない。その上で彼は千早と、彼女を案じて真っ先に飛び出した春香を信じることにしたのだ。
 どうしても歌うことができずにうなだれてしまう千早。自分にはやはり歌うことはできないのかと絶望し諦めかけた千早の耳に、本来なら聞こえてくるはずのない春香の歌声が響いてくる。

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 ステージに飛び出した春香はそのまま千早の横に立ち、千早の代わりに歌を歌い始めたのだ。驚く千早に笑顔を向けながらも、春香の顔に汗が浮かんでいるのは、決して急いで走ってきたからだけというものではないだろう。
 元々は千早のソロ曲として用意されていたこの歌、歌詞こそ自分たちで作詞したものの、もしかしたらボーカル練習自体はさほど行っていなかったかもしれず、そんな中で千早の代わりにいきなり歌うことは不安以外の何物でもないはず。何より予定を大きく覆す形でステージに飛び出してしまったこと自体、ややもすればその後のステージ進行に大きな影響を及ぼしかねないし、自分が失敗でもすれば結果的に千早自身をも苦しめることになってしまう危険もあったのだ。
 しかしそれでも春香は飛び出した。ただ千早の力になるために全てのしがらみを向こうに回し、飛び出していったのである。
 そしてその想いは春香だけのものではなかった。千早の境遇を我が事のように悲しみ涙したやよいや雪歩に亜美と真美、千早のために何かをしたいとずっと考えてきた伊織に真に響、そして千早のための歌作りに情熱を燃やしたあずささんや貴音に美希。すべてのアイドルたちがステージに上がり、同じ歌を歌い始めたのだ。

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 こんな状況にあってなお仲間たちは自分を支えようと、力になろうとしてくれる。そこに打算などは存在しない。ただ同じ時を過ごしてきた仲間を大切に想っているだけ。言葉にすればただそれだけのことであるが、その想いはしっかりと千早に届き、今また絶望の中に陥りかけた千早を救ってくれた強い絆を生み出す力となっていたのである。
 千早のために作った歌を、今度は千早のために歌う。それは千早に笑顔になってほしい、みんなで一緒に痛みを越えていきたいという、歌詞の中にも込められたそれぞれの想いが形となったものだった。
 そんな彼女らの歌声の中、千早の眼前にあるビジョンが広がる。そこにあるのは在りし日の優の姿、歌う千早をいつも笑顔で見ていてくれた弟の姿だった。
 いや、在りし日の姿ではない。優は昔も今も千早の中で、ずっと笑顔で見続けてくれていた。正確に言うなら事故という「瞬間」の記憶に縛られ続けた千早は、自分の中にある優との楽しかった思い出さえもすべてその記憶に繋げ、心の重しとしてしまっていたのだ。
 仲間たちの想いと支えを受けた千早は自分の素直な気持ちと向き合うことで、初めて弟との思い出を事故の記憶と切り離し、素直に振りかえることができた。だからこそ千早には単なる思い出の投影像ではない、今の千早に願う優のビジョンが見えたのである。千早のことが大好きで、千早も大好きだった弟なら、今の自分に対してもきっと言ってくれるであろう、望むであろうことが、千早には誰よりわかっているのだから。
 そしてそんな千早の気持ちを後押しするように脇から姿を見せる幼い千早の幻。それはただ純粋に歌が好きで歌っていた頃の、事故以来いつしか心の奥底に封じ込めてしまった千早の想いそのものだったのかもしれなかった。
 そんなかつての想いに誘われるように、千早は幼い自分の手を取り、前を見据えて再び口を開く。
 仲間たちからの信頼、弟の望み、そして何よりそんなみんなの気持ちに応えたいと願う自分の気持ち。すべてとまっすぐに向き合い受け入れた千早は、力強く高らかに想いをこめて歌い始める。多くの人たちと交わした「約束」の歌を。

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 蘇った千早の歌声に思わず声を上げて喜ぶプロデューサーに、感極まって涙を流す律子、コーラスに徹して千早の歌唱を盛り上げるアイドルたち。そしてそんな千早の姿を、寄り添いながら嬉しそうに見つめる2人の幼い姉弟…。
 歌い終えた後、会場にいたすべての人たちが千早を祝福する中、笑顔で手を振る幼い千早と優の姿を目に留めた彼女は、笑顔を作りながらいっぱいの涙を流す。
 それは長い苦悩の果て、様々な人と紡いだ心の絆によって絶望の呪縛から解き放たれた、歌が大好きな1人の少女の歓喜の涙であった。

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 本編の流れを継承する形で導入されたEDのテーマ曲は、千早たちが披露したものと同じ「約束」。その歌に乗ってライブ後の各人の様子がゆったりと描かれているのだが、ほぼすべての映像に姿を見せているのは、幼い千早と優の幻だ。
 舞台裏に下がり、感極まって千早と抱き合う美希、千早の復活を喜ぶ面々、その知らせを受けて喜ぶ小鳥さんたち事務所待機組。それぞれの様子を陰からチラチラと見やる2人の表情は、これ以上ないほどに微笑んでいる。
 まるで千早の歌が多くの人を幸せに、笑顔にしたことを確認していくかのように。
 そしてラスト、幼い子供のように手をつないで事務所への帰路を急ぐ千早たち。春香ややよいが半ば強引に実施したのか、アイドルたちの仲の良さがよくわかる場面ではあるものの、千早が少し気恥ずかしそうに弱く手をつないでいるところが微笑ましい。
 そんな彼女はとある交差点の横断歩道で、前からやってきた2人の姉弟とすれ違う。他の誰にも見えていないであろうその姉弟は、しっかりと手をつないで横断歩道を渡りきり、千早と反対の方向へと消えていった。
 あの日、弟の手を握ることの叶わなかった千早。しかし目の前の姉弟は手をつないだまま走り去って行った。どこまでも楽しそうに、幸せそうに。

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 そんな2人の表情を見つめる千早の顔は笑顔であるが、同時に一抹の寂しさが浮かんでいるようにも見える。呪縛を振り切った千早は、もう幼い頃の思い出だけを拠り所に生きていくことはできない。今までそんな世界でずっと生きてきたからこそ感じた寂しさだったのだろうか。
 しかし今の彼女にあるものはもう過去の思い出だけではない。信頼という強い絆で結ばれ、「トップアイドルになる」という同じ目標を持って共に歩める、そしてどんな時でも彼女のことを想ってくれる大切な仲間たちがすぐ近くにいるのだ。
 千早はもう過去の思い出にすがらない。思い出もまた自分を支えてくれる大切なものの一つとして、いつまでも心の中に生き続けるものとなったのだ。
 幼い2人はそんな千早の変化を見届けて去り、千早はそんな2人に自分はもう大丈夫であることを伝えたのかもしれない。そんな風に感じられるクロージングであった。

 今話に関しては今更「今話のテーマ」的なものをここで説明する必要はないだろう。その上で敢えて言うならば、今話は1話から19話までのすべての挿話があって初めて成立する話でもあった。
 無論これまでの話の中で、千早と他のアイドルたち全員の信頼関係や絆といったものを、殊更に強調してい描いてきたわけではない。しかしアニマスという作品に限って言えばそれが正解なのだ。
 信頼関係というものは、それこそゲームのように大きなイベントが起きて初めて深まるわけではないし、明け透けな言い方をするなら、いわゆる「フラグ」を立てれば簡単に成立するような代物でもない。
 アニメ版アイドルマスターという作品は、19の挿話の中で少女たちのアイドルとしての日常を丹念に描いてきた。彼女たちにとっては何気ない日常風景を積み重ねていく、その積み重ねの中に信頼関係が築かれ、育まれていく様を活写してきたのである。
 信頼とは特別なイベントやフラグによってではなく、共に過ごした日々の中で静かに、そして確かに育まれるもの。作品はその理念をさり気無いながらもしたたかに主張する。その理念が最大限に炸裂したのがこの20話であったと言えるだろう。
 千早と直接かかわる存在を春香に設定したことは、そんな作品の理念を体現するものとして、まさしく正しい判断であったと言える。
 今更言うまでもないことだが、春香は「アイドルであることを除けば普通の女の子」という性格の少女である。11話で千早の家を訪れた時も、気の利いたセリフ一つ言うことはできなかったし、今話にしても「親なら子供の心を開くことができる」という一般的な常識を持って千早の母親に接してもいた。
 特別な能力など持たず、器用に立ち回れるような要領の良さなど持ち合わせているはずもない、本当に普通の女の子。それが天海春香という少女なのだ。
 だがそんな彼女だからこそ、千早の心を救う最も大きな存在となることができた。絆で結ばれた千早という友人を想い案じ、彼女のために何かをしたいとあきらめずに奮闘し続ける。何のことはない、春香は千早を大切に想っている、それだけのことである。ただそれだけのことをどこまでも想い続けること、それが何より強い力と絆を生み出す源となった。
 春香は特別な力などない普通の少女だからこそ、普通の少女、ひいては普通の人間がごく当たり前に持っているはずの善性、すなわち「仲間を大切に想う」気持ちを誰よりも強く発揮した。それは春香でなければできないことだったのである。
 そしてそんな春香を触媒として他のアイドルたちの善性も引き出され、「千早のために」というただ一つの目的のために集約され、最大限の力を発揮し、千早の凍てついた心を溶かす。それが今話のすべてだったのだ。
 「人の幸せを喜び、人の不幸を悲しむことが、人間にとって最も大切なこと」とは、とある偉大な漫画家が自作の中で述べた理念であるが、彼女たちはその「最も大切なこと」を皮膚感覚で理解していた。
 ごく自然に仲間を想い、人を思いやる事の出来る少女たちがアイドルとして、多くの人たちに幸せを与える世界。制作陣の創造したアニメ版アイドルマスターの世界とは、どこまでも人間らしい優しさに満ちた暖かい世界であったと言えるだろう。

 と、ここまで感想を書いておいていささか反則気味ではあるが、少々言い訳めいたことを書いてみると、上記の感想だけで20話の魅力が伝えきれたと言い切ることはできない。それだけ今話はワンカット、ワンシーンごとの情報量が非常に多く、一度にそれらすべてをフォローした上で感想を書くことは、情けない話ながら僕の筆力では到底及ばないことだった。
 (かと言って今までの話はすべて一度の感想の中で魅力のすべてを伝えられたのかと聞かれたら、ノーと答えざるを得ないのだが。)
 当ブログで扱いきれていない分は他の感想ブログを見ていただければ良いのだが、ここまで感想を書いた身としては、やはり直接映像作品を視聴されることをお薦めしたい。
 今話のみではなく、出来れば1話から順番に見てもらえれば、今話の素晴らしさをきっと理解して頂けると思う。

 さて次回。

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 再び一つとなった765プロアイドルの絆。そんな彼女たちを待ち受ける次の問題とは何であろうか。
 …ちなみに余談ではあるが、今回の予告編は高木社長役の大塚芳忠氏とプロデューサー役の赤羽根健治氏がコミカルなやり取りでナレーションを行っているが、本編のシリアスな空気に圧倒された後に用意されたこの予告編は、良い意味で視聴者を脱力させ、張りつめた緊張を解きほぐす効果があった。
 制作陣にそこまでの狙いがあったかどうかは不明だが、本当のところはどうだったのだろうか。
posted by 銀河満月 at 01:33| Comment(0) | TrackBack(17) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月20日

アニメ版アイドルマスター19話「雲間に隠れる月の如く」感想

 765プロに所属しているアイドルのほとんどは、大体が開けっぴろげな性格である。アイドルを目指す理由のような単純なものから、自分の持つコンプレックスと言った負の面に至るまで、積極的に隠すことはあまりしない。
 それはやはり長いこと同じ事務所に所属して切磋琢磨してきた者同士が築いた、確かな信頼感に由来している部分も大きいであろうことは、今までの挿話を見ていれば容易に想像のつくことである。
 同時に「性善説」と言った観念論を持ち出すほど大仰なものではないが、一見バラバラな彼女たちの個性的な性格の大元には、皆総じて強い善性が根付いており、だからこその態度であると見ることもできよう。
 しかしそんな765プロアイドルの中にも、自分の中に抱えた大きな秘密を、誰にも漏らすことなく隠し続けている者が2人いる。
 その1人は言うまでもなく如月千早。そしてもう1人が、今回の19話で焦点の当てられたアイドル・四条貴音である。
 1話からの流れを改めて振り返ってみると、アイドルではない一少女としての側面が、貴音以外のアイドルに関しては皆何かしらの形で描かれてきたのだが、しかし貴音についてはそのような側面が描かれたことは一切ない。1話で彼女自身が述べたとおり、「トップシークレット」との言の下に彼女のプライベートはまったく描写されてこなかったのだ。
 仲間たちと強い信頼や絆で結ばれながらも、ある部分で明確に一線を引き、その部分に関してのみ仲間たちとも距離を取る。そんな微妙なバランスを常に取り続けているのが、四条貴音という少女なのである。
 そんな彼女が中心となって描かれる物語。わずかでも彼女の知られざる一面に触れることができる話となっていたのであろうか。

 穏やかな朝の陽ざしの中、目を覚まし横たわっていったベッドから体を起こし、伸びをする貴音。…とそこにかかるスタッフの「OK」の声。
 残念ながら貴音のプライベートというわけではなく、撮影風景の一環であったようだ。
 1話のモキュメンタリーもそうだが、アニマスの製作陣はこの種のブラフをよくかけてくる。尤もまず視聴者の興味を掴むことが必定という点では、アバンの冒頭にこのようなシーンを挿入することは正しい演出法とも言えるのだが。
 と言ってもまったくのブラフというわけでもない。労いの声をかけるプロデューサーに、貴音は自分の演技について確認を取る。それは演技の良し悪しではなく、「パジャマを着た女性が迎える朝」を自分なりに考えて演技したからであり、その演技そのものがシチュエーションに正しく符合していたのかという不安からのものだった。
 その貴音の言葉から、恐らくパジャマを着てベッドで寝るという生活はしていないであろうことが予想されるわけで、あくまで想像ではあるものの貴音のプライベートの一端に触れられる機会は用意されていたのである。
 プロデューサーもそんな想像を働かせたのか、普段はパジャマを着ないのかと質問するが、貴音は例によってそんなプライベートに対する質問をさらりとかわす。
 何ともつれない態度ではあるが、対するプロデューサーは殊更それを追及することなく、話を切り替えてパジャマ姿の貴音の容姿を素直に褒める。この絶妙な切り返しは彼の成長、と言うよりは努力の賜物と言ったところか。
 4話の時点ではプロデューサーでありながらプロデュースしているアイドルたちのことを把握しておらず、12話ではプロデューサーとして接するあまり、目の前にいる少女が「少女」であることを忘れてしまっていた彼も、今や各人の個性に合わせて接し方を変えられるまでになったというわけだ。そこにプロデューサーとして陰ながらの努力があったであろうことは、容易に想像できる。
 話題の転換は貴音がプライベートを詮索されることを快く思っていないことを知っていればこそであるし、仕事内容ではなく貴音自身の容姿を褒めるあたりは、アイドルと年頃の少女、どちらの貴音とも同質の存在として向き合っていることの証だろう。
 貴音がその容姿を褒められた時に、いつものような超然とした態度を示さず、頬を染めつつ少し微笑んだのは、そんな彼の向き合い方に戸惑いや気恥ずかしさ、そして嬉しさといった歳相応の少女らしさが引き出されたからではないだろうか。
 同時にプロデューサーの貴音という女性への接し方は、後半へのちょっとした伏線にもなっていることに留意されたい。

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 しかし世の中はプロデューサーのような気遣いをしてくれる者ばかりではない。謎とされる貴音の過去やプライベートを、765プロ側の単なる宣伝上の戦略と断じて一瞥するのは、言うまでもなく961プロの黒井社長だ。
 黒井社長に限らず765プロの外にいる人間の側からすれば、貴音の謎も単なる宣伝戦略の一環としか受け取られないところもあるだろう。そういう意味では珍しくリアルな解釈のされ方とも言えるが、ゲーム版からのファンであれば、ここで「アイドルマスターSP」のことを思い返したのではないだろうか。
 「SP」中では黒井社長本人が貴音の謎めいた部分を積極的に戦略に組み込んで売っていたわけで、同じやり口をアニメでは、つまり他人が行っている場合であれば蛇蝎のごとく拒絶するというのは、極めて滑稽極まりない図であり、他人の思考や行動に対してどこまでも自分の価値観でしか推し量ることができないという点も含め、黒井社長の小物ぶりを強調する演出であろう。
 今までの様々な策略をはねのけてきた765プロに業を煮やしていた黒井社長は、765プロを一気に追い詰めるべく、子飼いのパパラッチである渋澤記者を呼び付け、貴音の身辺を探らせようと企む。
 ゲーム版「1」での善永記者に相当する765プロ陣営に協力的なマスコミ人として、アニマスでは善澤記者が設定されていたわけだが、今度はゲーム版における悪徳記者的立場のマスコミ人が登場したわけである。

 そんな策略が進行していることなど露知らず、貴音は今日もイベントを無事に成功させ、楽屋でインタビューに答えていた。
 話題が食べ物のことに移るやいなや、仕事であることを忘れたかのように食べ物の話に夢中になる姿は、いかにも健啖家の貴音らしいが、プライベートを明かすことを拒む傾向があるにもかかわらず、食に対する好みに関して自ら進んで話してしまうあたりは、年齢相応というよりも若干の子供っぽさや美希とはまた違ったベクトルのマイペースさを感じさせて、貴音という人物像に少しばかり深みを加えているように見える。

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 楽しそうに話をしている貴音を見やりながら、改めて自分たちは貴音のことをよく知らないと述懐する春香、やよい、雪歩の3人。
 ここで注意しなければならないのは、彼女たちが知らないのはあくまで貴音の私的な部分のみであって、貴音の人となりは十分に知っているという点である。そうでなければ同じ事務所の仲間としての信頼関係や絆といったものを築けるものではないし、貴音と彼女らが強い絆で結ばれているということは、今更言を費やして語る必要もないほどに明確なことだ。
 765プロのアイドルは別に互いの過去やプライベートを把握したから仲良くなったわけではない。それぞれ今現在、目の前にいる仲間たちと全力で向き合い接し、共に努力してきたからこそ、強い信頼関係を築くことができたのである。
 そんな彼女たちにしてみれば、貴音の謎とされる私的な面を不思議には思っても、わざわざ必要以上に追及しないのは当然のことなのだ。追及すること自体、彼女らにとっては意味のないことなのだから。
 さらに言えば貴音も頑なにプライベートを明かすことを拒否しているわけではないということも、貴音の故郷が「古い都」であることを本人から聞かされたという雪歩の話から類推され、貴音の持つ謎めいた部分が、彼女らの良好な関係に水を差すような代物にはなっていないということも窺い知れる。
 過去にこだわらず現在と未来を見据える765プロアイドルの姿は、そのまま過去にこだわり暴くことに血道を上げる矮小な存在にすぎない961プロとの対比になっていると言えよう。
 次の撮影現場に移動する最中も、食に対する思いを情熱的に語る貴音だが、そんな彼女にプロデューサーは、撮影が終わったら一緒に食事へ行くかと提案する。
 その提案に貴音は珍しくはっきりと嬉しさに溢れた表情を作って喜ぶが、これが単に食事ができるが故のものだったのか、それとも誘ってくれた相手に対して少し想うところがあったからこそのものだったのか、劇中ではそれ以上の描写はなされていないが、一考してみる価値はあるかもしれない。

 撮影も順調にこなす貴音であったが、ふと何者かの気配を察して厳しい視線を向ける。イベント会場でも貴音を見張っていたその人物とは、言うまでもなく黒井社長に雇われた渋澤記者だ。

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 しかしここでその「気配」についてプロデューサーに一言の報告もしなかったことが、後にまで尾を引くことになってしまうとは、さすがに貴音も気付いていない。
 さて撮影は無事に終了したものの、プロデューサーは急な仕事が入ってしまったため、貴音と一緒に食事へ行くことができなくなってしまった。「仕事なら仕方がない」と一応納得はしたものの、表情から見るに貴音はかなり不満なよう。
 1人徒歩で帰ることにした貴音は自動車移動するプロデューサーと別れることになるが、その際のプロデューサーとのやり取りがなかなか微笑ましい。
 1人で帰れるかというプロデューサーの懸念に、不満そうに「子供ではありません」と返す貴音の姿は、11話を始めとした他のアイドルを叱咤する際の凛とした態度とは正反対のもので、そこには一緒に食事に行けない不満だけでなく、年上の男性であるプロデューサーに対するちょっとした甘えも込められているように見える。
 貴音という少女は基本的に誰かに頼ることをしない。それは彼女の中にある使命感から来るものであるが、その使命感が頑なであるが故に、彼女が本来持つ少女らしい一面を押し殺してしまっているという側面もあった。ゲーム版の「SP」や「2」では、そんな彼女の頑なさをプロデューサーが解きほぐしていく過程が描かれたが、張りつめていた糸をほんの少しだけ緩ませたような今回のこのシーンは、ゲーム版での描写を換骨奪胎したものと言え、同時に今話のテーマを象徴する重要な伏線でもある。
 プロデューサーと別れた貴音は、事務所への帰路につきながら1人街を散策する。と言っても目に飛び込んでくるのが飲食店ばかりというのが貴音らしいところではあるが、こんなところからも彼女の明かされざるプライベートが断片的にとは言え想像できるようになっているのだから、まったく抜け目のない構成だ。

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 そんな折、貴音は道端で初老の紳士とぶつかってしまった。その拍子に紳士が落とした財布をすぐに手渡す貴音だったが、その丁寧な態度に感じ入ったのか、お礼にと紳士は貴音をすぐそばのレストランへ食事に誘う。
 しかしそんな穏やかな光景までも、渋澤記者のカメラにはしっかりと、悪意を持って押さえられてしまっていた。
 テレビ局でジュピターが「Arice or Guilty」を熱唱する一方、別室で渋澤記者から届けられた写真を見てほくそ笑む黒井社長。

 果たして写真週刊誌には、貴音の芸能事務所「エルダーレコード」への移籍についての記事が掲載される。貴音があの時一緒に食事をした紳士は、このエルダーレコードの社長だったのだ。もちろん2人は偶然その場で出会っただけなのであるが、その偶然を黒井社長たちの悪辣な意志により、歪められて利用されてしまったのである。
 プロデューサーや律子が対応策を案じる中、貴音を引きとめてと訴えてきたのは響、雪歩、やよいだった。良くも悪くも根が素直な3人は、貴音の移籍話を真に受けてしまったようで、プロデューサーから移籍話を否定されてもまだ不安を払いきれない様子。

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 比較的貴音と行動を共にすることの多い響が慌てるのは当然として、他の2人が11話で貴音から叱咤激励を受けた雪歩とやよいであるというのが、これまでの話をきちんと踏まえた上でのキャラ配置となっていて面白い。
 しかしこの3人ではあまり深刻な雰囲気に徹しきれないというのも御愛嬌。出勤してきた貴音に真偽を問いたださず、まず引きとめようとするあたりもそうだが、その手段がサーターアンダギーや柿の葉茶といった「食べ物で釣る」やり方というのが最たるものだろう。一応貴音の性格や嗜好を的確に捉えているわけでもあるところが尚更おかしさを増している。
 それに比してプロデューサーと律子、それに小鳥さんといった大人勢は、総じて冷静な態度を取り続けており、そのコントラストが互いの描写をより明確に際立たせていた。
 そんな3人を抑え、社長室で貴音に真偽を問いただすプロデューサー。響や雪歩の出したサーターアンダギーや柿の葉茶を、貴音がしっかり平らげたと思しき描写を挿入するのは芸コマであるが、それとは全く関係なく、貴音は己の軽率さを恥じる。
 その一方で、貴音はあることをプロデューサーに告げた。
 話し合いは終わり、改めて雑誌の記事がデタラメであることがプロデューサーから告げられ、安堵する響たち。
 善澤記者からの情報で写真を持ちこんだのが961プロに関係のある人物であることが判明したが、765プロとしては当面の善後策を立てることの方が重要であった。
 エルダーレコードの社長は海外出張中で連絡が取れないため、エルダーレコード側と話がつくまでコメントを控えることにし、貴音は仕事上の露出を抑えることにしようとするが、それを制したのは貴音自身だった。
 自分にやましいところはないのだから普段どおり仕事に励むという貴音。彼女の表情からはいかにも貴音らしい毅然とした強さが感じられるが、このような時でさえいつもと変わらぬ強さを発揮できたのは、本人の性格に拠るだけでなく、プロデューサーとのやり取りが関係していることが、後々にわかってくる。
 しかし765プロ内での騒ぎは一段落したかと思いきや、プロデューサーと何やら密談しているところが目撃されたり、1人だけ別行動を取ったり正体不明の人物と電話をしていたりと、どうにも不可解な行動を取り続ける貴音。
 そんな彼女を響たちが訝しがるのは無理からぬことであった。その疑いは「『おじいちゃん』から手紙をもらって何かを決めた」と漏らしていたという美希からの情報を聞かされることでより深まり、一度は否定された移籍問題が各人の頭をよぎる。
 この一連の8人のやり取りは、、多人数での会話の中で各々の個性を細やかに描く見せ方が取られている。第1クール期挿話群の中でよく見られた演出だが、2クール目に入ってからは久々のことだ。
 移籍問題のことで不安がるのが響、雪歩、やよいの3人であるのは変わらないが、そんな彼女らを取りなす中にも貴音やプロデューサーへの強い信頼感を覗かせる春香や、貴音の性格を理解した上で冷静な意見を述べる千早、若干この事態を楽しんでいるようにも見受けられる態度の真美、思ったことを素直に口にしてしまうマイペースな美希、そんな美希の言葉を聞いて不安がってしまう小心さを露呈している真といった具合に、短い時間の中で8人の個性を無理なく描写するその巧みさは、1クール期の頃から少しも衰えていないことがよくわかるだろう。
 8人は貴音の真意を確かめるべく、様々な方法でとにかく貴音のそばに常時居座り、行動を共にしつつ彼女を見張ることにする。
 貴音の持ち歌「フラワーガール」をBGMに、そんな8人の行動とそれに振り回される貴音の様子がコメディタッチで描かれるが、美希がこの「作戦」に関わった描写がないのは、先述の会話シーンでただ1人移籍に肯定とも否定とも反応しなかったためだろうか。響と真美が一際露骨に見張り続けるために、かえって2人の方がおかしくなってしまっているところが面白い。

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 このようなシーンに恋愛を歌っている「フラワーガール」が使われるのはかなり不自然に思われるが、貴音のライブ風景から連続して繋がるこの一連のシーンにおいて、話の流れを断ち切らないようにするための措置というところか。尤も「早く見つけてよ王子様」のところで真が登場したり、「そうよ指の先まで真っ赤になるわ」の部分で響と真美が貴音の全身を、それこそ指の先までしっかり凝視していたりと、歌詞とシチュエーションとを符合させたお遊び要素も含まれているとと考えることもできるだろう。

 さてそんな周囲の変化に貴音が気付かないはずもなく、今もちょうど貴音と一緒にいた春香たちにその疑問をぶつけるが、春香はどうにかとりなした後、すぐそばで行われていた縁日へと貴音を誘うことにする。
 屋台で買い物をする春香たちから少し離れたところで、千早は貴音に皆が不安を抱いていることを伝える。目を離したそのすきに、貴音がどこか遠いところへ行ってしまうのではないかと。
 千早のその言葉に貴音も皆が不安を抱く理由がどこにあるかを悟り、不安がらせてしまったことを謝る。だがそれでもなお貴音は自身のことを多く語ろうとはせず、縁日に来てすぐ春香たちに買ってもらったものなのか、頭に付けていた狐のお面を被り、「誰にも他人に言えないことの一つや二つはあるもの」と口をつぐむ。

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 そして自分にもそんな秘密があるのではないかと指摘された千早は、不意に耳に飛び込んできた「姉ちゃん」の言葉に、遠い過去の記憶を呼び覚まされる。思い出の中にいる男の子と、水風船で楽しく遊んだ日のことを。

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 破裂した水風船の音で我に変える千早。水風船を落としてしまい、姉を呼んで泣く小さな男の子と、そんな男の子の元に駆けつける姉と思しき女の子。仲良さそうな姉弟の姿を千早は悲しそうな表情で見つめる。
 冒頭に記述したとおり、貴音と同様に千早という少女もまた、胸の内にとある大きな秘密を抱え込んでいる。そういう意味では千早と貴音は極めて似通った存在であるが、同時にまったく違う存在であるとも言える。
 両者の決定的な違いとは、隠している秘密に対するそれぞれのスタンスだ。もちろん2人が抱えている秘密の内容による差もあろうが、千早は自分の秘密に自分自身が触れることを極端に恐れている節がある。16話冒頭での夢が悪夢的演出であったこと、その秘密と強く関連しているであろう母親からの一連の電話を疎ましげに扱っている点などからも、それは十分に察せられることだろう。
 千早の場合は敢えて秘密にしてきたというよりも、彼女がそのことを意図的に遠ざけた結果、周囲にとっても恐らく自分自身にとっても「秘密」という触れ得ざる形になった、と言った方が的確かもしれない。
 対する貴音のスタンスは、狐のお面を被るその仕草に集約されていると言っても過言ではない。彼女は自ら進んで秘密の仮面を被っており、仮面を被ること、つまり秘密を持つこと自体は否定していないのである。
 秘密を秘密として割り切り、それに引きずられることのないある種の余裕と言うか、度量の広さを保ち続けるというのが、貴音の振舞い方なのだろう。狐のお面を被る時、貴音の口元が少し微笑んでいたのは、そんな精神的余裕から来ていたものだったのかもしれない。
 思い返せば4話において千早は、自身の秘密に強くかかわっている「歌」にこだわりすぎたために、当初は仕事をうまくこなせなかったが、そんな千早に貴音は同じ「秘密を抱える者」でありながら、その秘密に縛られない自由な見識で千早にアドバイスを送っている。この時点で2人の「秘密」に対する向き合い方の違いが暗に示されていたと言ってもいいだろう。
 (さらに言うならゲーム版「SP」や「2」では、他ならぬ貴音本人が自分の秘密に縛られてしまっており、それをプロデューサーとの触れ合いの中で解消していくというのが、彼女の物語の大筋であった。そんな彼女がアニメ版ではゲーム版での自分と同じような考え方に囚われてしまっている人物に、別の見方を指し示す役割を担っているというのも、面白い話である。)
 貴音の秘密のメタファーとして機能しているのが、取り外しが容易なお面であるという点も、時に頑なになり時に闊達になるという貴音本人の性格を表していると言える。
 そう考えて見てみると、千早に「いつか秘密を話せるようになるといい」と述べた時にお面を外していたのは、そこに貴音自身の本音が込められていたからとも取れて意味深だ。
 辛い記憶を思い出してしまった千早はそのまま皆と別れ、水風船を持ってある場所へ向かう。その場所とは墓地であった。
 お墓に水風船を供え、手を合わせる千早。と、そこに1人の女性が現れ、千早は顔を強張らせる。その一連の様子もまた、渋澤記者のカメラに捉えられていることなど知らずに。

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 961プロの社長室で今日もまた密談にふける黒井社長と渋澤記者。しかし春香たちが貴音を見張るためにいつも彼女と行動を共にしていたことが功を奏したのか、彼らの望みを達成できそうな収穫ある写真を撮ることはできないでいた。
 移籍問題のことを確かめるために始めた春香たちの行動は、彼女らも知らないうちに貴音を悪意から守るという成果を発揮していたのである。いささか空回り気味ではあったものの、大切な仲間を想っての行動は、本人たちも意識していないところで十分仲間を守っていたというわけで、このような偶発的な部分においても彼女ら765プロアイドルの
 そんな中、墓地での千早と彼女の前に現れた女性とが写された一枚の写真に目をつける黒井社長。どうやら何か感じるものがあったようだ。このあたりの目ざとさというか嗅覚のようなものは、ジュピターを発掘したことを考えても非常に秀でていることがわかるのだが、それが悪だくみにしか生かされないのは残念な話ではある。敵役にふさわしいと言えばそうなのだが。
 退室した渋澤記者はちょうど廊下にいたジュピターと鉢合わせする。移籍騒動を持ち上げたパパラッチである彼が社長室から出てきたことにより、騒動の仕掛け人が黒井社長だということが冬馬の知るところとなる。
 彼は実力で765プロに勝利することを望んでいるというのは、14話以降幾度となく触れられてきたことであるが、自分の陣営に属するアイドルでさえも己の野望のための駒としか見ていない黒井社長は、そんな冬馬の熱意もまったく意に介さない。
 自分の能力に絶対の自信を持っており目指す目的も同じという、それこそ似た者同士の2人であるが、にもかかわらず生じてしまう齟齬。だがそれは自分の目的を達成するためとはいえ、血の通った人間を「駒」と呼んではばからず、そこに人として当然の感情や思考が存在していることを忘却してしまっていた時点で、必然的に迎えるべき帰結だったのかもしれない。
 その一旦の帰結を経てジュピターの3人が迎える結末は如何様なものとなるのだろうか。

 さて貴音の方はというと、「万代警察署」なる警察署の一日署長イベントに参加していた。女性警官の制服に身を包み笑顔で挨拶をする貴音に、集まった観衆も湧きかえって声援を送る。移籍騒動などどこ吹く風といった具合の勢いは、渋澤記者が思わず脇に追いやられてしまうほどだった。

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 警察署前で貴音が祝辞を述べている際、他のマスコミに遮られて貴音の顔すら満足に拝めないという滑稽極まりない姿をさらけ出しており、彼の記者本来の能力の低さを露呈していたと言えるだろう。尤もこのシチュエーションは、後述のとある状況に渋澤記者を追い込むための伏線でもあるのだが。
 ただこれらの人気ぶりは渋澤記者本人が述べたとおり、移籍騒動の件もあって逆に貴音への注目度が高まっていたからという事情もあり、貴音にとってみれば次に何か付け込まれる隙を見せてしまったら、それが961プロ側にとっての「次の一手」になってしまうわけで、かなり厳しい状況でもある。
 しかしそんな状況下でもなお貴音はいつもの佇まいを崩さない。それにはある理由があった。
 イベントに参加した関係者と順に握手を交わす貴音の前に姿を見せたのは、渦中のエルダーレコード社長。彼は移籍騒動の件で迷惑をかけてしまったことを、素直に貴音に謝罪する。
 だがそんな様子を渋澤記者が見逃すはずもなく、絶好の機会とばかりに人込みをかき分けて貴音の前に飛び出してきた。
 彼にしてみればいつもどおり?にこっそり写真を撮りたかったのかもしれないが、人込みに揉まれて貴音をろくに見ることもできない状態だったからこそ前面に飛び出さざるを得ない。人込みの多さそのものが彼自身を追い込むための伏線として機能していたというわけだ。
 飛び出してきた渋澤記者に対し、貴音は臆することなく相手を睨みつけ「ずっと自分の後を付けていた者」と糾弾する。自分の素性が知られていたことに驚き逃げようとする渋澤記者の前に立ちはだかったのはプロデューサーだ。
 思わず渋澤記者が口走った「765プロ」の言葉から、961プロ側の関係者であることを確信したプロデューサーは彼を押さえ込もうとするが、逆に投げ飛ばされてしまう。柔道黒帯の腕前と嘯いて逃げようとする渋澤記者に、貴音は何と携帯していた拳銃を向けた。
 笑えない冗談と一笑に付す渋澤記者に対し、「ジョークは苦手」とその威圧を緩めず銃の撃鉄を起こす貴音。そんな彼女に業を煮やしたか、はたまた本気で取り押さえようとしたのか、貴音に飛びかかる渋澤記者。
 だがそんな彼の足にプロデューサーがしがみついて動きが鈍った一瞬をつき、貴音は見事に華麗な投げ技を決めて渋澤記者を叩き伏せる。
 渋澤記者は貴音を陥れるため、散々彼女を追い回した挙句に捏造記事をでっち上げるという小狡い策を弄してきたわけだが、その結果として最後には貴音やプロデューサー、引いては公衆の面前に姿を晒す羽目になり、さらに標的の貴音本人に仕留められるという情けない末路を迎えてしまったことは、この事件により貴音の株が上がったことも含め、これ以上ないほどに痛烈な皮肉だった。
 構えていたおもちゃの拳銃を空に向かって撃ち放ち、舞い散る紙吹雪や万国旗を見やりながら「本当はジョークが得意なのです」と小粋な演出まで添えてみせる貴音の姿には、まさに「銀色の王女」と呼ぶにふさわしい風格を見ることができることだろう。
 
 これにて事件は一件落着、移籍の件もエルダーレコード社長の「片思い」であったということで決着がついた。
 事務所でラーメンを食べながら事件を伝えるテレビ番組を視聴し、ようやく胸をなでおろす一同。
 サポートにもなれなかったと自嘲気味に語るプロデューサーに、打ち合わせ通りに2人でパパラッチを追いつめたからこそ事態を解決することができたと、感謝の言葉を述べる貴音。
 移籍騒動が起きたあの日、社長室でのやり取りの中で、2人は貴音をつけ狙っている者を見つけ出すための計画を立てていたのだった。明言こそされていないものの、一日署長イベントでの出来事も計画の一端であったらしい。
 その時のことを回想しつつ、貴音は「ほうれんそう」こそ勝利の鍵と呟く。
 あの日、騒動の起きる以前から貴音は何者かの視線を感じていたものの、それを誰にも知らせなかったことをプロデューサーはたしなめた。社会人としての基本である「報告・連絡・相談」、すなわち気になったことがあれば自分1人の胸に収めず、自分を信頼してきちんと伝えてほしいという言葉に、ハッとする貴音。
 貴音は仲間のアイドルたちのことはもちろん信頼している。だからこそ時には4話や11話のように仲間を叱咤したり、13話のように仲間を信じて大事な局面を任せることもできた。
 プロデューサーにおいても同様の信頼を置いているということは、6話でプロデューサーが仕事を得るために奔走していた際、空回りしていることに気づきながらも「自分たちのためにやってくれていること」と理解を示していることからも容易に窺えよう。
 しかし彼女は同時に今まで書いてきたとおり、大きな秘密を抱えているが故にプライベートなことに関しては口をつぐみがちだった。周囲の人間を信頼していながらも、自らの公的な部分と私的な部分とで明確な一線を引き、その線の内には誰も立ち入らせない頑なさも持ち続けてきたのである。
 だがプロデューサーはそんな貴音の姿勢は批判することなく、周りの人間からの貴音に対する信頼感に、もう少し素直に身を委ねても良いとアドバイスをしたのだ。
 貴音がみんなを信頼しているように、みんなもまた貴音のことを信頼している。その気持ちに少し甘えて私的な部分を見せてみてもいいのではないかと。
 その言葉はアイドルを「アイドル」としてしか見ない人間であったら、決して浮かんでこない言葉でもあった。様々な経験を経て、プロデュースしているアイドルたちをアイドルとしてだけでなく、1人の人間、少女としても接し、私的な面を尊重することができるように成長したプロデューサーだからこその発言だったのだ。
 アバンで貴音に向けた何気ない、しかし彼のプロデューサーとしてのスタンスを明確に示した言葉や態度は、ここに結実するのである。
 貴音が渋澤記者を投げ飛ばした際に言い放った激しい叱責は、単純に大の男が女に対して手を上げたという恥知らずな行為への軽蔑もあったろうが、同時に貴音をアイドルという取材対象としてしか終ぞ見ることのなかった男に比して、アイドルであると同時に年頃の少女でもある、どちらの貴音とも等しく誠実に向き合ってくれたプロデューサーへの感謝の気持ちからこそ発せられたものではなかったろうか。
 プロデューサーは確かにあのイベント会場において、渋澤記者を取り押さえるのにそれほど貢献できたわけではない。しかし貴音にとってはプロデューサーが自分を守るために、自分と共に計画を立てて行動してくれたことそれ自体が、非常に嬉しく感謝すべきことだったのだ。
 結果よりもまず自分を素直に委ねることができたこと、プロデューサーが自分を委ねられる存在であってくれたこと、そこにこそ喜びを見出していたのだから。だからこそ彼女は立場としては追い込まれていながらも尚、強くあり続けることができたのである。
 この流れや描写も、最初は一線を引いた態度を取りながらも、それぞれの話の中でプロデューサーへ徐々に信頼を置き、自分を委ねるようになる様を描いてきた、ゲーム版「SP」と「2」における描写の折衷と言えるだろう。
 縁日で千早と会話をした時、貴音が若干千早のプライベートにまで突っ込むような形でアドバイスをしたのも、プロデューサーとの一連のやり取りを経て、「信頼した相手に自分を委ねる」ことの大事さを学んでいたからかもしれない。
 そして貴音のために奔走したのはもちろんプロデューサーだけではなかった。春香たち765プロアイドルの面々も、貴音やプロデューサーの真意にこそ気付かなかったものの、公私の隔てを越えて彼女を案じ想い続けたのである。
 今回はプロデューサーとの計画を既に立てていた関係上、そんな彼女らの信頼に貴音が甘えることはなかったが、これからはきっと彼女たちの信頼に対し、素直に私的な部分をほんの少しならば見せられるようになるだろう。そんな心境の変化が、「高級フレンチよりもこうして食べるらぁめんの方が好き」という貴音の言葉からも窺い知ることができるだろう。
 それは765プロの事務所でみんなと一緒に食べる料理には、他のどんな料理にも存在しない、4話で貴音自身が言ったところの「究極の隠し味」が込められているからに相違ない。

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 夜、ビルの屋上に1人上がり、夜空に浮かぶ三日月を見上げる貴音。
 美希が聞いたという「おじいちゃんからの手紙」とは、古都に住む貴音の爺やから送られてきた手紙だった。
 その手紙から彼女の活躍を「くに」の人たちが皆喜んでくれていると伝えられた貴音は、「くに」の人たちへ想いを馳せる。
 彼女を応援してくれる人たちの存在が自分の励みとなり、そんな彼女の頑張りを見てその人たちも喜ぶ。そんな関係によって育まれる、「アイドルとして高みを目指す」という貴音の強い意志。
 「くに」から遠く離れた異郷の地にあっても、貴音は己の目標に向かって邁進し続ける。離れていても応援してくれる多くの人たち、そして何より自分のすぐ近くに自分を信頼してくれ、自分が心底から信を寄せる事の出来る最良の仲間たちがいるのだから。

 しかし彼女の見上げる同じ空を見やりながら、961プロの社長室ではまたも黒井社長が自信たっぷりにほくそ笑んでいた。彼は765プロを陥れるための新たな策を講じていたのである。
 仕事場の楽屋に置かれていた一冊の芸能週刊誌。それこそ黒井社長からの悪意に満ちたプレゼントだった。何気なくその雑誌を手に取った千早は、雑誌の表紙や中身を見て大きな衝撃を受ける。
 プロデューサーにはごまかしたものの、いざ仕事で歌を歌う段になった時、千早をさらなる苦しみが襲う。

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 声が出ない。どんなに歌おうとしても絞り出すように声を出そうとしても、まったく歌うことができなくなってしまった千早。
 言うまでもなくそれは件の雑誌のせいであった。雑誌には千早にとって最も辛く、それ故に誰にも話すことのなかったある事実が、興味本位の下卑た煽りで掲載されていたのである。

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 そんな急転直下の中で流されたED曲は、これまた貴音の個人楽曲である「風花」。未来を求めながら現在に囚われ続け、最後にはそのすべてに追い詰められてしまう切なさを綴った歌だ。
 今回の話の中で信頼できる仲間に少しだけ自分を委ねるということを学んだ貴音であったが、貴音がアイドル活動の先に求めるものについては、今なお仲間たちにも、そして我々視聴者にも明かされていない。
 今話のストーリー的にも貴音の謎自体に言及される類のものではなかったわけだが、だからこそというわけでもないのだろうが、EDでは映像を含めてそんな貴音の持つ謎によって生み出される彼女のミステリアスな魅力が全開に描写されている。
 満月をバックにした幻想的な映像がEDの最初と最後をそれぞれ締めているのが象徴的だ。
 十二単をまとった姿で満月を見上げていたり、貴音を応援する観客の中に爺やと思しき老紳士の存在が認められるのも興味深い。

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 アニマスの中で「仲間同士の信頼」は大きなテーゼの一つとして幾度となく描かれてきた。それにより彼女らが強い信頼で結ばれていること自体は、既知の事実として多くの人に認識されていることだろう。
 今話で描かれたのはそこから一歩踏み込み、信頼を置く相手に対して自分がどのように接するべきかを描いていた。
 いくつもの経験の中で765プロのアイドルは信頼や絆を育み、それによる10話でのアイドル大運動会優勝やファーストライブ成功といった、具体的な結果を残してもいる。
 では個人としてはどうか。個人として絆や信頼を示す物理的な「結果」とは何であるのか。これまで残してきた結果がマクロなものであるとすれば、今回はミクロな視点に立った上でその「結果」とは如何様なものになるのかを追求した話と言える。
 それを考えれば、他のアイドルよりも早いうちに自分の個を確立しながらも、それらすべてを明かすことがない故に集団の中では異質であり、同時に集団の一つとして溶け込んでいるという複雑な存在である貴音が、上述したテーマを題材とする話でメインを務めたのは、至極当然のことだった。
 765プロアイドルは既に集団としての繋がりを確たるものにしているわけで、そんな中で改めて集団の中にいる個の、集団内での在り方に迫ることができるキャラクターは、1話からずっと「個」としてぶれることのなかった貴音以外にはありえなかったのである。
 謎が多い故にどうしてもキャラクター描写に制限がついてしまう四条貴音という少女を、謎の部分を損なうことなく魅力的に見せるためには、最適解とまではいかずとも良質な方法であったと言えよう。

 貴音は早いうちに個を確立し、それがぶれることがなかったために、今話のような窮地に追い込まれても鮮やかに解決することができた。
 では個を未だ確立できていないアイドルであればどうであるか。それが次回、千早を通して描かれる物語であろう。

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 飛ぶ力を失ってしまった鳥は、再び大空を翔けることができるのであろうか。
posted by 銀河満月 at 22:26| Comment(0) | TrackBack(11) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月06日

アニメ版アイドルマスター18話「たくさんの、いっぱい」感想

 アニメ版アイドルマスターの第2クールは、今のところ全体の構成が第1クールのそれをトレースしたものになっているということは、1話から見続けている方であれば既知のことであろう。
 今現在の状況とその中における765プロアイドルの紹介に費やした1話と14話、アイドル全員での仕事風景を描写した2話と15話、特定アイドルに焦点を合わせながらも、アイドルとして成長していく姿を見せた3話4話と、ある程度まで成長したアイドルの己を顧みる姿を描いた16話17話、と言った具合である。
 アイドルとしてやっていく上での期待と戸惑いを活写していた5話については、まだアイドルとして芽が出ていない第1クール特有の話であるから除外するとして、順当に考えれば今回の18話は1クール期でいうところの6話に対応する話となるわけだ。
 6話で描かれたのは一歩先を進み始めた同じ事務所の仲間に対するプロデューサーの焦りとそこからの脱却という形での、言わばプロデューサー自身の成長だったが、18話でフィーチャーされたのは765プロに所属するもう1人のプロデューサーであった。
 言うまでもなくそれは、竜宮小町のプロデューサーを務める秋月律子である。
 自らも元々アイドルとしてステージに立っていたという経歴を持ち、プロデューサーよりも一歩先んじて竜宮小町というアイドルユニットを成功に導いた立役者の1人を待つのは、どのような物語なのだろうか。

 レッスンスタジオに響き渡る律子の指導の声。新曲「七彩ボタン」のダンスレッスンに励む竜宮小町の3人は、目下律子からの厳しい指導を受けている真っ最中だった。
 数日後に竜宮小町のシークレットライブを控えていることもあり、律子の指導にいつも以上の熱が入るのも当然というところだが、当の伊織、亜美、あずささんの方はその厳しさに少々参ってしまっている様子。

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 しかし疲れ気味ではあるものの、決してレッスン自体を否定したり拒絶しないところは、さすがプロのアイドルと言うところか。律子の指導も堂に入ったものになっており、ダンス中の伊織の指先がきちんと伸びていないと、自分で模範を示してもいる。
 その姿に「さすが元アイドル」とあずささんや亜美が感嘆する一方で、伊織には何も言わせず表情でその時の心境を表現させるのは、そのすぐ後、姿勢を維持できずに崩してしまった律子への若干のからかいの気持ちを込めた一言も含めて、伊織らしい小芝居であった。
 同時に現役の頃と比べると明らかにアイドルとしての能力が低下している律子の現状を、後の伏線として生かす意味で端的に描写しているのも巧みである。
 そんな4人の様子を見かけた春香や真は「仲が良い」と形容していたが、一緒にいた千早も含めた3人の様子もまた仲良さそうに見える微笑ましいものになっており、些細な描写の中にも765プロアイドル達の良好な関係がきちんと織り込まれていた(3人の団子状態も本人たちの身長に合わせた順番に並んでいて芸が細かい)。

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 そんな時、千早の携帯にかかってきた電話。電話口に出た時の千早の声のトーンが、直前の春香や真との会話の時とは明らかに異なる低い沈んだものになっていることから見ても、あまり喜ばしい内容、喜ぶべき相手からの電話ではないということが窺え、17話での同様の描写を鑑みるに、恐らく同じ相手からの電話であろうことを考えると、何ともやるせないものがある。
 16話以降続く千早のこの種の描写、今話に関しては16話や17話の時のような作劇上のギミックとしての効果は排され、純粋に千早個人の物語への伏線として描かれていた。
 個人的には多少引っ張りすぎの感は否めないが、それら伏線の先にあるものが、現在の如月千早という少女のアイデンティティそのものを形成しているものである以上、丹念に描写を積み重ねていかなければならないということもまた自明の理であろう。

 結局その日は1日レッスン漬けで終わり、へとへとになりながら事務所で休む竜宮小町の面々。
 あまりに厳しいレッスンに、思わず指導者である律子への愚痴をこぼしてしまう伊織と亜美だったが、その愚痴もしっかり律子は聞いてしまっていた。
 律子がそばにいないと思っていたからこその愚痴であったが、亜美が愚痴を呟いているその後ろで、貴音が画面外にいると思しき律子の立ち位置から二、三歩後に下がる描写があり、既に亜美が愚痴っている時点で律子がその場にいて聞いていたことと、基本的に物怖じしない性格の貴音が後ずさりしてしまうほど律子の様子、と言うより剣幕が凄かったことがそのワンカットだけでわかるようになっており、何気ないシーンの中に込められた各人の描写の濃密さには驚かされる。

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 愚痴を言っていた伊織たちに対し、例によって律子のお説教が始まる一方で、シークレットライブへのファンの反響の結果として、段ボール箱から溢れんばかりにたまったファンレターをプロデューサーに見せるのは小鳥さん。
 今月だけでこれほどのファンレターが届くほどの存在になれたのも、律子たち竜宮小町が頑張ってきた何よりの成果。それを素直に認めて喜ぶプロデューサーだったが、そんな彼がふと手に取った封筒の中には、律子のアイドル時代の写真が同封されていた。

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 慌ててその写真を奪い取る律子。それは律子がかつて行ったミニライブでのもので、送ってきたのは「プチピーマン」と名乗る律子の熱心なファンだった。その人は律子がアイドルを止めプロデューサーとなってからもそれを承知した上で、今は律子のプロデュースしている竜宮小町を応援しているという。
 アイドルを止めてからもなおファンとして応援し続けてくれる人がいることに対し、律子は照れとも嬉しさともつかない表情を見せる。「アイドルに復帰したくなってきたかな」という亜美の言葉を言下に否定するものの、頬を赤らめてしまった律子からは、その気持ちが自分の中に生じたであろうことが察せられ、律子の複雑な胸中を匂わせた。

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 しかしその気持ちがごく小さいものであろうことも、次の瞬間にはすぐ「プロデューサー」としての姿に立ち返り、熱っぽいからと先に帰るあずささんのことを細かく気にかけるあたりから容易に窺えるだろう。殊にあずささんへの注意の内容はいかにも理知的な律子らしいものであると同時に、竜宮小町のプロデューサーとしてだけでなく律子個人としてあずささんを心配する優しさも垣間見えるものになっていた。

 だがあずささんの体調は回復するどころか、ますます悪化してしまった。何と彼女はおたふく風邪にかかってしまっていたのである。
 それを踏まえて見返すと、熱っぽいと言ってあずささんが先に帰ろうとしていた時、いつものように頬のあたりに手を当てていたが、この時点で耳の後ろあたりに痛みを感じ、そこに手を当てていたのではとも考えられ、あずささんの急変にも得心の行く伏線が張られていたとも言える(おたふく風邪の場合、耳下腺と呼ばれる耳の下あたりの部分が腫れ、痛みを伴う)。
 回復には4、5日かかる見込みのため、あずささんのライブへの参加は無理と判断した律子は、なんとか伊織と亜美の2人だけでライブを成功させようとするが、あずささんのソロ曲はすぐに変更できるものの、「七彩ボタン」を始めとしたユニット曲のダンス編成まではそう簡単に変えられなかった。2人だけで踊ってはあずささんが抜けた分の隙間が目立ってしまうし、かと言って振り付けそのものを変えたとしても、練習に費やせる時間が短い以上、とってつけた感は否めない。
 伊織はあずささんの代わりに代役を立てることを提案するが、それには振り付けと歌をあらかじめ熟知している人間が必要だった。例え振り付けそのものを変更する必要がなくとも、ライブまでの日数が残り少ない以上、一から振り付けと歌を覚えてもらう余裕はないのである。
 しかしその時、伊織と亜美ははっきりと気付く。代役を務めるためのいくつもの難しい条件を完璧にクリアしている人材が、すぐ目の前にいることに。

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 言うまでもなくその人材とは律子のことだった。もちろん律子は拒むが是非にと頼み込む伊織たちの迫力に圧され、とりあえず時間をおいて考えることにする。
 その夜、事務所でどうにかして伊織と亜美の2人編成でライブを成功させるための算段を考える律子だったが、律子本人もかなり焦ってしまっているためか、いつものような理知的な面が立ち消えてしまっており、よい思案が浮かばない。その一方で「律子が代役に出る」案をプロデューサーからも勧められると、意固地になって拒絶してしまう。
 このあたりは計算外のことが起きるとうまく立ち回れなくなるという、律子本来の個性を生かしているが、そんな焦り故に律子はその場にいた美希へ、普段の彼女なら絶対に言わないであろう言葉をかけてしまう。
 美希に代役としての出演を求めた律子は、美希が以前竜宮小町に入りたがっていたことを引き合いに出したのだが、それは律子本人がすぐ自戒したとおり、明らかに調子のいい勝手な言い分であった。

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 しかしそんな律子に対し美希は反論もせず、律子が代役として立つことを笑顔で勧める。自分より律子が入った方がもっと竜宮小町だと思うからというその理由は、いかにも美希らしいニュアンス的なものであったが、それは美希自身が12話と13話における一連の話の中で、アイドルとそれをプロデュースするプロデューサーの間にある特別な関係性を、皮膚感覚で感じ取ったからこそのものだろう。
 美希は自分をより輝ける存在へと導いてくれたプロデューサーへの信頼と、彼女を信じてすべてを託してくれたプロデューサーの美希への信頼とが、そのまま竜宮小町3人と律子の関係にも当てはまることを感覚的に理解していたのだ。信頼し合った時のアイドルとプロデューサーの絆は、より強くアイドルを輝かせる原動力になる。何も知らない状態からその過程と結果を直に味わった美希ならではの説得だったと言える。
 そして恐らくそのこと自体は律子本人もわかっていただろう。わかっていてあえて自分がステージに立つという選択肢を否定し続けてきた。もちろん1日限りとはいえ一度引退した人間がアイドルとしてやれるのかという不安もあったろうが、何より大きな理由は彼女がプロデューサーになった時に決めた信念にあった。
 中途半端なことはしない。竜宮小町を大切に想うからこそ、アイドルと兼業でプロデュースするようないい加減な態度は取らない。
 この信念はそのまま律子の自分自身に対する戒めにもなっていたのだろう。心のどこかにまだ残っているアイドル時代の自分に対する未練への。プチピーマン氏から届けられたアイドル時代の写真を見やった時の複雑な表情に、何よりそれが示されている。
 プロデューサーとしての信念、アイドル時代の自分への未練、アイドル引退後も自分を応援してくれるファンへの気持ち…。他のアイドルともプロデューサーとも違う、律子だけが抱く様々な想いが、あのわずかな間に浮かべた表情の中に凝縮されていたのだ。
 そんな複雑な想いのせめぎ合いの中で律子はプロデュース業に邁進し、今日まで一定の結果を出すことに成功してきた。だからこそ自分の信念を揺るがしかねないような結論に、簡単に飛びつくことはできなかったのだろう。
 そんな彼女の背中を優しく押す役割を担ったのはプロデューサーだった。彼は「竜宮小町のプロデューサーとして、この窮状を打破するのに最も適した存在は誰か」を考えればいいとアドバイスする。それは彼女の中で既に答えが決まっていることを見越してのアドバイスだった。
 律子本人の意志や信念よりもまずプロデューサーとして、プロデュースしているアイドルのために何ができるかを考える。それはもしかしたら律子自身にとっては酷なことだったかもしれない。しかし律子はまぎれもなく竜宮小町のプロデューサーであり、プロデューサーが第一にしなければならないこととは、アイドルが最高に輝ける存在になれるよう導くことなのだ。
 そしてプロデューサーは荒削りながらも、愚直なまでにその使命に取り組んできた。このアドバイスは他の誰でもない、彼だからこそ何よりも説得力を持つアドバイスであったと言える。
 同時に律子と比べてもプロデューサーはかなり冷静に現状を見据えた上で律子を推している点も見逃せない。律子はライブ数日前に発生した不測の事態を前に狼狽してしまっているが、思い返せばプロデューサーは13話において、ライブ当日にメインたる竜宮小町が開始時間に間に合わないという大きなトラブルを経験しているのだ。ライブでのトラブルを乗り越えたことは、アイドルのみならず彼自身をも成長させていたわけである。6話で充実した仕事をこなしている律子に対して焦燥感を抱いていた頃からは想像もつかない躍進ぶりだ。
 無論そのトラブルを乗り越えたのは彼だけの力ではなく、その場にいたアイドル全員の努力の賜物であったことは言うまでもない。そしてそれを何より本人が一番よく理解しているからこそ、彼もまた律子が代役に適任と考えたのではないか。彼女らは他の誰でもない、同じ「竜宮小町」の仲間なのだから。
 そう考えると美希が律子を代役に薦めた時、それまで2人を見つめていたプロデューサーが視線を雑誌に落としたのは、そんな自分の考えを美希が端的な言葉で代弁してくれたからのように見えなくもない。

 美希とプロデューサーからの言葉を受けた律子は、竜宮小町のプロデューサーとして自分ができる最善の方策=代役としてステージに立つ道を選択する。
 しかしプロデュース業に専念していた故のブランクは大きく、30分程度のレッスンで早々に疲れ果ててしまう律子。普段の指導役である律子がレッスンをする代わりに、伊織と亜美が兼任する形でダンスの指導を行うも、ここぞとばかりに厳しい?レッスンを嬉々として課してくるあたり、年相応の子供っぽさが滲み出たというところか。
 だが決して伊織と亜美はおふざけで指導をしているわけではなく、実際2人よりも明らかに律子のダンスが遅れてしまっている場面を挿入して、2人の指導自体はあくまで真面目なものであることを作中でアピールしている。「真面目」の度合いや表現の仕方の違いが、律子と伊織亜美とで明確に異なるということだろう。

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 久々にハードなレッスンを自分自身でこなし、今度は自分がへとへとになってしまった律子は、その夜事務所で休みを取りつつ自分の行動を省みる。
 一度は決意したものの、やはり自分にあずささんの代わりなど出来るはずもない。そう考えた矢先にかかってきた電話の相手、それは当のあずささんだった。
 あずささんは迷惑をかけてしまったことを謝りながらも、自分の代わりとして出演するのが律子で良かったと告げる。
 他の誰でもない、結成当初からずっと一緒に活動してきた同じ「竜宮小町」の1人である律子が代役を務めてくれることは、急の病でライブを休まざるをえなくなったあずささんにとって、せめてもの慰めになっていたのだ。
 「こんなこと言ったら怒られそうですけど」と前置きを入れたのは、あずささん本人の控えめな性格だからこそとも言えるが、彼女も竜宮小町の一員として、何より律子より年上の大人として、律子がプロデューサーへ転身するにあたって抱いた決意や信念は承知していた故のものだろう。
 結果的に代役を務めるということは、律子個人の信念を曲げてしまったことになる。だがそれでもプロデューサーとして竜宮小町のために、本人にとっては重大な決意をしてくれたことが、あずささんにとってはとても嬉しいことだったに違いない。立場は違えど竜宮小町というユニットは、伊織・亜美・あずささん、そして律子の4人で一から作り上げてきた大切な存在なのだから。
 そんなあずささんの素直な想いを聞き、律子も弱っていた心を奮い立たせる。自分のことだけではない、ステージに立ちたくとも立てなくなってしまったあずささんの想いも背負うことで、彼女に新たな責任感が生まれたのだ。
 そしてそれは律子がアイドルに立ち返る上で欠くべからざる感情でもあったろう。プロデューサーや自分たちを支えてくれた様々な人たちの想いを、すべて背負ってステージに立つ。それがアイドルにとって力の源の一つになるということは、この作中でも幾度となく明示されてきたことである。
 律子の奮起は伊織や亜美と対等にダンスが踊れるまでになるという「成果」として示された。まだまだスタミナの方は足りないものの、とりあえず問題ないレベルには到達したようだ。
 そんな律子にライブでソロ曲を歌ってもらおうとする伊織たち。ライブでの律子登場場面をインパクトあるものにしたいと考えた2人の発案を当然拒否する律子だったが、彼女にも一曲だけ歌ってみたいと思える持ち歌があった。
 ただそういう歌があると口走っただけだったが、律子が本番で歌うと伊織たちが強引に決めてしまうあたり、普段とはまったく立場が正反対になってしまっているのが面白い。
 だがそれは決して立場が逆転したところに生じるおかしさの表現のみではなく、同じ「アイドル」としてのラインに立った時の厳然たる差そのものでもある。それを律子はゲネプロの際に思い知ることになってしまった。

 ライブ前日、プロデュース業務を引き継いだプロデューサーも交えて、会場でゲネプロを実施する3人。
 当初は快調に「七彩ボタン」を披露していたものの、がらんとした客席側を見たその瞬間に、律子は動きを止めてしまう。
 今は誰もいない客席フロアは、ライブ当日には訪れたファンたちによって埋め尽くされる。それは他ならぬ竜宮小町の3人に心惹かれて集まった人々。その3人とは伊織・亜美・あずささんの3人であって、その中に「秋月律子」は入っていない。いかに一緒に頑張ってきたとはいえ、一般的なファンが裏方のプロデューサーにまで注意を向けないのは当然のことなのだから。
 ファンは3人の姿に憧れてやってくる。3人はそんなファンの期待を一身に受けながらも、その期待に常に応えてきた。そしてそれは会場へやってきたファンが彼女らに望んだとおりの姿でもある。
 では誰も自分がステージに立つことを望んでいなかったとしたら?望まれていない人間がステージに立ってしまったら?自分をアイドルとして認識しているファンがいない中で「アイドル」をやれるのか?
 律子の胸中には様々な想いが去来したことだろう。その想いが律子の動きを止めてしまった。と言うより自失状態に追い込まれたと言った方が正しいかもしれない。

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 プロデューサーの呼びかけでようやく我に返った律子は、そんな自分の胸中を吐露することなく再度ゲネプロに臨むが、律子の様子がおかしいということに伊織や亜美が気付かないはずもなかった。
 その夜、公園で1人練習に励む律子。そこへ通りかかった小鳥さんに対し、律子は初めて自分の抱いた苦悩を述べる。
 大勢のファンから愛され、ファンを喜ばせられるような存在になった竜宮小町。プロデューサーの立場からすれば大変嬉しいことであるが、同じアイドルとして一つのステージに立った時、律子はそこに歴然としたアイドルとしての「差」を感じてしまった。
 律子はプロデュース業にずっと専念してきたのだから、それも仕方のないことではあるのだが、代役とはいえアイドルとして同じステージに立つ身としては、その差を感じないわけにはいかないし、今の自分自身の力ではその差を克服することもできない。
 その現実は律子に重くのしかかる。公園での練習も明日に備えてというよりは、そんな重圧から生まれる不安を少しでも払いのけようと必死にあがいた結果なのだろう。
 そんな律子の苦悩を聞く立場として小鳥さんがあてがわれたのは、実に正しいキャラシフトと言える。
 普段は指導する立場としてかかわっている以上、伊織たちにおいそれと打ち明けることはできないし、今の苦悩の元凶は現役アイドル時代の自分との落差によるものでもあるから、当時のことを知らないプロデューサーに話しても、律子としてはあまり意味を成さない。それを唯一引き受けられたのは、律子の現役アイドル時代のことを知っていて、なおかつ律子の話をきちんと受け止められる大人の女性であった小鳥さんだけというわけだ。

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 小鳥さんが具体的なアドバイスを行わなかったのも、大人側は聞き役に徹して若手側自身の力による成長を促すという本作の方針に則った描写と言えるが、少しばかり想像(妄想?)の翼を羽ばたかせて、「元アイドルの苦悩」を目の当たりにした小鳥さんに何かしら思うところはなかったのか、考えてみるのも一興かもしれない。
 しかしその律子の悩み、はっきり言葉にこそ出さなかったものの、彼女の態度からおぼろげに感じ取っていた伊織と亜美は、プロデューサーを巻き込んである計画を進めようとする。
 そしてそれは未だ病床にいるあずささんも同様だった。

 ついに迎えたライブ当日。好調な客の入りを見て伊織と亜美は大いに発奮するが、肝心の律子は極度の緊張で顔を強張らせてしまう有様だ。
 伊織や亜美と律子とのアイドルとしての場数や経験の違いを考えれば止むを得ないことではあったが、またここで彼女と伊織たちとの「差」を、見せつけられてしまったことにもなる。
 だがここまで来たら逃げるわけにはいかない。ライブは開幕、伊織と亜美は元気よくステージに飛び出していく。
 そこで2人はまずあずささんが病気のために出演できないことを説明した上で、あずささんから届いたというビデオメッセージを流し始める。
 あずささんからのビデオメッセージ。それは律子のまったく知らないものでもあった。前夜プロデューサーに電話をかけたあずささんが、自分で録画したビデオをプロデューサーに託したものだったのだ。
 ビデオの中であずささんは穏やかに話す。ステージには行けないが自宅から精一杯の気持ちをステージへ送ること、そして自分の代わりにスペシャルなゲストがライブに参加してくれることを。
 それはライブに来てくれたファンへのメッセージであると同時に、自分の信念の下、一度は止めたアイドルという立場に、自分や竜宮小町のために一時復帰してくれた律子への、あずささんなりのエールでもあった。
 そのメッセージを受けて伊織と亜美は「スペシャルゲスト」への素直な想いを述べる。竜宮小町になくてはならない大事な人、怒ると怖い時もあるけれどいつも3人のことを考えてくれている人、そして自分たちをここまで導いてくれた大切な仲間。それは2人の偽らざる気持ち。時にぶつかることはあっても、ずっと苦楽を共にしてきた仲間への心からの想いだ。
 だからこそ3人は、律子なら大丈夫と信じることができる。そう信じられるだけの時間を4人は共に過ごしてきたし、4人でそれだけの結果も出してきた。そして今回のライブに向けて努力してきた律子の姿も、誰より間近で見続けてきたのだから。
 すぐ隣に立っていても遠く離れた場所にいても通じ合える想い。それは4人の絆が「竜宮小町」というユニットの中でしっかりと育まれ、強く太いものとなっていった何よりの証であったろう。

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 しかしそんな3人の素直な気持ちを受けてなお、律子の体から緊張は解けない。もちろん律子とて彼女らとの絆が強く深いものであることは十分承知しているであろうことは、ステージに出る直前の決意の表情からも見て取れるわけだが、それでも律子にはまだ一つだけ足りないものがあった。そのただ一つの足りないもの、と言うより足りないと思い込んでいるものが彼女から自信を奪い、自分自身の能力に対する疑いを払拭させてくれないのである。
 だから律子はステージに上がり、ソロ曲「いっぱいいっぱい」を歌い始めても緊張を解くことができなかった。手足は震え、声は上ずる中、彼女は初めてのミニライブを回想する。

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 あの時も今と同じように緊張しながら歌っていた。それでも一曲目に歌ったこの歌で観客が乗ってくれたから最後までやりとおすことができたものの、あの頃のファンもここにはいない。
 そう、律子に足りなかった最後の一つとは、彼女のアイドルとしての実績や成果と言ったものだったのだ。それは彼女が伊織や亜美たちとの間に感じてしまった最も決定的な「差」でもある。
 プロデューサーとしての律子の支援やお膳立てがあったとは言え、竜宮小町の今日の人気を一から築いてきたのはまぎれもなく伊織・亜美・あずささんの3人である。彼女ら3人にはそれだけの実績や成果があるわけだが、律子は代役とはいえ他の3人が築き上げた「成果」の中に、全くアイドルとしての実績を持たないままいきなり放り込まれた格好になったわけだ。
 それがゲネプロの時に生じた苦悩の根幹となる心情であった。ダンスや歌唱と言った身体的なものではなく、「アイドル」としての能力や魅力が他の3人に見合ったものとなっていないことが、律子をどうしようもないほどに追い込んでいたのである。

 と、律子本人はそう思っているわけだが、それは先述のとおり彼女にとって足りないものではなく、彼女が「足りないと思い込んでいるもの」である。
 その思いはソロ曲を決める際の「アイドル時代の自分の持ち歌なんて、どうせ誰も知らない」という言葉からもわかるとおり、自分の成果や能力に対しては必要以上に過小評価してしまう律子自身の悪癖から来たものであったのだろうが、それは現実とは全く異なる見方でもあった。
 律子もちゃんとアイドルとしての実績を残していたのだ。それを彼女は知っていたはずなのに忘れてしまっていたのである。
 せめて精一杯歌おうと決めた律子が歌のサビを歌い始めたと同時に、会場の後方から歌に合わせたコールが耳に、鮮やかに振られる緑のサイリウムの一団が彼女の目に飛び込んできた。
 それは以前からの律子のファンであるプチピーマン氏を始めとする、律子のファンクラブの面々であった。伊織と亜美は前夜に連絡を取り、プロデューサーに頼んである程度の席を確保してもらった上で、律子のファンを招待していたのである。

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 観客席の一角を綺麗に彩る緑のサイリウムを見て、律子は自分がアイドルとしてちゃんと成果を残せていたことをやっと思い出した。いや、思い出したというよりは自分で認めたと言った方がいいかもしれない。
 Aパート冒頭でプチピーマン氏の存在が提示された時点で、律子には今でも一定数のファンがいることは示唆されていたにもかかわらず、律子本人はそれを心の拠り所にすることはしなかった。
 今も彼女のことを応援しているファンがいるという事実すらも、彼女は自分の性格故に疑ってしまっていたのではないか。アイドルを止めた自分が応援されるわけはないと。
 現実に応援してくれているファンはいるのに、どうしてもそれを否定してしまう。否定したくなくともそれを肯定できるだけのものが、今の自分の中にはない。ゲネプロの際に一瞬脳裏をかすめた緑のサイリウムを振るファンの姿は、そんな律子の葛藤からのものではなかったろうか。
 しかし現実に律子のファンはそこにいた。あの頃のミニライブと同じように、今も緑のサイリウムを振って懸命に律子を応援してくれている。それを目の当たりにすることで、初めて律子はアイドルとしての自分を自分で認めることができたのだろう。
 自分を支えてくれるプロデューサーや仲間たち、そして応援してくれるファンがいて初めて完成する「アイドル」という存在。その瞬間、ステージに立つ律子はまぎれもなくアイドルになったのだ。
 体の震えも消え、伊織や亜美も引き連れて「いっぱいいっぱい」を熱唱する中、観客席が一面緑のサイリウムで埋め尽くされる。それは自分の葛藤や苦悩を乗り越えてステージに立った1人のアイドルと、彼女を支え応援するすべての人にかけられた一夜限りの「魔法」だったのだろうか。
 サイリウムの色が徐々に元に戻る中、パラパラと緑サイリウムが残ったままになっていることも含め、このあたりの描写に対する解釈は個々人に委ねられるべきものであろうが、ただ一つ、それらの光に照らされたステージ上のアイドルが、何よりも輝いていたことだけは間違いない。

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 ライブも終わり、すっかり静かになったステージ上でゆっくり言葉を交わす律子とプロデューサー。
 感想を問われた律子はごまかすこともなく、素直に「楽しかった」と今の心情を告げる。ある意味アイドルとしては一番自分への自信を持っていなかったかもしれない律子にしてみれば、この言葉を素直に口にできただけでも大きな成長と言える。
 先のことはわからないとしながらも、もしアイドルに復帰したくなったらプロデュースをお願いするとプロデューサーに冗談めかして話したのも、そんな成長から来る心の余裕があればこそのものであろう。
 もちろん翌日からの彼女は竜宮小町のプロデューサーに戻る。しかし今回のライブで自分自身が輝くことができたからこそ、それと同じように、それ以上に竜宮小町には輝いてほしい。彼女らならそれができると信じているから。それもまた律子の偽らざる本音なのだ。
 そんな律子の想いを、プロデューサーとしては同僚であり、今回に限っては自分をプロデュースしてくれた存在でもあるプロデューサーにのみ吐露したというのも、なかなか意味深なところではある。
 プロデューサーとしての想いとアイドルとしての想い。いつかその想いを両立させることができるようになる日は来るのだろうか。

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 律子は再びプロデューサーとして竜宮小町の3人を指導する日々に戻った。すっかり「鬼軍曹」に戻ってしまった律子に辟易する伊織たちであったが、それもこれも竜宮小町がトップになれると信じているからこそのもの。
 今日もそしてこれからも、竜宮小町は4人で邁進し続けていく。彼女らがいつかトップアイドルになった時、生み出される魔法の時間は他の何よりも輝く魅力的な一時になることだろう。

 今回使用されたED曲は「魔法をかけて!」。一番最初のアーケードゲーム時代に作られた歴史ある曲であり、ゲーム中では律子の持ち歌としても使用された。今でも律子を代表する歌として、本編中で使用された「いっぱいいっぱい」と双璧を成す人気を誇っている。
 今話においても文中で表現したとおり、律子がアイドルとして復帰した一夜限りのライブは、まさに参加したすべての人にとって魔法がかけられた時間であり、そんな律子の物語を締めくくるには最もふさわしい楽曲であったと言える。
 ED映像に10話以来の876プロアイドル3人がカメオ出演的に登場しているのも嬉しいところだ。

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 秋月律子というキャラクターは、元々ゲーム版「1」では他キャラと同様にプロデュースできアイドルであったものの、「2」ではアイドルからプロデューサーに転向し、プロデュース対象キャラからは外れたという特異な経歴を持つキャラである。
 それ故に「2」では彼女自身の物語が深く描写されることはなく、断片的に触れることしかできなかったわけだが、今話ではその描かれなかった部分を見事に描写し、キャラクターを掘り下げることに成功している。
 これはひとえにアニマスそのものが「ゲームで描かれていない部分を描く」ことを、基本方針の一つに据えているからこそのものだろう。
 しかし単に律子個人だけの描写に終わらせず、第2クールに入ってからは若干存在感が希薄になっていた「竜宮小町」というユニットをも、今一度掘り下げている点は特筆に値する。
 また今話では先述のとおり、プロデューサーが少ない出番ながらも律子を導く側に回っているというのが感慨深い。言うまでもなくプロデューサーは律子より後に765プロにやってきた人物であり、どちらかと言えば先にプロデューサーとして活動している律子を追いかける側の立場であったのだが、今話では完全に律子と同格の同僚として、悩む律子に道を指し示している。
 同僚プロデューサーとして、竜宮小町の面々とはまた異なる立場での近しい存在であった彼ならではの見せ場であった。

 今話はまたカット面において異色の回であった。律子に代役としてライブに出るよう伊織たちが説得するシーンを始め、魚眼レンズや広角レンズを使って映したような描写を積極的に盛り込み、個性的な画作りに勤しんでいる。
 またそれ以外にも画面の手前に物や人物を配置し、その後方でキャラクターに芝居をさせる構図が散見されたのも特徴的だ。
 これは一つの画面内に物や人物で「枠」を作り、それで区切ることによって枠内の部分を強調し見る側の注意をひきつける手法であり、「ウルトラマン」や「ウルトラセブン」で活躍した故・実相寺昭雄監督が得意としていた手法でもある。
 そう考えるとAパート、律子があずささんに電話をかけるシーンのシルエット描写や、Bパート冒頭のレッスン中に、なぜか夕日をバックにとび蹴りをかます亜美のシーンなども、それぞれウルトラマンシリーズにおける実相寺監督作品での有名なシーンに影響を受けたとも取れる…のだが、これはさすがに僕個人の考えすぎと言うところだろう。
 あと構図上の特筆点と言えば、レッスンスタジオで効果的に用いられた「鏡」だろうか。鏡に映る虚像を利用して部屋全体を広く見せたり、向かい合っている面々の表情を一度に同一画面上で描く際に使用したりと、様々な場面で効果的に活用されていた。
 個人的にはアバン冒頭とBパートラストのレッスン場面において、亜美の表情設定集で描かれていた「3」口が披露されたのが嬉しかった。

 さて次回。

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 関東での放送日は11月11日。ちょうど満月を迎えるその日に放送されるのは、月を見上げるシーンが印象的な貴音のフィーチャー回になるようだ。黒井社長ばかり映っていて話の筋は全く読めないのだが(笑)、未だ謎の多い貴音の内面にどの程度迫るのか、あるいはまったく別種の物語になるのだろうか。
posted by 銀河満月 at 16:20| Comment(0) | TrackBack(15) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月31日

アニメ版アイドルマスター17話「真、まことの王子様」感想

 前回の16話の感想は、何が言いたいのかをまとめることが出来ていない中途半端な内容になってしまった。
 ネット上での批判的意見を意識しすぎて、変に擁護の要素を入れようとしてしまった結果である。
 基本的には作品を見て思ったことや感じたことを素直に書くことを心掛けてはいるのだが、それを実行するのはやはり難しいと改めて思い知らされた。今後はその辺を注意して書くようにしていければと思う。
 個人的に16話が水準作であるという考えは変わっていないけどね。

 で、今回の17話においてフィーチャーされたのは真。このアニメ版アイドルマスターにおいては、春香の次に画面上に登場したアイドルであり、今までの話の中でも様々な場面で存在感を発揮してくれた好キャラクターでもある。
 監督を務める錦織敦史氏お気に入りのアイドルということもあって、いつどのような話の中で真が描かれることになるのか、アニメ放送開始前からファンの間で話題になることも多く、そういう意味では通常時以上にファンの耳目を集める話でもあったわけだ。

 菊地真という少女は見たとおり美少年を想起させる中性的な容貌の持ち主。13話におけるライブ以降生まれた人気の原動力も、そんな真の見た目に惚れこんだ女性ファン中心のものであることが、冒頭のアバンで描かれる。
 しかし「王子様」とまで形容されるほどの少年的な容姿に比して、真本人は人一倍女の子らしさに憧れる少女。アイドルを目指した直接の理由も「アイドルとしてやっていけるような可愛らしい女の子になりたい」という願望からだ。

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 だが現実はそうもいかず、変装して少女漫画雑誌を買う中でも中高生や主婦といった幅広い層の女性ファンに遭遇、さらには事務所前に待機していた大勢の女性ファンからプレゼント攻勢を受けると言った具合である。
 ファンのそういった声に嬉しさを感じる一方で、自分が本当になりたかった「お姫様」になることができず、そう見てもらうこともできない現状を愚痴る真。
 真からすればかなりお寒い状況ではあるものの、15話での一コーナー「菊地真改造計画」を思い返してみればわかるとおり、真にとっての美少女像やお姫様像とはかなり現実離れした少女漫画的なもの、しかもかなり古い時代の代物である。
 それはAパート冒頭で、真本人が渾身のアフレコ付きで解説していた少女漫画の内容からも容易に窺い知ることができる。真は大真面目に「白馬の王子様」に憧れ、恋い焦がれる乙女なのだ。

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 漫画の内容に合わせて本人の目まで昭和の少女漫画チックな星キラキラになってしまうのも楽しい演出だが、そんな真の興奮とは全く対照的に、同席していた春香と千早、そしてプロデューサーが努めて冷静に応対するものだから、その熱の差が尚更おかしさを増幅させている。
 ただそんな対応をしていても、他の3人が決して真の夢や憧れをバカにしないというところが、4人の平時からの仲の良さを匂わせていて良い。この輪の中に千早がきちんと入っているというのも注目すべき点だろう。

 見た目だけでなく自分の女の子らしいところも見てほしいと不満を並べる真の横で、自分の携帯電話にかかってきた電話の発信者名を見て、表情を曇らせる千早。

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 発信者名は「如月千草」となっており、名前から察するに千早の母親らしいのだが、もしそうなら初めて千早の母親の名前が公式媒体で明示されたことになる。
 11話での千早の発言通り、千早の両親は既に離婚しており、如月姓のままで電話に登録されていたのは、本編序盤の歌以外にはさして興味を抱かない頃の千早であれば、当然そのままいじらずに放っておくだろうとも思えるが、以前よりは周囲に目を向けるようになった現在の千早においてもなお名称変更していないあたり、自分にとって決して良い存在ではなかったはずの母親の存在に触れることさえ拒んでしまっている、千早の屈折した心境が垣間見えるだろう。
 千早が席を離れる一方で、真はまだまくし立てていた。可愛らしいポーズをとれば女の子らしく見えると力説するものの、横のテレビで流れるCMでの真は非常に様になっているカッコいいポーズを取っており、真は落ち込んでしまう。
 そんな真を励ます春香だったが、逆に真から「春香はアイドルとしてみんなからどう思われたいのか」と質問され、答えに詰まってしまった。
 このこと自体が後々春香の物語としての伏線になり得るかどうかは、今後の展開を見守るしかないところではあるが、個人的にはさほど重要なことではないように思える。
 さて落ち込んでしまった真を元気づけたのはプロデューサーだ。と言っても「真も最近は色っぽく見られるようになった」と言った後にアイコンタクトで春香に同調を促している辺り、明らかに嘘だと察することができるのだが、根が単純な真はそれを聞いてすっかり機嫌がよくなってしまった。

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 こういう場合はまさに嘘も方便というやつであるが、この種のやり取りはゲーム版におけるコミュニケーションの再現であると同時に、嘘であることを顔に出すことなく口にして、真のご機嫌を取り、且つ担当アイドルである真の性格もきちんと把握できているほどにプロデューサーが成長してきたことをも示唆している。
 またアイコンタクトによる意思の疎通をそつなくこなしている辺り、春香とも良好な信頼関係が築けていることがわかり、今日一日仕事でプロデューサーを独り占めできると話す真を冗談交じりに春香が羨ましがるのも、もしかしたら本音が混ざっていたのかもと考えると面白いかもしれない。
 そしてそんな春香と真のやり取りを「バカなこと言ってないで」と一蹴するプロデューサーは、彼女らとは仕事上のパートナーであるという一線を自分から壊すことは決してないという意味で、やはりプロデューサーの鑑であろう。

 プロデューサーと共に向かった先の仕事は番組収録。イケてる男性タレントを扱うのがメインの番組のようで、真は女性であるにもかかわらずゲストとして呼ばれたわけだが、事務所で見せた複雑な感情はおくびにも出さず、見事に「王子様」の姿を見せる真からは、プロのアイドルとして確実に成長してきた跡が見て取れる。
 しかし成長したとは言え、真もまだまだ発展途上のアイドル。同じゲストとして同席していたジュピターの天ヶ瀬冬馬から挑発を受けた真は、本番中であるにもかかわらず声を荒げてしまった。
 その場は本人の機転で取り繕い、結果として自身の好感度まで上げることができたのだが、14話での表紙乗っ取りや16話での響に対する策略などの卑劣な手段をどうしても許せない真は、本番終了後も露骨に961プロへの嫌悪感を示す。
 直情径行で且つ正義感も強い真にしてみれば当然の感情ではあるが、真本来の長所と言えるこういった部分が逆に彼女自身の男っぽさを強調してしまっているのも事実であり、ある種の皮肉とも言える。
 そんな彼女のまっすぐさ故の攻撃性は本番終了後、冬馬に再び挑発された際にも発揮されかかってしまうが、比して冷静なプロデューサーは両者の間に立ち、真に代わって冬馬の相手を務める。

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 この構図は14話での言葉通り、961プロ関連のことはプロデューサーが一手に引き受けるという決意からの行動そのものであり、同時にゲーム版「2」において打ち出された「プロデューサーがライバルからアイドルを守る」構図を明瞭に図式化したものと言える。
 と、そこにまたもや現れる黒井社長。例によって大袈裟な文句や変に捻った修飾語を用いて揶揄してくるあたりに小物臭を漂わせているが、真にはそれを判断できるほどの余裕はなかったようで、黒井社長の露骨すぎる挑発に思わず激昂してしまう。
 そんな中でジュピターの伊集院北斗が1人、黒井社長の演説を苦笑交じりに聞いているというのが興味深いところだ。この北斗の態度やプロデューサーとの会話時に見せた冬馬の表情などの理由は、「2」を一通りプレイしていれば大体分かることではあるのだが、その辺をアニメ版ではどう見せるのか、それもまた気になるところではある。

 黒井社長に挑発されたにもかかわらず、正当に反論することもできないまま終わってしまった真は、その鬱憤を晴らすかのようにプロデューサーを連れ、ゲームセンターでガンシューティングゲームに興じる。
 だが頭に血が上ってしまっているからか、弾丸のリロードも満足に行えず、結局あっさりと敵にやられてしまった。
 1話の時点でその片鱗を見せてはいたが、真は直情径行な性格ゆえに一つのことに拘り始めると極端に視野が狭くなる傾向がある。今回のゲームや番組本番中での思わぬ失態もそれが一因だったわけだが、相手に対して嫌悪や反発心といった、どちらかと言えばマイナスの感情を持った時に限って失敗しているというのは、今話の後半へ向けたアニマスお得意の暗喩であろう。
 1人リタイヤしてプロデューサーのプレイを見つめる真。父親の方針によりゲームで遊ぶことができなかった彼女に反して、そつなくゲームをプレイするプロデューサーの姿にどこかしら「男の人っぽさ」を感じた真は、そのままプロデューサーをゲームセンターから連れ出してしまった。

 今日一日、プロデューサーにとことん女の子扱いしてもらうと決めた真は、服屋で女の子らしいスカートに着替えた上で、「デート」と称してプロデューサーと共に遊園地へ繰り出す。
 この時の「せっかくのスカートなんですから」という真のセリフは、他のセリフと違って女の子らしい恰好ができた嬉しさと、少しばかりの気恥ずかしさや照れくささといった感情が入り混じったような調子になっており、このセリフ一つで真の今現在の胸中を表現しきっていると言っても過言ではない。非常に秀逸な一言であった。
 そして真の個人楽曲である「自転車」に乗って描かれるデートシーン。

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 遊園地で様々な乗物に乗って遊ぶという流れは、デートコースとしては定番そのものに思えるが、それこそ漫画の中に出てきそうな定番コースを回ってのデートこそ、真にとってはまぎれもない「夢」だったのだ。そう考えると元来怖がりな真があえてお化け屋敷に入ったのも、漫画などのお話の中で描かれる定番的な描写(お化けを怖がる少女を相手の男性がかばい守る)への憧れから来たものだったのかもしれない。実際には彼女はプロデューサーを置いて1人全力逃走してしまったわけだが、真の中でそういう憧れが作用していたのかもしれないと考えると、その一連のシーンがより微笑ましく感じられるのではあるまいか。
 デートと言えば12話での美希とプロデューサーの道中が思い出されるが、あちらは結果的にそう見えるというだけの話であって、プロデューサーはもちろん美希としてもそういう考えは頭の中になかっただろうから、実質今回の真たちのデートが、アニマスで初めて描かれた「アイドルとプロデューサーのデート」ということになる。
 無論このデートは互いの恋愛感情から来たものではないのだが、ゲーム中でもデートと明言された上でこういう行為が公然と行われることはさほどなかったことを考えると、アニマス作中で初めて明確にデートを体験する立場となった真の扱いは、やはり破格なものと言わざるを得ない。
 しかし前述のように真にとっては女の子扱いしてもらう一環としてのデートだし、プロデューサーに至ってはそもそもデートという概念の元に行動しておらず、本人の言葉にもあるように兄妹付き合い程度の感覚しかない。BGMとしてかかっている「自転車」も、真の快活なイメージに合わせた爽快感溢れる恋愛ソングで、恋愛感情よりもその爽快感の方が前面に押し出されている楽曲であることも含め、プロデューサーを恋愛対象として描写することを徹底的に排除することで、恋愛成分過多にならぬよう演出上のバランスを取っている。
 このあたりはあくまでプロデューサーを介添え役、狂言回しとしての立ち位置に設定しているアニマスの大前提を堅守したというところか。真の「自分たちは恋人同士に見えるだろうか」というセリフも、あくまでデートの雰囲気そのものに酔いしれているところから出てきた言葉であって、プロデューサーへの格段の思い入れから出た言葉ではないであろうことにも留意しておくべきだろう。
 そんな中にも「堂々としていれば意外にばれないもの」と、道行く少女たちからの視線を軽く受け流す真の描写を挿入し、ただファンから逃げたり隠れたりするだけではない、成長したアイドルとしての経験値の高さを盛り込むあたりはさすがである。

 そんな折、仲良さそうにしているとある父娘の姿を見た真は、感じ入るところがあったのか、的当てゲームに興じつつプロデューサーに自分の過去を語りだす。
 真の父は彼女を男の子として育てたかったらしく、スカートのような女の子らしい服を着ることも、可愛い物を家に置くことも許さなかった。だからこそ真は「女の子らしさ」に、そして彼女にとって最も女の子らしい存在である「お姫様」に憧れるようになった。真がアイドルを志したのも、自分がいつかそういう女の子らしい女の子に変われることを夢見たからである。
 だが現実はどこまでも王子様扱い。どれだけ自分が女の子でありたいと願っても、周囲からは「理想の男の子」として見られてしまう。それがアイドルとしての自分への好意から来ているものであることを十分知っているから否定することもできず、しかし結果的にそれが彼女を縛りつけてしまっていることもわかっているから、余計に苛立ってしまうのだ。
 真がアイドルを目指した理由そのものは1話の時点で既に触れられてはいたが、自分の内面と周囲の期待や見る目からくるギャップは、第1クールの時点ではそれほどクローズアップされていなかった。彼女がそれを大きなジレンマとして抱え込んでしまったのは、13話以降の躍進によりファン人口が増えたからに他ならない。
 そういう意味では彼女の悩みもまた16話の響同様、人気アイドルとして成長したからこそ生じたものと言える。14話で示された通り、アイドルとして人気が高まれば周辺の環境や状況も変わっていかざるを得ず、その変化も決して良い結果ばかりを生み出すわけではない。961プロの横槍が顕著であるが、真の内面と外面とのギャップが以前より肥大化してしまったことも、変化によるマイナスの影響によるものと言えるわけだ。
 しかしそんなジレンマを抱えつつも、自分を王子様としてしか見ないファンを決して否定せず、「女の子としても見てほしい」という前向きな願望を抱けるところが、真という少女の良いところであろう。

 さてそんな真の苛立ちも、的当てゲームの景品としてクマのぬいぐるみを貰ったことで一旦は落ち着いた。
 再びプロデューサーと共に遊びに興じようとする真だったが、そんな時に2人の少女が不良たちに絡まれている現場を目撃してしまう。
 このような場面を放っておけない真はプロデューサーの制止も聞かず、ぬいぐるみを集めて1人飛び出していってしまった。
 自分よりもずっと体の大きい不良を相手に一歩も引くことなく構えを取る真。しかしあわやという時、真が「アイドルの菊地真」であることに気づいた少女たちの方が、状況をすっかり忘れて真を取り巻きだした。

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 一触即発といった緊迫感のあるシーンが一気に脱力感溢れるシーンに変わってしまったわけだが、これが元をただせば助けに入った真自身の、アイドルとしての魅力と認知度に起因しているというのもなかなか面白い。
 しかしすっかり存在を忘れられてしまった不良たちの方は面白くない。悪態をついても真はともかく少女たちからは完全に無視されてしまっているため、腹を立てた不良の1人が思わず真に殴りかかる。
 その刹那、真の目の前に飛び出し、真をかばってまともに殴られてしまったのはプロデューサーだった。

 結局騒ぎの方は真に気づいた女性ファンが大量に集まってきたため、なし崩し的に収拾がつく形となった。
 結果的にプロデューサーに迷惑をかけただけになってしまい、自分の軽率さを詫びる真だが、プロデューサーは穏やかに「負けることはないだろうが」と前置きした上で、顔に怪我でもしたら大変だったと呟く。それはアイドルとしての真と同時に、女の子としての真を案じた結果の発言だった。
 アイドルとしてだけでなく、年頃の女の子としての彼女らとも正面から向き合って接することも、プロデューサーとして大切なこと。これは12話でプロデューサーが紆余曲折の末に学んだことであり、今回の行動も発言もそれが彼の中でしっかりと根付いていたからこそのものであったのだろう。
 尤も一発殴られただけで伸びてしまうのはお世辞にも格好の良い姿とは言えず、本人もそれを自嘲気味に語るが、しかし真は自分とは違うと続ける。

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 真は危機に陥っていた少女たちを助けるため、一も二もなく駆けつけた。それは少女たちにとってまぎれもなく「お姫様を助ける王子様」の姿であった。真が何より憧れた「王子様に助けられるお姫様」という夢を、本人も気づかぬうちに2人の少女に見せていたのである。
 アイドルは自分個人の夢を追いかけるだけの存在ではない。多くのファンをそのすべてで魅了し、夢を見せることもまた、アイドルに欠くべからざる大切な要素なのだ。「自分がどう見られたいか」だけではなく、「自分を周囲にどう見せるべきか」を模索し、その結果をそのまま自分自身の姿として映しだすことが、アイドルにとって重要なことなのである。
 夢を見る立場であった少女が、いつしか他人に夢を見せる存在になっていく。それは単なる個にすぎなかった少女が公の存在として世間に認知された証左の一つでもあり、真に限らず765プロアイドルが成長していく上で変わっていった部分でもある。彼女たちがアイドルとして成長した証であると同時にさらなる成長をも促進するという点では、変化によるプラスの影響と言える。
 アイドルだからこそ持ち得る、周囲に良い影響を与える力。8話であずささんが見せたようなそんな力を真は知らず知らずのうちに備え、発揮していた。そしてそれは彼女が内心の葛藤を抑え、男っぽさを前面に出して王子様に徹していたからこそのものである。
 真の中にある「男っぽさ」は決して否定したり排除したりするべき対象のものではない。それもまた立派な個性であり、菊地真という少女、そしてアイドルを構成する大切な部分の一つなのだ。
 そう考えて今話を見返してみると、真は自分の中にある男っぽさそのものを否定してはいない。自分が男っぽくなってしまった最大の要因である父親に対しては複雑な思いを抱いているものの、先述の通りファンと接する際にはファン心理を考えた上で王子様をきちんと演じているし、961プロやジュピター相手には対決姿勢を崩さない。曲がったことが許せず困っている人の元にはすぐ駆けつけ、徒手空拳で相手をすることも辞さない覚悟を見せる。
 自分の個性に対して真が愛憎相半ばと言った感情を抱いている点は否めないが、決して後ろ向きな考えに陥って否定することはなく、前向きな姿勢を崩したりはしない。だからこそその個性が真のアイドルとしての魅力をより強く輝かせることになったのだろう。自分自身を嫌うような人間が他人に好かれるはずもなく、ましてアイドルとして大成できようはずもないのだから。

 すっかり陽も沈みライトアップが施された夜の遊園地で、2人はメリーゴーラウンドの前に辿り着く。数々の綺麗な照明に彩られたメリーゴーラウンドをうっとりとした表情で見つめる真に対し、プロデューサーはまるでお姫様をエスコートするかのような口調でメリーゴーラウンドに乗るよう誘う。

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 突然の呼びかけに戸惑いながら、お姫様でなくお殿様口調で返事をしてしまうあたり、真のそそっかしい一面が見えて楽しいが、さらに真はメリーゴーラウンドの馬ではなく、馬車のほうに乗るよう促される。無論それは今の真が王子様ではなく「お姫様」だからだ。
 そんなプロデューサーの気遣いを受け、真は「他に誰もいないから」と今回だけ王子役をプロデューサーに任せ、馬に乗ってもらうことに。
 眩い輝きの中を動き出すメリーゴーラウンド。馬車の中から見える光景にしばし真は見とれてしまう。
 今乗っている馬車そのものは遊園地の遊具にすぎず、どちらかと言えば幼稚な部類に入る代物である。しかしメリーゴーラウンド自体に乗ったことはあっても、恐らくは馬車のほうに乗ることはなかったであろう真にとって、十分に嬉しい出来事であるということは容易に想像できる。
 もちろん真自身が「お姫様」として見られるよう変わったわけではないし、目の前の馬に乗っている男性も「王子様」と呼ぶには無理があるプロデューサーである。しかしアイドルとしての真と少女としての真、両方を理解するよう努めてくれ、男として女の真を守るために体まで張ってくれたプロデューサーに対し、今まで以上に強い信頼の念を抱いたことは確かだろう。
 そして今またプロデューサーは彼女にほんの一時、ささやかなものとはいえ、彼女の望んだ夢の一部を見せてくれた。それは大勢のファン、すなわち他人の夢を叶えるために奔走してきたアイドルを、わずかな時間ではあれど夢見る普通の少女に立ち返らせてくれた、最大限のご褒美でもある。
 プロデューサーのそんな心遣いと優しさがどれほど真の心を幸せにしてくれたか、それは馬車の中でクマのぬいぐるみを抱きしめながら浮かべる真の笑顔を見れば、言わずもがなというところであろう。

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 やっと事務所に帰ってきたプロデューサーと真を迎えたのは、亜美真美と美希の3人。亜美のプロデューサーへのぞんざいな態度も笑えるところだが、「遊園地でデートした」という真の言葉を聞いて3人とも俄かに色めき立つ。

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 プロデューサーをハニーと呼ぶ美希が騒ぐのは当然として、亜美真美の場合は単に「遊園地で遊んだ」という事実を羨ましがっているだけなのだろうが、物語そのものにはあまり絡んでいない部分でもキャラの個性に合わせた人物配置が行われているのには好感が持てる。
 デートと言う言葉を聞いて一番露骨に騒ぎ立てるのは、恐らくこの3人であるはずだから(ちなみにそれ以外の何人かの反応については、今話の「NO MAKE」にて視聴可能)。
 真は中途半端ではなく、真面目な気持ちで向き合って「王子様」をやってみるとプロデューサーに告げる。その真の口調はAパートの頃とは打って変わって穏やかなものだ。
 もちろんお姫様になる夢を忘れたわけではないが、いつかたった1人、自分のことを女の子として大切にしてくれる人が現れるのなら今はそれでいいと話しつつ、持ち帰ったクマのぬいぐるみを事務所に飾りつける真。

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 ここでキーポイントになるのはクマのぬいぐるみだ。的当てゲームの景品としてBパートのほとんどに登場するこのぬいぐるみだが、今回の話をよく見てみると、これは真の女性的な面を強調するアイテムとして機能していることがわかる。
 不良たちと対峙する時、メリーゴーラウンドで最初に馬に乗ろうとした時、どちらも真はぬいぐるみをプロデューサーに預けていた(後者の場合は「恐らく」)。どちらも真の男性的な面が強調されているシーンであるがそれ以外、ぬいぐるみを抱いているシーンの真は、可愛い物を素直に可愛がる女性的な表情が一貫して描かれている。
 ぬいぐるみを持っている時の嬉しそうな表情と、ぬいぐるみを手放した時のキリっとした表情、一見相反しているようなこの2つの表情を生み出す個性を、一まとめに内包していることが真の魅力であるということ、と同時にその女性的な面を自分1人では、それこそ15話のようにうまく披露することができず、ぬいぐるみのような「第三者」の介添えがまだ必要になってしまうという真の不器用な面をも描出しているのだ。
 それは上述のようにぬいぐるみの所持描写を用いて真の男性的、女性的な面を一通り描いた後に、メリーゴーラウンドの馬車の中に、プロデューサーが先にぬいぐるみを乗せておくという描写を盛り込んでいることからも十分に察することができる。
 真はあのシーンでは最初迷わず馬に乗ろうとしていた。ここからもお姫様に憧れながら、自分でどうやればその憧れを上手に実現できるか分かっていない不器用さがわかるわけだが、だからこそ第三者であるプロデューサーがうまく手を差し伸べて、少女である真を馬車に誘う必要があったのである。
 そんな場面において真の女性性を強調するアイテムであるぬいぐるみを、先に馬車の中に座らせておくことは、当然の演出だったと言えるだろう。
 そういう役回りを演じていたぬいぐるみを事務所に飾ったという点については、事務所に飾ったことそのものよりも、その飾った場所の方が注目すべき点だ。
 ぬいぐるみが飾られた場所はAパートで白目のダルマが置かれていた場所である。目の書かれていないダルマというのは、知っての通り何らかの祈願をし、それがまだ成就されてない状態のものである。
 真としては別段意識していたわけではないだろうが、演出的にはそういう効果を持つダルマと置き換えさせることで、お姫様のようになりたいと願う自分の気持ちに一つの区切りをつけたということを明確にしているのだ。
 殊更に強調しなくとも自分の女性的な面はいつでもすぐ近くにあり、プロデューサーを始めそれを理解してくれる人たちもまた近くにいる。そんな安心感と信頼感があるのだから、もう改めて願いをかける必要はない。ダルマとの交換はそんな真の気持ちを強調する意味で機能していたのだろう。

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 さらに言えばこのぬいぐるみを手に入れた経緯も忘れてはいけない。先述したとおりぬいぐるみは遊園地での的当てゲームで手に入れたものであるが、真はこのゲームをクリアすることができたから、景品としてぬいぐるみをもらえたわけである。
 運動が全般的に得意の真だからこそ苦もなく達成できたゲームであったが、運動が得意と言うのも元々は父親に男っぽく育てられた事実に起因しているところが大きい。つまり真は自分自身の持つ男っぽさ故に、女らしさの象徴でもあるぬいぐるみを手に入れることができたのだ。
 これは一種の暗喩なのではないか。すなわち真が男っぽさの象徴である「王子様」であり続けることで、いつか女らしさの象徴である「お姫様」になることができるという意味での。
 無論作中現実としてそういうことが確約されたわけではないが、製作陣の構築してきたアニマス世界そのものからの、真に対するご褒美と言えるものかもしれない。
 アニマスの世界はそういうことが許される優しい世界であるということは、1話から見続けてきた諸兄であればわかって頂けると思う。
 後日、またも王子様としての仕事が舞い込んだことを愚痴る真ではあったが、車中から空を見上げるその表情は、Aパートでの同様の場面と異なり穏やかな笑みを湛えていた。
 不満を抱くことはあっても、真はもう嫌がることなく「王子様」になることができるだろう。彼女のすぐそばには、いつもあのクマのぬいぐるみがいてくれるのだから。

 EDは真の個人新曲「チアリングレター」。タイトルの通り相手を静かに、しかし強く応援する応援ソングとなっている。
 今話に限っては「素直な気持ちで有りのままやっていれば みんなに届くよ だから悩まないで」という一節からもわかるように、今話における真自身への応援歌となっている点が面白い。
 ED映像は絵コンテ・演出、レイアウト、そして原画もすべて錦織監督が1人で手掛け、真ファンを公言している監督の面目躍如たる映像となっていた。

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 今話もまた前話と同様、14話以降の環境変化に伴って新たに生じた問題と向き合い、それを解決するアイドルの姿が描かれた。
 今回真がぶつかった問題も、元々1話の時点で程度の差はあれど抱えていた同じ問題であったわけだが、それが環境の激変に伴い、より大きく重いものとなってのしかかってきたという構図も、前話と同様である。
 さらに言えば細かいことではあるが、前話である16話も今話の17話も、それぞれメインを務めたアイドルの家族間における問題が、ストーリーの中に組み込まれているという点も共通している。16話ではその問題そのものが話の主眼に置かれたのに対し、17話は背景設定を示す上でのファクターとして扱われたのみという違いこそあるものの、「家族」が絡んでいるという点は見逃せない。

 それを考えると前話に引き続いて伏線めいたものが張られていた千早の、ストーリー中における存在意義も見えてくる。
 キーはそれぞれ「家族の絆」と「親子関係」。16話で千早はある事件をきっかけに家族の絆が失われていく様を悪夢として思い返し、17話では既に離婚して千早との関係性も薄くなっているであろう母親からの連絡が入る。
 一見無作為にただ伏線を積み重ねているように見えるが、16話で響たちが背負ったテーマである「家族の絆」と、17話で描かれた真のバックボーンの一端を形成する要因となった「親子(父子)関係」と、それぞれ結びついた描写となっているのだ。
 前話、そして今話とも千早の様子はストーリーそのものに深く結び付いているわけではない。だが同時にそれぞれの話における主軸、または重要な要素が何であるかを、本編中でいち早く指し示す役割を担っているのである。
 メインに深くかかわる要素を最初から視聴者側に提示すれば、視聴者としてはその部分に意識を注力させやすくなり、視聴者側の物語に対する意識のブレを抑制することが可能となる。千早の描写は後に控えているであろう本人の物語への伏線であると同時に、作劇上のギミックの一環でもあったわけだ。

 なお余談であるが、今回の真との決定的な対比として描かれていたのは、やはり春香だったと言える。
 前述の通りAパートで「春香はアイドルとしてみんなからどう思われたいのか」と真に質問された春香は答えに詰まってしまったわけだが、これは春香がその方面に対するビジョンを持っていなかったというよりは、「誰にどんなふうに見られたいか」という考えそのものが、春香の中にはなかったように思うのだ。
 「アイドルとして他人にどう見られたいか」という考えは、自分を思考の中心に据えた上での考え方である。実際に今話の真はそのことをずっと気にし続け、最後にようやく「アイドルとして他人に何かをしてあげること」の大切さに気づくわけだが、春香の理想とするアイドル像は、元々「他人に何かを送り届けられる存在」ではなかったか。
 アイドルとして多くの人に喜びや楽しさ、幸せを届けたい。自分の強い想いがあればそれはきっと届くはず。13話で春香がみんなを励ます際に言った言葉は、そのまま春香の理想とするアイドルの姿そのものだった。春香は最初からアイドルとして他人にどう見られるかを気にしていないのだ。ただただ一途に、アイドルとして出来ることすべてを多くの人に届けることを願ってきたのである。それができるアイドルこそが何よりも輝ける存在になることを、春香は知っているのだから。
 僕が春香と真のこの描写を「伏線になるほど重要なものではない」と明記したのは、このような考えによるものであったが、無論これも僕の個人的な解釈にすぎないので、しっかりとした伏線として生かされる可能性だってあるし、それはそれで十分面白い物語を紡ぐ要素の一つになり得ると思う。

 さて次回。

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 律子がレッスンをしているところから見ても、「律子がステージに立つ」ことが話のメインになるであろうことは想像に難くない。と同時に第2クールに入って初めての竜宮小町メインの話にもなりそうで、こちらの面からも非常に楽しみな話になりそうだ。
posted by 銀河満月 at 22:07| Comment(0) | TrackBack(16) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

アニメ版アイドルマスター16話「ひとりぼっちの気持ち」感想

 今月から第2クールに突入したアニメ版アイドルマスターも、新規導入編の14話とお祭り回の15話を以って、順調に2クール期への移行を果たした。
 この2話分は言ってみれば番組改編期における特別番組として位置づけられる意味合いの挿話群であり、アニマス本来のフォーマットからは若干外れたものになっていたわけだが、今回の16話から通常形態の進行にシフトすることになる。
 そんな今話の中心となった人物は我那覇響。今までの話の中でも登場する機会が比較的多かった響だが、そんな彼女にとってはようやくのメイン回であり、同時に第2クールで初めて特定のアイドルに焦点を絞った物語である。
 単に特定アイドルをフィーチャーした話と言っても、第1クール期の頃とはまったく周辺の環境が異なっている中で、彼女の物語はどのように描かれるのだろうか。

 と思いきや、アバンに挿入されてきたのは千早の夢の中の話。
 激しく言い争う千早の両親と思しき2人、割れる食器、そんな様子の一切を耳を塞ぎ拒絶する幼い千早、そして千早の手から離れていくとある人物の手…。

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 11話や14話でもほんの少し描写されてはいたが、夢という形ではあるものの千早の過去について直接的に描写されたのは今話が初めてのことである。
 断片的に描写されたのみとはいえ、千早の抱えている最大の問題がおぼろげながらも見えてくる場面であり、同時にその問題の最大要因である「とある人物」の姿をはっきりと見せない演出は秀逸だ。
 この辺は上記2エピソードでの描写と組み合わせることで視聴者の中にのみ、よりはっきりとした形となって現れるというモンタージュ的構成になっている。
 悪夢から目覚め陰鬱な表情を浮かべる千早の耳に飛び込んできたのは響の声。窓から外を見やると、響のペットのうちの一匹であるいぬ美を追いかけて走る響の姿があった。

 事務所の中で激しく口論?する響といぬ美。なんでもいぬ美が食事の皿をひっくり返してしまったということで、響が怒って説教しているのだが、いぬ美の方にも言い分があるらしく、2人の言い争いはなかなか終わらない。

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 状況だけを見ると皿をひっくり返した行為について、いぬ美はきちんと理由を説明していないようで、響も手作りでこそない物のきちんと栄養のバランスを考えた食事を出しているにもかかわらずそんな態度を取られてしまっているため、さらに怒る要因になってしまっているようであるが、その部分だけを抜き出してみるとかなり真面目なやり取りをしているようにも見える。
 しかしこのシーンの会話は当然ながら「人」と「犬」の間で行われているわけで、見る者にとっては真面目なのか遊んでいるのかよくわからない光景になってしまっているのがユニークだ。一言で言ってしまえば「シュール」というところか。
 765プロアイドルの中では基本的に他人に説教するようなことをしない響が、動物相手とはいえお説教をしているという絵面もなかなか新鮮である。
 前話で久々に健在ぶりをアピールしたハム蔵は2人の間に立っているものの、他のペット全員の気持ちを代表しているといういぬ美の言葉を聞いた響から突っ込まれ、慌てて否定すると今度はいぬ美からも突っ込まれてしまい、まったくの板挟みになってしまう。

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 そんな3人の様子を見やるプロデューサーや春香たちの反応も面白い。
 4話に続き動物と会話が成立していることに春香が感心する一方、今日収録の響メイン番組「とびだせ!動物ワールド」が無事に行えるのかを心配する律子。
 響だけでなくいぬ美もメインとして出演している番組だけに、心配するのは無理からぬところだが、すべてではないと思われるものの、直接担当している竜宮小町以外のアイドルのスケジュールを把握しているあたりに、律子のプロデューサーとしての能力の高さが垣間見えるだろう。
 そして3人の様子を冷汗を出しながら見ているのはプロデューサーと雪歩だ。今更言うまでもないが3話での描写の通り、2人は揃って犬が苦手なので、互いに「もう犬は怖くない」と強がってみせるものの、結局いぬ美の一声でびくついてしまうあたりが微笑ましくて良い。それほど大きな声ではない、ごく普通の吠え声であったところもまたポイントだろう。

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 しかしながらそんな中でも、3話では小さい犬を見るだけでも怯えてステージから逃げようとまでしていた雪歩が、怖がりながらも平静を装えるまでになっているところは、彼女の努力による成長の賜物だろう。
 さらに言えば雪歩が落ち着いたそぶりを見せられたのは、いぬ美にはある程度慣れているから、つまり本話以前からいぬ美も事務所にしょっちゅう出入りしていたからという解釈も可能であるし、何より雪歩にとって頼れる存在であるプロデューサーがすぐ隣にいたからと考えることも可能なわけで、このシーン一つ取って見ても、16話分の積み重ねによる様々な見方が可能となっており、そういう観点からも良いシーンである。
 さてそんな彼女らの横を、沈んだ面持ちのままで通り抜けていく千早。まだ今朝見た夢のことを引きずっているようで、春香の呼びかけにも言葉少なに反応しただけでボイストレーニングに出かけてしまう。
 一方の響たちは仲直りすることができず、ついに響はいぬ美は収録にも来なくていいと言いだし、ハム蔵を連れて事務所を出ていってしまった。いぬ美の方もふてくされて応接室のソファーに横たわってしまう始末。
 気分が沈んでいるにもかかわらずそれをごまかし、親友である春香にも打ち明けることなく平静を装った千早と、頭に血が上ってはいたものの、皆の前で感情を開けっぴろげに爆発させて不満を露わにした響。「事務所を出ていく」という行為そのものは連続して描かれた共通のシチュエーションであったが、それを実行したキャラクターの内面はずいぶんと対照的である。

 そんな時、961プロの事務所ではまたも黒井社長の下で怪しげな計画が練られていた。
 961プロ事務所の外観は765プロ事務所とは比較にならない程の巨大なビルであり、ゲーム版ではネオンサインがあったりして悪趣味さが全開になっていたが、このアニメ版では黒を基調としてまとめられたなかなか落ち着いたデザインになっている。
 社長室で黒井社長と密談するのは、響が出演する「とびだせ!動物ワールド」のアシスタントプロデューサー。黒井社長子飼いであるこの人物は、響を番組から降板させ代わりにジュピターをメインに据えるという策略を立案していた。
 10話でこだまプロのプロデューサーを「小者」と罵った黒井社長が、明らかに小物然とした人物を手駒として使っている点は実に滑稽であるが、それもまた黒井社長自身の性格を表したものであろう。
 黒井社長は自ら今日のロケ現場に出向くことを決める。それはジュピターが取って代わるからという理由以上に、彼にとって最も嫌悪の対象である「765プロの人物」を見定め、打ち負かす様を見届けるためでもあった。
 言いながら黒井社長はチェスの黒い駒を、盤上いっぱいに×の字に並べて「チェックメイト」と宣言する。
 これが偉ぶってみせているだけの虚栄心によるものであるか、それとも単なる手慰みであるのかは不明であるが、14話でのオセロに続くこの種のシーンもまた、黒井社長の個性を強化するファクターとして機能していることは間違いない。

 響やプロデューサーがやってきたテレビ局で、いぬ美が休みと聞いて驚いたのは、番組のディレクター。ゲーム版「1」のビジュアル審査員こと山崎すぎおを思わせるオカマっぽいキャラクター。
 見た目も服装からしても十分そっち系の人であるが、いぬ美がいなくても自分1人で面白くするという響の言葉を、いぬ美が心配だからこそ強がってみせていると好意的な解釈をしてくれる、なかなかの好人物だ。
 「いぬ美は具合が悪くなった」と言って平謝りするプロデューサーだが、ケンカしているとはいえ収録に参加させなかったのは響のわがままにすぎない。担当アイドルのわがままに翻弄されながらもひたすらプロデューサーとしての責任を果たすという構図は、そもそも「アイドルマスター」というシリーズ作品の根底にある基本テーゼの一つであり、このシーンはその基本に忠実に作られたシーン、と言えなくもない。
 いぬ美を置いてきたことについて、プロデューサーと響との間にも確実にあったであろう何かしらのやり取りが描かれなかったことはもったいない気もするが、相手がなぜ怒っているかがわからない状況で仲直りすることは人間同士でも困難であり、プロデューサーの言葉ですぐに問題が解決できたわけでもないだろうから、省略に足る部分であったろうと推察する。
 いぬ美の代わりにメインを張ろうと意気上げるハム蔵だったが、そこへ件のアシスタントプロデューサーが連れてきたのは、「ブラックファルシオン三世」というやけに仰々しい名前が付けられた黒い大型犬。
 ディレクターの「愛想がない」との言葉通り、近寄った響に構わずおしっこをし始めたり、実際の撮影でも響が近づけたマイクにかじりついてしまったりと、お世辞にも可愛いとは言い難い犬であるが、その体色からして961プロ陣営そのものの暗喩になっていると見るのが妥当だろう。
 その視点で見ると犬の愚鈍な態度や、そんな無芸の犬を今回の作戦とは関係なく(実際に響を陥れる作戦の駒としては機能していない)前々から用意しておいたというAPの才覚のなさが、そのまま961プロそのものを象徴しているとも言える。
 同時にそんな相手であっても、「いぬ三郎」と相変わらず独自の名前を付けて可愛がろうとする響の動物好きなところが際立った場面でもあった。本名にひっかけて「三」という数字を名前に取り入れている辺りは細かい。

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 それでも黒い犬の相手をするのはやはりくたびれたようで、思わずいぬ美と一緒ならと口走ってしまい、慌ててそんな気持ちを否定する響。寂しそうな顔を見せたり起こった表情を作ったりと、撮影中の笑顔も含め、感情に任せて表情をコロコロ変えるのは響の魅力の一つであろう。頭をブルブル振ったために頭上のハム蔵がふらついてしまう、さりげない部分を盛り込むのを忘れないのもさすがである。
 そんな響にさんぴん茶の差し入れをしつつあることを告げるプロデューサー。番組のゲストとして急遽ジュピターが来ることになったという話を聞き、14話での遺恨を忘れていない響は俄かに気色ばむ。
 14話において自分たちがまずやるべきことはアイドルとしてもっと頑張ること、という結論に落ち着いた765アイドルであったが、そんな中でも黒井社長には負けないと宣言していたのは響だった。もちろんその時点で内心の刺々しさは払拭できていたものの、やはり目の前に対象の人物たちが現れるとなれば、胸中穏やかでいられないのも確かだろう。どこまでも自分の感情に素直な少女ではある。
 しかしプロデューサーから用心するようにと注意を受けた矢先、そのプロデューサーがそばを離れた間に響はAPの息がかかったADに騙され、そうとは気づかぬまま1人別の場所に連れて行かれてしまう。
 一方のプロデューサーは初めてジュピターの面々と直接顔を合わせる。事情を知らないディレクターの厚意で挨拶を交わすことになったが、真っ先に突っかかってきたのは天ヶ瀬冬馬だ。
 彼は黒井社長の「765プロは汚い手段を用いてアイドルを売り出している」という虚言を真面目に信じ込み、765プロを執拗に敵対視しているのだが、そんな彼に対しプロデューサーは毅然とした態度を崩さず、961プロには負けないという強い決意を宣言する。

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 言葉通りにロケ地までやってきていた黒井社長は、そんな彼の姿を眺めつつ「底辺事務所にお似合いの顔」と蔑む。
 そして黒井社長へのAPの報告通り、ADは響を本来のロケ地とは全く別の場所で降ろし、そのまま響を置き去りにして走り去ってしまう。さらに運の悪いことに響の立っていた足場が崩れ、響はハム蔵と共に崖下へ滑り落ちてしまった。

 その頃の765プロ事務所では、いぬ美が未だふてくされたままソファーを陣取ってしまっていた。
 事務所に残っている他のメンバーにもまったく手に負えない状況であったが、そんな折、ロケ先のプロデューサーから響がいなくなってしまったという連絡が入り、密かにいぬ美も目を向ける。
 メインである自分を特別扱いするよう響に言われたから先に車に乗せたというADの言をやんわり否定するディレクターだったが、反対にAPの方はここぞとばかりに響の否定を始め、強引にジュピターをメインに据えようとする。
 しかしあまりにあからさまな態度だったためか、プロデューサーがAPに対して若干の疑惑を抱いたことが画面上から見受けられ、この時点でAPの権謀術数が杜撰なものであったことを示している。そもそも響を別の場所に置き去りにするだけというやり方からして、あまり頭の良い案とは言えないのだが。
 またこのシーンではディレクターの見せ方が出色だ。ディレクターの言葉だけで響の仕事に対する真摯な姿勢が窺えるし、それに伴ってスタッフとの仲も良好であることを匂わせている。
 さらに「響が一番いいことは間違いない」と響をフォローしながらも、「あまり押してしまうとまずい」と現実の状況を重ねることで、プロデューサーが響を探しに行くと無理なく言い出せる雰囲気を作り上げているのだ。どこまで意図してやったものかは不明だが、結果としてこの行為自体は権謀術数の一環ともなっており、その点からもディレクターはAPより優れた人材であるということが浮き彫りになっている。
 他のスタッフに探させずプロデューサー1人だけを探しに向かわせたというのも、「勝手にいなくなったキャスト」をスタッフに探させることが立場上できなかったというのもあるだろうが、あくまでプロデューサーと響の2人が自分たちの力で状況を打開することを期待していたとも取れる。
 アイドルに対するプロデューサー、あるいはプロデューサーに対する社長や小鳥さんのように、765プロ陣営もしくは765プロ側に好意的な大人たちは、基本的に問題解決のための具体的な方策を提示したりはしない。物語上の方向性を指し示す程度にとどめ、あくまで若い未熟な側の人間を見守る立場を徹底しているのだ。
 12話におけるプロデューサーと小鳥さんのやり取り、14話ラストでのプロデューサーの決意を多く語ることなく受け止めた社長や善澤記者の描写を見てもそれは明らかなことであり、今話のこのシーンもそんな本作における「大人」の立場を改めて明示した場面と言える。
 最初からタイムリミットを設定してきたのは厳しいと見る向きもあるかもしれないが、それもまた本作における「大人」としての立ち位置故のものだろう。

 一方崖から滑り落ちてしまった響は幸い怪我もなく無事であったが、1人で崖を登ることもできず途方にくれてしまう。

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 プロデューサーの言うとおり961プロの仕業ではないかと疑う響だったが、そこに思い至っても真っ先に考えたのは撮影に間に合わないかもしれないことへの不安や心配だった。
 自分の身を案じるだけでなく仕事のことを気にするのは、プロのアイドルとしては当たり前と言えば当たり前の考え方であるが、同時に961プロへの怒りよりも先に仕事を案じている辺りにプロのアイドルとしての成長が窺え、「何よりもまずアイドルとして努力し続ける」765プロアイドルの基本姿勢が響の中に十分根付いていることもよくわかる。
 見知らぬ場所に置き去りにされたこと自体は961側の策略にしても、崖から滑り落ちてしまったのは響自身の責任だという意識も多少は働いていたかもしれない。
 しかし現実的にはその場から全く移動することができない状態である。そんな時に名乗りを上げたのはハム蔵だった。ハム蔵は自分を崖の上まで放り投げ、いぬ美たちに連絡して助けてもらおうというのだ。
 犬であるいぬ美なら本当のロケ地の場所も匂いで探すことが出来るというのだが、いぬ美とケンカ中の響はこんな窮状にもかかわらず意地を張って拒んでしまう。
 そんな響を諌めるように彼女の頬を叩いたハム蔵は、そのまま木の根を伝って崖を登り、振り始めた雨の中をいぬ美のいる事務所へ向かって走り出す。

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 状況だけ見ればかなりシリアスな場面なのだが、やはり響の相手を努めているのが動物であるハム蔵というだけあって、画としてはかなり変な構成になってしまっている。シュールと一言で表現するのは難しいが、その不条理とも取れる妙な図は今までのアニマスになかった独特のものであることは間違いない。
 疾走するハム蔵の背後にかかる「TRIAL DANCE」が、そんな妙な感覚にさらに拍車をかけている。曲調といい使用されていた部分の歌詞といい、情景自体には非常にしっくりくるBGMなのだが、ハム蔵というよりハムスターの描写としてはあまり似つかわしくない歌でもある。状況的にはふさわしいがキャラ的にはふさわしくない、そのアンビバレンツな感じに味わいを見出せるか否かが、このシーン、ひいては今話そのものに対する評価の分かれ目になることだろう。
 一方の765プロ事務所では雨が降り出したことを知り、いぬ美が不安そうな声を上げながら窓の外を眺めるが、その時ついにハム蔵が事務所にまでやってくる。
 Aパート序盤の響といぬ美の口論で、響がいぬ美を「人でなし」との言葉を投げかけた際に、「人なのかな?」と極めて普通な疑問を持ったのは春香だったが、その春香が戻ってきたハム蔵を見て「1人でここに?」と、これまた普通に人間扱いしているのが面白い。オスのハム蔵はそのままに、メスのいぬ美に対してはちゃん付けで呼んでいるのも芸コマなところだ。
 春香とハム蔵は担当声優が同じということを知っていれば、春香とハム蔵の言葉のやり取りについてもさらにニヤリとさせられることだろう。
 やってきたハム蔵の様子にただならぬものを感じたのか、いぬ美は起き上がって春香をグイグイと引っ張り出す。その様子から自分たちを響の元へ連れていくよう言っているのではないかと察したのは雪歩だった。

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 雨の中、1人きりで崖下に立つ響。いぬ美とケンカしてからはろくなことがないと独りごちた後、いぬ美がなぜご飯のことで皿をひっくり返すほど怒ったのかに想いを馳せる。
 以前は響がみんなの食事を自ら作っていた。嫌いな食べ物もきちんと食べられるよう工夫しながらご飯を作り、それをみんなも喜んで食べていたが、アイドルとしての仕事が忙しくなってきてからは、食事を作る時間もなくなるようになってしまったため、市販のペットフードだけで済ますようになり、みんなの食事を見届けることもなくすぐ出かけるようになってしまっていた。
 そこまで考えた時、響は悟る。いぬ美が怒ったのは単にご飯のことだけではない。多忙故にいつしかみんなに目を向けることが少なくなってしまったことを、寂しがっていたからだということに。それはいぬ美だけではない、響の家に住むすべての動物たちが一様に抱いている想いだったと。
 それはアイドルの仲間たちも頼れるプロデューサーもいない、そしてハム蔵さえもいない1人ぼっちの状態に響が陥っていたからこそ、初めて気付くことのできた動物たちの気持ちだった。

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 響にとって一緒に住んでいる動物たちは単なるペットではなく、家族同然であるということは以前から断片的に描写されていたことだが、一緒に住む家族の気持ちが離れていってしまうこと、孤独になってしまうことを寂しがる気持ちは皆同じであるということに、響は気づくことができなかったのだ。
 そしてそんな気持ちに動物たちを追いこんでしまったのは、皮肉にも自分が動物たちのためにと思って打ちこんできたアイドル業のせいでもあった。
 13話でのライブ成功により、765プロアイドルの周辺状況は激変することになったわけだが、それは個々人の家庭環境についても同様のことが言える。
 アイドルとして成長するにつれ、家庭環境もどうしても変わっていかざるを得ないのは必定だし、その変化が当人に対して喜ばしいものとなるかどうかは、実際になってみなければわからない。そういう意味では避けて通れない問題でもあるだろう。
 その問題を抽出して描写したのが、今話の響たち家族の物語だったのだ。ハム蔵やいぬ美にしても、響が何より自分たちのことを考えて仕事を頑張っていることは当然知っているわけだから、そのせいで自分たちが寂しい想いをすることになっているということをおいそれと話すことはできなかったのだろう。
 「家族」の想いをくみ取ってやることができなかった自分の不甲斐無さ、そしてみんなへの申し訳なさに涙を流す響。相手が人であろうと動物であろうと関係ない、みんなを自分の家族として大切に想うことができる心を持っているからこその涙である。
 と、そんな響の耳に届く慣れ親しんだ犬の鳴き声。見上げた崖の上にはハム蔵やいぬ美以下、響の家に住む動物たちが集合していた。ハム蔵からの急報を受けてやってきたいぬ美たちは泥だらけになりながらも、自分たちの力で響の居場所まで辿り着いたのだ。
 寂しい想いを味わいながらも、それでも彼女のために集まってくれたみんなに、自分の非を謝罪する響。そんな彼女に一声吠えかけたいぬ美の言葉を聞いた響は、笑顔を作って力強く頷く。

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 「言葉」と書いたが実際にいぬ美がどんな言葉をかけたのか、響の通訳がなかったために見ている側は直接知ることができなくなっており、それが演出上の捻りにもなっている。だがどんな言葉であれ、互いを家族として思いやっているからこその優しい言葉であろうことは想像に難くない。

 長かった雨もようやく止んだが、プロデューサーは響を結局見つけることができなかった。響が戻ってくるまで雨を降らせ続けなかった天候をディレクターが「野暮」と皮肉る一方、まさに嬉々とした様子でジュピターの代役を推し進めるAPの姿に、より強い疑惑の眼差しを向けるプロデューサー。
 黒井社長の自動車に近寄り、調子に乗って自分の計画をべらべらと話すAPだったが、その話は全て後をつけていたプロデューサーに聞かれていた。べらべら話してしまったこともそうだが、プロデューサーが尾行していたことにも全く気付いていなかったあたり、序盤から描かれていた無能ぶりがここにきて炸裂したというところだろうか。
 初めて相対するプロデューサーと黒井社長。961側の企みを知ったプロデューサーは撮影を中止させようとするが、黒井社長はそれを余裕で制止する。事情がどうあれ響が今この場にいないという状況を覆すことはできないと。

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 実際には765側としても何もできないということはないのだろうが、今回に関しては初めて対峙した黒井社長の自信たっぷりな態度に呑まれてしまったというところだろうか。このへんはプロデューサーとしてまだ未熟な面が露呈してしまった感じである。
 やりようによってはかなり重苦しいシーンになってしまいそうではあったが、黒井社長の「できるのならな」という最後のセリフに漂うすさまじい小物臭が、その種の空気をうまく緩和していた。

 黒井社長の言葉にさすがに反論できないプロデューサーだったが、そこにようやく響が動物たちとともに帰ってくる。

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 駆け寄るプロデューサーとディレクターに謝る響だったが、すぐにとりなしたディレクターは予定通り響をメインに据えた撮影開始の指示を出し、ジュピターはお役御免となった。そんな様子からも、やはりディレクターは当初からADやAPの言動をあまり信用していなかったことが見て取れる。
 黒井社長はAPを見限ってジュピターと共に現場を離れるが、車中では今回の一件も765プロ側が仕組んだものとジュピターに吹聴する。冬馬はその説明を鵜呑みにしてしまっているようだが、他の2人の態度が描写されていないところがミソだろう。
 そしてやっと撮影開始。笑顔で番組を進行していく響を見つめるのはプロデューサー、そして小鳥さんと春香だ。どうやらいぬ美たちを搬送してきたのは彼女らのようだ。

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 春香も感心する響たちの強い絆。それは人も動物も関係ない、同じ「家族」だからこそ持ちうる絆。家族だから互いを想い、家族のために頑張れる。それもまた間違いなく我那覇響というアイドルを支える信念であり、彼女の強さの源の一つであった。
 一緒に撮影に参加させた響の家族たちとともに走り出す響の笑顔は、そんな強さに裏打ちされたものであったのだろう。

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 EDは響の新曲「Brand New Day!」。ゲーム版「SP」の頃から何度も描かれてきた「響が動物たちの食べ物をつまみ食いしてしまったために、すねた動物が家を飛び出してしまう」情景が初めて視覚化されている。
 楽曲そのものも響の個人曲としては初めてポップな曲調の歌になっており、響本来の性格に近い内容の歌になっているのではないだろうか。
 ED映像では本編中ついに一度も姿を見せなかったヘビ香が登場している点も見逃せない。

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 今話では第1クール期に頻出した「アイドルが成長して何かを得る」テーゼから一歩踏み込み、「既にあったものを失いかけながらも、アイドルが成長することでそれを取り戻す」ことがテーゼとして織り込まれている。
 すなわち響と動物たちとの絆は元からあったはずであるにもかかわらず、アイドルとしての仕事が忙しくなったためにその絆に綻びが生じてしまい、それを各々の立場から修復するというのが、今話の物語だったわけだ。
 それはアイドル業を続ける上でどのアイドルにも発生しうる負の問題であるが、それを響とその家族に託して描いたのである。
 そしてそのテーゼを示す一環として導入されたのが、アバンでの千早の夢ではなかったか。
 今話の構成を考えると、アバンにおける千早の夢がそれ以降の展開と有機的に結合しておらず、完全に乖離している印象がある。
 それ自体は否定できるものではないが、個人的にはこのアバンはストーリー上のつながりよりも、今話のテーゼをより明確にするための演出の一環に過ぎないのではないかと思える。
 今話の響は家族である動物たちとケンカすることで仲たがいしてしまった。結果的に仲直りし絆を深めることもできたわけだが、もしそれができなかった場合はどうなるか。家族関係が崩壊してしまったその結果を、千早の夢を通して見せようとしていたのではないだろうか。
 人と動物という異なる種族でありながら家族関係が構築できている響。しかし夢の中で描写される千早の家族関係は、とある理由からかなり危険な状態にまで陥っている。そして夢の中の千早は耳を閉ざしてそんな状況から目をそらすことしかできない。
 無論千早と響の状況は全く異なっているのだから一概に比較することなどできないが、環境の激変による家族関係の悪い方への変化というシビアな面を、千早の過去と絡めることで早々に見せることで、近しい状態に陥りそうになりながらもそこから脱却した響たちの正の部分の描写をより強調しているように思えるのだ。

 そしてそんなシビアな面を緩和する目的で、響にスポットが当てられたのではないかと考える。
 千早の夢を例に挙げるまでもなく、「環境の激変による家庭環境の変化」というのはかなり重苦しいテーマだ。変化が必ずしも良い方にのみ作用するわけではない以上、そこには少なからず人間同士の露骨なぶつかり合いが生じるだろうし、それをまともに描くと極めてアンダーな空気が作品世界そのものを支配することにもなってしまう。そしてそれは製作陣にとっては決して求めていない空気だったろう。
 まともに描きたくないが、アイドルとしての日常を描くというアニマスの大前提を踏まえる上で、アイドルのプライベートにおける状況の変化を一度はきちんと描く必要もあった。
 そんな困難な状況を打開するために考えだされたものが、「人と動物のケンカ」という構図ではないか。
 主役アイドルとやり取りする相手を人間ではなく動物にすることで、全体的にシュールな空気からくるおかしさを作り出し、作品世界に余計な陰鬱さを漂わせないようにする。それがスタッフの出した回答だったように思える。
 例えるなら今話は浦沢義雄氏の脚本というか、東映不思議コメディシリーズのようなシュールな空気に満ち満ちた内容に仕上がっている(脚本そのものの出来は本家に及ぶべくもないが)。
 今話はともすればかなり重苦しい雰囲気になってしまいかねないテーマの話を、出来る限り緩和して描くことに終始した話と言える。それはアニマスとしては当然の作劇法であったのだが、同時に演出面における勢いやダイナミズムが多少殺がれてしまった点は否めないだろう。
 ただそういったテーマ的な部分を除いても、響と飼っている動物とは切っても切れない関係であることは周知の事実であるにもかかわらず、ゲーム版「SP」でも「2」でも、動物との関係性を主軸に置いた物語が描かれることはなかったため、動物たちの扱いが響というキャラクターの個性付与程度に留まってしまっていた現実を思えば、今回のアニメ版でゲーム版では描ききれなかった「動物との関係性」を念入りに描写したのは、アニマスの企画意図から考慮しても正しい選択だったと言える。

 緩和と言えば今話は初めて直接961側と対峙した話であったが、結局アイドルである響は961側の人間と顔を合わせることはなく、プロデューサーのみが相手をする形になっていたのも、アイドル同士が反目しあうことで全体が殺伐とした空気に支配されてしまうことを防ぐための措置だったと思われる。
 同時に14、15話での言葉通り、アイドルにはいつもどおりにアイドルとしての仕事を頑張ってもらい、961プロとのやり取りについては自分が一身に引き受ける姿勢を貫いたプロデューサーの姿をきちんと描写出来ていた。

 さて次回。

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 14話では伊織と共にかなり激しく961プロを糾弾していた真だったが、次回は真自身も961陣営と対峙することになるのだろうか。
posted by 銀河満月 at 03:01| Comment(0) | TrackBack(16) | アニメ版アイドルマスター感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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